ビタブリッドジャパンのIPO|親子上場の独立性とSOのみの資本政策【Ⅰの部から読む上場準備】

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

2026年4月2日、機能性表示食品のサプリメント「ターミナリアファースト」やスキンケア「ビタブリッドC」シリーズを展開する株式会社ビタブリッドジャパン(証券コード542A)が、東証グロース市場に上場しました。同社は、東証プライム上場の株式会社ベクトルが2014年に全額出資で設立した会社で、新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)の時点でもベクトルが議決権の95.4%を所有しています。いわゆる「親子上場」の形をとるD2C(Direct to Consumer)企業の上場事例であり、親会社からの独立性、流通株式の確保、役職員へのインセンティブ設計など、上場準備会社にとって参考になる論点が数多く含まれています。

結論からいえば、ビタブリッドジャパンのⅠの部から学べるのは、①支配株主がいる会社が「親会社との取引の合理性」と「流通株式の確保」をどう説明しているか、②役職員が株式を持たず新株予約権(ストック・オプション)だけでインセンティブを設計した資本政策、③独立した内部監査部署を置かずに2名の内部監査人で自己監査を避ける体制、④広告投資の季節性が大きいD2Cモデルの業績の見せ方と、出荷基準・ポイントを含む収益認識の整理の4点です。本記事では、Ⅰの部の記載を順に追いながら、上場準備の実務の目線でこれらの論点を整理します。

この記事の論点を自社と比べられる「ビタブリッドジャパンのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)」を、記事の後半で無料でお渡ししています。

ビタブリッドジャパンはどのような会社で、どの市場に上場したのか

まず、会社と上場の概要を確認します。ビタブリッドジャパンは、健康・美容商品を扱う「ウエルネスケア関連事業」の単一セグメントで事業を行っている会社です。子会社や関連会社はなく、Ⅰの部の財務諸表は単体のみで作成されています(連結財務諸表は作成していない旨の記載があります)。

設立は2014年4月です。ベクトルがグループ内でダイレクトマーケティング事業を行うD2Cプロデュースカンパニーの設立を構想するなかで、韓国のHYUNDAI BIOSCIENCE CO.,LTD.(以下「HBI」。韓国KOSDAQ上場)の特許技術「ビタブリッドC」に着目し、ベクトルの100%子会社として資本金500万円で設立されたと記載されています。現在の代表取締役社長CEOである大塚博史氏は、このとき事業責任者として迎え入れられ、2017年5月に代表取締役社長CEOに就任しています。

決算期は2月末日で、事業年度は3月1日から翌年2月末日までです。Ⅰの部の「最近事業年度」は第11期(2025年2月期)で、あわせて第12期(2026年2月期)の中間会計期間と第3四半期累計期間の財務諸表も掲載されています。従業員数は2026年1月31日現在で92名(平均年齢35.0歳、平均勤続年数3.3年)で、労働組合は結成されていないと記載されています。

項目 内容
会社名 株式会社ビタブリッドジャパン(英訳名 Vitabrid Japan Inc.)
証券コード・市場 542A・東証グロース市場
上場日 2026年4月2日
本店所在地 東京都港区赤坂
代表者 代表取締役社長CEO 大塚 博史
設立 2014年4月(株式会社ベクトルの100%子会社として設立)
決算期 2月末日(最近事業年度は第11期=2025年2月期)
事業 ウエルネスケア関連事業(単一セグメント)
従業員数 92名、平均年齢35.0歳(2026年1月31日現在)
親会社 株式会社ベクトル(議決権の被所有割合95.4%)
会計監査人 東陽監査法人
機関設計 監査役会設置会社

上場準備会社の目線で最初に押さえておきたいのは、「親会社がある状態でグロース市場に上場している」という点です。親会社がある会社の上場では、親会社からの独立性や、親会社グループとの取引条件の妥当性が審査で丁寧に確認されます。この点は後半のガバナンスの章で詳しく見ていきます。考え方の全体像は親会社がある状態で上場できるのかもあわせてご覧ください。

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何で稼いでいるのか:D2Cの事業内容と収益モデル

ビタブリッドジャパンの商品は、大きく「インナーケア」と「アウターケア」に分かれています。インナーケアは、機能性表示食品のサプリメント「ターミナリアファースト」(主力商品)、「Vitabrid Daily GABA」、「ジャパンプレミアムDHA&EPA+GABA」、「アクティブリッチ5」、成長期サポート飲料「レベルアップ」(栄養機能食品)などです。アウターケアは、HBIの特許技術「ビタブリッドC」を用いたスキンケア・ヘアケア製品(ビタブリッドCフェイス、ビタブリッドCヘアー等)やネイル製品です。さらに2024年11月からは、提携クリニックの医師の処方による医薬品等を提供するオンライン診療プラットフォーム「サステナオンラインクリニック」も始めています。

このなかで特に大きいのが「ターミナリアファースト」で、2025年2月期の売上高の75.3%を占めると記載されています。Ⅰの部では、富士経済の調査で機能志向食品/ダイエット総市場のブランドランキングにおいて3年連続1位(2022〜2024年の販売高)であることも紹介されています。また、ビタブリッドCフェイスは累計販売479万個、累計顧客90万人(2026年1月末)とされています。

ビジネスモデルは、自社ECサイトを主軸とした定期購入型のリピート通販です。注文はWeb・電話・ハガキで受け付け、主要ECモール(Amazon、楽天、Yahoo!)や、卸を経由したドラッグストア約16,000店舗(2026年1月末)でも販売しています。受注・配送・代金回収・顧客対応・在庫管理はパートナー企業と連携し、自社開発のEC基幹システム、BIツール、自社データサーバーで一元管理していると説明されています。製造や物流は外部に委託しており、自社では生産活動を行っていません。

ビタブリッドジャパンの事業モデル主な仕入先・契約先販売チャネル(2025年2月期)株式会社東洋新薬主力商品の仕入先HBI(韓国)技術の独占販売契約NTNG INC.商標使用許諾契約ビタブリッドジャパンD2C・定期購入型通販商品企画・ブランド・CRM製造・物流は外部委託自社EC(定期購入)11,527,866千円ECモール696,017千円卸・その他398,420千円パートナー企業と連携受注・配送・代金回収・顧客対応・在庫管理自社システム(EC基幹システム・BIツール・自社データサーバー)で一元管理

図1 ビタブリッドジャパンの事業モデル(Ⅰの部「事業の内容」「経営上の重要な契約等」をもとに筆者作成。金額は2025年2月期)

販売チャネル別の収益は、収益認識に関する注記(顧客との契約から生じる収益を分解した情報)で開示されています。数字を見ると、自社EC経由の収益が大半を占めつつ、卸・その他が直近で伸びていることがわかります。

