※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
DCF法で将来のキャッシュ・フローを現在の価値に直すときに使う割引率が、WACC(加重平均資本コスト)です。前回のC社の例では、WACCを1%動かすだけで事業価値が1割以上変わりました。株価算定書で最も議論になりやすい前提の1つですが、計算の中身は「株主が求める利回り」と「銀行が求める利回り」を、資本構成の比率で平均したものにすぎません。
結論からいえば、WACCは「リスクフリーレート+ベータ×市場リスクプレミアム+サイズプレミアム」で株主資本コストを求め、税引後の負債コストと資本構成の比率で加重平均して求めます。非上場会社では自社のベータが観察できないため、類似上場会社のベータを資本構成で調整して使います。本記事では架空の数値ですべての計算過程を示し、Excelシートの組み方まで解説します。
この記事の見出し
WACCとは何か|なぜ加重平均するのか
DCF法で割り引くフリー・キャッシュ・フローは、株主と債権者の両方に帰属するキャッシュ・フローです(DCF法の基本|フリー・キャッシュ・フローの作り方と計算例)。そのため割引率も、株主が求める利回り(株主資本コスト)と債権者が求める利回り(負債コスト)を、それぞれの資金の比率で加重平均したものを使います。これがWACC(Weighted Average Cost of Capital)です。
式で書くと、WACC=株主資本コスト×E/(D+E)+負債コスト×(1−税率)×D/(D+E)です。Eは株主資本、Dは有利子負債の金額で、いずれも簿価ではなく時価(市場価値)で考えるのが原則です。負債コストに(1−税率)を掛けるのは、支払利息が損金になり税金が減る効果(節税効果)を割引率の側で反映するためです。
図1 株主資本コストと税引後の負債コストを、資本構成の比率で加重平均する
株主資本コストの求め方|CAPMとサイズプレミアム
株主資本コストは、実務ではCAPM(資本資産価格モデル)で求めるのが一般的です。CAPMでは、株主資本コスト=リスクフリーレート+ベータ×市場リスクプレミアムと考えます。リスクフリーレートは国債の利回り、市場リスクプレミアムは株式市場全体に投資したときに国債を上回って期待される利回り、ベータは個別の会社の株価が市場全体に対してどれだけ大きく動くかを表す係数です。
非上場会社、とくに規模の小さい会社では、CAPMで求めた値に「サイズプレミアム」を上乗せすることがよくあります。小規模な会社は、上場大企業に比べて事業の変動や資金調達のリスクが大きいと考えられるためです。ほかに、特定の顧客や経営者への依存など、会社固有のリスクを上乗せする例もありますが、根拠を説明しにくいため、まず事業計画(キャッシュ・フロー)の側で反映できないかを検討するのが基本です。
| 要素 | 意味 | 実務での置き方の例 |
|---|---|---|
| リスクフリーレート | 国債など、ほぼ確実に得られる利回り | 基準日の長期国債利回り(10年・20年など) |
| ベータ | 市場全体に対する株価の感応度 | 類似上場会社のベータを資本構成で調整 |
| 市場リスクプレミアム | 株式市場全体の上乗せ利回り | 長期の実績値や調査結果から設定 |
| サイズプレミアム | 小規模会社の追加リスク | 規模別の実績データなどから設定 |
| 負債コスト | 借入の利率 | 実際の借入金利や同規模企業の調達金利 |
リスクフリーレートの国債利回りは、財務省の「国債金利情報」で年限別に確認できます。どの年限を使うかは、評価対象の事業の期間の長さとの対応で決めます。DCF法では継続価値を通じて長い期間を評価するので、10年以上の長期国債の利回りを使う例が多くみられます。
ベータの求め方|類似会社のアンレバードとリレバード
上場会社なら自社の株価からベータを計算できますが、非上場会社にはそれができません。そこで、事業の似た上場会社(類似会社)のベータを借りてきます。ただし、観察されるベータ(レバードベータ)には、その会社の借入の多さによるリスクも含まれています。借入が多い会社ほど、株主の取り分の変動が大きくなり、ベータも高くなるからです。
そこで、まず類似会社のベータから負債の影響を取り除き(アンレバード)、事業そのもののリスクを表すベータにします。次に、評価対象会社の資本構成で負債の影響を戻します(リレバード)。よく使われるのは、βU=βL÷{1+(1−税率)×D/E}、βL=βU×{1+(1−税率)×D/E}という式です。
図2 類似会社のベータから負債の影響を除き、評価対象会社の資本構成で負債の影響を戻す
架空の類似会社3社で計算します。税率は30%です。X社はベータ0.95、D/E(有利子負債÷株式時価総額)20%なので、1+0.7×20%=1.140で割って、アンレバードベータは0.833です。Y社は1.10÷(1+0.7×50%=1.350)=0.815、Z社は1.20÷(1+0.7×30%=1.210)=0.992です。3社の平均は(0.833+0.815+0.992)÷3=0.880です。
