※本記事は2026年10月16日時点の公表資料に基づきます。
株式会社TOKIUM(証券コード664A)は、2026年10月16日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年11月25日に東京証券取引所グロース市場へ上場する予定です。経費精算や請求書支払などの経理業務を、AI・自社開発システム・オペレーターの組み合わせで受託する「経理AIエージェント事業」を営んでおり、同日提出の「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」では、2026年5月期に「創業以来初の利益」を計上したと記載されています。
結論からいえば、このⅠの部から上場準備会社が学べるのは、①6種類の優先株式を定款の取得条項で普通株式へ一斉に切り替え、株式分割と単元株制度の導入までを上場承認の直前(2026年8月〜9月)に整理した資本政策、②年間利用料を前受けして提供期間で按分する前受け型モデルの収益認識と開示、③専任部署を置かず、兼務者2名の相互監査で自己監査を避ける内部監査体制、の3点です。
本記事では、公認会計士の立場から、TOKIUMのⅠの部に書かれている事実を項目ごとに整理し、そのうえで上場準備会社が自社の準備にどう生かせるかを一般論として解説します。数値や日付はすべてⅠの部の記載によるもので、持株比率などは上場前(Ⅰの部記載時点)の数値です。Ⅰの部とⅡの部の違いについては、Ⅰの部とⅡの部は何が違うかもあわせてご覧ください。
この記事の見出し
TOKIUMはどんな会社で、いつどの市場に上場するのか
まず、会社と上場の概要を表で確認します。TOKIUMは2012年6月に茨城県つくば市で株式会社BearTailとして設立され、2020年11月に株式会社BEARTAIL、2022年3月に現在の株式会社TOKIUMへ社名を変更しています。本店は東京都中央区銀座にあり、決算期は5月末日です。Ⅰの部の提出日は2026年10月16日で、上場承認日と同じ日です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社TOKIUM(英訳名 TOKIUM Inc.) |
| 証券コード | 664A |
| 市場 | 東京証券取引所 グロース市場 |
| 上場承認日 | 2026年10月16日 |
| 上場予定日 | 2026年11月25日 |
| 設立 | 2012年6月(株式会社BearTailとして設立、資本金100万円) |
| 本店所在地 | 東京都中央区銀座六丁目 |
| 代表者 | 代表取締役 黒﨑 賢一 |
| 決算期 | 5月31日(2026年5月期=第14期) |
| 事業 | 経理AIエージェント事業(他の事業は重要性が乏しく単一セグメントとみなす) |
| 連結子会社 | 株式会社BearTail X(議決権の所有割合70.7%)、株式会社TOKIUMスタッフィング(同100.0%) |
| 従業員数 | 連結278名〔臨時155名〕、提出会社270名〔臨時152名〕(2026年8月31日現在) |
| 機関設計 | 監査役会設置会社(取締役4名うち社外1名、監査役3名うち社外2名) |
| 会計監査人 | 有限責任監査法人トーマツ(継続監査期間2年間) |
提出会社の従業員の平均年齢は30.2歳、平均勤続年数は2.8年、平均年間給与は4,357千円(前事業年度比12.5%増)です。最近日までの1年間で従業員数が67名増えており、その理由は業容の拡大に伴う期中採用の増加と説明されています。親会社等はなく、Ⅰの部には「金融商品取引法第24条の7第1項に規定する親会社等はありません」と記載されています。
連結子会社のうち、株式会社BearTail Xは2018年10月に新設分割で設立され、フェリカネットワークス株式会社との合弁会社として家計簿アプリ「Dr.Wallet」を承継した会社です。当社の議決権所有割合は70.7%であり、連結貸借対照表には非支配株主持分(2026年5月末43,102千円)が計上されています。株式会社TOKIUMスタッフィングは2025年2月に設立された人材派遣事業を営む子会社です。事業等のリスクには、当社グループが行う人材派遣及び紹介予定派遣が労働者派遣事業の許可と有料職業紹介事業の許可を前提としていることが記載されています。
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何で稼ぐ会社なのか:経理AIエージェントの収益モデル
Ⅰの部によると、TOKIUMグループの事業は、AI・システム・オペレーターを組み合わせて業務成果を納品するサービスを「経理AIエージェント」と総称するもので、次の2つのサービス群で構成されています。
1つ目は「Embedded AI Agents(組み込み型AIエージェント)」で、自社開発のシステムにAIと自社のオペレーション体制(証憑のデータ化、原本の回収・保管など)を組み込んで一体として提供する形態です。経費精算、請求書支払、文書管理、契約管理、請求書発行などの「業務処理レーン」があり、中堅・大手企業を中心に導入されていると記載されています。2つ目は「Managed AI Agents(丸ごと受託型AIエージェント)」で、顧客が既に使っている会計・購買システムなどを横断的に参照・操作し、業務プロセス全体を引き受ける形態です。顧客の既存システムを置き換えずに導入できる点(ベンダーフリー)が特徴とされています。
図1 AI・システム・オペレーターを業務処理レーンに組み込み、業務成果として納品する(Ⅰの部「事業の内容」をもとに作成)
事業モデルの中核として、Ⅰの部は3つの経営資源を挙げています。AIは証憑のデータ化や仕訳科目の推定、照合、承認・監査の判断支援を担い、AIの処理結果をオペレーターが確認・補正する「Human-in-the-Loop」方式で品質を担保するとされています。システムは自社開発のクラウドサービス群で、JIIMA認証、ISMS認証、プライバシーマークに加え、SOC1 Type2レポートを取得しています。オペレーターは東京・千葉の自社スキャンセンター(月間処理件数は2026年8月時点で約250,000件)と、24時間365日体制のオンラインオペレーターで構成されています。
収益は主に月額利用料で、契約体系は「初期費用+基本利用料+従量課金」が基本です。基本利用料は利用する業務処理レーンの種類・組み合わせに応じて、従量課金は処理件数やスキャン枚数などの業務量に応じて設定され、顧客との契約は基本的に1年単位で更新されると記載されています。2026年8月末時点の顧客数は2,327社(うち上場企業278社)、最大顧客1社の売上構成比はMRRベースで1.19%で、連結売上高の10%以上を占める販売先はありません。顧客のセグメント別ARR比率は中堅・大手(エンタープライズ)企業が80%以上とされています。
KPIはどう定義され、どう開示されているか
TOKIUMは、ストック型収益を「顧客数×平均顧客単価(ARPA)」に分解し、顧客数の拡大、顧客単価の向上、収益性の改善の3つを成長ドライバーとしています。そのうえで、売上・売上成長率・顧客数・ARPA・平均月次解約率・平均業務処理レーン利用数・売上総利益率・営業利益の8つを重要な経営指標として掲げています。
