※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
株式会社ビーエイブル(証券コード604A)は、2026年6月25日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年7月29日に東証スタンダード市場に上場しました。福島県双葉郡大熊町に登記上の本店を置き、福島第一原子力発電所の廃炉作業を主力とする工事事業と、バイオマス発電所の運転・保守などの再生可能エネルギー事業を営む会社です。本記事では、東京証券取引所に提出された「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」(全174ページ)を読み、上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできるポイントを整理します。
結論からいえば、ビーエイブルのⅠの部は「創業者が議決権の大半を持つ会社が、自己株式を活用して流通株式を確保する資本政策」と「工事進行に応じた収益認識と契約資産の管理」を学ぶのに適した事例です。発行済株式の約28%に当たる自己株式を事業会社への処分と上場時の放出に使う設計、監査役会設置会社への移行と任意の指名・報酬諮問委員会の設置、内部監査の監査役会への直接報告、特定顧客への依存を開示で説明する書き方など、準備中の会社がそのまま検討項目にできる論点が並んでいます。
この記事の見出し
ビーエイブルはどんな会社で、いつ、どの市場に上場したのか
まず基本情報です。ビーエイブルの前身は、1991年3月に福島県双葉郡富岡町で資本金105万円により設立された「東設エンジニアリング株式会社」です。1992年4月に「エイブル設備」に商号を変更して原子力発電所の設計委託から事業を始め、1995年11月に「株式会社エイブル」となりました。2024年4月の臨時株主総会の決議により、2024年8月1日に現在の「株式会社ビーエイブル」に商号を変更しています。代表取締役社長は創業者の佐藤順英氏です。
本店の所在地は少し特徴的です。登記上の本店は福島県双葉郡大熊町ですが、本社所在地が東京電力福島第一原子力発電所の事故で帰還困難区域となったため、2012年6月に本社機能と工場を広野町へ移しており、実際の業務は広野町で行っているとⅠの部に記載されています。
決算期は7月で、Ⅰの部の最近事業年度は第35期(2025年7月期)です。直近の期間としては、期中レビューを受けた第36期中間会計期間(2025年8月〜2026年1月)と第36期第3四半期累計期間(2025年8月〜2026年4月)の財務諸表も掲載されています。子会社はありますが重要性が乏しいとして連結財務諸表は作成しておらず、Ⅰの部の財務諸表は単体のみです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式社名 | 株式会社ビーエイブル(英文:beABLE CO.,LTD.) |
| 証券コード・市場 | 604A・東京証券取引所スタンダード市場 |
| 上場承認日/上場日 | 2026年6月25日/2026年7月29日 |
| 設立 | 1991年3月(東設エンジニアリング株式会社として設立) |
| 本店 | 福島県双葉郡大熊町(実際の業務は双葉郡広野町で実施) |
| 決算期 | 7月(第35期=2025年7月期) |
| 事業セグメント | 工事事業、再生可能エネルギー事業、その他事業 |
| 従業員数 | 218名〔臨時15名〕、平均年齢45.7歳、平均勤続5.8年(2026年5月31日現在) |
| 会計監査人 | 栄監査法人 |
| 機関設計 | 監査役会設置会社(取締役11名うち社外3名、監査役3名全員社外) |
上場市場はスタンダード市場です。スタンダード市場の上場会社には、コーポレートガバナンス・コードの全原則が適用されます(プライム市場向けの原則を除く)。また、上場審査の実質審査基準は「企業の継続性及び収益性」「企業経営の健全性」「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「企業内容等の開示の適正性」「その他公益又は投資者保護の観点」で構成されます。審査基準の全体像はIPOの実質審査基準とはで、継続性・収益性の考え方はIPO審査の「企業の継続性及び収益性」で解説しています。
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何で稼ぐ会社か:3つのセグメントと東京電力への依存
ビーエイブルの事業は「工事事業」「再生可能エネルギー事業」「その他事業」の3セグメントです。売上の大半を占める工事事業は、福島第一原子力発電所の廃炉作業を主力とし、元請としての受注も行っています。このほか、柏崎刈羽、浜岡、女川などの原子力発電所でのプラント建設・定期点検・再稼働準備工事、BWR(沸騰水型原子炉)の耐震補強、京葉・京浜地区の鉄骨工事などの一般産業向けの工事を手がけています。2020年には福島第一原発1・2号機の排気筒上部を遠隔操作ロボットで解体し、内閣総理大臣賞を受けたとⅠの部の沿革に記載されています。
再生可能エネルギー事業は、持分法適用関連会社のエイブルエナジー合同会社が運営する福島いわきバイオマス発電所(112MW、2022年4月運転開始)の運転・保守(O&M)の受託が中心です。O&M契約は2043年3月までの長期契約です。ほかに、風力発電のメンテナンス、合計5MWの太陽光発電、風力・小水力・波力の電源開発、2025年11月に始めた電力小売があります。その他事業は、介護(フランチャイズ契約による「元氣ジム」、居宅介護支援、訪問看護)と、秋田県鹿角市での料飲事業です。
図1 工事事業が売上の大半を占め、主要顧客の東京電力ホールディングスへの売上は第35期に53.9%。関連会社エイブルエナジー合同会社からはバイオマス発電所の運転・保守業務を受託しています(Ⅰの部「事業の内容」「関係会社の状況」をもとに作成)
| セグメント | 第35期 売上高 | 第35期 セグメント利益 | 前期比(売上高) |
|---|---|---|---|
| 工事事業 | 7,852百万円 | 1,143百万円 | +11.2% |
| 再生可能エネルギー事業 | 930百万円 | 1百万円 | △36.5% |
| その他事業 | 200百万円 | △98百万円(損失) | +33.9% |
主要な販売先は東京電力ホールディングスで、売上高に占める割合は第34期が3,955,616千円(45.6%)、第35期が4,842,025千円(53.9%)です。事業等のリスクでは「直接取引で売上の50%程度、グループ会社を含めると70%程度」と説明し、発生可能性「中」、影響度「大」と評価しています。そのうえで、廃炉の多種多様な工事を受注していること、東北電力(女川)、北陸電力(志賀)、中国電力(島根)、日本原子力発電(東海)、日本原燃など東京電力以外の顧客もあること、一般産業や再エネへ事業を広げていることを、依存度を下げる取組みとして記載しています。
