5つのステップの最初は、顧客との契約を識別することです。契約書があれば契約が識別できるとは限りませんし、契約書がなくても契約として扱う場合があります。基準は、契約として扱うための要件を5つ定めています。
この記事では、契約の識別の5つの要件と、要件を満たさない場合の処理を整理します。上場準備会社では、与信管理との関係で論点になることが多い部分です。
- 契約として識別するための5つの要件
- 要件を満たさないまま対価を受け取った場合の処理
- 契約書がない取引や口頭の合意をどう扱うか
- 回収可能性の要件が上場準備で問題になる場面
図 契約の5つの要件を満たすかの判定
📌 契約とみなすための5つの要件
基準は、顧客との契約を識別するために5つの要件を定めています。これらをすべて満たす場合に、収益認識の対象となる契約として扱います。1つでも欠ければ、契約として識別しません。
5つすべてを満たして初めて、収益認識の対象となる契約として扱います。
契約は書面に限られません。口頭による合意や、取引慣行にもとづく黙示の合意も含まれます。逆に、契約書があっても当事者の権利義務が定まっていなければ、契約として識別できないことがあります。形式ではなく実質で判断するという点は、この基準を通じて一貫しています。
📌 回収可能性という要件
5つの要件のうち、実務で最も論点になるのが回収可能性です。対価を回収する可能性が高いことが求められます。ここでいう回収可能性は、顧客の信用リスクを踏まえた判断であり、契約を締結した時点で判断します。
判断の材料になるのは、顧客の財政状態、過去の取引での支払状況、業界の慣行、担保や保証の有無などです。取引の開始にあたって与信調査を行い、その記録を残していれば、この判断の根拠になります。与信の仕組みがないまま新規取引を始めている会社では、この要件を満たすことの説明が難しくなります。
回収可能性が低い相手との取引では、入金を受けても即座に売上にできない場合があります。
要件を満たさないと判断した場合、対価を受け取っていても収益は認識せず、契約負債として計上します。その後、履行義務が残っておらず返金の義務もなくなった時点で、受け取った対価を収益として認識します。
📊 記載例
回収可能性の要件を満たさない取引について、入金を受けたときの処理の例です。
状況 新規の取引先に対して製品600千円を引き渡したが、信用調査の結果、対価の回収可能性が高いとはいえないと判断した。引渡し後に手付金として200千円を受け取った。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金預金 | 200 | 契約負債 | 200 |
5つの要件を満たしていないため、契約として識別せず、受け取った対価は契約負債として計上します。売上高は計上しません。
その後、残額400千円が回収され、以後の履行義務が残っておらず返金の義務もなくなった時点で、次の処理を行います。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金預金 | 400 | 売上高 | 600 |
| 契約負債 | 200 |
会社名と数値は架空です。回収可能性が低い相手との取引では、引き渡していても売上を計上できない場合があります。
この処理は上場準備会社にとって重要です。与信管理が甘いまま売上を計上していると、監査でこの要件を持ち出されることがあります。取引開始時の与信手続を整えておくことが、結果として売上計上の根拠にもなります。
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📌 契約書がない取引をどう扱うか
上場準備会社では、契約書を交わさずに発注書と請書だけで取引している、あるいは口頭の合意で作業を始めているという状況が珍しくありません。この場合でも、当事者の合意があり権利義務が識別できるのであれば、契約として扱います。
契約の形式ではなく、権利義務がいつ確定するかで判断します。
ただし、契約書がないことは別の問題を生みます。履行義務の内容や支払条件を書面で確認できないため、5つのステップの当てはめの根拠が弱くなります。上場審査でも、主要な取引について契約書が整備されているかは確認される事項です。会計の論点であると同時に、管理体制の論点でもあります。
📌 契約の存続期間
契約として識別する範囲は、当事者に強制力のある権利と義務が存在する期間です。双方が解約可能で、解約に伴う補償もない契約であれば、その部分は契約として識別しません。自動更新条項がある契約では、更新前の期間だけを契約として扱う場合があります。
この考え方は、残存履行義務の注記にも影響します。契約として識別されていない期間は、残存履行義務の金額に含めません。長期の基本契約を結んでいても、実際に強制力のある期間が短ければ、注記に載る金額は小さくなります。
契約書の棚卸しから、5つの要件の当てはめ、与信手続との整合の確認までをお受けします。収益認識基準の適用支援と上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。
❓ よくある質問
A. 当事者の合意があり、権利義務と支払条件が識別できるのであれば計上できます。ただし上場審査では契約書の整備状況も見られるため、書面化を進めておくことをおすすめします。
A. 数値基準はありません。顧客の信用状況、過去の支払実績、担保の有無などを総合して判断します。判断の根拠となる資料を残しておくことが実務上の要点です。
A. 契約の識別は当初に行い、その後の信用の悪化は貸倒引当金の問題として扱います。当初の判断をさかのぼって取り消すわけではありません。
📄 まとめ
契約の識別は、契約書の有無ではなく、5つの要件を満たすかどうかで判断します。とくに回収可能性の要件は、与信管理の仕組みと直結するため、上場準備の過程で整えておく必要があります。
要件を満たさないまま対価を受け取った場合は、契約負債として計上し、要件を満たした時点または返金の義務がなくなった時点で収益にします。引き渡していれば売上になるという理解のままでは、処理を誤ります。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
全体像と適用の準備
ステップ1 契約の識別
- 契約の識別と5つの要件(この記事)
- 契約の結合
- 契約変更の3つの処理
ステップ2 履行義務の識別
ステップ3 取引価格の算定
ステップ4 取引価格の配分
ステップ5 収益の認識
表示と開示と実務