※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
トグルホールディングス株式会社(証券コード652A)は、2026年9月28日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年10月30日に東証グロース市場へ上場する予定です。同社は、複数の土地をまとめて開発用地をつくり出す「Land Creation」と、業務を可視化・自動化する「Agentic Platform」の2つのサービスを、「産業変革事業」の単一セグメントで展開する持株会社です。本記事では、同社が提出した「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」をもとに、上場準備会社が参考にできる実務上のポイントを整理します。
結論からいえば、トグルホールディングスのⅠの部は「代表取締役が支配株主である会社が、利益相反をどう管理し、どう説明するか」を学べる教材です。代表取締役と、その資産管理会社で親会社に該当するFuni株式会社の持株比率は、Ⅰの部の株主の状況で合計72.51%に達します。同社は、代表取締役による不動産取引を独立社外役員で構成する特別委員会で事前に審議する仕組みや、代表取締役の実姉が務めていた内部監査室長を公認会計士に交代した経緯を、具体的に開示しています。あわせて、3種類の優先株式の普通株式への一本化、14回にわたるストック・オプション、不動産販売の収益認識と棚卸資産評価など、資本政策と会計の論点も豊富です。
この記事の見出し
トグルホールディングスはどんな会社で、いつ上場するのか?
まず基本情報を確認しましょう。トグルホールディングスは2020年6月に東京都港区赤坂で設立された会社で、決算期は9月です。2020年10月に不動産会社のつくる地所株式会社(旧フジケン株式会社)を、2023年10月にソフトウエア会社のつくるAI株式会社(旧BUKUROU株式会社)を、いずれも全株式取得により子会社化しました。2024年7月1日には、システム開発部門の事業をつくるAIへ譲渡して純粋持株会社に移行しています。現在の本店は東京都港区六本木です。
上場市場は東証グロース市場で、上場予定日は2026年10月30日、上場承認日は2026年9月28日です。Ⅰの部の提出日も2026年9月28日となっています。上場前の段階ですので、以下で紹介する持株比率などは、いずれもⅠの部に記載された時点の情報です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | トグルホールディングス株式会社(英訳名 toggle holdings, Inc.) |
| 市場・上場予定日 | 東京証券取引所グロース市場・2026年10月30日(上場承認日 2026年9月28日) |
| 設立・決算期 | 2020年6月設立・9月決算(直前期は第6期=2025年9月期) |
| 本店所在地 | 東京都港区六本木一丁目 |
| 代表者 | 代表取締役 伊藤 嘉盛 |
| 事業 | Land Creation(開発用地の創出・販売)とAgentic Platform(SaaS・AIソリューション)。セグメントは「産業変革事業」の単一 |
| 従業員数 | 連結239名(臨時19名)、提出会社141名・平均年齢33.1歳・平均勤続1.1年(2026年8月31日現在) |
| 親会社 | Funi株式会社(代表取締役が発行済株式の全部を保有する資産管理会社) |
| 機関設計 | 監査役会設置会社(取締役4名うち社外2名、監査役3名全員社外) |
| 会計監査人 | 有限責任監査法人トーマツ(継続監査期間2年間) |
従業員数は急速に増えています。連結従業員数は第5期末64名から第6期末140名へ、2026年8月31日現在は239名です。提出会社の従業員は2026年9月期の期初109名から32名増えて141名となり、Ⅰの部では管理部門とプロダクト開発体制の強化のための採用によるものと説明されています。平均勤続年数1.1年という数字からも、組織が短期間で拡大してきたことが読み取れます。
グループの構成と親会社の位置づけは?
持株会社のもとに、不動産開発・売買を担うつくる地所、富裕層の不動産投資家向けに情報提供と資産運用コンサルティングを行うつくる資産(2026年1月設立)、SaaSを開発・提供するつくるAIなどがぶら下がる構成です。2025年10月に株式の52.3%を取得して子会社化したリーウェイズ株式会社は、その後の追加取得で完全子会社となり、2026年9月1日につくるAIに吸収合併されました。また、2026年4月には賃貸仲介事業を営む株式会社S-FITの株式20.0%を取得し、持分法適用関連会社としています。
注目したいのは親会社です。Funi株式会社は代表取締役の伊藤嘉盛氏が発行済株式の全部を保有する資産管理会社ですが、複数の賃貸用不動産を保有し、金融機関から借入れを行う相応の事業規模があることから、「監査法人との協議の結果、当社の親会社に該当するものと整理」したと記載されています。資産管理会社だから親会社にはならない、と機械的に判断せず、実態に即して整理した例といえます。
図1 代表取締役とその資産管理会社Funi㈱が大株主で、Funi㈱は親会社に該当する。持分割合はⅠの部「株主の状況」(潜在株式を含む株式総数に対する割合)。Ⅰの部をもとに作成
親会社がある状態での上場では、親会社からの独立性が審査の重要論点になります。考え方は親会社がある状態で上場できるのかやIPO審査の「親会社等からの独立性」で解説していますが、トグルホールディングスでは「Funiから当社の経営に関する事前承認を受ける事項はありません」と明記したうえで、Funiとの事業機会の競合をどう管理するかを、後述する特別委員会の仕組みで説明しています。
何で稼いでいるのか?事業内容と収益モデル
同社の売上高のほとんどはLand Creationによるものです。第6期(2025年9月期)の売上高12,353,352千円のうち、Land Creationが12,288,930千円、Agentic Platformは64,421千円でした。Ⅰの部でも「現時点において、当社グループの収益の殆どはLand Creationによるもの」と記載されています。
Land Creationは、市場に流通していない土地の中から、複数の土地を一体化することで開発価値が高まる土地を見つけ出し、地権者との協議と合意形成を経て土地を取得し、権利調整や既存建物の解体、建築計画の具体化を行ったうえで、不動産デベロッパーなどに開発用地として販売するサービスです。対象は主に東京を中心とした一都三県の比較的小規模な土地で、取得から販売までの保有期間は概ね6か月程度とされています。大阪と福岡にも営業拠点を置いています。
図2 市場に流通していない土地から候補地を見つけ、地権者との合意形成・取得・権利調整を経て開発用地として販売する。取得から販売までは概ね6か月程度。Ⅰの部をもとに作成
事業の特徴は、独自の土地解析システムとボリュームチェック(建築可能な建物の規模・形状の試算)の技術を、地権者との合意形成を担う営業組織と組み合わせている点です。従来は専門家への依頼で数週間から数か月かかっていた検証を、最短約1分で行えるとしています。また、土地の取得に先立って複数のデベロッパーから購入意向と価格水準を確認し、案件化の可否と取得価格を判断していると説明されています。
Agentic Platformは、チャットや会議、タスク管理などの業務情報を集めて業務の流れを可視化し、AIエージェントによる自動化につなげる基盤です。自社業務で使うとともに、外部向けには「デベNAVI」「VCプロ」「Gate.」などのプロダクトを月額課金で提供しています。ただしMD&Aでは、SaaSの連結売上高に占める割合は僅少で、不動産再開発におけるR&Dとしての性質も有する先行投資フェーズにあると記載されています。
主要な販売先は誰か?