特定顧客への依存は、上場審査で必ず確認される論点です。依存そのものが上場の妨げになるわけではありませんが、取引の継続性(契約形態、取引の歴史、代替の可能性)と、依存がもたらすリスクへの対応を、事業計画とリスク情報の両方で一貫して説明できることが求められます。ビーエイブルのように、依存度の数値、グループを含めた依存度、分散の具体策をそろえて書く形は参考になります。
経営指標(KPI)は「特命受注」を軸に設定
Ⅰの部の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」には、特命受注の拡大に関するKPIが数値で示されています。営業利益率・経常利益率をそれぞれ10%以上とする経営目標とあわせて、どの指標で事業の質を測っているかが分かる書き方です。
| KPI | 目標 | 第34期 | 第35期 |
|---|---|---|---|
| 高難易度・新規工法の提案による特命受注(5,000万円以上) | 年5件以上 | 4件 | 4件 |
| 大型案件(1億円以上)の受注金額比率 | 50%以上 | 62% | 53% |
| 元請受注金額比率 | 55%以上 | 52% | 61% |
目標に届いていない年度の実績もそのまま開示している点に注目してください。KPIは「達成している指標だけ」を選ぶものではなく、経営が実際に管理している指標を、目標と実績の対比で示すものです。上場後は決算説明や有価証券報告書で同じ指標を継続して説明することになるため、上場準備の段階で、指標の定義、集計方法、集計部署を決めておくことが大切です。
沿革:原発事故後の廃炉対応から上場までの道のり
沿革を見ると、ビーエイブルの事業の転換点がよく分かります。1997年に本社を大熊町に移した後、2002年に新潟クリエイティブ工業、2004年に三和工機をグループ化し、2014年にはこれらとABLテクノロジーを吸収合併しました。2011年3月の東日本大震災と福島第一原発の事故の後は、同年12月まで事故の鎮静化対応に従事し、2012年1月以降は廃炉作業に継続して従事しています。
再エネ事業は2013年10月の「ソーラーパークひろの」から始まりました。2015年2月にエイブルエナジー株式会社を設立し、2017年2月に合同会社化したうえで関西電力と九電工の出資を受けて関連会社としています。2018年に介護事業、2019年に高柳工業からの鉄骨工事事業の譲受け(木更津工場)、2022年5月に料飲事業と、事業領域を広げてきました。上場直前の2025年9月にはIHIから出資を受け、2025年11月には電力小売事業を始めるとともに合同会社佐野バイオマス発電に出資しています。
図2 原子力発電所の設計委託から始まり、震災後は福島第一原発の廃炉作業に従事しながら再エネ事業を育て、上場に至った流れです(Ⅰの部「沿革」より)
上場準備の観点では、商号変更(2024年8月)、監査役会設置会社への移行(2023年10月)、指名・報酬諮問委員会の設置(2024年10月)、会計監査人による監査の開始(2024年7月期から)が、上場の2〜3年前に集中していることが分かります。上場準備の全体像と期ごとのタスクはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)にまとめています。
業績の推移:5期連続の増収と利益水準の読み方
Ⅰの部の「主要な経営指標等の推移」には、第31期(2021年7月期)から第35期(2025年7月期)までの5期分の単体の数値が掲載されています。このうち第31〜33期は会社計算規則に基づく数値で監査証明を受けておらず、第34期・第35期は栄監査法人の監査を受けた数値です(有価証券上場規程204条6項に関係する記載)。
| 項目(千円) | 第31期 2021/7 | 第32期 2022/7 | 第33期 2023/7 | 第34期 2024/7 | 第35期 2025/7 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 5,557,974 | 6,507,090 | 7,426,081 | 8,680,037 | 8,984,171 |
| 経常利益 | 239,600 | 491,204 | 1,132,764 | 767,217 | 656,824 |
| 当期純利益 | 159,271 | 317,317 | 488,582 | 526,092 | 475,639 |
| 純資産額 | 3,065,708 | 3,599,074 | 4,089,778 | 4,618,488 | 5,095,907 |
| 総資産額 | 6,860,036 | 7,846,368 | 9,102,254 | 8,938,804 | 9,578,630 |
| 自己資本比率 | 44.7% | 45.9% | 44.9% | 51.7% | 53.2% |
| 自己資本利益率 | 4.9% | 9.5% | 12.7% | 12.1% | 9.8% |
| 営業活動によるCF | 52,289 | 73,381 | △11,191 | 1,834,962 | △305,797 |
| 従業員数〔臨時〕 | 156〔12〕 | 171〔12〕 | 175〔13〕 | 188〔13〕 | 210〔13〕 |
図3 第31期(2021年7月期)から第35期(2025年7月期)まで5期連続の増収。第31〜33期は監査証明を受けていない数値です(Ⅰの部「主要な経営指標等の推移」より、百万円未満四捨五入)
売上高は5期連続で増加し、第35期は8,984,171千円です。第35期の業績目標(売上高8,574百万円)に対し、実績は410百万円上回ったと記載されています。一方、経常利益は第33期の1,132,764千円をピークに、第34期767,217千円、第35期656,824千円となっています。第35期について、MD&Aでは人材投資、開発体制の強化、システム改善による販売費及び一般管理費の増加と、再エネ事業で久慈バイオマス発電所の建設が延期されたことによる減収を説明しています。第35期の営業利益は671,305千円(前期比△10.6%)です。
図4 経常利益は第33期の1,133百万円がピークで、第34期767百万円、第35期657百万円。当期純利益は第34期の526百万円が最大です(Ⅰの部「主要な経営指標等の推移」より、百万円未満四捨五入)
