梅乃宿酒造のIPO|ファンド出資後の資本政策と兼務型の内部監査【Ⅰの部から読む上場準備】

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

梅乃宿酒造株式会社(証券コード559A)は、2026年3月25日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年4月24日に東証スタンダード市場へ上場しました。1893年に奈良県で「吉田熊太郎商店」として創業した酒蔵で、日本酒と、果肉をたっぷり使った「あらごしシリーズ」などの日本酒リキュールを製造・販売しています。本記事では、東京証券取引所に提出された「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」(2026年3月25日提出)を読み、上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできるポイントを整理します。

結論からいえば、梅乃宿酒造のⅠの部は「ファンドが過半数を持つ老舗企業が、資本政策と管理体制をどう整えて上場に至ったか」を学ぶのに適した事例です。2021年にファンドから1,000百万円の出資を受け、2022年に代表者の資産管理会社と、現取締役の松浪雄二氏(付与当時は管理部長)に新株予約権を発行し、2023年12月の行使直後に999,970千円の臨時配当を実施しています。その後、減資と1:20の株式分割を経て上場申請に至りました。機関設計は2023年6月に監査等委員会設置会社へ移行し、内部監査は独立部門を置かずに「管理部の担当者が他部門を、専務取締役が管理部を監査する」という形で自己監査を避けています。以下、Ⅰの部の記載に沿って一つずつ見ていきます。

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梅乃宿酒造はどんな会社で、いつどの市場に上場したのか

まず基本情報を確認します。本店所在地は奈良県葛城市寺口で、代表者は代表取締役社長の吉田佳代氏です。創業は1893年3月、株式会社としての設立は1950年5月です。決算期は6月30日で、Ⅰの部の「最近事業年度」は第75期(2025年6月期)、中間会計期間は第76期中間(2025年7月〜12月)にあたります。

従業員数は2026年2月28日現在で71名(ほかに臨時従業員29名)、平均年齢40.9歳、平均勤続年数10.2年、平均年間給与5,490千円と記載されています。子会社はなく、Ⅰの部の財務諸表は単体のみです。セグメントは「酒類製造販売事業」の単一セグメントで、親会社等に該当する会社もありません。

項目 内容(Ⅰの部の記載)
正式社名 梅乃宿酒造株式会社(UMENOYADO BREWERY CO.,LTD.)
証券コード・市場 559A/東京証券取引所スタンダード市場
上場承認日・上場日 2026年3月25日承認/2026年4月24日上場
本店所在地 奈良県葛城市寺口
創業・設立 1893年3月創業(吉田熊太郎商店)/1950年5月設立
決算期 6月30日(最近事業年度は第75期・2025年6月期)
事業 酒類製造販売事業(単一セグメント)
従業員数 71名(臨時29名)/平均年齢40.9歳(2026年2月28日現在)
機関設計 監査等委員会設置会社(2023年6月に監査役設置会社から移行)
会計監査人 太陽有限責任監査法人(継続監査期間3年間)

スタンダード市場の上場審査では、実質審査基準として「企業の継続性及び収益性」「企業経営の健全性」「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「企業内容等の開示の適正性」「その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項」が確認されます。また、上場後はコーポレートガバナンス・コードの全原則(プライム市場向けの原則を除く)が適用されます。審査基準の全体像はIPOの実質審査基準とは、収益性の考え方はIPO審査の「企業の継続性及び収益性」で詳しく解説しています。

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梅乃宿酒造は何で稼いでいるのか(事業内容と収益モデル)

Ⅰの部の「事業の内容」によると、同社は日本酒と、「梅乃宿の梅酒」「あらごしシリーズ」などの日本酒リキュールを中心に製造販売し、ジンなどのスピリッツ、酒粕・ドレッシングといった発酵をテーマにした食品も扱っています。2024年時点の国産リキュール市場で16.7%のシェアを占める(出所:富士経済)と記載されています。

収益性の特徴として、最近事業年度の売上高2,684,862千円に対し売上総利益率は55.7%で、国税庁のアンケートによる清酒製造者平均(38.8%)やリキュール製造者平均(40.5%)を上回ると説明されています。一方、品目別には日本酒の売上総利益率が31%、主力のリキュールが57%で、在庫回転率は日本酒1.2回、リキュール7.5回と、品目による違いも開示されています。

生産は、2022年7月に移転した新蔵(現本社)の1拠点での自社製造が中心です。2017年以降は杜氏制度を廃止し、データを活用した酒造りに切り替えたと記載されています。

BtoBとBtoCをつなぐ「UMENOYADO LOOP」

同社は事業成長モデルを「UMENOYADO LOOP」と呼んでいます。BtoB(酒販店・量販店・海外の取引先など)を「大きな売上を獲得する場」、BtoC(自社EC、外部ECモール、直営店)を「新しいチャレンジの場」と位置づけ、BtoBで得た安定収益をBtoCのマーケティングや商品開発に投資し、その成果をBtoBへ波及させる、という考え方です。オンラインコミュニティ「梅乃宿KURABU」のメンバーと共に商品をつくる取り組みも紹介されています。

UMENOYADO LOOP(BtoBとBtoCの好循環)BtoB事業大きな売上を獲得する場BtoC事業新しいチャレンジの場自社製造(新蔵)日本酒・リキュールファン・コミュニティ(梅乃宿KURABU等)国内取引企業1,000社超/24の国又は地域へ輸出/自社EC・外部ECモール・直営店安定収益を投資認知・新商品

図1 BtoBの安定収益をBtoCの商品開発・マーケティングに投資し、その成果をBtoBへ波及させる事業成長モデル(Ⅰの部「事業の内容」をもとに作成)

販売の構成は、2025年6月期で国内82.0%(BtoB 66.7%、BtoC 15.3%)、海外18.0%です。国内BtoBは酒販店などの専門店が中心で、国内の取引企業は1,000社を超えます。海外へは2002年に輸出を始め、24の国又は地域に展開し、海外売上の90%がリキュールと記載されています。販売実績の10%以上を占める販売先はありません。