不動産販売は1件当たりの金額が大きいため、販売先ごとの割合も大きくなります。第6期に総販売実績の10%以上を占めた相手先は次の6社です。前期(第5期)に10%以上だった相手先は東レ建設株式会社とレジデンスパートナーズ株式会社の2社で、両期とも10%以上だったのは東レ建設のみで、販売先の顔ぶれは期ごとに大きく入れ替わっています。
| 相手先(第6期) | 販売高 | 割合 |
|---|---|---|
| 東急不動産株式会社 | 2,376,775千円 | 19.2% |
| 株式会社リアルゲイト | 1,951,550千円 | 15.8% |
| JA三井リース建物株式会社 | 1,500,333千円 | 12.1% |
| 株式会社日建ハウジング | 1,402,951千円 | 11.4% |
| 東レ建設株式会社 | 1,286,764千円 | 10.4% |
| 株式会社プロバンクホーム | 1,265,817千円 | 10.2% |
株式会社プロバンクホームとは、2025年2月につくる地所が資本業務提携を結んだと沿革に記載されています。販売先の上位が毎期入れ替わる事業では、審査で「特定の顧客に依存していないか」と同時に「翌期以降も販売先を確保できる根拠は何か」が問われやすくなります。同社が開示している、取得前にデベロッパーの購入意向を確認するプロセスや、デベロッパーの需要・投資基準・価格水準のデータ蓄積は、その説明材料になっています。
どのKPIで成長を説明しているか?
同社がLand Creationで重視するKPIは「稼働パイプライン」と「稼働営業人員数」の2つです。稼働パイプラインは、営業担当が訪問し、基準日時点でも提案が進行中の現場の数で、地権者数ではなく取りまとめ案件として1件と数えます。稼働営業人員数は、地権者との合意形成やデベロッパーとの関係構築など売上高に直接貢献する人員の数で、営業事務は含めていません。
図3 稼働パイプライン(提案が進行中の取りまとめ案件数)は9か月で約1.5倍に。稼働営業人員数は各時点の人数で、期中平均は61人・59人・64人。Ⅰの部をもとに作成
KPIの定義を「何を1件と数えるか」「誰を含め、誰を含めないか」まで書いている点は、上場準備会社にとって参考になります。採用面でも、2025年4〜9月と2025年10月〜2026年3月を比べると応募者数が503人から1,026人に、採用者数が7人から29人に増えたことが開示されています。営業活動を標準化し、不動産業界の経験がない人材でも早期に戦力化できる体制を整えたことが背景とされています。
グロース市場の上場審査では、事業計画の合理性と、成長可能性の説明が求められます。KPIを事業計画の前提とつなげて説明する考え方はIPO審査の「事業計画の合理性」やグロース市場の「高い成長可能性」とはもあわせてご覧ください。
設立から上場までどのような道のりをたどったのか?
トグルホールディングスの沿革は、M&Aで事業の土台を取り込みながら、持株会社体制を整えてきた歴史です。設立4か月後の2020年10月に不動産会社のつくる地所を子会社化して不動産売買事業を始め、2022年4月には自社で開発した集合住宅を販売して不動産開発事業に参入しました。2023年10月にはボリュームチェックの自動化サービスを開発していたBUKUROU株式会社を取得し、その後つくるAIとしてSaaSの提供を始めています。
図4 2020年の設立後、M&Aで不動産会社とソフトウエア会社を取り込み、2024年7月に純粋持株会社へ移行した。Ⅰの部「沿革」等をもとに作成
上場直前期から申請直前にかけても、組織再編が続いています。2025年10月にリーウェイズを子会社化、2026年1月につくる資産を設立、2026年4月にS-FITを持分法適用関連会社化、2026年9月1日にはつくるAIがリーウェイズを吸収合併しました。このほか、2025年2月に設立した非連結子会社へ吸収分割で販売用不動産を承継させ、同日にその株式を売却した取引も関連当事者情報に記載されています。
上場直前に子会社の取得や合併が重なると、Ⅰの部の連結範囲、後発事象、のれん、内部統制の対象範囲などの記載が一気に増えます。M&Aを進めながら上場準備をする場合は、監査法人や主幹事証券と早めに日程をすり合わせ、PMI(買収後の統合)と内部管理体制の整備を並行して進める段取りが欠かせません。全体の進め方はIPO準備の全体像(N-3期〜N期)でも整理しています。
業績はどう推移しているのか?
Ⅰの部に掲載されている連結財務諸表は第5期と第6期の2期分で、いずれもトーマツの監査を受けています。第6期は、売上高12,353,352千円(前期比24.6%増)、営業利益1,137,687千円(同111.3%増)、経常利益926,604千円(同124.8%増)、親会社株主に帰属する当期純利益564,640千円(同289.2%増)でした。
| 項目(連結) | 第5期(2024年9月期) | 第6期(2025年9月期) | 第7期3Q累計(2026年6月まで) |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 9,914,850千円 | 12,353,352千円 | 13,179,447千円 |
| 営業利益 | 538,366千円 | 1,137,687千円 | 871,796千円 |
| 経常利益 | 412,259千円 | 926,604千円 | 673,681千円 |
| 親会社株主に帰属する当期(四半期)純利益 | 145,067千円 | 564,640千円 | 471,818千円 |
| 純資産 | 3,131,658千円 | 5,334,347千円 | 8,245,169千円 |
| 総資産 | 9,842,303千円 | 16,093,089千円 | 21,434,921千円 |
| 自己資本比率 | 31.2% | 32.0% | ― |
| 営業キャッシュ・フロー | △756,787千円 | △3,922,293千円 | ― |
第7期の数値は、中間連結会計期間(2025年10月〜2026年3月)と第3四半期連結累計期間(2025年10月〜2026年6月)がⅠの部に掲載されており、いずれも年度監査ではなくトーマツの期中レビューを受けたものです。第3四半期累計の数値は「その他」の項目に最新の経営成績として掲載されています。
図5 売上高は第6期に24.6%増の12,353百万円。第7期は第3四半期累計(9か月)で13,179百万円と前期の通期を上回る。第7期第3四半期累計は期中レビューの対象。Ⅰの部をもとに作成
第6期の増益の主な要因は売上総利益率の改善です。Ⅰの部では、売上総利益が前期比1,570,815千円増(81.2%増)、売上原価率が8.9ポイント低下したと説明されています。一方、販売費及び一般管理費は積極的な採用と組織拡大で971,494千円増えました。販管費の多くは固定費であるため、翌期以降は売上総利益の伸びを上回る営業利益の伸びを計画している、という経営者の見立ても記載されています。
図6 売上総利益率は約28%、営業利益率は約9%(いずれも計算値)。営業外では支払利息164百万円・支払手数料81百万円が発生している。Ⅰの部の連結損益計算書をもとに作成
利益が出ているのに営業キャッシュ・フローがマイナスなのはなぜか?
