※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
会社を売るとき、買うとき、あるいは上場準備のなかで第三者割当増資やストックオプションを発行するとき、「この会社の株式はいくらか」という問いに数字で答える必要があります。この作業が企業価値評価(バリュエーション)です。言葉は難しそうですが、やっていることは「将来いくら稼ぐか」「市場では似た会社がいくらで取引されているか」「いま会社にどれだけの財産があるか」という3つの見方で価値を測り、結果を突き合わせることです。
結論からいえば、株価算定は「目的と基準日を決める→3つのアプローチから手法を選ぶ→事業価値から株式価値へ調整する→結果をレンジで示す」という順序で進みます。本記事はシリーズのまとめとして全体像を示し、各論は案内表から個別記事へ進めるようにしています。計算例はすべて架空の数値です。
この記事の見出し
企業価値評価とは何か|誰が、何のために株価を算定するのか
非上場会社の株式には市場価格がありません。そのため、株式を売買・発行する場面では、当事者が納得できる価格の根拠を別途つくる必要があります。M&Aの売手(オーナー経営者)は希望価格の裏付けとして、買手は支払える上限価格と交渉材料として、算定を使います。IPO準備会社では、上場前の第三者割当増資の発行価格、株式移動の価格、ストックオプションの行使価額を決める場面で算定書が求められることがよくあります。
同じ「株価算定」でも、目的によって重視する手法や前提が変わります。たとえばM&Aでは買手の視点で将来の収益力を重視しやすく、税務上の時価の説明では財産評価基本通達などの考え方との関係を確認する必要があります。最初に「何のための算定か」をはっきりさせることが、結果のぶれを小さくする第一歩です。
図1 M&A・IPO準備・税務・組織再編のいずれでも「株式の価値」を数字で示す必要がある
| 場面 | 算定の目的 | よく使う手法 |
|---|---|---|
| M&A(売手) | 希望価格の根拠、買手提示額の妥当性の確認 | DCF法、マルチプル法 |
| M&A(買手) | 上限価格の設定、取締役会での説明 | DCF法、マルチプル法、時価純資産法 |
| IPO準備(増資・株式移動) | 発行価格・譲渡価格の合理性の説明 | DCF法、類似上場会社法、純資産法の併用 |
| ストックオプション | 行使価額の決定、公正な評価単価の算定 | 株式価値の算定+オプション価格算定モデル |
| 組織再編・税務 | 合併比率・交換比率、税務上の時価の説明 | 純資産法、DCF法など(目的に応じて) |
評価の3つのアプローチ|インカム・マーケット・ネットアセット
日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第32号)では、評価方法をインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチの3つに分類しています。インカム・アプローチは将来の収益やキャッシュ・フローから価値を求める方法で、代表がフリー・キャッシュ・フロー法(DCF法)です。マーケット・アプローチは上場している類似会社の株価や類似の取引事例から価値を求める方法で、類似上場会社法(マルチプル法)が代表です。ネットアセット・アプローチは貸借対照表の純資産を基礎にする方法で、資産・負債を時価で評価し直す時価純資産法がよく使われます。
3つのアプローチは、価値を見る「時間の向き」が違います。インカムは将来、ネットアセットは現在の財産、マーケットはその中間で市場の評価を借りるイメージです。どれか1つで決めるより、複数の手法の結果を並べて差の理由を説明するほうが、説得力のある算定になります。
図2 日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」の分類による(主な手法を抜粋)
ガイドラインは、複数の手法の結果をどうまとめるかについても、特定の手法だけを使う「単独法」、複数の手法の結果の幅を重複などを考慮して評価する「併用法」、複数の手法の結果に一定の割合を掛けて加重平均する「折衷法」という整理を示しています。非上場会社の算定では、併用法や折衷法で結論を出す例が多くみられます。