販売チャネル 2024年2月期 2025年2月期 2026年2月期 3Q累計
当社サイト経由(自社EC) 11,232,123 11,527,866 10,025,304
ECモール 516,511 696,017 683,115
卸・その他 24,805 398,420 886,387
合計 11,773,440 12,622,305 11,594,806

(単位:千円。Ⅰの部「収益認識関係」注記をもとに作成)

主要な販売先については、総販売実績の10%以上を占める相手先はないと記載されています。個人顧客に直接販売するD2Cモデルらしい特徴です。一方で仕入側は集中しており、2025年2月期の仕入高の68.3%が株式会社東洋新薬(ターミナリアファーストの仕入先)であると記載されています。

Ⅰの部では、同社の強みを「スマート蓄積型D2Cエンジン」と表現しています。研究開発(開発マネジメントシステムや、採算化をシミュレーションする「Vita-SIMシステム」)、新規顧客の獲得(ストーリーPDCA)、既存顧客の育成(CRM・LTV)、事業基盤(自社基幹システム)を組み合わせる考え方です。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、「何で稼いでいるか」を、商品別・チャネル別・顧客別・仕入先別に数字で説明できる状態にしておくことです。特定商品や特定仕入先への依存度が高い場合、それ自体が上場の障害になるわけではありませんが、審査では「その依存が続くことのリスク」と「契約関係の安定性」が必ず確認されます。ビタブリッドジャパンが、主力商品の売上比率や仕入先の比率を数字で開示し、その裏付けとなる契約を「経営上の重要な契約等」に記載している点は、開示の組み立て方として参考になります。収益性の審査の考え方はIPO審査の「企業の継続性及び収益性」で解説しています。

設立から上場までの道のり:株主構成はどう変わってきたか

ビタブリッドジャパンの沿革は、事業の拡大と株主構成の変化が並行して進んできた点に特徴があります。設立当初はベクトルの100%子会社でしたが、2014年6月にHBIの出資を受け(ベクトル67.3%、HBI32.7%)、同月に「ビタブリッドCフェイス」「ビタブリッドCヘアー」の販売を開始しました。その後、第三者割当増資や株式譲渡を経て持株比率は何度か変化し、2015年5月時点ではHBIが49.3%、ベクトルが39.0%と、HBIのほうが多い時期もありました。

2017年6月の株式譲渡でベクトルが50.4%となり、2022年8月の株式譲渡によってベクトル95.4%、HBI4.6%という現在の構成になっています。事業面では、2019年10月に「糖脂に ターミナリアファースト プロフェッショナル」を発売し、販売累計は2020年6月に500万個、2022年5月に1,000万個、2025年3月に2,000万個を突破したと記載されています。

設立から上場までの主な沿革設立と事業の立ち上げ2014年4月ベクトル100%子会社で設立2014年6月HBIが出資販売開始2017年5月大塚博史氏が代表取締役就任2019年10月ターミナリアファースト発売2022年8月株式譲渡でベクトル95.4%上場準備の本格化2023年2月社外役員・CFO取締役が就任2024年6月株式分割(1:10)2024年7月第2回新株予約権付与2025年11月株式分割1:200・単元株2026年4月東証グロース市場に上場

図2 設立から上場までの主な沿革(Ⅰの部「沿革」「役員の状況」等をもとに筆者作成。上場日は東証公表情報)

上場準備の動きとして目を引くのは、2023年2月前後の体制整備です。役員の経歴を見ると、2023年2月に社外取締役2名、社外監査役2名、親会社出身の監査役1名、取締役CFOが就任しています。会計監査人である東陽監査法人の継続監査期間も2023年2月期以降と記載されており、役員体制の整備と会計監査の開始の時期が重なっています。2024年1月にはプライバシーマークを取得し、2024年6月と2025年11月には株式分割、2024年7月には役職員向けの第2回新株予約権を付与しています。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、監査法人の監査を受ける2期間(直前々期・直前期)より前に、役員体制と会計監査の受け入れ準備を整えておくことです。ビタブリッドジャパンのケースでは、2023年2月期から監査法人の監査が始まり、同じ時期に社外役員とCFOがそろっています。上場までのスケジュールの組み方はIPO準備の全体像(N-3期〜N期)や監査法人はいつまでに決めるかで詳しく解説しています。

業績はどう推移しているか:黒字基調のなかの増減をどう説明しているか

次に業績を見ていきます。Ⅰの部の「主要な経営指標等の推移」には、第7期(2021年2月期)から第11期(2025年2月期)までの5期分の数値が単体で記載されています。グロース市場に上場する会社には赤字の会社も少なくありませんが、ビタブリッドジャパンは5期とも経常利益・当期純利益を計上しています。

決算期 売上高 経常利益 当期純利益 純資産額 自己資本比率
2021年2月期 9,897,504 707,306 463,353 1,446,557 56.4%
2022年2月期 10,212,189 788,687 514,103 1,960,661 68.8%
2023年2月期 12,530,947 929,181 647,209 795,911 22.1%
2024年2月期 11,773,440 977,128 718,690 1,514,602 36.2%
2025年2月期 12,622,305 675,766 459,729 2,025,652 38.8%

(単位:千円。Ⅰの部「主要な経営指標等の推移」をもとに作成。2021年2月期〜2023年2月期は会社計算規則に基づく数値で、監査証明を受けていません)

売上高と利益の推移(単体)売上高(億円)034.769.4104.1138.82021/2期2022/2期2023/2期2024/2期2025/2期経常利益・当期純利益(億円)経常利益当期純利益02.75.48.110.72021/2期2022/2期2023/2期2024/2期2025/2期

図3 売上高・経常利益・当期純利益の推移(Ⅰの部「主要な経営指標等の推移」をもとに筆者作成。単位:億円、千円未満を丸めて表示。2021/2期〜2023/2期は監査証明を受けていない数値)

数字の動きを確認すると、売上高は2023年2月期に125億円台まで伸びたあと、2024年2月期に117億円台へ減少し、2025年2月期には126億円台に回復しています。Ⅰの部のKPIとして記載されている売上高成長率は、2024年2月期が△6.0%、2025年2月期が7.2%です。一方、経常利益は2024年2月期の977,128千円から2025年2月期は675,766千円に減少しています。

2025年2月期の減益について、Ⅰの部の「経営成績等の状況の概要」では、2024年3月に他社の紅麹を含むサプリメントで健康被害の報告と自主回収があり、その影響で解約や買い控えが生じたこと、広告宣伝費を抑制したことが説明されています。第3四半期からは広告を積極化し、ターミナリアファーストの売上が過去最高となったものの、新規顧客の獲得から収益化までには一定の期間を要し、上期の新規獲得の伸びが限定的だったため減益になったと記載されています。結果として、売上高は12,622,305千円(前期比7.2%増)、営業利益は700,913千円(同29.8%減)でした。