図2 Ⅰの部「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」(顧客数・ARPA・解約率・レーン数は2026年5月末時点)
| 指標(2026年5月期) | 数値 | Ⅰの部の定義・補足 |
|---|---|---|
| 売上 | 5,966,114千円 | 連結売上高 |
| 売上成長率 | 29.7% | 前期比 |
| 顧客数 | 2,258社 | 2026年5月末時点 |
| ARPA | 219.3千円 | 期末MRR÷顧客数 |
| 平均月次解約率 | 0.21% | 解約により減少したMRR÷前月MRRの12ヶ月平均 |
| 平均業務処理レーン利用数 | 1.44 | 業務処理レーン延べ利用数÷顧客数 |
| 売上総利益率 | 68.1% | 連結 |
| 営業利益 | 75,142千円 | 連結 |
注目したいのは、ARR・MRR・解約率・レーン利用数といった独自指標の定義が、Ⅰの部の用語集や注記で明示されている点です。たとえば平均月次解約率は「解約により減少したMRR金額÷前月のMRR金額の12ヶ月平均」と定義され、2026年5月末時点では0.21%、事業の内容の記載(2026年8月末時点)では0.27%と、時点を明記して記載されています。
上場準備会社にとっての実務上のポイントは、KPIを「定義」「算定の時点」「どの成長ドライバーに対応するか」の3点セットで整理しておくことです。グロース市場では、赤字か黒字かよりも、事業計画とその前提が合理的に説明できるかが問われます(グロース市場の「高い成長可能性」とは)。KPIの定義が資料ごとに違ったり、集計時点があいまいだったりすると、審査や引受審査の質問が増える原因になります。社内の管理会計と開示用のKPIを同じ定義で集計できる仕組みを、早い段階から作っておくことをおすすめします。
沿革から見る上場までの道のり
沿革によると、TOKIUMは2013年8月に個人向けの家計簿アプリ「Dr.Wallet」をリリースした後、2015年12月にペーパーレス経費精算システム「Dr.経費精算(現TOKIUM経費精算)」をリリースし、法人向けの経理領域へと軸足を移しています。2020年9月には請求書受取のための出社をなくすサービス(現TOKIUMインボイス)をリリースし、同月に東京スキャンセンターを開設しました。その後も文書管理(2022年6月)、契約管理(2024年6月)、請求書発行(2025年1月)と業務領域を広げ、2025年7月以降は「TOKIUM AI出張手配」「TOKIUM AI経費承認」などのAIエージェントを順次リリースしています。
図3 Ⅰの部「沿革」「事業等のリスク」等の記載から主な出来事を抜粋。上場予定日は2026年11月25日(グロース市場)
資金面では、2013年12月の1億円から、2015年3月の3億円、2017年10月の3億円、2019年12月の9億円、2021年12月の35億円、2024年6月の15億円と、第三者割当増資による調達を重ねてきたことが沿革に記載されています。2018年4月にISMS認証、2021年7月にSOC1 Type2レポートの取得を開始するなど、顧客の内部統制にかかわるサービスを提供する会社として、情報管理や受託業務の統制に関する第三者の保証を早くから整えてきた点も読み取れます。
実務上のポイントとして、沿革は単なる年表ではなく、審査で「事業の変遷」と「資本政策の変遷」を突き合わせる起点になります。社名変更、事業の転換、子会社の設立・合弁、資金調達の時期と金額は、Ⅰの部の他の箇所(発行済株式総数の推移、関係会社の状況など)と整合している必要があります。上場準備の初期に、登記事項・株主名簿・取締役会議事録を時系列でそろえておくと、Ⅰの部の作成がスムーズです(IPO準備の全体像(N-3期〜N期))。
業績はどう推移してきたか:初の黒字化と前受け型のキャッシュ・フロー
単体の主要な経営指標等を見ると、売上高は2022年5月期の810,934千円から2026年5月期の5,680,437千円まで拡大しています。経常損益は第10期から第13期まで損失で、第14期(2026年5月期)に147,811千円の経常利益となりました。損失の理由について、Ⅰの部は「新規顧客獲得による売上拡大を目的とした積極的な広告宣伝活動や人材登用等を行ったことによるもの」と説明しています。
| 単体(百万円) | 2022年5月期 | 2023年5月期 | 2024年5月期 | 2025年5月期 | 2026年5月期 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 811 | 1,404 | 3,356 | 4,486 | 5,680 |
| 経常損益 | △742 | △1,882 | △606 | △786 | 148 |
| 当期純損益 | △745 | △1,886 | △611 | △792 | 22 |
| 純資産 | 3,031 | 1,144 | 534 | 1,230 | 1,251 |
| 自己資本比率 | 80.7% | 45.6% | 17.8% | 29.0% | 26.7% |
図4 単体の主要な経営指標等(百万円未満四捨五入)。第10期〜第12期は監査証明を受けていない数値
表の数値は百万円未満を四捨五入しています。第10期から第12期の数値は会社計算規則に基づくもので、上場規程第216条第6項に基づく監査証明は受けていないと注記されています。監査証明の対象は第13期と第14期で、連結財務諸表も同じく第13期と第14期について有限責任監査法人トーマツの監査を受けています。
連結ベースでは、2026年5月期の売上高が5,966,114千円(前期比29.7%増)、売上総利益が4,062,691千円(同24.8%増)、営業利益が75,142千円、経常利益が45,114千円、親会社株主に帰属する当期純利益が29,951千円です。前期の連結は営業損失778,519千円でした。
| 連結(千円) | 2025年5月期 | 2026年5月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 4,601,108 | 5,966,114 |
| 売上総利益 | 3,255,073 | 4,062,691 |
| 販売費及び一般管理費 | 4,033,592 | 3,987,549 |
| うち広告宣伝費 | 1,031,966 | 629,883 |
| 営業利益又は営業損失 | △778,519 | 75,142 |
| 経常利益又は経常損失 | △772,194 | 45,114 |
| 親会社株主に帰属する当期純損益 | △784,950 | 29,951 |
| 営業活動によるキャッシュ・フロー | △140,438 | 452,660 |
| 現金及び現金同等物の期末残高 | 3,551,843 | 3,472,938 |
図5 連結損益計算書(百万円未満四捨五入)。売上総利益率68.1%、営業利益75百万円
