IPOの形式要件のうち、実務上つまずきやすいのが「流通株式」に関する基準です。株主数と違って、単に株主を増やせばよいわけではなく、「誰が」「どれだけ」保有しているかによって、同じ発行済株式数でも基準を満たせるかどうかが変わります。
本記事では、東証の有価証券上場規程における流通株式の定義、流通株式数・流通株式時価総額・流通株式比率という3つの指標の計算方法、プライム・スタンダード・グロース3市場の数値基準、そして基準を充足するための実務上のポイントを、公認会計士が一次情報(有価証券上場規程・東証新規上場ガイドブック)に基づいて解説します。
流通株式とは?定義と基準の趣旨
流通株式とは、上場申請に係る株式のうち、大株主や役員等が保有する株式、自己株式など、保有が固定的で市場に流通する可能性が乏しい株式を除いたものをいいます(有価証券上場規程施行規則第8条)。オーナー社長が保有し続ける株式や、取引関係の維持を目的として事業法人が持ち合う株式は、上場しても市場で売買されることがほとんど期待できません。こうした株式を除き、実際に市場で取引される可能性の高い株式がどれだけあるかを測るのが、流通株式の考え方です。
東証が流通株式に関する基準を設けているのは、上場後の株式の円滑な流通と公正な株価形成を確保するためです。流通する株式が少なすぎると、わずかな売買で株価が大きく変動し、投資者が安心して取引できません。また、保有が固定的な株式ばかりの会社は、上場会社としての公開性が確保されているとはいえません。そこで、流通可能性の高い株式を一定数以上確保すること(流通株式数・流通株式時価総額)と、固定的な保有を一定割合以下に抑えること(流通株式比率)の両面から基準が設けられています。
流通株式に関する基準は、新規上場時の形式要件であると同時に、上場後も継続して求められる上場維持基準でもあります。上場時だけ満たせばよいものではない点に注意が必要です(後述)。
3市場の数値基準の比較
流通株式に関する基準は、流通株式数・流通株式時価総額・流通株式比率の3つの指標で構成され、市場区分ごとに次のとおり定められています(プライム市場は有価証券上場規程第211条第2号、スタンダード市場は第205条第2号、グロース市場は第217条第2号)。
| 指標 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 流通株式数 | 2万単位以上 | 2,000単位以上 | 1,000単位以上 |
| 流通株式時価総額 | 100億円以上 | 10億円以上 | 5億円以上 |
| 流通株式比率 | 35%以上 | 25%以上 | 25%以上 |
流通株式数と流通株式比率は「上場の時までに」、流通株式時価総額は「上場日において」見込まれることが要件とされています。つまり、上場申請の時点で満たしている必要はなく、上場前の公募・売出しによる充足が織り込める建付けになっています。この点は株主数基準と同じ考え方です。
なお、新規上場時の数値と同じ水準が上場維持基準としても設定されており、上場後は毎事業年度末に判定を受けます。3市場の形式要件全体の比較はIPOの形式要件の記事を、株主数基準の詳細は株主数の要件の記事をご覧ください。
流通株式から除かれる「流通性の乏しい株券等」
除外される株主の範囲
流通株式数は、発行済株式総数から「流通性の乏しい株券等」の数を差し引いて計算します。流通性の乏しい株券等として除外されるのは、次の者が保有する株式です(重複してカウントはしません)。
- 申請会社が保有する自己株式
- 役員(取締役・会計参与・監査役・執行役。役員持株会を含む)の保有株式
- 役員の配偶者および二親等内の血族の保有株式
- 役員とその親族が議決権の過半数を保有する会社の保有株式
- 申請会社の関係会社およびその役員の保有株式
- 国内の普通銀行・保険会社・事業法人等の保有株式
- 発行済株式の10%以上を保有する者または組合の保有株式
ここでいう普通銀行とは都市銀行・地方銀行を指し、信託銀行(信託口を含む)・信用金庫・信用組合・政府系金融機関などは含まれません。また、事業法人等とは金融機関と金融商品取引業者以外のすべての法人を指し、株式会社に限らず財団法人・学校法人なども含まれます。一方、投資事業有限責任組合のような法人格のない団体は事業法人等には含まれません。このため、ベンチャーキャピタルのファンド(投資事業有限責任組合)が保有する株式は、保有割合が10%未満であれば流通株式として扱われるという、実務上重要な帰結が導かれます。
