※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
シンジケートローンやコミットメントライン、買収資金の借入れなどでは、融資契約に「純資産を前期末の75%以上に維持する」「有利子負債をEBITDAの4.5倍以下に保つ」といった財務制限条項(コベナンツ)が付くことがあります。決算のたびに遵守状況を金融機関へ報告し、その計算について公認会計士の確認を求められるケースもあります。
ところが、契約書の定義は会計の用語と微妙にずれていることが多く、「どの数字を使えばよいのか」「公認会計士に何を頼めばよいのか」で迷いがちです。本記事では、財務制限条項の種類、遵守状況の確認で合意された手続(AUP)を使うときの手続の決め方、計算例、日程と準備資料を整理します。結論からいえば、合意された手続で確かめられるのは「契約の算式どおりに計算した数値」と「基準値との比較」という事実であり、遵守の保証や契約の解釈の判断ではありません。だからこそ、計算の定義を契約書から読み取って手続に書き込み、金融機関とも事前にすり合わせることが要になります。
この記事の見出し
財務制限条項(コベナンツ)とは|よくある条項の種類
財務制限条項は、借り手の財務状態が一定の水準を下回らないように、融資契約で定める約束です。条項に抵触すると、契約によっては金利の引上げ、追加担保の差入れ、期限の利益の喪失(一括返済の請求)などにつながることがあります。そのため、借り手にとっては「抵触していないか」を毎期きちんと確かめることが重要です。
よく使われる条項は図1の4種類です。ただし、条項の名前が同じでも、計算に使う数値の定義や基準値は契約ごとに異なります。
図1 条項の名前が同じでも、計算の定義や基準値は契約ごとに異なる
| 条項の種類 | 内容の例 | 計算で迷いやすい点 |
|---|---|---|
| 純資産維持条項 | 各期末の純資産を前期末の75%以上に維持する | 単体か連結か、純資産に新株予約権などを含めるか |
| 利益維持条項 | 経常損益が2期連続で損失とならないようにする | 営業損益か経常損益か、単体か連結か |
| レバレッジ条項 | 有利子負債をEBITDAの一定倍率以下に保つ | EBITDAに足し戻す項目、リース債務を有利子負債に含めるか |
| 返済余力の指標(DSCRなど) | 元利返済額に対する返済原資の比率を一定以上に保つ | 返済原資の定義、計算する期間 |
このように、計算の定義には解釈の幅が残りやすいものです。「純資産」が貸借対照表の純資産の部の合計なのか、株主資本なのか。「有利子負債」にリース債務を含めるのか。これらは契約書の定義条項を読んで決めることになり、会社と金融機関の理解がずれていると、後で計算のやり直しになります。
金融機関への報告と、公認会計士の確認の位置づけ
多くの融資契約では、借り手が決算書とあわせて、財務制限条項の遵守状況を示す報告書(コンプライアンス・サーティフィケートと呼ばれることもあります)を提出します。金融機関や契約によっては、その計算について公認会計士の確認を求めることがあります。
このとき使われるのが合意された手続です。会社が作成した遵守状況の計算書について、公認会計士が、決算書との照合や再計算など、合意した手続を実施し、その結果を報告します(図2)。報告書を受け取った金融機関は、手続実施結果をもとに自ら遵守状況を判断します。
図2 会社が作った計算書について、公認会計士が合意した手続を実施して報告する
合意された手続は、日本公認会計士協会の専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」にもとづく業務です。監査やレビューと違って意見や保証の結論は表明せず、実施した手続と手続実施結果を報告します。基本的な仕組みは合意された手続(AUP)とは?監査・レビューとの違いと使われる場面で解説しています。
合意された手続でできること・できないこと
財務制限条項の確認で合意された手続を使うとき、もっとも大切なのは、何を報告してもらえるのかを正しく理解しておくことです(図3)。公認会計士は、決算書の数値を計算書に正しく転記しているか、契約の算式どおりに計算されているかを確かめ、算出された値と基準値を比べた結果を記載できます。一方で、「遵守している」と保証したり、契約の定義の解釈が正しいかを判断したりはしません。
図3 計算と比較の事実は報告できるが、遵守の保証や契約解釈の判断はしない
| 手続の例 | 手続実施結果の書き方の例 |
|---|---|
| 計算書の純資産の額を、当期の貸借対照表の純資産の部の合計額と照合する | 照合した結果、一致した |
| 計算書の有利子負債の額を、借入金の明細および返済予定表の残高の合計と照合する | 照合した結果、一致した |