黒字化の要因について、Ⅰの部は「売上原価は業務量の増加等により増加したものの、販売費及び一般管理費のコスト削減施策が寄与した」と説明しています。主要な費目を見ると、給料及び手当は1,032,719千円から1,222,414千円へ増えた一方、広告宣伝費は1,031,966千円から629,883千円へ減少しています。
営業外費用には、2026年5月期に固定資産除却損37,557千円とリース負債に係る利息費用7,099千円が計上されています。後者は新リース会計基準の適用によって生じた科目です。
キャッシュ・フローでは、営業活動によるキャッシュ・フローが前期の140,438千円の支出から452,660千円の収入に転じています。主な内訳は税金等調整前当期純利益45,114千円、減価償却費300,208千円、契約負債の増加額99,026千円です。Ⅰの部は、サービスが「原則として年間利用料を契約期間分一括で前受けする契約形態」であるため、事業規模の拡大に伴い契約負債が積み上がり、資金を確保しやすい構造にあると説明しています。
直近の第15期第1四半期連結累計期間(2026年6月〜8月)は、売上高1,743,657千円、営業利益251,451千円、親会社株主に帰属する四半期純利益254,428千円です。この四半期連結財務諸表は監査ではなく、有限責任監査法人トーマツの期中レビューを受けたものであり、四半期連結キャッシュ・フロー計算書は作成されていません。
実務上のポイントは2つあります。1つは、黒字化の説明が「どの費用をどう変えたか」まで分解されていることです。グロース市場の審査では「事業計画の合理性」が実質審査基準の1つであり(IPO審査の「事業計画の合理性」)、損益の改善を費目単位で説明できることが計画の信頼性につながります。もう1つは、前受け型のビジネスでは、損益と資金の動きがずれる点です。前受金(契約負債)の増減が営業キャッシュ・フローに大きく効くため、資金繰り計画は損益計画とは別に、契約更新のタイミングを織り込んで作る必要があります。
資本政策と株主構成:優先株式の整理から株式分割まで
TOKIUMの資本政策は、複数回の第三者割当増資で優先株式を発行して成長資金を集め、上場前にそれらを普通株式へ切り替えるという、ベンチャーキャピタルから資金を調達してきた会社に多い形をとっています。特徴的なのは、優先株式の種類が6種類(A種〜F種)あること、減資と欠損填補を複数回行っていること、そして2026年8月28日の取締役会決議から9月30日の株式分割までの約1か月で、優先株式の取得と消却、種類株式の定款の定めの廃止、単元株制度の採用、株式分割を一気に実施していることです。
図6 沿革・発行済株式総数の推移・重要な後発事象の記載をもとに作成(金額は沿革の表記)
6種類の優先株式をどのように普通株式へ切り替えたか
Ⅰの部によると、2026年8月28日開催の臨時取締役会で、A種からF種までの優先株式のすべてについて、定款に定める取得条項に基づき取得することが決議されました。2026年9月24日付で自己株式として取得し、その対価として各優先株式1株につき普通株式1株を交付しています。取得した優先株式は同日付ですべて消却され、交付した普通株式は643,832株、交付後の発行済普通株式は977,832株です。
あわせて、2026年9月15日開催の臨時株主総会で、2026年9月24日付で種類株式を発行する旨の定款の定めを廃止し、単元株制度(1単元100株)を採用しています。さらに2026年9月15日の取締役会決議により、2026年9月30日付で普通株式1株を10株に分割し、発行済株式総数は9,778,320株、発行可能株式総数は39,000,000株となりました。株式分割の目的は「当社株式の流動性向上と投資家層拡大を図るとともに、株式の上場に際しての単元株制度へ対応するため」とされています。
図7 2026年8月28日の臨時取締役会決議に基づき、定款の取得条項で取得(重要な後発事象)
| 種類 | 株式数(分割前) | 1株の発行時の価格(分割前) |
|---|---|---|
| A種優先株式 | 88,000株 | 1,138円 |
| B種優先株式 | 110,400株 | 2,716円 |
| C種優先株式 | 86,932株 | 3,452円 |
| D種優先株式 | 150,000株 | 6,000円 |
| E種優先株式 | 165,000株 | 21,300円 |
| F種優先株式 | 43,500株 | 34,200円 |
優先株式が残っている間は、1株当たり純資産額の計算にも影響が出ます。TOKIUMの1株当たり純資産額は2026年5月期の連結で△537.45円とマイナスですが、これは「優先株式に優先して配分される残余財産額を純資産の部の合計額から控除して算定」しているためと注記されています。一方、1株当たり当期純利益の計算では、種類株式が配当請求権について普通株式と同等の権利を有していることから、普通株式と同等の株式として扱われています。
実務上のポイントは、優先株式を普通株式に戻す手続を「どの条項で」「いつ」行うかを、上場スケジュールから逆算して決めておくことです。取得条項による一斉取得は会社の意思決定で進められる一方、投資契約や株主間契約の定め、定款変更の決議、登記の時期との調整が必要です。種類株式の扱いについては種類株式は上場前に普通株式へ戻すのか、残余財産の優先分配の考え方はみなし清算条項で詳しく解説しています。
第三者割当と株式移動はどの価格で行われたか
直近の第三者割当は、2024年6月7日のF種優先株式43,500株の発行です。発行価格は1株34,200円(分割前)、発行価額の総額は1,487,700,000円で、割当先はTGVest Asia Partners II (Taiwan), L.P.(40,745株)とTGVest Asia Partners II, L.P.(2,755株)です。発行価格は「DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)により算出した価格を総合的に勘案して」決定したと記載されています。それ以前のE種優先株式は、2021年12月30日の156,000株と2022年1月11日の9,000株がいずれも発行価格21,300円でした。
同じ2024年6月7日には、既存株主からTGVestの2つのファンドへの株式の譲渡も行われています。移動の対象は普通株式、A種優先株式、B種優先株式で、価格はいずれも1株24,000円(分割前)、理由は「所有者の事情による譲渡」です。移動価格はDCF法により算出した価格を総合的に勘案し、譲渡人と譲受人が協議の上で決定したとされています。
| 移動年月日 | 移動前所有者 | 移動後所有者 | 株式・株数(分割前) | 単価(分割前) | 理由 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2024年6月7日 | 既存株主3者 | TGVestの2ファンド | 普通株式・A種・B種 計38,000株 | 24,000円 | 所有者の事情による譲渡 |
| 2025年9月5日 | 代表取締役 黒﨑 賢一 | 取締役 松原 亮 | 普通株式 7,636株 | 無償 | 経営参画意識向上のため |