評価対象会社の目標D/Eを25%とすると、リレバードベータは0.880×(1+0.7×25%)=0.880×1.175=1.034で、小数第2位に丸めて1.03とします。類似会社の選び方は、ベータだけでなく倍率法でも重要です。詳しくは類似会社の選び方と倍率の調整|上場会社が少ない業種での工夫で解説します。
図3 青は市場で観察されるベータ、橙は負債の影響を除いたベータ。平均0.880
| 類似会社 | レバードβ | D/E | 1+(1−30%)×D/E | アンレバードβ |
|---|---|---|---|---|
| X社 | 0.95 | 20% | 1.140 | 0.833 |
| Y社 | 1.10 | 50% | 1.350 | 0.815 |
| Z社 | 1.20 | 30% | 1.210 | 0.992 |
| 平均 | 0.880 |
ベータは、計測する期間(2年・5年など)や間隔(週次・月次)、比較する株価指数によって値が変わります。どの条件で計測したかを算定書に書いておくことが、後で検証する人にとって大切です。また、類似会社が1〜2社しかない場合は、1社の特殊な値に結果が引きずられるため、業種全体の平均値と比べて違和感がないかを確かめます。
株主資本コストを計算する|架空の数値で
前提を次のように置きます。リスクフリーレート1.5%、市場リスクプレミアム6.0%、リレバードベータ1.03、サイズプレミアム2.0%です(いずれも計算例のための架空の数値で、実際の算定では基準日時点の資料から設定します)。
株主資本コストは、1.5%+1.03×6.0%+2.0%=1.5%+6.18%+2.0%=9.68%です。サイズプレミアムを置かなければ7.68%なので、この上乗せだけで株主資本コストが2%変わることになります。
図4 架空の前提。リスクフリーレート1.5%、ベータ1.03、市場リスクプレミアム6.0%、サイズプレミアム2.0%
資本構成と負債コスト|目標資本構成で考える
WACCの加重平均に使う比率は、評価対象会社の現在の資本構成ではなく、長期的に目指す(あるいは業界で標準的な)資本構成を使うのが一般的です。現在の借入がたまたま多い・少ないという事情で事業価値が変わるのは不自然だからです。実務では、類似会社のD/Eの平均や中央値を目標資本構成とすることがよくあります。
D/E=25%は、有利子負債1に対して株主資本4の割合なので、有利子負債の比率はD/(D+E)=0.25÷1.25=20%、株主資本の比率は80%になります。負債コストは実際の借入金利などから2.0%とし、税引後では2.0%×(1−30%)=1.40%です。
図5 D/E=25%は、有利子負債20%・株主資本80%の構成に当たる
現在の資本構成を使うべき場面もあります。たとえば、買手が買収後も現在の借入をそのまま維持する前提で、その会社単体の価値を測る場合です。逆に、買収資金を対象会社に借り入れさせる買収(LBO)の場合は、買収後の資本構成を前提にするかどうかが論点になります。いずれの場合も、算定の目的に照らして「誰が、どの資本構成で事業を続けるのか」を決めてから比率を置きます。IPO準備会社であれば、上場後の資金調達の方針(借入中心か、増資中心か)も目標資本構成の参考になります。
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前提どうしの整合を確かめる
WACCの各要素は、別々の資料から集めるため、組み合わせたときに整合しているかを確かめる必要があります。まず、リスクフリーレートと市場リスクプレミアムは対になる概念です。市場リスクプレミアムを「株式の利回りと長期国債の利回りの差」として測った資料を使うなら、リスクフリーレートも同じ年限の国債利回りを使うのが自然です。
次に、ベータの計測に使った株価指数と、市場リスクプレミアムの対象となる市場が一致しているかを確かめます。さらに、目標資本構成のD/Eは、ベータのリレバードとWACCの加重平均の両方で同じ値を使います。リレバードでは25%、加重平均では別の比率、というように食い違うと、計算の前提が崩れます。Excelでは目標D/Eを前提シートの1つのセルに置き、両方の計算から参照しておけば、この食い違いは起こりません。
最後に、すべての前提が同じ基準日の情報にもとづいているかを確かめます。基準日より後に公表された金利や株価を使うと、基準日時点では知り得なかった情報で評価したことになります。算定の作業日が基準日から離れている場合はとくに注意が必要です。
WACCを計算する
ここまでの数値を式に入れます。WACC=9.68%×80%+1.40%×20%=7.744%+0.280%=8.024%で、約8.0%です。前回のDCF法の基本でC社に使った8%は、このような計算から求めたものという位置づけです。
図6 単位:%。株主資本部分7.744と負債部分0.280の合計でWACC8.02%