| アプローチ | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|
| インカム(DCF法など) | 会社固有の収益力・成長性を反映できる | 事業計画と割引率の前提で結果が大きく動く |
| マーケット(マルチプル法など) | 市場の相場観を反映でき、説明しやすい | 似た上場会社が少ないと倍率がぶれる |
| ネットアセット(時価純資産法など) | 客観的で検証しやすい | 将来の収益力(のれん)が反映されにくい |
手法の選び方の詳細は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかでも解説しています。DCF法の具体的な計算はDCF法の基本|フリー・キャッシュ・フローの作り方と計算例、割引率は割引率(WACC)の求め方で扱います。
評価の対象はどこまでか|事業価値・企業価値・株式価値
DCF法やEV/EBITDA倍率で最初に求まるのは、本業が生み出す価値である「事業価値」です。ガイドラインでは、事業価値に遊休資産や余剰資金などの非事業資産を加えたものを「企業価値」、企業価値から有利子負債などの他人資本を差し引いたものを「株主価値(株式価値)」と整理しています。売り買いの対象は株式なので、最後は必ず株式価値まで落とし込みます。
この調整(ブリッジ)を誤ると、手法がどれほど精緻でも結論を誤ります。現預金のうち事業に必要な部分を余剰とみなしてよいか、退職給付債務やリース債務を負債として差し引くか、といった論点は企業価値・事業価値・株式価値の違い|ネットデットと非事業資産の調整で詳しく扱います。
図3 単位:百万円。事業価値に非事業資産を加え、ネットデットを差し引いて株式価値を求める
架空の計算例で全体をつかむ|A社のケース
架空のA社(発行済株式数10,000株)で、3つの手法の結果を並べてみます。単位は百万円です。DCF法で求めた事業価値は1,050、非事業資産(遊休地)は50、ネットデット(有利子負債400−現預金250)は150とします。
DCF法の株式価値は、1,050+50−150=950です。マルチプル法では、A社のEBITDA150に類似上場会社のEV/EBITDA倍率6.0〜8.0倍を掛けて、事業価値を900〜1,200と求めます。同じ調整を行うと、株式価値は900+50−150=800から、1,200+50−150=1,100です。時価純資産法では、資産・負債を時価に置き直した純資産を700とします。
| 手法 | 事業価値の計算 | 株式価値 | 1株当たり |
|---|---|---|---|
| DCF法 | 1,050(将来FCFの現在価値) | 950 | 95,000円 |
| マルチプル法(6.0倍) | 150×6.0=900 | 800 | 80,000円 |
| マルチプル法(8.0倍) | 150×8.0=1,200 | 1,100 | 110,000円 |
| 時価純資産法 | ―(純資産を直接評価) | 700 | 70,000円 |
1株当たりの金額は、株式価値(百万円)を株式数で割った値です。たとえばDCF法は950百万円÷10,000株=95,000円です。時価純資産法の700は、収益力(のれん)を含まない、いわば下値の目安と読みます。この例では、収益力を反映するDCF法とマルチプル法が800〜1,100に集まっているため、両者の重なる部分を中心に総合レンジを850〜1,050百万円(1株85,000〜105,000円)と示す、という整理が考えられます。重み付けの考え方は評価手法の併用と重み付け|評価結果をレンジで示す考え方で解説します。
図4 架空の数値。棒は手法ごとの株式価値(百万円)。マルチプル法は倍率6.0〜8.0倍の中央値で表示
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
Excelの算定シートをどう組むか
算定の中身を自社でも検証できるよう、Excelの算定シートの構成を知っておくと便利です。基本は「入力はまとめて1か所、計算は左から右へ一方向」です。①前提条件(基準日、税率、発行済株式数)、②事業計画(PL・BS・CF)、③貸借対照表と時価情報を入力シートとし、④DCF、⑤マルチプル、⑥時価純資産の各手法シートで計算します。各手法の事業価値は⑦株式価値ブリッジで株式価値に変換し、⑧総括で結果を並べてレンジと感応度を示します。