連結財務諸表を作成していないため、持分法を適用した場合の投資損益は参考情報として示されています。第32期△19,525千円、第33期△204,685千円、第34期△217,079千円と損失が続いた後、第35期は60,745千円の利益となりました。主たる関連会社であるエイブルエナジー合同会社がバイオマス発電所を運営していることから、発電所の稼働状況が持分法投資損益に表れる構造です。
直近の期間では、第36期中間会計期間の売上高4,727,766千円・営業利益605,802千円・中間純利益440,310千円、第36期第3四半期累計期間の売上高7,347,419千円・営業利益880,404千円・四半期純利益620,310千円が、いずれも期中レビューを受けた数値として掲載されています。
スタンダード市場の審査では、「企業の継続性及び収益性」の観点から、事業計画の前提と実績の関係が確認されます。利益が前期を下回った期がある場合でも、減益の理由が一時的な要因なのか、人材や開発への先行投資なのかを、数値とともに説明できることが重要です。
営業キャッシュ・フローと有利子負債はどう動いているか
工事事業を主力とする会社では、利益とキャッシュの動きがずれやすい点に注意が必要です。ビーエイブルの営業キャッシュ・フローは、第34期に1,834,962千円の収入となった一方、第35期は△305,797千円の支出でした。第35期の主な要因として、売上債権の増加162百万円と契約資産の増加313百万円が挙げられています。第36期中間会計期間も、契約資産の増加1,099百万円により営業キャッシュ・フローは△673百万円です。
図5 営業キャッシュ・フローは売上債権と契約資産の増加により△305,797千円。期末の現金及び現金同等物は1,197,283千円です(Ⅰの部「キャッシュ・フロー計算書」より)
投資の面では、beABLE研究開発センター(双葉町、投資予定額2,202,543千円、2027年2月完了予定)と富津工場(投資予定額1,200,000千円、2027年12月完了予定)の大型の設備投資が進んでおり、資金は銀行借入、自己株式の処分による資金、増資資金でまかなう計画です。有利子負債は第35期末の2,402百万円から、第36期中間会計期間末には5,024百万円に増えています。
金銭消費貸借契約3本には財務制限条項が付されており、内容は「純資産を前期末の75%以上に維持する」「純資産をプラスに維持する」「経常損益を2期連続で損失としない」の組合せです。財務制限条項は事業等のリスクにも記載されています(発生可能性「低」、影響度「中」)。上場準備では、借入契約の条項を一覧にし、抵触の可能性と開示の要否を経理部門が定期的に確認する体制を作っておくと、Ⅰの部の「経営上の重要な契約等」の作成がスムーズです。
| 契約日 | 借入先 | 残高(2026年4月末) | 返済期限 | 財務制限条項 |
|---|---|---|---|---|
| 2014年3月10日 | 地方銀行 | 253百万円 | 2029年9月25日 | 純資産プラス/経常損失2期連続禁止 |
| 2021年12月28日 | 都市銀行・地方銀行 | 758百万円 | 2031年12月30日 | 純資産を前期末の75%以上/経常損失2期連続禁止 |
| 2025年3月31日 | 地方銀行 | 1,346百万円 | 2041年3月25日 | 純資産プラス/経常損失2期連続禁止 |
資本政策と株主構成:創業者85.80%と自己株式の活用
ビーエイブルの資本政策で最も特徴的なのは、自己株式の大きさです。Ⅰの部の記載時点で、発行済株式10,175,000株のうち2,877,500株(28.28%)が自己株式です。資本金は36,695千円で、5期を通じて変わっていません。Ⅰの部では「新規上場時における流通株式比率は33.5%」とし、上場時の流動性は自己株式の処分及び売出しによって確保すると説明しています。
株主の状況(Ⅰの部の「株主の状況」、潜在株式を含む)では、佐藤順英氏が議決権の過半数を所有する資産管理会社のエイブル興産株式会社が5,015,000株(63.14%)、佐藤順英氏個人が1,800,000株(22.66%)で、合計85.80%を保有しています。佐藤氏は支配株主に当たり、親会社はありません。ベンチャーキャピタルの出資はなく、株主には従業員持株会、地元の金融機関(大東銀行)、事業会社(IHI)が並びます。
図6 比率は潜在株式644,800株を含む7,942,300株に対するもので、自己株式2,877,500株は含みません。上場時(自己株式の処分・売出し後)の比率ではありません(Ⅰの部「株主の状況」より)
この比率はⅠの部の記載時点のもので、上場時(自己株式の処分と売出しの後)の比率ではない点に注意してください。上場時の比率は、公開価格の決定後に提出される有価証券届出書の訂正や、上場後の開示で確認する必要があります。
創業者と資産管理会社が議決権の大半を持つ会社では、上場審査で「企業経営の健全性」の観点から、支配株主との取引の有無や少数株主の保護の方策が確認されます。ビーエイブルは事業等のリスクで「代表者への依存」(発生可能性「低」、影響度「大」)を挙げ、創業者かつ支配株主である旨を記載しています。創業者の持株比率の考え方は創業者の持株比率はどこまで下げてよいかも参考にしてください。
上場前2年間に何をしたのか:資本政策の時系列
上場前の2年間に行われた資本政策は、次の図のように整理できます。2025年6月に第3回・第4回、2025年10月に第5回・第6回の新株予約権を発行し、その間の2025年9月にIHIとの資本業務提携に伴って自己株式を処分しました。2026年3月4日には1株を5株とする株式分割を行い、これに伴って発行可能株式総数を8,000,000株から40,000,000株に増やす定款変更を行っています。2026年3月5日の臨時株主総会では、1単元を100株とする単元株制度を採用しました。
図7 新株予約権の発行、IHIへの自己株式の処分、株式分割と単元株制度の採用を経て、上場時は自己株式の処分と売出しで流通株式を確保する設計です(Ⅰの部をもとに作成)
株式分割と同時の発行可能株式総数の変更は、会社法184条2項により、株主総会の決議によらずに分割の割合の範囲内で定款を変更できる規定に関係する手続です。また、上場会社の売買単位は100株に統一されているため、単元株制度の採用は上場準備の定型的な手続のひとつです。分割の比率は、上場時の想定株価と、流通株式数・株主数の基準を満たせるかを主幹事証券と相談して決めるのが一般的です。
IHIへの自己株式の処分と価格の決め方
Ⅰの部の「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、2025年9月26日に当社(自己株式)から株式会社IHIへ72,500株、総額80,953,500円を移動したことが記載されています。移動の理由は資本業務提携に伴う譲渡で、価格はDCF法により算出した価格を総合的に勘案し、協議のうえ決定したとされています。「第三者割当等の概況」にも同じ取引が自己株式の処分として記載され、目的は安定株主及び取引先との関係強化とされています。