第6期の営業キャッシュ・フローは△3,922,293千円と大きなマイナスです。税金等調整前当期純利益949,927千円を計上した一方で、事業拡大に伴う物件の仕入れにより棚卸資産が4,496,498千円増えたためです。不動産を仕入れて販売する事業では、仕入れを増やす局面で営業キャッシュ・フローがマイナスになりやすく、その資金を借入れと増資で賄う構造になります。
図7 利益は出ているが、販売用不動産の仕入れ(棚卸資産の増加4,496百万円)で営業CFは大きくマイナス。借入と増資による財務CFで賄う構造。Ⅰの部の連結キャッシュ・フロー計算書をもとに作成
財務キャッシュ・フロー5,426,341千円の内訳は、短期借入金の純増3,397,478千円、長期借入れによる収入3,219,000千円、株式の発行による収入1,518,340千円などで、物件売却に伴う長期借入金の返済2,668,966千円が差し引かれています。第6期末の借入金は合計9,628,672千円(短期借入金6,694,478千円を含む)で、販売用不動産などを担保に提供しています。
審査では、こうした構造の会社に対して「借入れが止まったらどうなるか」「在庫が売れなかったらどうなるか」が確認されます。同社は、事業等のリスクでLTV(不動産価値に対する借入金の割合)が案件ごとに90〜100%程度で、2025年4月以降の48件中43件が90%以上であることを開示し、保有期間の短縮や投資委員会での粗利率管理を対応策として挙げています。また、子会社つくる地所の単体の営業損益や純資産を基準とする財務制限条項が付いた当座貸越契約・コミットメントライン契約があることも、注記で開示されています。
四半期ごとの業績の偏りはどう説明されているか?
同社は事業等のリスクで「四半期業績の偏重」を挙げ、顕在化可能性を「大」、時期を2026年9月期としています。業績が特に第4四半期に偏る傾向があり、その理由は季節性ではなく、販売用不動産を期末まで保有して多くの販売先と商談し、収益の最大化を図る事業特性にあると説明されています。実際、中間期の営業利益1,367,639千円に対し、第3四半期累計の営業利益は871,796千円で、両者の差から計算すると4〜6月の3か月間は営業損失だったことになります。
上場後は四半期ごとに決算を開示し、業績予想との乖離が大きければ修正開示が必要になります。大型案件の決済時期が業績を左右する会社では、案件ごとの進捗を月次でモニタリングし、どの時点で業績予想の修正を判断するかの社内ルールを上場前に決めておくことが重要です。適時開示の体制づくりはIPOの適時開示体制で解説しています。
グロース市場の審査では何を示すことになるか?
グロース市場の実質審査基準は、「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」「企業経営の健全性」「事業計画の合理性」「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項」の5つです(詳しくはIPOの実質審査基準とは)。黒字かどうか自体は要件ではなく、事業計画が合理的に策定され、リスクが適切に開示されていることが問われます。
トグルホールディングスの場合、直前期は黒字ですが、Ⅰの部には「社歴が浅く過年度業績の連続性が限定的であること」がリスクとして記載されています。事業の開始時期や主力事業、事業規模が変化してきたため、過年度の業績を単純に比較したり、それを基礎に将来を予測したりすることには限界がある、という趣旨です。成長企業ほど、過去の数字だけでなく、KPIや案件パイプラインといった将来の根拠を事業計画に結びつけて説明する必要があります。
資本政策と株主構成から何が読み取れるか?
Ⅰの部の「株主の状況」によると、株主の筆頭は代表取締役の伊藤嘉盛氏(5,494,215株、37.96%)、次いで親会社のFuni株式会社(5,000,000株、34.55%)です。この割合は、新株予約権による潜在株式1,954,760株を含む株式総数14,472,445株に対するもので、伊藤氏の株数には第14回新株予約権の763,400株が含まれています。両者を合計すると72.51%となり、創業者グループが株式の大半を保有する構成です。
図8 代表取締役と親会社Funi㈱で合計72.51%(両者の割合の合計)。上場時には公募・売出しにより比率が変わる。Ⅰの部「株主の状況」をもとに作成
3位以下には、ブーストキャピタル1号投資事業有限責任組合、株式会社SMBC信託銀行(特定運用金外信託 未来創生3号ファンド)、日本郵政キャピタル1号投資事業有限責任組合、ALL STAR SAAS FUND THREE Pte. Ltd.などのベンチャーキャピタルや、株式会社レアゾン・ホールディングスといった事業会社、個人投資家が並びます。Ⅰの部の所有者別状況では、株主数は58人(その他の法人17、外国法人等5、個人その他36)です。
なお、これらはⅠの部の記載時点の比率であり、上場時には公募・売出しによって比率が変わります。また、上場後の流通株式の計算では、上場株式数の10%以上を所有する主要株主や、役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)、役員等が議決権の過半数を所有する会社、自己株式などが流通株式から除かれます。創業者と資産管理会社の持株比率が高い会社は、流通株式比率の基準をどう満たすかを公募・売出しの設計で検討する必要があります。計算方法は流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。
3種類の優先株式はどのように整理されたか?
同社は上場前に、A種・B種・C種の3種類の優先株式を発行してきました。1株当たりの発行価格(株式分割前)は、A種が4,489円(2023年7月〜10月)、B種が11,305円(2024年7月・12月)、C種が17,150円(2026年4月30日)で、ラウンドごとに株価が上がっています。C種は136,730株、発行価額の総額2,344,919千円で、資金使途はAI推進事業の機能拡充、アライアンスを通じた事業拡大、営業人材の採用とされています。
上場に向けた整理の手順は明快です。2026年6月16日の取締役会で、定款の取得条項に基づき優先株式のすべてを取得することを決議し、7月9日に取得したうえで、優先株式1株につき普通株式1株を交付しました。取得した優先株式は同日に会社法第178条に基づき消却し、7月10日の臨時株主総会で種類株式を発行する旨の定款の定めを廃止しています。翌7月11日には普通株式1株を5株に分割し、単元株式数を100株としました。
図9 A種・B種・C種の優先株式は取得条項により1株につき普通株式1株と引き換えに取得・消却され、その後1株を5株に分割。並行して3回の無償減資を行っている。Ⅰの部をもとに作成
種類株式を上場前に普通株式へ戻す手順は、種類株式は上場前に普通株式へ戻すのかで詳しく解説しています。取得条項の発動、消却、定款変更、株式分割と単元株制度の導入を、どの機関決定でいつ行うかを、上場申請のスケジュールから逆算して組み立てておくことがポイントです。
並行して、同社は3回の無償減資を行っています。2024年9月17日に資本金を100,000千円に、2025年8月8日に50,000千円に、さらにC種優先株式の発行で1,222,459千円となった資本金を2026年8月14日に50,000千円に減らし、減少額はいずれもその他資本剰余金に振り替えました。3回目の減資について、Ⅰの部は目的を「税負担の軽減を図り、また、今後の資本政策の柔軟性及び機動性を確保すること等」と記載しています。資本金の減少には株主総会の決議(会社法447条)と債権者保護手続(同449条)が必要になるため、増資の直後に減資を予定する場合は日程に余裕を持たせておきましょう。
第三者割当の価格はどう決められたか?