D2Cモデルの費用構造も確認しておきましょう。2025年2月期の売上原価は2,463,329千円、売上総利益は10,158,975千円で、販売費及び一般管理費は9,458,062千円です。そのうち広告宣伝費が4,478,758千円、販売促進費が1,906,648千円、支払手数料が1,391,597千円となっています。売上総利益率が高い一方で、広告宣伝費をはじめとする顧客獲得コストが利益を大きく左右する構造であることがわかります。

2025年2月期の売上高から営業利益まで単位:千円売上高12,622,305売上原価-2,463,329売上総利益10,158,975販管費-9,458,062営業利益700,913販売費及び一般管理費9,458,062千円のうち主なもの広告宣伝費4,478,758千円販売促進費1,906,648千円支払手数料1,391,597千円

図4 2025年2月期の損益の構造(Ⅰの部の損益計算書をもとに筆者作成。単位:千円)

中間期は営業損失、第3四半期累計では営業利益という動き

直近の第12期(2026年2月期)は、中間会計期間(2025年3月〜8月)が営業損失38,520千円、第3四半期累計期間(2025年3月〜11月)が営業利益903,734千円です。Ⅰの部では、中間期について全チャネルで前年同期を上回り、特に卸販売が伸びたこと、第2四半期は広告効率が向上したため積極的な広告投資を行ったことが説明されています。第3四半期累計については、CPA(顧客獲得単価)の改善を背景に積極的な広告投資を継続したと記載されています。

項目 2026年2月期 中間 2026年2月期 3Q累計
売上高 7,320,600 11,594,806
売上総利益 5,850,894 9,320,257
販売費及び一般管理費 5,889,414 8,416,523
営業利益 △38,520 903,734
経常利益 △49,456 880,445
純利益 △47,116 583,405

(単位:千円。Ⅰの部の中間財務諸表・四半期財務諸表をもとに作成)

この動きは、「事業等のリスク」で開示されている「業績の季節変動」と対応しています。同社は、第1四半期・第2四半期に新規顧客獲得のための広告投資が集中し、第3四半期・第4四半期で収益化する傾向があると記載しており、このリスクの発生可能性を「高」、時期を「毎年」、影響度を「小」と評価しています。

広告投資の季節性と直近期の利益の動き1Q・2Q新規獲得の広告投資を集中中間期(3〜8月)営業損失△38,520千円3Q累計(3〜11月)営業利益903,734千円KPI(Ⅰの部 MD&Aに記載の指標)売上高成長率2024/2期 △6.0%売上高成長率2025/2期 7.2%営業利益率2024/2期 8.5%営業利益率2025/2期 5.6%中間期の広告宣伝費は3,242,696千円。CPA改善を背景に3Qも積極的な広告投資を継続

図5 広告投資の季節性と2026年2月期の利益の動き(Ⅰの部「事業等のリスク」「経営成績等の状況の概要」「主要な経営指標等の推移」等をもとに筆者作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、四半期や半期で見ると赤字になる時期がある事業の場合、その理由を「事業モデルとして説明できる形」で整理しておくことです。広告投資を先行させるD2Cやサブスクリプション型の事業では、上期に費用が先行し、下期に回収される形になることは珍しくありません。審査では、予算と実績の差異が説明できるか、季節性を織り込んだ月次の予算管理ができているかが確認されます。ビタブリッドジャパンのように、季節性をリスク情報として明示し、MD&Aで各期の広告投資の判断を説明しておくと、投資者にも審査担当者にも理解されやすくなります。事業計画の作り方はIPO審査の「事業計画の合理性」で解説しています。

営業キャッシュ・フローと運転資金の動き

キャッシュ・フローも確認しておきます。2024年2月期の営業キャッシュ・フローは△783,414千円でしたが、2025年2月期は843,223千円のプラスに転じています。Ⅰの部のキャッシュ・フロー計算書を見ると、2024年2月期のマイナスは、棚卸資産の増加(△551,082千円)、未払金の減少(△482,747千円)、前渡金の増加(△325,648千円)、仕入債務の減少(△227,144千円)などによるものです。

営業キャッシュ・フローの変化と運転資金の調達2024年2月期の主なマイナス要因棚卸資産の増加 △551,082千円未払金の減少 △482,747千円前渡金の増加 △325,648千円仕入債務の減少 △227,144千円2024年2月期営業CF△783,414千円2025年2月期営業CF843,223千円資金需要と調達方針資金需要商品仕入・広告宣伝費開発投資・支払手数料短期の運転資金は銀行借入で調達当座貸越契約(取引銀行3行)極度額2,000,000千円・実行残高1,500,000千円

図6 営業キャッシュ・フローの変化と運転資金の調達方針(Ⅰの部のキャッシュ・フロー計算書、「対処すべき課題」等をもとに筆者作成)

資金需要については、商品仕入、広告宣伝費、開発投資、支払手数料が挙げられており、短期の運転資金は銀行借入で調達する方針が「対処すべき課題」に記載されています。2025年2月期末の当座貸越契約は取引銀行3行で極度額2,000,000千円、借入実行残高1,500,000千円です。

利益が出ていても、在庫や前渡金が膨らむ局面では営業キャッシュ・フローがマイナスになることがあります。上場準備会社では、損益計算書だけでなく、運転資本の増減を月次で把握し、資金繰りの見通しを経営会議で共有する仕組みを早めに整えておくことが大切です。グロース市場で問われる成長可能性の説明についてはグロース市場の「高い成長可能性」とはもご覧ください。

資本政策と株主構成:役職員が株式を持たない会社はどう設計したか

ここからは、IPO実務の観点で特に特徴的な資本政策を見ていきます。Ⅰの部の「所有者別状況」(2026年1月31日現在)によると、株主数は3名です。内訳は、その他の法人1(ベクトル)、外国法人等1(HBI)、個人その他1で、この「個人その他」は全て自己株式と記載されています。つまり、上場前の株主はベクトルとHBIの2社のみで、ベンチャーキャピタル(VC)や役員・従業員は株主に含まれていません。

一方、「第四部 株式公開情報」の「株主の状況」には、新株予約権による潜在株式を含めた株主等が記載されています。ここでは、代表取締役社長CEOの大塚博史氏、取締役2名、従業員9名が新株予約権の保有者として並んでおり、役員一覧上の各役員の所有株式数はいずれも「―」と記載されています。役職員のインセンティブは、株式ではなく新株予約権(ストック・オプション)だけで設計されているということです。

