IPOの形式要件のうち、会社の「規模」と「業績」を直接問うのが、時価総額・純資産の額・利益の額(又は売上高)に関する数値基準です。この3項目は東証3市場で最も差が大きい要件であり、プライム市場では時価総額250億円・純資産50億円・利益25億円という高いハードルが課される一方、スタンダード市場は純資産が正であることと利益1億円、グロース市場に至ってはこれらの基準自体がありません。
本記事では、有価証券上場規程(プライム第211条・スタンダード第205条)と東証の新規上場ガイドブックに基づき、各基準の内容、審査対象となる金額の算定方法、そして「利益の額」が経常利益ベースで判定されるという実務上の重要ポイントを、公認会計士が一次情報に基づいて解説します。
時価総額・純資産・利益の要件はどの市場に適用されるのか
東証の新規上場審査は、株主数や流通株式、純資産・利益といった数値・形式面を確認する「形式要件」(プライム市場は有価証券上場規程第211条、スタンダード市場は第205条、グロース市場は第217条)と、企業の継続性・収益性やガバナンスを個別に審査する「実質審査基準」(同第213条・第207条・第219条)の二段構えになっています。本記事が扱う時価総額・純資産の額・利益の額又は売上高は、このうち形式要件に属する数値基準です。
まず全体像を確認します。3市場の適用関係は次のとおりです。
| 項目 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 時価総額(上場時見込み) | 250億円以上(規程211条3号) | 基準なし | 基準なし |
| 純資産の額(上場時見込み) | 連結50億円以上、かつ単体が負でないこと(規程211条4号) | 正であること(規程205条4号) | 基準なし |
| 利益の額又は売上高 | 次のいずれか(規程211条5号)。a:最近2年間の利益の額の総額25億円以上、b:最近1年間の売上高100億円以上かつ上場日の時価総額1,000億円以上の見込み | 最近1年間の利益の額1億円以上(規程205条5号) | 基準なし |
※ここでいう時価総額は会社全体の時価総額であり、流通株式時価総額(プライム100億円・スタンダード10億円・グロース5億円)とは別の要件です。流通株式に関する基準は流通株式の要件の記事で解説しています。
プライム市場は「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模」を求める市場であるため、規模・業績の数値基準が3項目とも課されます。スタンダード市場は債務超過でないことと一定の利益実績のみを求め、グロース市場は高い成長可能性を重視する市場であることから、規模・業績の数値基準を設けていません。どの市場を目指すかによって、上場準備で作り込むべき数値が大きく変わることが分かります。以下、項目ごとに内容と算定方法を確認します。
プライム市場は規程211条5号、スタンダード市場は同205条5号。「最近」の起算点は基準事業年度(原則として上場申請直前の事業年度)の末日です。
時価総額の要件(プライム市場・250億円以上)
基準の内容と趣旨
プライム市場では、上場日における時価総額が250億円以上となる見込みのあることが必要です(有価証券上場規程211条3号)。時価総額は「株価×上場株式数」で決まる会社全体の市場価値であり、機関投資家が売買しやすい潤沢な流動性の基礎として、この水準が設定されています。スタンダード市場・グロース市場には、新規上場の形式要件としての時価総額基準はありません。
時価総額の算定方法
審査上の時価総額は、上場時において見込まれる上場株券等の数に株価を乗じた額として算定します(有価証券上場規程施行規則226条3項)。申請会社が未上場会社の場合、株価に用いるのは、上場に際して公募又は売出しを行うときはその公募・売出しの価格(発行価格決定日に決定された価格)、公募・売出しを行わないときは東証が合理的と認める算定式により計算された株券等の評価額です。すでに国内外の取引所に上場している株式がある場合は、その時価総額も加えて判定します。
