IPOの実質審査基準のうち、二つめの柱が「企業経営の健全性」です。ここでは、申請会社の企業グループが事業を公正かつ忠実に遂行しているかどうかが確認されます。実務で最も論点になりやすいのが、オーナーやその親族、オーナーの資産管理会社などとの取引、いわゆる関連当事者等との取引です。
この基準は、単に「身内との取引をなくせ」というものではありません。取引そのものに事業上の必要性があるか、そして取引条件が妥当かという二つの軸で判断され、両方を満たしていれば上場後も継続できる余地があります。一方で、条件が妥当であっても取引の存在自体に合理性がなければ、利益供与とみなされます。
この記事では、東京証券取引所の上場審査基準に沿って、関連当事者等の範囲、審査で見られる二つの軸、市場ごとの書きぶりの違い、役員の親族関係・兼職の論点、そして解消・整理の進め方を整理します。
図 企業経営の健全性で問われる取引の整理
この記事の見出し
「企業経営の健全性」は実質審査基準の第2の柱
新規上場申請にあたっての実質審査基準は、有価証券上場規程に市場ごとに定められています。「企業経営の健全性」はその第2号に位置づけられ、プライム市場は第213条第1項第2号、スタンダード市場は第207条第1項第2号、グロース市場は第219条第1項第2号がこれに当たります。
東証の新規上場ガイドブック(2026年7月21日版)では、この基準に基づく審査について、株主の利益を保護する観点から申請会社の企業グループが事業を公正かつ忠実に遂行しているか否かを確認するものと説明されています。そのうえで、具体的な検討事項として、(1)関連当事者その他の特定の者との間で不当に利益を供与または享受していないこと、(2)役員の親族関係・構成・勤務実態・兼職の状況が職務の執行や監査の実施を損なう状況でないこと、(3)親会社等を有する場合の独立性、といった項目が掲げられています。
この記事ではこのうち(1)と(2)、すなわち関連当事者等との取引と役員をめぐる論点を扱います。(3)の親会社等からの独立性は、いわゆる子会社上場に固有の論点として別に整理します。
図1 二つの判定はいずれか一方を満たせばよいものではなく、両方を満たす必要がある。
「関連当事者等」とは誰のことか
関連当事者は財務諸表等規則の定義を借りている
東証のガイドブックは、ここでいう「関連当事者」を、財務諸表等規則第8条第17項に掲げる関連当事者と定義しています。同項は関連当事者として10の類型を列挙しており、親会社・子会社・同一の親会社をもつ会社等といった資本関係のほか、主要株主とその近親者、役員とその近親者、親会社の役員とその近親者、そしてこれらの者が議決権の過半数を自己の計算において所有している会社等が含まれます。近親者は二親等内の親族を指します。
実務上、オーナー社長の配偶者が代表を務める会社、社長の実家が営む不動産賃貸業、社長個人が議決権の過半を握る別会社などは、この定義に素直に当てはまります。「グループ会社ではないから関係ない」という整理は成り立ちません。
「その他の特定の者」という受け皿がある
さらにガイドブックは、関連当事者の範囲に含まれないものの、申請会社の企業グループと人的・資本的な関連を強く有すると考えられる者を「その他の特定の者」とし、関連当事者と合わせて「関連当事者等」と呼んでいます。つまり、財務諸表等規則の形式的な定義から外れていても、実質的な結びつきが強ければ審査の対象になります。三親等の親族が経営する会社、創業以来の共同創業者が退任後に設立した会社などは、この受け皿で捉えられる可能性があります。
「取引行為」の範囲は広い
ガイドブックは「取引行為」を、営業取引、資金取引、不動産等の賃借取引、産業財産権の使用に関する取引等としています。加えて、申請会社の企業グループが直接に取引行為を行っていなくても間接的に取引行為を行っているもの、正当な対価がなく単にサービスとして業務を提供しているものなども含むとされています。無償の役務の提供および享受も対象です。金銭の授受を伴わないから対象外、という整理はできません。
「特別利害関係者等」は別の概念
実務でしばしば混同されるのが「特別利害関係者等」です。こちらは企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)第1条第31号に定義された用語で、上場前の株式等の移動状況の開示などの場面で使われます。役員とその配偶者・二親等内の血族、役員等が議決権の100分の50を超えて所有する会社、当該会社の関係会社とその役員、議決権の多い順に10番目以内の株主、人的関係会社・資本的関係会社とその役員、金融商品取引業者とその役員などが列挙されています。