IHIとの資本業務提携は2025年7月28日の臨時株主総会で決議され、業務提携の内容として、福島第一原発の廃棄物処理建屋関連事業、原子炉建屋内の干渉物の撤去、線量低減工事などが挙げられています。役員の状況を見ると、IHI出身の取締役(経営企画室長)が2025年10月に就任しています。
上場前の株式の移動や第三者割当では、価格の算定方法と、同じ時期に行われた他の取引の価格との整合性が確認されます。ビーエイブルでは、IHIへの処分価格(Ⅰの部の記載で1株1,117円)と新株予約権の行使価額(1,117円、株式分割前は5,583円)がいずれもDCF法による価格を勘案した同水準の価格です。株価算定の方法の選び方は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかで解説しています。
新株予約権は役職員向けと社外協力者向けの2系統
ビーエイブルは、第3回〜第6回の4回の新株予約権を発行しています。第3回(取締役・監査役・従業員)と第5回(取締役・従業員)は役職員向けのストック・オプションで、第4回と第6回は「自社株式オプション」として、コンサルティング会社、弁護士、公認会計士、元顧問などの社外協力者に付与されています。第3回の付与対象者は取締役8名・監査役3名・従業員152名と幅広く、全社的なインセンティブとして設計されていることが分かります。
図8 株式数は2026年5月31日現在(株式分割後)。第3回・第5回は役職員向けのストック・オプション、第4回・第6回は弁護士・公認会計士・コンサルティング会社など社外協力者向けです(Ⅰの部「新株予約権等の状況」「第三者割当等の概況」より)
各回とも行使価額は1,117円で、権利行使時に役職員の地位にあること、株式が上場していること、相続による承継ができないことなどが行使の条件です。潜在株式の合計は644,800株で、潜在株式を含めた株式総数に対する比率は8.11%です。
会計処理について、Ⅰの部では、付与時に未公開企業であったため単位当たりの本源的価値で評価し、その基礎となる自社株式の評価額はDCF法によったと記載しています。ストック・オプションに係る費用計上額については「該当事項はありません」と記載されています。未公開企業のストック・オプションを本源的価値で評価できる取扱いは、ストック・オプション等に関する会計基準に定められた未公開企業の特例です。社外協力者への付与は、ストック・オプションと同様の会計処理の対象になるか、税制適格の要件を満たすかなど論点が多いため、付与前に会計・税務の専門家に確認しておくのが安全です。税制面は税制適格ストックオプション、注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例を参照してください。
継続所有の確約:取引の相手と時期で根拠が分かれる
「第三者割当等の概況」には、取得者が行った継続所有の確約の内容も記載されています。IHIへの自己株式の処分は有価証券上場規程施行規則268条、役職員向けの第3回・第5回の新株予約権は同272条、社外協力者向けの第4回・第6回は同270条に基づく確約です。
図9 有価証券上場規程施行規則に基づく確約の対象は、取得の時期と相手方で区別されます。主幹事証券との合意によるロックアップとは別の制度です(Ⅰの部「第三者割当等の概況」をもとに作成)
継続所有の確約が必要になるのは、上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後に行われた第三者割当等に限られます。上場前のすべての増資や株式の移動に確約が必要になるわけではありません。また、主幹事証券との合意で一定期間株式を売却しないことを約束する「ロックアップ」とは別の制度です。詳しくは上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)をご覧ください。
流通株式と配当方針
スタンダード市場の上場審査では、流通株式数、流通株式時価総額、流通株式比率(25%以上)などの形式基準があります。流通株式から除かれるのは、上場株式数の10%以上を所有する者(主要株主)が所有する株式、役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)が所有する株式、役員等が議決権の過半数を所有する会社が所有する株式、自己株式、国内の普通銀行・保険会社・事業法人等が所有する株式(純投資目的と認められるものを除く)などです。ビーエイブルの場合、エイブル興産株式会社と佐藤順英氏の持株、自己株式に加え、役員の持株や、国内の銀行・事業法人等が政策保有目的で所有する株式(大東銀行・IHIの持株など)も流通株式から除かれる可能性があるため、上場時に自己株式を放出して流通株式を確保する設計になっていると読めます。数え方は流通株式数の数え方と流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。
配当政策としては、1株当たり配当20円を下限とする方針を掲げ、期末配当の年1回を基本としつつ中間配当も可能とし、剰余金の配当の決定機関を取締役会としています(定款で会社法459条1項に基づく定めを置いています)。Ⅰの部の5期間に配当の実績はありません。上場前に配当方針を明確にすることは、創業者が議決権の大半を持つ会社が少数株主への還元姿勢を示す方法のひとつといえます。
| 項目 | Ⅰの部の記載 |
|---|---|
| 発行済株式総数 | 10,175,000株(2026年3月4日に1:5の株式分割) |
| 発行可能株式総数 | 40,000,000株(分割に伴い8,000,000株から変更) |
| 自己株式 | 2,877,500株(発行済株式の28.28%) |
| 単元株式数 | 100株(2026年3月5日臨時株主総会で採用) |
| 種類株式 | なし |
| 潜在株式 | 644,800株(8.11%) |
| 上場時の流通株式比率 | 33.5%(自己株式の処分及び売出しで確保) |
| 配当方針 | 1株当たり20円を下限、決定機関は取締役会 |
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
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コーポレート・ガバナンス:段階的に整えた監査役会設置会社
