※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
2026年3月25日、ジェイファーマ株式会社(証券コード520A)が東証グロース市場に上場しました。同社は、創業者である遠藤仁氏(杏林大学名誉教授)が発見したアミノ酸トランスポーター「LAT1」を標的とする低分子阻害剤の研究開発を行う創薬ベンチャーです。Ⅰの部に記載された5期分の業績を見ると事業収益は計上されておらず、毎期9億円を超える(第17期以降は10億円を超える)損失を計上しながら、研究開発の進捗と資本市場からの資金調達を両輪にして上場に到達した事例です。売上も利益もない会社が、どのような説明・体制・資本政策でグロース市場に上場したのかは、上場準備会社にとって多くの示唆を含んでいます。
結論からいえば、ジェイファーマのⅠの部から学べるのは、①財務指標ではなく「開発パイプラインの進捗」をKPIに据えた成長可能性の説明の仕方、②8種類の優先株式と多様な新株予約権を上場前に普通株式へ整理した資本政策の手順、③監査等委員会設置会社への移行と担当者任命型の内部監査という小規模組織に合わせたガバナンスの組み方、④1円ストック・オプションや補助金、全額減損といった赤字の研究開発型企業に特有の会計・開示の論点の4点です。本記事では、新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)の記載をもとに、上場準備の実務の目線でこれらを整理します。
この記事の見出し
ジェイファーマはどのような会社で、どの市場に上場したのか
まず、会社と上場の概要を確認します。ジェイファーマは2005年12月に東京都港区虎ノ門で設立されました。その後、新宿区、横浜市鶴見区と本社を移し、2025年6月に東京都港区浜松町へ本社を移転しています。決算期は3月末で、Ⅰの部の「最近事業年度」は第20期(2025年3月期)です。上場時点では第21期が進行中で、中間会計期間と第3四半期累計期間の財務情報も掲載されています。
事業は「創薬事業」の単一セグメントです。米国子会社J-Pharma USA, Inc.を2023年10月に設立していましたが、2025年7月に清算結了しており、Ⅰの部の財務諸表は単体のみで作成されています。親会社等はありません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | ジェイファーマ株式会社(英訳名 J-Pharma Co.,Ltd.) |
| 証券コード・市場 | 520A・東証グロース市場 |
| 上場日 | 2026年3月25日 |
| 本店所在地 | 東京都港区浜松町(2025年6月に横浜市鶴見区から移転) |
| 代表者 | 代表取締役社長 吉武 益広 |
| 設立 | 2005年12月 |
| 決算期 | 3月末(最近事業年度は第20期=2025年3月期) |
| 事業 | 創薬事業(単一セグメント)。LAT1等のSLCトランスポーターを標的とする低分子医薬品の研究開発 |
| 従業員数 | 16名(臨時2名・外数、2026年1月31日現在、参与を含む)、平均年齢51.8歳 |
| 株主数 | 87名(2026年1月31日現在) |
| 会計監査人 | 監査法人銀河(継続監査期間5年) |
従業員は2026年1月31日現在で16名、平均年齢は51.8歳、平均勤続年数は2.8年、平均年間給与は9,685千円と記載されています。最近1年間で5名増えており、その理由として臨床開発の進捗とSLC創薬のプラットフォーム化への対応が挙げられています。製薬企業での研究開発や事業開発の経験者を中心とした少人数の専門家集団という構成で、労働組合はありません。
上場準備会社の目線で注目したいのは、従業員数が20名に満たない規模で上場していることです。上場審査では、組織の規模そのものよりも、規模に見合った内部管理体制が整備・運用されているかが確認されます。ジェイファーマはこの点を「小規模組織であること」として事業等のリスクで自ら開示しており、後の章で詳しく見ます。
自社に当てはめるとどうなるか、個別にお答えします
IPO支援:ショートレビュー、資本政策、内部管理体制、Ⅰの部の作成、審査対応まで。初回のご相談は無料、オンラインにも対応しています。
IPO支援の内容を見る / 相談内容を送る
何で稼ぐ会社か:事業内容と収益モデル
ジェイファーマの事業は、SLC(溶質輸送体)トランスポーター、とりわけLAT1(L型アミノ酸トランスポーター1)を標的とする低分子阻害剤の研究開発です。LAT1はがん細胞に多く発現し、がん細胞の増殖に必要な必須アミノ酸を取り込む役割を担うとされ、同社はこのLAT1を阻害する薬剤をFirst-in-Class(画期的新薬)として開発しています。
収益モデルは、創薬ベンチャーの典型である「導出(ライセンスアウト)型」です。Ⅰの部では、自社でグローバル開発を一定の段階まで進めたうえで製薬企業にライセンスし、契約一時金、開発の進捗に応じたマイルストン収入、上市後の売上に応じたロイヤルティ収入を得るビジネスモデルが説明されています。研究戦略、開発計画、プロジェクトマネジメント、意思決定は自社で行い、臨床試験の運営やモニタリングなどは国内外のCRO(医薬品開発業務受託機関)を活用する体制です。
図1 ジェイファーマの事業モデルと将来の収益源(Ⅰの部「事業の内容」等をもとに筆者作成)
パイプラインは3本柱
主力はナンブランラト(開発番号JPH203)です。胆道がんの2次療法(単剤)を対象としたグローバル第3相試験「Beacon-BTC」を2025年12月に開始しており、主要評価項目は全生存期間(OS)です。国内で実施した第2相試験では、無増悪生存期間(PFS)のハザード比0.56で主要評価項目を達成したと記載されています。米国では2022年4月にFDAのオーファンドラッグ指定(進行性胆道がん)、2024年9月にIND(臨床試験開始の届出)承認を得ています。このほか、胆道がん1次療法での免疫チェックポイント阻害剤との併用、KRAS変異大腸がん、希少疾患への展開も計画されています。
2本目はJPH034で、脳内に移行しやすいLAT1阻害剤です。再発を伴わない2次性進行型多発性硬化症などを対象とし、2026年2月にFDAのIND安全性審査が完了したと記載されています。米国の多発性硬化症患者団体の研究助成(60万米ドル)や、AMED(日本医療研究開発機構)の「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」(最大20億円)にも採択されています。3本目が次世代LAT1阻害剤で、候補化合物を特定し、構造最適化と非臨床評価を進めている段階です。
図2 各パイプラインの開発段階の概念図(Ⅰの部「事業の内容」をもとに筆者作成。棒の長さは段階を示すもので期間を表すものではない)
事業収益はゼロ、国内は大原薬品工業に導出済み