関連当事者と特別利害関係者等は目的が異なる別々の定義であり、範囲も一致しません。上場準備では、どちらか一方だけを棚卸ししても抜けが生じます。
図2 左の各項目は財務諸表等規則第8条第17項の列挙を要約したもの。実際の判定は条文に当たって行う。
審査で見られるのは「合理性」と「条件の妥当性」の2軸
条件が妥当でも、取引の存在自体に合理性がなければ利益供与
ガイドブックが明示しているポイントは、取引条件が第三者との比較において妥当と認められる場合であっても、その取引行為の存在自体に合理性(事業上の必要性)がない場合には、利益供与とみなすということです。「相場どおりの価格で発注しているから問題ない」という説明だけでは足りません。なぜその相手に発注する必要があるのかを、会社の利益の観点から説明できるかが問われます。
ガイドブックは、判断の一つのポイントとして、申請会社の経営者が個人としてではなく企業グループとしての利益を第一に考えたときに、その取引行為等を正当なものとして合理的に説明可能かという点を挙げています。オーナー企業では非上場の時代に所有と経営が一致しているため、会社にとって必要な取引なのかオーナー個人にとって必要な取引なのかを意識せずに済んできた面があります。上場会社となる以上は、会社資産とオーナー等の個人資産とを適切に峻別することが求められます。
会社に有利な条件でも問題になり得る
逆方向の論点もあります。申請会社の企業グループと関連当事者等との取引が、申請会社にとって有利な条件であったとしても、その利益を享受することで当該関連当事者等の申請会社への影響力が著しく高まるような場合には、不当な利益享受であるとみなされるとされています。オーナーの資産管理会社が相場より安く社屋を貸している、といったケースは「会社が得をしているから問題ない」とは整理されません。
取引がなくても、把握と牽制の仕組みは問われる
ガイドブックは、関連当事者等との取引が生じていない場合や既存の取引に合理性・条件の妥当性が認められる場合でも、上場後に合理性のない取引が行われることがないよう、申請会社が関連当事者等との取引に対する適切な認識を有しているか、適切に牽制する仕組みを有しているかを確認するとしています。「うちには関連当事者取引はありません」で終わる論点ではありません。
あわせて、経営者が関与する取引(経営者自らが営業して獲得した案件・企画した案件や、例外的に経営者が決裁を行っている案件等)についても、一般的に社内からの牽制が効きにくく不正につながる懸念があるとして、組織的な検討と牽制機能が発揮される体制の整備、および実際に行われた取引が不適切でないかが確認されます。
市場によって書きぶりが異なる
基準の構造は3市場で共通ですが、グロース市場だけは条文の書きぶりが異なります。プライム・スタンダードが「取引条件の妥当性を有すること」と求めるのに対し、グロース市場は「取引価格を含めた取引条件が新規上場申請者の企業グループに明らかに不利な条件でないこと」としており、冒頭に「原則として」の文言も置かれています。
| 項目 | プライム・スタンダード | グロース |
|---|---|---|
| 上場規程の条番号 | プライム:第213条第1項第2号 スタンダード:第207条第1項第2号 |
第219条第1項第2号 |
| ガイドラインの該当箇所 | プライム:Ⅲ 3.(1) スタンダード:Ⅱ 3.(1) |
Ⅳ 3.(1) |
| 取引条件に関する書きぶり | 当該取引が取引を継続する合理性及び取引価格を含めた取引条件の妥当性を有すること | 当該取引が取引を継続する合理性を有し、また、取引価格を含めた取引条件が申請者の企業グループに明らかに不利な条件でないこと |
| 「原則として」の文言 | なし | あり(不当な利益供与・享受を行っていないと認められること、の前に置かれている) |
| 支援目的の取引の取扱い | 2026年7月21日版のガイドブックでは、支援目的に関する記載は置かれていない | 取引の内容を投資者に適切に開示することにより認められる場合がある旨が記載されている |
出典:東京証券取引所「新規上場ガイドブック」プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編(いずれも2026年7月21日版)。表中の文言は要旨であり、正確な規定は原文をご確認ください。
もっとも、グロース市場のガイドブックでも、取引条件が第三者との比較で妥当であっても取引行為の存在自体に合理性がなければ不当な利益供与とみなす場合がある旨は同様に記載されており、二つの軸で見るという枠組み自体は変わりません。また、支援目的で有利な取引が行われている場合であっても、その利益を享受することで関連当事者等の影響力が著しく高まるような場合には不当な利益享受とみなす、とされています。