従業員持株会については注意が必要です。株主数のカウント上は理事長名義で原則1名と扱われますが、流通株式の判定では、持株会の保有割合が10%以上になると「10%以上を保有する組合」として流通性の乏しい株券等に該当します。従業員の財産形成と安定株主対策を兼ねて持株会を大きく育ててきた会社では、流通株式比率を圧迫する要因になり得ます。
普通銀行は都市銀行・地方銀行を指し、信託銀行・信用金庫・信用組合・政府系金融機関は含まれません。重複してカウントはしません。
10%以上保有でも流通株式と扱われる例外
10%以上を保有する者の株式であっても、実質的に運用目的で保有されているものは、証明書面の提出を前提に流通性の乏しい株券等から除外されます。具体的には、投資信託や年金信託に組み入れられている株式、投資一任契約等に基づき運用される信託に組み入れられている株式、証券金融会社・金融商品取引業者が信用取引に関して保有する株式、預託証券に係る預託機関名義の株式などです。
純投資目的の銀行・事業法人等の例外
国内の普通銀行・保険会社・事業法人等の保有株式であっても、最近5年間の大量保有報告書等で保有目的が純投資であることが明らかで、売買の状況を踏まえて東証が適当と認めるものは、流通株式として扱うことができます(10%以上保有の場合を除く)。また、株主が東証所定の「保有状況報告書」を提出する方法もあります。ただし、東証は新規上場会社に対してはこの取扱いに頼らずに形式要件を充足することを期待しており、適用には株主への保有経緯・方針の確認など時間を要するため、IPO実務では例外扱いを前提にしない資本政策を組むのが基本です。
3つの指標の計算方法
流通株式数の計算
流通株式数は、原則として直前の基準日等における発行済株式総数から、流通性の乏しい株券等の数を差し引いて計算します。自己株式について消却決議や処分決議を行っている場合は、未実行でも決議済みの株式数を反映して計算するなどの調整があります。単位数に換算する際は、単元未満は切り捨てます。
流通株式時価総額の計算
流通株式時価総額は、流通株式数に株価を乗じて計算します。未上場会社が公募・売出しを行って上場する通常のIPOでは、公募・売出しの価格(発行価格決定日に決定された株価)を用います。公募・売出しを行わない場合は、東証が合理的と認める算定式により計算された評価額を用います(有価証券上場規程施行規則第226条第2項)。
流通株式比率の計算
流通株式比率は、流通株式数を上場申請に係る株式数(上場日において見込まれる発行済株式総数)で除して計算します。分母には自己株式も含まれる点に注意してください。
3つの指標はいずれも流通株式数を出発点とするため、除外される株主の範囲の把握が計算の前提になります。
数値例で確認する
発行済株式総数500万株(1単元100株)、想定公募価格1,000円の会社を例に、株主構成から流通株式を計算してみます。
| 株主 | 保有株式数(比率) | 判定 |
|---|---|---|
| 代表取締役社長 | 200万株(40%) | 除外(役員) |
| 専務取締役 | 25万株(5%) | 除外(役員) |
| 社長の配偶者 | 10万株(2%) | 除外(役員の配偶者) |
| 取引先の事業法人 | 30万株(6%) | 除外(事業法人等) |
| VCファンド(投資事業有限責任組合) | 45万株(9%) | 流通株式(10%未満) |
| 従業員持株会 | 15万株(3%) | 流通株式(10%未満) |
| 自己株式 | 10万株(2%) | 除外(自己株式) |
| その他の個人株主 | 165万株(33%) | 流通株式 |
流通性の乏しい株券等は、社長200万株+専務25万株+配偶者10万株+事業法人30万株+自己株式10万株の合計275万株です。流通株式数は500万株-275万株=225万株(2万2,500単位)、流通株式比率は225万株÷500万株=45.0%となります。流通株式時価総額は225万株×1,000円=22.5億円です。
この会社の場合、流通株式数・流通株式比率・流通株式時価総額のいずれもスタンダード市場とグロース市場の基準は満たしますが、プライム市場の流通株式時価総額100億円には届かない、という結果になります。このように、同じ株主構成でも目指す市場によって充足状況は大きく変わります。
流通株式の充足可能性は、資本政策の初期設計で決まってしまう部分が大きい論点です。当事務所では、公認会計士が株主構成の分析から上場基準充足のシミュレーションまで一貫して支援します。
