ヒトトヒトホールディングスのIPO|ファンド主導のLBOからの上場とIFRSのれん管理【Ⅰの部から読む上場準備】

※本記事は2026年10月7日時点の公表資料に基づきます。

2026年4月7日、ヒトトヒトホールディングス株式会社(証券コード549A)が東京証券取引所スタンダード市場に上場しました。上場承認日は2026年3月3日です。同社は、プロ野球の本拠地球場での警備・清掃・観客の整理案内、商業施設やオフィスビルの警備、人材派遣などを手がける事業子会社5社を束ねる持株会社です。グループの事業は1974年に明治神宮野球場の清掃などを受託したところから始まり、2019年にプライベート・エクイティ・ファンドが出資する会社によるLBO(借入を活用した買収)を経て、現在の体制になりました。本記事では、東京証券取引所に提出された「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」を読み、上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできるポイントを整理します。

結論からいえば、ヒトトヒトホールディングスのⅠの部は「ファンド主導のLBOで成立した持株会社が、ガバナンス・会計・資本政策をどのように上場仕様へ整えたか」を学ぶのに適した事例です。形式上の存続会社と実質上の存続会社を分けて説明する沿革、取締役会の設置から監査等委員会設置会社・任意の指名・報酬委員会までの段階的な機関設計、IFRS任意適用のもとでの多額ののれんと減損テストの感応度の開示、ファンドから取引先への上場前の株式譲渡、流通株式比率が上場維持基準に近い見込みであることのリスク開示など、準備中の会社が検討項目としてそのまま使える論点が並んでいます。

この記事の論点を自社と比べられる「ヒトトヒトホールディングスのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)」を、記事の後半で無料でお渡ししています。

ヒトトヒトホールディングスはどんな会社で、どの市場に上場したのか?

まず基本情報を確認します。正式社名はヒトトヒトホールディングス株式会社(HITO-TO-HITO Holdings Co.,Ltd.)、本店は東京都渋谷区神宮前です。代表者は代表取締役社長兼グループCEOの松本哲裕氏で、決算期は3月です。Ⅰの部の最近事業年度は第6期(2025年3月期)で、第7期(2026年3月期)の中間連結会計期間と第3四半期までの情報も掲載されています。

同社は持株会社として事業子会社の経営管理を行い、グループは同社と連結子会社5社(ヒトトヒト株式会社、ヒトトヒトキャリアライズ株式会社、株式会社エース警備保障、株式会社エースガード、株式会社ノティオ)の計6社で構成されています。セグメントは「人財サービス事業」の単一セグメントです。従業員数は2026年1月31日現在で連結397名、臨時雇用者は年間平均で1,733名(1日8時間換算)と記載されています。提出会社単体の従業員は22名で、平均年齢41.8歳、平均勤続年数2.14年です。

会計面で特徴的なのは、連結財務諸表をIFRS(国際会計基準)で作成していることです。第6期(2025年3月期)の連結財務諸表からIFRSを適用しており(比較年度の第5期もIFRSで表示)、IFRSへの移行日は2023年4月1日です。一方、提出会社単体の財務諸表は日本基準で作成されています。

項目 内容
社名 ヒトトヒトホールディングス株式会社(証券コード549A)
市場 東京証券取引所 スタンダード市場
上場承認日/上場日 2026年3月3日/2026年4月7日
本店 東京都渋谷区神宮前
設立 2019年7月(株式会社Sluggerとして設立。事業の起点は1974年6月)
決算期 3月
事業 人財サービス事業(単一セグメント):ビルマネジメント、イベントマネジメント、人財サポート
グループ 当社+連結子会社5社(計6社)
従業員 連結397名(臨時1,733名)、提出会社22名(2026年1月31日現在)
会計基準 連結:IFRS(移行日2023年4月1日)、単体:日本基準
会計監査人 太陽有限責任監査法人
筆頭株主 J-GIA1号投資事業有限責任組合(発行済株式の84.6%)

なぜ設立が2019年なのに、事業の歴史は1974年からなのか?

このⅠの部を読むうえで最初に押さえたいのが、「形式上の存続会社」と「実質上の存続会社」の関係です。Ⅰの部の冒頭には「はじめに」という項目が設けられ、グループの変遷が説明されています。それによると、事業の起点は1974年6月に設立された日本総業有限会社(現 ヒトトヒト株式会社)です。創業者の逝去後、2018年2月に当時の日本総業の取締役3名がニッソーホールディングス株式会社(旧ニッソーホールディングス)を設立して日本総業の株式を取得しました。

その後、日本成長投資アライアンス株式会社が運営するJ-GIA1号投資事業有限責任組合の出資により2019年7月に株式会社Sluggerが設立され、2019年8月に旧ニッソーホールディングスの全株式をLBOの形式で取得しました。Sluggerは2019年12月に旧ニッソーホールディングスを吸収合併し、2020年4月に現在の商号に変更しています。つまり、上場した会社そのもの(形式上の存続会社)は2019年設立ですが、事業は1974年から続いており、Ⅰの部では当社の沿革と、実質上の存続会社であるヒトトヒト株式会社などの沿革を分けて記載しています。

なお「はじめに」では、旧ニッソーホールディングスの株主の1人が現在の代表取締役である松本氏であること、同氏が2019年8月にSluggerの第三者割当増資を引き受け、資産管理会社を含めて発行済株式数の10.0%(1,400,000株)を保有していることも説明されています。

グループ成立の経緯(形式上の存続会社と実質上の存続会社)事業会社側(実質上の存続会社)ファンド側(形式上の存続会社)1974年6月 日本総業有限会社 設立明治神宮野球場の清掃等を受託2018年2月 旧ニッソーホールディングス設立日本総業の取締役3名が設立し株式を取得2019年7月 株式会社Slugger 設立J-GIA1号投資事業有限責任組合が出資2019年8月 旧ニッソーHDの全株式を取得LBO(借入を活用した買収)2019年12月 旧ニッソーHDを吸収合併2020年4月 ヒトトヒトホールディングスに商号変更2022年4月 日本総業が子会社2社を吸収合併しヒトトヒト(株)へ/管理部門を当社に集約2021年11月・2023年5月 M&Aで人材派遣・警備の会社をグループ化株式譲渡

図1 1974年創業の事業会社グループを、ファンドが出資して設立した会社がLBOで取得し、合併を経て現在の持株会社になった流れ(Ⅰの部「はじめに」「沿革」をもとに作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、会社の成り立ちが複雑な場合に、Ⅰの部の読み手が「どの会社の歴史を見ればよいのか」を迷わない構成にすることです。LBO、合併、商号変更が重なると、設立日・事業年度・財務数値の連続性がわかりにくくなります。審査でも、株主の変遷や経営者の関与、買収時の資金調達がどう整理されたかは必ず確認されるため、最初に経緯を一本のストーリーとして説明しておくことが有効です。ファンドが大株主である場合の上場の考え方は親会社がある状態で上場できるのかも参考になります。

自社に当てはめるとどうなるか、個別にお答えします

IPO支援:ショートレビュー、資本政策、内部管理体制、Ⅰの部の作成、審査対応まで。初回のご相談は無料、オンラインにも対応しています。
IPO支援の内容を見る / 相談内容を送る

何で稼ぐグループなのか?事業内容と収益モデル

グループの事業は、イベントマネジメント、ビルマネジメント、人財サポートの3分野とその他に分かれています。Ⅰの部の「事業の内容」によると、イベントマネジメントでは、プロ野球12球団のうち8球団の本拠地球場で業務を行い、2025年3月末時点で日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)ツアー37大会中15大会を含む計25大会の運営支援も行っています。Jリーグ7チーム、Bリーグ8チームとの取引もあり、学生を中心としたアルバイトの人財プールは常時一万人近くと記載されています。

