※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。
会社の価値を測る方法のうち、もっとも直感的なのが純資産法です。貸借対照表の「資産−負債」を出発点にするので、決算書があればすぐに計算できそうに見えます。ところが実際に株価算定で使う時価純資産法では、土地や有価証券の含み損益、帳簿に載っていない負債、含み益にかかる税金の扱いなど、判断の分かれる論点がいくつもあります。
結論からいえば、時価純資産法は「どの資産を、どの時価で、どこまで修正したか」と「含み益の税効果を控除したか」を説明できるかどうかで信頼性が決まります。本記事では、修正項目の洗い出し方、税効果の考え方、架空の数値による計算例、Excelでの修正表の組み方までを順に説明します。
この記事の見出し
純資産法とは|簿価純資産法と時価純資産法の違い
純資産法(コストアプローチ)は、会社が持っている資産から負債を差し引いた純資産をもとに株式の価値を求める方法です。将来の利益やキャッシュ・フローを予測しないため、事業計画がなくても計算でき、結果の検証もしやすいのが特徴です。日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第32号)でも、評価アプローチの一つとして整理されています。
純資産法には、帳簿価額をそのまま使う簿価純資産法と、資産・負債を時価に置き換える時価純資産法があります。時価純資産法はさらに、同じ資産をいま取得するといくらかかるかで測る「再調達時価」と、処分したらいくらで売れるかで測る「清算処分時価」に分かれます。継続して事業を営む会社なら再調達時価、解散や清算を検討している会社なら清算処分時価、というのが基本的な使い分けです。
図1 どの「時価」を使うかで、同じ会社でも結果が変わります
| 手法 | 使う金額 | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 簿価純資産法 | 帳簿価額 | 計算が簡単で客観的 | 含み損益や簿外負債を反映しない |
| 時価純資産法(再調達) | 再調達時価 | 資産の実態を反映できる | 時価の見積りに資料と判断が必要 |
| 時価純資産法(清算) | 処分時の見込み額 | 清算時の手取りを示せる | 処分費用や税金も見込む必要がある |
どの手法を使うかで結果は大きく変わります。全体の中での位置づけは企業価値評価(バリュエーション)とは?手法と進め方の全体像と未上場株式の株価算定はどの方法を使うかもあわせてご覧ください。
時価純資産法の計算の流れ
時価純資産法の手順は、大きく5つに分けられます。まず評価基準日の貸借対照表を入手し、資産を一つずつ時価に修正します。次に、帳簿に計上されていない負債(簿外負債)を加えます。そのうえで含み益にかかる税金を控除するかを検討し、最後に発行済株式数(自己株式を除く)で割って1株当たりの価値を求めます。
図2 資産と負債を一つずつ時価に置き換え、最後に税効果を検討します
実務では、評価基準日を決算日にするか、直近の月次決算にするかを最初に決めます。月次決算を使う場合は、賞与や税金の引当、減価償却が月割りで計上されているかを確認しないと、純資産が実態より大きく見えることがあります。
資産側の修正項目|どの科目から確かめるか
すべての科目を同じ深さで調べる必要はありません。金額が大きいもの、簿価と時価の差が出やすいものから優先して確かめます。中小企業や非上場会社でよく修正が入るのは、売掛金、棚卸資産、土地・建物、有価証券、保険積立金です。
図3 金額が大きく、簿価と時価の差が出やすい科目から確かめます
売掛金は、長期間入金のない債権や、取引先の業績が悪化している債権を減額します。棚卸資産は、長く動いていない在庫や型落ち品を、売れる見込み額まで引き下げます。土地は不動産鑑定評価を取るのが確実ですが、費用と時間がかかるため、路線価や固定資産税評価額から時価を推計することもあります。その場合は、どの方法で推計したかを算定書に書きます。
| 科目 | 修正の方向 | 主な確認資料 | 判断のポイント |
|---|---|---|---|
| 売掛金 | 減額 | 売掛金年齢表、入金実績 | 1年以上回収のない債権の扱い |
| 棚卸資産 | 減額 | 在庫の回転期間、実地棚卸の結果 | 販売見込みのない在庫の有無 |
| 土地 | 増額・減額 | 鑑定評価書、路線価、固定資産税評価額 | 推計方法と補正の根拠 |
| 投資有価証券 | 増額・減額 | 取引残高報告書、発行会社の決算書 | 非上場株式の実質価額 |
| 保険積立金 | 増額が多い | 解約返戻金の通知 | 解約時の返戻金と簿価の差 |
| 繰延資産・のれん | 減額(ゼロ)が多い | 固定資産台帳 | 換金価値があるかどうか |
繰延資産やのれん、換金できない前払費用などは、時価純資産法では価値をゼロとみることが一般的です。ただし、のれんは事業の収益力を表すものでもあるため、純資産法だけで評価すると収益力が価値に入らないことに注意が必要です(のれんの位置づけは子会社株式の取得価額とのれんの関係も参考になります)。
負債側の修正項目|簿外負債を拾う
時価純資産法で見落とされやすいのが負債側です。中小企業では、退職給付引当金を計上していない、賞与や残業代を支払時に費用処理している、といったケースが少なくありません。こうした簿外負債は、評価対象会社が将来支払わなければならない金額なので、純資産から差し引きます。
