estieのIPO|種類株式の整理と上場後減資、M&Aのれん全額減損【Ⅰの部から読む上場準備】

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

株式会社estie(証券コード658A)は、2026年10月1日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年11月6日に東証グロース市場へ上場する予定です。オフィスビルや物流施設、賃貸住宅などの商業用不動産に関するデータを集めて整え、データ基盤とアプリケーションとして不動産事業者や金融機関に提供している会社です。本記事では、東京証券取引所に提出された「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」(全192ページ)を読み、上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできるポイントを整理します。

結論からいえば、estieのⅠの部は「資本政策の仕上げ方」と「M&Aで生じたのれんを全額減損した後のガバナンスの立て直し方」を学ぶのに適した事例です。4種類の優先株式を上場直前に取得条項で普通株式へ一括して切り替えて消却し、続けて1株を100株に分割したこと、上場後の減資まで臨時株主総会で決議していること、業績条件付きのストック・オプションを役員に付与していること、そして一括前受の契約を期間に按分する収益認識など、準備中の会社がそのまま検討項目にできる論点が並んでいます。

estieはどんな会社で、いつ、どの市場に上場するのか

まず基本情報です。estieは2018年12月に東京都文京区で設立され、現在の本店は東京都港区赤坂にあります。決算期は12月で、Ⅰの部の最近事業年度は第8期(2025年12月期)、直近の中間期は第9期中間連結会計期間(2026年1月〜6月)です。代表取締役は創業者の平井瑛氏で、三菱地所出身です。

上場市場は東証グロース市場で、上場承認日は2026年10月1日、上場予定日は2026年11月6日です。Ⅰの部の提出日も2026年10月1日となっています。グループは当社と連結子会社で構成され、2025年12月31日時点の関係会社の状況では、株式会社日本不動産情報リサーチ&コンサルティング(新潟市)と株式会社住宅新報(東京都中央区)が主要な連結子会社として記載されています。

従業員数は2026年8月31日時点で連結188名、単体138名です。単体の平均年齢は33.4歳、平均勤続年数は2.4年、平均年間給与は9,534千円と記載されています。連結従業員は最近1年間で35名増えており、採用の増加と新規連結子会社の加入が理由とされています。急成長企業らしく、組織の拡大と管理体制の整備を同時に進めてきたことがうかがえます。

項目 内容
会社名 株式会社estie(estie, inc.)
証券コード 658A
市場 東京証券取引所 グロース市場
上場承認日/上場予定日 2026年10月1日/2026年11月6日
設立 2018年12月(東京都文京区)
本店 東京都港区赤坂九丁目7番2号
代表者 代表取締役 平井 瑛
決算期 12月(最近事業年度:第8期 2025年12月期)
事業 不動産プラットフォーム事業(単一セグメント)
従業員数(2026/8/31) 連結188名、単体138名
会計監査人 有限責任監査法人トーマツ

何で稼ぐ会社なのか――事業内容と収益モデル

estieは「産業の真価を、さらに拓く。」をパーパスに掲げ、商業用不動産業界の情報の非対称性やデータの分断という課題を、データとテクノロジーで解決することを目指しています。Ⅰの部では、建物の空室状況や募集賃料などの情報を不動産業界の事業者から仕入れるとともに、公開情報の収集や自社による現況確認で独自に情報を集め、これを統合・整備したデータ基盤を事業の源泉としていると説明されています。2026年8月末時点の保有データは、オフィスビル88,000棟、物流施設19,000棟、ホテル17,000棟、住宅260万棟です。

サービスは「Vertical Dataソリューション」「エンタープライズ実装」「専門情報サービス」の3つの提供形態に分かれています。Vertical Dataソリューションは、estie オフィスリサーチ、レジリサーチ、物流リサーチ、所有者リサーチ、J-REIT、案件管理といったデータ分析基盤や業務支援ツールの提供です。総合デベロッパーTop10社の9割以上、J-REIT全58銘柄の5割以上、信託業務を営む大手銀行5行で導入されていると記載されています(2026年8月時点)。

エンタープライズ実装は、大手の不動産事業者や金融機関向けに、顧客が持つデータとestieのデータを統合したデータ基盤やアプリケーションを個社別に開発・実装するサービスで、Forward Deployed Engineerと呼ぶエンジニアを顧客の現場に派遣するとしています。専門情報サービスは、2025年8月に子会社化した住宅新報による専門紙・ポータルサイトでのニュース提供や、宅地建物取引業法に基づく登録講習などの教育サービスです。これらはすべて「不動産プラットフォーム事業」の単一セグメントとして運営されています。

商業用不動産データを起点とした事業モデル不動産事業者等からの情報仕入公開情報の収集現況確認などの独自収集不動産データ基盤(Vertical Data)Vertical Dataソリューションエンタープライズ実装専門情報サービス(住宅新報)デベロッパー・金融機関・仲介会社等意思決定・業務を支援

図1 情報の仕入れ・収集から、データ基盤を通じて3つの提供形態で顧客に届ける構造(Ⅰの部「事業の内容」をもとに作成)

収益の中心はVertical Dataソリューションです。収益認識関係の注記にある「顧客との契約から生じる収益を分解した情報」によれば、第8期の連結売上高2,082,341千円のうち、Vertical Dataソリューションが1,856,330千円、エンタープライズ実装が62,139千円、専門情報サービスが125,467千円、その他が38,402千円でした。第9期中間期では、それぞれ1,357,855千円、85,286千円、226,080千円、81,281千円となっており、M&Aで加わった専門情報サービスなどの比重が高まっています。

事業等のリスクでも、売上の大半をVertical Dataソリューションの利用料が占めていることが「特定サービスへの依存」として開示されています。一方で、ソフトウェア利用契約や継続的な保守契約に基づくリカーリング売上高が第9期中間期の全売上高の77%を占め、2026年6月末のリカーリング契約顧客数は573社と記載されています。最近2連結会計年度と中間期を通じて、売上高の10%以上を占める販売先はありません。

提供形態別の売上高(千円)Vertical Dataソリューション1,856,3301,357,855エンタープライズ実装62,13985,286専門情報サービス125,467226,080その他38,40281,281第8期(通期)第9期中間

図2 収益認識関係注記の「顧客との契約から生じる収益を分解した情報」より。第8期は通期、第9期は中間期(1〜6月)