結果への影響を確かめておきます。C社の計画で、サイズプレミアムを置かない場合(株主資本コスト7.68%、WACC6.42%)の事業価値は約1,320百万円、2.0%置いた場合(WACC8.02%)は約1,002百万円、3.0%置いた場合(株主資本コスト10.68%、WACC8.82%)は約892百万円です。サイズプレミアムの置き方1つで、事業価値が3割以上変わり得ることがわかります。
図7 VA3のC社の計画を使った事業価値(百万円)。サイズプレミアムの置き方で大きく変わる
| サイズプレミアム | 株主資本コスト | WACC | C社の事業価値(百万円) |
|---|---|---|---|
| 0% | 7.68% | 6.42% | 約1,320 |
| 2.0% | 9.68% | 8.02% | 約1,002 |
| 3.0% | 10.68% | 8.82% | 約892 |
Excelの算定シートの組み方
WACCシートは上下2段に分けると見やすくなります。上段は類似会社の表で、行に会社、列にレバードベータ、D/E、調整係数(1+(1−t)D/E)、アンレバードベータ、出典を並べます。最下行で平均(または中央値)を計算します。下段は計算の表で、リレバードベータ、株主資本コスト、税引後負債コスト、WACCを、計算式の内容を書いた列とともに並べます。
税率、リスクフリーレート、市場リスクプレミアム、サイズプレミアム、目標D/Eは前提シートに置き、WACCシートからは参照するだけにします。こうすると、DCFシートの感応度表と組み合わせて、どの前提がどれだけ結果を動かすかをすぐに試せます。
図8 上段で類似会社のベータを処理し、下段で株主資本コストとWACCを計算する
レビューする側は、①リスクフリーレートの基準日と年限、②類似会社の選定理由とベータの計測条件、③市場リスクプレミアムとサイズプレミアムの出典、④目標資本構成の根拠、の4点を確かめてください。どれも「なぜその数字か」を一文で説明できれば十分です。
図9 前提ごとに根拠資料を残しながら、上から順に決めていく
M&AとIPO準備で議論になりやすい点
M&Aでは、売手は割引率を低く、買手は高く見たい立場にあります。とくにサイズプレミアムや会社固有のリスクの上乗せは、根拠の説明が難しく、交渉で争点になりがちです。上乗せを置く場合は、事業計画のリスク(達成の確度)とどちらで反映しているかを整理し、二重に反映していないかを確かめます。
IPO準備会社では、上場前の増資の発行価格と上場時の公開価格の関係が後から注目されることがあります。算定の前提を記録しておけば、なぜその時点でその株価だったのかを説明できます(上場前の株価の決め方|第三者割当増資の発行価格と税務上の時価)。マーケット・アプローチとの比較や、残余利益方式など他の方法との関係は未上場株式の株価算定はどの方法を使うかや残余利益方式の算式を分解するも参考にしてください。
- リスクフリーレートの基準日と年限を確認した
- 類似会社のベータをアンレバードし、目標資本構成でリレバードした
- ベータの計測期間・間隔・指数を記録した
- 市場リスクプレミアムとサイズプレミアムの出典を書いた
- 負債コストを税引後で使い、資本構成は時価ベースで考えた
- WACCとサイズプレミアムを動かした感応度を確認した
よくある質問
使います。目標資本構成で負債比率を置く方法と、負債比率をゼロとして株主資本コストをそのまま割引率とする方法があり、どちらを採ったかと理由を明記します。
必ずではありません。小規模な非上場会社では上乗せする例が多いものの、評価対象の規模や事業の安定性、計画のリスクの反映方法を踏まえて判断します。
決まりはありませんが、1〜2社だと特殊な値の影響を受けやすいため、事業の近い会社をできるだけ複数選び、平均と中央値の両方を確認するのが実務的です。
前提によって大きく変わるため一概にはいえません。本記事の架空の例では約8%でしたが、規模や業種、金利の水準で上下します。大切なのは水準よりも、各前提の根拠を説明できることです。
最初の一歩は、算定書のWACCの内訳を5つの要素に分けて書き出すことです
リスクフリーレート、ベータ、市場リスクプレミアム、サイズプレミアム、資本構成と負債コストの5つに分けて、それぞれの数値と出典を一覧にしてください。出典が書かれていない要素があれば、そこが算定者に確認すべきポイントです。
まとめ
WACCは、CAPMにサイズプレミアムを加えた株主資本コストと、税引後の負債コストを、目標資本構成の比率で加重平均して求めます。非上場会社では類似上場会社のベータを、負債の影響を除いてから自社の資本構成で戻して使います。架空の例では、株主資本コスト9.68%、税引後負債コスト1.40%、資本構成80対20で、WACCは約8.0%となりました。サイズプレミアムの置き方だけで事業価値が大きく変わるため、各前提の根拠をExcelシートに残し、感応度で影響を確かめることが実務のポイントです。
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本記事の根拠
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
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