IPO準備を始めた会社が早い段階で必ず突き当たるのが、どの市場区分を目指すのかという問いです。東京証券取引所(東証)はプライム市場・スタンダード市場・グロース市場という3つの市場を設けており、それぞれ求められる数値基準も、審査で問われる論点も異なります。ここを曖昧にしたまま準備を進めると、資本政策や体制整備の設計をやり直すことになりかねません。
この記事では、東証の市場区分がどのような考え方で作られているのかを整理したうえで、3市場の形式要件と実質審査基準の違い、そして自社に合う市場をどう選ぶかという実務の視点までを解説します。数値基準は有価証券上場規程の条番号とあわせて示しますので、社内で議論する際の共通の土台としてお使いください。
この記事の要点
- 東証はプライム・スタンダード・グロースの3市場に加え、プロ投資家向けのTOKYO PRO Marketを提供している。
- 市場区分はそれぞれ独立したコンセプトを持ち、上下関係ではなく企業の性格に応じた選択肢として設計されている。
- 形式要件の根拠条文は市場ごとに異なる(プライム:規程第211条、スタンダード:規程第205条、グロース:規程第217条)。
- 実質審査基準もプライム・スタンダードは「企業の継続性及び収益性」を、グロースは「事業計画の合理性」を軸に据える。
- 市場区分の選定では、新規上場基準だけでなく上場後の上場維持基準まで見据える必要がある。
1.東証の市場構成と市場区分という考え方
東証が提供している市場は、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場、そしてTOKYO PRO Marketの4つです。2022年4月の市場区分再編以前は、規模の大小がそのまま格付けのように受け止められがちでしたが、現在の3市場は、それぞれが独立したコンセプトを掲げ、そのコンセプトに合う企業を集めるという設計思想に立っています。
| プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
| 規模と流動性、高いガバナンス水準、投資家との建設的な対話 | 一定の流動性と基本的なガバナンス水準、持続的な成長へのコミット | 高い成長可能性と事業計画・進捗の適時適切な開示 |
| + TOKYO PRO Market(プロ投資家向け市場) | ||
つまり、市場区分の選択は「どこまで背伸びできるか」ではなく、自社の事業モデルと投資家層に照らして「どの市場の期待に応えられるか」という問いです。上場申請の実務でも、主幹事証券会社との初期の議論は、この市場区分の見極めから始まります。準備のスケジュール全体像については、別記事のIPO準備の全体像と上場までのスケジュールもあわせてご覧ください。
2.3つの市場区分のコンセプト
東証が示す各市場のコンセプトは、次のように整理できます。
| 市場区分 | 想定する企業像 |
|---|---|
| プライム市場 | 多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業 |
| スタンダード市場 | 公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業 |
| グロース市場 | 高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業 |
グロース市場では、申請会社が「高い成長可能性」を有しているかどうかを主幹事証券会社がビジネスモデルや事業環境などを基に評価・判断します。実績よりも将来の設計図とその説明力が問われる市場だと理解しておくとよいでしょう。
3.市場区分ごとの形式要件を比較する
形式要件とは、株主数や流通株式など客観的な数値等で判定される定量的な基準をいいます。根拠条文は市場ごとに分かれており、プライム市場は有価証券上場規程第211条、スタンダード市場は同第205条、グロース市場は同第217条です。混同しやすいところですので、社内資料を作る際は必ず条番号まで確認してください。
| 項目 | プライム (第211条) |
スタンダード (第205条) |
グロース (第217条) |
|---|---|---|---|
| 株主数(上場時見込み) | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
| 流通株式数 | 2万単位以上 | 2,000単位以上 | 1,000単位以上 |
| 流通株式時価総額 | 100億円以上 | 10億円以上 | 5億円以上 |