ビルマネジメントは、施設警備、交通誘導警備、清掃などです。三井不動産グループの商業施設52施設中26施設で警備等の業務を行っている(2026年1月末)とされ、セグメント情報の注記では主要な顧客として三井不動産株式会社及びそのグループ会社(第6期の売上収益2,174百万円)が記載されています。人財サポートは一般事務の人材派遣やセールスプロモーションで、楽天モバイルの店舗運営は2021年の1店舗から2026年1月には27都道府県183店舗に拡大しています。

ヒトトヒトグループの事業モデルヒトトヒトホールディングス(持株会社・管理部門を集約)連結子会社5社(いずれも議決権100%。ノティオは間接所有)ヒトトヒト(株)警備業ヒトトヒトキャリアライズ(株)人材派遣・請負(株)エース警備保障警備業(株)エースガード警備業(株)ノティオイベント企画・運営業人財サービス事業(単一セグメント)の3分野+その他(第6期 322百万円)ビルマネジメント施設警備・交通誘導警備・清掃第6期 9,368百万円イベントマネジメントプロ野球8球団の本拠地球場等第6期 4,481百万円人財サポート人材派遣・店舗運営の受託等第6期 2,630百万円顧客:球団・スポーツ団体、商業施設・オフィスビル、派遣先企業 等

図2 持株会社が管理部門を担い、5つの事業子会社が3つの事業分野のサービスを提供する構造(Ⅰの部「事業の内容」「関係会社の状況」「収益の分解」をもとに作成。金額は第6期(2025年3月期)の売上収益)

サービス別の売上収益は次のとおりです。ビルマネジメントが全体の半分以上を占め、伸び率も高くなっています。

区分(百万円) 第5期(2024年3月期) 第6期(2025年3月期) 第7期 第3四半期累計
ビルマネジメント 8,346 9,368 9,026
イベントマネジメント 4,282 4,481 4,144
人財サポート 2,743 2,630 2,541
その他 233 322 162
合計 15,606 16,803 15,874

人が労働力を提供するサービスが中心のため、Ⅰの部の経営戦略でも「従業員の積極的採用」「稼働率の向上」「新規顧客の獲得」が柱とされています。アルバイト雇用者数は毎年10%前後増加し、2025年11月末で12,000人を超えたと記載されています。警備業、労働者派遣事業、有料職業紹介事業、廃棄物の収集運搬、建設業などの許認可を多数持つ点も、このビジネスの特徴です。Ⅰの部では許認可の一覧と取消事由を表で示しています。許認可が事業の前提になる会社の審査対応はIPOで許認可はどこまで見られるかで解説しています。

上場までにどのような道のりをたどったのか?

沿革を時系列で見ると、事業の拡大とガバナンスの整備が段階的に進んできたことがわかります。事業面では、1984年2月に警備業の認定を取得し、2000年4月にららぽーとの交通警備を受託して三井不動産グループの商業施設での業務が始まりました。1998年10月にはニッソーサービス、2004年8月にはジャスティスセキュリティー(後の東北ニッソーサービス)を設立し、2004年2月にノティオの株式を取得しています(2011年8月に完全子会社化)。

2019年のLBO以降は、M&Aによる拡大が続きます。2021年11月に株式会社アプメス(現 ヒトトヒトキャリアライズ)の全株式を取得し、2023年5月には株式会社エース警備保障の発行済株式の85.5%と、エースガード、GOP警備保障の全株式を取得しました。エース警備保障は2024年3月に残りの14.5%を追加取得して完全子会社となり、2024年4月にGOP警備保障を吸収合併しています。グループ内でも、2022年4月に日本総業がニッソーサービスと東北ニッソーサービスを吸収合併し、ヒトトヒト株式会社に商号を変更しました。

ガバナンス面では、「はじめに」に、2019年12月の取締役会設置、2022年4月の管理部門(財務経理・人事総務・内部監査など)の当社への集約、2023年6月の監査役会設置、2025年4月の監査等委員会設置会社への移行が、体制の整備と強化の流れとして説明されています。さらに2025年10月1日には任意の指名委員会・報酬委員会が設置されました。

ガバナンス整備と上場までの主なイベント■ ガバナンス体制の整備2019年12月取締役会を設置2022年4月管理部門を当社に集約2023年6月監査役会設置会社へ2025年4月監査等委員会設置会社へ2025年10月任意の指名・報酬委員会■ 会計・資本・上場2023年4月1日IFRS移行日2024年12月第2回新株予約権2025年3月シンジケートローン契約2025年11月株式分割(1:50)2026年4月7日スタンダード市場に上場

図3 Ⅰの部「はじめに」「沿革」「株式等の状況」「重要な契約」をもとに作成。上段がガバナンス体制、下段が会計・資本・上場に関するイベント

上場の目的について、Ⅰの部は2つを挙げています。1つは、上場による社会的信用度の向上を通じて、成長の源泉である「人」を確保し続けることです。もう1つは、資金調達手段の多様化と資金調達能力の増大によって財務体質を強化し、M&Aによる成長を加速させることです。人が中核のサービス業であることと、LBOに伴う借入を抱えていることが、上場目的の説明にもそのまま表れています。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、ガバナンス体制の整備を「いつ、何のために行ったか」を説明できるようにしておくことです。同社のように、機関設計の変更や管理部門の集約を年表として示し、それぞれの目的を説明すると、審査側も体制の運用期間を確認しやすくなります。上場準備の全体像と各期に行うことはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)で整理しています。

業績はどのように推移しているのか?

連結の主要な経営指標は、IFRSで作成された第5期(2024年3月期)と第6期(2025年3月期)の2期分が記載されています。いずれも東京証券取引所の有価証券上場規程第204条第6項に基づき、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に準じて太陽有限責任監査法人の監査を受けています。

項目(百万円) 第5期(2024年3月期) 第6期(2025年3月期) 第7期 中間 第7期 第3四半期累計
売上収益 15,606 16,803 11,051 15,874
営業利益 242 705 1,106 1,223
税引前利益 93 508 1,040 1,122
当期(中間・四半期)利益 25 342 677 730
親会社所有者帰属持分/資本 1,879 2,223 2,902 2,963
総資産 11,712 11,180 11,954 11,608
営業活動によるCF 827 336 1,110 1,525

第6期の売上収益は前期比7.7%増の16,803百万円、営業利益は同190.7%増の705百万円でした。第5期は、ヒトトヒトキャリアライズ(人財サポート事業)に係るのれん等の減損損失309百万円を「その他の費用」に計上しており、営業利益が242百万円にとどまっています。第6期は販売費及び一般管理費が前期のM&A仲介手数料がなくなったことなどで4.3%減少し、利益が回復しました。

第7期は、中間期の売上収益が前年同期比22.8%増の11,051百万円、営業利益が41.6%増の1,106百万円です。第3四半期累計でも売上収益15,874百万円(21.7%増)、営業利益1,223百万円(53.8%増)となっています。増収要因の1つとして、大阪・関西万博に関連する一時的な収益が挙げられています。なお、第7期第3四半期の要約四半期連結財務諸表はⅠの部の「その他」に掲載されたもので、監査法人の期中レビューを受けたものです。

四半期で見ると何がわかるか?季節変動の開示

同社の業績には明確な季節性があります。Ⅰの部の事業等のリスクでは、売上高比率が高いプロ野球とプロゴルフのシーズン最盛期にあたる第1・第2四半期に売上が大きく、第3・第4四半期にかけて減少する傾向を「季節による収益の変動」のリスクとして挙げ、第6期第1四半期から第7期第3四半期までの四半期ごとの売上収益と営業利益を表で開示しています。

四半期ごとの売上収益(IFRS、百万円)01,5003,0004,5006,000Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q34,4334,5644,0523,7555,3445,7074,8232025年3月期2026年3月期