上場準備会社にとっての実務ポイントは、提供形態ごとの売上を収益認識の注記と整合させて説明できるようにしておくことです。主幹事証券や取引所の審査では、事業の説明に使う区分(ここではVertical Dataソリューション等の3区分)と、財務諸表の注記や管理会計の区分が一致しているかが確認されます。事業説明資料で使う言葉と、会計上の区分が食い違うと、そのたびに説明が必要になります。

沿革から見る上場までの道のり

estieの沿革は、データ基盤の構築期と、M&Aや資本業務提携による拡張期の二つに分けて読むと分かりやすくなります。2018年12月の設立後、2020年3月にオフィスビルのデータ基盤サービス「estie pro(現 estie オフィスリサーチ)」の提供を始めました。2023年10月には不動産の所有者情報を扱う「estie 物件売買(現 estie 所有者リサーチ)」と「estie 案件管理」をリリースし、同月に株式会社日本政策投資銀行(DBJ)と、同行による株式取得を伴う業務提携を始めています。

2024年2月にはデータ入力などのオペレーション業務を集約するため、新潟市に株式会社日本不動産情報リサーチ&コンサルティングを設立しました。2024年5月に物流リサーチ、10月にレジリサーチ、11月にestie J-REITをリリースし、対象アセットを広げています。2024年5月には情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際規格ISO/IEC 27001:2022の認証も取得しています。

拡張期の主な出来事は、2025年8月の住宅新報の100%子会社化、2025年11月と12月の2件の事業譲受、2026年1月のクラフコの子会社化、2026年4月の農林中央金庫との株式取得を伴う業務提携、2026年6月の合弁会社株式会社estieスマートリフォームの設立です。上場の直前期にM&Aと資本業務提携が集中しているのが、この会社の特徴です。

沿革の主要イベント2018/12設立2020/3オフィスリサーチ提供2023/10DBJと業務提携2024/2データ子会社設立2024/5物流リサーチISMS取得2024/10レジリサーチリリース2025/8住宅新報を子会社化2025/11-12事業譲受2件2026/4農林中金と業務提携2026/11/6グロース上場予定

図3 設立から上場予定日までの主な出来事(Ⅰの部「沿革」「事業の内容」等をもとに作成)

実務上は、上場申請の直前期にM&Aを行うと、取得した会社の内部管理体制を上場会社水準に引き上げる作業(PMI)が審査の対象に加わります。estieも、住宅新報を対象とした「株式公開のための課題抽出調査」を会計監査人に依頼しており、その報酬5,000千円が非監査業務として開示されています。M&Aを予定している準備会社は、取得後に子会社の規程・決算体制・内部監査をどう整えるかを、スケジュールに組み込んでおく必要があります。全体の流れはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)も参考にしてください。

業績はどう推移しているか――赤字の読み方とグロース市場の成長可能性

単体の売上高は、第4期(2021年12月期)162,889千円、第5期343,426千円、第6期595,103千円、第7期1,094,036千円、第8期1,956,873千円と毎期大きく伸びています。一方、経常損失は第4期△132,551千円、第5期△406,873千円、第6期△695,462千円、第7期△638,788千円、第8期△636,472千円と、5期すべてで損失です。なお、第4期から第6期の数値は会社計算規則に基づくもので、金融商品取引法に準ずる監査は受けていない旨が注記されています。

売上高の推移(単体・百万円)05001,0001,5002,000第4期第5期第6期第7期第8期売上高(単体)

図4 第4期〜第8期の単体売上高(百万円未満四捨五入)。第4〜6期は金融商品取引法に準ずる監査の対象外の数値です

連結では、第7期(2024年12月期)の売上高1,094,036千円に対し、第8期は2,082,341千円で前期比90.3%増でした。営業損失は650,853千円から530,130千円に、経常損失は633,116千円から543,340千円に縮小しています。ところが親会社株主に帰属する当期純損失は628,882千円から1,201,659千円に拡大しました。M&Aで取得した事業・資産について減損損失656,538千円を特別損失に計上したためです。

第9期中間期(2026年1月〜6月)は、売上高1,750,503千円、営業損失1,911千円、経常損失2,635千円と、営業損益はほぼ均衡しています。ただし、2026年1月に取得したクラフコののれん281,520千円を減損損失として計上したため、親会社株主に帰属する中間純損失は279,084千円でした。中間連結財務諸表はトーマツの期中レビューを受けたものです。

連結(千円) 第7期 2024/12 第8期 2025/12 第9期中間 2026/1-6
売上高 1,094,036 2,082,341 1,750,503
売上総利益 870,415 1,584,591 1,333,334
営業損失 △650,853 △530,130 △1,911
経常損失 △633,116 △543,340 △2,635
減損損失(特別損失) - 656,538 281,520
親会社株主に帰属する当期(中間)純損失 △628,882 △1,201,659 △279,084
純資産 2,745,697 1,551,838 1,302,602
総資産 4,091,331 4,384,995 4,632,811
自己資本比率 64.9% 33.1% 25.4%
営業活動によるCF △328,592 △100,287 340,712
第8期(2025年12月期)連結損益の段階売上高2,082百万円売上総利益1,585百万円営業損失△530百万円経常損失△543百万円当期純損失△1,202百万円特別損失:減損損失657百万円(のれん等)販管費2,115百万円(人件費・研究開発費が中心)

図5 売上高は前期比90.3%増となった一方、減損損失656,538千円の計上で当期純損失が拡大しました(百万円未満四捨五入)

赤字企業がグロース市場に上場する場合、審査では「事業計画の合理性」が重視されます。グロース市場の実質審査基準は、「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」「企業経営の健全性」「事業計画の合理性」「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「その他公益又は投資者保護の観点」です。赤字であること自体よりも、黒字化までの道筋を合理的に説明できるかが問われます。詳しくはグロース市場の「高い成長可能性」とはとIPO審査の「事業計画の合理性」で解説しています。

estieは経営指標として、売上高、調整後EBITDA、Rule of 40の3つを掲げています。調整後EBITDAは営業利益に減価償却費、のれん償却費、株式報酬費用を加えた会社独自の指標で、Rule of 40は売上高成長率と調整後EBITDAマージンの合計です。第7期は26.2%、第8期は65.8%、第9期中間期は97.5%で、第9期中間期には調整後EBITDAが12,203千円と黒字になっています。

経営指標(売上高・調整後EBITDA・Rule of 40)指標第7期第8期第9期中間売上高(百万円)1,0942,0821,751調整後EBITDA(百万円)△631△51112売上高成長率83.8%90.3%96.8%調整後EBITDAマージン△57.6%△24.5%0.7%Rule of 4026.2%65.8%97.5%

図6 Ⅰの部「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」より(金額は百万円未満四捨五入)