第四部「株式公開情報」には、基準事業年度の末日の2年前(2023年10月1日)以降の第三者割当等の内容が記載されています。株式分割後の1株当たり価格に直すと、次のとおりです。
| ラウンド | 発行時期 | 種類 | 分割後の発行価格 | 継続所有の確約 |
|---|---|---|---|---|
| シリーズA2nd | 2023年10月4日 | A種優先株式 | 897.8円 | 記載なし(―) |
| シリーズB1st | 2024年7月29日〜31日 | B種優先株式 | 2,261円 | 記載なし(―) |
| シリーズB2nd | 2024年12月4日〜11日 | B種優先株式 | 2,261円 | あり(施行規則268条) |
| シリーズC | 2026年4月30日 | C種優先株式 | 3,430円 | あり(施行規則268条) |
発行価格は、いずれも「DCF法、純資産方式及び類似会社比準方式により算出した価格を総合的に勘案して」決定したと記載されています。複数の評価方法を併用して総合的に勘案する書き方は、第三者割当でも株式の移動でも使われる典型的な説明です。未上場株式の評価方法の選び方は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかをご参照ください。
継続所有の確約はどの割当てに必要だったか?
上表の右端の列に注目してください。東証の有価証券上場規程施行規則268条により、基準事業年度の末日から起算して1年前より後に第三者割当等で株式を割り当てた場合、割当先との間で継続所有の確約(原則として上場日以後6か月間を経過する日まで所有することなど)を書面で行う必要があります。同社の基準事業年度の末日は2025年9月30日なので、2024年10月1日以降の割当てが対象です。
実際に、2024年7月のシリーズB1stは確約欄が「―」で、2024年12月のシリーズB2ndと2026年4月のシリーズCには確約の記載があります。同じB種優先株式でも、割当日によって確約の要否が分かれた具体例です。上場前の第三者割当すべてに確約が必要になるわけではない点を押さえておきましょう。なお、継続所有の確約は取引所規則に基づく制度で、主幹事証券との合意で行うロックアップとは別のものです。詳しくは上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。
図10 基準事業年度(2025年9月期)の末日から起算して1年前より後の割当てが対象。シリーズB1st(2024年7月)はⅠの部の確約欄が「―」、B2nd(2024年12月)以降は確約の記載がある。Ⅰの部「第三者割当等の概況」をもとに作成
特別利害関係者等の株式移動には何が書かれているか?
特別利害関係者等の株式等の移動状況には、代表取締役から役員・従業員への株式譲渡が並んでいます。2025年9月30日には、取締役の山﨑聡史氏(8,925株)、子会社の役員や従業員、代表取締役の実姉(3,570株)、従業員13名(39,240株)などへ、いずれも分割後1株1,120円で譲渡され、移動理由は「企業価値向上のコミット最大化」とされています。
2026年4月には、関連会社S-FITの代表取締役へ54,450株(1株3,306円、資本提携に伴う株式譲渡)、シリーズCの際にSMBC信託銀行の未来創生3号ファンドへ107,400株(同3,306円)、株主間契約に基づく先買権の行使として個人株主へ33,300株(同3,306円)が譲渡されています。移動価格は、DCF法、純資産方式及び類似会社比準方式で算出した価格を総合的に勘案し、譲渡人と譲受人が協議して決めたと記載されています。上場前の株式移動は、価格の妥当性と理由がそのままⅠの部に載ることを前提に、記録と根拠資料を残しておく必要があります。
14回のストック・オプションはどう設計されているか?
同社は第1回から第14回まで新株予約権を発行しており、事業等のリスクの項目に、各回の割当日・対象者・株数・行使価格・行使条件を一覧にした表を参考情報として掲載しています。上場準備会社にとって、行使条件の設計の幅を一度に確認できる貴重な資料です。
| 回 | 割当日 | 対象者 | 株数(2026年9月28日現在) | 行使価格 | 主な行使条件 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第1回-1〜-3 | 2024年3月〜12月 | 役職員(信託経由) | 71,955株・85,700株・83,665株 | 26円 | 上場時1/4、1年後2/4、2年後4/4 |
| 第2回 | 2023年3月7日 | 役職員 | 128,630株 | 26円 | 同上 |
| 第3回 | 2023年3月7日 | 社外協力者 | 2,210株 | 26円 | 2024年9月期〜2026年9月期に売上高80億円超 |
| 第5回・第7回 | 2024年12月・2025年6月 | 役職員 | 各14,735株 | 26円・815円 | 上場かつ一定期日以降 |
| 第6回 | 2025年6月30日 | 役職員 | 105,335株 | 815円 | 上場時1/4、1年後2/4、2年後4/4 |
| 第8回 | 2025年9月30日 | 社外取締役・社外監査役 | 44,625株 | 1,120円 | 時価総額800億円超 |
| 第10回・第11回 | 2025年10月31日 | 役職員 | 110,855株・190,370株 | 1,120円 | 段階行使/上場かつ2030年6月30日以降 |
| 第12回・第13回 | 2026年5月20日 | 役職員 | 225,130株・30,000株 | 3,306円 | 段階行使/上場かつ2031年の期日以降 |
| 第14回 | 2026年9月28日 | 代表取締役 | 763,400株 | 4,000円又は公開価格の高い方 | 調整後EBITDAと時価総額の4段階 |
表には第4回(33,415株)と第9回(50,000株)も掲載されています。行使条件を類型に分けると、上場後に3段階でベスティングする型、上場したうえで一定の期日以降に行使できる在籍期間型(中長期インセンティブ)、時価総額の達成を条件とする型、業績と時価総額の双方を条件とする型の4つに整理できます。
図11 同じ会社の中で、上場後の段階行使型・在籍期間型・時価総額条件型・業績×時価総額型を使い分けている。株数・条件はⅠの部「事業等のリスク」の一覧(2026年9月28日現在)をもとに作成
第1回は、コタエル信託株式会社を受託者とする信託に割り当て、後から受益者(役職員)を指定して交付する形式です。いわゆる信託型ストック・オプションの税務上の取扱いには国税庁の見解が示されており、検討の際は信託型ストックオプションはなぜ給与課税かも参考にしてください。第4回以降の多くは、権利行使価額の年間合計額が1,200万円を超える行使を認めない条件や、証券会社又は会社との管理契約による譲渡制限が付され、Ⅰの部でも「税制適格ストック・オプションの制度に基づき」と記載されています(制度の概要は税制適格ストックオプション)。
代表取締役向けの第14回新株予約権はどんな設計か?