Ⅰの部の主要な経営指標等の推移を見ると、第16期から第20期まで、さらに第21期の中間・第3四半期累計まで、事業収益は計上されていません。主要な顧客ごとの情報も「該当事項なし」です。一方で、2019年4月には大原薬品工業とナンブランラトのライセンス及び共同開発契約を締結しており、日本・中国・韓国等のアジア地域とアフリカ圏の一部を対象に、契約金・マイルストンの総額が最大5.5億円、ロイヤルティが最大で売上の10%という条件が重要な契約として記載されています。大原薬品工業は同時に2億円の出資(D種優先株式)も行っており、取引先と株主の両方の立場にあります。
図3 大原薬品工業とのナンブランラトのライセンス及び共同開発契約と出資の関係(Ⅰの部「経営上の重要な契約等」等をもとに筆者作成)
グロース市場には売上高や利益の形式基準がないため、事業収益がゼロでも上場は可能です。ただし、審査では「いつ、どのように収益化するのか」を事業計画として合理的に説明できるかが問われます。ジェイファーマは経営方針の中で、早期導出を避けて後期段階まで自社でグローバル開発を進めてから導出する方針を示し、ライセンス締結の目安時期(ナンブランラトは2028年3月期、JPH034は2027年3月期)と、ライセンス候補企業との継続的なコミュニケーション数(ナンブランラト12社、JPH034は13社)を記載しています。収益がない会社ほど、収益化までの道筋を具体的な時期と根拠で語る必要があることがわかります。この点はグロース市場の「高い成長可能性」とはでも解説しています。
大学発の研究から上場まで、どのような道のりだったのか
ジェイファーマの出発点は、創業者の遠藤仁氏が1993年から杏林大学で進めてきたトランスポーター研究です。Ⅰの部の沿革には、同氏が12種類のトランスポーターを発見し、1998年にLAT1を分子同定したことが記載されています。会社設立は2005年12月で、設立後しばらくは医薬基盤研究所、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)、文部科学省のプログラム、横浜市の特区事業など、公的な研究助成を数多く獲得しながら研究を進めてきました。
臨床開発の段階に入ったのは2015年1月のナンブランラト国内第1相試験からです。2018年11月に国内第2相試験を開始し(2022年12月終了)、その間の2019年4月に大原薬品工業とライセンス契約を締結しました。2022年4月のFDAオーファンドラッグ指定、2024年9月のIND承認、2025年5月の治験薬の製造・品質管理(CMC)に関するFDAからの肯定的な書面回答を経て、2025年12月にグローバル第3相試験を開始しています。
図4 設立から上場までの主な沿革(Ⅰの部「沿革」「役員の状況」等をもとに筆者作成)
上場準備の観点で見ると、2023年以降に会社の体制が大きく変わっています。2023年4月に現CFOの藤本裕氏がInterim CFOとして参画し、同年6月に取締役CFOに就任しました。2023年10月には監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行しています(社外監査役が同月に監査等委員である社外取締役に就任しています)。2025年6月には本社を移転し、2025年12月には優先株式の普通株式への転換、2026年1月には1株を5株とする株式分割と、上場に向けた株式の整理が続きます。
研究開発型の会社では、研究の進捗と上場準備のスケジュールがかみ合わないと、資金が尽きる前に上場できないという事態になりかねません。ジェイファーマの場合、グローバル第3相試験の開始(2025年12月)とJPH034のIND安全性審査完了(2026年2月)という開発上の節目の直後に上場しています。上場準備のスケジュールをどこで組み直すべきかは上場スケジュールはどこで遅れるかも参考にしてください。
業績はどう推移し、成長可能性はどう説明されているのか
次に業績です。Ⅰの部の主要な経営指標等の推移(単体)を整理すると、次のとおりです。第16期から第18期は会社計算規則に基づく計算書類の数値で、金融商品取引法に基づく監査の対象外であることが注記されています。キャッシュ・フロー計算書は第19期から作成されています。
| 回次(決算期) | 第16期(2021/3) | 第17期(2022/3) | 第18期(2023/3) | 第19期(2024/3) | 第20期(2025/3) |
|---|---|---|---|---|---|
| 事業収益 | - | - | - | - | - |
| 経常損失 | △930,832 | △1,076,629 | △1,086,760 | △1,640,255 | △1,527,089 |
| 当期純損失 | △931,819 | △1,080,795 | △1,098,260 | △1,652,337 | △1,499,008 |
| 純資産額 | 1,475,124 | 994,329 | 1,407,818 | 950,122 | 2,377,869 |
| 総資産額 | 1,717,745 | 1,166,200 | 1,751,589 | 1,207,393 | 2,856,719 |
| 資本金 | 955,000 | 80,000 | 85,875 | 80,000 | 80,000 |
| 営業CF | - | - | - | △1,411,304 | △1,694,864 |
| 財務CF | - | - | - | 925,000 | 2,924,000 |
| 従業員数〔臨時〕 | 10〔4〕 | 13〔3〕 | 14〔3〕 | 13〔4〕 | 11〔2〕 |
(単位:千円。Ⅰの部「主要な経営指標等の推移」より。第16〜18期は金融商品取引法第193条の2第1項の監査を受けていない数値)
図5 経常損失と純資産・総資産の推移(第16期〜第20期、単体、百万円)。第16〜18期は金融商品取引法に基づく監査を受けていない数値
事業収益がないため、損失の大きさはほぼ研究開発の規模に比例します。第20期の営業損失は1,595,660千円で、事業費用のうち研究開発費が1,217,004千円(76.3%)を占めます。研究開発費の主な内容は、治験薬の製造費、非臨床試験の外注費、薬事業務の外注費と記載されています。第21期はグローバル第3相試験の開始に伴い、第3四半期累計で研究開発費が1,931,079千円と、すでに第20期の通期を上回っています。
営業損失と経常損失の差の主因は補助金収入です。AMED等からの補助金を営業外収益に計上しており、第20期は92,461千円、第21期第3四半期累計は414,602千円です。このため、第21期第3四半期累計では営業損失△2,533,044千円に対して経常損失は△2,047,444千円となっています。
図6 研究開発費と補助金収入(千円)。第21期は第3四半期累計(Ⅰの部の財務諸表等をもとに筆者作成)
資金面では、毎期の営業キャッシュ・フローのマイナスを、第三者割当増資などの財務キャッシュ・フローで補ってきた構造が明確です。第20期は株式発行による収入で財務CFが2,924,000千円となり、期末の現金及び現金同等物は2,301,862千円です。借入金や社債はありません。
KPIは財務指標ではなく「パイプラインの進捗」