| 流通株式比率 | 35%以上 | 25%以上 | 25%以上 |
| 時価総額 | 250億円以上 | 基準なし | 基準なし |
| 純資産の額 | 連結50億円以上 (かつ単体純資産の額が 負でないこと) |
連結純資産の額が正 | 基準なし |
| 利益の額・売上高 | a.最近2年間の利益の額の総額が25億円以上 b.最近1年間の売上高が100億円以上かつ時価総額1,000億円以上 |
最近1年間の利益の額が 1億円以上 |
基準なし |
| 公募の実施 | 基準なし | 基準なし | 500単位以上の公募 (上場日の時価総額が 250億円以上となる 見込みの場合等を除く) |
| 事業継続年数 | 3か年以前から | 3か年以前から | 1か年以前から |
※グロース市場には時価総額の形式要件はありません。表中の「上場日の時価総額が250億円以上となる見込みの場合等を除く」は、公募の実施義務が免除される例外条件を示すものです(規程第217条第3号)。
この表から読み取れるのは、グロース市場が利益や純資産といった実績面の数値基準を置いていない一方で、公募の実施を求めているという構造の違いです。また流通株式時価総額はいずれの市場でも、原則として上場に係る公募等の価格等に上場時において見込まれる流通株式数を乗じて算定します。したがって株主構成の設計と公開価格の水準が形式要件の充足に直結します。
3市場に共通して求められる主な形式要件
虚偽記載又は不適正意見等がないこと ・ 登録上場会社等監査人による監査(金融商品取引法第193条の2) ・ 株式事務代行機関の設置 ・ 単元株式数100株 ・ 株券等の種類 ・ 株式の譲渡制限の解除 ・ 指定振替機関における取扱い
※プライム市場・スタンダード市場では、これらに加えて「合併等の実施の見込み」に関する要件が置かれています。
4.実質審査基準に表れる市場区分の性格
形式要件を満たしても、それだけで上場できるわけではありません。定性的な基準である実質審査基準(プライム市場:規程第213条第1項各号、スタンダード市場:規程第207条第1項各号、グロース市場:規程第219条)が別に置かれており、実務上の負荷はむしろこちらに集中します。
| # | プライム・スタンダード (第213条・第207条) |
グロース (第219条) |
|---|---|---|
| 1 | 企業の継続性及び収益性 | 企業内容、リスク情報等の開示の適切性 |
| 2 | 企業経営の健全性 | 企業経営の健全性 |
| 3 | コーポレート・ガバナンス及び 内部管理体制の有効性 (適切に整備され、機能していること) |
コーポレート・ガバナンス及び 内部管理体制の有効性 (企業の規模や成熟度等に応じて整備) |
| 4 | 企業内容等の開示の適正性 | 事業計画の合理性 |
| 5 | その他公益又は投資者保護の観点から 必要と認める事項 |
その他公益又は投資者保護の観点から 必要と認める事項 |
いずれの市場でも5つの適格要件で構成される点は共通ですが、並び方と力点が異なります。プライム市場とスタンダード市場では第一に「企業の継続性及び収益性」が置かれ、継続的に事業を営み、安定的かつ優れた収益基盤を有していることが問われます。これに対しグロース市場では、冒頭に「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」が置かれ、収益性に代えて「事業計画の合理性」が独立した柱になっています。
また、コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性について、プライム市場とスタンダード市場が「適切に整備され、機能していること」を求めるのに対し、グロース市場は「企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること」という表現をとります。求められる水準がステージに応じて調整される点は、準備段階の体制整備の優先順位を考えるうえで重要な示唆になります。
5.自社に合う市場区分をどう選ぶか
市場区分の選定にあたって実務上押さえておきたいのは、新規上場時の基準だけを見て決めないことです。上場会社には、上場後も継続して適合が求められる上場維持基準(規程第501条)があり、新規上場基準をぎりぎりで満たす水準では、上場後まもなく維持基準に抵触するおそれがあります。東証も、新規上場時の水準が上場維持基準に近い場合には対応方針等を確認し、必要に応じて開示を要請する場合があるとしています。
| 自社に合う市場を決めるまでの3ステップ | |
|---|---|