株主等 所有株式数(うち潜在株式) 割合
株式会社ベクトル 3,600,000 88.02%
大塚 博史(代表取締役社長CEO) 274,000(274,000) 6.70%
HYUNDAI BIOSCIENCE CO.,LTD. 172,000 4.21%
関 智洋(取締役) 7,200(7,200) 0.18%
新馬場 隼(取締役) 7,200(7,200) 0.18%
従業員9名 29,600(29,600) 0.15〜0.01%(各人)
計 4,090,000(318,000) 100.00%

(Ⅰの部「株主の状況」をもとに作成。自己株式を除く)

上場前の株主構成(潜在株式を含む)株式会社ベクトル3,600,000株(88.02%)大塚 博史(SOのみ)274,000株(6.70%)HBI(韓国)172,000株(4.21%)取締役2名(SOのみ)各7,200株(各0.18%)従業員9名(SOのみ)合計29,600株※自己株式1,828,000株(発行済株式総数の32.64%)は上記に含まない。※役員・従業員の保有はすべて新株予約権(潜在株式318,000株)。

図7 上場前の株主構成(Ⅰの部「株主の状況」をもとに筆者作成。自己株式を除き、新株予約権による潜在株式を含む総数4,090,000株に対する割合)

もう一つ目を引くのが自己株式です。Ⅰの部によると、自己株式は1,828,000株で、発行済株式総数5,600,000株の32.64%にあたり、貸借対照表上の帳簿価額は1,818,860千円です。最近事業年度と最近期間において自己株式の取得や処分はないと記載されています。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、上場前に保有している自己株式の扱いを早めに決めておくことです。自己株式は議決権がなく、流通株式にも含まれません。また、上場時に自己株式を処分して売り出す場合や、上場後に消却する場合など、選択肢によって手続や開示が変わります。資本政策の全体像は上場準備の資本政策で解説しています。

株式分割と単元株制度:上場に向けた株数の調整

ビタブリッドジャパンは上場前に2回の株式分割を行っています。2024年6月1日付で1株を10株に(2,800株→28,000株)、2025年11月1日付で1株を200株に(28,000株→5,600,000株)分割し、2025年11月1日には単元株式数を100株とする単元株制度を採用しました。発行可能株式総数は20,000,000株、発行済株式は普通株式のみです。

上場時の株価水準や、投資単位(売買単位あたりの金額)を適正な水準にするため、上場前に株式分割と単元株制度の導入を行うのは一般的な流れです。分割を行うと1株当たり情報が大きく変わるため、Ⅰの部では、株式分割が第7期の期首に行われたと仮定した場合の1株当たり純資産額や1株当たり当期純利益も参考情報として記載されています。

資本政策の主な動き2022年8月株式譲渡でベクトル95.4%2022年9月第1回SO(有償)2024年6月株式分割1:102024年7月第2回SO(無償)2025年11月株式分割1:200単元株100株発行済株式総数の推移分割前2,800株1:10分割後28,000株1:200分割後5,600,000株うち自己株式1,828,000株/新株予約権の目的株式318,000株(発行済株式総数の5.68%)

図8 資本政策の主な動き(Ⅰの部「沿革」「株式等の状況」「新株予約権等の状況」をもとに筆者作成)

2回のストック・オプション:有償と無償の使い分け

ビタブリッドジャパンは、性格の異なる2回の新株予約権を発行しています。概要は次のとおりです。

項目 第1回新株予約権 第2回新株予約権
付与日 2022年9月30日 2024年7月26日
対象者 代表取締役社長CEO 1名 代表取締役社長CEO、取締役2名、従業員9名
発行形態 有償(1個につき40,000円) 無償
目的株式数(2026年1月末) 184,000株 134,000株
行使価額(分割調整後) 995円 13円
行使期間 2022年9月30日〜2032年9月30日 2027年7月26日〜2034年7月25日
主な行使条件 上場、行使価額を下回る価格での株式発行等や上場後の終値が行使価額を下回った場合は行使不可、役職員であること 上場、行使時に取締役・監査役・執行役員・従業員の地位にあること

(Ⅰの部「新株予約権等の状況」「ストック・オプション等関係」をもとに作成)

第1回は、代表取締役に対して1個40,000円で有償発行された新株予約権で、行使価額を下回る価格で株式の発行等が行われた場合や、上場後に株価の終値が行使価額を下回った場合には、それ以降行使できなくなるという条件が付いています。2025年2月期には一部(90,000株相当)が失効し、新株予約権戻入益1,800千円が特別利益に計上されています。

第2回は、役員と従業員に無償で付与されたもので、行使価額は13円です。Ⅰの部の「第三者割当等の概況」では、この発行価格について、類似業種比準方式、純資産価額方式及び配当還元方式により算出した価格を総合的に勘案して決定したと記載されています。会計上は、未公開企業として公正な評価単価を本源的価値により算定しており、株式の評価額はDCF法による価格を参考に決定したと注記されています。2025年2月期には株式報酬費用53,121千円が販売費及び一般管理費に計上され、2025年2月期末の本源的価値の合計額は239,045千円と記載されています。

第2回新株予約権の価額決定と会計処理行使価額の決定会計上の評価類似業種比準方式・純資産価額方式配当還元方式を総合的に勘案行使価額 13円(分割調整後)未公開企業として本源的価値で算定株式の評価額はDCF法を参考株式報酬費用 53,121千円(2025/2期)本源的価値の合計 239,045千円(期末)割当先とは上場日の前日等まで所有する旨の確約を書面で取り交わし

図9 第2回新株予約権の行使価額の決定方法と会計上の評価(Ⅰの部「第三者割当等の概況」「ストック・オプション等関係」をもとに筆者作成)

また、第2回の割当てについては、上場規程施行規則第272条第1項第1号に基づき、割当日から上場日の前日または行使を行う日のいずれか早い日まで所有する旨の確約を、割当先との間で書面により取り交わしていると記載されています。潜在株式の合計は318,000株で、発行済株式総数5,600,000株の5.68%にあたります。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは三つあります。一つ目は、ストック・オプションの行使価額を決める際の株価算定方法と、会計上の評価方法の関係を整理しておくことです。二つ目は、無償で付与するストック・オプションについて、本源的価値による費用計上が損益に与える影響を事前に試算しておくことです。三つ目は、上場前の割当てに伴う継続保有の確約の手続を、割当ての時点で漏れなく行うことです。詳しくは未上場株式の株価算定はどの方法を使うか、税制適格ストックオプション、上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。