グロース市場の上場会社には、事業計画及び成長可能性に関する事項の開示が求められます。売上も利益もない会社は、成長可能性を何で示すのかが問題になります。ジェイファーマはⅠの部の「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」で、研究開発段階にあるため売上高や営業利益などの財務指標は目標として設定していないと明記し、代わりに次の2つを指標としています。
1つ目は「開発パイプラインの進捗状況」で、試験開始、被験者登録、データ固定、主要評価項目の結果、当局との協議・申請といったマイルストンを計画と対比し、四半期ごと又は適宜モニタリングするとしています。2つ目は「開発パイプラインの充実状況」で、候補化合物の選定、前臨床での有効性確認(POC)、特許出願などを指標としています。
あわせて、経営戦略「Goals for 2030」として、ナンブランラト単剤での胆道がん治療薬としてのグローバル承認、がん・自己免疫疾患・希少疾患への展開、次世代LAT1阻害剤の臨床入り、新たなトランスポーター阻害剤によるパイプライン拡充、創薬技術のプラットフォーム化の5つを掲げています。
図7 「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」の構成(Ⅰの部をもとに筆者作成)
上場準備会社にとってのポイントは、KPIは「業種の実態に合ったもの」を選び、その達成状況を社内で継続的にモニタリングできる仕組みとセットで示すことです。審査では、事業計画の前提となる数値やマイルストンが、取締役会等でどのように管理されているかが確認されます。研究開発型の会社であれば、開発計画と資金計画(どのマイルストンまで手元資金で到達できるか)の整合が特に重視されます。事業計画の作り方はIPO審査の「事業計画の合理性」、収益性の見られ方はIPO審査の「企業の継続性及び収益性」で詳しく解説しています。
資本政策と株主構成:赤字の研究開発型企業はどう資金を集めてきたのか
ジェイファーマの資本政策は、上場準備会社にとって最も学びの多い部分です。事業収益がない中で研究開発を続けるため、優先株式と新株予約権を組み合わせた資金調達を繰り返し、上場直前にそれらを普通株式へ一本化しています。順に見ていきます。
株主はVC中心、投資ファンド等の保有は66%
2026年1月31日現在の株主数は87名です。所有者別状況(単元ベース)では、個人その他が53.2%、外国法人等(個人以外)が25.7%、その他の法人が20.7%となっています。事業等のリスクでは、投資ファンド等が保有する株式が発行済株式総数の66%を占めると記載され、上場後にこれらの株式が売却される可能性がリスクとして開示されています。
Ⅰの部の第四部「株主の状況」(潜在株式を含む)に記載された上位株主は次のとおりです。
| 順位 | 株主 | 所有株式数(うち潜在株式) | 割合 |
|---|---|---|---|
| 1 | JICベンチャー・グロース・ファンド1号投資事業有限責任組合 | 2,021,325 | 12.82% |
| 2 | Eight Roads Ventures Japan II L.P. | 1,940,000 | 12.30% |
| 3 | Newton Biocapital I Pricaf privée SA | 1,225,000 | 7.77% |
| 4 | 大原薬品工業株式会社 | 875,000 | 5.55% |
| 5 | スペラファーマ株式会社 | 625,000 | 3.96% |
| 6 | UntroD野村クロスオーバーインパクトファンド投資事業有限責任組合 | 600,000 | 3.80% |
| 7 | MSIVCグローバルアカデミックシーズ投資事業有限責任組合 | 527,500 | 3.34% |
| 8 | F-Prime Capital Partners Life Sciences Fund VI LP | 485,000 | 3.07% |
| 9 | OUVC1号投資事業有限責任組合 | 462,500 | 2.93% |
| 10 | 藤本 裕(取締役CFO) | 440,000(150,000) | 2.79% |
| 参考 | 吉武 益広(代表取締役社長) | 256,250(250,000) | 1.62% |
(Ⅰの部 第四部「株主の状況」より。株式数は2026年1月の株式分割後。割合は潜在株式を含む株式総数15,772,575株に対する比率)
図8 主な株主の持株比率(Ⅰの部 第四部「株主の状況」より筆者作成。潜在株式を含む株式総数15,772,575株に対する割合。役員・創業者は潜在株式を含む)
特徴的なのは、代表取締役社長の吉武氏の保有が256,250株(うち潜在株式250,000株)にとどまり、経営陣の持分の多くがストック・オプションによって構成されていることです。創業者の遠藤氏の保有も260,000株(1.65%)です。国内外のVC、政府系ファンド、インパクトファンド、事業会社、個人投資家と株主が分散しており、親会社や支配株主はいません。
経営者の持株比率が低いこと自体は上場の妨げにはなりませんが、審査では、特定の株主の影響力によって経営の独立性が損なわれていないか、上場後に経営陣が安定して経営を続けられるかといった点が確認されます。創業者の持株比率はどこまで下げてよいかでも整理していますが、研究開発型の会社では「資金調達のたびに希薄化する」ことを前提に、経営陣へのインセンティブをストック・オプションで補う設計が一般的です。
8種類の優先株式を上場前に普通株式へ
ジェイファーマは、A種、B種、C種、D種、E種、E2種、E3種、F種の8種類の優先株式を発行してきました。第20期末の発行済株式2,105,103株のうち普通株式は140,200株にすぎず、大半が優先株式でした。
上場前の整理は次の手順で行われています。まず2025年12月15日に、一部の株主が取得請求権を行使し、D種優先株式とE2種優先株式が普通株式に転換されました。次に、2025年11月27日の取締役会決議に基づき、2025年12月16日に取得条項によって残るすべての種類株式を会社が取得し、対価として普通株式を交付しました。転換比率はD種のみ1株につき普通株式1.25株、それ以外は1対1です。取得した種類株式は2025年12月17日の取締役会で全て消却し、2025年12月26日の臨時株主総会で定款から種類株式に関する規定を廃止するとともに、単元株制度(100株)を採用しています。そのうえで、2026年1月29日を効力発生日として1株を5株に分割し、発行済株式は14,589,610株になりました。
図9 8種類の優先株式を普通株式に一本化した手順(Ⅰの部「発行済株式総数、資本金等の推移」「後発事象」等をもとに筆者作成)
上場準備会社にとってのポイントは、優先株式の普通株式への転換を「取得請求」と「取得条項」の二段構えで設計しておくことです。取得請求権だけでは株主の任意に委ねられるため、全株を確実に転換するには、上場申請の決議などを取得事由とする取得条項を定款に入れておく必要があります。会社法上、会社が取得した自己株式は消却しない限り会社に残るので、消却の決議、定款変更、単元株制度の導入、株式分割までの一連の手続をスケジュールに落とし込んでおくことが重要です。Ⅰの部でも、自己株式の取得の根拠として会社法第155条第1号(取得条項)と第4号(取得請求)が記載されています。詳しくは種類株式は上場前に普通株式へ戻すのかとみなし清算条項もご覧ください。