収益認識関係の注記では、顧客との契約から生じる収益を「国内BtoB」「国内BtoC」「海外(BtoB)」に分解して開示しています。第75期は国内BtoBが増え、海外が減っています。なお、2025年6月期からは国内の商社経由で販売する空港向けを国内BtoBとして管理していると記載されています。

顧客区分別の売上高(千円)国内 BtoB1,540,6171,790,905国内 BtoC448,216411,012海外(BtoB)709,844482,944第74期(2024年6月期)第75期(2025年6月期)

図2 収益認識関係注記「顧客との契約から生じる収益を分解した情報」より。第74期は2024年6月期、第75期は2025年6月期

上場準備会社にとってのポイントは、事業の説明と財務の数値の「単位」をそろえることです。梅乃宿酒造は、事業の説明(BtoB/BtoC/海外)、KPI(BtoC売上・海外売上)、収益の分解情報の区分を一致させています。審査では「事業計画の前提となる数値が、会計上の数値とつながっているか」が確認されるため、管理会計の区分を早い段階で決めておくと、Ⅰの部の作成も事業計画の説明も楽になります。

沿革から見る上場までの道のり

Ⅰの部の沿革からは、130年を超える歴史のなかで、2000年代にリキュール事業へ広げ、2020年代に入ってから上場に向けた組織と資本の整理を集中して行ったことが読み取れます。

2001年4月にリキュール製造免許を取得して梅酒の製造販売を始め、2002年には小売の子会社(有限会社エミューコーポレーション)を設立しました。2016年には米国子会社、2017年には民間学童保育の子会社(小梅株式会社)を設立しています。

2020年4月には梅乃宿ホールディングス株式会社を設立して同社を子会社化しましたが、2021年6月に小梅を、2022年3月に梅乃宿ホールディングスとエミューコーポレーションを吸収合併し、2022年7月に米国子会社を清算しています。この結果、現在は子会社のない単体の会社になっています。2021年6月には、日本成長投資アライアンス株式会社が運営するファンドが第三者割当増資により資本参加しました。

沿革の主要イベント1893/3吉田熊太郎商店創業1950/5梅乃宿酒造設立2001/4リキュール免許梅酒を開始2020/4HD設立当社を子会社化2021/6ファンドが資本参加2022/3HD・子会社を吸収合併2022/7新蔵へ本社移転2023/6監査等委員会設置会社へ2025/4株式分割1:202026/4/24スタンダード市場に上場

図3 創業から上場までの主な出来事(Ⅰの部「沿革」等をもとに作成。上場日は東京証券取引所の公表による)

グループ会社を上場前に整理するかどうかは、IPO準備でよく議論になる論点です。子会社が残れば連結財務諸表の作成や子会社管理の体制整備が必要になり、事業との関係が薄い子会社は「なぜ持っているのか」を説明する必要があります。梅乃宿酒造のように、上場前に合併や清算で単体に集約すると、開示と管理の範囲がシンプルになります。全体のスケジュール感はIPO準備の全体像(N-3期〜N期)を参考にしてください。

業績はどう推移しているのか(5期の数値と読み方)

Ⅰの部の「主要な経営指標等の推移」には、第71期(2021年6月期)から第75期(2025年6月期)までの5期分の単体の数値が載っています。売上高は1,817,656千円から2,684,862千円へ増え、5期とも経常利益・当期純利益は黒字です。

項目(千円) 第71期
2021/6
第72期
2022/6
第73期
2023/6
第74期
2024/6
第75期
2025/6
売上高 1,817,656 1,738,293 2,410,471 2,698,678 2,684,862
経常利益 420,293 439,318 264,115 425,270 306,038
当期純利益 297,420 212,505 218,695 317,170 241,696
純資産額 2,447,655 3,116,599 3,333,617 2,950,308 3,192,868
総資産額 3,206,317 6,648,936 6,669,737 6,171,740 6,061,345
自己資本比率(%) 76.3 46.8 49.9 47.8 52.7
自己資本利益率(%) 12.7 7.6 6.8 10.1 7.9
営業CF - - - 570,470 250,298

表を読むときの注意点が二つあります。一つ目は、第71期から第73期の数値は会社計算規則に基づいて算出したもので、金融商品取引法に準ずる監査証明を受けていない点です(第73期の計算書類は会社法に基づく太陽有限責任監査法人の監査を受けています)。監査証明の対象は第74期と第75期の2期で、キャッシュ・フロー計算書も第74期からの記載です。二つ目は、「収益認識に関する会計基準」を第72期の期首から適用している点です。

第72期に総資産が3,206,317千円から6,648,936千円へ大きく増えているのは、新蔵の建設に向けて2022年3月に総額3,000百万円の銀行借入を行ったことと関係しています(配当政策の記載より)。2022年7月に新蔵へ移転し、第73期に売上高が2,410,471千円へ伸びています。

売上高と利益の推移(百万円)売上高07501,5002,2503,00021/6期22/6期23/6期24/6期25/6期営業利益・当期純利益012525037550021/6期22/6期23/6期24/6期25/6期売上高営業利益当期純利益

図4 Ⅰの部「事業の内容」の業績推移表(百万円未満切捨て)より。2021年6月期〜2023年6月期は金融商品取引法に準ずる監査証明を受けていない数値です

第75期は売上高が前期比0.5%減の2,684百万円、営業利益は25.0%減の317百万円でした。MD&Aでは、国内BtoBが増収となった一方で海外が減少したこと、原材料の値上がりで原価が増えたこと、人件費が増えたことが説明されています。2025年2月には「あらごしシリーズ」の値上げも行っています。

第76期中間(2025年7月〜12月)は売上高1,684,430千円、営業利益376,629千円、中間純利益249,395千円です。同社は12月がハイシーズンという季節性があり、中間期末の売掛金が増えていること(増加額332百万円)もMD&Aで触れられています。季節性のある会社は、中間期の数値だけで通期を判断されないよう、季節要因を開示で説明しておくことが大切です。