流通株式比率が上場維持基準に近いことをどう開示しているか

支配株主が議決権の大半を持つ会社では、流通株式の確保が課題になります。ビタブリッドジャパンは「事業等のリスク」で、上場時の流通株式比率が上場維持基準である25.0%に近接していると明記しています。そのうえで、大株主への売出しの協力の要請、公募増資、新株予約権の行使などにより流動性の向上を図る方針であると記載しています。

流通株式比率への対応方針上場時の流通株式比率上場維持基準25.0%に近接大株主への売出しの協力の要請公募増資新株予約権の行使流動性の向上

図10 流通株式比率が上場維持基準に近いことへの対応方針(Ⅰの部「事業等のリスク」をもとに筆者作成)

また、「特別利害関係者等の株式等の移動状況」は「該当事項なし」とされており、記載の対象となる期間に特別利害関係者等による株式の移動はなかったことになります。上場準備会社にとっての実務上のポイントは、親会社やオーナーの持株比率が高い場合、上場時だけでなく上場後も流通株式比率の基準を満たし続けられるか、具体的な手段まで含めて計画しておくことです。計算方法は流通株式比率の計算式と調べ方で詳しく解説しています。

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コーポレート・ガバナンス:支配株主がいる会社の機関設計はどうなっているか

ビタブリッドジャパンの機関設計は、取締役会、監査役会、会計監査人を置く監査役会設置会社です。役員は9名(男性6名・女性3名)で、取締役5名(うち社外取締役2名)、監査役4名(うち社外監査役3名)という構成です。社外取締役2名と社外監査役3名の計5名は、全員を独立役員として届け出る予定と記載されています。このほか執行役員制度を導入しており、執行役員1名(事業基盤本部長)がいます。

ビタブリッドジャパンの機関設計親会社 ベクトル議決権95.4%株主総会報酬諮問委員会委員長:社外取締役取締役会5名(社外2名)監査役会4名(社外3名)会計監査人東陽監査法人答申代表取締役社長CEO内部監査人2名CEOが任命CEOが議長を務める会議体経営会議(原則隔週)コンプライアンス・リスク委員会(四半期1回以上)常勤監査役は経営会議・コンプライアンス・リスク委員会にオブザーバーとして出席親会社ベクトルの代表取締役副社長CFOが非常勤監査役を兼務選任監査

図11 ビタブリッドジャパンのコーポレート・ガバナンス体制(Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの状況等」をもとに筆者作成)

会議体 構成・議長 開催頻度・実績(2025年2月期)
取締役会 取締役5名(社外2名)、議長は代表取締役社長CEO 原則月1回+臨時。19回開催、全員全出席
監査役会 監査役4名(社外3名)、議長は常勤社外監査役 原則月1回。12回開催
経営会議 議長はCEO。取締役、執行役員、本部長等。常勤監査役と内部監査人がオブザーバー 原則隔週
コンプライアンス・リスク委員会 委員長はCEO。取締役、執行役員、内部監査人、法務部マネージャー等 原則四半期1回以上
報酬諮問委員会(任意) 社外取締役、常勤社外監査役、取締役CFOの3名。委員長は独立社外取締役 3回開催、全員出席

(Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの状況等」をもとに作成)

取締役会の議題として、重要な業務執行、予算・事業計画、人事・組織、コンプライアンス・リスク、新規上場申請、月次業績などが挙げられています。監査役会では、監査計画、監査報告書、会計監査人の監査の相当性、報酬の同意、新規上場に関する状況などが検討されています。監査役には公認会計士・税理士の資格をもつ社外監査役と、弁護士の社外監査役が含まれています。

機関設計を選ぶ考え方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で、社外取締役の人数については社外取締役は何人必要かで解説しています。

親会社との関係をどう説明しているか

支配株主がいる会社の上場では、少数株主の利益が損なわれないよう、親会社からの独立性と、親会社グループとの取引の公正性が重視されます。ビタブリッドジャパンは「事業等のリスク」の中で、親会社グループとの関係を次のように整理しています。

第一に、ベクトルが議決権の95.4%を所有していますが、現在、同社の意思決定にあたって親会社の承認を必要とする事項はなく、ベクトルは上場後も長期保有の方針であると記載されています。第二に、ベクトルグループ内でダイレクトマーケティング事業に区分されており、グループ内に競合する事業はないとされています。第三に、広告宣伝等の業務委託の一部をベクトルグループに発注しているものの重要性は限定的であり、取引開始前に取締役会で取引の合理性と取引条件の妥当性を検討すると記載されています。第四に、役員9名のうち非常勤監査役の後藤洋介氏がベクトルの代表取締役副社長CFOを兼務しています。

「コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方」でも、支配株主であるベクトルとの取引は「関連当事者取引管理規程」に則り、取引開始前に取締役会でその合理性と条件の妥当性を検討すると記載されています。なお、Ⅰの部の財務諸表の関連当事者情報は、2024年2月期・2025年2月期とも「該当事項はありません」とされています。

親会社ベクトルとの関係と取引の承認手続株式会社ベクトル(東証プライム)ビタブリッドジャパン① 意思決定親会社の承認を要する事項はない② 事業グループ内に競合する事業はない③ 取引広告宣伝等の一部を発注(重要性は限定的)④ 人的関係ベクトルの副社長CFOが非常勤監査役を兼務取引の承認手続(関連当事者取引管理規程)ベクトルグループとの取引取引開始前に取締役会で合理性・条件の妥当性を検討取引開始議決権95.4%

図12 親会社グループとの関係の整理と取引の承認手続(Ⅰの部「事業等のリスク」「コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方」をもとに筆者作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、親会社グループとの取引について、①取引の必要性(なぜ親会社グループに発注するのか)、②取引条件の妥当性(第三者と比べて不利でないか)、③承認手続(誰がいつ承認するのか)を、規程と議事録で示せるようにしておくことです。親会社の役員が子会社の役員を兼務する場合は、その人数や役割が独立性の観点から問題にならないかも確認されます。詳しくはIPO審査の「親会社等からの独立性」とIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)をご覧ください。

社外役員の独立性と、取引関係の開示

社外役員の独立性に関しては、独自の基準や方針は定めておらず、東京証券取引所の独立性の基準を参考にしていると記載されています。そのうえで、社外取締役の宮本雅恵氏が業務執行者を務めるイメージ・ブランディングとは2017年2月期に商品調査の取引関係があり、当事業年度の取引額は100万円未満であること、社外取締役の青木康治氏が2024年5月まで業務執行者であったサムライパートナーズとは2025年2月期に広告宣伝の取引があり、その取引額は同社売上高の1.09%であることが開示されています。

社外役員の出身先と取引がある場合でも、取引の規模や内容を具体的に示すことで、独立性に問題がないことを説明できます。上場準備会社では、社外役員の候補者を選ぶ段階で、候補者本人や関係先と自社との取引の有無を確認しておくことが大切です。