投資家向け新株予約権の多様な設計
ジェイファーマは、株式だけでなく投資家向けの新株予約権も資金調達に使っています。代表的なのが「第1回E2種新株予約権」です。2022年11月に1個1,000万円で有償発行され、行使価額は0.0004円、行使の条件は次回の株式による資金調達が発生することとされていました。目的となる株式は、2024年5月の臨時株主総会・種類株主総会でE2種優先株式と定められています。払込金額の大部分を発行時に受け取り、後の資金調達ラウンドで株式に転換するという点で、J-KISSのようなコンバーティブル・エクイティに近い使い方といえます。第19期末の貸借対照表では、純資産の部の新株予約権1,769,642千円のうち1,500,000千円がこの第1回E2種新株予約権でした。
もう一つ特徴的なのが「第1回E種新株予約権」です。2024年6月30日までに総額20億円以上の次回投資ラウンドが行われればE種優先株式1株、行われなければ普通株式2株が交付されるという、条件によって目的株式が変わる設計でした。Ⅰの部では、次回ラウンドが実行されなかったため普通株式120,000株が目的となり、2025年12月に行使されたと記載されています。
図10 次回投資ラウンドの有無によって交付される株式が変わる新株予約権の設計(Ⅰの部「新株予約権等の状況」をもとに筆者作成)
さらに、2025年4月に発行された第11回新株予約権は、行使期間が2025年4月19日から4月30日までと短く、「上場申請の取締役会決議前」であることが行使条件とされていました。上場申請の前に行使を終える条件が付された新株予約権です。
こうしたコンバーティブル型の手段を使うと、バリュエーションの決定を先送りしつつ資金を確保できる一方、上場前の株主構成の予測が難しくなります。上場準備では、すべての潜在株式について「誰が、いつ、何株を、いくらで取得するか」を一覧にし、上場時の発行済株式数と潜在株式比率を何通りかのシナリオで試算しておくことが欠かせません。J-KISSの仕組みはJ-KISSとは何かで解説しています。
1円ストック・オプションを中心とした役職員へのインセンティブ
役職員向けのストック・オプションは、第3回から第14回まで(投資家向けの回を除く)多数の回号が発行されています。第6回までは行使価額が3,000円前後(分割前)の通常型でしたが、2023年11月の第7回以降はすべて行使価額1円の株式報酬型です。付与対象は取締役、監査等委員である取締役、従業員、顧問、参与のほか、社外協力者(医師や外部の企業)にも及びます。
| 回号 | 決議日 | 当初付与対象 | 行使価額(分割後) | 主な条件 |
|---|---|---|---|---|
| 第4回 | 2018/6/12 | 取締役3名、監査役1名、従業員2名 | 530円 | 上場まで行使不可。第7回を行使した場合は行使不可 |
| 第5回 | 2019/7/25 | 取締役4名、監査役2名、従業員6名 | 562円 | 同上 |
| 第6回 | 2021/8/27 | 取締役3名、監査役3名、従業員17名 | 629円 | 上場日以降、段階的に行使可能。第7回行使時は不可 |
| 第7回 | 2023/11/28 | 取締役2名、監査等委員3名、従業員17名、顧問2名 | 1円 | 在任要件、上場日以降、月次ベスティング |
| 第9回 | 2025/2/25 | 従業員3名、派遣社員1名 | 1円 | ベスティングあり |
| 第10回 | 2025/4/1 | 取締役3名、監査等委員3名 | 1円 | 上場日以降に行使可能 |
| 第12回 | 2025/6/30 | 従業員4名 | 1円 | ベスティングあり |
| 第13回・第14回 | 2025/6/30 | 社外協力者各1名 | 1円 | 第14回は上場日以降・買収時のみ |
(Ⅰの部「新株予約権等の状況」より主な回号を抜粋。行使価額は2026年1月31日現在。第4〜6回はダウンラウンド条項による調整後)
設計面で注目したいのは3点です。1つ目は、第4回から第6回の旧ストック・オプションと第7回の1円ストック・オプションのどちらか一方しか行使できない「選択制」になっていることです。2つ目は、第7回で部長以上は付与12か月後に20%、その後は月1.67%ずつ60か月で、従業員は25%の後に月2.08%ずつ48か月でといった、月単位のベスティングを採用していることです。監査等委員には別のスケジュールが設定されています。3つ目は、第4回から第6回にダウンラウンド条項が付されており、1円ストック・オプションや投資家向け新株予約権が発行されるたびに行使価額が段階的に引き下げられていることです(第4回は分割前2,797円から2,648円へ)。
図11 旧ストック・オプションと1円ストック・オプションの関係、第7回のベスティング(Ⅰの部「新株予約権等の状況」をもとに筆者作成)
ストック・オプションの公正な評価単価は、未公開企業であるため本源的価値で見積もられています。その基礎となる自社株式の評価額は、第3回から第6回は利益還元法、第7回と第9回は税法基準による純資産方式で算定したと記載されています。第四部の第三者割当等の概況でも、株式と投資家向け新株予約権の発行価格は「利益還元法により算出した価格を総合的に勘案して決定」、1円ストック・オプションの行使価額は「税法基準による純資産方式により算出した価格を基に決定」と説明されています。
上場準備会社にとっての実務上のポイントは、株価算定の方法を取引の目的ごとに使い分ける場合、その理由を説明できるようにしておくことです。投資家との増資と役職員へのオプション付与で異なる評価方法を使うこと自体は珍しくありませんが、審査では、直前期の株式の移動や新株発行の価格と上場時の想定価格の関係、付与の経緯が確認されます。行使価額1円の株式報酬型ストック・オプションは税制適格の要件(行使価額が付与時の時価以上であること等)を満たさないため、行使時の課税関係も役職員に説明しておく必要があります。未上場株式の株価算定はどの方法を使うか、税制適格ストックオプションもあわせてご覧ください。
潜在株式は約118万株、自己株式はなし
第四部の株主の状況によると、潜在株式を含む株式総数15,772,575株のうち潜在株式は1,182,965株で、7.50%を占めます。事業等のリスクでも、ストック・オプションの行使による希薄化を発生可能性「大」として開示し、今後も付与を拡充する可能性があると記載しています。自己株式は保有していません。種類株式の転換で取得した自己株式は、前述のとおり全て消却されています。
上場準備会社では、ストック・オプションを付与するたびに潜在株式比率がどこまで上がるかを確認しておく必要があります。また、流通株式比率の計算では、上場株式数の10%以上を所有する株主(主要株主)や役員等が所有する株式、自己株式などが流通株式から除かれるため、上場後にどの程度の株式が流通株式として数えられるかを早めに試算しておくことが大切です。数え方は流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。
