リスクコントロールマトリクスを作るとき、最も重要で最も難しいのがリスクの識別です。ここでの失敗が、その後のすべてに影響します。
よく起きるのが、現に行われている統制から逆算してリスクを書くという進め方です。記録は形として整いますが、統制が存在しないリスクが残りません。
この記事では、財務諸表の要件から考える方法、具体的に書くための水準、リスクの絞り込み、チェックリストの使い方を整理します。
- 統制から逆算してリスクを書くことの弊害
- 財務諸表の6つの要件から誤りの姿を考える方法
- 実在性に比べて網羅性と期間帰属が抜けやすい理由
- リスクを具体的に書くときの水準と、原因まで書く意味
- 発生の可能性と影響でリスクを絞り込む基準
- 既製のチェックリストをどの段階で使うか
図 財務報告リスクの洗い出しの手順
📌 結論 統制を見る前にリスクを書く
リスクコントロールマトリクスを作るとき、最も重要で最も難しいのがリスクの識別です。ここでの失敗が、その後のすべてに影響します。
実務でよく起きるのが、現に行われている統制から逆算してリスクを書くという進め方です。承認の手続があるから承認されない支払が行われるリスク、照合の手続があるから金額が相違するリスク、という具合に書いていくと、記録は形として整います。
しかしこの方法では、統制が存在しないリスクが記録に残りません。統制がないということは、そのリスクへの手当てがないということであり、本来最も重要な発見であるはずです。それが最初から見えなくなります。
統制ありきで考えると、最も危険なリスクが見えなくなる
🧭 財務諸表の要件から考える
リスクを漏れなく洗い出すために使えるのが、財務諸表の要件です。実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間帰属の適切性、表示の妥当性という6つの観点から、それぞれについて誤りの姿を考えます。
6つの要件を順に当てると、リスクの洗い出しに漏れが出にくい
この方法の利点は、抜けが分かることです。売上のリスクを書き出したときに、実在性のリスクは複数書けたが網羅性のリスクが1つもないという状態になれば、そこが抜けています。出荷したのに売上が計上されないというリスクを見落としていた、ということです。
実務では、実在性のリスクは意識されやすく、網羅性と期間帰属が抜けがちです。架空の売上には注意が向くが、計上漏れや期ずれには目が向きにくいという傾向があります。
統制を先に見てからリスクを書くと、統制のないリスクが消える
📊 具体的に書く
リスクの記述は具体的にします。売上が正しく計上されないという書き方では、対応する統制も漠然としたものになります。出荷していない商品の売上が計上される、と書けば、出荷記録と売上計上の突合という統制が対応します。
具体化の目安は、どの工程で、どういう誤りが、どういう原因で起きるかが読み取れることです。受注の入力時に、数量を誤って入力し、そのまま出荷と売上計上に反映される、という水準まで書ければ十分です。
原因まで書いておくと、統制を探すときに役立ちます。入力の誤りが原因であれば、入力時のチェックか、後工程での照合のどちらかが統制になります。原因が書かれていないと、どの統制が効くのかを判断できません。
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🗂 リスクを絞り込む
要件を順に当てていくと、リスクの数は多くなります。すべてを評価の対象にすると作業が回らないため、絞り込みが必要になります。
絞り込みの基準は、発生の可能性と、発生したときの影響の大きさです。可能性が低く影響も小さいリスクは、記録に残したうえで評価の対象からは外すという整理ができます。この場合、外した理由を書いておきます。
逆に、可能性が低くても影響が大きいリスクは残します。頻度は低いが1件あたりの金額が大きい取引、判断の余地が大きい会計処理といった領域です。金額の小さい誤りが多数起きる状況と、大きな誤りが稀に起きる状況では、後者のほうが財務諸表への影響は大きくなります。
⚖️ チェックリストの使い方
市販の資料や他社の事例には、リスクと統制の一覧が載っていることがあります。これを埋めていく形で作業を進めると早く終わりますが、自社に固有のリスクが漏れます。
使い方としては、自社の業務からリスクを洗い出した後に、抜けがないかを確かめる用途に限ります。先に一覧を見てしまうと、そこに書かれていることだけを探すようになり、自社の業務を見る目が鈍ります。
特に、自社に固有の商流や取引形態があれば、一般的な一覧には載っていません。代理店を通じた販売、複数年にわたる契約、顧客からの預り資産の管理といった領域は、自社の業務を追わなければリスクが見えません。この部分こそが、外部の資料では代替できない作業になります。
❓ よくある質問
A. 統制が存在しないリスクが記録に残らなくなります。本来最も重要な発見であるはずのものが、最初から見えなくなります。
A. 財務諸表の6つの要件を順に当てます。実在性、網羅性、権利と義務、評価、期間帰属、表示のそれぞれで誤りの姿を考えます。
A. 網羅性と期間帰属です。架空の売上には注意が向きますが、計上漏れや期ずれには目が向きにくい傾向があります。
A. どの工程で、どういう誤りが、どういう原因で起きるかが読み取れる水準です。受注の入力時に数量を誤り、そのまま出荷と売上に反映される、という程度まで書きます。
A. 統制を探すときに役立ちます。入力の誤りが原因なら、入力時のチェックか後工程の照合のどちらかが統制になると判断できます。
A. 発生の可能性と影響の大きさで絞り込みます。外したリスクも記録に残し、外した理由を書いておきます。
A. 影響が大きいものは残します。頻度は低いが1件あたりの金額が大きい取引や、判断の余地が大きい会計処理は対象にします。
A. 自社の業務からリスクを洗い出した後、抜けの確認に使うのであれば有効です。先に見てしまうと、そこに書かれたことだけを探すようになります。
📄 まとめ
リスクは統制を見る前に書きます。統制から逆算すると、統制のないリスクが記録から消えます。
財務諸表の6つの要件を順に当てると、漏れが分かります。網羅性と期間帰属が特に抜けやすい領域です。
リスクは、どの工程でどういう誤りがどういう原因で起きるかが読み取れる水準まで具体化します。
絞り込みは発生の可能性と影響の大きさで行い、外した理由を記録に残します。影響の大きいものは可能性が低くても残します。
既製のチェックリストは、自社の洗い出しの後に抜けを確かめる用途に限ります。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
制度の全体像
評価範囲の決定
文書化
- 業務記述書の作り方
- フローチャートの作り方
- 財務報告リスクの識別(この記事)
- コントロールの記載
評価の実施
IT統制
不備と改善
整備と設計
報告と立て直し