TOブックスのIPO|時価発行新株予約権信託と返品の収益認識【Ⅰの部から読む上場準備】

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

株式会社TOブックス(証券コード500A)は、2026年1月9日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年2月13日に東証スタンダード市場へ上場しました。WEB小説を起点にライトノベルやコミックスを出版し、そこからアニメ、舞台、映画、オーディオブック、グッズ、イベントへと作品を広げていく「IP創出・展開事業」を営む会社です。本記事では、東京証券取引所に提出された「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」(全121ページ)を読み、上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできる論点を、公認会計士の視点で整理します。

結論からいえば、TOブックスのⅠの部は「外部株主のいないオーナー企業が、時価発行新株予約権信託®と監査役全員社外の体制で上場までたどり着いた事例」として読むと学びが多い資料です。発行済株式は創業者とその資産管理会社の2名だけが保有し、第三者割当もベンチャーキャピタルの出資もありません。そのうえで、役職員へのインセンティブを信託型の新株予約権で設計し、信託から役員への交付を「特別利害関係者等の株式等の移動」として全件開示しています。会計面では、出版業界特有の委託販売制度にともなう返金負債の見積りと、製作委員会方式のアニメ事業の収益認識が読みどころです。

この記事の論点を自社と比べられる「TOブックスのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)」を、記事の後半で無料でお渡ししています。

TOブックスはどんな会社で、いつ、どの市場に上場したのか

まず基本情報を確認します。TOブックスは2014年5月に東京都渋谷区で設立され、現在の本店は渋谷区桜丘町の渋谷サクラステージSHIBUYAタワーにあります。決算期は4月で、Ⅰの部の最近事業年度は第11期(2025年4月期)、直近の中間会計期間は第12期中間会計期間(2025年5月1日〜10月31日)です。代表取締役は創業者の本田武市氏です。

上場市場は東証スタンダード市場で、上場承認日は2026年1月9日、上場日は2026年2月13日です。Ⅰの部の提出日も2026年1月9日となっています。子会社や関連会社はなく、財務諸表は単体のみで作成されています。親会社等もありません。

従業員数は2025年11月30日現在で152名、平均年齢30.8歳、平均勤続年数3.3年、平均年間給与4,955千円です。単一セグメントのため事業部門別に記載されており、IPクリエーション120名、IPソリューション15名、全社(共通)17名という構成です。管理部門である全社(共通)は17名で、従業員の1割強にあたります。上場準備の体制づくりを考えるうえで、管理部門の人数の目安として参考になる数字です。

項目 内容
会社名 株式会社TOブックス(証券コード500A)
市場 東京証券取引所 スタンダード市場
上場承認日/上場日 2026年1月9日/2026年2月13日
設立 2014年5月
本店 東京都渋谷区桜丘町
決算期 4月30日(最近事業年度:第11期 2025年4月期)
事業 IP創出・展開事業(単一セグメント)
従業員数 152名(2025年11月30日現在、平均年齢30.8歳)
機関設計 監査役会設置会社(取締役7名うち社外3名、監査役3名全員社外)
会計監査人 太陽有限責任監査法人(継続監査期間2年間)

スタンダード市場に上場する会社には、コーポレートガバナンス・コードの全原則が適用されます。また、上場審査では「企業の継続性及び収益性」「企業経営の健全性」「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「企業内容等の開示の適正性」「その他公益又は投資者保護の観点」という実質審査基準で確認が行われます。本記事では、Ⅰの部の記載をこれらの観点と結び付けながら読んでいきます。実質審査基準の全体像はIPOの実質審査基準とはで整理しています。

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何で稼ぐ会社なのか:IPを「紡ぐ」機能と「届ける」機能

Ⅰの部の「事業の内容」によれば、TOブックスは小説・コミックスの編集・制作を通じて物語を「紡ぐ」機能と、アニメ・舞台・映画・音声コンテンツ、グッズ、各種イベント等を通じて物語を「届ける」機能をあわせ持つ会社です。人気作品を外部にライセンスして映像化してもらう従来型の出版社とは異なり、IPの発掘・編集・コミカライズから、音声化・舞台化・アニメ化・グッズ展開の企画までを一体で設計する「IPプロデュース型」と説明されています。これらが一体として機能していることから、報告セグメントは「IP創出・展開事業」の単一セグメントとされています。

物語を「紡ぐ」機能と「届ける」機能「紡ぐ」機能(企画・編集・書籍化)「届ける」機能(アニメ化・舞台化・商品化等)WEB小説の発掘(小説投稿サイト)書籍化・コミカライズメディアミックス(音声・舞台・アニメ)グッズ・イベントファン接点(公式オンラインストア・コロナEX)読者の反応・購買動向次の企画に反映

図1 WEB小説の発掘から書籍化・コミカライズ、メディアミックス、ファン接点までを一体で運用し、得られた反応を次の企画に生かす構造(Ⅰの部「事業の内容」をもとに作成)

作品の発掘は、主に無料の小説投稿サイトに掲載されたWEB小説が起点です。閲覧数や評価などの読者データに加え、編集者による内容評価、コミカライズの適性などを踏まえて書籍化を判断し、書籍化と並行してコミカライズを進めます。販売動向や読者の反応が良い作品は、ドラマCD、オーディオブック、舞台、アニメなどへ展開します。社内に音響制作チームがあり、ドラマCDやオーディオブックの制作、声優のキャスティングを自社で行える点も特徴として挙げられています。

TVアニメや映画では、一般的なライセンスアウトに加えて、製作委員会の幹事としてプロデュースする方式も採用しています。対処すべき課題の中では、自社IPのTVアニメ作品数に占める主幹事比率が2025年4月期に33.3%と記載されています。ファンとの接点としては、公式オンラインストアと公式Web漫画サイト「コロナEX」があり、そこで得られる購買行動や読者の反応を次の企画に反映させる循環が描かれています。

売上の大半は電子書籍です。収益認識関係の注記にある「顧客との契約から生じる収益を分解した情報」を見ると、電子書籍売上の比重が高まっていることがわかります。

区分(千円) 第10期(2024年4月期) 第11期(2025年4月期) 第12期中間(2025年5〜10月)
紙書籍売上 1,438,664 1,150,849 527,532
電子書籍売上 6,459,447 7,162,060 4,440,019
その他 837,328 1,113,691 507,072
合計 8,735,439 9,426,601 5,474,623