シートを分ける理由は、前提を1つ変えたときに全体がどう動くかを追えるようにするためです。たとえば税率を①で変えれば、④のFCFと⑥の税効果が同時に変わるべきです。手法シートに数値を直接打ち込むと、このつながりが切れて検証できなくなります。
図5 前提→計画→各手法→ブリッジ→総括の順に、左から右へ計算が流れるようにシートを分ける
各シートは、行に科目、列に年度を並べるのが基本です。入力セルは青字、計算セルは黒字と色を分け、右端に「出典・メモ」列を置いて、どの資料のどの数字かを書いておきます。算定書を受け取る側も、この構成を前提に「どの数字がどこから来たか」を質問すると、確認が効率的になります。
図6 行に科目、列に年度。入力セル(青字)と計算セル(黒字)を分け、出典欄を右端に置く
よくある失敗は3つあります。1つ目は、事業計画シートの数値を手法シートへ値貼り付けしてしまい、計画を修正しても算定結果が変わらないケースです。2つ目は、株式数を前提シートと各シートで別々に入力し、新株予約権の扱いが食い違うケースです。3つ目は、ブリッジで差し引く有利子負債の基準日が、算定の基準日とずれているケースです。いずれも「入力は1か所」「参照でつなぐ」「基準日をそろえる」という原則で防げます。完成したら、前提を1つずつ動かして結果が想定どおりに変わるかを試す「動作確認」も行っておくと安心です。
| シート | 主な内容 | チェックの観点 |
|---|---|---|
| ①前提条件 | 基準日、税率、株式数(潜在株式を含むか) | 全シートがここを参照しているか |
| ②事業計画 | 売上・利益・設備投資・運転資本 | 実績との連続性、成長率の根拠 |
| ④DCF | FCF、WACC、継続価値 | 継続価値の割合、割引の年数 |
| ⑦ブリッジ | 非事業資産、有利子負債、負債類似項目 | 基準日の貸借対照表と一致するか |
| ⑧総括 | 手法別結果、レンジ、感応度表 | 結論と各手法の差の説明 |
進め方とスケジュール|依頼から算定書まで
株価算定は、①目的・基準日・対象株式の確認、②資料の受領、③事業計画の検証と質問、④算定とレンジの確定、⑤算定書の提出、という流れで進みます。必要な資料は、直近3期程度の決算書と勘定科目明細、事業計画(少なくとも3〜5年)、株主名簿と新株予約権の明細、不動産や有価証券の時価がわかる資料などです。
時間がかかりやすいのは③の事業計画の検証です。計画の売上成長や利益率が実績からかけ離れていると、算定結果の説明が難しくなります。検証の観点は事業計画の検証|バリュエーションの前提をどう確かめるか、IPO準備の観点ではIPO審査の「事業計画の合理性」も参考になります。当事務所の株価算定は、一括30万〜80万円(税別)、期間は2〜6週間が目安です(対象会社の規模、手法の数、資料の整い具合で変わります)。
図7 規模や資料の整い方にもよるが、全体で2〜6週間が目安
結果をどう使うか|レンジと価格交渉
算定結果は1つの数字ではなく、レンジで示すのが一般的です。M&Aでは、売手が受け入れられる下限と、買手が支払える上限が重なる範囲で価格が決まります。上の例でいえば、売手が800百万円以上を求め、買手が1,100百万円までなら払えるとき、交渉の範囲は800〜1,100百万円です。
ただし算定結果は「株式価値」であり、そのまま「譲渡価格」になるわけではありません。正常収益力の調整、運転資本の水準、デューデリジェンスでの発見事項などを反映して価格が決まります。この流れはM&Aで株式価値から譲渡価格を決める|正常収益力・ネットデット・運転資本の調整で解説します。IPO準備会社にとっては、上場前の株価の決め方(上場前の株価の決め方|第三者割当増資の発行価格と税務上の時価)や、上場準備の資本政策との一貫性が大切です。
図8 算定結果はレンジで示し、売手の下限と買手の上限が重なる部分で価格が決まる
シリーズの案内表|目的別に読む記事
本シリーズは20本で構成しています。基本の考え方、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチと純資産法、M&AとIPOの実務の4つのグループに分かれます。関心のあるところから読み進めてください。