第75期の利益はどこで決まったか

第75期の損益計算書を段階ごとに見ると、売上原価1,189,560千円、販売費及び一般管理費1,178,283千円を差し引いた営業利益が317,017千円です。営業外費用には支払利息9,053千円のほか上場関連費用4,000千円が含まれ、特別利益として補助金収入2,825千円が計上されています。法人税等65,841千円を差し引いた当期純利益は241,696千円です。

第75期(2025年6月期)損益の段階(百万円)売上高2,685売上原価-1,190販管費-1,178営業外-11特別損益+2法人税等-66当期純利益242

図5 損益計算書より百万円未満を四捨五入して作成。営業外は営業外収益3百万円と営業外費用14百万円の純額、特別損益は補助金収入と固定資産除却損の純額です

製造業として特徴的なのは、売上原価のもとになる製造原価明細書の開示です。第75期の当期総製造費用は材料費831,829千円(66.0%)、労務費197,136千円(15.7%)、経費230,622千円(18.3%)で、原価計算の方法は総合原価計算による実際原価計算と記載されています。棚卸資産の評価損(売上原価に含む)は前期17,752千円から58,293千円へ増えています。

日本酒は仕込みから出荷までの期間が長く、在庫回転率も1.2回と低いため、棚卸資産の金額が大きくなりやすい業種です。第75期末の棚卸資産は910,623千円(製品205,928千円、仕掛品334,060千円、原材料及び貯蔵品370,635千円)でした。上場準備の段階では、原価計算の手続と棚卸資産の評価(収益性の低下による簿価切下げ)のルールを文書化し、毎期同じ方法で運用できているかが監査と審査の両方で見られます。

経営上の目標として掲げるKPI

同社は経営上の目標の達成状況を判断するための指標として、EBITDA、BtoC売上、海外売上、ROEの4つを掲げています。EBITDAは「税引前利益に、特別損益、支払利息、減価償却費を加えて算出される利益」と定義されています。開示された数値から逆算すると、税引前利益から特別損益の影響を除き(特別利益を控除し、特別損失を加算し)、支払利息と減価償却費を足し戻した値です。ROEは10%超を維持することを目安としています。

2025年6月期にこれらの指標が下がった理由も具体的に説明されています。BtoC売上は広告単価の上昇を受けて利益を優先する方針へ切り替えたこと、海外売上は北米での大口販売の反動と、台湾で例年採用されていた商品が採用されなかったことが理由として挙げられています。

経営上の目標の達成状況を判断するためのKPI指標2024年6月期2025年6月期2026年6月期中間EBITDA622531488BtoC売上448411227海外売上709482484ROE10.1%7.9%7.5%(参考値)ROEは「10%超を維持すること」を目安としている

図6 Ⅰの部「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」より。金額は百万円、中間期のROEは中間純利益で計算した参考値

KPIは「良い数字だけを並べる」ものではなく、下がったときに理由を説明できることが重要です。審査では、事業計画と実績の差異の理由、その差異への対応が繰り返し問われます。KPIの定義(何を足し引きするか)を明文化し、月次の取締役会で予実とあわせて報告する運用にしておくと、Ⅰの部の記載と社内の管理資料が一致します。事業計画の作り方はIPO審査の「事業計画の合理性」も参考になります。

資本政策と株主構成はどうなっているのか

梅乃宿酒造の資本政策は、この事例で最も学ぶ点の多い部分です。ファンドの資本参加、ホールディングス会社の合併、自己株式の消却、新株予約権の発行と行使、臨時配当、減資、株式分割と、上場前の数年間に多くの手当てが行われています。

上場申請時点の大株主

Ⅰの部 第四部「株主の状況」によると、発行済株式6,023,920株に対し、株主は11名です。所有者別では「その他の法人」が76.97%、「外国法人等」が5.32%、「個人その他」が17.71%で、個人その他には従業員持株会(梅乃宿酒造持株会)が含まれます。

株主 所有株式数(株) 割合
J-GIA2号投資事業有限責任組合 2,751,580 45.68%
グッドフィールド・ビーチサイド株式会社(代表者の資産管理会社) 1,885,040 31.29%
吉田佳代(代表取締役社長) 740,400 12.29%
JGⅡ(CAYMAN),L.P. 320,620 5.32%
梅乃宿酒造持株会 161,840 2.69%
松浪雄二(取締役管理部長) 80,280 1.33%
二宮充(専務取締役) 22,000 0.37%
高橋利光(常勤監査等委員) 20,000 0.33%
桝永剛(執行役員) 20,000 0.33%
古澤幸彦(執行役員) 11,080 0.18%
坂井隆秋(執行役員) 11,080 0.18%

日本成長投資アライアンス株式会社が組成・運営する2本のファンド(J-GIA2号投資事業有限責任組合とJGⅡ(CAYMAN),L.P.)の合計は51.0%で、過半数を保有しています。ただし、Ⅰの部では親会社等に該当する会社は「なし」とされています。事業等のリスクでは、ファンドが社外取締役1名(中坪武之氏)を派遣していること、上場時に保有株式の一部を売却する方針であり、一定割合を引き続き保有する想定であることが開示されています。

代表者の吉田佳代氏は、資産管理会社であるグッドフィールド・ビーチサイド株式会社の持分を含めて43.6%を保有しています。なお、これらはいずれもⅠの部に記載された上場申請時点の比率であり、上場時の募集・売出しを経た後の比率とは異なります。

上場申請時点の株主構成(Ⅰの部「株主の状況」)J-GIA2号投資事業有限責任組合45.68%グッドフィールド・ビーチサイド31.29%吉田佳代(代表取締役社長)12.29%JGⅡ(CAYMAN),L.P.5.32%梅乃宿酒造持株会2.69%取締役・執行役員6名各1.33%以下ファンド2本の合計51.0%(事業等のリスク(20))代表者+資産管理会社43.6%(事業等のリスク(19))