主な販売先は電子書籍の取次・配信事業者です。第11期は株式会社メディアドゥが2,150,389千円(22.8%)、LINE Digital Frontier株式会社が1,187,884千円(12.6%)、株式会社カカオピッコマが1,162,451千円(12.3%)、NTTソルマーレ株式会社が1,063,348千円(11.3%)で、4社の合計は売上高の59.0%になります。4社とはいずれも電子書籍配信の許諾に関する契約を結んでおり、「重要な契約等」に契約期間と自動更新の条件が記載されています。

主要な販売先と売上高に占める割合(第11期)㈱メディアドゥ22.8%LINE Digital Frontier㈱12.6%㈱カカオピッコマ12.3%NTTソルマーレ㈱11.3%上位4社で売上高の59.0%(第11期の販売高9,426,601千円に対する割合の合計)

図2 Ⅰの部「販売実績」の主な相手先別の販売実績より(第11期=2025年4月期)。4社はいずれも電子書籍配信の許諾契約(重要な契約等)の相手先です

特定の取引先への依存度が高い場合、上場審査では取引の継続性や契約条件、依存が解消できない場合のリスク対応が確認されます。TOブックスは「事業等のリスク」で、電子書籍の取次会社と紙書籍の取次会社2社に対する債権が2025年4月末で全体の50%を占めることを記載し、販路の多角化を進める方針を示しています。取引先依存は事業の性質上避けられないことも多いため、依存の事実を隠すのではなく、契約の安定性と対応方針をセットで説明できるようにしておくことが実務上のポイントです。

KPIは「主要IP数」

TOブックスが経営判断上特に重視している指標は「主要IP数」です。12ヶ月の電子書籍売上高が1,000万円を超えるIPの数と定義され、2023年4月期66、2024年4月期67、2025年4月期81と推移しています。この水準を超えるIPは継続的な読者基盤を持つことが多く、紙書籍やコミカライズ、メディア展開へ広げられる可能性があるため、収益に実質的に寄与し得るIPの数を把握する指標として位置付けられています。

主要IP数の推移(KPI)02550751002023年4月期2024年4月期2025年4月期666781

図3 主要IP数=12ヶ月の電子書籍売上高が1,000万円を超えるIPの数(Ⅰの部「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」より)

KPIを開示する際には、定義が明確で、毎期同じ方法で集計でき、社内の管理資料と一致していることが重要です。上場後は決算説明資料や有価証券報告書でも同じ指標を継続して説明することになるため、上場準備の段階で「誰が、どのデータから、どの基準で集計するか」を決めておくと、審査での質問にも答えやすくなります。

沿革:映像製作会社の出版部門から上場まで

TOブックスは、本田武市氏が設立した映像製作会社・株式会社ティー・オーエンタテインメントの出版・劇場配給部門が起点です。2014年5月に当社を設立し、同年7月に同社から出版事業と劇場配給事業を譲り受けました。同時に、DTP業務や電子化業務の内製化を目的として沖縄営業所を開設しています(2020年5月に支社化)。

その後、2016年6月に「本好きの下剋上」のコミカライズ第1巻を発売してコミックスレーベルを開始し、2019年3月にオーディオブック、2019年10月にTVアニメ「本好きの下剋上」第1期の放送でアニメ事業、2020年3月に舞台製作を始めました。2022年4月には公式Web漫画サイト「コロナEX」の運営を開始し、2025年3月に本社を渋谷区桜丘町へ移転しています。

沿革と上場までの主な出来事2014/5設立2014/7出版・配給事業を譲受2016/6コミックスレーベル開始2019/10TVアニメ事業を開始2021/12新株予約権信託を設定2022/4コロナEX運営開始2022/8株式分割1株→1万株2025/3本社を桜丘町へ移転2026/1/9上場承認2026/2/13スタンダード市場に上場

図4 設立から上場までの主な出来事(Ⅰの部「沿革」「株式等の状況」等をもとに作成。上場承認日・上場日は東京証券取引所の公表による)

株式や機関設計に関する動きも沿革と並べて見ると、上場準備の流れが見えてきます。2021年10月に社外取締役(公認会計士)が就任し、2021年12月に時価発行新株予約権信託®を設定しました。2022年3月には監査法人出身者が管理部の財務・経理担当として入社し、同年7月に取締役管理本部長(現:取締役コーポレート本部長)に就任しています。同じ2022年7月に社外監査役2名が就任し、2022年8月1日に1株を10,000株とする株式分割を行いました。会計監査人である太陽有限責任監査法人の継続監査期間は2年間と記載されています。

このように、管理部門の責任者の採用、社外役員の招へい、インセンティブ・プランの導入、株式分割が上場の数年前に集中しています。上場準備の全体スケジュールについてはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)もあわせてご覧ください。

業績はどう推移しているか:増収が続く一方、第11期は減益

主要な経営指標等の推移を見ると、売上高は第7期(2021年4月期)の3,501,148千円から第11期(2025年4月期)の9,426,601千円まで毎期増加しています。経常利益は第10期の1,571,330千円まで増え続けたあと、第11期は1,145,214千円に減少しました。当期純利益も第10期1,038,838千円から第11期775,418千円へ減っています。

単体(千円) 第7期 2021/4 第8期 2022/4 第9期 2023/4 第10期 2024/4 第11期 2025/4
売上高 3,501,148 4,803,938 6,545,568 8,735,439 9,426,601
経常利益 608,446 903,029 1,308,984 1,571,330 1,145,214
当期純利益 425,815 589,535 900,473 1,038,838 775,418
純資産額 762,081 1,709,261 2,576,734 3,555,573 4,261,992
総資産額 1,431,820 3,550,172 4,242,220 5,842,654 6,160,640
自己資本比率 53.2% 48.1% 60.7% 60.8% 69.1%
従業員数 63名 87名 109名 143名 159名
売上高と経常利益の推移(百万円)02,5005,0007,50010,000第7期第8期第9期第10期第11期3,5014,8046,5468,7359,427売上高経常利益

図5 第7期(2021年4月期)〜第11期(2025年4月期)。百万円未満四捨五入。第7〜9期は会社計算規則に基づく数値で、金融商品取引法に準ずる監査を受けていません

Ⅰの部の注記によれば、第7期・第8期・第9期の数値は会社計算規則に基づいて算出したもので、有価証券上場規程第216条第6項に基づく金融商品取引法第193条の2第1項に準ずる監査証明は受けていません。監査を受けているのは第10期と第11期の財務諸表で、第12期中間会計期間の中間財務諸表は期中レビューを受けています。また、キャッシュ・フロー計算書は第10期から作成されています。Ⅰの部では、監査対象の2期と、それ以前の参考数値が同じ表に並ぶため、読む側も書く側も区別を意識しておく必要があります。