欠損填補のための減資を4回実施
ジェイファーマは、2022年3月、2024年3月、2025年3月、2025年8月の4回、欠損填補を目的とする減資を行い、そのたびに資本金を80,000千円に戻しています。たとえば2025年3月には資本金を1,812,000千円減少させ(減資割合95.8%)、2025年8月には資本金660,490千円と資本準備金678,856千円を減少させています。2025年8月の減資は2025年6月30日の定時株主総会で決議され、債権者異議申述の公告(2025年7月23日〜8月23日)を経て実施されたと記載されており、目的は「資本政策の機動性と柔軟性を確保」することとされています。
一般論として、増資で資本金が増えるたびに減資を行う会社は少なくありません。資本金の額は、税務上の中小法人の判定(資本金1億円以下かどうか)や外形標準課税の適用、法人住民税の均等割などに影響します。一方、減資には株主総会決議(欠損填補目的の場合は要件が緩和されるケースがあります)、債権者保護手続、登記が必要で、1回あたり1か月以上の期間がかかります。上場準備のスケジュールに組み込む場合は、決算期や増資のタイミングとの前後関係を事前に整理しておくことが大切です。
直前期の株式移動と発行価格
第四部の「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、上場前の株式の動きが記載されています。2025年1月には、国内のVCファンド(日本ベンチャーキャピタル、SMBCベンチャーキャピタルの各ファンド)が保有していたB種・C種・D種優先株式を、JICベンチャー・グロース・ファンド1号とSIIFICウエルネス投資事業有限責任組合が1株1,800円で譲り受けています。2025年4月にはみずほ成長支援第2号が保有するC種優先株式をKepple Liquidity1号が1株4,400円で、2025年6月にはMSIVCが保有する第2回新株予約権をKepple Liquidity1号が譲り受けています。移動理由はいずれも「譲渡人の事業による」で、価格は「譲渡人と譲受人が協議の上決定」と記載されています。
ファンドの運用期間の満了などに伴い、上場前に既存VCから他のファンドへ株式が移るいわゆるセカンダリー取引は、研究開発型の会社では珍しくありません。ただし、上場前の一定期間に行われた株式移動は、Ⅰの部で価格や算定方式とともに開示され、審査でも上場時の価格との関係が確認されます。上場前の株式移動の考え方は上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。
有利発行への手当てと継続保有の確約
2024年6月のE3種、2025年4月のE種・E3種、2025年7月のF種の発行では、「特に有利な払込金額に当たる可能性が必ずしも否定できない」として、種類株主総会と臨時株主総会の承認を得たうえで発行したと記載されています。F種の発行価格は1株5,500円で、それまでのE種・E3種(5,000円)より高い価格です。E3種の割当先には、芸能・スポーツのマネジメント会社や遊技機販売会社などの事業会社と個人投資家が含まれており、VC以外にも資金調達の裾野を広げていたことがわかります。
また、上場前の第三者割当で取得した株式や投資家向け新株予約権については、割当日から上場日以後6か月を経過する日(その日が割当日から1年を経過していない場合は1年を経過する日)まで継続して保有することを確約しています。役職員のストック・オプションは、上場日の前日又は行使日のいずれか早い日までの継続保有の確約です。これは取引所の規則に基づく一般的な手当てです。
上場準備会社にとってのポイントは、増資の価格が「有利発行」に当たるおそれがある場合には、株主総会で有利な払込金額とする理由を説明したうえで特別決議を得ておくことです(会社法第199条第3項)。後から有利発行の疑いが生じると、取締役の責任や差額の支払義務の問題に発展しかねず、審査上も説明が難しくなります。
図12 主な資金調達と欠損填補のための減資の推移(Ⅰの部「発行済株式総数、資本金等の推移」「新株予約権等の状況」をもとに筆者作成)
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら / IPO支援を見る
コーポレート・ガバナンス:6名の取締役会と全員社外の監査等委員会
ジェイファーマは監査等委員会設置会社です。採用理由として、事業規模・形態・効率化を勘案したと記載されています。役員略歴からは、2023年10月に監査役設置会社から移行したことが読み取れます。当時の社外監査役が、同月に監査等委員である社外取締役に就任しています。
図13 機関設計と主な会議体・監査の関係(Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの状況等」をもとに筆者作成)
取締役会の構成
役員は6名で、取締役(監査等委員である取締役を除く)3名と、監査等委員である取締役3名で構成されています。社外取締役は4名(うち監査等委員3名)で、取締役会の過半数が社外取締役です。社外取締役の独立性については独自の基準を定めず東京証券取引所の基準を参考にしており、4名とも独立役員として届け出る予定と記載されています。
| 役職 | 氏名 | 主な経歴(Ⅰの部の記載から要約) |
|---|---|---|
| 代表取締役社長 | 吉武 益広 | 大塚製薬で研究担当執行役員、グローバル医薬品事業開発担当の常務執行役員等を経て、2018年12月に当社代表取締役社長 |
| 取締役CFO | 藤本 裕 | コンサルティング会社、大塚製薬事業開発部、エムスリー、自ら創業した会社の代表等を経て、2023年4月にInterim CFO、同年6月に取締役CFO |
| 社外取締役 | 三浦 泰夫 | 島津製作所の取締役上席専務執行役員等を経て、2025年6月に当社社外取締役 |
| 常勤監査等委員(社外) | 森 俊介 | 米国国立がん研究所、武田薬品工業、投資会社等を経て、2020年6月に当社社外取締役、2023年10月に監査等委員 |
| 監査等委員(社外) | 田島 照久 | 監査法人勤務を経て公認会計士事務所代表。複数の上場会社の社外役員。2021年2月に当社社外監査役、2023年10月に監査等委員 |
| 監査等委員(社外) | 川口 幸作 | 弁護士。上場会社の社外取締役(監査等委員)。2023年6月に当社社外監査役、2023年10月に監査等委員 |
取締役会は毎月1回の定時開催と必要に応じた臨時開催で、最近事業年度は22回開催されています。主な検討事項として、研究開発戦略・体制、パイプラインの進捗、資金調達・資本政策、経営計画、組織・内部統制が挙げられています。最近事業年度の出席状況には10名の取締役が記載されており、2025年6月から11月にかけて複数の取締役が退任して、現在の6名体制になっています。