| 2025年11月18日 | 代表取締役 黒﨑 賢一 | 株式会社96(資産管理会社) | 普通株式 134,182株 | 1,050円 | 資産管理会社設立のため |
2025年9月5日の譲渡は無償で行われており、その理由は「株式を保有することで一層強固なコミットメントをもって長期的な視点で経営に従事することにより、事業貢献を通じた企業価値向上に繋がると考えたため」と記載されています。2025年11月18日の譲渡先である株式会社96は、代表取締役が代表を務める資産管理会社で、特別利害関係者等の区分では「役員等により総株主等の議決権の過半数を所有されている会社」に該当します。
特別利害関係者等の株式等の移動は、有価証券上場規程施行規則第266条により、基準事業年度の末日から起算して2年前の日(TOKIUMの場合は2024年6月1日)から上場日の前日までの期間について、Ⅰの部への記載が求められます。また、第267条により、会社は上場日から5年間その記録を保存することとされています。
実務上のポイントは、上場前の株式の移動について「価格の根拠」と「移動の理由」を、移動の時点で記録しておくことです。同じ時期に種類や条件の異なる株式が異なる価格で動くことは珍しくありませんが、その場合でも、それぞれの算定方法と協議の経緯を説明できるようにしておく必要があります。株価算定の考え方は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかをご覧ください。
継続所有の確約はどこまで必要か
第三者割当等の概況を見ると、F種優先株式(2024年6月7日)と第8回新株予約権(2024年12月20日)には「保有期間等に関する確約」の欄が「-」となっており、第9回新株予約権(2025年9月19日)だけに確約が付されています。
これは規則上の対象期間の違いによるものです。有価証券上場規程施行規則第268条は、基準事業年度の末日から起算して1年前より後に第三者割当等で募集株式を割り当てた場合に、割当先との継続所有等の確約を求めています。第272条は、同じ期間に役員・従業員等へ報酬として新株予約権を割り当てた場合の確約を定めています。TOKIUMの基準事業年度の末日は2026年5月31日なので、その1年前(2025年6月1日)より後に割り当てた第9回新株予約権が対象となり、同社は割当てを受けた者との間で、原則として割当日から上場日の前日または行使日のいずれか早い日まで所有する等の確約を行っていると記載しています。
図8 Ⅰの部 第四部の注記(施行規則266条・268条・272条)。基準事業年度の末日は2026年5月31日
よくある誤解は「上場前の第三者割当には必ず継続所有の確約が必要」というものです。確約が必要なのは上記の期間内の割当てに限られます。また、継続所有の確約は取引所規則に基づく制度であり、主幹事証券との合意で上場後の一定期間の売却を制限する「ロックアップ」とは別の制度です。詳しくは上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で解説しています。
ストック・オプションはどう設計されているか
TOKIUMは、第4回から第9回まで6回のストック・オプション(新株予約権)を発行しています。本書提出日現在の潜在株式数は710,620株で、発行済株式総数の7.3%です。行使条件は各回共通で、上場した場合にのみ行使でき、上場後1年間は割り当てられた権利の3分の1まで、1年経過後2年までは3分の2まで、2年経過後に全部を行使できるという段階的な設計になっています。
| 回 | 決議日 | 付与対象者(決議時) | 目的株式数(2026年9月30日現在) | 行使価額(分割後) | 行使期間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第4回 | 2020年11月18日 | 取締役3・監査役1・使用人31 | 320,930株 | 131円 | 2022年11月19日〜2030年11月18日 |
| 第5回 | 2021年8月31日 | 取締役1・使用人30 | 54,260株 | 131円 | 2023年9月1日〜2031年8月31日 |
| 第6回 | 2022年11月15日 | 使用人59 | 54,700株 | 131円 | 2024年11月16日〜2032年11月15日 |
| 第7回 | 2023年8月29日 | 取締役2・使用人67 | 88,150株 | 131円 | 2025年8月30日〜2033年8月29日 |
| 第8回 | 2024年12月16日 | 取締役3・使用人91 | 67,210株 | 170円 | 2026年12月17日〜2034年12月16日 |
| 第9回 | 2025年8月29日 | 取締役2・子会社取締役2・使用人106 | 125,370株 | 105円 | 2027年8月30日〜2035年8月29日 |
図9 Ⅰの部「新株予約権等の状況」の行使条件。潜在株式数は本書提出日現在
会計処理について、ストック・オプション等関係の注記では、2025年5月期・2026年5月期ともに費用計上額は「該当事項はありません」とされています。当社株式が未公開株式であるため、公正な評価単価の見積りを単位当たりの本源的価値の見積りによって行い、その基礎となる株式の評価はDCF法によると記載されています。未公開企業では、ストック・オプション等に関する会計基準(企業会計基準第8号)により、公正な評価単価に代えて本源的価値で算定することが認められており、付与時の株式評価額が行使価格を超えなければ費用は生じません。
なお、一般論として、有償で発行する権利確定条件付きの新株予約権(いわゆる有償ストック・オプション)は、実務対応報告第36号によりストック・オプションに準じて会計処理され、費用計上が生じ得ます。「有償だから費用計上は不要」と考えるのは誤りなので注意してください。注記の書き方はストック・オプションの注記の記載例、税制面は税制適格ストックオプションが参考になります。
減資と欠損填補を繰り返しているのはなぜか
発行済株式総数、資本金等の推移を見ると、TOKIUMは2022年3月31日と2025年4月14日の2回、減資を行っています。2022年3月には会社法第447条第1項に基づき資本金を1,857,250千円から100,000千円に減少させ(減資割合94.6%)、増加したその他資本剰余金の一部を第452条に基づき繰越利益剰余金に振り替えています。2025年4月には資本金を743,850千円、資本準備金を2,498,342千円減少させ(減資割合はそれぞれ88.1%、97.9%)、同様に欠損を填補しています。
さらに、上場に伴う新株発行で資本金と資本準備金がそれぞれ750,000,000円増加する見込みであることから、2026年10月16日開催の株主総会で、資本金764,000,000円と資本準備金6,860,563円を減少させ(いずれも増加額が見込みを下回る場合の但し書きあり)、最終的な資本金を86,000,000円とする決議(本件減資等)を行ったと記載されています。増加するその他資本剰余金は、第452条に基づく剰余金の処分により繰越利益剰余金の欠損の填補に充てられます。