図7 Ⅰの部 第四部「株主の状況」の所有株式数割合(発行済株式6,023,920株)。上場時(募集・売出し後)の比率ではありません

上場時の流動性についても、事業等のリスク(18)で率直に開示されています。同社は、流通株式比率と流通株式時価総額が新規上場時に東証の上場維持基準に近接することが見込まれるとし、大株主からの一部売出しや株式報酬等で流通株式数を増やす方針を示しています。スタンダード市場の上場維持基準には、流通株式比率25%以上、流通株式時価総額10億円以上といった基準があります。流通株式からは、上場株式数の10%以上を所有する者(主要株主)や役員等、役員等が議決権の過半数を所有する会社の持分、自己株式などが除かれるため、ファンドと創業家で大半を持つ会社は、上場後の流動性の計画を早めに立てておく必要があります。数え方は流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。

資本政策の時系列

Ⅰの部の沿革、発行済株式総数・資本金等の推移、配当政策の記載をつなぐと、資本政策の流れは次のとおりです。株数は分割前のものです。

資本政策の時系列2020/4HD設立当社を子会社化2021/6ファンドへ第三者割当計1,000百万円2022/3HDを吸収合併2022/6自己株式消却73,986株2022/6第1回新株予約権を発行2023/12/18新株予約権行使45,182株2023/12/20臨時配当999,970千円2024/3/31減資資本金を3,000万円に2025/4/17株式分割1:202026/3/25上場承認

図8 Ⅰの部「沿革」「発行済株式総数、資本金等の推移」「配当政策」等をもとに作成。株数は分割前の株数

2022年6月30日に自己株式73,986株を消却し、発行済株式は256,014株になりました。2023年12月18日に新株予約権の行使で45,182株が増え、資本金と資本準備金がそれぞれ149,010千円増加しています。2024年3月31日には、会社法第447条第1項に基づき資本金を149,010千円減らして30,000千円とし、その他資本剰余金に振り替えました(減資割合83.2%)。理由は「今後の資本政策の柔軟性及び機動性を確保するため」と記載されています。2025年4月17日には1株を20株に分割し、発行済株式は6,023,920株になりました。

資本金を減らす手続は、債権者保護手続や株主総会決議が必要になるため、上場直前に慌てて行うものではありません。資本金の額は税務(外形標準課税や中小法人の特例の判定など)にも影響するので、資本政策の段階で税務の影響もあわせて検討しておくのが実務的です。資本政策を考える順番は上場準備の資本政策をご覧ください。

第1回新株予約権は誰に、どの価格で発行されたか

2022年6月30日に決議・付与された第1回新株予約権は、付与対象者が「当社取締役の資産管理会社1社」と「当社取締役1名」で、株式数は分割後で903,640株、権利行使価格は分割後325.5円です。2023年12月18日に全数が行使され、資産管理会社(グッドフィールド・ビーチサイド)が843,360株、取締役の松浪雄二氏が60,280株を取得しました(いずれも分割後の株数)。

特徴的なのは価格の決め方です。特別利害関係者等の株式等の移動状況の注記によると、移動価格(1株329.80円、分割後)は、行使価格(DCF法による株式評価額を参考に決定)に、新株予約権の帳簿価額(モンテカルロ・シミュレーションに基づく評価額を参考に決定した新株予約権の発行価額)を加えたものです。つまり、新株予約権そのものを対価を払って取得し、さらに行使価額を払い込んだ形です。

第1回新株予約権の価格の決め方と行使新株予約権の発行価額モンテカルロ・シミュレーションによる評価額を参考行使価格 325.5円DCF法による評価額を参考に決定移動価格329.80円/株=行使価格+新株予約権の帳簿価額資産管理会社843,360株取締役 松浪雄二60,280株2023年12月18日に全数行使(分割後903,640株)→ 本書提出日現在、新株予約権はなし

図9 第四部「特別利害関係者等の株式等の移動状況」の注記より。株数・単価は2025年4月の1:20の株式分割後の数値

新株予約権を発行するときは、発行価額と行使価額の両方について、なぜその価格なのかを説明できる評価書を残しておくことが大切です。上場審査では、上場前の株式移動や新株予約権の価格の妥当性が確認されます。対価を払って取得する新株予約権(いわゆる有償ストック・オプション)は、権利確定条件が付いている場合、実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じた会計処理の対象となる点にも注意が必要です。税制適格ストック・オプションとの違いは税制適格ストックオプションで整理しています。

本書提出日現在、同社には新株予約権の残高はなく、ストック・オプション制度もありません。上場前に潜在株式がない状態は、上場後の希薄化の心配がない一方、役職員へのインセンティブ設計は上場後の課題になります。事業等のリスク(18)で「株式報酬等」に触れているのは、この点とも関係しています。

行使の直後に実施された999,970千円の臨時配当

第74期には、2023年12月14日の臨時株主総会決議により、2023年12月20日付で1株3,320円、総額999,970千円の配当を行っています。配当性向は293.3%です。新株予約権の行使(12月18日)の2日後にあたります。

Ⅰの部の配当政策には、この配当の経緯と金額の決め方が詳しく書かれています。2021年6月にファンドから1,000百万円の出資を受けたのは、コロナ禍で手元現預金を厚くしておく必要があったことや、新蔵移転のための3,000百万円程度の設備投資、ECの新規事業開発に資金が必要だったためでした。その後、2022年3月に総額3,000百万円の銀行借入ができ、コロナ禍の収束とともに現預金に余剰感が出たことから、2023年初頭から配当による還元を検討し始めたと説明されています。

臨時配当(999,970千円)の決定プロセスコロナ禍収束現預金に余剰感数パターンのシミュレーション中期経営計画によるCFのシミュレーション取締役会で審議臨時株主総会2023/12/14総合的に勘案した4つの指標現預金残高自己資本比率自己資本利益率純有利子負債/調整EBITDA1株当たり3,320円・総額999,970千円、2023年12月20日付で実施(配当性向293.3%)

図10 Ⅰの部「配当政策」に記載された実施経緯と配当額の決定方法をもとに作成

金額は、数パターンのシミュレーションを行い、現預金残高、自己資本比率、自己資本利益率、純有利子負債/調整EBITDAの4指標を総合的に勘案して決めたとされています。さらに、中期経営計画に基づくキャッシュ・フローのシミュレーションを行い、配当が上場後の経営計画に大きな影響を与えないこと、財務の安定性が保たれることを取締役会で審議したと記載されています。

