企業価値・事業価値・株式価値の違い|ネットデットと非事業資産の調整

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

株価算定書を読むと、「事業価値」「企業価値」「株式価値(株主価値)」という似た言葉が並んでいます。M&Aで「会社を10億円で売る」と言ったとき、それが借入金を引く前の金額なのか、株主が受け取る金額なのかで、手取りは大きく変わります。IPO準備会社が増資の発行価格を説明するときも、どの価値から1株当たりの金額を出したかを説明できなければなりません。

結論からいえば、DCF法やEV/EBITDA倍率で求まるのは「事業価値」であり、そこに非事業資産を加えて「企業価値」、有利子負債と負債類似項目を差し引いて「株式価値」にします。この調整(ブリッジ)の範囲と基準日を誤ると、手法が正しくても結論を誤ります。本記事では架空のB社の数値で、調整の考え方とExcelでの組み方を解説します。

3つの価値は何が違うのか

日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」は、事業から生み出される価値を「事業価値」、事業価値に遊休資産や余剰資金などの非事業資産を加えたものを「企業価値」、企業価値から有利子負債などの他人資本を差し引いたものを「株主価値」と整理しています。事業価値は本業の稼ぐ力そのもの、企業価値は会社全体の財産の価値、株式価値はそのうち株主に帰属する部分、と考えるとわかりやすいでしょう。

言いかえると、企業価値は「誰がその価値を受け取るか」で分けることができます。銀行などの債権者は有利子負債の分を、株主は残りを受け取ります。株式を売買するときに必要なのは株主の取り分である株式価値なので、計算の最後で必ず株式価値に落とし込みます。

3つの価値の関係事業価値本業が生む将来CFの価値非事業資産余剰現金・遊休資産など有利子負債・負債類似項目株式価値(株主に帰属)企業価値(左の合計)= 資金の出し手ごとの取り分=

図1 事業価値+非事業資産=企業価値、企業価値−有利子負債等=株式価値

用語 中身 求め方の例
事業価値 本業が将来生み出すキャッシュ・フローの価値 DCF法、EV/EBITDA倍率
企業価値 事業価値+非事業資産 事業価値に余剰現金・遊休資産を加算
株式価値(株主価値) 企業価値−有利子負債・負債類似項目 ブリッジで差し引き、株式数で割る

なお、マーケット・アプローチでよく使う「EV(エンタープライズ・バリュー)」は、実務では「株式時価総額+ネットデット」として計算されることが多く、上の整理でいう事業価値に近い概念として使われます。用語の使い方は算定書によって異なることがあるため、算定書を読むときは「どの項目を足し、どの項目を引いたか」を一覧で確認するのが確実です。

出発点は貸借対照表の仕分け|架空のB社の例

架空のB社(発行済株式数20,000株、税率30%)で考えます。単位は百万円です。DCF法で求めたB社の事業価値は2,000です。基準日の貸借対照表には、現預金600、投資有価証券(取引先株式、時価120)、本業に使っていない遊休土地(時価200、簿価80)、借入金900、リース債務60、退職給付債務の未積立額150があります。

最初にやることは、資産と負債を「事業に使っているもの」と「それ以外」に仕分けることです。売上債権、在庫、設備、買掛金などは事業に使っているので、そのキャッシュ・フローはすでに事業価値に含まれています。一方、余剰現金や遊休土地は事業価値の計算に入っていないので、別に加算します。この仕分けを誤ると、同じ資産を二重に数えたり、数え漏らしたりします。

B社の貸借対照表を「事業」と「非事業」に分ける資産の部負債・純資産の部事業用資産(売上債権・在庫・設備)現預金600(うち余剰450)投資有価証券120・遊休土地200事業上の負債(買掛金・未払金)借入金900・リース債務60退職給付債務(未積立)150純資産(簿価)緑:非事業資産 赤:差し引く項目

図2 架空のB社。資産・負債を事業に使うものとそれ以外に仕分けることがブリッジの出発点

非事業資産の調整|余剰現金・有価証券・遊休資産

非事業資産は「事業のキャッシュ・フローを生んでおらず、処分しても事業が回る資産」です。代表例は余剰現金、事業と関係の薄い投資有価証券、遊休不動産、保険積立金などです。加算する金額は原則として時価で、含み益がある資産は売却したときの税負担を考慮します。