興味深いのは、SaaS企業でよく使われるARR(年間経常収益)、MRR(月間経常収益)、解約率を経営上の目標として設定していない理由を明記している点です。売上高にはソフトウェア利用料だけでなく、エンタープライズ実装の開発・実装売上や専門情報サービスの売上が含まれ、今後も多様な収益形態を組み合わせていく方針だからと説明しています。そのうえで、既存顧客の解約や契約金額の減少は月次で把握して取締役会に報告していると補足しています。

上場準備会社にとっては、「なぜその指標を選び、なぜ他の指標を選ばないのか」まで説明する姿勢が参考になります。審査や投資家説明では、業界でよく使われる指標を採用しない理由を問われることが多くあります。独自指標を使う場合は、定義(何を足し引きしているか)を明確にし、財務諸表の数値から再計算できるようにしておくことが重要です。

資本政策と株主構成――優先株式の整理から上場後の減資まで

誰が株主なのか

Ⅰの部の「株主の状況」によれば、新株予約権による潜在株式を含む総数17,797,800株に対し、筆頭株主はUTEC4号投資事業有限責任組合(18.98%)、次いで代表取締役の平井瑛氏(17.17%)、平井氏の資産管理会社であるHRI株式会社(11.24%)、DBJ(4.82%)、Vertex Growth Fund II Pte. Ltd.(4.82%)と続きます。平井氏本人と資産管理会社を合わせると28.41%です。これらはⅠの部記載時点の割合であり、公募・売出し後の上場時点の割合ではない点に注意してください。

事業等のリスクでは、発行済株式総数15,443,800株のうち7,424,000株(48.1%)をベンチャーキャピタルが組成した投資事業組合が保有しており、上場後に売却される可能性があることが開示されています。また、新株予約権の目的となる株式数は2,354,000株で、発行済株式数に対する潜在株式比率は15.2%です。

主要株主の所有割合(Ⅰの部記載時点)UTEC4号投資事業有限責任組合18.98%平井瑛(代表取締役)17.17%HRI株式会社(資産管理会社)11.24%日本政策投資銀行4.82%Vertex Growth Fund II4.82%Globis Fund VI, L.P.3.82%グロービス6号ファンド3.77%束原悠吾(取締役)2.95%岩成達哉(取締役CTO)2.95%上田來(取締役CFO)2.95%

図7 「株主の状況」より。新株予約権による潜在株式を含む総数17,797,800株に対する割合で、上場時(公募・売出し後)の割合ではありません

株主構成で上場準備会社が押さえておきたいのは、流通株式の考え方です。流通株式からは、上場株式数の10%以上を所有する株主(主要株主)、役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)、役員等が議決権の過半数を所有する会社、自己株式などが除かれます。estieでいえば、資産管理会社のHRIは「役員等により議決権の過半数が所有されている会社」として特別利害関係者等に区分されています。グロース市場の形式要件には流通株式比率25%以上などがありますので、早い段階で試算しておくことが大切です。数え方は流通株式数の数え方で整理しています。

優先株式はどう発行され、どう整理されたのか

estieはこれまで、A種、A2種、A3種、B種の4種類の優先株式を発行してきました。Ⅰの部の「発行済株式総数、資本金等の推移」には、2022年1月のA3種優先株式15,500株(発行価格65,000円、UTEC4号、グロービス系ファンド、グローバル・ブレイン8号が引受け)、2023年10月のA3種優先株式3,077株(同65,000円、DBJ)、2024年10月から12月にかけてのB種優先株式計26,933株(発行価格116,524円、UTEC4号、グロービス系ファンド、DBJ、Vertex Growth Fund II、三菱UFJ信託銀行、SuMi TRUSTイノベーション投資事業有限責任組合、ZFP第2号投資事業有限責任組合など)が記載されています(いずれも株式分割前の株数・価格)。

これらの優先株式は、2026年7月15日の取締役会決議に基づき、2026年8月28日に定款の取得条項に従って会社がすべて取得し、対価として優先株式1株につき普通株式1株を交付しました。交付した普通株式は84,010株で、取得した優先株式は同日にすべて消却されています。会社法上は、取得条項付株式の取得(会社法155条1号)と自己株式の消却(同178条)の組み合わせです。その3日後の8月31日には、普通株式1株を100株とする株式分割と、単元株式数を100株とする単元株制度の採用を行い、発行済株式数は15,443,800株になりました。

優先株式の普通株式化(2026年8月)A種 17,500株A2種 21,000株A3種 18,577株B種 26,933株取得条項により取得2026/8/281株につき普通株式1株計84,010株を交付取得した優先株式を同日すべて消却8/31 1:100分割発行済15,443,800株

図8 株式数は株式分割前の数。取得条項に基づく取得(会社法155条1号)と消却(同178条)の後に株式分割を実施しています

上場準備では、種類株式を上場前に普通株式へ切り替えることが一般的です。上場する株式は普通株式であり、優先残余財産分配権などの優先条件は上場後の株主平等の観点からも整理が必要だからです。取得条項を定款に入れておけば、取締役会決議で一括して転換でき、個々の株主に取得請求をしてもらう必要がありません。投資契約の段階で、上場時に取得条項が発動できる設計になっているかを確認しておきましょう。詳しくは種類株式は上場前に普通株式へ戻すのかをご覧ください。

資本政策の時系列(上段:株式、下段:減資)2022/1A3種発行@65,000円2023/10A3種DBJが引受2024/10-12B種発行@116,524円2026/8/28優先株を普通株へ2026/8/311:100分割単元100株2022/7減資83.4%2023/12減資50.0%2024/12減資94.0%2026/8/31減資を決議臨時総会2026/12/31効力発生予定

図9 発行価格は株式分割前の1株当たり金額。減少割合は資本金の減少割合(Ⅰの部「発行済株式総数、資本金等の推移」より)

なぜ何度も減資をしているのか

estieの資本金の推移を見ると、第三者割当増資のたびに資本金が増え、その後に減資で1億円に戻すという動きを3回繰り返しています。2022年7月(減少割合83.4%)、2023年12月(同50.0%)、2024年12月(同94.0%)の減資は、いずれも会社法447条1項に基づき資本金の額を減少して全額をその他資本剰余金に振り替えたもので、目的は「資本政策上の柔軟性及び機動性を確保すること」と記載されています。