このほか、社長を議長とする経営会議(業務執行取締役・ディレクター・部長で構成)と、社長を委員長とするリスク・コンプライアンス委員会(原則年2回以上)が設置されています。また、取締役と参与のスキルマトリックスもⅠの部に掲載されています。参与は役員規程上の業務担当役員と位置づけられています。
上場準備会社にとってのポイントは、取締役会の人数と構成を「上場後に実際に機能する形」に整えることです。VCから派遣された取締役が多数在籍している会社では、上場前にその役割を整理し、社外取締役の独立性や業務執行と監督の分担を明確にしておく必要があります。機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?、社外取締役の人数は社外取締役は何人必要かで解説しています。
監査等委員会は全員社外、常勤も社外取締役
監査等委員会は3名全員が社外取締役で、常勤の監査等委員である森俊介氏が議長を務めます。最近事業年度は16回開催され、3名とも全回出席しています。田島照久氏は公認会計士で財務・会計に関する相当程度の知見を有し、川口幸作氏は弁護士です。主な検討事項として、監査計画・方針、監査結果の報告、監査上の重要事項、監査報告書の作成、会計監査人の監査の方法と結果の相当性の評価が挙げられています。
監査等委員会設置会社では常勤の監査等委員の選定は法律上の義務ではありませんが、上場審査では監査の実効性をどう確保するかが確認されるため、常勤者を置く会社が多く見られます。また、内部統制システムの基本方針では、監査等委員会の職務を補助する使用人を必要に応じて置き、その人事には監査等委員会の同意を要するとしています。常勤監査役は必要かも参考になります。
役員報酬:固定報酬+株式型報酬、報酬委員会は今後設置予定
役員報酬は、役員報酬規程に基づき、固定の金銭報酬(基本報酬)と中長期インセンティブとしての株式型報酬で構成されています。報酬限度額は2023年9月の臨時株主総会で、取締役(監査等委員を除く)年額300百万円以内、監査等委員である取締役年額100百万円以内と定められています。最近事業年度の報酬総額は、取締役(監査等委員を除く)34,080千円、監査等委員である取締役15,240千円で、いずれも固定報酬のみです。
決定方法は、現状は株主総会で定めた限度額の範囲内で取締役会が決議し、監査等委員の報酬は監査等委員会で決定しています。今後は委員の過半数を社外取締役とする「報酬委員会」を設置し、その答申を踏まえて取締役会で決定する予定と記載されています。上場準備会社では、報酬の決定方針を取締役会で決議し、その内容をⅠの部で説明できるようにしておく必要があります。任意の報酬委員会は必須ではありませんが、上場後のコーポレートガバナンス・コードへの対応を見据えて設計しておくと説明がしやすくなります。
図14 役員報酬の決定方法(現状と今後の予定)と報酬限度額(Ⅰの部「役員の報酬等」をもとに筆者作成)
関連当事者取引はCFOによる増資の引受
関連当事者との取引として、取締役CFOの藤本裕氏が第19期にE種優先株式を240,000千円、第20期にE3種優先株式を50,000千円、いずれも1株5,000円で引き受けたことが記載されています。発行価額は第三者機関が算定した価格に基づき決定したとされています。同じラウンドの他の投資家と同一の1株5,000円での引受です。
図15 関連当事者との取引として開示された取締役CFOによる優先株式の引受(Ⅰの部「関連当事者情報」をもとに筆者作成)
上場審査では、関連当事者との取引について、取引の必要性と条件の妥当性が確認されます。増資の引受は一度限りの取引ですが、他の投資家と同じ条件であることを、ラウンドの割当先一覧や株価算定書で示せるようにしておくことが大切です。関連当事者取引の考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)で解説しています。
内部監査・内部統制:少人数の会社はどう体制を組んでいるのか
社長直属の内部監査担当者4名を任命
ジェイファーマには独立した内部監査部署はなく、代表取締役社長の直属として内部監査担当者4名を任命する方式をとっています。内部監査担当者は、業務の合理性・効率性・適正性を評価し、その結果を社長と取締役会に報告します。そして、Ⅰの部には、内部監査担当者は「自身が所属する部門の内部監査には関与しない」ことで、自己監査を回避していると記載されています。
従業員が十数名の会社で専任の内部監査人を置くのは現実的ではありません。そのため、他部門の担当者が内部監査を兼ねる「兼務型」がよく採用されます。この場合に審査で必ず確認されるのが、自分が担当する業務を自分で監査しない仕組み(自己監査の回避)です。ジェイファーマのように複数名を任命し、所属部門以外を相互に監査する形にしておけば、全部門をカバーしつつ独立性を確保できます。兼務の考え方は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)、人数の目安は内部監査の人数と体制で解説しています。
図16 内部監査担当者・監査等委員会・会計監査人の連携(Ⅰの部「監査の状況」をもとに筆者作成)
三様監査の連携
内部監査担当者は監査結果を監査等委員会にも報告しており、内部監査担当者・監査等委員会・会計監査人の三者は日常的に連絡が取れる体制にあり、随時意見交換を行っていると記載されています。報告先が社長だけでなく取締役会と監査等委員会にも及んでいる点は、内部監査の独立性と実効性を説明するうえで重要です。
上場準備会社では、三様監査の連携を「年に何回、誰と誰が、何を共有したか」という記録で示せるようにしておくことがポイントです。内部監査計画を監査等委員会と共有し、会計監査人の監査計画説明やマネジメントレターの内容を内部監査の重点項目に反映させる、といった具体的な運用が求められます。詳しくは監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)をご覧ください。
リスク管理・コンプライアンス・規程類
内部統制システムの基本方針は11項目で構成されています。コンプライアンス体制として内部通報制度と教育研修、情報の保存・管理として文書管理規程、損失の危険の管理として取締役会・監査等委員会・内部監査担当者・リスク・コンプライアンス委員会の連携と、弁護士・監査法人・税理士との協議が挙げられています。職務執行の効率性は業務分掌規程・決裁権限基準・稟議規程で担保し、通報者の不利益取扱いの禁止、財務報告の信頼性の確保、反社会的勢力の排除も定めています。
事業等のリスクでは、各部門から経営陣にリスク情報を集約し、内部監査担当者がその状況を検証し、監査等委員会が監督する仕組みが説明されています。また、小規模組織であることについて、取締役(監査等委員を除く)3名、監査等委員3名という体制で、内部管理体制は組織規模に応じた水準にあるとし、今後の事業拡大に応じて人員の増強と体制の強化を図ると記載しています。子会社は清算済みのため、子会社管理の記載はありません。