最も特徴的なのは、上場承認日と同じ2026年9月28日に代表取締役へ割り当てた第14回新株予約権です。株数は763,400株と他の回より多く、行使価額は4,000円又は新規上場時の公募・売出価格のいずれか高い方とされています。行使条件は、2027年10月1日から2041年9月30日までのいずれかの事業年度で、調整後EBITDAと時価総額(連続する30営業日のうち20営業日)の双方が基準を超えた段階に応じて、行使可能割合が15%・35%・60%・100%と上がる4段階の設計です。
図12 調整後EBITDAと時価総額(連続30営業日のうち20営業日)の双方が基準を超えた段階に応じて行使可能割合が上がる。判定期間は2027年10月1日〜2041年9月30日の事業年度。Ⅰの部をもとに作成
Ⅰの部では、指名報酬委員会と取締役会での審議を経て、業績と時価総額の達成状況に応じて行使可能株数が確定する設計であることを確認したうえで割り当てたこと、段階的に行使可能となるため短期間の大量の希薄化は回避される見通しであることが説明されています。支配株主である代表取締役に大型のインセンティブを付与する場合、少数株主から見て合理的かどうかを、決定プロセスと条件の両面から説明できるようにしておくことが大切です。
潜在株式の規模も確認しておきましょう。株主の状況の表では、新株予約権による潜在株式は1,954,760株で、株式総数に対する割合は13.51%です。事業等のリスクでも「新株予約権の行使に伴う希薄化」が挙げられています。ストック・オプションの注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例で解説しています。
コーポレート・ガバナンスはどう設計されているか?
同社は監査役会設置会社を採用しています。取締役会は代表取締役の伊藤嘉盛氏(議長)、取締役の山﨑聡史氏(つくる地所の代表取締役を兼務)、社外取締役の古谷昇氏と竹内真氏の4名、監査役会は常勤の上木夏実氏(議長)と北田幹直氏、山口孝太氏の3名で、監査役は全員が社外監査役です。執行役員制度を導入し、執行役員は5名です。
図13 監査役会設置会社。任意の指名報酬委員会と、代表取締役の不動産取引を審議する特別委員会を置く。開催回数は第6期(2025年9月期)。Ⅰの部をもとに作成
| 役職 | 氏名 | 主な経歴・専門性 | 開催・出席(第6期) |
|---|---|---|---|
| 代表取締役 | 伊藤 嘉盛 | イタンジ㈱の設立・代表取締役等を経て当社を設立、Funi㈱代表取締役 | 取締役会 13回/13回 |
| 取締役 | 山﨑 聡史 | 野村不動産出身、つくる地所代表取締役 | 取締役会 13回/13回 |
| 社外取締役 | 古谷 昇 | コンサルタント・経営者、上場会社の社外取締役 | 取締役会 13回/13回 |
| 社外取締役 | 竹内 真 | 上場会社の取締役CTO等を歴任 | 取締役会 10回/10回(期中就任) |
| 常勤社外監査役 | 上木 夏実 | 監査法人・内部監査の経験、米国公認会計士 | 監査役会 10回/10回 |
| 社外監査役 | 北田 幹直 | 元検事、弁護士、上場会社の社外役員 | 監査役会 10回/10回 |
| 社外監査役 | 山口 孝太 | 弁護士(ファイナンス・不動産) | 監査役会 10回/10回 |
グロース市場の上場会社には、コーポレートガバナンス・コードのうち基本原則のみが適用されます。社外取締役の人数について法令や上場規則で一律に2名以上が求められるわけではありませんが、同社は独立社外取締役2名を選任し、監査役3名も全員独立役員としています。人数の考え方は社外取締役は何人必要か、機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で整理しています。
取締役会は実際に何を議論したのか?
Ⅰの部には、取締役会で社外役員がどのように監督機能を発揮したかが、具体的な事例とともに記載されています。1つ目は新規事業(AI関連ソリューション事業)の計画で、社外取締役から収益モデルの前提や競合優位性、開発フェーズにおけるソフトウエア資産計上の会計上の妥当性について客観的な判断材料が不足しているとの指摘があり、取締役会は承認を見送って継続審議とし、計数計画の前提や財務的検証を再整備したうえで承認しました。
2つ目は支配株主等との利益相反防止で、社外役員の提言に基づき、独立社外取締役と監査役で構成し一定の取引に対する差止権限を伴う特別委員会を設置し、価格算定根拠などの証跡の保管義務を明確にする規程改定を行いました。3つ目は、システム不具合や外部要因によるセキュリティ事案の報告を受け、社外役員の求めで全社的なセキュリティ体制を監督する専門の委員会を新設し、取締役会への定期報告を義務付けたことです。
審査では、取締役会が形式的に開かれているだけでなく、実質的な審議が行われているかが確認されます。議事録に「指摘→継続審議→再提出→承認」の流れが残っていることは、その強い証拠になります。
指名報酬委員会と役員報酬の決め方は?
同社は2026年3月31日に、取締役会の任意の諮問機関として指名報酬委員会を設置しました。委員の過半数を独立社外取締役とし、委員長も独立社外取締役が務めるルールで、現在は古谷昇氏が委員長、竹内真氏と伊藤嘉盛氏が委員です。取締役候補者の指名、代表取締役の選定・解職、後継者計画、個人別の報酬などを審議し、設置後2回開催(出席率100%)と記載されています。
取締役の報酬は、固定の基本報酬、連結営業利益の目標達成度に応じた役員賞与、ストック・オプションで構成されます。個人別の報酬額は、取締役会の委任決議に基づいて代表取締役が決定しており、その理由は「当社全体の業績を俯瞰しつつ各取締役の担当事業等の評価を行うには代表取締役が最も適しているため」とされています。報酬の決定方針や代表取締役への委任の内容は、有価証券報告書の記載事項として開示府令で定められているものです。第6期の報酬総額は、社外取締役を除く取締役2名で58,256千円(固定36,000千円、ストック・オプション22,256千円)、社外役員6名で22,200千円でした。
支配株主との利益相反はどう管理しているか?