図4 第6期(2025年3月期)第1四半期から第7期(2026年3月期)第3四半期まで。上期(4〜9月)に売上が大きくなる季節性がある(Ⅰの部「事業等のリスク(季節変動)」をもとに作成)

四半期ごとの営業利益(IFRS、百万円)34543614△90480626117Q1Q2Q3Q4Q1Q2Q32025年3月期2026年3月期

図5 第6期第4四半期(2025年1〜3月)は90百万円の営業損失。第7期は第3四半期までの各四半期で前年同期を上回っている(Ⅰの部「事業等のリスク(季節変動)」をもとに作成)

第6期は第4四半期(2025年1〜3月)に90百万円の営業損失となっており、通期の利益の大半を上期で稼ぐ構造です。Ⅰの部は、この季節変動への対応として、Bリーグ業務の拡大や下期の臨時イベントの受託、季節変動の影響が少ない施設警備や店舗運営受託の拡大を挙げています。季節性のある会社が上場する場合、四半期ごとの業績が予算どおりに進んでいるかを判断するために、四半期単位の予算と実績の管理が欠かせません。審査では、予算の精度と、季節性を織り込んだ月次・四半期予算の作り方がよく確認されます。

営業利益から当期利益までの差はどこで生じているか?

第6期の連結損益計算書を段階ごとに見ると、LBOに伴う借入の影響がよくわかります。営業利益705百万円に対し、金融費用が199百万円あり、税引前当期利益は508百万円です。MD&Aによれば、第6期の金融費用には、リファイナンス(借換え)に伴うコミットメントライン手数料10百万円と、旧ローンの未償却融資手数料31百万円の一括償却による一時費用41百万円が含まれています。

第6期(2025年3月期)の売上総利益から当期利益まで(百万円)売上総利益2,738販管費-2,060その他収益+53その他費用-26営業利益705金融収益+2金融費用-199税引前利益508法人所得税-166当期利益342

図6 連結損益計算書(IFRS)より。売上収益16,803百万円、売上原価14,065百万円。金融費用にはリファイナンスに伴う一時費用41百万円が含まれる

提出会社単体(日本基準)の業績は、持株会社らしい動きをしています。第5期(2024年3月期)は経営指導料の増額と子会社からの配当により、経常利益(1,456百万円)が売上高(531百万円)を上回りました。一方、第4期(2023年3月期)は管理部門の従業員を子会社から転籍させたことで販売費及び一般管理費が増え、経常損失となっています。

単体(百万円) 第2期 2021年3月 第3期 2022年3月 第4期 2023年3月 第5期 2024年3月 第6期 2025年3月
売上高 135 186 188 531 522
経常利益 20 24 △233 1,456 892
当期純利益 20 23 △188 844 900
純資産 2,775 2,798 2,610 3,454 4,355
総資産 9,323 10,713 10,348 11,434 11,450
自己資本比率(%) 29.74 26.10 25.20 30.19 38.02

単体の第2期から第4期は監査証明を受けていない数値です。持株会社が上場する場合、投資家が見るのは主に連結の数値ですが、配当の原資となる分配可能額は単体の数値で決まります。子会社からの配当や経営指導料の水準、関係会社株式の評価(同社では第5期にアプメスに係る関係会社株式評価損634百万円を計上)など、単体側の論点も整理しておく必要があります。

財務の健全性をKPIで説明する

同社はKPIとして、成長性(売上収益)、収益性(営業利益・営業利益率)に加え、健全性の指標として「のれん/自己資本比率」と「ネット有利子負債/自己資本比率」を掲げています。第6期末はそれぞれ267.6%、185.1%でしたが、第7期第3四半期末には200.9%、95.5%まで改善しています。目標は、のれん/自己資本比率200%(自己資本がのれんの50%)、ネット有利子負債/自己資本比率100%です。

財務健全性のKPIと目標水準(%)075150225300第6期末(2025年3月)第7期中間期末第7期第3四半期末267.6205.0200.9目標200%目標100%のれん/自己資本比率ネット有利子負債/自己資本比率185.1108.995.5

図7 Ⅰの部「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」に記載のKPI。目標は、のれん/自己資本比率200%(自己資本がのれんの50%)、ネット有利子負債/自己資本比率100%。ネット有利子負債=借入金+リース負債-現金及び現金同等物-使用権資産

対処すべき課題でも、資本合計2,223百万円に対しのれんが5,951百万円、借入金が5,605百万円ある状況を「財務上の課題」とし、自己資本がのれんの50%程度、かつ借入金と同程度に達するまでは利益を自己資本の充実に優先して充てる方針が示されています。LBOで成立した会社にとって、財務の健全性をどう回復させるかは投資家の関心が高い点であり、それを数値目標で示している点は参考になります。スタンダード市場の審査で問われる収益基盤の考え方はIPO審査の「企業の継続性及び収益性」で解説しています。

資本政策と株主構成から何が読み取れるか?

ヒトトヒトホールディングスの資本政策は、ベンチャー企業の上場事例でよく見られる「種類株式による段階的な資金調達」とは異なり、ファンドが過半数を保有する会社の上場という形をとっています。Ⅰの部によると、発行済株式総数は14,000,000株で、すべて普通株式です。種類株式や自己株式はありません。資本金は100百万円、資本準備金は1,400百万円です。

株式数については、2025年10月14日の取締役会決議により、2025年11月10日付で1株を50株に分割し、280,000株から14,000,000株になっています。あわせて2025年10月31日の臨時株主総会で単元株式数を100株とする定款変更などが行われました。上場に向けて投資単位を調整するための典型的な手続です。

上場申請時点の株主は誰か?

第四部「株主の状況」によると、新株予約権による潜在株式を含めた株式総数14,624,750株のうち、J-GIA1号投資事業有限責任組合が11,843,750株(80.98%)を保有しています。次いで代表取締役の資産管理会社である株式会社トリプルトレジャーズが1,050,000株(7.18%)、三井不動産株式会社が438,750株(3.00%)、松本氏個人が350,000株(2.39%)と続きます。発行済株式数に対する割合では、J-GIA1号投資事業有限責任組合が84.6%、松本氏が資産管理会社を含めて10.0%です。

上場申請時点の株主構成(潜在株式を含む)J-GIA1号投資事業有限責任組合80.98%(株)トリプルトレジャーズ(※)7.18%三井不動産(株)3.00%松本 哲裕(代表取締役)2.39%東洋テック(株)1.00%カルチュア・コンビニエンス・クラブ1.00%(株)ヤクルト球団0.17%新株予約権(潜在株式)の合計4.27%

図8 Ⅰの部 第四部「株主の状況」より。分母は新株予約権による潜在株式を含む14,624,750株。上場時の公募・売出し後の比率ではない。※代表取締役の資産管理会社

ここで注意したいのは、これらはⅠの部の記載時点(上場申請時点)の比率であり、上場時の売出し後の比率ではないことです。Ⅰの部の事業等のリスクでは、J-GIA1号投資事業有限責任組合が上場時に保有株式の一部を売り出す予定であること、上場後も運用受託者の投資判断により株式が譲渡される可能性があること、大株主としてとどまる場合には役員の選任や組織再編などの株主総会決議に重要な影響を及ぼし得ることが記載されています。そのうえで、ファンドに所属する取締役1名について、取締役会や株主総会の決定に関する同社の事前承認事項等は定められていないことも明記されています。

J-GIA1号投資事業有限責任組合は当社の過半数の株式を所有していますが、「関係会社の状況」の注記によると、企業会計基準適用指針第22号第16項(4)の規定により、日本基準の連結財務諸表規則に基づく親会社には該当しないとされています。一方、同社が採用するIFRSでは直近上位の親会社にあたり、最終支配当事者は日本成長投資アライアンス株式会社と記載されています。ファンドが大株主となる会社では、会計基準ごとの「親会社」の扱いと、それに伴う開示の違いを早めに確認しておくことが大切です。