研究開発型の会社では、外部委託先(CRO、製造委託先、共同研究機関)への支払いが費用の大半を占めます。そのため、内部統制の実務では、委託契約の締結・変更の承認、前渡金や未払金の管理、外貨建ての支払、補助金の申請・実績報告といった業務の統制が重要になります。ジェイファーマの経営会議が補助金申請に関する事項を決議事項としていることは、その一例です。規程の整え方はIPO審査の「社内規程」、内部統制の文書化は内部統制の3点セットで解説しています。
会計・開示の論点:赤字の創薬ベンチャーに特有の処理はどこか
ジェイファーマの財務諸表には、研究開発型の会社に特有の会計処理がいくつも表れています。上場準備会社が自社の会計方針を固める際の参考になるものを順に整理します。
| 論点 | Ⅰの部の記載 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| 収益認識 | 事業収益がなく、収益認識関係の注記は「該当事項なし」 | 導出契約の一時金・マイルストン・ロイヤルティの会計方針を、契約締結前から準備しておく |
| 重要な会計上の見積り | 固定資産の減損のみ。回収可能価額をゼロとして全額減損 | 将来CFの見積りが難しい事業では、減損の判断基準を明確にしておく |
| 補助金 | AMED等の補助金を営業外収益(補助金収入)に計上 | 表示区分の方針と、補助金の精算・返還条件の管理 |
| 株式報酬 | 本源的価値で評価。株式報酬費用と新株予約権戻入益を計上 | 付与・失効・ベスティングの管理台帳を整備 |
| 税効果 | 繰延税金資産は全額評価性引当額を計上し、計上なし | 回収可能性の会社分類と将来の見直し時期 |
| 有償新株予約権 | 第1回E2種の払込額を純資産の新株予約権に計上し、行使時に資本金等へ振替 | 重要な非資金取引の注記や1株当たり情報への影響を確認 |
収益認識:事業収益がない段階でも方針は準備しておく
ジェイファーマは事業収益を計上していないため、重要な会計方針に収益認識の記載はなく、収益認識関係の注記も「該当事項なし」となっています。収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号)は第17期首から適用していると記載されています。
一般論として、医薬品の導出契約では、契約一時金、開発マイルストン、販売マイルストン、ロイヤルティなど、性質の異なる対価が1つの契約に含まれます。収益認識基準のもとでは、ライセンスが「知的財産にアクセスする権利」か「知的財産を使用する権利」かの判断、変動対価(マイルストン)の見積りと制限、売上高ベースのロイヤルティの例外的な取扱いなどを検討する必要があります。初めての導出契約を結んだ期に慌てないよう、契約交渉の段階から監査法人と論点を共有しておくことをお勧めします。詳しくは上場審査で問われる収益認識をご覧ください。
重要な会計上の見積り:固定資産を全額減損
Ⅰの部で「重要な会計上の見積り」として記載されているのは、固定資産の減損だけです。会社全体を単一の資産グループとし、研究開発費が先行していて将来キャッシュ・フローに不確実性があるため、回収可能価額をゼロとして帳簿価額の全額を減損しています。第19期には本社の工具器具備品とソフトウエアで11,095千円の減損損失を計上し、第21期も中間会計期間に7,388千円を計上しています。この結果、第20期末の有形・無形固定資産はゼロになっています。
営業損失が継続している会社では、固定資産を取得しても減損の兆候があり、回収可能価額を合理的に見積もれない場合には全額を減損することになります。上場準備会社では、設備投資や自社利用ソフトウエアの取得のたびに減損損失が発生することを予算段階で織り込んでおくと、損益の見通しがぶれません。
補助金収入、株式報酬、税効果
AMED等からの補助金は営業外収益の「補助金収入」として表示されています。第21期中間会計期間のキャッシュ・フロー計算書では、営業活動によるキャッシュ・フローの中で補助金の受取額530,533千円が示されています。また、第20期末の預り金266,769千円のうち261,696千円がAMEDに関するものと記載されています。補助金は、交付決定・実績報告・確定検査といった手続を経て最終的な金額が確定するため、どの時点でどの区分に計上するかを会計方針として決め、証憑とともに管理しておく必要があります。
ストック・オプションについては、第19期に269,642千円、第21期中間会計期間に295,536千円の株式報酬費用を計上する一方、失効や権利放棄によって新株予約権戻入益を特別利益に計上しています(第21期第3四半期累計で184,820千円)。付与数が多く、ベスティングや選択制などの条件が複雑な場合は、回号ごと・対象者ごとの管理台帳がないと正確な費用計上ができません。注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例で解説しています。
税効果については、第20期末で税務上の繰越欠損金2,479,277千円などに係る繰延税金資産の全額に評価性引当額を計上しており、繰延税金資産は計上されていません。将来の課税所得の見込みが立たない段階では、全額を評価性引当額とするのが通常の処理です。
監査法人と監査報酬
会計監査人は監査法人銀河で、継続監査期間は5年、業務を執行した公認会計士は2名、監査業務の補助者は公認会計士9名です。監査報酬は前事業年度・最近事業年度とも監査証明業務に基づく報酬が13,200千円で、非監査業務に基づく報酬はありません。報酬の決定方針は、監査法人から提示された業務時間を基準としていると記載されています。監査等委員会は、独立性・専門性・効率性・品質管理体制・報酬水準を検証し、問題がないと評価しています。
第19期・第20期は金融商品取引法第193条の2第1項に準じた監査、第21期の中間・第3四半期は期中レビューを受けています。上場申請には直前2期の監査証明が必要になるため、監査契約は遅くとも直前々期の期首までに締結しておくのが一般的です。監査法人の選び方とタイミングは監査法人はいつまでに決めるかで解説しています。
事業等のリスクと審査で問われやすい点
ジェイファーマの事業等のリスクは、Ⅰ(最重要)からⅥまでの区分に分けて整理され、各項目に「発生可能性」「発生時期」「影響度」が付されています。リスクの重要度を読み手が比較できる書き方で、上場準備会社が自社のリスクを整理する際の参考になります。主な項目を抜き出すと次のとおりです。
| 区分・項目 | 発生可能性 | 影響度 | 記載の要点 |
|---|---|---|---|
| 臨床・非臨床試験の結果 | 中 | 大 | グローバル第3相試験が想定どおりの結果とならない可能性。開発中止時の対応手順を詳しく記載 |
| 臨床試験のスケジュール | 中 | 中 | 患者登録の遅延。経験豊富なCROの起用、患者団体との連携 |
| 資金繰り | 中 | 中 | 継続的な営業損失と営業CFのマイナス。増資による希薄化 |
| 為替変動 | 大 | 小 | 主に米ドル建ての取引。予算策定時に米ドルを確保し運用 |
| 製造委託先(CMO)への依存 | 小 | 大 | 進行中・準備中の試験の製剤は製造完了。代替候補の選定 |