役員報酬の決め方:任意の報酬諮問委員会

取締役の報酬は月例の固定報酬で、役位、職責、業績、他社水準、従業員の給与水準を考慮し、報酬諮問委員会の答申を経て取締役会で決議すると記載されています。役員賞与は業績に基づいて別途検討し、同じく報酬諮問委員会の答申を経て取締役会で決議します。報酬諮問委員会は、過半数を独立役員とする3名以上で構成し、委員長は独立社外取締役とされています。2025年2月期は、個別報酬額と他社水準の調査、取締役への新株予約権の付与、報酬方針などをテーマに3回開催されています。

報酬の限度額は、取締役が年額230,000千円以内、監査役が年額32,000千円以内、取締役へのストック・オプションが年額240,000千円以内(社外取締役を除く)と記載されています。2025年2月期の報酬総額は、取締役(社外取締役を除く)が140,800千円(うち非金銭報酬41,386千円)、社外役員が23,700千円です。指名委員会は設置されていません。

役員報酬の決定プロセスと限度額報酬諮問委員会(任意)3名以上・過半数が独立役員委員長:独立社外取締役取締役会で決議月例の固定報酬役員賞与報酬の限度額(年額)区分限度額取締役230,000千円以内監査役32,000千円以内取締役へのSO(社外取締役を除く)240,000千円以内答申

図13 役員報酬の決定プロセスと報酬限度額(Ⅰの部「役員の報酬等」をもとに筆者作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、任意の委員会を設ける場合、構成(独立役員が過半数か、委員長は誰か)と、実際に何を審議したか(開催日と議題)を記録に残しておくことです。形だけの委員会ではなく、ストック・オプションの付与や報酬方針の見直しといった具体的な議題で運用されていることが、ガバナンスの実効性の説明につながります。全体像は上場準備のガバナンスで解説しています。

内部監査・内部統制:独立した内部監査部署がない場合の体制

内部監査の体制は、上場準備会社が特に参考にしやすい部分です。ビタブリッドジャパンは、独立した内部監査部署を設置していません。代表取締役社長CEOが任命した内部監査人2名が、CEOの命を受けて内部監査を実施する体制です。監査の対象は全部門で、結果はCEOと被監査部署に報告し、改善状況を確認するとともに、監査役会にも報告すると記載されています。

内部監査人は他の部署の業務と兼務しているため、自己監査(自分が担当する業務を自分で監査すること)を避ける工夫が必要です。Ⅰの部では、CEOが別の部署から担当者を任命し、相互に牽制する体制をとっていると記載されています。コンプライアンス・リスク委員会の構成員として「事業戦略部マネージャー(内部監査人)」が挙げられています。なお、2026年3月1日付で事業戦略部をガバナンス統括部に名称変更する予定とされています。

三様監査の連携と内部監査の相互牽制監査役・監査役会常勤社外監査役ほか内部監査人(2名)CEOが任命会計監査人東陽監査法人自己監査を避ける仕組み(イメージ)内部監査人A所属:部署X内部監査人B所属:部署Y部署Y・その他の部署部署X内部監査人は自分の所属部署を監査せず、別部署の内部監査人が監査する定期的に意見交換監査監査

図14 三様監査の連携と内部監査の相互牽制のイメージ(Ⅰの部「監査の状況」をもとに筆者作成。部署名は説明のための例示)

三様監査(監査役監査・内部監査・会計監査)の連携については、内部監査人、監査役、会計監査人が定期的に意見交換を行い、相互の連携を図っていると記載されています。常勤監査役は取締役会のほか、経営会議やコンプライアンス・リスク委員会にも出席しており、経営会議には内部監査人もオブザーバーとして参加しています。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、従業員数が100名前後の規模では、専任の内部監査部署を置かず、兼務の内部監査人で体制を組むことも選択肢になるということです。その場合に重要なのは、①内部監査人が自分の所属部署を監査しない担当割りにすること、②内部監査人の所属部署は別の担当者が監査すること、③監査計画・監査調書・報告書・改善状況の確認という一連の記録を残すこと、④監査結果を監査役(会)にも報告する経路を設けることです。内部監査の体制づくりは内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)、内部監査の人数と体制、監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で詳しく解説しています。

リスク管理とコンプライアンスの仕組み

リスク管理については、コンプライアンスポリシーを上位規程とし、コンプライアンス・リスク管理規程を定め、CEOを最高責任者とする体制が記載されています。コンプライアンス・リスク委員会は原則として四半期に1回以上開催されます。また、取締役会で内部統制システムの基本方針を決議しており、法令遵守、情報の保存・管理、損失の危険の管理、職務執行の効率性、監査役の補助使用人、監査役への報告、監査役監査の実効性、財務報告の信頼性、反社会的勢力の排除の9項目が定められています。監査役の補助使用人は、監査役から求めがあれば配置し、その人事等には監査役の事前の同意を要するとされています。

このほか、非業務執行取締役及び監査役との責任限定契約、役員等賠償責任保険(D&O保険)の締結、会社法第426条第1項に基づく取締役会決議による責任免除の定款規定、会社法第459条第1項に基づく剰余金の配当等の取締役会決議の定款規定なども記載されています。

健康食品や化粧品を扱う同社にとって、法令対応は事業そのものに直結します。「事業等のリスク」では、薬機法、健康増進法、消費者契約法、景品表示法、特定商取引法、個人情報保護法、食品表示法、食品衛生法が適用法令として挙げられています。また、対処すべき課題として、研究開発部の設置や、CEO直下への品質保証担当の設置など、品質管理水準の向上に取り組んでいることも記載されています。2024年1月にはプライバシーマークを取得しています。

コンプライアンス・リスク管理の体制コンプライアンスポリシー(上位規程)コンプライアンス・リスク管理規程コンプライアンス・リスク委員会委員長CEO・原則四半期1回以上事業に関わる主な適用法令薬機法健康増進法消費者契約法景品表示法特定商取引法個人情報保護法食品表示法食品衛生法品質・情報管理の取組み研究開発部の設置CEO直下に品質保証担当を設置プライバシーマーク取得(2024年1月)

図15 コンプライアンス・リスク管理の体制と主な適用法令(Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの状況等」「事業等のリスク」「対処すべき課題」をもとに筆者作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、自社の事業に固有の法規制(広告表示、個人情報、品質など)を洗い出し、その遵守状況を誰がどの会議体で確認しているかを説明できるようにしておくことです。広告で集客するD2Cの場合、広告表現のチェック体制は審査で必ず確認される項目の一つです。規程の整備はIPO審査の「社内規程」、内部通報の仕組みは内部通報体制は上場審査でどこまで見られるかで解説しています。