ここが本件の最大の読みどころです。Funiは中長期保有目的の収益不動産に投資しており、売却を前提に売却想定価格5億円から20億円程度の案件を対象とするつくる地所とは、投資期間と投資対象が異なると説明されています。それでも、伊藤氏が当社の代表取締役であると同時にFuniの実質的な保有者・役員であることから、事業機会の競合や利益相反が生じるおそれがあるとして、同社は「代表取締役の不動産買付けに関する事前通知規程」と「特別委員会運営ガイドライン」を定めました。
対象は、代表取締役個人と、代表取締役が代表者を務める法人、議決権の過半数を直接又は間接に保有する法人、財務及び事業の方針を実質的に決定できる法人による不動産取引の全件です。これらは、独立社外取締役と社外監査役等の5名で構成する特別委員会への事前通知と審議を経なければ契約を締結できません。不動産取引の機動性を踏まえ、電子メールでの開催も認めつつ、物件の住所・写真・面積・価格・売主などの情報を通知し、一定期間内に異議がなければ承認とみなし、異議があれば解消されるまで契約できない運用です。
図14 代表取締役個人と実質的に支配する法人(Funi㈱を含む)の不動産取引は全件、特別委員会への事前通知と審議を経なければ契約できない。Ⅰの部「事業等のリスク」「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成
事前の審議に加え、特別委員会に通知された案件の内容と結果は定時取締役会で定期的に報告され、事後のモニタリングと組み合わせた牽制体制になっています。Funiとの取引(当社がFuniに会議音声をAIで議事録化するサービスを第三者と同額で提供)は、関連当事者取引管理規程に基づき、取締役会での事前審議・承認と、特別利害関係を有する取締役の決議不参加の手続を経ること、監査役会が関連当事者取引管理台帳を月次で確認していることも記載されています。
関連当事者取引はどう解消されたか?
連結財務諸表の関連当事者情報には、当社と子会社つくる地所の金融機関借入について、代表取締役、取締役、親会社Funiから債務保証を受けていた取引が記載されています。第6期末の被債務保証残高は、山﨑聡史氏分が348,500千円、Funi分が275,000千円、当社借入に係る伊藤嘉盛氏分が17,328千円で、いずれも保証料の支払いはなく、翌連結会計年度においてすべて解消済みと注記されています。
代表者による債務保証は上場準備会社でよく見られる関連当事者取引で、上場までに解消することが一般的です。金融機関との交渉には時間がかかるため、ショートレビューで洗い出した段階から解消の計画を立てましょう。考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)や関連当事者との取引はどこまで開示するかで解説しています。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
内部監査と内部統制はどう整備されているか?
内部監査は、代表取締役直轄の内部監査室が担っています。所属は2名で、うち1名は外部の専門家を業務委託で活用しています。実務を担う公認会計士2名(専任1名と業務委託1名)は、それぞれが代表を務めるコンサルティング会社(公認会計士事務所等)を兼職で経営していますが、内部監査業務に必要な執務時間を十分に確保できる体制で、独立性と業務の遂行に支障はないと記載されています。監査の対象は、各ユニットとグループ会社のリスクマネジメント体制、法令や社内規程の遵守状況、情報システムの管理体制などで、結果は代表取締役、取締役会、監査役会へ報告されます。
代表取締役の親族と内部監査の関係はどう整理されたか?
同社では、代表取締役の実姉である伊藤嘉恵氏が執行役員CLO(最高法務責任者)兼経営管理ユニット長を務めています。Ⅰの部はこれを事業等のリスクとして独立した項目で取り上げ、弁護士資格を持ち、法律事務所でのM&A実務や裁判官としての経歴を有する専門家であること、報酬は等級制度に基づく給与テーブルで他のユニット長と同じ基準で決めていることを説明しています。
そのうえで、「内部監査部門の独立性を実質・外形の双方から客観的に確保」するため、同氏は2026年8月をもって内部監査室長を退任し、後任には代表取締役や同氏と一切の利害関係を有しない公認会計士の並木理人氏が就いたと記載されています。経営管理部門の責任者が内部監査も兼ねていると、自分の部門を自分で監査する「自己監査」になりやすく、さらに代表者の親族であれば独立性に対する外形的な懸念も加わります。上場申請前にこの点を解消し、その経緯を開示している点は参考になります。
図15 2026年8月、代表取締役の実姉である執行役員CLOが内部監査室長を退任し、利害関係のない公認会計士が後任に就いた。内部監査室の実務は公認会計士2名(専任1名・業務委託1名)が担う。Ⅰの部をもとに作成
小規模な会社では内部監査の専任者を置くのが難しく、兼務や外部委託を組み合わせるのが現実的です。その場合も、誰がどの部門を監査し、自分の所属部門を誰が監査するのかを規程と年度計画で明確にしておく必要があります。考え方は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)と内部監査の報告先は社長だけでよいのかで解説しています。
監査役監査と三様監査の連携は?
監査役会は常勤1名・非常勤2名の全員社外で構成され、第6期は10回開催、全員が全回出席しました。常勤監査役は米国公認会計士の資格を持ち、内部監査の経験があります。監査役の職務を補助するスタッフは配置していないものの、監査業務に支障は生じていないと記載されています。監査役会はガバナンスと内部統制システムの整備・運用状況、監査法人による監査の手法や結果などを主な監査項目とし、常勤監査役は取締役会などの重要会議への出席や重要書類の確認を行っています。
内部監査室は監査役会と定期的に意見交換を行い、監査役は会計監査人と定期的に会合を持つ体制です。事業等のリスクの項目では、監査役会、内部監査室、監査法人が連携する「三様監査」によって業務の適正性と透明性を担保すると説明されています。さらに、宅地建物取引業法に関しては、宅地建物取引業者票の掲示や専任の宅地建物取引士の配置、従業者名簿の整備などを、内部監査と監査役監査の確認対象としていることも記載されています。三様監査の進め方は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で詳しく解説しています。
リスク管理・コンプライアンス・子会社管理は?
リスク管理は「コンプライアンス・リスク管理規程」に基づき、代表取締役を委員長とするコンプライアンス・リスク管理委員会が原則として四半期に一度開催され、常勤監査役もオブザーバーとして参加しています。内部通報制度を設け、反社会的勢力の排除については「反社会的勢力による被害の防止規程」を定めて警察などの外部機関と連携する体制です。
子会社管理については、子会社の事業運営に関する重要な事項は当社の承認を必要とし、特に重要な事項は経営会議での審議と取締役会への付議を行うこと、子会社に取締役・従業員・監査役を派遣すること、内部監査部門が子会社の業務を監査することが内部統制システムの基本方針に定められています。M&Aで子会社が増え続ける会社では、買収した会社をこの仕組みに早く乗せられるかが、内部管理体制の有効性の説明に直結します。
許認可の管理も重要です。つくる地所は国土交通大臣免許、つくる資産は東京都知事免許の宅地建物取引業者免許を受けており、Ⅰの部には免許番号、有効期間、取消事由(同法第5条・第66条)が一覧で記載されています。許認可の確認ポイントはIPOで許認可はどこまで見られるかをご覧ください。
会計・開示ではどこが論点になるか?
