派遣と職業紹介の許可で使われる基準資産額は、純資産の額とは違います。資産(繰延資産および営業権を除く。)の総額から負債の総額を控除した額、と定義されています。
決算書の純資産の部を見て要件を満たしていると考えていると、申請の段階で足りないことが分かる。この行き違いは実際によく起こります。
この記事では、基準資産額の計算方法を要領と会社計算規則にそって整理し、間違えやすい項目と、増やしたときにどこが動くかまで説明します。
- 基準資産額と純資産の額の違い
- 除く繰延資産と営業権の意味
- 繰延税金資産やソフトウエアを除かない理由
- 貸借対照表からの計算例
- 打ち手ごとに3つの要件のどこに効くか
📌 基準資産額は純資産と一致しない
労働者派遣事業でも有料職業紹介事業でも、財産的基礎の判定に使われるのは基準資産額です。要領の定義は共通で、資産(繰延資産および営業権を除く。)の総額から負債の総額を控除した額、とされています。
資産から負債を引いた額は純資産です。そこから繰延資産と営業権を除くわけですから、基準資産額は純資産以下になります。両者が一致するのは、繰延資産も営業権も計上していない場合だけです。
決算書の純資産の部の合計を見て2,000万円を超えているから大丈夫、と考えていると、申請の段階で足りないことが分かります。
純資産から繰延資産と営業権を除いたものが基準資産額です。
📌 除くのは会計上の繰延資産
要領は、繰延資産の意味を特定しています。労働者派遣事業関係業務取扱要領は、繰延資産とは会社計算規則74条3項5号に規定する繰延資産をいう、としています。
同号は、繰延資産として計上することが適当であると認められるものを繰延資産に区分する、という定めです。実務では、創立費、開業費、株式交付費、社債発行費等、開発費といった項目が該当します。
設立して間もない会社や、増資を行った直後の会社では、創立費や開業費や株式交付費が残っていることがあります。金額が小さくても、基準資産額がぎりぎりの水準であれば結論を左右します。
なお、ここでいう繰延資産は会計上のものです。税務上の繰延資産として償却している支出のうち、会計上は長期前払費用などに計上しているものは、この控除の対象ではありません。混同しないよう、貸借対照表の科目で確認してください。
📌 営業権はのれんのこと
要領は、営業権とは無形固定資産の1つである会社計算規則第2編第2章第2節ののれんをいう、としています。
事業譲受や合併でのれんを計上している会社は、その残高を除いて計算します。のれんは金額が大きくなりやすく、基準資産額への影響も大きくなります。
一方、ソフトウエアや特許権は無形固定資産ですが、のれんではありませんので除きません。無形固定資産をまとめて引いてしまう誤りが起きやすいところです。除くのはのれんだけです。
繰延税金資産も除きません。会社計算規則74条3項では、繰延税金資産は投資その他の資産に区分されています。繰延という言葉が付いていても繰延資産ではありません。
📌 計算の例
具体的な数字で確かめます。1事業所で労働者派遣事業を行う会社の貸借対照表が次の状態だとします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 資産の総額 | 1億2,000万円 |
| うち繰延資産(創立費など) | 300万円 |
| うち営業権(のれん) | 800万円 |
| 負債の総額 | 7,000万円 |
| 純資産の額 | 5,000万円 |
基準資産額は、資産の総額1億2,000万円から繰延資産300万円と営業権800万円を除いた1億900万円から、負債の総額7,000万円を控除して3,900万円になります。純資産の5,000万円ではありません。
2,000万円は超えていますので、1つ目の要件は満たします。次に、負債の総額7,000万円の7分の1は1,000万円ですので、基準資産額3,900万円はこれを上回ります。2つ目も満たします。
あとは現金・預金が1,500万円以上あるかどうかです。3つを別々に確かめる、という順序を守ってください。
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📌 どこで確認されるか
要領は、確認の資料も定めています。労働者派遣事業では、厚生労働省令により提出することとなる貸借対照表または労働者派遣事業計画書(様式第3号)の資産等の状況の欄により確認する、とされています。