上場前の多額の配当は、「上場後の新しい株主に過度なリスクを負わせないか」という観点で説明を求められやすい事項です。同社のように、検討の時期、指標、シミュレーション、取締役会での審議という意思決定の過程を記録しておけば、審査でも開示でも説明しやすくなります。第74期の純資産は、新株予約権の行使による増加と配当による減少の結果、期首の3,334百万円から期末2,950百万円に減っています。

第74期(2024年6月期)の純資産の増減(百万円)期首3,334予約権行使+298配当-1,000当期純利益+317その他+1期末2,950

図11 株主資本等変動計算書より百万円未満を四捨五入。その他はその他有価証券評価差額金の増加と新株予約権の減少の純額

なお、同社の配当方針は「配当性向40%、配当と自己株式の取得を合わせた総還元性向50%」を目標としています。定款で剰余金の配当等を取締役会で決議できる旨(会社法第459条第1項)を定めており、基準日が第75期に属する配当はありません。

特別利害関係者等の株式移動

第四部の「特別利害関係者等の株式等の移動状況」には、2023年7月1日以降の移動が4件記載されています。新株予約権の行使2件と、従業員持株会を退会した執行役員2名への株式の配分2件です。

移動日 移動前→移動後 株数(分割後) 単価 理由
2023/12/18 (新株予約権)→グッドフィールド・ビーチサイド 843,360株 329.80円 新株予約権の権利行使
2023/12/18 (新株予約権)→松浪雄二(取締役) 60,280株 329.80円 新株予約権の権利行使
2024/12/23 梅乃宿酒造持株会→古澤幸彦(執行役員) 11,080株 54.15円 持株会からの退会
2024/12/23 梅乃宿酒造持株会→坂井隆秋(執行役員) 11,080株 54.15円 持株会からの退会

持株会からの退会に伴う移動価格は、持株会の総出資受入額を持株会の保有総株式数で割った価格と注記されています。持株会の退会者への株式の配分も「株式の移動」として開示の対象になるため、持株会規約の払戻しのルールと記録を整えておくことが必要です。第三者割当等の概況は「該当なし」です。上場前の株式移動の考え方は上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。

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コーポレート・ガバナンスはどう設計されているのか

監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ

同社は2023年6月30日の臨時株主総会で、監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行しました。理由は「監査等委員を取締役の構成員とすることにより、取締役の監督機能を通じて一層のコーポレート・ガバナンス体制の強化を図るため」と記載されています。

取締役会は監査等委員である取締役を含む8名(うち社外取締役4名)で構成され、定時取締役会を毎月1回開催しています。最近事業年度の開催は18回で、社内取締役と多くの社外取締役が18回すべてに出席しています。監査等委員会は常勤1名と社外3名の4名で、最近事業年度に17回開催されました。このほか、任意の諮問機関として報酬委員会、執行側の会議体として週1回の部長会、原則3カ月に1回のリスク・コンプライアンス委員会が置かれています。

機関設計(監査等委員会設置会社)株主総会取締役会(8名・うち社外4名)監査等委員でない取締役4名監査等委員である取締役4名監査等委員会(4名)常勤1名+社外3名最近事業年度17回開催報酬委員会(任意)リスク・コンプライアンス委員会内部監査(管理部長が責任者)管理部は専務取締役が監査会計監査人太陽有限責任監査法人連携

図12 Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成。2023年6月30日の臨時株主総会で監査役設置会社から移行

監査等委員会設置会社を選ぶ会社は、社外取締役を監査等委員として取締役会に入れることで、社外役員の人数を抑えながら監督機能を高められる点を理由に挙げることが多いです。一方で、常勤の監査等委員を置くかどうか、内部監査部門との連携をどう設計するかは会社ごとに検討が必要です。機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?、審査の観点はIPO審査の「機関設計」とはで解説しています。

取締役の構成と社外役員

役職 氏名 主な経歴(Ⅰの部の記載の要点)
代表取締役社長 吉田佳代 2004年入社、2013年7月代表取締役社長
専務取締役 二宮充 九州旅客鉄道、JR九州ビジネスパートナーズ取締役を経て2021年6月当社出向、2023年4月入社
取締役管理部長 松浪雄二 南都銀行で支店長を歴任、2017年に当社出向、2018年3月入社
社外取締役 中坪武之 日本成長投資アライアンス(現任)、2022年3月当社取締役
取締役(常勤監査等委員) 髙橋利光 2004年入社、営業部長等を経て2023年6月監査等委員
社外取締役(監査等委員) 嶌川安雄 南都銀行取締役副頭取等、2020年8月当社監査役
社外取締役(監査等委員) 中井哲也 公認会計士・税理士、2023年9月当社監査等委員
社外取締役(監査等委員) 佐々木育子 弁護士、2025年9月当社監査等委員

役員は男性6名・女性2名(女性比率25.0%)です。社外取締役4名のうち、監査等委員である嶌川安雄氏、中井哲也氏、佐々木育子氏の3名を独立役員として届け出る予定と記載されています。ファンドから派遣された中坪武之氏は独立役員の届出対象には含まれていません。社外取締役は同社の株式を保有しておらず、人的関係、資本的関係、取引関係その他の利害関係はないとされています。

スタンダード市場の会社にはコーポレートガバナンス・コードの全原則が適用され、原則4-10(2026年7月改訂前は原則4-8)では独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきとされています。同社は3名を届け出る予定で、公認会計士と弁護士がそれぞれ監査等委員に入っている点も、監査の専門性という観点で参考になります。社外取締役の人数の考え方は社外取締役は何人必要かをご覧ください。

取締役(監査等委員を除く)の任期は1年、監査等委員である取締役の任期は2年です。このほか執行役員4名を置いています。定款では、取締役の選任決議は累積投票によらないこと、剰余金の配当等を取締役会で決議できること、取締役会決議による責任の一部免除、業務執行取締役等以外の取締役との責任限定契約などが定められています。