会計・開示の論点:出荷基準、ポイント、棚卸資産の評価

次に、会計と開示の論点を見ていきます。財務諸表は財務諸表等規則に基づいて作成されており、中間財務諸表は第1種中間財務諸表、第3四半期は東京証券取引所の四半期財務諸表等の作成基準に基づいて作成されています。財務諸表等の適正性を確保するための取組みとして、公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の開示資料の閲覧やセミナーへの参加、監査法人との協議が挙げられています。

収益認識:代替的な取扱いによる出荷基準

ビタブリッドジャパンの収益は、健康・美容関連商品を顧客に納品する履行義務から生じます。Ⅰの部では、この履行義務は商品の納品完了時点で充足されると判断しているものの、「収益認識に関する会計基準の適用指針」第98項に定める代替的な取扱いを適用し、出荷時に収益を認識していると記載されています。

適用指針第98項の代替的な取扱いは、国内の販売で、出荷時から商品の支配が顧客に移転される時(たとえば着荷時)までの期間が通常の期間である場合に、出荷時から支配移転時までの間の一時点で収益を認識することを認めるものです。通販の場合、出荷から顧客への到着までは数日程度であることが多く、この取扱いを使う会社は少なくありません。

もう一つの論点が、会員向けのポイントプログラムです。同社は、顧客に付与するポイントを履行義務として識別し、将来の利用見込み(利用実績率)を考慮した独立販売価格に基づいて取引価格を配分し、契約負債を計上しています。契約負債はポイントの利用時と失効時に取り崩して収益を認識します。契約負債の残高は2024年2月期末88,288千円、2025年2月期末150,759千円です。なお、残存履行義務の注記は実務上の便法により記載を省略しているとされています。収益認識基準は第9期(2023年2月期)の期首から適用されています。

収益を認識する時点とポイントの会計処理① 収益を認識する時点(適用指針第98項の代替的な取扱い)受注出荷ここで収益を認識配送納品完了履行義務の充足② ポイントの会計処理商品の販売ポイントを付与取引価格を配分独立販売価格に基づく契約負債を計上2025/2期末150,759千円利用時・失効時に取り崩して収益認識

図16 出荷基準(代替的な取扱い)とポイントの会計処理(Ⅰの部「重要な会計方針」「収益認識関係」をもとに筆者作成)

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、①出荷基準を使う場合は、代替的な取扱いの要件(国内販売であること、出荷から支配移転までが通常の期間であること)を満たしていることを、配送日数などのデータで説明できるようにしておくこと、②ポイント制度がある場合は、付与・利用・失効のデータをシステムから正確に取り出し、利用実績率の見積りを毎期見直せるようにしておくことです。収益認識の審査上の論点は上場審査で問われる収益認識、基準全体は収益認識基準 完全ガイドで解説しています。

重要な会計上の見積り:棚卸資産の評価

「重要な会計上の見積り」として記載されているのは、棚卸資産の評価です。商品及び製品は2024年2月期末1,457,667千円、2025年2月期末1,981,736千円で、品目ごとに過去の販売実績と使用期限をもとに販売見込みの低い棚卸資産を把握し、評価損を算出すると説明されています。主要な仮定は販売見込期間と販売見込額です。売上原価に含まれる商品評価損は、2024年2月期263千円、2025年2月期198千円と記載されています。

健康食品や化粧品には使用期限があるため、在庫の評価は会計上の重要な論点になります。上場準備会社では、品目別・使用期限別に在庫を把握できるシステムと、評価損を算定するルール(何か月分の販売見込みを超えたら評価するかなど)を文書化しておくことが求められます。

その他の特徴的な注記と監査報酬

そのほかの注記では、資産除去債務について、負債として計上する代わりに、賃借建物の敷金のうち回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積り、そのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する方法をとっていると記載されています。また、未適用の会計基準として新リース会計基準(企業会計基準第34号等)が挙げられ、2029年2月期の期首から適用予定で、影響額は評価中とされています。のれんや減損損失は該当事項なしです。

会計監査人は東陽監査法人で、継続監査期間は2023年2月期以降の3年間です。業務を執行した公認会計士は3名、監査業務の補助者は公認会計士10名、その他5名と記載されています。監査報酬(監査証明業務)は前事業年度16,000千円、最近事業年度22,500千円で、非監査業務に基づく報酬はありません。

項目 内容
収益認識 出荷時に収益認識(適用指針第98項の代替的な取扱い)
ポイント 履行義務として識別し契約負債を計上(2025年2月期末150,759千円)
重要な会計上の見積り 棚卸資産の評価(2025年2月期末 商品及び製品1,981,736千円)
資産除去債務 敷金の回収不能見込額を費用計上する方法
未適用の会計基準 新リース会計基準(2029年2月期期首から適用予定)
会計監査人・報酬 東陽監査法人、監査証明業務22,500千円(最近事業年度)

(Ⅰの部「経理の状況」「監査の状況」をもとに作成)

また、Ⅰの部の「主要な経営指標等の推移」では、第7期から第9期の数値は会社計算規則に基づいて算出したもので監査証明を受けておらず、第10期と第11期の財務諸表について有価証券上場規程第216条第6項に基づき東陽監査法人の監査を受けていると記載されています。上場申請にあたっては、原則として直前2期間の財務諸表について監査法人の監査が必要になるため、監査契約のタイミングは逆算して決める必要があります。

事業等のリスクは何が書かれ、審査ではどこが問われやすいか

ビタブリッドジャパンの「事業等のリスク」には21項目が記載されており、各項目について発生可能性、発生する可能性のある時期、影響度が示されています。主な項目を整理すると次のとおりです。

リスク項目 発生可能性 影響度 記載の要点
主力商品への依存 低 大 ターミナリアファーストが売上高の75.3%
仕入先との関係 低 大 東洋新薬が仕入高の68.3%。HBIとの独占販売契約、NTNG INC.との商標使用許諾契約
広告効率 中 中 広告効果の低下や、景品表示法等に基づく行政指導による広告の修正・停止の可能性
業績の季節変動 高 小 上期に広告投資が集中し、下期に収益化
商品の安全性・風評 低 大 機能性表示食品制度の改正(健康被害情報の行政への提供の義務化等)
株式の流動性 低 中 上場時の流通株式比率が上場維持基準25.0%に近接
新株予約権による希薄化 中 小 潜在株式318,000株(発行済株式総数の5.68%)
親会社グループとの関係 低 中 ベクトルが議決権の95.4%を所有、役員の兼務あり

(Ⅰの部「事業等のリスク」をもとに作成。時期の記載は省略)