取引の洗い出し、合理性と条件の検証、解消・是正の進め方、上場後の牽制体制の設計まで、IPO準備の実務に沿ってご支援します。
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役員の親族関係・構成・兼職も同じ基準の中にある
「企業経営の健全性」は取引だけの基準ではありません。同じ号の(2)として、役員の相互の親族関係、その構成、勤務実態、他の会社等の役職員等との兼職の状況が、役員としての公正・忠実かつ十分な職務の執行または有効な監査の実施を損なう状況でないことが求められています。
とくに注意が必要なのは、取締役・会計参与・執行役その他これらに準ずるものの配偶者ならびに二親等内の血族および姻族が、監査役・監査等委員・監査委員その他これらに準ずるものに就任している場合です。この場合は、有効な監査の実施を損なう状況にあるとみなすものとする、と規定されています。ガイドブックも、この形態は自己監査とみなし、形態をもって有効な監査の実施が損なわれる状況と判断するとしています。実質的に問題がないという説明の余地が乏しい類型であり、早期の役員構成の見直しが必要になります。
| 役員をめぐる状況 | 審査上の見方 |
|---|---|
| 取締役等の配偶者・二親等内の血族および姻族が監査役、監査等委員、監査委員に就任している | 自己監査とみなし、形態をもって有効な監査の実施が損なわれる状況と判断される |
| 同族色の強い役員構成(同族の役員が取締役の半数を占めるなど) | 取締役会の議事の決議に際して同族取締役が及ぼす影響が大きいため、審査の進め方はより慎重なものとなる |
| 役員が他の会社等の役職員を兼職している | 取締役会への出席状況などから監督機能の発揮を確認し、常勤役員については業務執行の機動性が損なわれていないかを確認する |
| 兼職先と申請会社が取引関係を有する | その取引に対する牽制を働かせるガバナンス体制、取引条件の決定手続の状況などを踏まえ、適切な体制・運用が確認できれば兼任が認められると判断することもある |
| 親会社等の役職員との兼職者・出向者が取締役会の半数以上を占める | 少数株主保護の観点から、審査の進め方はより慎重なものとなる |
| 親会社等の役職員が申請会社へ出資している、新株予約権が付与されている | 経営責任の明確化やインセンティブ付与といった合理性・必然性に乏しいことから、審査においては慎重に対応される |
解消・整理はどう進めるか
関連当事者等との取引は、上場までにすべて解消しなければならないわけではありません。上場準備を開始する以前から継続する取引で事業上必要な取引であって、代替の取引先を探すことが難しい場合や、他に有利な取引条件の取引先がない場合など、上場後も継続することが合理的なケースがあることは、ガイドブックも明記しています。重要なのは、解消するか継続するかを組織として検討し、その結論を説明できる状態にしておくことです。
図3 ④まで到達していないと、取引を解消しても「上場後に再発しない仕組みがない」と評価されかねない。
棚卸しの範囲を先に決める
洗い出しの起点は取引先リストではなく、人のリストです。役員、主要株主、それぞれの二親等内の親族、そしてこれらの者が議決権の過半を握る会社を先に一覧化し、そのうえで会計システムの取引先マスタと突き合わせます。「その他の特定の者」に該当し得る、実質的な関連が強い相手も忘れずに拾います。
継続する場合に用意しておく説明
取引を継続する場合、少なくとも次の点を書面で説明できる状態にしておくと、審査でのやり取りが円滑になります。
- その取引を行う事業上の必要性(代替取引先の検討経緯を含む)
- 取引価格の決定方法と、第三者取引や近隣相場との比較
- 取引の決裁ルート(関係する役員が決裁に関与していないこと)
- 継続の合理性と条件を定期的に見直す社内ルール
- 監査役監査・内部監査の確認項目に組み込まれていること
- 開示書類における記載の準備状況
グロース市場のガイドブックには「グロース市場事前チェックリスト」が収載されており、関連当事者等との取引について、取引の合理性、条件の妥当性、定期的な検討・見直し、監査での確認、開示書類での記載、取引の把握と牽制の仕組みといった観点が確認項目として並んでいます。プライム・スタンダードを目指す会社にとっても、自己点検の視点として有用です。
上場前の株式等の移動と「特別利害関係者等」