| 計算書のEBITDAを、契約書第○条の定義にもとづき、損益計算書と減価償却費の明細から再計算する | 再計算した額は220,000千円であり、計算書の額と一致した |
| 算出したレバレッジ・レシオを、契約書に定める基準値と比較する | 算出値4.09倍は、基準値4.5倍を下回っていた |
専門業務実務指針4400では、手続の記述にあいまいな用語や誤解を招く用語を使わないことが求められています。「遵守状況が適切であることを確かめる」という書き方は手続にならないため、上の表のように、照合・再計算・比較という形に分解します。報告書の記載事項については合意された手続の報告書|記載事項・手続実施結果の書き方・利用の制限もご覧ください。
契約の定義どおりに計算する|定義のすり合わせ方
計算の定義は、契約書の定義条項や別紙に書かれています。手続を決める前に、会社・公認会計士・金融機関の三者で、どの数値を使うかをすり合わせておくと、報告書を出した後の問い合わせや計算のやり直しを防げます。図4は、レバレッジ・レシオの計算を分解した例です。
図4 EBITDAの定義(何を足し戻すか)を契約書から読み取り、手続に書き込む
| 確認したい定義 | 契約書で見るところ | 手続への書き込み方の例 |
|---|---|---|
| 単体か連結か | 定義条項、財務諸表の提出義務の条項 | 「単体の貸借対照表の純資産の部の合計額」と明記する |
| EBITDAの範囲 | EBITDAの定義(足し戻す項目) | 「営業利益に減価償却費およびのれん償却額を加えた額」など、契約の文言どおりに書く |
| 有利子負債の範囲 | 有利子負債の定義 | 借入金・社債・リース債務のどれを含めるかを列挙する |
| 計算の時点・期間 | 判定日、計算期間の定め | 「各事業年度の末日」「直近12か月」など |
定義の読み方で迷う部分があれば、会社から金融機関に確認し、その結果を手続の記述に反映させます。公認会計士は解釈の当否を判断しませんが、手続に書かれた定義どおりに計算したことは報告できます。何を足し、何を除くかを定義に従って計算する考え方は、派遣の許可で使う基準資産額の計算方法|繰延資産とのれんを除くとも共通しています。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
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計算例|純資産維持条項とレバレッジ・レシオ
架空の例で計算してみます。B社の融資契約には、次の3つの財務制限条項が付いています。①各期末の単体の純資産を前期末の75%以上に維持する、②単体の経常損益を2期連続で損失としない、③有利子負債を、営業利益に減価償却費を加えたEBITDAの4.5倍以下に保つ。
| 条項 | 計算 | 算出値 | 基準値 |
|---|---|---|---|
| ①純資産維持 | 当期末352,000千円÷前期末400,000千円 | 88.0% | 75%以上(300,000千円以上) |
| ②利益維持 | 前期の経常利益35,000千円、当期の経常利益12,000千円 | 2期とも利益 | 2期連続で損失としない |
| ③レバレッジ | 有利子負債900,000千円÷EBITDA220,000千円 | 4.09倍 | 4.5倍以下 |
図5 当期末の純資産352,000千円は、基準額300,000千円(前期末の75%)を上回る
合意された手続では、これらの数値を決算書や明細と照合し、算式どおりに再計算して、基準値との比較結果を記載します。上の例では、いずれも基準値の範囲内という比較結果になります。ただし、レバレッジ・レシオの推移を見ると、基準値までの余裕が小さくなっています(図6)。
図6 基準値以内でも、推移を見て余裕が小さくなっていれば早めに準備する
このように基準値に近づいている場合は、決算を待たずに期中の数値で試算し、早めに金融機関と相談するほうが、条件の見直しなどの選択肢が残りやすくなります。月次や中間の数値で試算する準備は、派遣の中間決算と月次決算|監査証明を受ける準備で紹介している月次決算の整え方が参考になります。
上場会社では財務上の特約の開示も確認しておく
上場会社などの有価証券報告書提出会社では、財務制限条項の開示にも注意が必要です。金融庁は2023年12月22日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正を公表し、財務上の特約が付された金銭消費貸借契約や社債について、元本などの額が連結純資産額の10%以上となる場合の臨時報告書や有価証券報告書での開示を定めました。特約の変更や抵触があった場合にも、一定の場合には臨時報告書の提出が求められます。