収益はいつ認識しているか?
収益認識の会計方針では、不動産販売、コンストラクションマネジメント、不動産賃貸、SaaSの4つについて履行義務と収益認識の時点が記載されています。売上高の大半を占める不動産販売は、販売用不動産を引き渡す一時点で顧客が支配を獲得するとして、引渡時点で収益を認識します。不動産の売買契約時に受け取る手付金は契約負債として計上し、引渡し時に収益へ振り替えています。
図16 売上高の大半は不動産販売で、引渡しの一時点で収益を認識する。コンストラクションマネジメントは一定期間にわたり認識し、成功報酬は変動対価の見積りを制限している。Ⅰの部「重要な収益及び費用の計上基準」「収益認識関係」をもとに作成
コンストラクションマネジメントは、顧客の開発全般を支援するサービスで、原価比例法により一定の期間にわたり収益を認識します。契約の初期段階で進捗度を合理的に見積もれないが費用の回収が見込まれる場合は原価回収基準、ごく短期のプロジェクトは代替的な取扱いで完全に充足した時点で認識します。物件の売却等から生じた利益に応じて受け取る成功報酬は、プロジェクト完了まで見積りの不確実性が著しいため変動対価の見積りを制限し、完了時点で取引価格に含めるとしています。
1つのセグメントの中に「一時点」「一定期間」「変動対価」「リース」が混在する会社では、売上の計上基準を取引の種類ごとに文書化し、契約書のどの条項をもとに判断したかを説明できるようにしておくことが重要です。上場審査で確認される観点は上場審査で問われる収益認識で解説しています。
重要な会計上の見積りは何か?
連結財務諸表で識別されている重要な会計上の見積りは「棚卸資産の評価」です。第6期末の販売用不動産は3,886,000千円、仕掛販売用不動産は6,595,243千円で、収益性の低下による評価損15,353千円を売上原価に計上しています。正味売却価額(売価から見積売却経費と見積建築・調整原価を控除した額)が取得原価を下回る場合に差額を評価損とする方法で、仮定には類似物件の取引事例や投資家需要を踏まえた想定売却価格、資材費・人件費の動向や権利調整の期間・費用を踏まえた建築・調整原価が用いられ、これらは投資委員会等で承認された事業計画に基づくと説明されています。
図17 正味売却価額の算定には、類似物件の取引事例や投資家需要を踏まえた想定売却価格、資材費・人件費動向を踏まえた建築・調整原価などの仮定を用いる。Ⅰの部をもとに作成
単体財務諸表では、子会社つくるAIに対する投融資の評価(関係会社株式67,050千円、関係会社長期貸付金612,000千円)が重要な会計上の見積りとされ、主要な仮定は子会社の事業計画における売上高の成長見通しとされています。持株会社が子会社に資金を貸し付けて成長投資を支える構造では、単体側でこうした見積りが論点になることも押さえておきましょう。
M&Aの会計処理で特徴的な点は?
リーウェイズの取得は、後発事象として詳しく記載されています。2025年10月1日に52.3%を取得して子会社化し、2026年7月27日と8月27日に残り47.7%を追加取得して完全子会社としました。同社は、この3回の株式取得が1つの企業結合を構成するとして一体で処理し、支配獲得後に追加取得した持分に係るのれんも、支配獲得時に計上されていたものとして算定しています。取得原価は合計200,017千円、のれんは合計288,880千円で5年間の均等償却、のれん以外に顧客関連資産33,000千円(償却期間11年)を識別しています。
通常、支配獲得後の追加取得は非支配株主との取引として資本剰余金で処理されますが、複数の取引が一体の企業結合を構成すると判断される場合は扱いが変わります。判断の根拠を監査法人と早めに協議しておくべき論点です。のれんの評価についてはIPO審査でのれんの減損リスクはどう見られるかも参考になります。このほか、S-FITの株式20%を1,200,000千円で取得し、その資金として千葉銀行から1,000,000千円を借り入れたことも記載されています。
ストック・オプションと税効果の注記は?
ストック・オプションの費用計上額は第5期57,403千円、第6期117,763千円で、付与時点で未公開企業であるため公正な評価単価は単位当たりの本源的価値で見積もり、その基礎となる株式価値はDCF法で算定しています。税効果では、第6期の税務上の繰越欠損金221,030千円(法定実効税率を乗じた額)に対し繰延税金資産は24,160千円の計上にとどまり、税効果会計適用後の負担率は40.6%(法定実効税率33.6%)でした。差異の要因には評価性引当額の増減や株式報酬費用が挙げられています。
監査法人と監査報酬は?
| 区分 | 前連結会計年度(第5期) | 最近連結会計年度(第6期) |
|---|---|---|
| 提出会社 監査証明業務 | 22,000千円 | 34,300千円 |
| 提出会社 非監査業務 | 6,800千円(監査受託のための調査業務) | ― |
| 連結子会社 監査証明業務 | 8,000千円 | 8,000千円 |
| 計 | 監査証明30,000千円・非監査6,800千円 | 監査証明42,300千円 |
会計監査人は有限責任監査法人トーマツで、継続監査期間は2年間、補助者は公認会計士10名・その他15名です。監査役会は、品質管理体制や独立性、監査計画の内容、監査報酬の妥当性などを総合的に検討して選定したと記載されています。前期の非監査業務6,800千円は「監査受託のための調査業務」と記載されています。上場準備では、監査契約の前に監査法人による調査(ショートレビュー)を受けるのが一般的です。監査法人の選定時期は監査法人はいつまでに決めるか、ショートレビューの内容はショートレビューとはで解説しています。
事業等のリスクで審査上問われやすい点は?