図10 発行済株式総数、資本金等の推移・事業等のリスクの記載。会社法447条・448条・452条に基づく純資産の部の振替
Ⅰの部は、本件減資等の目的を、資本金1億円以下の中小法人等として繰越欠損金を課税所得の全額まで控除できるなどの税制措置を継続して受けること、欠損を解消して利益剰余金がプラスに転じる時期を早めることなどと説明しています。2026年5月期末の税務上の繰越欠損金は47.9億円です。あわせて、本件減資等は純資産の部内の科目振替で資金流出は生じないこと、第449条の債権者保護手続を履践したうえで効力を生じさせる予定であること、否定的な報道等があった場合のレピュテーションへの影響や、債権者の異議による効力発生の遅延の可能性などを、事業等のリスクとして記載しています。
実務上のポイントとして、会社法の整理を確認しておきます。資本金の減少は第447条、資本準備金の減少は第448条で、原則として株主総会決議と第449条の債権者保護手続(官報公告・個別催告等)が必要です。減少した額はその他資本剰余金になり、第452条の剰余金の処分で繰越利益剰余金のマイナスと相殺するのが欠損填補です。欠損填補そのものは剰余金の内訳を振り替えるだけで、分配可能額を増やすものではありません。上場直前に減資を行う場合は、債権者保護手続の期間(1か月以上)を上場スケジュールに組み込むことと、開示上どう説明するかを主幹事証券と早めに相談することが欠かせません。
株主構成はどうなっていて、何に注意して読むか
Ⅰの部の「株主の状況」では、株式総数に新株予約権の目的となる株式数を加えた10,488,940株(うち潜在株式710,620株)を分母として、各株主の比率が示されています。上位は、代表取締役の黒﨑賢一氏(12.79%)と資産管理会社の株式会社96(12.79%)で、両者の合計は2,683,640株です。役員一覧の黒﨑氏の所有株式数2,683,640株は、資産管理会社の所有分を含めた数と注記されています。
図11 Ⅰの部「株主の状況」。比率は潜在株式を含む分母による上場前の数値で、公募・売出し後の比率ではない
ベンチャーキャピタル等の保有については、事業等のリスクで、発行済株式総数9,778,320株のうちVC及びVCが組成した投資事業有限責任組合等(VC等)の保有株式数が5,758,000株、公募増資前の発行済株式総数に対する割合が58.9%と記載されています。所有者別状況(2026年9月30日現在)の株主数は28名です。
ここで注意したいのは、これらの比率はすべて上場申請時点(Ⅰの部記載時点)のものだという点です。上場時には公募増資と売出しが行われるため、上場後の持株比率は変わります。また、Ⅰの部の「株主の状況」は潜在株式を含めた分母で計算されており、発行済株式総数を分母とする比率とは一致しません。記事やIR資料で比率を引用するときは、どの時点・どの分母の数字かを必ず書き添えましょう。
実務上のポイントは、流通株式の見込みを早めに試算することです。流通株式からは、上場株式数の10%以上を所有する主要株主、役員等(役員の配偶者及び二親等内の血族を含む)、役員等が議決権の過半数を所有する会社、自己株式のほか、国内の普通銀行・保険会社・事業法人等が所有する株式(純投資目的が明らかなものなどを除く)なども除かれます。資産管理会社は通常「役員等が議決権の過半数を所有する会社」に該当するため、資産管理会社へ株式を移すと、その分は流通株式に含まれない前提で計算します。計算方法は流通株式数の数え方、VCの保有分の扱いはベンチャーキャピタルの持株は流通株式から除かれるかで解説しています。
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コーポレート・ガバナンス:監査役会設置会社と任意の指名報酬委員会
TOKIUMは、株主総会、取締役会、監査役会、会計監査人を置く監査役会設置会社です。取締役会は代表取締役黒﨑賢一氏が議長を務め、取締役3名と社外取締役1名の計4名で構成されています。監査役会は常勤監査役1名と社外監査役2名の計3名です。Ⅰの部は、この体制を採用する理由を「意思決定の透明性確保・向上及び経営環境の変化に対する迅速な対応を図るため」と説明しています。
図12 Ⅰの部「コーポレート・ガバナンスの概要」をもとに作成(人数は本書提出日現在)
| 機関・会議体 | 構成 | 開催状況(2026年5月期) |
|---|---|---|
| 取締役会 | 代表取締役(議長)、取締役2名、社外取締役1名 | 14回(定時12回・臨時2回) |
| 監査役会 | 常勤監査役(議長)、社外監査役2名(税理士・弁護士) | 原則毎月1回、各監査役14回中14回出席 |
| 指名報酬委員会(任意) | 委員長:社外取締役、代表取締役、取締役2名、監査役1名 | 1回 |
| Board会議 | 代表取締役(議長)、取締役2名、執行役員5名 | 毎月 |
| リスク・コンプライアンス委員会 | 代表取締役(委員長)、常勤取締役、常勤監査役 | 少なくとも四半期に1回 |
取締役会の出席状況を見ると、社内取締役3名は14回すべてに出席しています。社外取締役は2025年8月29日の定時株主総会で交代しており、退任した社外取締役は在任中の3回すべてに、新任の社外取締役(山梨広一氏)は就任後11回中10回に出席しています。新任の社外取締役は会社経営者としての経験を理由に選任され、任意の指名報酬委員会の委員長も務めています。
社外役員の独立性について、TOKIUMは独立性に関する基本方針を定めていないものの、選任にあたっては東京証券取引所の独立役員の判断基準を参考にしていると記載しています。社外取締役は当社の新株予約権500個(目的となる株式5,000株、分割後)の割当てを受けており、それ以外に記載すべき利害関係はないとされています。常勤監査役は2015年に入社し、取締役を経て2019年8月に監査役に就任した方で、社外監査役ではありません。
グロース市場の会社に求められる水準を整理しておきます。グロース市場の上場会社には、コーポレートガバナンス・コードのうち「基本原則」のみが適用されます。2026年7月21日改訂後のコードでは、独立社外取締役の人数(プライム市場は3分の1以上、その他の市場は2名以上)が原則4-10、独立社外取締役の役割・責務が原則4-8、指名委員会・報酬委員会が原則4-7に置かれていますが、これらはグロース市場の会社に適用される原則ではありません。もっとも、上場規則上、独立役員を1名以上確保する義務はすべての市場に共通です。
また、東京証券取引所は2026年7月の上場規則改正(7月10日施行)で独立性の基準を見直し、上場会社の主要株主(議決権の10%以上を保有する株主)やその業務執行者(最近において該当していた者を含む)等は、2026年12月1日以後に終了する事業年度に係る定時株主総会の日の翌日から、独立役員の要件を満たさないこととなりました(その日以降に在任する社外取締役・社外監査役が対象)。VCや事業会社から役員を受け入れている上場準備会社は、独立役員の候補者がこの基準に抵触しないかを、早めに確認しておく必要があります。社外取締役の人数の考え方は社外取締役は何人必要か、機関設計の選び方は監査役会設置会社と監査等委員会設置会社はどちらを選ぶ?で解説しています。