関連当事者等との取引とは別に、株式の動きにも規制があります。特別利害関係者等が、基準事業年度の末日の2年前の日から上場日の前日までの期間において申請会社の株式または新株予約権の譲受け・譲渡(新株予約権の行使を含む)を行っている場合には、その移動の状況を「Ⅰの部」の株式公開情報に記載することが求められます(有価証券上場規程施行規則第266条)。価格の算定根拠についても、投資者にとって分かりやすい内容となるよう記載することが求められます。
さらに、申請会社は上場日から5年間、上場前の株式等の移動の状況に関する記載内容についての記録を保存し、東証が必要に応じて行う提出請求に応じなければならないとされています(同規則第267条)。記録の提出に応じない場合や、記載内容が明らかに正確でなかったと認められる場合には、会社名等が公表され得る旨も定められています。
基準事業年度の末日の2年前の日という起算点は、たとえば3月決算の会社であれば、その2年前の4月1日を指します。上場の3年前あたりから、株式の異動は誰との間でいくらで行ったのかを記録に残しておく必要があります。名義株の整理を含めた株主構成の論点は、IPOにおける株主数の要件の記事でも扱っています。
よくある質問
一律に解消が必要とされるわけではありません。ガイドブックは、上場準備開始前から継続する取引で事業上必要なものであって、代替の取引先を探すことが難しい場合などには、上場後も継続することが合理的なケースがあるとしています。賃料水準の妥当性を近隣相場等で裏づけ、決裁に社長が関与しない手続を整え、開示と定期的な見直しの仕組みを備えることが出発点になります。個別の事情によって結論は変わりますので、主幹事証券会社との早期の相談をおすすめします。
そうとは限りません。ガイドブックは、申請会社にとって有利な条件であっても、その利益を享受することで当該関連当事者等の申請会社への影響力が著しく高まるような場合には、不当な利益享受であるとみなされるとしています。なお、グロース市場については、支援目的の取引について取引内容を投資者に適切に開示することにより認められる場合がある旨が記載されています。
この形態は、規定上「有効な監査の実施を損なう状況にあるとみなすものとする」とされており、ガイドブックも自己監査とみなし形態をもって判断するとしています。実態の説明で解決することは想定しにくく、役員構成の変更を前提に検討することになります。
いいえ。ガイドブックは、取引が生じていない場合でも、上場後に合理性のない取引が行われることがないよう、関連当事者等との取引に対する適切な認識を有しているか、適切に牽制する仕組みを有しているかを確認するとしています。取引の有無にかかわらず、把握の仕組みと牽制の仕組みは整備しておく必要があります。
まとめ
- 「企業経営の健全性」はプライム第213条第1項第2号、スタンダード第207条第1項第2号、グロース第219条第1項第2号に定められている
- 関連当事者等との取引は、取引そのものの合理性と取引条件の妥当性という2軸で判断される
- 条件が妥当でも取引の存在自体に合理性がなければ利益供与とみなされる
- 会社に有利な条件でも、相手の影響力が著しく高まる場合は不当な利益享受とみなされる
- 取引がなくても、把握と牽制の仕組みの有無は確認される
- 取締役等の配偶者・二親等内の血族および姻族が監査役等に就任している形態は、自己監査とみなされる
- 特別利害関係者等は関連当事者とは別の定義で、上場前の株式等の移動状況の開示などで用いる
実質審査基準の全体像やほかの要件との関係は、IPO準備 完全ガイドとIPOの形式要件の記事もあわせてご覧ください。市場ごとの違いについては市場区分の解説記事で整理しています。
公認会計士・税理士として、関連当事者取引の棚卸しから牽制体制の設計、開示書類の記載準備まで一貫してご支援します。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援と内部統制の整備支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
参考:日本取引所グループ「新規上場ガイドブック」/有価証券上場規程施行規則(東証規則集)/財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索)/企業内容等の開示に関する内閣府令(e-Gov法令検索)
本記事は2026年9月時点の公表資料に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する助言ではありません。上場審査の判断は個別の事情を踏まえて行われますので、実際の対応にあたっては主幹事証券会社および専門家にご相談ください。
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