| 小規模組織 | 小 | 小 | 内部管理体制は組織規模に応じた水準 |
| ストック・オプション行使による希薄化 | 大 | 小 | 役職員・社外協力者への付与を今後も拡充する可能性 |
| VC等による株式売却 | 大 | 中 | 投資ファンド等の保有が発行済株式総数の66% |
図17 Ⅰの部「事業等のリスク」に記載された発生可能性と影響度による主なリスクの配置(筆者作成)
特に参考になるのは、最重要リスクである臨床試験の結果について、開発を中止する場合の対応手順まで記載している点です。外部専門家によるデータのレビュー、PMDA・FDAへの報告、適時開示、継続可否の判断、CRO契約や違約金の確認、残資金の振替といった流れが示されています。投資家にとって最も気になる「うまくいかなかったときに会社はどう動くのか」を先回りして説明しているといえます。
研究開発型の会社の審査で問われやすい点を一般論として整理すると、①開発計画と資金計画の整合(上場で調達する資金でどのマイルストンまで到達できるか)、②主要な契約(導出先、ライセンス元、委託先)の内容と依存度、③知的財産の権利関係と存続期間、④臨床試験の結果など重要事実の適時開示体制、⑤外部委託先の管理と支払の統制、などが挙げられます。ジェイファーマのⅠの部でも、特許の一覧と存続期間、重要な契約の内容が詳しく記載されています。適時開示の体制づくりはIPOの適時開示体制で解説しています。
ジェイファーマのケースから上場準備会社が学べること
ここまでの内容を、上場準備会社にとっての実務上の示唆として整理します。
- 収益がない段階では、非財務KPIで成長可能性を語る。パイプラインの進捗を計画と対比してモニタリングする、というように、指標と管理方法をセットで示すことが重要です。
- 収益化までの道筋を時期と根拠で示す。ライセンス締結の目安時期や候補企業との接触数のように、検証可能な形で説明すると説得力が増します。
- 種類株式の普通株式化は「取得請求+取得条項+消却+定款変更」の手順で設計する。株式分割や単元株制度の導入まで含めてスケジュール化しておきます。
- コンバーティブル型の手段を使うなら、潜在株式のシナリオ試算を欠かさない。条件付きで目的株式が変わる新株予約権は、上場時の資本構成に直結します。
- 株価算定の方法を使い分けるなら理由を整理しておく。増資とストック・オプションで評価方法が異なる場合、審査で説明を求められる前提で準備します。
- 小規模組織の内部監査は「複数名任命+所属部門は監査しない」で独立性を確保する。報告先を社長だけでなく取締役会・監査等委員会にも広げます。
- リスクは重要度を付けて整理し、最悪の場合の対応手順まで準備する。発生可能性・時期・影響度で整理すると、社内の優先順位づけにも役立ちます。
- 研究開発型の会計論点(補助金、減損、株式報酬、将来の導出収益)は早めに監査法人と方針を固める。
自社の準備状況を確認するために、次のチェックリストを活用してください。
- 自社の事業段階に合ったKPIを定め、取締役会で計画対比のモニタリングを行っているか
- 収益化までのマイルストンと、それに必要な資金の見通しを事業計画に織り込んでいるか
- 種類株式・新株予約権を含むすべての潜在株式について、上場時の株主構成を試算しているか
- 種類株式を普通株式に転換するための取得条項・消却・定款変更の手順とスケジュールを確認したか
- 内部監査担当者が自分の所属部門を監査しない体制になっており、監査結果が取締役会・監査役等にも報告されているか
- 補助金・株式報酬・減損など、自社に特有の会計処理の方針を監査法人と合意しているか
よくある質問
グロース市場には売上高や利益の額についての形式基準がないため、事業収益がない会社でも上場は可能です。ジェイファーマも5期連続で事業収益を計上しないまま上場しています。ただし、審査では高い成長可能性と事業計画の合理性が確認され、収益化までの道筋や資金計画を具体的に説明する必要があります。
一般に、VCなどが保有する優先株式は上場前に普通株式に転換されます。優先株式に付された残余財産の優先分配やみなし清算などの権利は、上場後の株主平等の観点から整理が必要になるためです。ジェイファーマでは取得請求と取得条項により全ての種類株式を取得して普通株式を交付し、取得した種類株式を消却したうえで、定款の種類株式の規定を廃止しています。
専任者がいなくても、兼務の担当者で内部監査を行うことは可能です。その場合は、担当者が自分の所属部門を監査しない仕組み(自己監査の回避)を整え、監査計画・監査報告・改善状況の確認といった一連の運用記録を残すことが求められます。ジェイファーマは社長直属の内部監査担当者4名を任命し、自身の所属部門の監査には関与しない体制としています。
行使価額が付与時の株式の時価を下回るため、税制適格ストックオプションの要件を満たさず、行使時に給与所得等として課税されるのが一般的です。会計上は株式報酬費用が計上され、未公開企業では本源的価値で評価することが認められています。付与の前に、課税関係・費用計上額・潜在株式比率への影響を試算しておくことが大切です。
最初の一歩は、自社の「成長の物差し」と潜在株式を一覧にすることから
ジェイファーマのケースから最初に着手できることは、2つの一覧表を作ることです。1つは、自社の成長を何で測るのか(KPI)と、その計画値・実績値を並べた一覧表で、取締役会で毎回確認できる形にします。もう1つは、普通株式・種類株式・新株予約権のすべてについて、保有者、株数、取得価格、転換条件、行使条件をまとめた資本政策の一覧表です。この2つがそろうと、事業計画の説明と株主構成の見通しが同じ土台の上で議論できるようになります。上場準備の全体像はIPO準備の全体像(N-3期〜N期)で確認できます。
無料ダウンロード
ジェイファーマのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)
ジェイファーマの機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。
まとめ
ジェイファーマは、事業収益がない研究開発型の会社が東証グロース市場に上場した事例です。Ⅰの部からは、財務指標ではなく開発パイプラインの進捗を軸にした成長可能性の説明、8種類の優先株式と多様な新株予約権を上場前に普通株式へ整理した資本政策、監査等委員会設置会社と担当者任命型の内部監査による小規模組織のガバナンス、そして補助金・減損・株式報酬などの研究開発型企業に特有の会計処理を学ぶことができます。
上場準備会社にとって大切なのは、自社の事業段階に合った説明の軸を早めに決め、それに合わせて資本政策・ガバナンス・会計方針を一貫した形で整えていくことです。資本政策は後からやり直すことが難しいため、資本政策はなぜやり直せないかもあわせて確認しておくことをお勧めします。
ショートレビュー、資本政策、機関設計、内部監査・内部統制、会計方針と開示、Ⅰの部の作成、審査対応まで、上場準備の実務を公認会計士が支援します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
あわせて読みたい