役員報酬はどのように決めているか
取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定方針は役員規程に定められ、各取締役の報酬は、株主総会で決議された総額の範囲内で代表取締役に委任されています。委任を受けた代表取締役は、役割・責任、グループ全体の戦略策定と統制への貢献度、他社事例、業績状況等を勘案し、任意の指名報酬委員会の答申を踏まえて決定するとされています。取締役の報酬限度額は年額200,000千円以内(2024年8月29日の定時株主総会決議)、監査役は年額20,000千円以内(2022年3月30日の臨時株主総会決議)です。
図13 Ⅰの部「役員の報酬等」。2026年5月期の取締役(社外取締役を除く)の報酬は固定報酬のみ
2026年5月期の報酬総額は、取締役(社外取締役を除く)3名で31,862千円、監査役(社外監査役を除く)1名で5,250千円、社外役員4名で9,600千円で、いずれも固定報酬のみです。業績連動報酬は含まれておらず、非金銭報酬として新株予約権を付与する場合があるとされています。代表取締役に委任した理由は「当社全体の業績を俯瞰しつつ各取締役の評価を行うには代表取締役が適していると判断したため」で、権限が適切に行使されるよう、任意の指名報酬委員会で社外取締役の意見を聴取する等の措置を講じていると記載されています。
実務上のポイントとして、報酬の決定方針や代表取締役への委任の内容・理由・措置は、有価証券報告書の記載事項(企業内容等の開示に関する内閣府令)として求められるものです。上場後の有価証券報告書でも同じ説明が必要になるため、上場準備の段階で役員規程・委員会規程・議事録の記載をそろえておくと、Ⅰの部と上場後の開示を一貫させやすくなります。
関連当事者取引はどう整理されたか
関連当事者情報には、2025年5月期に、当社の銀行借入について代表取締役から債務保証を受けていたことが記載されています(期末の保証対象借入金残高10,388千円、保証料の支払なし)。2026年5月期については「該当事項はありません」とされ、前期の債務保証は当連結会計年度中に解消したと記載されています。
| 事業年度 | 関連当事者 | 取引の内容 | 金額・状況 |
|---|---|---|---|
| 2025年5月期 | 代表取締役(被所有割合 直接28.2%) | 当社銀行借入の被保証 | 10,388千円(保証料なし) |
| 2026年5月期 | - | 該当事項なし | 前期の債務保証は期中に解消 |
代表者による借入金の個人保証は、創業期の会社ではよく見られますが、上場審査では「企業経営の健全性」の観点から、上場までに解消するか、少なくとも合理性と解消方針を説明できるようにすることが求められます。TOKIUMの事例は、関連当事者取引を上場申請の直前事業年度中に解消した例として参考になります。詳しくは社長個人と会社の取引はどう解消するかをご覧ください。
内部監査・内部統制:兼務2名の相互監査と三様監査
TOKIUMは、専門の部署として内部監査室を設置しておらず、代表取締役の承認により指名された内部監査担当者が内部監査を実施しています。実施体制は「他部署の業務を兼務する社員である内部監査担当者2名」で、内部監査担当者が所属する部署については「自己監査とならないよう相互に監査を行う体制」としていると記載されています。内部監査規程に基づき、期初に年間計画を作成し、代表取締役の承認を得たうえで全部署を対象に実施し、結果は代表取締役に報告されます。
図14 Ⅰの部「内部監査の状況」。担当者の所属部署は、自己監査とならないよう相互に監査する体制(部署名は模式)
報告経路について、Ⅰの部は「内部監査担当者が取締役会並びに監査役会に対して直接報告を行う仕組みはございません」としたうえで、内部監査、監査役及び会計監査人が定期的に面談等を実施し、監査実施内容や評価結果等の情報を共有していると説明しています。三様監査は、三者間で四半期に一度実施されています。
内部統制システムについては、2021年10月20日に「内部統制システム構築の基本方針」を決議し、2024年2月15日の取締役会で変更決議を行っています。基本方針には、コンプライアンス規程の制定、内部通報窓口の設置、反社会的勢力の排除、職務権限規程・稟議規程による権限委譲と牽制、関係会社管理規程に基づく子会社管理、監査役補助人の独立性、財務報告の信頼性確保(内部監査人が核となる評価チームによる業務プロセスのリスク評価)などが定められています。
子会社管理では、当社の取締役・監査役が子会社の取締役・監査役を兼任し、コーポレート本部が子会社の管理担当部署として子会社の事業進捗や重要な課題をCFOに報告する体制です。リスク管理は、代表取締役を委員長とするリスク・コンプライアンス委員会が少なくとも四半期に1回開催され、取締役・執行役員・部長・室長が所掌範囲のリスクを洗い出す手続とされています。
実務上のポイントは3つあります。第一に、少人数の会社では専任の内部監査部署を置けないことも多く、その場合は兼務者の所属部署を別の担当者が監査する「相互監査」で自己監査を避けるのが一般的な方法です(内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避))。第二に、内部監査の報告先を代表取締役のみとする場合は、監査役や取締役会への情報提供をどう補うかを説明できるようにしておくことです。TOKIUMは三様監査の定期開催でこれを補っていると読み取れます(内部監査の報告先は社長だけでよいのか)。第三に、上場後の内部統制報告制度(J-SOX)に向けて、評価チームの体制や評価範囲を早めに固めておくことです。三様監査の進め方は監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で解説しています。
監査役監査はどこに重点を置いたか
監査役会は、2026年5月期の重点監査項目として、①経理処理・購買処理等の各種プロセスの法令遵守の検証、②労務関係の法令遵守の検証、③各種外部との契約内容の検証・監視、④内部統制システムの整備状況・社員意識状況、⑤監査体制の強化、⑥新規上場申請に向けた開示体制及びコーポレート・ガバナンス体制の整備状況の6項目を設定しています。社外監査役のうち1名は税理士で「財務及び会計に関する相当程度の知見」を有し、もう1名は弁護士です。
| 重点監査項目(2026年5月期) | 上場準備との関係(一般論) |
|---|---|
| ①経理・購買プロセスの法令遵守 | 決算の信頼性と取引の牽制 |
| ②労務関係の法令遵守 | 未払残業代・労働時間管理は審査の定番論点 |
| ③外部との契約内容の検証 | 取引条件・反社チェック・関連当事者の把握 |
| ④内部統制システムの整備・社員意識 | 基本方針と運用の一致 |
| ⑤監査体制の強化 | 三様監査・監査役補助の体制 |
| ⑥開示体制とCG体制の整備 | Ⅰの部・適時開示に向けた準備 |
監査役の会計知識の必要性については監査役に会計の知識は必要かも参考にしてください。