さらに、2026年8月31日の臨時株主総会では、上場時の募集と第三者割当増資で増える資本金について、最終的な資本金を1,000万円とする減資を決議しています。上場後に会社法449条の債権者保護手続(官報公告、定款に定める電子公告、知れている債権者への個別催告)を行い、2026年12月31日を効力発生日とする予定です。資本の部の中での振替であり、資金の流出はありません。

会社はこの減資の理由として、M&Aなどの成長戦略のための柔軟な資本政策(株主還元を含む)に加え、資本金が1億円以下となることで法人税法上の中小法人等として繰越欠損金を課税所得の全額まで控除できるなど、税法上の中小企業向け措置の適用を受けられる見込みであることを挙げています。そのうえで、事業等のリスクに「株式発行及び資本金の額の減少について」という項目を設け、措置が廃止・変更された場合の影響や、否定的な報道がなされた場合のレピュテーションへの影響まで開示しています。

時期 内容 資本金残高(千円)
2022年1月 A3種優先株式 第三者割当 603,750
2022年7月 減資(減少割合83.4%) 100,000
2023年10月 A3種優先株式 第三者割当(DBJ) 200,002
2023年12月 減資(減少割合50.0%) 100,000
2024年10〜12月 B種優先株式 第三者割当(3回) 1,669,170
2024年12月 減資(減少割合94.0%) 100,000
2026年3月 新株予約権の行使 101,921
2026年8月31日決議 上場後に資本金を1,000万円とする減資(2026年12月31日効力発生予定) -

上場準備会社への示唆は、減資を「税務上のメリット」だけで説明しないことです。estieは、財務戦略上の目的、税務上の効果、制度変更や報道のリスクを並べて開示し、社外の専門家の意見も踏まえて取締役会で慎重に検討したと記載しています。なお、資本金をその他資本剰余金に振り替えても、それだけで繰越利益剰余金のマイナスが消えるわけではなく、分配可能額の計算も別途確認が必要です。資本政策は後からやり直しにくいため、資本政策はなぜやり直せないかも参考に、上場前後の資本金の水準を早めに設計しておきましょう。

上場前の株式移動と価格はどう決まったか

第四部「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、2024年1月1日以降の株式移動が記載されています(取引所規則上、基準事業年度の末日の2年前の日から上場日の前日までが対象)。主なものは、2024年10月に平井氏からUTEC4号、グロービス系ファンド、グローバル・ブレイン8号、DBJに計102,800株を1株124.85円で譲渡したもの、2025年5月に平井氏から資産管理会社HRIへ2,000,000株を1株147.7円で譲渡したもの、2026年4月に平井氏、束原氏、岩成氏、上田氏と子会社代表取締役2名の計6名がそれぞれ32,000株を1株1,478.83円で農林中央金庫に譲渡したもの、2026年9月にUTEC4号が135,200株を1株1,479円で農林中央金庫に譲渡したものです(いずれも分割後の株数・単価)。

移動価格は、DCF法により算出した価格を総合的に勘案して当事者間で協議して決めたと記載されています。また、第三者割当や新株予約権の発行価格・行使価額は、DCF法、純資産方式、類似会社比準方式で算出した価格を総合的に勘案して決めたとされています。

上場前の主な株式移動(特別利害関係者等)平井瑛(代表取締役)UTEC・グロービス・GB・DBJHRI株式会社(資産管理会社)役員・子会社代表計6名UTEC4号農林中央金庫(業務提携先)2024/10 計102,800株 @124.85円2025/5 200万株 @147.7円2026/4 各32,000株 @1,478.83円2026/9 135,200株 @1,479円

図10 「特別利害関係者等の株式等の移動状況」より。株数・単価は株式分割後の表記。移動価格はDCF法により算出した価格を勘案し当事者間で協議して決定

上場直前の株式移動は、審査で価格の妥当性と移動の理由が必ず確認されます。同じ時期に異なる価格で移動していると、その差の説明を求められます。estieの場合、2026年4月の農林中央金庫への譲渡は業務提携に伴うものとされ、2026年9月の譲渡とほぼ同じ単価です。価格算定の考え方は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかで、上場前の株式移動のルールは上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。

なお、継続所有の確約が必要になるのは、基準事業年度の末日の1年前より後に行った第三者割当等です。estieの基準事業年度の末日は2025年12月31日で、B種優先株式の第三者割当(2024年10月〜12月)はその1年前より前のため、保有期間等に関する確約の欄は「-」となっています。一方、報酬として割り当てた新株予約権については、第17回以降に取引所規則(有価証券上場規程施行規則272条)に基づく確約が付されています。主幹事証券との間で結ぶロックアップの合意は、これとは別の仕組みです。

ストック・オプションはどう設計されているか

estieは第1回から第24-2回まで、多数回にわたって新株予約権を発行しています。提出日の前月末(2026年9月30日)時点で残っているのは、第1回(外部協力者1名、39,300株)、第11回(取締役1名・使用人42名、715,200株)、第12回〜第15回、第17回〜第22回、そして2026年8月から9月に発行した第23回、第24回、第23-2回、第24-2回です。株主の状況には、国立大学法人東京大学が潜在株式39,300株を保有する株主として記載されています。

従業員向けの多くの回は行使価額1円(分割後)で、上場まで行使できないことや、会社の買収時には承認決議後14日間に限り行使できることなどが共通の条件です。監査役3名に付与した第14回、取締役4名に付与した第15回は行使価額140円(分割後)、社外取締役の松島氏に付与した第19回・第20回は266円、使用人107名に付与した第21回は945円です。2026年8月以降の第23回以降は、行使価額を「上場時の募集又は売出しの発行価格若しくは売出価格」と「1,479円(分割後)」のいずれか高い金額としています。

回 決議日 主な対象 株式数(2026/9/30) 行使価額(分割後)
第1回 2020/4/10 外部協力者1名 39,300株 1円
第11回 2023/12/25 取締役1名・使用人42名 715,200株 1円
第14回 2024/12/19 監査役3名 9,000株 140円
第15回 2024/12/19 取締役4名(業績条件付き) 480,000株 140円
第19回・第20回 2025/8/29 取締役1名(第20回は業績条件付き) 計40,000株 266円
第21回 2026/2/26 使用人107名 277,500株 945円
第23回 2026/8/14 使用人120名 326,500株 公開価格等と1,479円の高い方
第24回 2026/8/14 使用人5名(業績条件付き) 150,000株 公開価格等と1,479円の高い方
第24-2回 2026/9/1 取締役1名(業績条件付き) 30,000株 公開価格等と1,479円の高い方