第11期の減益は何によるものか

第11期の売上高は前期比7.9%増の9,426,601千円でしたが、営業利益は1,149,464千円(前期比26.8%減)、経常利益は1,145,214千円(同27.1%減)、当期純利益は775,418千円(同25.4%減)でした。Ⅰの部の経営成績の分析では、減益の理由として「前期の複数アニメ化による高採算収益の反動」と「本社移転に伴う一時的な費用負担」が挙げられています。

損益計算書で確認すると、売上総利益は6,313,654千円から6,468,091千円へ約154百万円増えた一方、販売費及び一般管理費は4,744,010千円から5,318,627千円へ約575百万円増えています。販売費及び一般管理費の主要な費目は販売手数料で、第11期は3,568,212千円(前期3,234,484千円)です。電子書籍の販売にともなう手数料が費用の中心であることがわかります。

第11期の営業利益が減った内訳(百万円)第10期営業利益1,570売上総利益の増加+154販管費の増加-575第11期営業利益1,149

図6 損益計算書より、第10期と第11期の営業利益の差を売上総利益と販売費及び一般管理費に分けたもの(百万円未満四捨五入)

本社移転の影響は、2つの事業年度にまたがって表れています。第10期には、本社移転の意思決定を行った結果、旧本社の建物と工具、器具及び備品について将来の回収が見込めなくなったとして、減損損失76,359千円を特別損失に計上しています(回収可能価額は正味売却価額で、零として評価)。第11期には本社移転費用104,084千円を特別損失に計上し、敷金及び保証金の差入による支出408,487千円や、本社移転に伴う造作工事250,678千円などが発生しています。

移転や大型の投資を決めた時点で、既存資産の減損や費用の発生時期を会計上どう扱うかを監査法人と早めに協議しておくことは、上場準備中の会社にとって重要です。予算と実績の差異を説明する場面でも、一時的な費用を区分して説明できるかどうかで、事業計画の信頼性の印象が変わります。

中間期とキャッシュ・フローの動き

第12期中間会計期間(2025年5月〜10月)は、売上高5,474,623千円、営業利益903,675千円、経常利益903,462千円、中間純利益632,959千円でした。2025年夏クールにTVアニメ2作品の放送が始まり、そのうち1作品は主要動画配信プラットフォーム12サイトでランキング1位を獲得したと記載されています(当社調べ)。

キャッシュ・フローを見ると、第11期の営業活動によるキャッシュ・フローは309,148千円で、第10期の1,188,204千円から大きく減っています。主な減少要因は契約負債の減少(△232,478千円)と法人税等の支払(△549,571千円)です。中間期は638,438千円の収入で、売上債権の増加(△500,650千円)や前渡金の増加(△295,223千円)があった一方、棚卸資産の減少や未払金の増加がプラスに働いています。アニメの製作委員会や制作会社との取引は、前受け・前払いの金額が大きく動くため、利益とキャッシュ・フローのずれを契約単位で説明できるようにしておくことが大切です。

スタンダード市場の審査では「企業の継続性及び収益性」が確認されます。TOブックスのように黒字が続いている会社でも、減益の理由が一時的なものか構造的なものかは必ず問われるポイントです。詳しくはIPO審査の「企業の継続性及び収益性」をご覧ください。

資本政策と株主構成:外部株主のいないオーナー企業の上場

TOブックスの資本政策で最も特徴的なのは、上場前の株主が2名しかいないことです。2025年11月30日現在の所有者別状況では、株主数はその他の法人1名(20,000単元、66.67%)と個人1名(10,000単元、33.33%)の合計2名です。第四部「株主の状況」によれば、その他の法人は代表取締役の資産管理会社である株式会社MTSで2,000,000株、個人は本田武市氏で1,000,000株を保有しています。Ⅰの部の役員一覧では、本田氏の所有株式数3,000,000株に資産管理会社の保有分が含まれると注記されています。

第四部の「第三者割当等の概況」は「該当事項はありません」とされ、ベンチャーキャピタルや事業会社からの出資もありません。発行済株式は普通株式3,000,000株のみで、種類株式も自己株式もありません。

株主の構成(Ⅰの部記載時点・潜在株式を含む)㈱MTS(資産管理会社)57.97%本田武市(代表取締役)28.99%柴田維(専務・潜在株式)7.25%その他役員・従業員・社外協力者(潜在)5.80%発行済株式3,000,000株は㈱MTSと本田武市の2名が保有。第三者割当等は該当なし

図7 第四部「株主の状況」より。発行済株式3,000,000株と新株予約権の目的となる株式450,000株の合計3,450,000株に対する割合(上場時点の比率ではありません。端数は四捨五入のため、合計は100%になりません)

第四部「株主の状況」は、新株予約権の目的となる株式(潜在株式)450,000株を含めた3,450,000株に対する割合で記載されています。㈱MTSが57.97%、本田氏が28.99%、専務取締役の柴田維氏が7.25%(すべて潜在株式)で、潜在株式の合計は13.04%です。この比率はⅠの部記載時点のもので、公募・売出し後の上場時の比率とは異なります。記事や社内資料で引用する際には、時点を明記することが大切です。

株主 所有株式数(株) 割合 区分
㈱MTS 2,000,000 57.97% 役員等により議決権の過半数を所有されている会社
本田 武市 1,000,000 28.99% 代表取締役
柴田 維 250,000(潜在) 7.25% 専務取締役
小山 倫良 60,000(潜在) 1.74% 取締役
鳥海 裕喜 45,000(潜在) 1.30% 取締役
その他(社外役員・従業員・社外協力者) 95,000(潜在) 2.75% 新株予約権の保有者
合計 3,450,000(うち潜在450,000) 100.00%

流通株式比率は上場時26.06%の見込み

株主が創業者と資産管理会社だけの場合、上場時の流通株式をどう確保するかが大きな論点になります。流通株式から除かれるのは、上場株式数の10%以上を所有する者(主要株主)、役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)、役員等が議決権の過半数を所有する会社、自己株式などです。TOブックスの場合、本田氏は役員であり、㈱MTSは役員等が議決権の過半数を所有する会社として特別利害関係者等にも区分されているため、上場前の発行済株式は流通株式に数えられません。