仕入先との関係のリスクでは、契約の内容が具体的に記載されています。東洋新薬とは継続的商品取引契約(1年ごとの自動更新)を結び、ターミナリアファースト商品の独占に関する覚書も交わしています。HBIとはビタブリッドC製品の日本における独占的販売代理店契約、韓国のNTNG INC.とは「VitabridC¹²」の商標使用許諾契約を結んでおり、ロゴを使用した自社企画製品の売上高の1.0%(化粧品は1.25%)をロゴ使用料として支払うと記載されています。この使用料の算定の対象となる商品の売上高(受注基準)は、2025年2月期の売上高の81.1%にあたるとされています。

上場準備会社にとっての実務上のポイントは、審査で問われやすい論点をリスク情報と対応策の両面から準備しておくことです。このケースでいえば、①主力商品と主要仕入先への依存に対し、契約の更新条件や代替手段をどう考えているか、②広告表示に関する法規制への対応体制、③親会社グループとの取引の公正性と独立性、④流通株式比率を上場後も維持する方法、⑤上期と下期で利益が大きく変わる理由、などが典型的な質問になると考えられます。主幹事証券の審査の進め方は主幹事証券の引受審査では何を聞かれるか、実質審査基準の全体像はIPOの実質審査基準とはで解説しています。

ビタブリッドジャパンのケースから上場準備会社が学べること

ここまでの内容をもとに、上場準備会社にとっての実務上の示唆を整理します。

このケースから学べる主なポイント① 親子上場と独立性取引前に取締役会で検討② 流通株式の確保上場維持基準を意識③ 役職員はSOのみ有償SOと無償SO④ 内部監査部署なし2名の相互監査⑤ D2Cの季節性中間赤字を説明する⑥ ポイントと出荷基準収益認識の整理

図17 ビタブリッドジャパンのⅠの部から上場準備会社が学べるポイント(筆者作成)

1. 親会社グループとの取引は「取引前の承認」で説明する
支配株主がいる会社では、親会社グループとの取引を取引開始前に取締役会で検討する仕組みと、関連当事者取引管理規程の整備が出発点になります。

2. 流通株式比率は上場後の維持まで計画する
親会社の持株比率が高い場合、上場時の基準をクリアするだけでなく、売出しへの協力、公募増資、新株予約権の行使など、上場後の手段まで見通しておくことが大切です。

3. 役職員のインセンティブは株式でなく新株予約権でも設計できる
役職員が株式を持たない場合でも、有償・無償の新株予約権を組み合わせることでインセンティブを設計できます。行使価額の算定根拠と会計処理、継続保有の確約までをセットで準備します。

4. 兼務の内部監査人でも自己監査は避けられる
専任部署がなくても、別部署の担当者を任命して相互に監査する担当割りと、監査役会への報告経路を整えれば、説明可能な体制になります。

5. 季節性のある業績はリスク情報とMD&Aで一貫して説明する
中間期に赤字になる事業でも、広告投資と収益化のタイミングを事業モデルとして説明できれば、業績の見通しに対する理解が得られやすくなります。

6. 収益認識は「いつ」「いくら」をデータで裏付ける
出荷基準の代替的な取扱いやポイントの契約負債は、配送日数や利用実績率などのデータで根拠を示せるようにしておくことが重要です。

7. 社外役員の就任と監査法人の監査開始の時期をそろえる
社外役員とCFOの就任、監査法人の監査開始が同じ時期に行われており、上場申請の対象期間に向けて体制を整える時期の目安として参考になります。

  • 親会社やオーナーの関係会社との取引について、取引開始前に取締役会で合理性と条件の妥当性を検討する仕組みと規程がある
  • 上場時と上場後の流通株式比率を試算し、基準を下回りそうな場合の対応策を決めている
  • ストック・オプションの行使価額の算定方法と、会計上の評価方法・費用計上額を整理している
  • 内部監査人が自分の所属部署を監査しない担当割りになっており、監査役(会)への報告経路がある
  • 季節性や先行投資による期中の赤字を、予算と事業モデルで説明できる
  • 出荷基準やポイントなど、収益認識の判断の根拠をデータで示せる

よくある質問

Q1. 親会社がある会社でもグロース市場に上場できますか?

できます。ビタブリッドジャパンも、東証プライム上場のベクトルが議決権の95.4%を所有する状態で上場しています。ただし、親会社からの独立性や、親会社グループとの取引条件の妥当性、少数株主の利益を守る仕組みが審査で確認されます。

Q2. 内部監査部署を設置しなくても上場できますか?

専任の部署がなくても、内部監査人を任命して監査を実施し、自己監査を避ける体制が整っていれば説明は可能です。ビタブリッドジャパンは、CEOが任命した内部監査人2名が、別の部署から担当者を任命する形で相互に牽制する体制をとっています。

Q3. 役員や従業員が株式を持たなくても問題ありませんか?

問題になるわけではありません。ビタブリッドジャパンでは、役員・従業員は株式を持たず、新株予約権のみを保有しています。インセンティブの設計と、行使による希薄化の影響をあわせて説明することが大切です。

Q4. 通販の会社は出荷基準で売上を計上してよいですか?

国内販売で、出荷から顧客に支配が移転するまでの期間が通常の期間であれば、収益認識の適用指針第98項の代替的な取扱いにより、出荷時に収益を認識することが認められています。適用の根拠は配送日数などで確認しておく必要があります。

最初の一歩は、親会社・関係会社との取引と株主構成の棚卸しから

親会社やオーナーの影響が大きい会社が上場を目指す場合、最初の一歩は、関係会社や役員との取引を一覧にし、取引の必要性と条件の妥当性を確認すること、そして現在の株主構成と自己株式・新株予約権の状況を整理し、上場時と上場後の流通株式比率を試算することです。ここが固まると、ガバナンス体制や資本政策の論点が見えやすくなります。資本政策はなぜやり直せないかもあわせてご覧ください。

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ビタブリッドジャパンのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)

ビタブリッドジャパンの機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。

まとめ

ビタブリッドジャパンは、東証プライム上場のベクトルが議決権の95.4%を持つ親子上場の形で、東証グロース市場に上場したD2C企業です。Ⅰの部からは、親会社グループとの取引を取引前に取締役会で検討する仕組み、流通株式比率が上場維持基準に近いことの開示と対応方針、役職員が新株予約権のみを保有するインセンティブ設計、兼務の内部監査人2名による相互監査の体制、広告投資の季節性と出荷基準・ポイントを含む収益認識の整理といった、上場準備の実務に役立つ具体例を読み取ることができます。

上場準備では、自社と似た論点をもつ上場会社のⅠの部を読み、どのように説明しているかを確認することが近道になります。本記事が、親会社がある会社やD2C企業の上場準備の参考になれば幸いです。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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