役員報酬はどう決めているのか

取締役(監査等委員を除く)の報酬は、基本報酬、賞与、業績連動型報酬で構成されています。業績連動報酬はEBITDAを指標とし、事業年度予算を超過した部分の15〜25%を算定基礎金額として、取締役と執行役員の業績目標の達成値に応じて分配する仕組みです。報酬限度額は、2023年6月30日の臨時株主総会で年額100百万円以内と決議されています。

決定方針と個別の報酬額は、代表取締役社長と社外取締役4名で構成する報酬委員会(委員長は社外取締役)で協議し、取締役会で決定しています。監査等委員である取締役の報酬は基本報酬のみで、監査等委員の協議で決めています。最近事業年度の報酬総額は、社外取締役を除く取締役(監査等委員を除く)3名が72,219千円、社外取締役を除く監査等委員1名が7,200千円、社外役員4名が4,320千円で、いずれも固定報酬のみでした。

取締役報酬の決め方株主総会限度額 年100百万円以内取締役会方針・個別額を決定報酬委員会社外取締役4名+社長基本報酬株主総会の限度額内賞与業績・経済情勢等を勘案業績連動報酬EBITDAの予算超過分の15〜25%が算定基礎監査等委員である取締役:基本報酬のみ(限度額の範囲内で監査等委員が協議して決定)諮問答申

図13 Ⅰの部「役員の報酬等」をもとに作成。最近事業年度の支給実績は固定報酬のみ(業績連動報酬・退職慰労金の支給額は「-」)

報酬の決定方針や決定手続の開示は、有価証券報告書の記載事項(企業内容等の開示に関する内閣府令)に基づくものです。「予算超過分の一定割合を原資にする」という業績連動の仕組みは、予算の作り方そのものが報酬に影響するため、予算策定のプロセスと承認の記録を整えておくことが前提になります。

関連当事者との取引

関連当事者との取引として、第74期には新株予約権の権利行使(グッドフィールド・ビーチサイド274,513千円、松浪雄二氏19,621千円)が記載されています。新株予約権の発行価額と行使価額は、独立した第三者機関の評価を参考に決定したとされています。

第75期には、代表取締役の実父で元代表取締役の吉田暁氏に対する顧問料12,000千円が記載されています。顧問料は委嘱する業務内容を勘案し、報酬委員会の意見も聴取したうえで決定したと説明されています。

関連当事者との取引梅乃宿酒造グッドフィールド・ビーチサイド代表者と近親者が議決権100%取締役 松浪雄二吉田暁(代表者の実父・元代表、顧問)顧問料は委嘱する業務内容を勘案し、報酬委員会の意見も聴取のうえ決定第74期 行使払込 274,513千円第74期 行使払込 19,621千円第75期 顧問料 12,000千円

図14 Ⅰの部「関連当事者情報」より。第74期は2024年6月期、第75期は2025年6月期

創業家の前代表者が顧問として残るケースは、事業承継を経た会社でよく見られます。審査では「取引の必要性」と「条件の妥当性」が確認されるため、業務内容を契約書で具体的にし、金額の決め方に独立した機関(この事例では報酬委員会)を関与させるのが有効です。関連当事者取引の考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)、注記の書き方は関連当事者との取引の注記の記載例で解説しています。

内部監査・内部統制はどう回しているのか

独立部門を置かない内部監査と自己監査の回避

同社は「会社の規模が比較的小さいため独立した内部監査部門は設けておりません」と記載しています。内部監査は管理部長を責任者とし、自己監査を避けるため、管理部に所属する1名が管理部以外の部門を監査し、管理部への内部監査は専務取締役の二宮充氏が担当しています。内部監査は内部監査規程と年間計画に基づいて行われ、監査結果と是正状況は代表取締役社長に随時報告されます。

さらに、内部監査人から監査等委員へ内部監査の結果を報告し、指摘事項と改善状況について随時意見交換を行い、必要に応じて両者が協力して共同の監査を行っているとされています。

内部監査の体制と自己監査の回避代表取締役社長内部監査責任者(管理部長)常勤監査等委員(適宜参加)管理部所属の担当者1名専務取締役 二宮充管理部以外の各部門管理部自己監査の回避:管理部の担当者は自部門(管理部)を監査しない結果を報告監査監査

図15 Ⅰの部「内部監査の状況」をもとに作成。独立した内部監査部門は設けていません

従業員70名規模の会社で、専任の内部監査室をつくるのは負担が大きいのが実情です。梅乃宿酒造の方法は、内部監査の担当者を他部門と兼務させつつ、「自分の部門は自分で監査しない」というルールを明確にしたものです。兼務で内部監査を行うときに審査で確認されるのは、①監査する人が監査対象の業務を担当していないこと、②監査計画・調書・報告・改善確認の記録が残っていること、③結果が社長だけでなく監査等委員会などにも共有されていること、の3点です。兼務の設計は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)、体制の人数は内部監査の人数と体制で詳しく解説しています。

三様監査の連携

監査等委員会、内部監査人、会計監査人の三者は、「三様監査会」を適宜開いて監査結果と内部統制・リスクに関する重要事項を共有しています。内部監査人は会計監査人と内部監査・内部統制システムの運用について随時打ち合わせを行い、また、監査等委員である社外取締役は、三者で行われる連絡会を通じて相互に監査計画や監査報告を共有していると記載されています。常勤監査等委員は、重要な会議への出席や重要書類の閲覧、部門長との意見交換などの日常的な監査活動の結果を、監査等委員全員で共有していると記載されています。

三様監査の連携監査等委員会(常勤1名・社外3名)三様監査会(適宜実施)内部監査人(管理部長ほか)会計監査人太陽有限責任監査法人内部監査結果の報告監査計画・結果の共有内部統制等について随時打合せ

図16 Ⅰの部「監査の状況」「社外取締役による監督又は監査と内部監査…との相互連携」をもとに作成

三様監査の連携は、会議を開くこと自体よりも、「誰が何を見て、どの情報を誰に渡すか」を決めておくことが大切です。たとえば、内部監査の年間計画を会計監査人の監査計画と突き合わせて重複を減らす、内部監査の指摘事項を監査等委員会の議題に入れる、といった運用が考えられます。連携の具体例は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)をご覧ください。