Ⅰの部の「事業等のリスク」では、上場に際して公募増資及び売出しによって流動性の確保に努めるとし、東京証券取引所の定める流通株式比率は新規上場時において26.06%となる見込みと記載されています。今後は、既存株主への一部売出の要請、公募増資、ストック・オプションの行使による流通株式数の増加を組み合わせて流動性の向上を図る方針です。スタンダード市場の上場維持基準でも流通株式比率は確認されるため、上場時点だけでなく上場後の維持まで見据えて、オーナー側の売出しや追加の資金調達を計画しておく必要があります。計算方法は流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。

1株を10,000株にした株式分割

2022年7月28日の取締役会決議により、2022年8月1日付で普通株式1株を10,000株に分割し、発行済株式総数は300株から3,000,000株になりました。資本金9,000千円、資本準備金6,000千円は分割前後で変わっていません。現在の発行可能株式総数は12,000,000株、単元株式数は100株です。上場時の投資単位を適正な水準にするための分割は、上場準備でよく行われる手続です。分割比率が大きい場合は、新株予約権の目的となる株式数や行使価額の調整条項がきちんと働くかも確認しておきましょう。TOブックスの新株予約権の記載も、この分割にともなって調整後の数値で表示されています。

インセンティブの設計:時価発行新株予約権信託®

TOブックスが発行している新株予約権は第1回新株予約権の1種類だけで、ストック・オプション制度に準じた制度として「時価発行新株予約権信託®」を活用しています。2021年12月13日の臨時株主総会決議に基づき、創業者である本田氏を委託者、コタエル信託株式会社を受託者として2021年12月14日に信託を設定し、当社は同日、信託に対して第1回新株予約権を発行しました。新株予約権は1個につき5.9円で有償発行され、数は450,000個(株式分割の調整後で1個につき1株、行使価額654円)です。行使期間は2021年12月15日から2036年12月14日までです。

時価発行新株予約権信託®の仕組み委託者本田武市(代表取締役)受託者コタエル信託㈱当社(新株予約権を発行)評価委員会交付ガイドライン受益者(役職員等)に新株予約権を交付役員 382,700個従業員 58,300個社外協力者 9,000個信託設定発行指定

図8 Ⅰの部「新株予約権等の状況」の信託の概要をもとに作成。交付数は役員・従業員・社外協力者への交付の合計(第1回新株予約権450,000個)

この仕組みの特徴は、発行時点では誰に何個配るかを決めず、信託がいったん新株予約権を保有し、あとから役職員等の貢献度に応じて配分できる点です。Ⅰの部では、交付ガイドラインで役職ごとに交付数の上下限を設け、定期開催される評価委員会で、役割や過去の貢献から推測される将来の貢献期待値などを総合的に勘案して個別に交付数を決めると説明されています。将来採用した役職員にも配分できることが利点として挙げられています。交付実績は役員382,700個、従業員58,300個、社外協力者9,000個です。

潜在株式数450,000株は、発行済株式総数と潜在株式数の合計3,450,000株の13.04%に相当し、「事業等のリスク」でも希薄化のリスクとして記載されています。

行使条件:業績条件と株価条件

行使条件として、2023年4月期から2027年4月期までのいずれかの期において、損益計算書の営業利益が1,000百万円を超過した場合にのみ、それ以降に行使できるとされています。さらに、行使価額654円を下回る価格での株式の発行や新株予約権の発行、上場前の654円を下回る価格での取引、上場後に終値が654円を下回った場合には、残存するすべての新株予約権を行使できなくなる条件も付いています。行使時に役職員や社外協力者等の地位にあることも求められます。

第1回新株予約権の行使条件(要約)①業績条件2023年4月期〜2027年4月期のいずれかの期で営業利益が1,000百万円を超過②価格条件(該当すると全部行使不可)654円を下回る価格での株式発行・取引、上場後の終値が654円未満など③在籍条件行使時に役職員・社外協力者等であること行使可能(行使価額654円)

図9 新株予約権の発行要項(注)4をもとに要約。条件の詳細や調整規定はⅠの部を参照してください

会計面では、ストック・オプション等関係の注記で、公正な評価単価の見積方法としてモンテカルロ・シミュレーションを使用し、株価変動性52.48%(類似上場会社の単純平均)、予想残存期間15年間、予想配当率0%、無リスク利子率0.269%を用いたと記載されています。ストック・オプションにかかる費用計上額は第10期・第11期とも「該当事項はありません」とされています。

一般論として、権利確定条件付きの有償新株予約権は、実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じて会計処理するのが原則です。「有償だから費用が生じない」とは限らないため、発行時の評価や条件の設計について監査法人と早い段階で協議しておくことが重要です。また、信託型のストック・オプションについては、国税庁が2023年に権利行使時の経済的利益を給与として課税する考え方を示しており、税務上の取扱いも含めて制度設計を確認する必要があります。税務面の論点は信託型ストックオプションはなぜ給与課税かで詳しく解説しています。

信託からの交付は「特別利害関係者等の株式等の移動」として全件開示

第四部の「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、コタエル信託株式会社から役員への新株予約権の交付が日付ごとに記載されています。移動理由はすべて「新株予約権信託から新株予約権交付のため」、価格は「-」で、無償で譲渡したと注記されています。記載対象期間は、基準事業年度の末日から起算して2年前の日(2023年5月1日)から上場日の前日までです。

交付は2023年9月29日、2023年12月27日、2024年6月28日、2024年9月30日、2025年12月26日の5回で、2025年12月26日には専務取締役の柴田氏に178,000個、取締役の小山倫良氏に40,200個、取締役の鳥海裕喜氏に30,000個などが交付されています。役員9名への交付の合計382,700個は、Ⅰの部に記載された役員の保有分の合計と一致します。

信託から役員への新株予約権の交付(特別利害関係者等の移動)2023/9/2999,150個2023/12/276,600個2024/6/281,200個2024/9/3023,550個2025/12/26252,200個役員9名への交付の合計:382,700個(役員の保有分と一致)2025/12/26の主な交付:柴田維178,000個、小山倫良40,200個、鳥海裕喜30,000個

図10 第四部「特別利害関係者等の株式等の移動状況」より日付ごとに合計(いずれも無償譲渡)

信託型のインセンティブ・プランでは、交付のたびに新株予約権の保有者が変わります。役員への交付は特別利害関係者等の移動に該当するため、上場申請前の期間はもちろん、申請後から上場日の前日までの交付も記録して開示する必要がある点に注意が必要です。Ⅰの部の注記には、記載内容についての記録を上場日から5年間保存すること、東京証券取引所の提出請求に応じなければならないことも書かれています。株式の移動に関する一般的な注意点は上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)をご覧ください。