ビーエイブルの機関設計は監査役会設置会社です。もともとは監査役設置会社でしたが、2023年10月26日の第33回定時株主総会で監査役会設置会社へ移行しました。取締役は11名(代表取締役1名を含み、うち社外取締役3名)、監査役は3名で全員が社外監査役、うち1名が常勤です。役員14名のうち女性は3名(21.4%)です。取締役の任期は1年、監査役の任期は4年です。
図10 監査役会設置会社で、2023年10月の定時株主総会で監査役設置会社から移行しました。指名・報酬諮問委員会は2024年10月に設置された任意の委員会です(Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの状況等」をもとに作成)
取締役会は原則として月1回開催され、第35期は21回開催されました。在任期間中の取締役は全員がすべての回に出席しています。このほか、経営企画担当取締役を議長とし常勤取締役・常勤監査役・執行役員で構成する経営会議(月1回)、代表取締役社長を議長とし社外を含む取締役・監査役で構成するリスク・コンプライアンス委員会(四半期に1回)、全社採算会議(月1回)、緊急時の緊急事態対策委員会が設けられ、執行役員制度(執行役員11名)も導入されています。
機関設計の選び方は、監査役会設置会社と監査等委員会設置会社のどちらが自社に合うかという問いから始まります。ビーエイブルは、常勤監査役を置く監査役会を中心に、取締役会の外に任意の委員会を設ける形をとりました。比較の観点は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?、審査での見られ方はIPO審査の「機関設計」とはで解説しています。
社外役員の構成と独立性の考え方
社外取締役3名は、元KDDI執行役員常務、公認会計士(元監査法人勤務)、弁護士という構成です。社外監査役3名は、常勤監査役が事業会社の取締役・監査室の経験者、非常勤監査役が事業会社の取締役監査等委員の経験者と、公認会計士・税理士です。社内取締役には、東京電力出身で内部監査室長と人事部長を兼ねた経験を持つ副社長、IHI出身の経営企画室長、金融機関と上場会社の経験を持つCFOなどが並びます。CFOと経営企画室長はいずれも2025年に入社し、同年10月に取締役に就任しています。
図11 取締役会は原則月1回開催で、第35期は21回。社外監査役のうち1名は常勤です。独自の独立性判断基準は設けず、東証の独立役員の判断基準を踏まえて選任していると記載されています(Ⅰの部「役員の状況」より)
独立性の判断について、ビーエイブルは独自の判断基準を設けず、東京証券取引所の独立役員の判断基準を踏まえて選任していると記載しています。スタンダード市場の会社にはコーポレートガバナンス・コードの全原則が適用され、原則4-10(2026年7月改訂前は原則4-8)では独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきとされています(実施しない場合はその理由の説明が必要です)。社外役員の人数の考え方は社外取締役は何人必要かを参照してください。
責任限定契約は、社外取締役及び監査役との間で会社法427条1項に基づき締結しています。定款では、取締役の定数を12名以内とし、選任決議は議決権の3分の1以上を有する株主の出席とその過半数で行い、累積投票によらないこと、自己株式の取得(会社法165条2項)、剰余金の配当(459条1項)、取締役等の責任免除(426条1項)を取締役会で決議できることを定めています。
指名・報酬諮問委員会と役員報酬の決め方
2024年10月24日の取締役会決議で、任意の指名・報酬諮問委員会が設置されました。委員長は社外取締役で、委員は社外取締役3名と代表取締役社長、副社長の計5名、社外が過半数を占めます。第35期は6回開催されています。
役員報酬は、2025年10月24日の第35回定時株主総会で、取締役の報酬額を年額200百万円以内(対象11名)、監査役を年額25百万円以内(対象3名)と決議しています。報酬の構成は固定報酬、役員賞与(翌事業年度から開始)、非金銭報酬としてのストック・オプション(不定期)です。個人別の報酬額は指名・報酬諮問委員会に諮問したうえで取締役会で審議・決定するとされ、第35期は2024年10月24日の取締役会決議で代表取締役社長に決定を委任しています。
図12 個人別の報酬は指名・報酬諮問委員会への諮問を経て取締役会で審議・決定します。第35期は取締役会の決議で代表取締役社長に決定を委任しました(Ⅰの部「役員の報酬等」より)
第35期の報酬総額は、取締役(社外取締役を除く)114,972千円(6名)、監査役(社外監査役を除く)4,100千円(2名)、社外役員24,060千円(8名)で、全額が固定報酬です。取締役の個人別の報酬等の決定方針や、代表取締役への委任の内容(委任を受けた者、権限の内容、権限が適切に行使されるための措置)は、企業内容等の開示に関する内閣府令に基づく有価証券報告書の記載事項です。代表取締役に委任する場合は、諮問委員会の答申を尊重するといった牽制の仕組みとセットで説明できるようにしておくことが大切です。
関連当事者との取引:関連会社との取引が中心
関連当事者情報には、関連会社との取引が記載されています。第35期は、エイブルエナジー合同会社(議決権の直接所有40.0%)から管理業務を571,761千円で受託し、出向料収入が164,109千円あります。大熊るるるん電力株式会社(同20.0%)とは、電気料13,979千円、出向料収入16,886千円、支援業務の受託14,260千円の取引があります。取引条件は、市場価格等を参考に、一般の取引先と同様に協議して決定すると記載されています。役員個人との取引の記載はありません。
図13 関連会社2社との取引が記載されています。取引条件は市場価格等を参考に、一般の取引先と同様に協議して決定しています(Ⅰの部「関連当事者情報」より)
関連会社の運営する発電所の保守業務を受託するビジネスモデルでは、関連当事者取引が事業そのものの一部になります。上場審査の「企業経営の健全性」では、取引の合理性(事業上の必要性)と取引条件の妥当性(第三者との取引と比べて不利でないか)が確認されます。取引の開示の範囲は関連当事者との取引はどこまで開示するか、審査の論点はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)にまとめています。
あわせて、重要な関連会社の要約財務諸表(エイブルエナジー合同会社とその傘下の福島バイオマスロジスティックス合同会社の要約連結財務諸表)も開示されています。第35期の売上高は19,008,680千円、当期純利益は134,988千円(第34期は純損失△482,399千円)です。出資先の業績が持分法投資損益や関係会社出資金の評価に影響するため、出資先の財務情報を適時に入手できる体制が必要になります。
内部監査・内部統制:社長直属でも監査役会へ直接報告