役員向けの回と一部の使用人向けの回には業績条件が付いています。第15回と第20回は、通期売上65億円以上、通期売上95億円以上、通期EBITDA(営業利益+減価償却費+のれん償却費+株式報酬費用)20億円以上の3つの条件を、それぞれ割当数の3分の1ずつ行使できる条件として定めています。第24回と第24-2回は、通期売上95億円以上と通期EBITDA20億円以上で、それぞれ2分の1ずつです。いずれも達成期限が定められ、行使時に取締役などの地位にあることも条件です。

役員向けストック・オプションの業績条件第15回・第20回(取締役等)通期売上65億円以上 → 1/3(2028年開始年度末まで)通期売上95億円以上 → 1/3(2030年開始年度末まで)通期EBITDA20億円以上 → 1/3(2030年開始年度末まで)第24回・第24-2回(使用人・取締役)通期売上95億円以上 → 1/2(2030年開始年度末まで)通期EBITDA20億円以上 → 1/2(2030年開始年度末まで)

図11 第15回・第20回は3段階、第24回・第24-2回は2段階で行使可能割合が決まる設計(行使時に取締役等の地位にあることも条件)

会計面では、未公開企業であるため、ストック・オプションの公正な評価単価を本源的価値で見積もっています。付与日の公正な評価単価は第11回・第12回が90円、第13回が125円、第17回が148円、第18回が266円(分割後)で、株式報酬費用は第7期16,557千円、第8期9,330千円でした。権利確定数は、将来の失効数の合理的な見積りが難しいため実績の失効数のみを反映する方法を採っています。上場後は株価の算定方法が変わるため、新たに付与する分の会計処理を早めに確認しておく必要があります。注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例で紹介しています。

業績条件付きのストック・オプションは、経営目標と役員のインセンティブを結びつける手段として有効ですが、条件の指標(ここでは売上高とEBITDA)の定義を発行要項で明確にしておくことが不可欠です。estieの通期EBITDAの定義は、経営指標として開示している調整後EBITDAと同じ構成になっており、開示上の指標とインセンティブ設計が整合しています。

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コーポレート・ガバナンス――機関設計と社外役員、役員報酬

estieは取締役会設置会社かつ監査役会設置会社で、会計監査人を置いています。取締役会は代表取締役の平井瑛氏が議長を務め、束原悠吾氏、取締役CTOの岩成達哉氏、取締役CFOの上田來氏、社外取締役の松島陽介氏と藤井良太郎氏の6名で構成されます。監査役会は常勤監査役の服部景子氏、永井亮氏、堂田丈明氏の3名で、全員が社外監査役です。社外取締役2名と社外監査役3名はいずれも独立役員として届け出られています。

定時取締役会は原則月1回で、最近連結会計年度は12回開催されました。社内取締役4名と監査役3名は12回すべてに出席しています。社外取締役については、2025年9月に就任した松島氏は就任後の4回すべてに出席、藤井氏は2026年9月就任のため実績なしと記載され、前任の社外取締役2名は12回すべてに出席したうえで2026年7月27日に辞任しています。上場直前に社外取締役の顔ぶれが入れ替わったことになります。

estieの機関設計(監査役会設置会社)株主総会取締役会6名(うち社外2名)監査役会3名(全員社外)代表取締役リスク・コンプライアンス委員会内部監査室(他部門兼務3名)会計監査人(有限責任監査法人トーマツ)選任選任監査選定・監督任命連携三様監査

図12 取締役会6名(うち社外2名)、監査役会3名(全員社外)。リスク・コンプライアンス委員会は代表取締役が委員長

役職 氏名 主な経歴・資格
代表取締役 平井 瑛 三菱地所、2019年4月から当社代表取締役
取締役 束原 悠吾 三菱地所、2020年6月取締役
取締役CTO 岩成 達哉 リクルートホールディングス、Indeed Japan
取締役CFO 上田 來 証券会社、投資ファンド等を経て2024年4月取締役CFO
社外取締役 松島 陽介 JMDCの代表取締役社長兼CEO等を歴任
社外取締役 藤井 良太郎 ペルミラ・アドバイザーズ代表取締役社長等
常勤監査役(社外) 服部 景子 公認会計士、他社の常勤監査役等
監査役(社外) 永井 亮 弁護士
監査役(社外) 堂田 丈明 最高知財責任者、AI・クラウド分野の事業開発等

社外役員の選任理由も具体的です。松島氏はデータプラットフォームとM&Aで成長したJMDCの経営経験、藤井氏はプライベート・エクイティでの実績とM&Aにおける投資規律・ガバナンスの知見が挙げられています。監査役は、公認会計士、弁護士、知的財産とテクノロジーの専門家という組み合わせで、データとAIを扱う事業の特性に合わせた構成になっています。なお、社外役員5名はいずれも新株予約権による潜在株式を保有していますが、その他の利害関係はないと記載されています。

グロース市場の上場会社には、コーポレートガバナンス・コードのうち基本原則のみが適用されます。そのため独立社外取締役の人数について原則レベルの要求はありませんが、estieは社外取締役2名、監査役全員社外という体制を整えています。監査役会設置会社では監査役3名以上・半数以上が社外監査役であることが会社法上必要です。機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で比較しています。

リスク管理・コンプライアンスと各種契約

代表取締役を委員長とし、各本部責任者、常勤監査役、内部監査担当者、法務担当者などで構成するリスク・コンプライアンス委員会を原則四半期ごとに開き、検討結果を取締役会で共有・審議しています。サステナビリティに関する重要事項もこの委員会を経て取締役会で議論する体制です。反社会的勢力の排除については、反社会的勢力対応規程の整備、従業員向けセミナー、所轄警察署や弁護士との連携、暴力団追放運動推進都民センターへの加盟が記載されています。

役員の責任関係では、取締役会決議による責任免除の定款規定(会社法426条1項)、社外取締役・社外監査役との責任限定契約(同427条1項)、役員等賠償責任保険契約(同430条の3第1項、被保険者は取締役・監査役・執行役員、保険料は全額会社負担)、取締役・監査役との補償契約(同430条の2第1項)をすべて整備しています。社外役員の招へいにあたっては、こうした責任関係の整備状況が就任を判断する材料にもなります。

役員報酬と関連当事者取引

取締役の報酬は、株主総会で決議された総額の範囲内で、社内規程と役員報酬の決定方針に基づき、役割貢献度に応じた年額固定報酬を基本に、ストック・オプションなどの非金銭報酬を組み合わせる方針です。個人別の額は、在任年数や業界水準、従業員給与の水準などを考慮して取締役会での協議で決めるとされ、最近事業年度分は2025年3月13日の取締役会で決議されています。取締役の報酬限度額は年額150百万円以内(2026年8月31日臨時株主総会)、監査役は年額13.8百万円以内(2026年3月31日定時株主総会)です。最近事業年度の報酬総額は、社外取締役を除く取締役4名で60,500千円、社外役員5名で15,000千円で、いずれも固定報酬のみです。