会計・開示の論点:前受け型の収益認識と新リース会計基準
収益はいつ認識しているか
重要な会計方針では、TOKIUMグループのサービスは契約期間にわたって提供されるため、顧客との契約におけるサービス提供期間に基づき取引価格を按分して収益を認識するとされています。また、サービスの利用開始のための一部の初期導入にかかる費用は「一時点で顧客に移転される財又はサービス」であり、検収書受領の時点で収益を認識すると記載されています。
収益認識関係の注記では、2026年5月期の連結売上高5,966,114千円のうち、一時点で移転される財又はサービスが94,440千円、一定の期間にわたり移転される財又はサービスが5,871,673千円と分解されています。売上高はすべて顧客との契約から生じる収益です。
図15 重要な会計方針と収益認識関係注記(2026年5月期・連結)
前受けの影響は契約負債に表れます。連結の契約負債は期首2,269,731千円から期末2,368,758千円に増加し、当期に認識した収益のうち期首の契約負債残高に含まれていた額は2,051,428千円です。残存履行義務に配分した取引価格は1年以内1,673,540千円、1年超294,046千円の合計1,967,587千円で、当初に予想される契約期間が1年以内の契約は実務上の便法により注記の対象に含めていないと記載されています。2026年5月末の連結負債合計3,507,923千円のうち、契約負債が2,368,758千円を占めています。
図16 収益認識関係注記(2026年5月期)。残存履行義務は当初の契約期間が1年以内の契約を含まない(実務上の便法)
実務上のポイントは、前受け型のサービスで「何が独立した履行義務か」を早めに決めておくことです。TOKIUMのように初期導入を一時点、月額サービスを期間按分とする場合、初期導入が顧客にとって独立した価値をもつか、検収という客観的な証跡で移転時点を確認できるかが論点になります。契約書・検収書・請求のタイミングと会計処理の対応関係を一覧にしておくと、監査や審査での説明がしやすくなります。審査での見られ方は上場審査で問われる収益認識で解説しています。
新リース会計基準を原則適用より前に適用
TOKIUMは、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等を2026年5月期(第14期)の期首から適用しています。同基準の原則適用は2027年4月1日以後開始する事業年度の期首からであり、Ⅰの部の用語集でもその旨が説明されています。適用にあたっては、リース適用指針第118項ただし書きの経過措置により、遡及適用した場合の累積的影響額を期首の利益剰余金に加減しており、第136項の経過措置により前期の組替えは行っていません。
| 項目 | 金額・内容 |
|---|---|
| 期首の使用権資産の増加 | 446,153千円 |
| 期首の減価償却累計額の増加 | 202,737千円 |
| 期首のリース負債の増加 | 244,052千円(新たにリースと識別されたオフィス等の賃貸借契約) |
| 期首の利益剰余金への影響 | 636千円の減少 |
| 期首時点の追加借入利子率(加重平均) | 2.5% |
| 2026年5月末のリース負債 | 流動150,082千円、固定200,892千円 |
| 延長・解約オプション | 行使が合理的に確実な場合のみリース期間に含める |
リースの対象は主にオフィス用の建物で、延長オプションと解約オプションが付されたものについては、原資産の重要性、移転に伴うコスト、過去の契約更新の実績等を総合的に考慮して、リース期間を判定していると記載されています。適用の結果、財務活動によるキャッシュ・フローにリース負債の返済による支出140,358千円が表示され、営業外費用にリース負債に係る利息費用7,099千円が計上されています。
実務上のポイントとして、上場準備中の会社が新基準を早めに適用すると、上場後の比較可能性を確保しやすくなる一方、オフィス契約などの「リースの識別」とリース期間の判断に手間がかかります。特に本社の契約更新や拠点の新設が予定されている場合は、更新後の契約条件で使用権資産とリース負債がどう変わるかを事前に試算しておくとよいでしょう。
重要な会計上の見積りと特徴的な注記
重要な会計上の見積りとして開示されているのは、ソフトウエア及びソフトウエア仮勘定の減損です。2026年5月末の計上額はソフトウエア490,262千円、ソフトウエア仮勘定48,517千円で、経理AIエージェント事業のソフトウエアを資産グループとして減損の兆候を判定した結果、減損損失は計上していません。割引前将来キャッシュ・フローの基礎となる事業計画の主要な仮定として、将来の有料契約件数、解約件数、契約当たりの売上金額が挙げられています。
そのほか、次のような注記が特徴的です。税効果会計では、税務上の繰越欠損金に係る繰延税金資産(1,649,786千円)の全額に評価性引当額を計上しています。単体の損益計算書では、連結子会社である株式会社TOKIUMスタッフィングの株式について、経営成績及び財政状態の悪化により実質価額が著しく下落したとして、関係会社株式評価損119,438千円を特別損失に計上しています(連結では消去されるため連結財務諸表への影響はありません)。後発事象としては、優先株式の取得・消却と株式分割が記載されています。
| 注記 | 記載の要点(2026年5月期) |
|---|---|
| 重要な会計上の見積り | ソフトウエア490,262千円・同仮勘定48,517千円の減損判定(減損損失なし) |
| 税効果会計(連結) | 繰越欠損金に係る繰延税金資産1,649,786千円の全額に評価性引当額 |
| 関係会社株式評価損(単体) | TOKIUMスタッフィング株式119,438千円(連結では消去) |
| 重要な後発事象 | 優先株式の取得・消却、1株→10株の株式分割、単元株制度の採用 |
| 資産除去債務 | 重要性が乏しいため記載省略 |
会計監査人と監査報酬
会計監査人は有限責任監査法人トーマツで、継続監査期間は2年間、補助者は公認会計士5名、会計士試験合格者等2名、その他5名です。選定理由として、規模・品質管理・独立性・専門性・報酬水準などの総合判断に加え、「当社の株主からの紹介を受けて2020年3月に有限責任監査法人トーマツにショートレビューを依頼したところ、そのレビューで多数の有用な指摘をいただき」と記載されています。
| 区分(提出会社) | 監査証明業務に基づく報酬 | 非監査業務に基づく報酬 |
|---|---|---|
| 2025年5月期 | 22,900千円 | 7,000千円 |
| 2026年5月期 | 26,400千円 | 7,000千円 |
非監査業務の内容は、米国保証業務基準書第18号(SSAE18)に基づく内部統制に関する保証報告書の作成業務です。沿革に記載のあるSOC1 Type2レポートの取得に関連する業務と考えられます。実務上のポイントは、ショートレビューを依頼した監査法人がそのまま会計監査人になるケースは多く、ショートレビューの段階から指摘事項を計画的に解消していくことが監査契約への近道になる点です(ショートレビューとは、監査法人はいつまでに決めるか)。また、監査法人から非監査業務の提供を受ける場合は、独立性の観点で問題がないかを監査役会とともに確認しておく必要があります。