内部監査は、社長直属の内部監査室(2名)が担当しています。関係会社を含む全部署を毎期監査し、リスクベースで計画を立て、フォローアップ監査も実施しています。監査結果は社長と監査役に報告し、監査役・監査役会にも直接報告するほか、取締役会にも適宜報告します。特徴的なのは、重要な指摘事項について、内部監査規程に基づき監査役会の承認を得たうえで是正を指示する仕組みになっている点です。
図14 内部監査室は社長直属の2名体制で、関係会社を含む全部署を毎期監査します。結果は社長と監査役に報告し、重要な指摘事項は監査役会の承認を得て是正を指示する仕組みです(Ⅰの部「監査の状況」より)
内部監査の報告先を社長だけにすると、社長自身が関与する事項や、社長の指示で行われた業務について牽制が働きにくくなります。ビーエイブルのように、社長直属としつつ監査役会にも直接報告する「デュアルレポーティング」は、上場審査でも説明しやすい形です。報告先の考え方は内部監査の報告先は社長だけでよいのかで詳しく解説しています。
一方、Ⅰの部には内部監査室の担当者の兼務の有無や、内部監査室自身の業務を誰が監査するか(自己監査の回避策)についての記載は見当たりません。少人数の内部監査部門では、担当者が他部署の業務を兼務する場合や、内部監査室自身の業務を監査する場合に、別の部署の担当者が監査を行うなどの手当てを規程で定めておくのが一般的です。体制づくりの考え方は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)と内部監査の人数と体制を参照してください。
三様監査の連携は四半期に1回
監査役監査は、常勤監査役1名と非常勤監査役2名の体制です。常勤監査役は重要な会議への出席、稟議書や契約書の閲覧、事業所への往査などを行います。監査役、内部監査室、会計監査人の三者は、四半期に1回を目安に三様監査会議を開いて情報を共有していると記載されています。監査役のスタッフは、原則として総務部の使用人が兼務する体制です。
図15 監査役、内部監査室、会計監査人は四半期に1回を目安に三様監査会議を開き、情報と課題を共有していると記載されています(Ⅰの部「監査の状況」より)
三様監査の連携は、会議を開くこと自体よりも、そこで共有した内容がそれぞれの監査計画に反映されているかが重要です。たとえば、会計監査人が指摘した内部統制上の不備を内部監査がフォローアップの対象に加える、内部監査で見つかった業務上の問題を監査役が取締役会での確認事項に加える、といった循環が回っていることを議事録で示せるようにしておきましょう。連携の進め方は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で解説しています。
リスク管理・コンプライアンス・子会社管理の仕組み
内部統制システムの基本方針は、会社法施行規則100条の各号に沿って定められています。リスク管理とコンプライアンスは、代表取締役社長を委員長とするリスク・コンプライアンス委員会が四半期に1回開かれ、社外取締役・社外監査役も参加します。サステナビリティについては、同委員会がリスク・機会への対応の実行計画の立案と進捗管理を担っています。当社はマテリアリティを特定していますが、指標と目標は未設定と記載されています。内部通報規程に基づく内部通報制度と、反社会的勢力への対応規程も整備されています。
子会社・関係会社の管理は、関係会社管理規程に基づいて行い、内部監査室が関係会社も監査対象としています。ビーエイブルは子会社の重要性が乏しく連結財務諸表を作成していませんが、関連会社への出資額は大きく、関連会社からの受託業務が事業の柱のひとつです。連結範囲に入るかどうかにかかわらず、重要な出資先の管理を規程と監査の両面で手当てしておくことは、上場準備会社にとって参考になります。内部通報の見られ方は内部通報体制は上場審査でどこまで見られるかにまとめています。
| 仕組み | 構成・頻度 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 取締役会 | 取締役11名・監査役3名/原則月1回(第35期21回) | 重要な業務執行の決定、取締役の職務執行の監督 |
| 経営会議 | 常勤取締役・常勤監査役・執行役員/月1回 | 業務執行に関する審議 |
| リスク・コンプライアンス委員会 | 社長(委員長)・取締役・監査役/四半期に1回 | リスクとコンプライアンスの管理、サステナビリティ |
| 指名・報酬諮問委員会 | 社外3名・社内2名(委員長は社外)/第35期6回 | 役員の指名・報酬の諮問 |
| 内部監査室 | 2名(社長直属) | 全部署・関係会社の監査、監査役会への直接報告 |
| 三様監査会議 | 監査役・内部監査室・会計監査人/四半期に1回目安 | 監査情報の共有 |
会計・開示の論点:収益認識、契約資産、持分法
ビーエイブルの会計方針で最も重要なのは工事事業の収益認識です。Ⅰの部によれば、工事事業では一定の期間にわたり履行義務が充足されるとして、進捗度を発生原価の割合(原価比例法)で測定して収益を認識します。進捗度を合理的に見積ることができない場合は、発生した費用のうち回収が見込まれる部分と同額の収益を認識する原価回収基準を適用し、工期がごく短い契約は完全に履行義務を充足した時点(引渡し・検収時点)で収益を認識します。再エネ事業では、運営管理(点検)業務は一定期間にわたり原価比例で、燃料の揚荷支援業務は作業の完了ごとに収益を認識しています。収益認識会計基準は第32期の期首から適用されています。
図16 工事事業は原則として一定期間にわたり原価比例法で収益を認識し、進捗度を合理的に見積れない場合は原価回収基準、工期がごく短い契約は引渡し・検収時点で認識すると記載されています(Ⅰの部「重要な会計方針」をもとに作成)
収益の分解情報を見ると、第35期は一時点で認識した収益が1,917,881千円、一定期間にわたり認識した収益が7,066,290千円で、売上の大半が一定期間の認識です。工事事業だけで見ると、一定期間が6,887,175千円、一時点が965,381千円です。残存履行義務(受注残)は4,018,690千円で、概ね1年以内に収益として認識される見込みと記載されています。
重要な会計上の見積りとして開示されているのも、工事進行基準による完成工事高(第34期3,392,869千円、第35期3,056,794千円)です。工事ごとに着工時に実行予算を編成し、状況の変化に応じて見直したうえで原価比例法で進捗度を算定すると説明しています。工事損失引当金は第34期末47,564千円から第35期末3,629千円に減少しています。原価比例法では、工事原価総額の見積りの精度がそのまま売上高と利益の精度になります。実行予算の承認、見直しのルール、原価の集計の正確性は、監査法人の監査でも上場審査でも重点的に確認される領域です。収益認識の審査での見られ方は上場審査で問われる収益認識で解説しています。