ここで重要なのは、基準を満たすかどうかが最終的には「公募価格」に依存するという点です。想定発行価格ベースでは250億円を超えていても、ブックビルディングの結果、公募価格が想定を下回れば基準を割り込むリスクがあります。上場日程の終盤で判明する要素であるだけに、余裕をもった資本政策の設計が欠かせません。
上場日程の終盤で判明する要素であるだけに、余裕をもった資本政策の設計が欠かせません。
時価総額算定書と基準未達の場合の取扱い
申請会社は、上場承認までに東証所定の「時価総額算定書」を提出します。この算定書において基準を満たさない場合は、原則として上場は承認されません。また、保有する自己株式について消却決議を行った場合は、当該自己株式は消却したものとみなして株式数を算定します(規則212条1項2号)。
なお、グロース市場では時価総額の形式要件はないものの、上場日における時価総額が250億円以上となる見込みのある場合には、公募(500単位以上)の実施が不要となる例外的な取扱いがあり(規程217条関係)、ここでも250億円という水準が一つの目安になっています。
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純資産の額の要件(プライム50億円・スタンダードは正)
プライム市場:連結50億円以上かつ単体が負でないこと
プライム市場では、上場日における純資産の額が50億円以上となる見込みのあることが必要です(規程211条4号)。判定は連結ベースで行い、連結貸借対照表の純資産の部の合計額に一定の準備金等を加え、非支配株主持分を控除した額を用います。加えて、単体の貸借対照表に基づいて算定される純資産の額が負の数値でないことも求められます。連結では50億円をクリアしていても、親会社単体が債務超過であれば要件を満たさない点に注意が必要です。
スタンダード市場:純資産の額が正であること
スタンダード市場では、上場日における純資産の額が正となる見込みのあることが求められます(規程205条4号)。金額の下限はなく、要するに債務超過でなければ充足します。算定方法はプライム市場と同様で、連結財務諸表を作成している場合は連結ベース、作成していない場合は単体ベースで判定します。
審査対象となる時点と算定方法
審査対象となる「上場日における純資産の額」は、新規上場申請日の属する事業年度開始以後の「新規上場申請のための半期報告書」等を提出している場合は直前中間会計期間の末日、それ以外の場合は「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」に記載された基準事業年度の末日における純資産の額です。IFRS任意適用会社の場合は、IFRSベースの連結貸借対照表から算定される純資産の額に相当する額を用います。
直前期末時点の純資産不足が直ちに致命傷になるわけではなく、上場時のファイナンスで資本を厚くして基準を充足するルートが制度上用意されています。
公募による調達額の加算が認められる
直近の貸借対照表上の純資産だけでは基準を満たさない場合でも、上場前の公募による調達見込額を加算した純資産の額を審査対象とすることができます。この場合、東証所定の「純資産の額計算書」を提出します。上場時のファイナンスで資本を厚くして基準を充足するルートが制度上用意されているため、直前期末時点の純資産不足が直ちに致命傷になるわけではありません。もっとも、公募規模は資本政策・株式の希薄化と表裏一体ですから、調達額ありきの帳尻合わせではなく、事業計画と整合した設計が必要です。
利益の額又は売上高の要件(プライム25億円・スタンダード1億円)
プライム市場:利益基準と売上高基準の選択制
プライム市場の業績基準は、次のa又はbのいずれかに適合すれば足りる選択制です(規程211条5号)。
a.利益基準:最近2年間における利益の額の総額が25億円以上であること。
b.売上高基準:最近1年間における売上高が100億円以上であり、かつ、上場日における時価総額が1,000億円以上となる見込みのあること。
「最近」の起算点は基準事業年度(原則として上場申請直前の事業年度)の末日であり、そこから遡って2年間、すなわち直前期と直前々期の利益を合計して判定します。売上高基準は、先行投資により利益が出ていなくても売上規模と市場評価が十分に大きい会社(大型のグロース企業など)のためのルートで、利益実績がなくてもプライム上場の道が開かれています。