開示の判断は会社と会計監査人が行うものですが、金融機関に提出する遵守状況の計算と、開示する特約の内容が食い違わないよう、同じ定義・同じ数値で管理しておくことが大切です。
進め方と日程|決算確定から提出期限まで
遵守状況の報告の期限は、契約で「各事業年度の末日から○か月以内」などと定められています。決算の確定から提出期限までの期間に、計算書の作成と公認会計士の手続を収める必要があります(図7)。初年度は手続の合意に時間がかかるため、決算期末より前に契約書と指定様式を共有し、手続の一覧を固めておくのがおすすめです。
図7 提出期限は契約ごとに異なる。決算確定の時期と公認会計士の手続期間を見込んでおく
依頼の前にそろえていただきたい資料は図8のとおりです。とくに金銭消費貸借契約書の特約条項と、金融機関の指定様式は、手続を決める出発点になります。
図8 契約書の特約条項と金融機関の指定様式が、手続を決める出発点になる
費用は、条項の数、計算の複雑さ、連結か単体か、報告の頻度(年1回か四半期ごとか)などで変わります。当事務所では範囲・件数に応じて個別にお見積りし、着手前に書面で金額を提示しています(相談無料)。見積りが変わる要因は合意された手続の費用と期間|見積りが変わる要因と準備する資料で説明しています。全国対応・オンライン完結で、提出期限が迫っている場合の短納期でのご相談にも応じています。基準値に近いときの動き方は図9のとおりです。
図9 抵触してから相談するより、期中の試算で早めに金融機関と話すほうが選択肢が多い
- 融資契約の財務制限条項と、計算の定義条項を確認した
- 単体か連結か、EBITDAや有利子負債の範囲など、定義の読み方を金融機関とすり合わせた
- 手続を照合・再計算・比較の形で具体的に決めた
- 報告書の利用者(金融機関)と配布・利用の範囲を業務契約に明記した
- 提出期限から逆算して、計算書の作成と手続の日程を決めた
- 基準値に近い条項は、期中に試算して早めに金融機関と相談する体制にした
よくある質問
報告書は手続実施結果という事実を伝えるもので、遵守の保証ではありません。遵守しているかどうかの判断は、報告書を読んだ金融機関が行います。
財務諸表の監査は、財務制限条項の計算そのものを対象にしていません。金融機関が計算についての確認を求める場合は、監査とは別に合意された手続を契約するのが一般的です。会計監査人に依頼するか、別の公認会計士に依頼するかは、金融機関の求めに応じて決めます。
会社から金融機関に解釈を確認し、その結果を手続の記述に書き込みます。公認会計士は解釈の当否を判断しないため、事前のすり合わせが欠かせません。
対応できます。毎回同じ手続を繰り返す場合は、初回に手続と資料の様式を固めておくと、2回目以降は短い期間で進められます。
最初の一歩は、契約書の特約条項に線を引くことから
最初の一歩は、融資契約書の財務制限条項と定義条項を抜き出し、「どの決算書の、どの数値を使うのか」を1行ずつ書き出すことです。迷う箇所に印をつけておけば、金融機関や公認会計士との打合せがそのまま手続の案になります。
まとめ
財務制限条項の確認で合意された手続を使うと、契約の算式どおりに計算した数値と、基準値との比較結果を、公認会計士の手続にもとづく事実として金融機関へ示せます。遵守の保証や契約解釈の判断はしないため、計算の定義を契約書から読み取り、金融機関とすり合わせて手続に書き込むことが要になります。基準値に近い条項は、期中の試算で早めに動きましょう。M&Aの場面での使い方はM&Aで使う合意された手続|特定項目の確認と財務DDとの使い分け、資金調達の前の使い方はIPO準備・資金調達の前の財務の確認|合意された手続で何を確かめられるかで解説しています。
許可申請・補助金の実績報告・ロイヤリティの確認・M&Aや融資の前の財務の確認まで、手続の設計から報告書の作成まで公認会計士が対応します。全国対応・オンライン完結、申請期限が迫っている場合もご相談ください。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
- 日本公認会計士協会「専門業務実務指針4400 合意された手続業務に関する実務指針」(最終改正2023年3月16日)
- 日本公認会計士協会「専門業務実務指針4400実務ガイダンス第1号 合意された手続業務に関する実務ガイダンス」
- 金融庁「「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」(2023年12月22日)
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
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