契約資産の増加と営業キャッシュ・フロー
一定期間にわたり収益を認識する工事では、収益を計上したものの請求に至っていない部分が「契約資産」として貸借対照表に計上されます。ビーエイブルの契約資産は、第34期期首2,996,197千円、第34期末2,092,324千円、第35期末2,405,988千円、第36期中間会計期間末3,505,762千円と推移しています。相手先別の内訳としては、東京電力向けの契約資産2,075,671千円が記載されています。また、営業債権の42%が特定の大口顧客に対するものとされています。
図17 契約資産は一定期間にわたり認識した収益のうち未請求の部分です。第36期中間会計期間末は3,506百万円に増え、同期間の営業キャッシュ・フローは△673百万円でした(Ⅰの部「収益認識関係」「中間貸借対照表」等より、百万円未満四捨五入)
契約資産が増えると、利益が出ていても営業キャッシュ・フローはマイナスになり得ます。ビーエイブルの第35期と第36期中間の営業キャッシュ・フローのマイナスは、まさにこの構造によるものです。上場準備会社は、契約資産の回収予定(請求のタイミング)を工事ごとに管理し、資金繰り計画と結び付けて説明できるようにしておくとよいでしょう。
持分法、特別な引当金、税効果などの特徴的な注記
連結財務諸表を作成していない会社でも、関連会社がある場合は、持分法を適用した場合の投資の金額と投資損益を注記します。ビーエイブルの第35期は、関連会社に対する投資の金額2,595,150千円、持分法を適用した場合の投資の金額15,408,469千円、持分法を適用した場合の投資利益60,745千円です(第34期は14,165,390千円、投資損失217,079千円)。関連会社への出資は事業等のリスクでも取り上げられ、プロジェクトファイナンスでスポンサーサポートの義務はなく、損失は出資額の範囲に限られると説明しています。
特徴的な引当金として「システム障害対応引当金」があります。サイバー攻撃によるシステム障害について、外部専門家による調査費用や復旧費用に備えるもので、第34期に51,000千円を特別損失として計上し、第35期に取り崩しています。事業等のリスクでも「情報管理・セキュリティ」を発生可能性「中」、影響度「大」と評価しています。過去に発生した事象を会計処理とリスク情報の両方で一貫して説明する書き方は、他社の参考になります。
このほか、繰延税金資産(純額86,999千円、評価性引当額△97,711千円)、資産除去債務(原状回復126,162千円と太陽光発電設備の撤去72,232千円、計198,395千円)、ヘッジ会計を適用しない金利スワップ、確定拠出年金制度(33,330千円)、未適用の会計基準として2028年7月期期首から適用予定の新しいリース会計基準などが注記されています。第35期の後発事象には、IHIとの資本業務提携と自己株式の処分、合同会社佐野バイオマス発電への出資(457,217千円、19.9%)、第5回・第6回新株予約権の発行、株式分割、単元株制度の採用が並び、上場直前の資本政策の動きがここからも読み取れます。
監査法人と監査報酬
会計監査人は栄監査法人で、継続監査期間は2024年7月期以降の2年間です。業務執行社員は2名、補助者は公認会計士5名とその他2名で構成されています。選定理由として、品質管理体制、独立性、専門性を挙げています。監査証明業務に基づく報酬は前事業年度22,500千円、最近事業年度26,000千円で、非監査業務に基づく報酬はありません。別途、前事業年度の監査に係る追加報酬7百万円があったと記載されています。監査報酬の決定には、会社法399条1項に基づく監査役会の同意を得ています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 監査法人 | 栄監査法人 |
| 継続監査期間 | 2024年7月期以降の2年間 |
| 監査チーム | 業務執行社員2名、補助者(公認会計士5名・その他2名) |
| 監査証明業務の報酬 | 前事業年度22,500千円/最近事業年度26,000千円 |
| 非監査業務の報酬 | なし |
| その他 | 前事業年度の監査に係る追加報酬7百万円 |
新規上場の申請には、直前2事業年度の財務諸表等について監査法人の監査証明が必要です。監査法人の選定は上場スケジュール全体を左右するため、監査法人はいつまでに決めるかも確認しておきましょう。
事業等のリスクと審査で問われやすい点
ビーエイブルの「事業等のリスク」は、外部環境、事業運営、法的規制、その他の4つに分けて合計28項目を挙げ、それぞれに発生可能性(頻度)、発生する時期、影響度を付しています。発生可能性が「中」かつ影響度が「大」とされているのは、エネルギー政策の変更、原子力・廃炉政策、特定取引先への依存、情報管理・セキュリティです。
図18 Ⅰの部では各リスクに「発生可能性(頻度)」「時期」「影響度」を付しています。頻度が「高」とされた項目はありません(Ⅰの部「事業等のリスク」をもとに作成)
原子力発電所の廃炉や工事を主力とする会社にとって、国のエネルギー政策や東京電力の事業計画は事業の前提そのものです。Ⅰの部では、東京電力の「第5次総合特別事業計画」(2026年1月26日認可)や、2026〜2028年度に年2,600〜3,000億円規模とされる廃炉積立金の取戻計画に触れ、事業環境の見通しを説明しています。外部環境への依存度が高い事業ほど、前提となる公表資料を特定し、事業計画とリスク情報の両方で同じ前提を使うことが大切です。
許認可を「最重要」と明示した開示
法的規制のリスクでは、事業に必要な許認可を一覧で示し、最も重要な許認可を工事事業における一般建設業許可と明示しています。それぞれの有効期限と、取消事由に該当する事実がないことも記載されています。許認可が事業の前提になる会社では、上場審査で許認可の維持体制(更新の管理、法令改正への対応、取消事由の有無の確認)が確認されます。詳しくはIPOで許認可はどこまで見られるかを参照してください。
| 許認可等 | 番号等 | 有効期限 |
|---|---|---|
| 特定建設業許可 | 国土交通大臣許可(特-3) | 2027年2月27日 |
| 一般建設業許可 | (般-3) | 2027年2月27日 |
| 産業廃棄物収集運搬業許可 | ― | 2029年5月8日 |
| 労働者派遣事業許可 | 派07-100002 | 2029年1月31日 |
| 登録小売電気事業者 | A0828 | ― |
| その他 | 食品衛生法の営業許可、介護保険法の事業者指定 | ― |