上場前に行われた株式移動:ファンドから取引先へ

「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、上場前にファンドから取引先へ株式が譲渡されたことが記載されています。2025年3月31日に、J-GIA1号投資事業有限責任組合から三井不動産株式会社へ438,750株、東洋テック株式会社とカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社へ各146,250株が、2025年4月30日に株式会社ヤクルト球団へ25,000株が、いずれも1株620円(株式分割後の換算)で譲渡されました。移動理由は「取引関係の緊密化」です。

価格は、類似会社比準方式及びDCF法により算出した価格を総合的に勘案し、譲渡人と譲受人が協議の上で決定したと記載されています。これらの移動により、譲受人の各社は特別利害関係者等(大株主上位10名)に該当することになりました。なお、特別利害関係者等の株式等の移動状況の記載対象期間は、基準事業年度の末日の2年前の日(2023年4月1日)から上場日の前日までとされています。

上場前の株式移動(ファンドから取引先へ)J-GIA1号投資事業有限責任組合(筆頭株主)三井不動産(株)438,750株(2025年3月31日)東洋テック(株)146,250株(2025年3月31日)カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)146,250株(2025年3月31日)(株)ヤクルト球団25,000株(2025年4月30日)譲渡価格:1株620円(分割後換算) 移動理由:取引関係の緊密化類似会社比準方式及びDCF法で算出した価格を総合的に勘案し、当事者間で協議の上決定

図9 Ⅰの部 第四部「特別利害関係者等の株式等の移動状況」より。株数・価格は2025年11月10日の株式分割(1:50)後の換算

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、上場前の株式移動について、価格の算定方法と移動の理由を、後から説明できる形で記録しておくことです。上場直前の株式移動は、価格の妥当性や、特定の者への利益供与にあたらないかという観点から審査で確認されます。同じ時期に新株予約権を発行している場合は、その行使価額との整合性も問われます。算定方法の選び方は未上場株式の株価算定はどの方法を使うか、上場前の株式移動と確約の関係は上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。

ストック・オプションはエグジットに連動する設計

新株予約権(ストック・オプション)は第1回と第2回の2回です。いずれも有償で発行されており、第1回は新株予約権1個につき185円、第2回は1個につき294円です。行使の条件は両回とも共通で、権利行使時に取締役または従業員の地位にあることに加え、「エグジット事由」に該当した場合に限り行使できる設計になっています。

エグジット事由は3種類です。上場エグジットの場合は、上場日(または行使期間の始期のいずれか遅い日)にその時点の保有数の0.5倍、その後1年後から5年後の各応当日に0.1倍ずつ行使できるようになります。J-GIAファンドの譲渡済割合が90%以上となるドラッグ・エグジットの場合は全部を、過半数譲渡エグジットの場合は株式の譲渡への参加を請求した分を行使できます。また、行使価額を下回る価格で株式の発行や処分が行われた場合や、上場後に終値が行使価額を下回った場合などには、新株予約権の全部が行使できなくなる条件も付いています。ファンドの投資回収(エグジット)と役職員のインセンティブを連動させる、PEファンドが関与する会社に特徴的な設計といえます。

ストック・オプション(第1回・第2回)の行使条件前提:権利行使時に取締役または従業員の地位にあり、いずれかのエグジット事由に該当すること上場エグジット上場日から段階的に行使可能ドラッグ・エグジットJ-GIAファンドの譲渡済割合90%以上で全部過半数譲渡エグジット譲渡への参加を請求した分上場エグジットの場合に行使できる新株予約権(保有数に対する累計)上場日50%1年後60%2年後70%3年後80%4年後90%5年後100%失効事由の例:行使価額(第1回200円・第2回240円)を下回る価格での株式の発行・処分等上場後の終値が行使価額を下回った場合 など

図10 Ⅰの部「新株予約権等の状況」より。いずれも有償で発行され、エグジット事由に該当した場合に限り行使できる設計。行使価額は株式分割後の金額

項目 第1回新株予約権 第2回新株予約権
決議日/付与日 2019年11月29日/2019年12月1日 2024年11月29日(臨時株主総会)/2024年12月1日
付与対象者(決議時) 当社取締役1名、子会社取締役7名、子会社従業員1名 当社取締役1名、子会社取締役5名、子会社従業員1名
目的となる株式数(分割後) 514,500株 110,250株
行使価額(分割後) 200円 240円
行使期間 2019年12月2日〜2034年12月1日 2024年12月2日〜2034年12月1日
発行の形態 有償(1個185円) 有償(1個294円)
公正価値の算定 二項モデル モンテカルロ・シミュレーション
継続所有の確約 ― 施行規則272条に基づく確約あり

会計処理について、連結財務諸表の注記では、ストック・オプションを持分決済型として処理する方針が示され、株式報酬取引が純損益に与えた影響額はないと記載されています。一般論として、有償で発行した新株予約権であっても、勤務条件や業績条件が付いていれば報酬としての性格を持つことがあり、日本基準では実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じて会計処理することとされています。「有償だから費用は生じない」と決めつけず、条件と払込金額、公正価値の関係を監査法人と確認しておくことが大切です。ストック・オプションの注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例を参考にしてください。

第2回新株予約権については、第四部「第三者割当等の概況」に、有価証券上場規程施行規則第272条に基づく継続所有の確約が記載されています。同条は、基準事業年度の末日(同社の場合は2025年3月31日)から起算して1年前より後に、役員や従業員に報酬として新株予約権を割り当てた場合に確約を求めるものです。第2回は2024年12月1日の割当てのため対象となり、割当日から上場日の前日または行使日のいずれか早い日まで所有する等の確約が行われています。発行価格は、DCF法等の方式により算出した価格を総合的に勘案して決定されています。潜在株式は合計624,750株で、潜在株式を含む株式総数の4.27%です。

流通株式比率が上場維持基準に近い見込みであることをどう開示しているか?

同社のⅠの部で特徴的なのが、事業等のリスクに「上場維持基準への抵触」を挙げている点です。上場時の売出しで流動性の確保に努めるものの、流通株式比率はスタンダード市場の上場維持基準に近接した水準となる見込みであり、今後は大株主への一部売出しの要請などで流通株式数を増やし、流動性の向上を図る方針と記載されています。

流通株式からは、上場株式数の10%以上を所有する者(主要株主)や役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)、役員等が議決権の過半数を所有する会社、自己株式などが所有する株式が除かれます。ファンドや創業者の持株比率が高い会社では、売出しの規模によって流通株式比率がどこまで確保できるかが資本政策の重要な論点になります。計算方法は流通株式比率の計算式と調べ方で詳しく解説しています。

配当方針:上場後の株主還元をどう示しているか

配当については、これまで借入金の圧縮を優先して配当を行ってこなかったこと、2027年3月期末を基準日とする配当から、総還元性向30%以上を当面の目標とし、年間2億円を下限とする配当を行う方針であることが記載されています。配当は年1回の期末配当を基本とし、決定機関は取締役会です(定款で会社法第459条第1項に基づく取締役会決議による剰余金の配当等を定めています)。財務の健全化と株主還元のバランスをどう取るかを、具体的な数値で示している例です。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。

初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら / IPO支援を見る

コーポレート・ガバナンスはどのように設計されているのか?