リスク管理・コンプライアンス体制

リスク管理は、代表取締役社長を委員長とするリスク・コンプライアンス委員会が原則3カ月に1回開催され、社内外のリスクの抽出と対策の協議、コンプライアンスに関する事項の審議を行っています。サステナビリティに関するリスクは、部長会からリスク・コンプライアンス委員会、取締役会へと報告される流れが記載されています。

内部統制システムの基本方針では、取締役・使用人がリスク・コンプライアンス委員会に直接通報できる内部通報制度、事業継続計画(BCP)の策定、3事業年度の中期経営計画の策定、監査等委員会を補助する使用人の独立性(人事異動・評価に監査等委員会の同意を要する)、反社会的勢力の排除(取引開始時の書面による誓約、記事検索・インターネット検索)などが定められています。製造拠点が1カ所に集中していることは事業等のリスクでも「影響度:大」と評価されており、BCPの実効性は同社にとって重要なテーマです。

会計・開示で押さえるべき論点は何か

収益認識:出荷基準の代替的な取扱い

収益認識について、同社は国内販売では顧客への納品時に支配が移転するとしつつ、出荷から支配移転までの期間が通常の期間であるため、代替的な取扱いを適用して出荷時に収益を認識しています。海外販売はインコタームズ等の貿易条件に基づき、運送人に引き渡した時点等で収益を認識しています。

自社ECのポイント(カスタマー・ロイヤルティ・プログラム)については、独立販売価格に基づいて取引価格を配分し、契約負債を計上していました。ポイントのサービスは2025年6月30日で終了し、契約負債は全額取り崩されています(第74期末8,345千円→第75期末0円)。

収益を認識する時点国内販売出荷時に収益認識(代替的な取扱い)支配の移転は顧客への納品時海外販売インコタームズ等の貿易条件に基づく運送人引渡時点等で収益認識自社ECポイント付与独立販売価格で配分し契約負債を計上使用・失効時に収益(2025/6/30に終了)

図17 Ⅰの部「重要な会計方針 5 収益及び費用の計上基準」をもとに作成

出荷基準の代替的な取扱いを使うには、「出荷から顧客への支配移転までが国内における通常の期間であること」を説明できる必要があります。上場準備では、配送日数の実績や取引条件を確認して判断の根拠を残しておくこと、海外取引は貿易条件ごとに収益認識の時点を整理しておくことがポイントです。ポイント制度のように契約負債が生じる取引は、制度の変更・終了時の会計処理まで含めて検討します。詳しくは上場審査で問われる収益認識をご覧ください。

重要な会計上の見積り

重要な会計上の見積りとして、繰延税金資産の回収可能性(第75期末98,203千円)と固定資産の減損(有形固定資産2,929,132千円、無形固定資産15,176千円、減損損失の計上なし)が挙げられています。資産のグルーピングは、事業用資産は全体で1つの資産グループとし、遊休資産は個別の資産ごととされています。旧本社工場の日本酒製造設備は休止中と設備の状況に記載されています。

単一事業・1拠点の製造業では、事業用資産を全社で1グループとする考え方が一般的です。一方で、休止中の設備や遊休資産は個別に減損の兆候を判定する必要があります。第二蔵の用地取得(中間期に土地394,612千円増加)など新たな投資が進む局面では、投資計画と減損判定の前提となる事業計画の整合性も問われます。

会計監査人と監査報酬

項目 内容
監査法人 太陽有限責任監査法人
継続監査期間 3年間
業務執行社員 児玉秀康、吉永竜也
補助者 公認会計士8名、その他10名
監査証明業務の報酬 前事業年度13,230千円/最近事業年度17,760千円
非監査業務 なし

同社は、監査法人の選定方針と理由のなかで、太陽有限責任監査法人が2023年12月26日付で金融庁から契約の新規締結に関する業務停止3カ月(2024年1月1日〜3月31日)等の処分を受けたことを記載したうえで、監査等委員会が選定に問題がないと判断した経緯を開示しています。監査法人の選び方は監査法人はいつまでに決めるかを参考にしてください。

このほか、経理の状況では、財務諸表等の適正性を確保するための取組みとして専門情報誌の定期購読や監査法人等のセミナーへの参加が挙げられています。新しいリース会計基準は2028年6月期の期首から適用予定で、影響を評価中とされています。のれん、資産除去債務、後発事象はいずれも該当がありません。

事業等のリスクと審査で問われやすい点

事業等のリスクには21項目が挙げられ、それぞれに発生可能性・発生時期・影響度が記載されています。影響度「大」とされているのは、自然災害・感染症、1拠点での生産体制、食品の安全性・製造物責任、酒税法・食品衛生法などの法的規制、飲酒に対する社会的規制です。

事業等のリスク(発生可能性×影響度)可能性影響度:小影響度:中影響度:大高業績の季節偏重国内景気・飲酒人口消費者の嗜好の変化-中在庫競合気候変動と原料調達海外市場人材の確保・育成ファンド株主法的規制(製造免許・営業許可)低株式の流動性大株主配当政策主力包材の調達情報セキュリティ風評自然災害・感染症生産体制(1拠点)食品の安全性・PL飲酒の社会的規制

図18 Ⅰの部「事業等のリスク」に記載された発生可能性・影響度を整理(訴訟に関するリスクは影響度「不明」のため除外)

酒類製造業ならではのリスクが、許認可です。同社は酒税法に基づく製造免許(清酒、リキュール、焼酎乙類、甘味果実酒、雑酒、スピリッツ、その他の醸造酒)と、食品衛生法に基づく営業許可3件(酒類製造業、飲食店営業、清涼飲料水製造業)を有効期限とともに開示し、酒税法第12条の取消要件にも触れています。許認可が事業の前提となる会社は、免許の一覧、更新期限、取消事由に該当しないための管理体制をまとめておくことが審査対応の基本です。詳しくはIPOで許認可はどこまで見られるかをご覧ください。