未上場時から配当を継続

TOブックスは未上場の段階から毎期配当を行っています。2024年7月29日と2025年7月30日の定時株主総会でそれぞれ1株当たり23円(総額69,000千円)の配当を決議し、第11期の配当性向は8.9%です。配当政策としては、内部留保とのバランスを考慮しつつ安定した配当を継続することを基本方針とし、期末配当の年1回を基本としています。定款には、10月31日を基準日として取締役会決議で中間配当ができる旨も定めています。株主が創業者側だけの会社では、配当がオーナーへの還元手段になっている場合も多いため、上場後の配当方針を一般株主にどう説明するかを準備段階で整理しておくことが大切です。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。

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コーポレート・ガバナンス:監査役全員社外の監査役会設置会社

TOブックスは取締役会設置会社かつ監査役会設置会社です。経営戦略を迅速に実行する必要がある一方で、経営の健全性、透明性及び客観性の観点からこの体制を採用したと説明されています。取締役会は取締役7名(うち社外取締役3名)、監査役会は常勤監査役1名を含む監査役3名で構成され、監査役は3名とも社外監査役です。機関設計の選び方については監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で比較しています。

機関設計とガバナンス体制株主総会取締役会7名(うち社外3名)監査役会3名(全員社外)指名・報酬委員会代表+独立社外2名代表取締役コンプラ・リスク管理委員会会計監査人太陽有限責任監査法人内部監査担当者2名(相互に監査)選任監督任命連携連携

図11 Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成(監査役会設置会社)

役職 氏名 主な経歴(要点)
代表取締役 本田 武市 出版社勤務を経て映像製作会社を設立。2014年当社設立
専務取締役 柴田 維 映像製作会社の専務取締役等を経て2017年就任
取締役 IPソリューション本部長 小山 倫良 アニメ制作会社等を経て管理部長、2022年取締役
取締役 コーポレート本部長 鳥海 裕喜 監査法人を経て2022年入社、同年取締役
社外取締役 坂田 靖志 公認会計士。監査法人・税理士法人代表等
社外取締役 鈴木 晴彦 出版社の常務取締役等
社外取締役 田中 勇 レコード会社の執行役員・監査役等
常勤監査役(社外) 長谷川 隆一 上場会社等の管理担当取締役・監査役
監査役(社外) 結城 東輝 弁護士
監査役(社外) 鈴木 真美 公認会計士

取締役会は原則月1回開催され、第11期は14回開催、7名全員が14回すべてに出席しています。監査役会も原則月1回で、第11期は14回開催、3名全員が全回出席です。取締役会では、経営の基本方針、重要な業務執行、コンプライアンス・リスクマネジメントの状況、月次業績の状況などが検討されています。

社外取締役3名と社外監査役3名の計6名は、全員が東京証券取引所の定める独立役員に指定されています。社外取締役のうち1名と常勤監査役は、それぞれ当社の取引先の出身ですが、すでに退職しており独立した立場にあると説明されています。取引先出身者を社外役員に選ぶ場合は、取引の規模や在籍時期と独立性判断基準との関係を整理し、説明できるようにしておく必要があります。スタンダード市場ではコーポレートガバナンス・コードの全原則が適用され、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任することが求められます(原則4-10。2026年7月改訂前は原則4-8)。社外取締役の人数の考え方は社外取締役は何人必要かで解説しています。

また、社外役員6名は全員が当社の新株予約権を保有しています(坂田氏3,300個、鈴木晴彦氏2,700個、田中氏2,700個、長谷川氏10,000個、結城氏4,800個、鈴木真美氏4,200個)。社外役員へのインセンティブ付与は、監督・監査の独立性とのバランスが論点になり得るため、付与する場合は数量や条件の考え方を整理しておくとよいでしょう。

任意の指名・報酬委員会と、報酬の決め方

TOブックスは、取締役会の諮問機関として任意の指名・報酬委員会を設置しています。構成は代表取締役と独立社外役員2名(社外取締役の鈴木晴彦氏と田中氏)の計3名で、委員長は代表取締役です。第11期は2回開催され、3名全員が出席しています。

取締役の報酬は、固定報酬と、2025年11月17日の取締役会で導入を決議した業績連動報酬(賞与)で構成されます。業績連動報酬は営業利益を指標とし、役位に基づく係数で算定する仕組みで、支給は2026年4月期から始まるため、第11期の支給はありません。中間貸借対照表には役員賞与引当金11,200千円が計上されています。

第11期の個人別の報酬額は、株主総会で定めた上限(取締役は年額500,000千円以内、監査役は年額50,000千円以内)の範囲内で、指名・報酬委員会の審議を経て示された意見を踏まえ、2024年7月29日の取締役会で代表取締役に決定を委任する形で決議されました。委員会は各取締役の報酬水準の協議・判断の結果を2024年8月16日の取締役会に報告しています。代表取締役に一任した理由は、経営環境や業績等を最も熟知しているためと記載されています。第11期の報酬総額は、取締役(社外取締役を除く)4名で189,480千円、社外役員6名で26,250千円で、いずれも固定報酬です。

取締役報酬の決定の流れ株主総会取締役 年額5億円以内指名・報酬委員会で審議取締役会(2024/7/29)代表に一任代表取締役が個別額を決定委員会結果を取締役会に報告(2024/8/16)業績連動報酬(賞与):2025/11/17取締役会で導入を決議。営業利益を指標に役位係数で算定

図12 Ⅰの部「役員の報酬等」より。第11期の個人別報酬額の決定手続と、2025年11月に導入を決議した業績連動報酬

役員報酬の決定方針や、個人別報酬の決定を代表取締役に委任する場合の委任の内容・理由の開示は、有価証券報告書の記載事項として求められているものです。代表取締役に一任する場合でも、任意の委員会の関与や取締役会への報告の流れを決めておくと、手続の透明性を説明しやすくなります。

関連当事者取引は「該当なし」

オーナー企業の上場準備では、創業者やその資産管理会社との取引の整理が大きな課題になりがちです。TOブックスのⅠの部では、関連当事者との取引は第10期・第11期とも「該当事項はありません」と記載されています。資産管理会社が筆頭株主である会社でも、会社との取引がなければ開示上の論点はシンプルになります。準備段階で取引の洗い出しと解消を進めておくことが、審査の「企業経営の健全性」の確認をスムーズにする近道です。考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)で整理しています。