報酬の決定方針や決定方法の開示は、有価証券報告書の記載事項として開示府令で定められているものです。上場準備の段階で、取締役会で決定方針を決議し、個人別の報酬を誰がどう決めたかを議事録で確認できる状態にしておく必要があります。

関連当事者との取引は、第7期・第8期とも「該当事項はありません」と記載されています。役員の略歴には、代表取締役が資産管理会社HRIや株式会社estieデータ開発の代表取締役を兼ねていることなどが記載されていますが、会社との取引は開示されていません。創業者の資産管理会社がある場合、会社との取引がないことを継続的に確認する仕組みを持っておくことが大切です。開示の範囲は関連当事者との取引はどこまで開示するかを参照してください。

内部監査と内部統制――兼務3名の内部監査室をどう機能させているか

内部監査室は、代表取締役が任命した「他部門を兼務するメンバー3名」で構成されています。内部監査規程に従って内部監査計画を立て、全部門の責任者へのヒアリングと書類の閲覧で、業務が諸規程に準拠し効率的に運用されているかを検証します。監査結果は代表取締役に都度報告し、後日、指摘事項の改善状況を確認しています。

特徴的なのは報告経路です。取締役会と監査役会にも監査結果を定期的に報告し、代表取締役に関する事項など代表取締役を経由するのが適当でない事項は、取締役会と監査役会に直接報告するとしています。社長だけに報告する一本の経路ではなく、取締役会・監査役会への経路を持つ「デュアルレポーティング」の考え方です。

内部監査室の報告経路代表取締役内部監査室(他部門兼務3名)取締役会全部門(被監査部門)監査役会任命都度報告監査定期・直接報告定期・直接報告

図13 監査結果は代表取締役に都度報告し、取締役会・監査役会にも定期報告。代表取締役に関する事項などは取締役会・監査役会に直接報告します

内部監査担当者が他部門と兼務している場合、一般には、担当者が自分の所属部門を監査しないようにする「自己監査の回避」が問題になります。Ⅰの部には兼務の具体的な部門や自己監査の回避策の記載はありませんが、上場準備会社が兼務体制をとるときは、所属部門の監査を別の担当者が行う、外部の専門家に一部を委託するといった手当てを内部監査規程や監査計画に明記しておくのが一般的です。詳しくは内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)で解説しています。

内部監査室、監査役会、会計監査人の三者は、四半期ごとに監査計画と監査結果を共有し、意見交換を行っています。監査役会は月1回開かれ、最近連結会計年度は12回、3名全員が全回出席しました。常勤監査役は代表取締役との定期的な会議も持っています。

三様監査の連携監査役会(常勤は公認会計士)内部監査室会計監査人四半期ごとに監査計画・結果を共有

図14 内部監査室・監査役会・会計監査人が四半期ごとに監査計画と結果を共有(Ⅰの部「内部監査の状況」より)

内部統制システムの基本方針では、財務報告の信頼性を確保するために、内部監査人が核となる評価チームが業務プロセスのリスク評価を継続的に行い、その結果を代表取締役に報告すると定めています。子会社については関係会社管理規程に基づき、重要事項の事前協議と定期報告を求め、管理部門と内部監査人が子会社のコンプライアンス体制やリスク管理体制を監視・監査し、子会社に取締役や内部監査人を派遣するとしています。M&Aで子会社が増えている会社だけに、子会社管理の仕組みが具体的に書かれています。

事業等のリスクの「システム障害」では、受注から売上計上までの業務処理が社内管理システムで自動連携されており、障害で自動処理が機能しない場合には売上の正確な計上が困難になるなど、適正な財務報告に影響する可能性があると記載されています。IT統制が売上計上の正確性に直結することを、会社自身がリスクとして認識し開示している例です。J-SOXの対応では、こうした自動連携のIT業務処理統制とIT全般統制の整備が重要になります。三様監査の連携については監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)もご覧ください。

会計・開示の論点――収益認識、のれんの減損、税効果

一括前受と期間按分の収益認識

estieの収益認識の方針は明快です。Vertical Dataソリューション、エンタープライズ実装、専門情報サービスのいずれも、主に契約に基づき一定期間にわたりサービスを提供するもので、契約期間中は顧客が常にサービスを利用できる状態にしておく義務を負うため、履行義務は時の経過に応じて充足されるとし、提供期間にわたって収益を認識しています。

顧客から契約期間分の料金を一括で受け取ることが多いため、契約負債(前受金)が大きく積み上がっています。連結の契約負債は第7期末308,547千円、第8期末768,182千円、第9期中間期末1,112,137千円です。第8期末の残存履行義務に配分した取引価格768,182千円のうち、734,471千円は1年以内、33,711千円は1年超に収益として認識される見込みと注記されています。

一定期間にわたる収益認識と契約負債契約締結(期間契約)料金を一括受領契約負債として計上時の経過に応じて充足売上高へ振替第7期末308,547千円第8期末768,182千円第9期中間期末1,112,137千円

図15 契約期間分の料金を一括で受領すると契約負債(前受金)となり、時の経過に応じて売上高に振り替えられます

この契約負債の増加は、キャッシュ・フローにも表れています。第8期の営業活動によるキャッシュ・フローは△100,287千円でしたが、税金等調整前当期純損失1,198,115千円に対し、減損損失656,538千円と契約負債の増加403,086千円が戻し入れられた結果です。第9期中間期には、契約負債の増加343,954千円などにより営業キャッシュ・フローが340,712千円のプラスになりました。

上場準備会社にとってのポイントは、エンタープライズ実装のような個別開発を含む契約も、時の経過で収益認識するという判断の根拠を説明できるようにしておくことです。システム開発では、成果物の検収時点で認識するのか、期間にわたって認識するのかで売上の計上時期が大きく変わります。契約書の条項と履行義務の識別を対応させた資料を用意しておきましょう。上場審査で問われる収益認識もあわせてご覧ください。