スタンダード市場:最近1年間の利益1億円以上
スタンダード市場では、最近1年間(基準事業年度)における利益の額が1億円以上であることが必要です(規程205条5号)。プライム市場と異なり売上高や時価総額による代替ルートはなく、直前期に利益実績があることが必須です。直前期が赤字の場合、スタンダード市場への上場申請はできないため、決算期を跨いだ申請時期の再設計や、グロース市場への切替えを検討することになります。
「利益の額」は経常利益ベースで算定する
実務上の最重要ポイントは、この「利益の額」が営業利益でも当期純利益でもなく、経常利益をベースとする点です。具体的には、連結損益計算書に記載される経常利益金額又は経常損失金額に、非支配株主に帰属する当期純利益(純損失)を加減して算出します(連結財務諸表規則61条・65条4項)。連結財務諸表を作成していない期間は、単体の損益計算書の経常利益金額を用います(財務諸表等規則95条)。IFRS任意適用会社の場合は、経常利益という段階損益が存在しないため、税引前利益の額を基礎として計算した相当額を用います。
特別損益は判定に影響しない一方、営業外損益は影響します。たとえば多額の支払利息や為替差損で経常利益が圧縮されている会社は、営業利益では届いていても利益基準を満たさないことがあり得ます。上場準備の利益計画・月次管理は、経常利益ベースで基準充足をモニタリングすることが重要です。
上場準備の利益計画・月次管理は、経常利益ベースで基準充足をモニタリングすることが重要です。
算定上の注意点:赤字の合算・監査意見・決算期変更
プライム市場の利益基準(2年間合計25億円)では、利益の額が負の年度もそのまま合算します。たとえば直前々期が経常損失3億円、直前期が経常利益30億円であれば、合計27億円で基準を満たします。逆に直前期に大きく稼いでも、直前々期の損失が大きければ合計で届かないことがあります。
また、利益の額が監査法人・公認会計士の監査意見により影響を受ける場合には、正当な理由に基づく会計基準の変更と認められる場合を除き、その意見に基づいて修正した後の利益の額が審査対象となります。さらに、審査対象期間中に決算期変更を行っている場合は、単純な合算ができないため、中間損益計算書等の利益の額を月割按分して審査対象期間の利益の額を算出します。決算期変更を予定している会社は、按分計算後の数値で基準を満たすかを事前に確認しておくべきでしょう。
当事務所では、監査法人出身の公認会計士が、利益計画・資本政策と上場基準の充足性検証を含むIPO準備支援を提供しています。市場選択の段階からお気軽にご相談ください。
決算期変更を予定している会社は、按分計算後の数値で基準を満たすかを事前に確認しておく必要があります。
グロース市場に数値基準がない理由と留意点
グロース市場の形式要件(規程217条)には、時価総額・純資産の額・利益の額のいずれの基準もありません。赤字であっても、債務超過であっても、形式要件上は上場申請が可能です。これは、グロース市場が「高い成長可能性を有する企業」向けの市場であり、現時点の業績よりも将来の成長を評価する設計になっているためです。
ただし、数値基準がないことは審査が緩いことを意味しません。グロース市場では、主幹事証券会社が「高い成長可能性」を有すると判断した理由の提出が求められ、実質審査(規程219条)では事業計画の合理性が重点的に確認されます。赤字上場の場合、赤字の要因が先行投資として合理的に説明でき、黒字化への道筋が事業計画で示せることが事実上の前提となります。
また、上場後には上場維持基準として時価総額基準が待っています。現行制度では上場10年経過後に40億円以上ですが、2025年12月の規則改正により、2030年3月1日以後は上場5年経過後に時価総額100億円以上へと大幅に引き上げられます(規程501条関係)。純資産の額についても、上場維持基準では3市場とも正であることが求められます。グロース上場を目指す会社は、上場時点の形式要件だけでなく、上場5年後に時価総額100億円に到達する成長シナリオまで見据えた準備が必要です。上場維持基準の全体像は上場後のフォローアップと継続義務の記事で解説しています。