もう一つは株主に関するリスクです。ファンドが51.0%を保有し上場時に一部を売却する方針であること、代表者が資産管理会社を含め43.6%を保有すること、流通株式比率等が上場維持基準に近接する見込みであることが、それぞれ独立したリスク項目として開示されています。株主構成が上場後の株価や流動性に与える影響を、リスク情報として正面から書いている点は参考になります。

このケースから上場準備会社が学べること

梅乃宿酒造のⅠの部から、上場準備会社が実務に生かせるポイントを7つにまとめます。

  1. グループ会社は上場前に整理の方針を決める:ホールディングス会社や事業との関係が薄い子会社を合併・清算で整理し、単体の会社として上場申請しています。開示と管理の範囲を早めに確定させることが、準備期間の短縮につながります。
  2. 新株予約権の価格は「評価書」で説明できるようにする:発行価額はモンテカルロ・シミュレーション、行使価額はDCF法による評価を参考に決めたことが、株式移動の注記と関連当事者注記の両方に書かれています。
  3. 上場前の多額の配当は意思決定の過程を残す:検討開始の時期、4つの指標、キャッシュ・フローのシミュレーション、取締役会での審議と、金額を決めた理由がⅠの部で説明されています。
  4. ファンドが大株主のときは、上場後の保有方針と流動性を開示で示す:ファンドの保有比率、派遣役員、上場時の一部売却方針、流通株式比率の見込みが、それぞれリスク情報として書かれています。
  5. 小規模な会社でも自己監査を避ける内部監査はつくれる:独立部門を置かず、担当者と監査対象部門の組み合わせを工夫して自己監査を避けています。
  6. KPIは定義と下がった理由まで書く:EBITDAの計算式を明示し、2025年6月期の低下理由を具体的に説明しています。
  7. 業種特有の許認可と会計処理を整理しておく:酒税法・食品衛生法の許認可の一覧と有効期限、製造原価の計算方法、出荷基準の代替的な取扱いなど、業種に固有の論点を開示で整理しています。

いずれも、上場直前に一度に整えることは難しい項目です。資本政策と組織再編はN-3期からN-2期、内部監査とKPIの運用はN-2期からN-1期に始め、実績を積み上げておくのが理想です。準備の進め方はIPO準備 完全ガイドで全体を解説しています。

自社の準備状況をチェックする

  • グループ会社(子会社・持株会社)を上場時にどうするか、方針と時期を決めているか
  • 新株予約権・株式の発行や移動の価格について、算定方法と評価書を保存しているか
  • 上場前に配当や自己株式取得を行う場合、金額の決定根拠と取締役会での審議を記録しているか
  • 大株主(ファンド・創業家)の上場後の保有方針と、流通株式比率の見込みを確認しているか
  • 内部監査の担当者が自部門を監査しない体制になっており、計画・調書・改善確認の記録があるか
  • KPIの定義を文書化し、予実差異の理由を取締役会で説明できる状態になっているか

よくある質問

Q1. ファンドが過半数を持っていても上場できますか?

できます。梅乃宿酒造の場合、ファンドの保有は合計51.0%ですが、Ⅰの部では親会社等に該当する会社は「なし」とされています。そのうえで、ファンドからの役員派遣、上場時の一部売却方針、上場後も一定割合を保有する想定が事業等のリスクとして開示されています。大株主の保有方針は上場後の流動性や株価に影響するため、主幹事証券と早い段階で売出しの規模を相談しておくことが大切です。

Q2. 独立した内部監査部門がなくても上場できますか?

会社の規模によっては、他部門との兼務で内部監査を行う例があります。梅乃宿酒造は独立部門を置かず、管理部所属の1名が管理部以外を、専務取締役が管理部を監査する体制です。兼務の場合は、自己監査にならないことと、監査の記録・報告・改善確認が実際に回っていることを示せるかがポイントです。

Q3. 上場前に多額の配当をしても問題になりませんか?

配当自体が禁止されているわけではありませんが、なぜその金額なのか、上場後の事業や財務に影響しないのかは説明を求められます。梅乃宿酒造は、4つの財務指標とキャッシュ・フローのシミュレーションをもとに取締役会で審議した過程をⅠの部に記載しています。意思決定の根拠を議事録や検討資料として残しておくことが重要です。

Q4. 監査役設置会社から監査等委員会設置会社へは、いつ移行すべきですか?

決まった時期はありませんが、移行後の体制で取締役会や監査等委員会の運用実績を積む期間が必要です。梅乃宿酒造は2023年6月に移行し、上場申請までに2期分の運用実績があります。定款変更と役員の選任が必要になるため、株主総会の日程とあわせて計画します。

最初の一歩は「資本政策とグループ構成の棚卸し」から

梅乃宿酒造の事例のように、資本政策と組織再編は後からやり直しがききません。まずは現在の株主構成、新株予約権の有無、グループ会社の一覧と役割、過去の株式移動とその価格の根拠を一覧にし、上場時にどのような姿になっているべきかを書き出してみてください。そのうえで、配当や減資、株式分割の要否とタイミングを主幹事証券・監査法人と相談すると、準備の順番が見えてきます。資本政策の注意点は資本政策はなぜやり直せないかも参考にしてください。

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梅乃宿酒造のⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)

梅乃宿酒造の機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。

まとめ

梅乃宿酒造は、1893年創業の酒蔵が、ファンドの資本参加を受けて新蔵への移転投資を行い、2026年4月24日に東証スタンダード市場へ上場した事例です。Ⅰの部からは、グループ会社の整理、新株予約権の価格決定、臨時配当の決定過程、減資と株式分割という一連の資本政策と、監査等委員会設置会社への移行、兼務による内部監査、三様監査の連携といった管理体制の整え方を具体的に読み取ることができます。

上場準備会社にとっては、「何をしたか」だけでなく「なぜそうしたか、どう決めたか」を記録しておくことの大切さがよくわかる事例です。自社の準備状況と照らし合わせながら、参考にしてみてください。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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