同社は監査等委員会設置会社です。設立以来の監査役設置会社から、2023年6月29日の定時株主総会で監査役会設置会社に移行し、さらに2025年3月28日の臨時株主総会で定款を変更して、2025年4月1日から監査等委員会設置会社に移行しました。採用の理由として、独立性を有する監査等委員が取締役会で議決権を持つことで能動的な意思決定が可能になること、監査等委員会が内部統制システムを積極的に活用して監査を行うことが、法令遵守のみならずステークホルダーとの適切な協働関係を維持するのにふさわしい体制であることが挙げられています。

取締役会は原則毎月1回開催され、取締役8名(監査等委員である取締役3名を含む)のうち4名が社外取締役、うち3名が独立役員です。取締役会の議長は代表取締役の松本氏が務めています。最近事業年度の取締役会は12回開催され、当時の構成員は全員が12回すべてに出席したと記載されています。

機関設計(監査等委員会設置会社)と主な会議体株主総会取締役会(8名)うち社外4名・独立役員3名監査等委員会3名(社外2名)指名委員会・報酬委員会(任意)代表取締役社長兼グループCEO内部監査室4名(社長直轄)リスク・コンプライアンス委員会(3か月毎)グループ経営会議(月1回)会計監査人太陽有限責任監査法人連結子会社5社選任・解任答申選定・監督連携

図11 Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成。指名委員会・報酬委員会は2025年10月1日に設置した任意の諮問機関

氏名 役職 主な経歴の要点
松本 哲裕 代表取締役社長 兼 グループCEO 1998年日本総業入社、他社勤務を経て2011年に再入社し取締役、2019年12月当社代表取締役社長
田中 満 取締役 兼 グループCOO 熊谷組、ジョーンズラングラサール等を経て2013年日本総業、2019年12月当社取締役
八木 由治 取締役 兼 グループCFO 複数の事業会社を経て2021年日本総業入社、2022年4月当社執行役員兼グループCFO、2023年6月取締役
藤原 摂 取締役(社外) 証券会社、投資ファンドを経て日本成長投資アライアンス パートナー
濱岡 洋一郎 取締役(社外・独立) 三井不動産、ジョーンズラングラサール代表取締役社長等
岩澤 宏 取締役(常勤監査等委員) 日本総業の内部監査室長、当社内部監査室長、当社監査役を経て2025年4月監査等委員
前川 理佐 取締役(監査等委員・社外・独立) 金融機関勤務を経て弁護士
福薗 健 取締役(監査等委員・社外・独立) 公認会計士・税理士。監査法人、事業会社の管理部門の経験

社外取締役4名のうち、藤原摂氏は筆頭株主のファンドを運営する日本成長投資アライアンス株式会社のパートナーで、独立役員には指定されていません。Ⅰの部では、日本成長投資アライアンスが投資組合を通じて発行済株式の84.6%を所有する最終支配当事者であることも記載されています。残る濱岡氏、前川氏、福薗氏の3名が独立役員として届け出る予定とされています。社外役員の独立性について独自の基準は定めておらず、東京証券取引所の独立性基準を参考にしていると記載されています。

一般論として、事業会社やファンドなど大株主の関係者であっても、東京証券取引所の独立性基準に抵触しなければ独立役員として届け出ることは可能です。ただし、2026年7月の上場規則改正(7月10日施行)により、上場会社の主要株主(議決権10%以上)やその業務執行者(最近において該当していた者を含む)等は、2026年12月1日以後に終了する事業年度に係る定時株主総会から独立役員の要件を満たさないこととされています。同社はファンド出身の社外取締役を独立役員としない一方、独立役員3名を確保する構成をとっています。スタンダード市場の会社にはコーポレートガバナンス・コードの全原則が適用され、原則4-10(2026年7月改訂前は原則4-8)では独立社外取締役を少なくとも2名以上選任することが求められます。社外取締役の人数の考え方は社外取締役は何人必要か、機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で解説しています。

任意の指名委員会・報酬委員会と、その他の会議体

2025年10月1日には、取締役会の諮問機関として任意の指名委員会・報酬委員会が設置されました。構成員の過半数を独立社外取締役とし、社外取締役2名を含む取締役3名で構成されます。指名委員会の委員長は前川氏、報酬委員会の委員長は福薗氏で、いずれの委員会にも代表取締役の松本氏が構成員として加わっています。

業務執行の面では、グループ全社の常勤取締役と執行役員が参加する「グループ経営会議」が毎月開催され、月次業績の共有や案件別採算、顧客との労務費転嫁交渉などの進捗管理が行われています。また、代表取締役を委員長とし、弁護士資格を持つ社外の監査等委員や子会社の代表取締役などで構成する「リスク・コンプライアンス委員会」が原則3か月に1回開催されています。執行役員は6名で、経営企画部長、財務経理部長、人事総務部長兼グループCLOなど管理部門の責任者が含まれています。

役員報酬はどのように決められているか?

役員報酬の方針は、業務執行取締役については基本報酬(月例の固定報酬)、業績連動報酬、株式報酬で構成し、社外取締役は基本報酬のみとするものです。報酬の種類ごとの比率の目安は、基本報酬:業績連動報酬=10:1とされています。業績連動報酬は、前年度の連結EBITDA実績の対予算達成率をベースに、役員ごとに設定した個別KPIの達成率を加味して決定し、毎年7月に支給します。2025年3月期の連結EBITDA予算は1,084百万円で、達成率は96.3%でした。

報酬の上限は2025年6月30日の株主総会で、取締役(監査等委員である取締役を除く)が年250百万円以内(うち社外取締役は年50百万円以内)、監査等委員である取締役が年50百万円以内と決議されています。個人別の報酬は取締役会の決議で決定し、2025年10月以降は任意の報酬委員会での審議・答申を経ることとしています。監査等委員である取締役の報酬は監査等委員会の協議で決定します。最近事業年度の報酬総額は、取締役(監査等委員及び社外取締役を除く)3名で54,488千円(うち業績連動報酬2,660千円)、監査等委員である取締役(社外取締役を除く)1名で7,740千円、社外役員3名で9,000千円です。

取締役報酬の決め方株主総会上限額を決議報酬委員会(任意・諮問)審議・答申取締役会個人別の報酬を決議支給基本報酬:月例業績連動:毎年7月業務執行取締役基本報酬+業績連動報酬+株式報酬目安 基本報酬:業績連動報酬=10:1社外取締役:基本報酬のみ上限 取締役(監査等委員を除く)年250百万円(うち社外取締役 年50百万円)業績連動の指標:前年度の連結EBITDA実績の対予算達成率+役員ごとのKPI達成率2025年3月期の連結EBITDA予算は1,084百万円、達成率は96.3%監査等委員である取締役は年50百万円以内で、監査等委員会の協議により決定

図12 Ⅰの部「役員の報酬等」より。株主総会決議は2025年6月30日。業績連動報酬は毎年7月に支給

役員報酬の決定方針や、その決定を代表取締役などに委任する場合の開示は、企業内容等の開示に関する内閣府令に基づく有価証券報告書の記載事項です。上場準備の段階で、方針の取締役会決議、株主総会での上限額の決議、個人別の額の決定手続を整えておく必要があります。同社のように業績連動報酬の指標と実績(予算と達成率)まで記載しておくと、報酬の決め方の透明性が伝わりやすくなります。

関連当事者との取引:ファンド関係会社へのコンサルティング料

関連当事者取引の注記には、最終支配当事者である日本成長投資アライアンス株式会社の完全子会社、J-GIAコンサルティング株式会社との経営コンサルティング取引が記載されています。取引金額は第5期・第6期ともに24百万円で、販売費及び一般管理費に計上されています。関係は「役員の兼任」とされ、取引条件は同業他社と業務内容と金額を比較したうえで、取締役会の決議により決定していると記載されています。

ファンドと当社の関係(関連当事者取引)日本成長投資アライアンス(株)(最終支配当事者)J-GIA1号投資事業有限責任組合(IFRS上の直近上位の親会社)J-GIAコンサルティング(株)(同社の完全子会社)当社(ヒトトヒトホールディングス)藤原 摂 氏(社外取締役)日本成長投資アライアンス パートナー独立役員には指定していない運用100%出資発行済株式の84.6%を所有経営コンサルティング 年24百万円取締役に就任