| 1 | 業績面の要件を確認する 直近実績と申請期の見通しから、利益の額・純資産の額をどの市場で満たせるかを確認する。 |
| 2 | 資本政策で分散要件を試算する 公募・売出しの規模を含めて、株主数・流通株式数・流通株式時価総額・流通株式比率を試算する。 |
| 3 | 上場後の維持基準と突き合わせる 成長シナリオを上場維持基準に当てはめ、上場直後に抵触するおそれがないかを検証する。 |
グロース市場を検討する場合の注意点
従来は上場から10年経過後に時価総額40億円以上という上場維持基準でしたが、2030年3月1日以降に最初に到来する事業年度の末日からは上場から5年経過後に時価総額100億円以上へ見直されます。上場時点の充足だけでなく、上場後5年間で到達しうる企業価値の道筋まで含めた検討が必要です。
この検討は準備の初期に行う現状分析と一体で進めるのが効率的です。現状分析の進め方はショートレビュー(短期調査)とはで解説しています。
6.上場後に市場区分を変更することもできる
市場区分は一度決めたら固定というわけではありません。上場後も、会社のステージと各市場のコンセプトを踏まえて市場区分を変更することができます。ただし変更は自動的に行われるものではなく、上場会社からの申請に基づき改めて審査を受ける必要があります。例えばプライム市場への市場区分の変更審査は、プライム市場の新規上場審査に準じて行われます。
| グロース市場 スタンダード市場 |
上場会社からの申請 ↓ 市場区分の変更審査 (新規上場審査に準じて実施) |
上位の市場区分へ |
したがって、まずグロース市場やスタンダード市場に上場し、実績を積んでから上位の市場へ移るという道筋も現実的な選択肢です。この場合、上場後に再び本格的な審査対応が必要になることを踏まえ、開示体制や内部管理体制は当初から相応の水準で設計しておくと移行がスムーズになります。
よくある質問(FAQ)
Q1.市場区分に上下関係はありますか。
制度上は、各市場区分が独立したコンセプトを持つ並列の選択肢として設計されています。もっとも、形式要件の数値水準はプライム市場が最も高く、求められるガバナンス水準にも差があるため、実務上は自社の規模と成熟度に見合う市場を選ぶことになります。
Q2.形式要件は上場申請の時点で満たしている必要がありますか。
株主数や流通株式などの多くの項目は「上場の時までに」充足する見込みがあることを求める基準です。申請時点で未充足でも、公募・売出しを経て上場時に満たす見込みであれば足りる項目がある一方、事業継続年数のように過去の事実で判定される項目もあります。
Q3.公開価格が決まる前に市場区分は確定するのですか。
時価総額や流通株式時価総額は公募等の価格等に基づいて算定されるため、これらの基準の充足状況によって上場する市場区分が決まる場面があります。準備段階では複数のシナリオで試算しておくことが実務的です。
Q4.TOKYO PRO Marketはどのような位置づけですか。
プロ投資家向けの市場として3市場とは別に提供されている市場です。株主数や流通株式などの形式要件の考え方が異なるため、検討する場合は専用の新規上場ガイドブックを確認してください。
まとめ
市場区分は、単なる規模の階層ではなく、どのような投資家に対してどのような約束をする会社なのかを示す選択です。プライム市場は規模と高いガバナンス水準、スタンダード市場は一定の流動性と基本的なガバナンス水準、グロース市場は高い成長可能性と事業計画の説明力。この違いが、形式要件の数値にも実質審査基準の構成にも一貫して表れています。
準備の初期段階で市場区分の見立てを固めておくと、資本政策も体制整備も優先順位がはっきりします。自社がどの市場区分を目指すべきか判断に迷う場合は、業績見通しと資本政策の両面から具体的に試算したうえで、主幹事証券会社や監査法人との議論に臨むことをおすすめします。当事務所でも、市場区分の選定を含むIPO準備のご相談を承っています。
なお、法令の原文はe-Gov法令検索で、上場制度の詳細は日本取引所グループの上場審査基準のページで確認できます。
(本記事の主な参照法令・基準:有価証券上場規程第205条、第207条、第211条、第213条、第217条、第219条、第501条、上場審査等に関するガイドライン、金融商品取引法第193条の2、会社法。東証「新規上場ガイドブック」(2026年7月版)及び日本取引所グループ公表資料を参照。本記事の内容は2026年7月時点の制度に基づいています。グロース市場の上場維持基準のうち時価総額に関する基準は、2030年3月1日以降に最初に到来する事業年度の末日から見直しが適用される予定です。)