B社の遊休土地は時価200、簿価80なので含み益は120です。税率30%とすると税負担は120×30%=36で、加算額は200−36=164です。投資有価証券は時価120をそのまま加算します(含み損益がないものとします)。

非事業資産かどうかの判定資産の一覧(基準日BS)事業のCFを生んでいるか事業価値に含まれている非事業資産(時価−税負担)生んでいる生んでいない

図3 事業計画のFCFを生まない資産で、処分しても事業が回るなら非事業資産

資産 非事業資産になる例 注意点
現預金 事業に必要な運転資金を超える部分 必要額の見積り方を説明できるか
投資有価証券 取引関係のない純投資の株式・債券 取引維持のための持合いは判断が分かれる
不動産 遊休地、賃貸に出している社宅跡地 含み益に対する税負担を考慮する
保険積立金 解約返戻金のある役員保険 解約返戻金額と税負担で評価する

余剰現金をどう見積もるか

現預金のすべてが余剰とは限りません。売掛金の回収前に給与や仕入代金を支払うため、事業には一定の現金が必要です。B社では月商の約1か月分にあたる150を必要運転資金とし、残りの600−150=450を余剰現金としました。必要額の見積りには、月次の資金繰り表で残高がいちばん低くなる時期(資金繰りの谷)を確認する方法もあります。

この判断で株式価値は変わります。現預金600を全額余剰とすると、株式価値はあとで計算する1,669より150大きい1,819になり、1株当たりでは150百万円÷20,000株=7,500円の差です。売手は全額を余剰と主張し、買手は必要額を大きく見たいので、M&Aではよく交渉の論点になります。

現預金を「必要」と「余剰」に分ける現預金600必要運転資金 150(月商の約1か月分など)余剰現金 450→ 非事業資産として加算

図4 月商や資金繰りの谷から事業に必要な現金を見積もり、残りを余剰現金とする

余剰現金の見方で株式価値はどう変わるか0500.21,000.51,500.72,000.9必要運転資金を除く現預金を全額余剰とみなす差 150(1株7,500円)

図5 単位:百万円。現預金を全額差し引くか、必要運転資金を残すかで150の差が出る

差し引く項目|有利子負債と負債類似項目

企業価値から差し引くのは、株主より先に現金で支払わなければならない義務のうち、事業価値の計算(フリー・キャッシュ・フロー)に含めていないものです。借入金や社債などの有利子負債が代表で、リース債務も通常はここに含めます。B社では借入金900とリース債務60の合計960を差し引きます。

有利子負債から余剰現金を差し引いた純額をネットデットと呼びます。B社のネットデットは960−450=510です。このほか、退職給付債務の未積立額、未払法人税等のうち基準日までの利益に対応する部分、役員退職慰労金の未払額、係争中の損害賠償の見込額など、「借入金に似た性質の負債(負債類似項目)」を差し引くかどうかを検討します。

負債類似項目かどうかの判定株主より先に現金で支払う義務かその支払いはFCFに含めたか対象外二重計上にならず対象外負債類似項目として控除はいいいえ含めた含めていない

図6 将来、株主より先に現金で支払う義務で、FCFに含めていないものは差し引く

判断に迷いやすい項目もあります。たとえば賞与引当金は、基準日までの勤務に対応する賞与を基準日後に支払うものです。翌期のFCFで賞与の支払いを費用として差し引いていれば、引当金を別に控除する必要はありません。逆に、基準日直前に支払うべき仕入代金の支払いを遅らせて現預金が膨らんでいる場合は、運転資本が通常より小さくなっているので、余剰現金の判定とあわせて調整を考えます。M&Aではこうした「通常の水準」との差を、運転資本の調整として価格に反映することがあります。

このように、ブリッジの項目は個別に正解が決まっているわけではなく、FCFの作り方との整合で決まります。算定書を受け取ったら、FCFの計算でどの支出を差し引いているかと、ブリッジで何を控除しているかを、表にして突き合わせるのが確実な確認方法です。