図13 Ⅰの部「関係会社の状況」「関連当事者取引」「役員の状況」をもとに作成。経営コンサルティング料は第5期・第6期とも24百万円(販売費及び一般管理費)

ファンドが大株主の会社では、ファンドの関係会社へのモニタリング料やコンサルティング料の支払いがあることがあります。上場審査では、こうした取引が少数株主の利益を損なっていないか、取引条件が合理的か、上場後も継続する必要があるかが確認されます。取引の必要性、金額の決め方、承認手続(利害関係のある取締役の扱いを含む)を規程と議事録で示せるようにしておくことがポイントです。関連当事者取引の審査上の考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)、開示の範囲は関連当事者との取引はどこまで開示するかを参照してください。

そのほか、取締役の責任免除(会社法第426条第1項)、非業務執行取締役との責任限定契約(同法第427条第1項)を定款に定めています。役員等賠償責任保険(D&O保険)は締結する予定とされ、保険料は全額会社負担の予定です。取締役の選任決議は議決権の3分の1以上を有する株主の出席とその過半数によるとされ、剰余金の配当等は取締役会決議で行えるよう定款に定めています。

内部監査と内部統制はどのような体制か?

内部監査は、他の全部門から独立した代表取締役社長直轄の「内部監査室」が担当しています。構成は室長1名、室員2名、兼務者1名の計4名です。内部監査規程に基づき、当社及び連結子会社の各部門・拠点の業務運営・管理、財産管理、品質確保の実態を調査し、法令や社内規程の準拠性を確認することを基本方針としています。内部統制システムの基本方針でも、社長直属の部門として内部監査業務を専任で所管する部門を設け、年度監査計画に基づいて専任担当者が監査を実施すると記載されています。

運用面では、連結会計年度末までに翌年度の内部監査計画を策定し、関連法令の遵守、従業員の労務管理、機密情報の管理、各業務特有のリスク管理を重点監査項目としています。業務の現場を巡察し、部門や現場の責任者と面談する方法をとっており、社長の特命による監査を行う場合もあります。監査結果は都度代表取締役社長に報告したうえで、速やかに取締役会と監査等委員会に報告し、会計監査人とも共有しています。改善を要する事項が見つかった場合は、被監査部門に改善計画書の提出を求め、改善が完了するまで監査を継続します。

内部監査の体制と三様監査の連携代表取締役社長内部監査室(4名)室長1・室員2・兼務者1監査等委員会常勤1名・社外2名会計監査人太陽有限責任監査法人三様監査:3者が定期的に会合し情報を共有監査対象:当社グループ各社の各部門・拠点(法令・社内規程・業務マニュアル等への準拠性・適正性・妥当性)翌年度の内部監査計画を策定現場巡察・責任者への面談結果を報告社長・取締役会・監査等委員会改善計画書の提出改善完了まで監査を継続都度報告報告共有

図14 Ⅰの部「監査の状況」「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成。重点監査項目は、関連法令の遵守、従業員の労務管理、機密情報の管理、各業務特有のリスク管理

現場で多くのアルバイトや警備員が働くサービス業では、労務管理が内部監査の中心テーマになります。Ⅰの部の連結キャッシュ・フロー計算書には「未払賃金の支払額」が第5期25百万円、第6期201百万円計上されており、第5期には過年度の未払賃金に関する費用19百万円が「その他の費用」に含まれています。労働時間の管理や賃金の支払いは、上場審査でも重点的に確認される分野です。重点監査項目に労務管理を掲げ、現場巡察で実態を確かめる同社の運用は、労働集約型の会社にとって参考になります。

一方、兼務者1名の兼務先や、兼務者が自らの業務を監査しないための具体的な手当て(自己監査の回避策)については、Ⅰの部には詳しい記載がありません。一般論として、内部監査の担当者が他部門を兼務する場合には、その担当者の所属部門を別の担当者が監査するなど、自己監査にならない体制を設計し、規程や監査計画で明確にしておくことが求められます。考え方は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)で解説しています。

監査等委員会監査と三様監査

監査等委員会は常勤の監査等委員1名と社外の監査等委員2名で構成され、月1回開催されています。最近事業年度は監査役会として12回開催され、3名の監査役全員がすべて出席しました。監査等委員会は、経営者との意見交換、重要会議への出席、重要書類の閲覧に加え、現場往査や内部監査への帯同も行っています。常勤監査等委員の岩澤氏は、人材派遣会社での派遣管理業務とヒトトヒト株式会社での警備管理業務を経験し、当社の前内部監査室長でもあります。監査等委員である社外取締役は、弁護士の前川氏と公認会計士の福薗氏です。

常勤監査等委員、内部監査室長、会計監査人は定期的に会合を持ち、いわゆる三様監査の連携を図っています。内部監査の結果は監査等委員会と会計監査人に共有され、監査等委員会も内部監査室との現場巡察に関する情報共有を検討事項としています。三様監査の進め方は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で解説しています。

持株会社としての子会社管理

持株会社と5つの事業子会社から成るグループでは、子会社の管理体制が審査の大きなテーマになります。同社は、関係会社管理規程を定めて人事総務部が関係会社の管理を行い、子会社の重要な業務の執行には当社の承認を必要としています。子会社で重要な法令違反などが発見された場合は、人事総務部長を通じて取締役会と監査等委員会に報告する仕組みです。法令遵守については人事総務部が主管部門として教育や法令改正情報の共有を行い、事故・クレームの報告ルールも定めています。

内部通報制度については、社外の第三者が運営する通報窓口を設け、通報者の人事上の保護を定めた内部通報制度規程を整備しています。内部統制システムの基本方針は2023年6月20日の取締役会で決議され、2025年3月14日に一部改正されました。財務経理・人事総務・内部監査を持株会社に集約したうえでグループ全体の統制を整えるという流れは、M&Aで子会社が増えていく会社にとって参考になる順序です。

会計・開示ではどこが論点になるのか?

収益はどの時点で認識しているか?

収益認識について、連結財務諸表の会計方針では、警備・清掃・運営管理業務及びセールスプロモーション業務は顧客との業務請負契約から、人材派遣業務は人材派遣契約から生じており、いずれも一時点で充足する履行義務と判断していると記載されています。売上収益の注記では、ビルマネジメント、イベントマネジメント、その他の業務について、案件に係る作業(業務)が完了した時点で顧客に支配が移転し、顧客に稼働報告書を提出して検収を受けた時点で収益を認識するとしています。人財サポートは、派遣社員による労働力の提供に応じて履行義務を充足する取引と判断し、稼働報告書を提出し検収を受けた時点で、派遣期間の稼働実績に応じて収益を認識しています。

収益を認識する時点業務の実施(警備・清掃・運営管理等)作業の完了(支配の移転)稼働報告書を顧客に提出顧客の検収→収益を認識ビル・イベント・その他案件に係る作業が完了した時点で一時点で履行義務を充足人財サポート(人材派遣等)労働力の提供に応じて履行義務を充足派遣期間の稼働実績に応じて認識支払条件は提供後翌月末まで(重大な金融要素なし)/契約資産・契約負債に重要なものなし

図15 Ⅰの部 連結財務諸表注記「重要性がある会計方針(収益)」「売上収益」をもとに作成

支払条件は提供後翌月末までで、重大な金融要素は含まれず、契約資産・契約負債に重要なものはないとされています。役務提供型のビジネスでは、「稼働報告書」と「検収」の証跡が売上計上の根拠になります。月末をまたぐ業務の稼働実績の集計、検収の遅れへの対応、単価改定(労務費の転嫁)の反映時期などを、業務フローと内部統制の中で決めておくことが重要です。上場審査で収益認識がどう確認されるかは上場審査で問われる収益認識で解説しています。

IFRSへの移行で何が変わったのか?