内部監査・内部統制:2名の担当者による相互監査

TOブックスは独立した内部監査部署を設置しておらず、代表取締役が任命した内部監査担当者2名が、内部監査計画に従い、自己の属する部門を除く全部門について内部監査を行っています。内部監査担当者は年間の内部監査計画を立案して代表取締役の承認を受け、被監査部門に定期監査の実施を通知したうえで、実地監査と書面監査を併用して監査を実施します。指摘事項については後日、改善状況を確認します。監査結果は代表取締役に随時報告し、年間計画に従って取締役会と監査役会に報告するとともに、会計監査人へ情報を共有しています。

内部監査担当者2名による相互監査代表取締役内部監査担当者①(所属:部門X)内部監査担当者②(所属:部門Y)部門Xその他の部門(①②が分担)部門Y自己の属する部門は監査しない(業務執行を兼務する場合は別の内部監査者が監査)①が部門Yを監査②が部門Xを監査

図13 Ⅰの部「内部監査の状況」「内部統制システムの整備状況」をもとに作成。部門X・Yは説明のための仮の表記です

内部統制システムに関する基本方針では、他の業務執行部門から独立した内部監査責任者を原則として選任し、内部監査責任者が業務執行を兼務する場合には、その業務執行に対する内部監査は別に選任される内部監査者が行うと定めています。機関ごとの構成員の表では、内部監査責任者がコンプライアンス及びリスク管理委員会の構成員とされ、取締役会と監査役会にはオブザーバーとして出席すると記載されています。

専任の内部監査室を置かない会社は珍しくありませんが、その場合に審査で必ず確認されるのが「自己監査の回避」です。担当者が自分の所属部門を監査しない仕組みを規程と監査計画の両方で明確にし、相互監査の実績を記録として残しておくことが求められます。内部監査の体制づくりは内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)と内部監査の人数と体制をご覧ください。

三様監査の連携

監査役会は常勤監査役1名と非常勤監査役2名で構成されます。常勤監査役は上場会社の取締役・監査役の経験を持ち、非常勤監査役は弁護士と公認会計士です。公認会計士である監査役は財務及び会計に関する相当程度の知見を有すると記載されています。監査役会の主な検討事項は、監査役会規程及び監査役監査基準の制定、監査方針及び監査計画の策定、内部監査の実施状況の確認、内部統制の整備・運用状況の確認、会計監査に関する重要事項の共有などです。

常勤監査役は、取締役会、監査役会、コンプライアンス及びリスク管理委員会などの重要な会議に出席し、役職員への質問や重要書類の閲覧を通じて日常的な監査を行い、内部監査責任者及び会計監査人と連携して三様監査を実施しているとされています。

三様監査の連携監査役会(常勤1名・非常勤2名)内部監査担当者(2名)会計監査人太陽有限責任監査法人取締役会・代表取締役連携連携情報共有報告

図14 監査役会、内部監査担当者、会計監査人がそれぞれの監査結果や情報を共有する関係(Ⅰの部「監査の状況」をもとに作成)

三様監査の連携は、会議の開催回数だけでなく、それぞれが把握したリスクや指摘事項をどう共有し、翌年の計画に反映しているかが重要です。連携の具体的な進め方は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で解説しています。

リスク管理とコンプライアンスの体制

リスク管理とコンプライアンスは、代表取締役を委員長とする「コンプライアンス及びリスク管理委員会」が担っています。原則として四半期に1回開催され、リスクのモニタリングや対応策を協議・検討しています。構成員は代表取締役、専務取締役、取締役2名、常勤監査役、内部監査責任者で、社外取締役と非常勤監査役は必要に応じてオブザーバーとして出席します。会社に重大な損失を及ぼす緊急事態が発生した場合は、代表取締役を室長とする緊急事態対策室を設置する体制です。

そのほか、通報者の保護が図られた内部通報制度の整備、反社会的勢力との関係遮断、顧問弁護士との連携も内部統制システムの基本方針に記載されています。役員等賠償責任保険(D&O保険)契約を締結し、社外取締役・社外監査役とは会社法第427条第1項に基づく責任限定契約を結んでいます(補償契約は締結していません)。対処すべき課題の中では、著作権管理の複雑化、AI技術の進展、海賊版の増加、海外取引の増加などに対応するため、契約・権利管理の精度向上や業務プロセスの標準化を進めるとしています。IP企業にとって権利関係の管理は内部統制の中心テーマであり、契約書の管理台帳や承認フローの整備は早めに着手したい項目です。

会計・開示の論点:返品、製作委員会、棚卸資産

TOブックスの財務諸表は、財務諸表等規則に基づく単体の財務諸表です。収益認識に関する会計基準は第8期の期首から適用されています。重要な会計方針の「収益及び費用の計上基準」では、収益の区分ごとに履行義務と収益を認識する時点が説明されています。

収益を認識する時点(区分別)区分収益認識の時点ポイント紙書籍・グッズ引渡時又は検収時(一時点)返品見込額を収益から控除(返金負債を計上)電子書籍電子書店が顧客に引き渡した時点(一時点)委託を受けた電子書店を通じた販売コロナEX有料会員の利用料サービス提供期間にわたり認識会員資格に基づくサービス提供義務映像(製作委員会方式等)引渡時又は検収時(一時点)幹事手数料・原作印税・制作物/代理人は純額

図15 Ⅰの部「重要な会計方針 4.収益及び費用の計上基準」をもとに作成

紙書籍・グッズは、商品や製品を顧客に引き渡した時点又は顧客が検収した時点で一時点の収益を認識します。出版業界の慣行に従い、取次や書店に配本した出版物について約定期間内の返品を受け入れる委託販売制度を採用しているため、販売時点で返品率等を基礎に予想返金額を見積もって収益から控除し、返金負債を認識しています。重要な戻入れが生じない可能性が高い範囲でのみ収益を認識する、という変動対価の考え方です。

電子書籍は、当社から委託を受けた電子書店が顧客に商品・製品を引き渡した時点又は顧客が検収した時点で一時点の収益を認識します。一方、自社が運営する「コロナEX」の有料会員の利用料は、会員資格に基づくサービスを提供する義務を負っていることから、サービス提供期間にわたって収益を認識します。

映像は、TVアニメや実写映像の企画、製作、配給、権利許諾、関連商材の販売等で、製作委員会方式における幹事会社としての幹事手数料、原作印税、制作物について、契約に応じて引渡時又は検収時に一時点で収益を認識します。当社が代理人に該当すると判断したものは、受け取る額から他の当事者に支払う額を控除した純額で収益を認識しています。