M&Aで生じたのれんの全額減損

第8期の会計上の最大の論点は、のれんの減損です。第8期には、住宅新報の株式取得(2025年8月、取得原価85,000千円、のれん136,871千円)、株式会社UPDATAからの事業譲受(2025年11月、取得原価86,213千円、のれん106,916千円)、株式会社スペースエージェントからの事業譲受(2025年12月、取得原価400,000千円、のれん400,000千円)の3件の企業結合があり、いずれも当期にのれんの全額を減損損失として計上しました。のれんの減損額は合計643,788千円です。回収可能価額は使用価値で測定し、零と評価しています。

重要な後発事象として記載された2026年1月のクラフコの株式取得(取得原価220,000千円、のれん281,520千円)についても、第9期中間期にのれんの全額が減損されています。住宅新報とクラフコは、受け入れた資産より引き受けた負債が大きく、時価純資産がマイナスの会社を取得した結果、取得原価を上回るのれんが生じています。UPDATAの事業譲受には、将来の業績に応じて追加の対価を支払う条件付取得対価も付いています。

M&Aで生じたのれんと減損(千円)住宅新報(2025/8 株式取得)136,871UPDATA(2025/11 事業譲受)106,916スペースエージェント(2025/12 事業譲受)400,000クラフコ(2026/1 株式取得)281,520のれんの未償却残高は第8期末でゼロ

図16 いずれも取得した年度(期間)にのれんの全額を減損損失として計上。住宅新報・UPDATA・スペースエージェントは第8期、クラフコは第9期中間期

取得対象 形式・時期 取得原価(千円) 取得関連費用(千円) のれん(千円)
株式会社住宅新報 株式取得 2025年8月 85,000 38,083 136,871
株式会社UPDATA(事業) 事業譲受 2025年11月 86,213 22,000 106,916
株式会社スペースエージェント(事業) 事業譲受 2025年12月 400,000 24,437 400,000
株式会社クラフコ 株式取得 2026年1月 220,000 41,282 281,520

会社は減損の理由を、上場会社グループに求められる管理体制への適合を含む統合プロセス(PMI)にかかる費用と経営資源の負担で、短期的な収益が取得時の計画を下回る見込みになったためと説明しています。そして、事後検証と独立社外取締役によるレビューの結果を反映した「M&A実施ガイドライン」を制定しました。ストレスケースを含む事業計画で取得価額の妥当性を検証すること、デューデリジェンスで見つかったリスクを価額や契約条件で手当てできなければ案件の中止を検討すること、想定される会計処理を事前に検討して取締役会付議の前に監査役会と事前協議すること、取得後一定期間で計画との対比とのれんの回収可能性を取締役会に報告すること、そして手続の遵守状況を内部監査人と監査役が検証することが定められています。

のれん減損を受けて定めたM&A実施ガイドラインの流れストレスケースを含む事業計画で取得価額の妥当性を検証DDで検出したリスクを価額・契約で手当てできなければ中止を検討想定される会計処理を事前に検討し取締役会付議前に監査役会で事前協議取得後一定期間で計画対比とのれんの回収可能性を取締役会へ報告重大な乖離があれば改善策や継続・撤退の方針を付議内部監査人・監査役が遵守状況を検証

図17 Ⅰの部「事業等のリスク(M&A及び業務提携について)」の記載をもとに作成

上場審査では、のれんの減損が起きたこと自体よりも、なぜ起きたのか、再発を防ぐ仕組みがあるのかが確認されます。estieは、減損の原因(PMIコストの見込み違い)と、それに対応するガイドラインの内容を、事業等のリスクの中で具体的に開示しています。M&Aを成長戦略に組み込む準備会社は、取得前の段階から「会計処理の事前検討」と「取得後のモニタリング」を手続として決めておくと、審査での説明がしやすくなります。審査の見方はIPO審査でのれんの減損リスクはどう見られるかで詳しく解説しています。

税効果、関係会社への貸付金、その他の注記

重要な会計上の見積りとして、連結では「繰延税金資産の回収可能性」と「のれんの減損」が挙げられています。第8期末の繰延税金資産は5,064千円で、税務上の繰越欠損金554,447千円(法定実効税率を乗じた額)には全額評価性引当額が計上されています。単体では繰延税金資産の計上はありません。防衛特別法人税の創設に伴い、2027年1月1日以降に解消が見込まれる一時差異等の法定実効税率を33.58%から34.43%に変更したことも注記されていますが、影響は軽微とされています。

単体の財務諸表では、関係会社への長期貸付金160,000千円に対して貸倒引当金150,000千円を計上し、関係会社事業損失引当金49,540千円も計上しています。住宅新報は2025年12月31日時点で76,810千円の債務超過と記載されており、単体の重要な会計上の見積りとして「関係会社貸付金の評価」と「関係会社事業損失引当金の評価」が開示されています。子会社に資金を貸し付けている準備会社は、連結では消去される取引でも、単体では評価の論点が残ることに注意が必要です。

このほか、未適用の会計基準として新リース会計基準(企業会計基準第34号)を2028年12月期の期首から適用予定で、影響額は評価中と記載されています。本社オフィスを賃借している会社は、上場後の早い時期に適用準備が必要になります。

会計監査人と監査報酬

会計監査人は有限責任監査法人トーマツで、継続監査期間は2年間、業務執行社員は2名、補助者は公認会計士4名・その他12名です。監査証明業務に基づく報酬は前連結会計年度18,000千円、当連結会計年度21,000千円で、当連結会計年度には非監査業務として5,000千円があり、その内容は前述の住宅新報を対象とした株式公開のための課題抽出調査です。連結財務諸表と財務諸表は第7期・第8期とも無限定適正意見、中間連結財務諸表は期中レビューで無限定の結論が表明されています。

監査法人の選定は、日本監査役協会の「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」を踏まえた評価基準によるとされています。監査役会が会計監査人の評価と報酬への同意(会社法399条1項)を担う流れが明記されている点も、上場準備会社の手続の参考になります。

事業等のリスクと審査で問われやすい点

estieの事業等のリスクは、各項目に「顕在化の可能性」「顕在化の時期」「影響度」を付けて記載しています。たとえば、内部管理体制は可能性「中」・時期「短期」・影響度「大」、特定人物(代表取締役の平井氏)への依存は「低」・「短期」・「大」、新株予約権の行使による希薄化は「高」・「短期」・「小」、ベンチャーキャピタルの株式保有割合は「中」・「短期」・「中」とされています。投資家がリスクの重みを比べやすくなる書き方です。