基準を充足するための実務ポイント
上場前の公募・売出しによる充足
直前の基準日等の時点で基準を満たしていなくても、上場の時までに充足する見込みがあれば上場申請は受理されます。実務では、上場前の公募・売出し(または立会外分売)によって流通株式を増やして充足するのが一般的です。公募・売出しに係る株式は、割当先を事前に特定できないため、原則として流通株式として扱われます。ただし、上場承認日以後の公募・売出しに伴うオーバーアロットメントによる売出し分の変動は勘案されない点に注意が必要です。
オーナー持株比率が高い会社の留意点
オーナー社長とその親族で大半の株式を保有している会社では、流通株式比率が最大のハードルになります。プライム市場を目指すなら65%以下、スタンダード・グロース市場でも75%以下まで、固定的な保有を引き下げる必要があります。上場時の売出しだけで調整しようとすると需給面の制約もあるため、上場の数年前から、資産管理会社の位置づけ(関係会社に該当すれば除外対象です)、親族への承継、役員退任後の扱いなども含めて計画的に設計することが重要です。
上場後も続く基準である点
流通株式に関する基準は上場維持基準としても同じ水準が設定されており、上場後は毎事業年度末の状況について、株券等の分布状況表と有価証券報告書に基づき年1回判定されます。適合しない状態となった場合は3か月以内に改善計画の開示が必要となり、原則1年の改善期間内に適合しなければ上場廃止基準に該当します。上場時にぎりぎりで充足した会社は、上場後の役員の異動や大株主の変動で基準を割り込むリスクがあるため、余裕をもった水準を確保しておくことが望まれます。上場維持基準の全体像は上場後のフォローアップと継続義務の記事で解説しています。
よくある質問
保有割合が10%未満であれば流通株式に含まれます。10%以上になると「10%以上を保有する組合」として流通性の乏しい株券等に該当し、流通株式から除外されます。株主数のカウントでは理事長名義で原則1名と扱われる点と混同しないようにしてください。
VCファンド(投資事業有限責任組合)は法人格のない団体であり「事業法人等」に該当しないため、保有割合が10%未満であれば流通株式として扱われます。10%以上を保有する場合は除外されます。VC名義ではなくVC運営会社(株式会社)名義で保有されている場合は事業法人等として除外されるため、名義の確認が重要です。
国内の普通銀行・保険会社・事業法人等の保有株式は、保有割合にかかわらず原則として流通株式から除外されます。純投資目的で売買実績がある場合の例外はありますが、新規上場ではこの例外に頼らず基準を充足することが期待されています。安定株主づくりは流通株式比率とトレードオフになることを踏まえて設計する必要があります。
いいえ。同じ水準の基準が上場維持基準として毎事業年度末に判定されます。適合しない状態になると改善計画の開示が求められ、原則1年内に改善できなければ上場廃止基準に該当します。上場後の株主構成の変動も見据えた余裕のある充足が重要です。
まとめ
流通株式は、発行済株式総数から役員・親族・関係会社・事業法人等・10%以上保有者などの固定的な保有分を除いたものであり、流通株式数・流通株式時価総額・流通株式比率の3指標について市場区分ごとの基準が設けられています。誰が株主かによって判定が変わるため、株主構成の把握と早期の資本政策設計が充足の鍵になります。そして、この基準は上場後も上場維持基準として毎期判定され続けます。
自社の株主構成で基準を満たせるのか、どの市場が現実的なのかは、IPO準備の入口で必ず確認しておくべき論点です。
鈴木佑也公認会計士税理士事務所は、IPO支援に特化した会計事務所です。流通株式のシミュレーションを含む資本政策の検討から、上場審査対応まで一貫してサポートします。
※本記事は2026年8月時点の有価証券上場規程等に基づいています。参照条文等:有価証券上場規程第211条第2号(プライム市場)・第205条第2号(スタンダード市場)・第217条第2号(グロース市場)、有価証券上場規程施行規則第8条(流通株式の定義)・第226条第2項(流通株式時価総額の算定)、東証「新規上場ガイドブック(プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編)」(2026年7月21日版)、JPX「上場維持基準」。個別の判断にあたっては最新の規程・東証への確認をお願いします。