資本政策は、上場準備のなかで唯一やり直しがきかない領域です。会計や内部統制は、指摘を受けてから直せます。しかし一度発行した株式や、一度動かした持株比率は、あとから元に戻せません。
しかも決めるべきことが多く、順番を間違えると選択肢が消えます。誰にいくらで発行するか、いつ動かすか、どの市場を狙うか。これらは互いに絡み合っていて、ひとつずつ独立して決められません。
この記事は、上場に必要な株式の要件を市場別に一覧したうえで、論点ごとの解説へ入口をまとめたものです。まず自社がどの数字で引っかかるのかを特定してから、該当する記事に進んでください。
- 3市場の形式要件(株主数、流通株式、時価総額、純資産、利益)の一覧
- 流通株式から除かれるもの
- 上場前に株式を動かすときの制約
- 資金調達とインセンティブで押さえる論点
- 論点ごとのくわしい解説への入口
この記事の見出し
📌 3市場の形式要件を1枚で
まず、狙う市場によって求められる数字が違います。上場申請までに満たすべき形式要件のうち、株式にかかわるものを並べます。
| 項目 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 株主数 | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
| 流通株式数 | 2万単位以上 | 2,000単位以上 | 1,000単位以上 |
| 流通株式時価総額 | 100億円以上 | 10億円以上 | 5億円以上 |
| 流通株式比率 | 35パーセント以上 | 25パーセント以上 | 25パーセント以上 |
| 時価総額 | 250億円以上 | 基準なし | 基準なし |
| 純資産の額 | 連結50億円以上、かつ単体が負でないこと | 正であること | 基準なし |
| 利益の額または売上高 | 最近2年間の利益の総額25億円以上、または最近1年間の売上高100億円以上かつ上場時の時価総額1,000億円以上の見込み | 最近1年間の利益の額1億円以上 | 基準なし |
いずれも有価証券上場規程に定めがあります(プライムは211条、スタンダードは205条、グロースは217条)。これらは新規上場の要件であると同時に、上場したあとの維持基準でもあります。上場の瞬間だけ満たせばよい数字ではありません。
📌 いちばん詰まるのは流通株式
時価総額や利益は事業の結果ですが、流通株式は株主構成の話なので、上場準備の途中で自力で動かせます。逆にいえば、放っておくと最後に足りなくなります。
流通株式は、上場株式数から次のものを除いて計算します。
- 役員が保有する株式、役員の配偶者と二親等内の血族が保有する株式
- 役員が議決権の過半数を持つ会社などの関係会社が保有する株式
- 10パーセント以上を保有する株主が持つ株式
- 自己株式
- 役員持株会が保有する株式
10パーセント未満であれば流通株式に入りますが、ベンチャーキャピタルの持分は保有の器が組合か法人か、金融商品取引業者に当たるかで結論が変わります。同じ持株比率でも流通株式比率が10ポイント以上動くことがあります。
- 流通株式数は単位数。株式分割で増やせます
- 流通株式時価総額は流通株式数×株価。時価総額とは掛ける株式数が違います
- 流通株式比率は流通株式数÷上場株式数。分割しても変わりません
株式分割は流通株式数にしか効きません。比率と時価総額を動かすには、公募を増やすか、既存株主が売出しに出すか、関係会社や取引先の持分を減らすしかありません。それぞれに副作用があります。
📌 上場が近づくほど、株式は動かせなくなる
資本政策がやり直せない理由は、時間とともに制約が増えるからです。
| 制約 | 内容 |
|---|---|
| 継続所有の確約 | 上場申請の直前期の期首より前、つまり1年前の日を基準に、特別利害関係者等が取得した株式には継続所有の確約が求められます。この日を過ぎてからの移動は、上場後しばらく売れない株式になります |
| 特別利害関係者等の範囲 | 役員とその近親者、議決権の50パーセント超を持つ株主、20パーセント以上を持つ株主、上位10番目以内の株主まで含まれます。思っているより広い範囲です |
| 親引けの制限 | 公募や売出しで、発行会社が指定した者に配分することは原則として認められません |
| 名義株 | 株主名簿の記載と実質の帰属が食い違っている状態です。名義書換えは名義人との共同請求が原則なので、関係が悪化してからでは解消できません |
もうひとつ、順番の問題があります。募集株式の発行は、払込金額が有利発行に当たるかどうかで決定機関が変わります。支配株主が入れ替わる規模の発行には追加の手続が要ります。あとから「あの発行は手続が足りなかった」と分かっても、やり直せません。
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📌 資金調達とインセンティブで押さえる論点
資金調達の器
上場前の調達では、普通株式のほかに種類株式やJ-KISSが使われます。種類株式は会社法108条1項の9類型で、公開会社が発行できない類型があります。上場前に普通株式へ転換するのが通例で、転換には種類株主総会が要る場面があります。
投資契約に入るみなし清算条項は、会社法の制度ではありません。会社法の残余財産の分配とは別物で、売却価額が下振れしたときに創業者の手取りを大きく変えます。
ストックオプションと持株会
税制適格ストックオプションの限度額は、条文上はいまも年間1,200万円です。設立からの年数などの要件を満たす会社では、2で除する、3で除するという換算により、実質的に3,600万円相当まで使えます。大口株主に当たると適格になりません。