判定の要は二重計上を避けることです。たとえば退職金の支払いを将来のFCFにすでに織り込んでいるなら、退職給付債務をさらに差し引くと二重に控除することになります。B社では、FCFに含めていない基準日までの勤務に対応する未積立額150を差し引き、退職金は支払時に損金になるため税効果を考慮して150×(1−30%)=105を控除します。

項目 控除するか B社での扱い
借入金・社債 控除する 900
リース債務 通常は控除する(FCFでリース料を引いていない場合) 60
退職給付債務の未積立額 FCFに含めていなければ控除(税効果を考慮) 150×70%=105
未払法人税等 基準日までの利益に対応する部分を検討 (この例では対象外)
非支配株主持分 連結で評価する場合は控除を検討 (この例では対象外)

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。

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計算してみる|B社の株式価値

ここまでの数字を並べます。企業価値は、事業価値2,000+余剰現金450+投資有価証券120+遊休土地164=2,734です。差し引く項目は、借入金900+リース債務60+退職給付105=1,065です。株式価値は2,734−1,065=1,669、1株当たりでは1,669百万円÷20,000株=83,450円になります。

同じ計算をネットデットで書くと、2,000−510(ネットデット)−105(退職給付)+120+164=1,669と、同じ結果になります。どちらの書き方でも、加算・控除した項目が一覧になっていることが大切です。

B社のブリッジ(事業価値→株式価値)事業価値2,000余剰現金+450有価証券+120遊休土地+164借入・リース-960退職給付-105株式価値1,669

図7 単位:百万円。遊休土地は売却時の税負担、退職給付債務は税効果を考慮した後の金額

区分 項目 金額(百万円)
事業価値 DCF法による 2,000
加算 余剰現金(600−150) 450
加算 投資有価証券(時価) 120
加算 遊休土地(200−含み益120×30%) 164
企業価値 小計 2,734
控除 借入金・リース債務 △960
控除 退職給付債務(150×70%) △105
株式価値 2,734−1,065 1,669(1株83,450円)

マルチプル法でも同じブリッジを使います。EV/EBITDA倍率で求まる値は事業価値に相当するので、同じ項目を加算・控除して株式価値にします。倍率の使い方は類似会社比較法(マルチプル法)|EV/EBITDA・PER・PBRの使い方、事業価値そのものの計算はDCF法の基本|フリー・キャッシュ・フローの作り方と計算例を参照してください。

Excelのブリッジシートの組み方

ブリッジは、1行に1項目、列に「簿価」「時価等」「税効果」「根拠資料」を並べたシートにすると検証しやすくなります。事業価値の行は手法シート(DCFやマルチプル)を参照し、税率は前提シートを参照します。株式価値の行は必ず合計の計算式にし、手入力しません。

根拠資料の列には、借入金明細、資金繰り表、不動産の査定書など、金額の出所を書いておきます。算定書を受け取る経営者やCFOは、この列を見れば、どの数字を自社の資料で確かめればよいかがわかります。

Excelのブリッジシートのレイアウト項目簿価時価等税効果根拠資料事業価値―2,000―④DCFシート余剰現金600450―資金繰り表投資有価証券120120―時価資料遊休土地80200−36不動産鑑定・査定有利子負債−960−960―借入金明細退職給付−150−150+45退職給付計算書株式価値1,669合計(計算式)

図8 1行1項目で、金額・根拠・税効果・基準日を横に並べる。合計行は必ず計算式

もう1つ大切なのが基準日です。DCF法は基準日の翌期以降のキャッシュ・フローを割り引くので、ブリッジで使う現預金や借入金も同じ基準日の残高でなければなりません。基準日後に受け取った現金を加えると、事業価値に含まれるキャッシュ・フローと二重になるおそれがあります。

ブリッジの基準日をそろえる基準日(例:3月末)BS項目同じ日の残高FCF翌期以降を割引

図9 事業価値の起点と貸借対照表の日付がずれると、同じ現金を二重に数えるおそれがある

実務では、基準日を直近の月末や決算日に置き、その日の試算表と勘定科目明細を使ってブリッジを組むのが一般的です。決算日から時間がたっている場合は、直近の月次試算表で現預金と借入金の残高を更新し、事業計画の起点もその月に合わせます。