製作委員会への出資や幹事業務は、取引の形態が多様で、本人か代理人か、収益をいつ認識するかの判断が分かれやすい領域です。上場審査や監査では、契約書の条項と会計処理の対応関係を説明できるかが問われます。収益認識の審査上の論点は上場審査で問われる収益認識で詳しく解説しています。

契約負債と前渡金の大きな動き

収益認識関係の注記によれば、契約負債は第10期に期首169,082千円から期末405,069千円へ増え、第11期には期末172,591千円へ減少しています。いずれもアニメ制作に関する契約から生じた変動と説明されています。第11期末の契約負債の主な内訳は「製作委員会」161,990千円です。また、資産側では前渡金が397,973千円あり、相手先別の内訳には株式会社ウィットスタジオ242,000千円などが記載されています。前受け・前払いの規模が大きいことは、先ほど見た営業キャッシュ・フローの変動にもつながっています。

重要な会計上の見積り:返金負債と棚卸資産の評価

重要な会計上の見積りとして記載されているのは、返金負債の計上と棚卸資産の評価の2項目です。返金負債は第10期末190,191千円、第11期末203,244千円で、貸借対照表では流動負債の「その他」に含まれています。予想返金額は期末時点の取次会社に対する予想返金率を基礎とし、過去実績と同水準であるとの仮定に基づいて直近の実績返金率を用いています。将来の需要や市場環境が変化した場合には、翌期以降の返金負債の金額に影響する可能性があるとされています。

委託販売制度と返金負債の見積り取次・書店へ配本(委託販売)約定期間内の返品を受け入れ予想返金率(直近の実績)収益から控除返金負債を計上返金負債(第10期末)190,191千円返金負債(第11期末)203,244千円需要や市場環境が変われば翌期以降の返金負債の金額に影響(重要な会計上の見積り)

図16 Ⅰの部「重要な会計上の見積り」より。返金負債は貸借対照表の流動負債「その他」に含まれています

棚卸資産は個別法による原価法(収益性の低下に基づく簿価切下げの方法)で評価し、判定は個別品目単位で行っています。営業循環過程から外れた滞留在庫は処分見込価額まで帳簿価額を減額し、その減少額を棚卸資産評価損として売上原価に計上します。処分見込額は、個別品目における販売比率ごとの評価減割合を基礎とした一定の仮定に基づいています。売上原価に含まれる棚卸資産評価損は、第10期163,387千円、第11期△21,793千円と記載されています。

返品と在庫評価は、出版業の会社にとって決算の数字を大きく左右する見積りです。見積りの方法を文書化し、過去の見積りと実績を比較する検証を毎期行うことが、監査対応と内部統制の両面で欠かせません。

そのほかの特徴的な注記

税効果会計の注記では、繰延税金資産として返金負債62,233千円、未払地代家賃30,794千円、資産除去債務17,439千円などが計上され、繰延税金負債として返品資産25,902千円などが計上されています。資産除去債務は、負債に計上する代わりに、賃貸借契約に関連する敷金のうち回収が最終的に見込めない金額を合理的に見積もって費用計上する方法によっています。未適用の会計基準では、新しいリース会計基準(企業会計基準第34号)を2028年4月期の期首から適用する予定で、影響額は評価中とされています。本社を賃借している会社では、新リース会計基準の影響の把握も上場後の課題になります。

監査法人と監査報酬

会計監査人は太陽有限責任監査法人で、継続監査期間は2年間です。業務を執行した公認会計士は指定有限責任社員2名、監査業務の補助者は公認会計士6名、その他14名です。監査証明業務に基づく報酬は、最近事業年度の前事業年度18,480千円、最近事業年度21,500千円で、非監査業務に基づく報酬はありません。

監査法人の選定方針は特に定めていないものの、品質管理体制、独立性、専門性、監査費用、実績を総合的に勘案して選定したと説明されています。また、「監査法人が受けた過去2年間の業務の停止の処分に関する事項」として、同監査法人が契約の新規の締結に関する業務の停止3ヶ月(2024年1月1日〜3月31日)の処分を受けたことが記載されています。処分を受けた監査法人に監査を依頼している場合には、こうした開示が必要になる点も知っておくとよいでしょう。監査法人の選び方とスケジュールは監査法人はいつまでに決めるかをご覧ください。

項目 内容
監査法人 太陽有限責任監査法人
継続監査期間 2年間
補助者 公認会計士6名、その他14名
監査証明業務の報酬 前事業年度18,480千円/最近事業年度21,500千円
非監査業務の報酬 なし
監査報酬の決定 監査日数・規模・業務の特性等を勘案し、監査役会の同意を得て取締役会で決定

事業等のリスクと審査で問われやすい点

「事業等のリスク」では、各リスクに発生の可能性・影響度・発生の時期が付され、それぞれに「リスクへの対応」が記載されています。影響度が「高」とされているのは、著者等クリエイターとの関係悪化と、代表取締役・専務取締役への依存の2つです。発生可能性が「中」とされているのは、他社との競合、法的規制、海外取引、主要IPに係る展開の不確実性、権利侵害の5つです。

事業等のリスクの発生可能性と影響度発生可能性:低発生可能性:中影響度高影響度中影響度低クリエイターとの関係悪化代表取締役・専務取締役への依存―取引依存度の高い取引先特定プラットフォームの利用風評・個人情報・災害人材・システム・内部管理体制他社との競合主要IPに係る展開の不確実性権利侵害(海賊版等)新規事業・委託販売制度資金使途・株式の流動性新株予約権の希薄化法的規制海外取引

図17 Ⅰの部「事業等のリスク」に記載された発生可能性・影響度をもとに分類(「中・高」に該当する項目はありません)

特にIP企業らしいリスクとして、無料投稿サイト「小説家になろう」のサービスに作品創出の大部分を依存していること、海賊版や違法配信による権利侵害、1つのコンテンツに複数の権利関係が存在することによるクリエイターとのトラブルの可能性が挙げられています。代表取締役と専務取締役への依存については、経営幹部や業務推進役の拡充・育成、権限委譲による分業体制の構築を進めているとされています。

上場審査では、こうしたリスクが事業計画にどう織り込まれているか、対応策が実際に機能しているかが確認されます。リスクを列挙するだけでなく、発生可能性や影響度の評価と、その評価を見直す社内の会議体(TOブックスでは四半期ごとの委員会)をセットで示すと説得力が増します。また、開示内容と審査書類(Ⅱの部)の記載に整合性が求められる点は、Ⅰの部とⅡの部は何が違うかで解説しています。