事業等のリスクと審査で問われやすい点
TOKIUMの事業等のリスクは22項目で、各項目に「発生可能性」「発生時期」「影響度」が付されています。発生可能性が「高」とされているのは配当政策(影響度は小)の1項目で、影響度が「大」とされているのは自然災害・感染症拡大と訴訟(いずれも発生可能性は低)です。発生可能性「中」・影響度「中」には、競合他社、外部のAIモデル等の利用、内部管理体制、人材の確保及び育成、調達資金の使途、インセンティブの付与、ベンチャーキャピタル等の保有割合が並んでいます。
図17 Ⅰの部「事業等のリスク」の22項目に付された発生可能性・影響度を整理(項目名は要約)
事業の特性がよく表れているのは、外部のAIモデル等の利用(複数のAIモデル及び提供事業者を併用する「マルチLLM」体制で特定の一社に依存しない運用に努めている)、サービスの提供オペレーション(顧客の取引先から請求書等を直接受領する経路が多様であること)、法的規制(電子帳簿保存法、インボイス制度、新リース会計基準などへの準拠が提供価値の前提であること)、取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)への対応、労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許認可などです。許認可に基づく事業が売上高及び利益に占める割合は、現時点において限定的と記載されています。
資本政策にかかわるリスクとしては、ストック・オプションによる希薄化(潜在株式710,620株、発行済株式総数の7.3%)、VC等による上場後の売却(公募増資前の発行済株式総数に対する割合58.9%)、配当政策(創業以来無配)、繰越欠損金(47.9億円)と欠損金の繰越控除(本件減資等)が挙げられています。
グロース市場の実質審査基準は、「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」「企業経営の健全性」「事業計画の合理性」「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」「その他公益又は投資者保護の観点」の5つです(IPOの実質審査基準とは)。TOKIUMのⅠの部に照らすと、事業計画の合理性ではKPIの定義と黒字化の要因、開示の適切性ではリスクの重要度の示し方、企業経営の健全性では代表者保証の解消や資産管理会社への株式移動、内部管理体制では兼務の内部監査と子会社管理が、それぞれ説明の対象になると考えられます。
上場準備会社が学べること
TOKIUMのⅠの部から、上場準備会社が自社に置き換えて使えるポイントを7つにまとめます。図は、そのうち主な6つを1枚に整理したものです。
図18 本記事の「上場準備会社が学べること」の要約
- 成長可能性はKPIの定義から説明する。顧客数×ARPA、解約率、レーン利用数のように、売上を分解した指標を定義・時点つきで示すと、事業計画の前提を説明しやすくなります。
- 前受け型の収益は、収益認識と資金計画をセットで設計する。期間按分の売上と一括前受けの入金のずれは、契約負債と営業キャッシュ・フローに表れます。
- 会計基準の改正は早めに準備する。新リース会計基準のように識別や見積りが必要な基準は、適用時期にかかわらず、契約の棚卸しと影響額の試算を先に進めておくと安心です。
- 種類株式の整理は上場スケジュールから逆算する。取得条項による取得、定款変更、単元株制度の採用、株式分割の順序と日付を、株主総会・取締役会の日程とあわせて組み立てます。
- 株式移動と継続所有の確約は「期間」で管理する。移動記載は基準事業年度末日の2年前から、確約は1年前より後の割当てが対象です。どの取引が対象になるかを一覧で管理しておきます。
- 減資を行うなら、目的と手続を開示まで含めて準備する。債権者保護手続の期間と、税務・会計・開示上の説明を早めに固めておきます。
- 小さな体制でも牽制は設計できる。兼務者2名の相互監査と四半期ごとの三様監査は、専任部署を置けない段階の現実的な選択肢です。
- KPI(顧客数・単価・解約率など)の定義と集計時点を文書化し、管理会計と開示で同じ定義を使っている
- 収益認識の履行義務と認識時点を契約類型ごとに整理し、契約負債の増減を説明できる
- 種類株式の普通株式化・定款変更・株式分割・単元株制度採用の日程を上場スケジュールに組み込んでいる
- 基準事業年度末日の2年前以降の株式移動と、1年前より後の第三者割当・SO付与を一覧で管理している
- 内部監査担当者が兼務の場合、所属部署を別の担当者が監査する体制と報告経路を定めている
- 代表者の個人保証など関連当事者取引の有無を洗い出し、解消の時期と方法を決めている
よくある質問
最初の一歩は、資本政策表と株式移動の一覧を作ること
TOKIUMのように種類株式や複数回の第三者割当を経てきた会社では、上場直前の株式の整理が短期間に集中します。まずは、設立以来の発行・移動・新株予約権の付与をすべて時系列の一覧にし、どの取引が移動記載や継続所有の確約の対象になるか、どの株主が流通株式から除かれるかを確認してみてください。この一覧が、資本政策の見直し、Ⅰの部の作成、主幹事証券や監査法人との協議の土台になります(上場準備の資本政策)。
無料ダウンロード
TOKIUMのⅠの部と比べる 上場準備ギャップ診断シート(Excel)
TOKIUMの機関設計・内部監査・会計・資本政策の25論点を、自社の状況と並べて点検できます。申請期の期末日を入れると上場までの逆算表も作れます。
まとめ
株式会社TOKIUMは、2026年10月16日に上場承認を受け、2026年11月25日に東京証券取引所グロース市場へ上場する予定です。Ⅰの部からは、①AI・システム・オペレーターを組み合わせた経理AIエージェント事業と、それを顧客数×ARPAなどのKPIで説明する開示、②年間利用料の前受けと期間按分による収益認識、新リース会計基準の原則適用前の適用、③6種類の優先株式の取得条項による普通株式化、株式分割、減資と欠損填補を含む資本政策、④監査役会設置会社に任意の指名報酬委員会を組み合わせたガバナンスと、兼務2名の相互監査による内部監査、という実務上の論点が読み取れます。
上場準備会社にとっては、これらを自社の事業や体制に置き換え、「いつまでに何を整えるか」を逆算する材料として活用していただければと思います。
本記事の根拠
※本記事は、各社が東京証券取引所に提出した「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」の公開情報に基づき、IPO実務の解説を目的として作成したものです。投資の勧誘を目的とするものではありません。
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
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