信託型ストックオプションは、国税庁のQ&Aで給与所得として課税されるとの整理が示されました。源泉徴収の義務は発行会社にあります。
従業員持株会は民法上の組合です。奨励金を出せるのは従業員持株会で、拠出金額には上限があります。流通株式から除かれるのは役員持株会で、従業員持株会は除かれません。
目指す市場の流通株式比率から逆算し、各ラウンドの調達額と価額を置いて、上場時の創業者の議決権割合を試算します。ストックオプションの発行枠、従業員持株会、そして安定株主の設計まで含めて数字にします。すでに複数ラウンドを終えている会社でも、いまの位置から上場時にどうなるかは計算できます。公認会計士・税理士が直接お受けします。初回のご相談は無料です。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援と内部統制の整備支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
🔗 論点別のくわしい解説
つまずいている場所から読んでください。
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ストックオプションと持株会
- 税制適格ストックオプション 限度額はいまも条文上1,200万円
- 信託型ストックオプションはなぜ給与課税か 国税庁Q&Aの結論
- 従業員持株会はいつ作るか 奨励金と流通株式の扱いから逆算する
❓ よくある質問
A. 最初の外部調達の前です。上場申請の直前期に入ってからでは、継続所有の確約や特別利害関係者等の範囲が効いてきて、動かせる余地がほとんどありません。少なくとも、狙う市場の流通株式比率から逆算した持株比率の見通しは、調達のたびに更新してください。
A. 満たせるのは流通株式数だけです。比率は分子と分母が同じ倍率で増えるため変わらず、時価総額も理論上は変わりません。3つの指標は別の物差しなので、同時に見る必要があります。
A. 持株比率そのものに数値基準はありません。ただし流通株式比率の要件があるため、上場時にどれだけ市場に出すかから逆算されます。議決権の割合ごとにできることが変わるので、経営権の観点からも見る必要があります。
A. 10パーセント以上を保有していれば除かれます。10パーセント未満のときは、保有の器が組合か法人か、金融商品取引業者に当たるかで結論が変わります。株主名簿の名義だけでは判定できません。
A. 株主名簿の名義書換えは名義人との共同請求が原則です。実質株主の帰属を直接定めた条文はないため、当時の資金の出どころや配当の受領といった事実を積み上げて確認していきます。関係が良好なうちに着手してください。
📄 まとめ
上場に必要な株式の要件は、株主数、流通株式の3指標、時価総額、純資産、利益です。狙う市場によって数字が変わり、これらは上場後の維持基準でもあります。
このうち自力で動かせるのは流通株式です。役員とその近親者、関係会社、10パーセント以上の株主、自己株式が除かれるため、株主構成をそのままにしていると最後に足りなくなります。
そして時間が経つほど選択肢は減ります。継続所有の確約は上場申請の直前期の期首より前を基準に効き、名義株は関係が悪化してからでは解消できません。種類株式もストックオプションも、発行してからでは条件を変えられません。
いま株主名簿を分解して、狙う市場の3指標を仮置きしてみることが、最初の一歩です。そこで足りない数字が見つかったら、それが資本政策の出発点になります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。上場規程および審査基準は改正されることがありますので、実際の判断にあたっては主幹事証券会社および監査法人にご確認ください。
📚 参考(公的な一次情報)
- 企業内容等の開示に関する内閣府令(e-Gov法令検索) 第1条第31号
- 新規上場申請に係る提出書類等(内国株券・東京証券取引所) 継続所有等に関する確約を証する書類
- 株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分等に関する規則(日本証券業協会) 第2条第2項
- ストックオプションに対する課税(Q&A)(国税庁・令和6年11月最終改訂)
- 措置法通達29の2-1の解説(国税庁) 1株当たりの価額の算定
- 令和6年度税制改正の解説(財務省・所得税関係) 適用関係
- 持株制度に関するガイドライン(日本証券業協会) 令和7年6月12日最終改正
- 金融商品取引法(e-Gov法令検索) 第166条第6項
- 有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(e-Gov法令検索) 第59条第1項第4号
- 流通株式(日本取引所グループ) 定義と除外
- 会社法(e-Gov法令検索) 第2条、第107条、第108条、第309条、第322条、第466条
- 議決権種類株式の上場制度(日本取引所グループ)
- 会社法(e-Gov法令検索) 第297条、第303条、第305条、第309条、第433条
- 上場審査基準(プライム市場・日本取引所グループ)
- 上場審査基準(スタンダード市場・日本取引所グループ)
- 上場審査基準(グロース市場・日本取引所グループ)
- 他人名義株式に起因する上場規則違反について(東京証券取引所・2014年7月29日)
- 会社法(e-Gov法令検索) 第121条、第130条、第133条