TOブックスのⅠの部から上場準備会社が学べること

TOブックスのⅠの部から学べる主なポイント新株予約権信託後から配分を決める設計移動状況の記載信託からの交付も全件開示監査役全員が社外法務・会計・管理の専門性内部監査の相互監査少人数でも独立性を確保返品の見積り返金負債と棚卸資産評価報酬決定の手続委員会の関与と代表一任

図18 本記事で取り上げた論点のまとめ

1.インセンティブは「後から配分できる」設計も選択肢になる。時価発行新株予約権信託®は、発行時点で配分先を決めず、評価委員会と交付ガイドラインに基づいて後から交付する仕組みです。採用が続く成長企業には使いやすい一方、税務・会計の取扱いや、交付のたびに生じる開示の手間も含めて検討する必要があります。

2.信託からの交付も「株式等の移動」として記録・開示が必要になる。TOブックスでは2023年9月から2025年12月まで5回の交付が全件記載されています。上場申請の直前や申請後に交付を行う場合は、記載漏れがないよう、交付の記録と開示資料を突き合わせる体制が欠かせません。

3.外部株主がいない場合は、流通株式の確保が資本政策の中心になる。創業者と資産管理会社だけが株主の場合、上場前の株式は流通株式に数えられません。公募と売出しの組み合わせ、上場後の維持基準まで含めた計画が必要です。創業者の持株比率の考え方は創業者の持株比率はどこまで下げてよいかも参考になります。

4.監査役会は専門性のバランスで組み立てる。常勤監査役に上場会社の管理経験者、非常勤監査役に弁護士と公認会計士を置き、3名全員を社外監査役としています。常勤監査役の人選の考え方は常勤監査役は必要かをご覧ください。

5.少人数の内部監査でも、自己監査の回避を仕組みで示せる。専任部署がなくても、担当者2名が自部門を除いて監査し、兼務時は別の担当者が監査するというルールを基本方針に書き込むことで、独立性を説明できます。

6.業種特有の見積りは、方法の文書化と事後検証が肝心。出版業の返品と在庫評価のように、業種特有の見積りは決算数値への影響が大きく、審査や監査で必ず確認されます。

7.報酬の決め方は「誰が、何を踏まえて、いつ決めたか」を残す。代表取締役への一任でも、任意の委員会の審議と取締役会への報告の日付まで記載されています。議事録と開示の整合性を保つことが大切です。

  • インセンティブ・プランの種類(通常型・有償型・信託型)ごとに、税務と会計の取扱いを監査法人・税理士と確認したか
  • 新株予約権の交付や株式の移動を、日付・相手・数量・価格・理由まで記録する台帳を整備しているか
  • 上場時と上場後の流通株式比率を、公募・売出し・新株予約権の行使を含めて試算しているか
  • 内部監査担当者が自部門を監査しない仕組みを、規程と年間監査計画の両方に明記しているか
  • 返品や在庫評価など業種特有の見積りについて、方法の文書化と過去の見積りと実績の比較を行っているか
  • 取締役の個人別報酬の決定手続(委員会の関与、取締役会決議、委任の範囲)を議事録で確認できるか

よくある質問

Q1. 株主が創業者と資産管理会社だけでも上場できますか?

TOブックスのように、上場前の株主が創業者とその資産管理会社だけでも上場は可能です。ただし、上場時に公募・売出しによって株主数や流通株式比率などの形式基準を満たす必要があり、上場後も維持基準を満たし続けることが求められます。資産管理会社と会社との取引や、創業者への依存のリスクをどう説明するかも準備しておきましょう。

Q2. 時価発行新株予約権信託®を使うと、上場審査で特別な説明が必要ですか?

TOブックスのⅠの部では、信託の概要(委託者・受託者・受益者の要件・交付ガイドライン)と交付実績が記載され、信託から役員への交付は特別利害関係者等の株式等の移動として全件開示されています。交付の手続が社内ルールどおりに行われているか、記録が保存されているかを説明できるようにしておくことが重要です。税務・会計の取扱いも事前に専門家と確認しておきましょう。

Q3. 内部監査室を置かずに上場準備を進めても大丈夫ですか?

専任部署がなくても、内部監査担当者を任命して計画的に監査を行い、自己監査を回避する仕組みを整えていれば、体制として説明は可能です。TOブックスでは担当者2名が自己の属する部門を除く全部門を監査し、結果を代表取締役・取締役会・監査役会に報告し、会計監査人と情報を共有しています。

Q4. 出版業のように返品がある事業では、収益認識で何に注意すべきですか?

返品が見込まれる販売は、予想返金額を見積もって収益から控除し、返金負債を計上する必要があります。見積りの基礎となる返品率の算定方法を文書化し、実績との比較で見積りの精度を毎期検証できる体制を作っておくことが大切です。

最初の一歩は、自社の「株式・新株予約権の移動台帳」を作ること

TOブックスのⅠの部から学べることは多くありますが、上場準備会社がまず取り組みたいのは、株式と新株予約権の移動を一覧にした台帳づくりです。誰が、いつ、何を、いくらで、どんな理由で取得・譲渡したかを過去にさかのぼって整理しておけば、第四部の記載や審査での質問にあわてずに対応できます。あわせて、インセンティブ・プランの税務と会計の取扱いを確認しておきましょう。全体像の確認にはIPO準備 完全ガイドが役立ちます。

無料ダウンロード

TOブックスのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)

TOブックスの機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。

まとめ

株式会社TOブックスは、2026年1月9日に上場承認を受け、2026年2月13日に東証スタンダード市場へ上場した、WEB小説を起点にIPを創出・展開する会社です。売上高は第11期に9,426,601千円まで伸び、第11期はアニメ関連収益の反動と本社移転の費用で減益となったものの、第12期中間会計期間には営業利益903,675千円を計上しています。

資本政策では、創業者と資産管理会社だけが株主という構成のまま、時価発行新株予約権信託®で役職員へのインセンティブを設計し、信託からの交付を特別利害関係者等の移動として開示しています。ガバナンス面では、監査役全員が社外の監査役会と、内部監査担当者2名による相互監査の体制をとっています。会計面では、委託販売制度による返金負債と棚卸資産の評価が重要な見積りです。

上場準備会社にとって、TOブックスのⅠの部は「オーナー企業の資本政策」「信託型インセンティブの開示」「業種特有の見積り」を一度に学べる教材です。自社の準備状況と照らし合わせながら、ぜひ原文も読んでみてください。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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