そのほか、重大な労働災害、バイオマス発電所の重大災害、放射線管理を含む安全の確保、協力会社や資格者の確保も、対処すべき課題として繰り返し取り上げられています。「絶対安全」を掲げる会社では、安全管理の仕組みが実際に運用されていることを、安全会議の記録や教育の実績で示せるようにしておくことが重要です。
上場準備会社がビーエイブルの事例から学べること
ここまでの内容を、上場準備会社が自社に当てはめて検討できる形で整理します。いずれもⅠの部の記載から読み取れる事実をもとにした、実務上のポイントです。
| 論点 | ビーエイブルの記載 | 準備会社への示唆 |
|---|---|---|
| 自己株式の活用 | 発行済株式の28.28%を保有し、事業会社への処分と上場時の放出に活用 | 創業家の持株が大きい会社は、自己株式を流通株式の確保に使う選択肢を早めに主幹事証券と検討 |
| 株価の整合性 | IHIへの処分価格と新株予約権の行使価額がともにDCF法を勘案した1,117円 | 同時期の株式の移動・割当て・SOの価格は算定方法と水準をそろえ、根拠資料を保存 |
| 継続所有の確約 | 268条・270条・272条を取引ごとに整理して記載 | 直前期末の1年前の日以後の割当てを一覧にし、確約の要否を確認 |
| 機関設計の段階的移行 | 2023年に監査役会設置会社へ、2024年に任意の諮問委員会を設置 | 上場2〜3年前から機関を整え、運用実績(開催回数・出席状況)を積む |
| 内部監査の報告経路 | 社長直属だが監査役会へ直接報告、重要指摘は監査役会の承認で是正指示 | 報告先を社長だけにせず、牽制の仕組みを規程で明文化 |
| 特定顧客への依存 | 依存度を数値で示し、分散の具体策を記載 | 依存度、取引の継続性、分散策を事業計画とリスク情報で一貫させる |
| 工事の収益認識 | 原価比例法・原価回収基準・一時点の3パターンを使い分け | 実行予算の承認と見直しのルール、原価集計の正確性を早期に整備 |
| 契約資産と資金繰り | 契約資産の増加で営業CFがマイナス | 契約資産の回収予定を工事ごとに管理し、資金計画と結び付ける |
表の中でも特に意識したいのは、「同じ前提を複数の箇所で一貫して説明する」という姿勢です。ビーエイブルのⅠの部では、東京電力への依存は事業の内容、事業等のリスク、経営方針、収益認識の注記にそれぞれ表れ、システム障害は引当金の注記とリスク情報の両方に表れています。Ⅰの部は分量が多いため、記載が章ごとにばらばらになりやすい書類です。作成段階で横断的に確認する担当者を決めておくことが、開示の適正性を高める近道です。Ⅰの部とⅡの部の違いはⅠの部とⅡの部は何が違うかで解説しています。
この事例を自社に当てはめるためのチェックリスト
- 直前事業年度末の1年前の日以後の株式の移動・第三者割当・新株予約権を一覧にし、継続所有の確約の要否を確認したか
- 同時期の株式の移動価格、割当価格、ストック・オプションの行使価額の算定方法と水準がそろっているか
- 上場時の流通株式比率を、主要株主・役員等・自己株式・銀行や事業法人等の政策保有株式を除いて試算したか
- 内部監査の報告先に監査役(会)を含め、兼務と自己監査の回避策を規程で定めたか
- 一定期間にわたり収益を認識する契約について、実行予算の承認・見直しと原価集計のルールを文書化したか
- 特定顧客への依存度と分散策を、事業計画とリスク情報で同じ数値・前提で説明できるか
よくある質問
自己株式を保有していること自体は上場の妨げになりません。ただし、自己株式は流通株式から除かれるため、流通株式比率などの形式基準を満たすかを確認する必要があります。ビーエイブルは、上場時に自己株式の処分と売出しで流通株式を確保する設計で、上場時の流通株式比率を33.5%としています。
支配株主がいる会社でも上場は可能です。上場審査では、支配株主との取引の有無と必要性、取引条件の妥当性、少数株主の利益を守る仕組みなどが確認されます。ビーエイブルでは、創業者と資産管理会社の合計は85.80%(Ⅰの部記載時点)で、代表者への依存をリスク情報として開示しています。
付与の目的と対象者の選定理由を説明できること、価格の算定根拠をそろえること、継続所有の確約の対象になるかを確認することが基本です。会計上はストック・オプションと同様の処理が求められる場合があり、税制適格の要件は役職員向けと異なるため、付与前に専門家に確認しておくことをおすすめします。
人数に一律の基準はありません。全部署を一定の周期で監査できる計画と実績、報告と是正のフォローアップの仕組みが重要です。ビーエイブルは2名体制で、関係会社を含む全部署を毎期監査し、監査役会への直接報告とフォローアップ監査を行っていると記載しています。
最初の一歩は「資本政策の取引一覧」と「機関・監査の報告経路図」を作ること
ビーエイブルの事例を自社に生かすなら、まず過去3年分の株式の移動・割当て・新株予約権の発行を日付・相手・株数・価格・算定方法で一覧にし、次に取締役会、監査役(会)、内部監査、会計監査人の間の報告経路を1枚の図に描いてみてください。この2つを作るだけで、継続所有の確約、流通株式、内部監査の独立性といった、審査で必ず問われる論点の過不足が見えてきます。上場準備の全体の進め方はIPO準備 完全ガイドにまとめています。
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まとめ
ビーエイブルは、福島第一原発の廃炉作業を主力とする工事事業と、バイオマス発電所の運転・保守を中心とする再エネ事業を営み、2026年7月29日に東証スタンダード市場に上場しました。Ⅰの部からは、創業者と資産管理会社が85.80%を持つ株主構成のもとで、自己株式を事業会社への処分と上場時の放出に活用する資本政策、DCF法を勘案した価格の整合、取引ごとに整理された継続所有の確約を読み取ることができます。
ガバナンスでは、監査役会設置会社への移行と任意の指名・報酬諮問委員会の設置を上場の2〜3年前に進め、内部監査は社長直属としつつ監査役会への直接報告と監査役会承認による是正指示の仕組みを設けています。会計面では、原価比例法を中心とする工事の収益認識と、それに伴う契約資産の増加が営業キャッシュ・フローに表れる構造が特徴です。上場準備会社にとっては、資本政策の取引の一覧化、報告経路の設計、収益認識と見積りのルールの文書化という、どの会社にも共通する準備の大切さを確認できる事例といえます。
ショートレビュー、資本政策、機関設計、内部監査・内部統制、会計方針と開示、Ⅰの部の作成、審査対応まで、上場準備の実務を公認会計士が支援します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
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