同社は第6期の連結財務諸表からIFRSを適用しています(比較年度の第5期もIFRSで表示)。初度適用にあたっては、IFRS第1号の免除規定を使い、移行日(2023年4月1日)より前の企業結合にはIFRS第3号を遡及適用せず、のれんは日本基準の帳簿価額を引き継いだうえで移行日に減損テストを行っています。Ⅰの部の初度適用の注記に示された主な調整項目は次のとおりです。

主な調整項目 内容(Ⅰの部の記載)
のれん IFRSでは償却しないため、第5期の利益剰余金が373百万円増加
借入金の取引コスト 実効金利法で処理(利益剰余金への影響 移行日38百万円、2024年3月末37百万円)
未消化の有給休暇 負債として計上(利益剰余金への影響 移行日△131百万円、2024年3月末△141百万円)
リース 借手のリースについて使用権資産とリース負債を計上
減価償却方法 定率法から定額法へ
利益剰余金の調整合計 移行日△92百万円、2024年3月末+257百万円
第5期の当期損益 日本基準の当期純損失323百万円が、IFRSでは当期利益25百万円

特にのれんの非償却の影響は大きく、LBOやM&Aで多額ののれんを抱える会社がIFRSを任意適用する理由の1つになり得ます。一方で、償却しない分、毎期の減損テストの結果が業績に直結します。IFRSの任意適用は、移行日の開示や比較情報の作成、監査法人の対応も含めて計画的に進める必要があります。

のれんの減損テストと感応度をどう開示しているか?

2025年3月末ののれんは5,951百万円で、総資産の53.2%を占めます。内訳は、ヒトトヒト株式会社に係る事業が5,537百万円、株式会社エース警備保障に係る事業が413百万円です。ヒトトヒトキャリアライズ株式会社に係るのれん130百万円は、2024年3月期に全額減損されています(同期の減損損失は無形資産などを含め309百万円)。

回収可能価額は使用価値で測定し、経営者が承認した今後3年分の事業計画を基礎としたキャッシュ・フローを、税引前加重平均資本コスト(2025年3月期は両事業とも11.1%)で割り引いて算定しています。3年を超える期間の成長率はゼロとしています。ヒトトヒト株式会社に係る事業の回収可能価額は帳簿価額を1,929百万円上回っていますが、税引前割引率が2.9%上昇した場合、または将来キャッシュ・フローの見積額が20.5%減少した場合には減損損失が発生する可能性があると開示されています。重要な会計上の見積りとしても、のれん及び無形資産の減損テストが挙げられています。

のれんの減損テストの枠組みと感応度ヒトトヒト(株)に係る事業のれん 5,537百万円(株)エース警備保障に係る事業のれん 413百万円ヒトトヒトキャリアライズ(株)のれん130百万円は2024年3月期に全額減損使用価値で回収可能価額を測定経営者が承認した3年分の事業計画3年超の期間は成長率ゼロ税引前WACCで割引2025年3月期は両事業とも11.1%感応度(ヒトトヒト(株)に係る事業):回収可能価額が帳簿価額を1,929百万円上回る税引前割引率が2.9%上昇、または将来CFの見積額が20.5%減少すると減損の可能性

図16 Ⅰの部 連結財務諸表注記「のれん及び無形資産」をもとに作成。のれん合計は5,951百万円(2025年3月末)で、総資産の53.2%

のれんの比率が高い会社では、減損テストに使う事業計画が、取締役会で承認された予算や中期経営計画と整合しているかが審査で確認されます。同社のように、感応度(どの程度前提が変われば減損が生じるか)を数値で開示し、さらにKPIとして「のれん/自己資本比率」を管理していると、リスクの大きさと対応策を一体で説明できます。のれんの審査上の見られ方はIPO審査でのれんの減損リスクはどう見られるかで解説しています。

その他の特徴的な注記と監査法人

2023年5月のエースグループの取得については、企業結合の注記で、取得対価(現金1,494百万円)、取得関連費用163百万円、識別可能な純資産1,210百万円、のれん413百万円などが開示されています。2024年3月の非支配持分の追加取得(14.5%)では、対価175百万円と非支配持分132百万円の差額43百万円を資本剰余金の減少として処理しています。繰延税金資産は2025年3月末で323百万円です。

借入金は2025年3月末で5,605百万円です。2025年3月には福岡銀行をエージェントとするシンジケートローン契約(2030年3月31日まで、当初借入額5,654百万円。融資枠上限1,000百万円のコミットメントラインに基づく借入800百万円を含む)でリファイナンスを行っています。この契約には、単体・連結の純資産を前期比80%以上に維持することと、連結の営業損益・経常損益を2期連続で赤字にしないことという財務コベナンツが付いていますが、上場に伴い撤廃されるとⅠの部に記載されています。

会計監査人は太陽有限責任監査法人で、継続監査期間は2023年3月期以降、補助者は公認会計士8名、その他26名です。提出会社の監査証明業務に基づく報酬は、前連結会計年度26百万円、最近連結会計年度31百万円で、非監査業務に基づく報酬はありません。監査法人の選び方とタイミングは監査法人はいつまでに決めるかを参照してください。

事業等のリスクには何が書かれ、審査ではどこが問われやすいか?

Ⅰの部の事業等のリスクは17項目で、各項目に「顕在化の可能性」「顕在化の時期」「影響度」を示したうえで、対応策が記載されています。リスク管理の体制として、日常的なリスクは人事総務部が管理し、リスク・コンプライアンス委員会を3か月に1回開催していることも説明されています。

事業等のリスクの顕在化の可能性と影響度影響度:低影響度:中影響度:高可能性:高可能性:中可能性:低季節変動ファンドの投資判断人財の確保人件費の上昇労務管理・コンプライアンスAI等の新技術グループガバナンス気候変動・自然災害法的規制同業他社との競争個人情報M&A有利子負債のれん特定取引先への依存上場維持基準への抵触経済状況

図17 Ⅰの部「事業等のリスク」に記載された17項目の「顕在化の可能性」と「影響度」を整理

項目の並びを見ると、最初に「有利子負債」「のれん」「ファンドの投資判断」「グループガバナンス」が置かれており、LBOで成立した持株会社としての特徴がリスク開示の構成にも表れています。主なものを確認します。

有利子負債(可能性:低、影響度:高):LBOやM&Aの資金を借入金で調達しており、2025年3月末の借入金は5,605百万円です。金利の見直しや財務コベナンツへの抵触のリスクを示し、対応策としてハードルレートを下回る案件の社長決裁、労務費の売上転嫁プロジェクト、金利交渉を挙げています。

のれん(可能性:低、影響度:高):のれんが総資産の53.2%を占め、2024年3月期に一部の資金生成単位で減損を計上したことを示したうえで、新規案件の獲得、採算管理、株主資本の充実で対応するとしています。

人財の確保・人件費の上昇(可能性:中、影響度:中):保安職業従事者の有効求人倍率6.74倍、名目賃金上昇率2.3%といった外部データを示し、人が中核の事業ならではのリスクを説明しています。対処すべき課題でも、最低賃金(全国加重平均1,118円、前年比63円・6.0%増)の上昇への対応が挙げられています。

特定取引先への依存(可能性:低、影響度:高):主要取引先10社で連結売上高の約40%を占めると記載されています。

上場維持基準への抵触(可能性:低、影響度:高):前述のとおり、流通株式比率がスタンダード市場の上場維持基準に近接する見込みであることを開示しています。

スタンダード市場の実質審査基準は、「企業の継続性及び収益性」「企業経営の健全性」「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「企業内容等の開示の適正性」「その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項」で構成されています。このケースに当てはめると、借入金とのれんを抱えたうえでの収益力(継続性及び収益性)、ファンドやその関係会社との関係(健全性)、持株会社による子会社管理と労務管理(内部管理体制)、流通株式やファンドの売出しに関する情報(開示の適正性)が、審査で確認されやすい論点と考えられます。各基準の全体像はIPOの実質審査基準とはで解説しています。

上場準備会社がこのケースから学べることは何か?