同社の事業等のリスクは21項目で、多くの項目に影響度(高・中・低)と顕在化可能性、顕在化する可能性のある時期が付されています。影響度「高」は事業撤退の可能性、「中」は事業計画の見直しが必要、「低」は影響が限定的という目安が冒頭で定義されています。主な項目を整理すると次のとおりです。
| リスク項目 | 影響度 | 顕在化可能性 | 主な内容・対応策 |
|---|---|---|---|
| 金利変動 | 中 | 高 | 仕入資金の大部分を借入れで調達。LTVは90〜100%程度。保有期間短縮と投資委員会での粗利率管理 |
| 特定の取引への依存・業績変動 | 中 | 高 | 大型案件の決済時期のずれで四半期・年度の業績が変動 |
| 四半期業績の偏重 | 中 | 大 | 第4四半期に売上・利益が偏る。月次・四半期で見通しを更新 |
| 新株予約権による希薄化 | 低 | 高 | 第14回は4段階の条件で段階的に行使可能 |
| 社歴が浅く業績の連続性が限定的 | 中 | 高 | KPIと計画の差異を月次・四半期で分析 |
| 不動産市況の変動 | 中 | 中 | 地域・アセットタイプの分散、SaaS等のストック収益強化 |
| M&A・事業提携 | 中 | 中 | デューデリジェンス、PMI計画、のれん減損の可能性 |
| 親会社Funiとの関係 | 低 | 低 | 特別委員会の事前審議、関連当事者取引管理規程 |
| 代表取締役の親族が執行役員 | 低 | 低 | 報酬の同一基準、内部監査室長の交代、三様監査 |
審査で特に問われやすいのは、借入依存の資金繰りと在庫リスク、業績の期ズレ、支配株主との利益相反の3点だと考えられます。いずれも同社は、Ⅰの部の中でリスクの内容と対応策をかなり具体的に書いています。上場準備会社は、自社のリスクを「起きたらどうなるか」だけでなく「どう管理しているか」「誰がどの頻度でモニタリングしているか」まで書けるかを確認しておくとよいでしょう。宅地建物取引業法のように事業の根幹となる許認可については、免許の有効期間や取消事由を一覧化し、「現状、継続的に支障をきたす要因は一切発生しておりません」と明記している点も参考になります。
上場準備会社がこのケースから学べることは?
図18 支配株主との利益相反管理、親族と内部監査、種類株式の整理、継続所有の確約、不動産特有の会計、SOの設計が主な学びどころ。Ⅰの部をもとに作成
1. 支配株主の利益相反は「仕組み」と「記録」で説明する。代表者や資産管理会社が同じ業界で取引をする可能性があるなら、対象範囲を定めた事前通知の規程と、独立した委員会による審議、取締役会への事後報告を組み合わせ、運用の記録を残すことが説得力につながります。
2. 親族が要職にいるなら、内部監査とのつながりを切る。能力や報酬の妥当性を説明するだけでなく、内部監査の責任者を利害関係のない人に替えるなど、外形的な独立性も確保しておきましょう。
3. 資産管理会社が親会社に該当するかは実態で判断する。同社は監査法人との協議の結果、Funiを親会社と整理しました。資産管理会社がある場合は早めに監査法人と論点を共有しましょう。
4. 種類株式の整理は手順と日程を逆算する。取得条項による取得と普通株式の交付、消却、定款変更、株式分割、単元株制度の導入を、上場申請のスケジュールに合わせて段取りしておくことが重要です。
5. 継続所有の確約は「基準事業年度の末日の1年前」で区切られる。同じ種類株式でも割当日によって確約の要否が分かれます。ラウンドの時期を決める段階で確認しておきましょう。
6. 不動産を扱う会社は、収益認識・棚卸資産評価・借入条件をセットで準備する。引渡基準の運用、正味売却価額の見積りの根拠、財務制限条項の遵守状況を、月次で確認できる体制が求められます。
7. ストック・オプションは目的に応じて条件を使い分ける。段階行使型、在籍期間型、業績・時価総額条件型を組み合わせることで、短期の希薄化を抑えつつ中長期のインセンティブを設計できます。
自社の準備状況を確認するチェックリスト
- 代表者や資産管理会社と自社の事業機会が競合する可能性を洗い出し、利益相反の管理方法を規程で定めているか
- 代表者の親族が役職に就いている場合、内部監査や承認権限から切り離した体制になっているか
- 資産管理会社や大株主が親会社・支配株主に該当するかを監査法人と協議したか
- 種類株式の取得条項・転換の手順と、定款変更・株式分割の日程を上場スケジュールに組み込んでいるか
- 直近の第三者割当やストック・オプションについて、継続所有の確約の要否を整理しているか
- 収益認識の時点、棚卸資産の評価方法、借入の財務制限条項を月次でモニタリングしているか
よくある質問
必ずなるわけではありません。トグルホールディングスでは、Funiが複数の賃貸用不動産を保有し金融機関から借入れを行う相応の事業規模を有することから、監査法人との協議の結果、親会社に該当すると整理したと記載されています。資産管理会社の実態によって判断が分かれるため、早めに監査法人と協議しておくことが大切です。
法令や上場規則で一律に設置が求められるものではありません。トグルホールディングスは、代表取締役やその実質支配法人による不動産取引と自社の事業機会の競合を管理するために、自社の事情に合わせて設けています。利益相反の懸念がある会社では、懸念の内容に応じた牽制の仕組みを自ら設計し、その運用を説明できることが重要です。
いいえ。有価証券上場規程施行規則268条の確約が必要なのは、基準事業年度の末日から起算して1年前より後に行った第三者割当等です。トグルホールディングスでも、2024年7月のシリーズB1stは確約の記載がなく、2024年12月のシリーズB2nd以降は確約が記載されています。
営業キャッシュ・フローがマイナスであること自体が直ちに上場の妨げになるわけではありません。重要なのは、その理由と資金繰りの見通しを説明できることです。トグルホールディングスでは、販売用不動産の仕入れによる棚卸資産の増加が主因であり、借入れと増資で賄っていることがⅠの部で説明されています。
最初の一歩は「支配株主と会社の取引」の棚卸しから
トグルホールディングスのケースが示しているのは、創業者が大株主である会社ほど、少数株主の利益を守る仕組みを具体的に示す必要があるということです。まずは、代表者本人、その親族、資産管理会社と自社グループとの間にある取引、債務保証、事業機会の重なりを一覧にしてみてください。そのうえで、解消するもの、続けるもの、事前承認の対象にするものに分け、規程と運用記録を整えていきましょう。全体の進め方はIPO準備 完全ガイド、ガバナンスの整え方は上場準備のガバナンスでも解説しています。
まとめ
トグルホールディングス株式会社は、開発用地を創出して販売するLand Creationを収益の柱に、Agentic Platformを事業の基盤として位置づける持株会社で、2026年10月30日に東証グロース市場へ上場する予定です。第6期は売上高12,353,352千円、営業利益1,137,687千円と増収増益で、不動産の仕入れにより営業キャッシュ・フローはマイナス、資金は借入れと増資で賄う構造です。
資本政策では、A種・B種・C種の優先株式を取得条項で普通株式に一本化し、1株を5株に分割しました。継続所有の確約が割当日によって分かれる点や、段階行使型から業績×時価総額型まで14回にわたるストック・オプションの設計も、具体例として参考になります。
ガバナンス面では、代表取締役と親会社Funiが株式の大半を保有するなか、特別委員会による不動産取引の事前審議、関連当事者取引管理規程、親族が務めていた内部監査室長の交代など、利益相反と独立性への対応を詳しく開示しています。自社の状況に照らして、どの論点から手をつけるべきかを考える材料にしてください。
ショートレビュー、資本政策、機関設計、内部監査・内部統制、会計方針と開示、Ⅰの部の作成、審査対応まで、上場準備の実務を公認会計士が支援します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
あわせて読みたい