図9 番号はシリーズ記事番号。まとめ(VA1)から目的に応じて各記事へ
| 番号 | 記事 | こんなときに |
|---|---|---|
| VA2 | 企業価値・事業価値・株式価値の違い | ネットデットの範囲で迷うとき |
| VA3 | DCF法の基本|FCFの作り方と計算例 | DCF法の計算を確かめたいとき |
| VA4 | 割引率(WACC)の求め方 | 割引率の根拠を説明したいとき |
| VA5 | 継続価値(ターミナルバリュー)の計算 | 継続価値の割合が大きいとき |
| VA6 | 事業計画の検証 | 計画の前提を見直したいとき |
| VA7 | 類似会社比較法(マルチプル法) | 倍率で相場観をつかみたいとき |
| VA8 | 類似会社の選び方と倍率の調整 | 似た上場会社が少ないとき |
| VA9 | 純資産法(時価純資産法) | 含み損益・税効果を扱うとき |
| VA10 | 評価手法の併用と重み付け | 結果をレンジで示すとき |
| VA11 | 非流動性ディスカウントとコントロールプレミアム | 少数株式・支配株式の評価 |
| VA12 | M&Aで株式価値から譲渡価格を決める | 譲渡価格を交渉するとき |
| VA13 | 財務DDの結果を価格に反映する | DDの発見事項を扱うとき |
| VA14 | 価格調整条項とアーンアウト | クロージング後の調整 |
| VA15 | のれんとPPA | 取得後の決算への影響 |
| VA16 | 株価算定書の構成と読み方 | 算定書を受け取ったとき |
| VA17 | 上場前の株価の決め方 | 上場前の増資・株式移動 |
| VA18 | ストックオプションの評価 | 行使価額を決めるとき |
| VA19 | 種類株式・優先株式の価値評価 | 優先株式がある会社 |
| VA20 | 資金調達ラウンドのバリュエーション | プレマネー・J-KISSの整理 |
- 算定の目的(M&A、増資、SO、税務など)と基準日を決めた
- 対象が事業価値・企業価値・株式価値のどれかを区別している
- 少なくとも2つの手法で結果を出し、差の理由を説明できる
- 非事業資産とネットデットの範囲を基準日の貸借対照表で確かめた
- Excelの入力セルを前提シートに集約し、手法シートは参照式にした
- 結果を1点ではなくレンジで示し、感応度表を付けた
よくある質問
どれか1つが常に正しいわけではありません。収益力のある成長企業ではDCF法やマルチプル法、資産保有型の会社では時価純資産法の比重が高くなるなど、会社の特徴と目的で使い分け、複数の結果を比べて結論を出します。
なりません。算定結果は価格交渉や意思決定の根拠となる参考値です。M&Aでは交渉、デューデリジェンスの結果、価格調整条項などを経て譲渡価格が決まります。
必須と定められているわけではありませんが、発行価格の合理性を説明する資料として算定書を用意する例が多くあります。上場審査で過去の株価の推移を説明する際にも役立ちます。
当事務所では一括30万〜80万円(税別)、期間は2〜6週間を目安としています。資料の準備状況、対象会社の規模、採用する手法の数によって変わります。
最初の一歩は、算定の目的と基準日を一文で書き出すことです
「何のために、いつ時点の、どの株式の価値を求めるのか」を一文で書くと、必要な手法と資料が自然に決まります。あわせて直近の決算書と事業計画が手元にそろっているかを確認してください。
まとめ
企業価値評価は、インカム・マーケット・ネットアセットの3つのアプローチで価値を測り、事業価値から株式価値へ調整したうえで、結果をレンジで示す作業です。計算の精緻さよりも、前提の根拠と調整の範囲を説明できることが重要です。Excelの算定シートは入力と計算を分け、前提の変更が全体に波及する構成にしておくと、検証も交渉もしやすくなります。各論はシリーズの個別記事で順に解説しています。
M&Aの交渉、第三者割当やストックオプションの発行、資本政策の検討に使える株価算定書を、公認会計士が作成します。料金の目安は一括30万〜80万円(税別)、期間は2〜6週間です。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
あわせて読みたい