有料職業紹介事業では、有料職業紹介事業計画書(様式第2号)の資産等の状況の欄が使われます。白色申告や簡易な記載事項の損益計算書のみを作成する場合の扱いも要領に書かれています。
決算書の数字をそのまま転記する欄ですので、決算書の段階で計算しておけば、申請書の作成でつまずくことはありません。
📌 増やすときに、どこが動くか
基準資産額が足りないときの打ち手は、それぞれ効き方が違います。3つの要件のどれに効くのかを整理しておくと、選択を誤りません。
| 打ち手 | 基準資産額 | 現金・預金 | 負債の総額 |
|---|---|---|---|
| 金銭による増資 | 増える | 増える | 変わらない |
| 役員借入金の資本への振替え | 増える | 変わらない | 減る |
| 債務の免除を受ける | 増える | 変わらない | 減る |
| 金融機関からの借入れ | 変わらない | 増える | 増える |
| 繰延資産の一括償却 | 変わらない | 変わらない | 変わらない |
金銭による増資は、基準資産額と現金・預金の両方に効きます。もっとも確実な手です。
役員借入金の資本への振替えや債務の免除は、負債が減ることで基準資産額が増え、負債の総額の7分の1という要件にも効きます。ただし現金・預金は動きません。
金融機関からの借入れは、現金・預金だけが増えて負債も増えますので、基準資産額は変わらず、7分の1の要件はむしろ厳しくなります。
繰延資産を一括償却しても、基準資産額は変わりません。繰延資産はもともと控除の対象ですので、資産から消えると同時に純資産も減るだけです。
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公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
A. 限りません。基準資産額は、純資産の額から繰延資産と営業権を除いた金額です。創立費や開業費やのれんを計上している場合は、その分だけ小さくなります。
A. 違います。除くのは営業権、すなわち会社計算規則第2編第2章第2節ののれんです。ソフトウエアや特許権は無形固定資産ですが除きません。
A. 違います。会社計算規則74条3項では、繰延税金資産は投資その他の資産に区分されています。繰延という言葉が付いていても、控除の対象である繰延資産ではありません。
A. 増えません。繰延資産はもともと控除の対象ですので、償却しても資産と純資産が同時に減るだけです。基準資産額は変わりません。
A. 労働者派遣事業では、貸借対照表または労働者派遣事業計画書(様式第3号)の資産等の状況の欄です。有料職業紹介事業では有料職業紹介事業計画書(様式第2号)の資産等の状況の欄が使われます。
📄 まとめ
基準資産額は、資産(繰延資産および営業権を除く。)の総額から負債の総額を控除した額です。純資産の額とは一致しません。
繰延資産は会社計算規則74条3項5号に規定するもの、営業権は同規則第2編第2章第2節ののれんを指します。ソフトウエアや繰延税金資産は除きません。
3つの要件は別々に確かめます。基準資産額、負債の総額の7分の1、現金・預金の順に、それぞれ計算してください。
打ち手によって動く数字が違います。金銭による増資は基準資産額と現金・預金の両方に効き、借入れは基準資産額に効きません。
⚖ 本記事の根拠
- 労働者派遣事業関係業務取扱要領 第3(資産(繰延資産および営業権を除く。)の総額から負債の総額を控除した額を基準資産額という。繰延資産とは会社計算規則74条3項5号に規定する繰延資産をいい、営業権とは無形固定資産の1つである会社計算規則第2編第2章第2節ののれんをいう)
- 職業紹介事業の業務運営要領 第3(基準資産額の定義および有料職業紹介事業計画書(様式第2号)の資産等の状況の欄による確認)
- 会社計算規則74条1項(資産の部は流動資産、固定資産、繰延資産に区分する)
- 会社計算規則74条3項5号(繰延資産として計上することが適当であると認められるものは繰延資産に属する)
- 会社計算規則74条3項3号リ(のれんは無形固定資産に属する)、同項4号ホ(繰延税金資産は投資その他の資産に属する)
- 労働者派遣法7条1項4号、職業安定法31条1項1号(財産的基礎の要件)
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。