ここまでの内容を踏まえ、ヒトトヒトホールディングスのⅠの部から上場準備会社が学べる実務上の示唆を7つにまとめます。

このケースから学べる主なポイント①成立の経緯を説明するLBO・合併による変遷を「はじめに」で整理②管理部門を集約する持株会社に財務経理・人事総務・内部監査③機関設計を段階的に監査役会→監査等委員会→任意の委員会④のれんを数字で語る減損テストの感応度と自己資本比率のKPI⑤株式移動の根拠を残す算定方法・理由を記録しておく⑥流通株式を設計する売出しの規模と上場後の方針

図18 本記事の「上場準備会社が学べること」の要点

1.複雑な成り立ちは「はじめに」で一本のストーリーにする
LBO、合併、商号変更を経た会社は、形式上の存続会社と実質上の存続会社を区別し、沿革を分けて記載すると読み手が理解しやすくなります。株主の変遷と経営者の関与も一緒に説明しておくと、審査での質問にも答えやすくなります。

2.管理部門の集約をグループ統制の起点にする
同社は2022年4月に財務経理・人事総務・内部監査を持株会社に集約し、その後に監査役会、監査等委員会へと体制を強化しました。M&Aで子会社が増える会社ほど、先に管理機能を一か所にまとめることが、規程の統一や内部監査の効率化につながります。

3.機関設計は段階的に整え、運用実績を積む
監査役会設置会社への移行(2023年6月)から監査等委員会設置会社への移行(2025年4月)、任意の指名委員会・報酬委員会の設置(2025年10月)まで、段階を踏んでいます。機関設計を変えるたびに、取締役会や監査の運用実績を積み上げる時間を確保することが大切です。

4.のれんは「感応度」と「KPI」で説明する
減損テストの前提と、どこまで前提が変われば減損が生じるかを数値で示し、さらにのれん/自己資本比率を経営指標として管理することで、財務リスクと対応策を一体で説明できます。

5.上場前の株式移動は、価格の根拠と理由を残す
ファンドから取引先への株式譲渡では、類似会社比準方式とDCF法による価格を勘案し、移動理由を「取引関係の緊密化」と明記しています。移動のたびに算定根拠を記録しておくことが、審査対応の負担を減らします。

6.流通株式は売出しの規模と上場後の方針まで設計する
大株主の持株比率が高い会社は、上場時の売出しで流通株式比率を確保できるか、上場後にどう高めていくかを、資本政策の段階で検討しておく必要があります。

7.労働集約型の会社は、労務管理を内部監査の中心に置く
未払賃金の精算や労働時間の管理は審査で重点的に確認されます。重点監査項目に労務管理を掲げ、現場巡察で確認する運用は、多くのサービス業に応用できます。

  • 会社の成り立ち(設立・買収・合併・商号変更)を、Ⅰの部の「はじめに」や沿革で一貫して説明できるか
  • 持株会社に管理部門を集約し、関係会社管理規程・グループ会議・報告ルールで子会社を管理できているか
  • 機関設計の変更時期と目的を説明でき、変更後の取締役会・監査の運用実績が積み上がっているか
  • のれんの減損テストの前提が予算・中期経営計画と整合し、感応度を説明できるか
  • 上場前の株式移動・新株予約権の発行について、価格の算定根拠と継続所有の確約の要否を整理しているか
  • 流通株式比率を上場時・上場後のそれぞれで試算し、売出しの規模と方針を決めているか

よくある質問

Q1. ファンドが発行済株式の過半数を持ったままでも上場できますか?

同社の場合、上場申請時点でJ-GIA1号投資事業有限責任組合が発行済株式の84.6%を保有しており、上場時に一部を売り出す予定とされていました。大株主がいること自体で上場できないわけではありませんが、少数株主との利益相反の管理、ファンドからの経営の独立性、流通株式の確保、上場後の売却方針の開示などが求められます。同社はファンドの事前承認事項等がないことや、流通株式比率が上場維持基準に近接する見込みであることを事業等のリスクに記載しています。

Q2. IFRSを任意適用すると、上場準備にどのような影響がありますか?

同社は第6期(2025年3月期)の連結財務諸表からIFRSを適用し(比較年度の第5期もIFRSで表示)、移行日は2023年4月1日です。IFRSでは、のれんを償却しない一方で毎期の減損テストが必要になり、有給休暇の負債計上やリースの処理なども日本基準と異なります。初度適用の注記や比較情報の作成が必要になるため、監査法人と早めに計画を立てることが重要です。

Q3. ストック・オプションに「エグジット事由」を付けるのはなぜですか?

同社の新株予約権は、上場、ファンドの株式譲渡などのエグジット事由に該当した場合に限り行使できる設計です。ファンドの投資回収と役職員のインセンティブを連動させる目的で用いられることがあります。上場の場合は上場日に保有数の半分、その後5年間で毎年10%ずつ行使できるようになるなど、上場後の在籍も促す内容になっています。

Q4. 上場前に取引先へ株式を譲渡する場合、何に注意すべきですか?

譲渡価格の算定方法(同社は類似会社比準方式とDCF法を勘案)と移動の理由を記録し、Ⅰの部の「株式等の移動状況」に記載できるようにしておくことです。同時期の新株予約権の行使価額や第三者割当の価格との整合性も審査で確認されます。

最初の一歩は、自社の「成り立ち」と「株主の変遷」を一枚に整理すること

ファンドの関与やM&Aがある会社は、Ⅰの部の作成に入る前に、設立から現在までの株主・組織再編・借入の変遷を時系列で一枚にまとめることから始めるのがおすすめです。そこから、機関設計をいつ変えたか、管理部門をいつ整えたか、株式をいつ誰にいくらで動かしたかを書き足していくと、審査で説明が必要な論点と、不足している記録が自然に見えてきます。上場準備の進め方の全体はIPO準備 完全ガイドにまとめています。

無料ダウンロード

ヒトトヒトホールディングスのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)

ヒトトヒトホールディングスの機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。

まとめ

ヒトトヒトホールディングスは、1974年創業の事業会社グループが、2019年のファンド主導のLBOを経て持株会社となり、2026年4月7日に東証スタンダード市場に上場した事例です。Ⅰの部には、形式上・実質上の存続会社を分けた沿革の説明、管理部門の集約から監査等委員会設置会社・任意の指名委員会・報酬委員会に至るガバナンスの段階的な整備、IFRS任意適用のもとでののれんの減損テストと感応度の開示、財務健全性のKPI、ファンドから取引先への株式移動、エグジット連動型のストック・オプション、流通株式比率に関するリスク開示など、上場準備に役立つ記載が数多く含まれています。

特に、M&AやLBOで成長してきた会社、ファンドが大株主の会社、多くの現場人員を抱えるサービス業の会社にとって、同社のⅠの部は自社の準備状況を点検する良い手本になります。自社に当てはめる際は、記載の背景にある体制や記録の整備まで含めて準備を進めてください。

上場準備の体制づくりを相談したい方へ

ショートレビュー、資本政策、機関設計、内部監査・内部統制、会計方針と開示、Ⅰの部の作成、審査対応まで、上場準備の実務を公認会計士が支援します。

相談内容を送る料金・支援内容を見る

公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

IPO支援に強い、公認会計士 IPO支援に強い、公認会計士

ベンチャー・スタートアップ企業の
経営管理支援・IPO支援

お問い合わせ

書くより話すほうが早いときは、お電話でも承ります TEL 03-6820-0406