審査の観点から特に注目したいのは次の点です。第一に、M&A及び業務提携のリスクで、のれんの減損の経緯と再発防止策まで書き込んでいること。第二に、データの取得に関するリスクで、第三者から提供を受けるデータについて適法に取得・提供されたものである旨の表明保証を取得し、外部の法律専門家の確認を受けていること。第三に、内部管理体制のリスクを「影響度:大」と自ら評価し、内部監査機能の強化や業務プロセスの文書化・標準化を対策として挙げていることです。

データを扱う事業では、取得したデータの権利関係や個人情報の取扱いが審査で確認されることが一般的です。estieは、ISMS認証の取得、情報システム管理規程・情報セキュリティマニュアル・個人情報保護規程の整備、生成AIに関する社内ガイドラインの整備をリスク対策として記載しています。主幹事証券の引受審査でどのような質問が来るかは、主幹事証券の引受審査では何を聞かれるかで紹介しています。

上場準備会社がestieのケースから学べること

ここまでの内容から、上場準備会社が自社に置き換えて検討できるポイントを整理します。

1つ目は、種類株式の整理を「取得条項による一括取得→消却→株式分割→単元株制度の採用」という手順で、上場申請の直前に短期間でまとめていることです。投資契約や定款の取得条項がこの手順に対応しているかを、資金調達の段階から確認しておくべきです。

2つ目は、減資の目的とリスクを並べて開示していることです。税務上の効果を目的の一つとして挙げつつ、制度変更や報道によるレピュテーションのリスクまで書いており、説明責任を意識した書き方になっています。

3つ目は、役員のストック・オプションに売上高とEBITDAの業績条件を付け、その定義を開示上の経営指標とそろえていることです。インセンティブと開示の一貫性は、投資家への説明にも役立ちます。

4つ目は、のれんの全額減損という結果を、M&A実施ガイドラインという仕組みに落とし込んでいることです。監査役会との事前協議や取得後のモニタリングまで手続として定めている点は、M&Aを予定する会社にとって具体的なひな形になります。

5つ目は、兼務の内部監査室でも、取締役会・監査役会への報告経路を持たせ、四半期ごとの三様監査の連携を定めていることです。人数が限られる会社ほど、報告経路と連携の仕組みで実効性を補う必要があります。

6つ目は、KPIとして売上高・調整後EBITDA・Rule of 40を選び、ARRなどを採用しない理由まで説明していることです。自社の収益構造に合った指標を選び、その理由を言葉にしておくことが、事業計画の合理性の説明につながります。

estieのⅠの部から学べる6つのポイント種類株式は取得条項で一括して普通株式化減資の目的とリスクを開示SOは業績条件と在任条件で設計のれん減損を仕組みで再発防止兼務の内部監査は報告経路を複線化KPIの選定理由と不採用の理由を説明

図18 本記事で取り上げた論点のまとめ

  • 種類株式の定款に、上場時に一括して普通株式へ転換できる取得条項が入っているか
  • 株式分割・単元株制度の採用・発行可能株式総数の変更を、上場申請のスケジュールに組み込んでいるか
  • 上場前後の減資について、目的・税務上の効果・リスクを取締役会で検討し記録しているか
  • 業績条件付きストック・オプションの指標の定義が、開示する経営指標と整合しているか
  • M&Aの投資判断・会計処理の事前検討・取得後のモニタリングを手続として定めているか
  • 兼務の内部監査担当者について、自己監査の回避策と取締役会・監査役会への報告経路を決めているか

よくある質問

Q1. 優先株式を普通株式に切り替えるのに、株主総会の決議は必要ですか?

定款に取得条項が定められていれば、その定めに従って会社が取得できます。estieは2026年7月15日の取締役会決議に基づき、2026年8月28日に取得条項で全優先株式を取得して普通株式を交付し、同日に消却しています。取得条項の発動要件(取締役会決議で足りるかなど)は定款の定め方によるため、自社の定款を確認してください。

Q2. 上場前に減資をすると、審査で問題になりますか?

減資そのものは会社法に定められた手続であり、直ちに問題になるものではありません。ただし、目的や影響を合理的に説明できることが大切です。estieは、資本政策の柔軟性と税務上の効果を目的として挙げ、制度変更や報道のリスクも事業等のリスクで開示しています。減資で資本金をその他資本剰余金に振り替えても、繰越利益剰余金のマイナスは別に残る点にも注意が必要です。

Q3. M&Aで生じたのれんを減損した会社は上場できないのですか?

そのようなことはありません。estieは第8期にのれんの減損損失を計上したうえで上場承認を受けています。審査で重視されるのは、減損の原因の分析と再発防止の仕組み、そして事業計画への反映です。estieはM&A実施ガイドラインを制定し、その内容を事業等のリスクで開示しています。

Q4. 内部監査の担当者が他部門と兼務でもよいのですか?

兼務の体制でも上場している会社はあります。estieの内部監査室も他部門を兼務する3名で構成されています。兼務の場合は、担当者が自分の所属部門を監査しないようにする自己監査の回避策を決めておくことが一般的です。あわせて、取締役会や監査役会への報告経路を持たせることで、独立性と実効性を補うことができます。

最初の一歩は、自社の「種類株式の定款」と「M&Aの手続」を読み直すこと

estieのⅠの部から学べることは多くありますが、上場準備会社が最初に取り組むべきは、自社の定款にある種類株式の取得条項と、M&Aや投資判断に関する社内手続を読み直すことです。上場申請の直前になって種類株式の転換方法や、過去のM&Aの会計処理の説明に困ることがないよう、今の時点で「上場時にどう処理するか」「審査でどう説明するか」を書き出してみてください。全体像の確認にはIPO準備 完全ガイドが役立ちます。

まとめ

株式会社estieは、2026年10月1日に上場承認を受け、2026年11月6日に東証グロース市場へ上場予定の、商業用不動産のデータ基盤を提供する会社です。売上高は第8期に連結2,082,341千円(前期比90.3%増)まで伸び、第9期中間期には営業損益がほぼ均衡し、調整後EBITDAが黒字になりました。

資本政策では、4種類の優先株式を取得条項で普通株式に切り替えて消却し、1対100の株式分割と単元株制度の採用を行ったうえで、上場後に資本金を1,000万円とする減資まで決議しています。ガバナンス面では、M&Aで生じたのれんを全額減損した経験を、M&A実施ガイドラインという仕組みに反映させています。会計面では、一括前受の契約を期間に按分して収益認識し、契約負債が大きく積み上がる構造です。

上場準備会社にとって、estieのⅠの部は「資本政策の仕上げ」「M&Aのガバナンス」「収益認識と契約負債」を一度に学べる教材です。自社の準備状況と照らし合わせながら、ぜひ原文も読んでみてください。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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