グロース市場の形式要件(規程217条)には時価総額・純資産の額・利益の額のいずれの基準もなく、赤字でも債務超過でも上場申請は可能です。しかし上場後には上場維持基準が待っています。
実務チェックリスト:数値基準の充足性をどう詰めるか
時価総額・純資産・利益の基準について、上場準備の現場で確認すべきポイントを整理します。
- 基準事業年度をどの期に置くかで「最近2年間・最近1年間」の対象が変わるため、申請時期と決算期の関係を早期に設計する
- 利益基準は経常利益ベース(±非支配株主帰属損益)で判定されるため、予算・月次管理も経常利益ベースでモニタリングする
- プライム市場では、公募価格が想定を下回った場合の時価総額250億円(売上高基準なら1,000億円)への影響を感応度分析しておく
- 純資産が基準に届かない場合は、公募による調達見込額の加算(純資産の額計算書)で充足できるか、希薄化とあわせて試算する
- プライム市場では連結50億円に加えて単体純資産が負でないことも必要なため、親会社単体の財政状態も確認する
- 決算期変更を行う場合は、月割按分後の利益の額で基準を満たすかを事前に検証する
- 形式要件を満たしても、収益基盤の安定性や事業計画の合理性は実質審査で別途確認されるため、数値の作り込みだけで終わらせない
なお、株主数・流通株式を含む形式要件の全体像は形式要件の一覧比較の記事を、上場準備全体のスケジュールはIPO準備の全体像の記事をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
いいえ。連結損益計算書の経常利益金額(又は経常損失金額)に非支配株主に帰属する当期純損益を加減した額です。営業利益でも当期純利益でもない点が実務上の落とし穴で、特別損益は判定に影響しませんが、支払利息などの営業外損益は影響します。IFRS任意適用会社は税引前利益を基礎とした相当額で判定します。
利益基準は最近2年間の合計25億円以上で判定し、赤字の年度も負の値のまま合算します。直前期が赤字でも直前々期との合計が25億円以上なら充足しますが、逆のケースもあります。また、最近1年間の売上高100億円以上かつ時価総額1,000億円以上の見込みがあれば、売上高基準によるルートも選択できます。
ありません。スタンダード市場の業績・規模に関する基準は、純資産の額が正であることと最近1年間の利益1億円以上の2つだけです。ただし、流通株式時価総額10億円以上という別の要件があるため、時価総額がまったく問われないわけではない点に注意してください。
形式要件としての利益・純資産基準はないため、形式面では申請可能です。ただし実質審査で事業計画の合理性と高い成長可能性の説明が求められ、赤字の場合は先行投資の合理性と黒字化の道筋がポイントになります。また上場後は、純資産が正であることや時価総額基準(2030年3月1日以後は上場5年経過後100億円以上)という上場維持基準が適用されます。
鈴木佑也公認会計士税理士事務所では、東証3市場の基準を踏まえた市場選択の検討、経常利益ベースの利益計画策定、資本政策の設計まで、IPO準備を一貫して支援しています。まずはお問い合わせフォームからご連絡ください。
【参照条文・資料】有価証券上場規程(東京証券取引所)211条3号〜5号(プライム市場の時価総額・純資産の額・利益の額又は売上高)、205条4号〜5号(スタンダード市場の純資産の額・利益の額)、217条(グロース市場の形式要件)、501条(上場維持基準)、有価証券上場規程施行規則212条1項2号・226条3項、連結財務諸表規則61条・65条4項、財務諸表等規則95条、JPX「上場審査基準概要」(プライム市場・スタンダード市場、2023年4月1日現在)、東証「新規上場ガイドブック」(プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編、2026年7月21日版)。本記事の内容は2026年8月時点の情報に基づきます。個別の案件については専門家にご相談ください。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。