算定書のブリッジを確かめる質問

算定書を受け取った経営者やCFOが、ブリッジを短時間で確かめるには、次の順に質問するのが効率的です。第一に「結論の金額は株式価値か、事業価値か」。第二に「加算した非事業資産と、その時価の根拠は何か」。第三に「現預金のうち必要運転資金はいくらとみたか、その理由は何か」。第四に「控除した負債類似項目は何で、FCFと二重になっていないか」。第五に「株式数に新株予約権や種類株式をどう反映したか」です。

この5つに答えが書かれていれば、ブリッジの骨格は確認できたことになります。答えが書かれていない項目があれば、算定者に追加の説明を求めましょう。とくにM&Aの売手は、余剰現金や遊休資産が加算されているかを必ず確認してください。加算漏れは、そのまま手取りの減少につながります。買手の側では、簿外の債務や係争案件など、貸借対照表に載っていない負債類似項目がないかを、デューデリジェンスの結果と突き合わせることが大切です(財務デューデリジェンスの結果を価格に反映する|発見事項の扱い方)。

M&AとIPO準備での使われ方

M&Aでは、株式価値が譲渡価格の出発点になります。実際の契約では、クロージング日の現預金や借入金の残高で価格を調整する条項(ロックドボックスやクロージング調整)を置くことが多く、ブリッジの考え方がそのまま契約に反映されます。詳しくはM&Aで株式価値から譲渡価格を決める|正常収益力・ネットデット・運転資本の調整や価格調整条項とアーンアウト|クロージング後の価格の決め方で扱います。

IPO準備会社では、増資の発行価格を1株当たりで説明するため、株式数を何にするかも重要です。新株予約権や種類株式がある場合は、普通株式だけで割るのか、潜在株式を含めるのかで1株当たりの金額が変わります。資本政策との関係は上場準備の資本政策、取得後の会計処理との関係は子会社株式の取得価額とのれんの関係も参考にしてください。

  • 算定書の結論が事業価値・企業価値・株式価値のどれかを確認した
  • 基準日の貸借対照表を事業用と非事業用に仕分けた
  • 余剰現金の算定根拠(必要運転資金の見積り)を説明できる
  • 含み益のある非事業資産は税負担を考慮して加算した
  • 負債類似項目について、FCFとの二重計上がないか確かめた
  • ブリッジの基準日と事業価値の基準日がそろっている

よくある質問

Q1. 現預金は全額を差し引いてネットデットを計算してよいですか。

簡便に全額を差し引く例もありますが、事業に必要な運転資金がある場合は、その分を除いて余剰現金とするのが理論的です。どちらを採ったかと、その理由を算定書に書いておくことが大切です。

Q2. リース債務は有利子負債に含めますか。

リース料をFCFの計算で費用として差し引いていなければ、通常は有利子負債に含めます。差し引いている場合に債務も控除すると二重控除になるため、FCFの作り方とセットで判断します。

Q3. 退職給付債務はなぜ税効果を考えるのですか。

退職金は支払ったときに損金になり、その分だけ将来の税金が減るためです。税引後の負担額で控除するのが一般的ですが、会社の課税状況(繰越欠損金の有無など)も考慮します。

Q4. 株式数はどの数を使えばよいですか。

基準日の発行済株式数から自己株式を除いた数が基本です。新株予約権や種類株式がある場合は、行使や転換の可能性を考えて扱いを決め、算定書に明記します。

最初の一歩は、基準日の貸借対照表に「事業用」「非事業用」の印を付けることです

勘定科目明細を見ながら、各項目が本業のキャッシュ・フローを生んでいるかを判断して印を付けてください。迷う項目は一覧にしておき、算定者と相談しながら扱いを決めると、ブリッジの議論が早く進みます。

まとめ

事業価値は本業の稼ぐ力、企業価値はそれに非事業資産を加えたもの、株式価値は企業価値から有利子負債と負債類似項目を差し引いた株主の取り分です。架空のB社では、事業価値2,000から非事業資産734を加え、1,065を差し引いて株式価値1,669を求めました。余剰現金の見積りや負債類似項目の範囲は結果を大きく動かすため、二重計上を避け、基準日をそろえ、根拠をExcelのブリッジシートに残しておくことが実務のポイントです。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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