図4 帳簿にない負債は、計上されている資産の含み益を打ち消すことがあります
退職給付は、退職金規程と従業員名簿から期末自己都合要支給額を計算する簡便的な方法がよく使われます。債務保証や訴訟は、発生する可能性と金額を見積もれるかどうかで扱いが分かれます。金額を見積もれない場合でも、算定書に「評価に含めていない偶発債務」として書いておくと、利用者の判断材料になります。M&Aの場面では、こうした項目は株式価値から譲渡価格を決める際の「負債類似項目」として扱われることも多く、詳しくはM&Aで株式価値から譲渡価格を決める|正常収益力・ネットデット・運転資本の調整で説明します。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
含み損益と税効果の扱い
土地や有価証券に含み益がある場合、その資産を売れば法人税等がかかります。そのため、含み益に実効税率を掛けた金額(税効果相当額)を純資産から控除するかどうかが論点になります。
考え方は二つあります。一つは、含み益は実際に売却しなければ実現せず、事業に使い続ける資産なら税金は発生しないので控除しないという考え方です。もう一つは、買い手の立場からみると含み益を実現する際には税金がかかるので、その分を差し引くべきだという考え方です。清算や資産売却が予定されている場合は控除する方向、事業に使い続ける資産が中心なら控除しない、またはその影響を別に示す、という整理が実務ではよく見られます。
図5 評価の前提(資産を売る予定があるか)と目的によって判断し、算定書に書きます
相続税・贈与税の財産評価では、財産評価基本通達186-2で、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を38%で計算すると定めています。ただしこれは相続税評価額と帳簿価額の差に対する税務上の取扱いで、M&Aや第三者割当で使う時価純資産法の税効果とは目的が異なります。税務上の時価の考え方は非上場株式の評価見直し案もご覧ください。
図6 単位:百万円。含み益(純額)140に実効税率30%を仮定
どちらの考え方を採っても、算定書には「税効果を控除したか」「控除した場合の税率と対象範囲」を必ず書きます。税効果の有無で結果が1割近く変わることも珍しくないため、利用者が比較できるよう両方の数値を示すのも一つの方法です。
計算例|簿価純資産390百万円の会社を時価に直す
架空のA社で計算してみます。A社の貸借対照表は、資産合計830百万円、負債合計440百万円で、簿価純資産は390百万円です。発行済株式数は10,000株(自己株式なし)とします。
| 項目 | 簿価 | 修正額 | 時価 | 根拠(架空) |
|---|---|---|---|---|
| 現預金 | 120 | 0 | 120 | 残高証明書 |
| 売掛金 | 180 | −10 | 170 | 1年超の滞留債権 |
| 棚卸資産 | 150 | −15 | 135 | 滞留在庫の評価減 |
| 土地 | 200 | +180 | 380 | 不動産鑑定評価 |
| 建物 | 100 | −10 | 90 | 経年劣化の反映 |
| 投資有価証券 | 50 | +30 | 80 | 市場価格 |
| 保険積立金 | 30 | +15 | 45 | 解約返戻金 |
| 負債(計上済) | 440 | 0 | 440 | — |
| 簿外負債 | 0 | 50 | 50 | 退職給付40、未払賞与10 |
| 純資産(税効果前) | 390 | +140 | 530 | — |
修正額の合計は、資産側が+190百万円、簿外負債が−50百万円で、差引き+140百万円です。この140百万円に実効税率30%(仮定)を掛けた42百万円を税効果として控除すると、時価純資産は488百万円、1株当たり48,800円になります。税効果を控除しなければ530百万円、1株当たり53,000円です。
図7 単位:百万円。資産減額は売掛金・棚卸資産・建物の合計
この例では、簿価純資産と時価純資産の差(98百万円)の大半が土地の含み益から生じています。土地の時価をどの方法で見積もったかが、結論を左右する最大の要素だということが分かります。
Excelでの修正表の組み方
時価純資産法の計算は、Excelで「1行1科目」の修正表を作ると、検証も説明も楽になります。列は、A:科目、B:簿価、C:修正額、D:時価(=B+C)、E:税効果の対象かどうか、F:根拠資料、の6列が基本です。
図8 1行1科目にし、根拠資料の列を必ず作ります
ポイントは三つです。第一に、修正額は直接時価を打ち込むのではなく、簿価との差額で入れることです。差額で入れておくと、どの科目がいくら動いたかが一目で分かり、上の橋渡し図(ウォーターフォール)もそのまま作れます。第二に、簿外負債は簿価0の行として追加し、修正額にマイナスで入れることです。第三に、税効果は「E列が対象の行の修正額合計×実効税率」をSUMIF関数で計算し、税率は別のセルに置いて参照させることです。税率を変えたときの結果も、セル一つで確かめられます。
| シート | 内容 | チェック |
|---|---|---|
| BS | 評価基準日の貸借対照表(試算表から転記) | 資産合計−負債合計=純資産 |
| 修正表 | 1行1科目の修正額と根拠 | 修正後の合計が要約シートと一致 |
| 要約 | 簿価→時価の橋渡しと1株当たり価値 | 株式数は自己株式を除いているか |
純資産法が向く場面・向かない場面
純資産法は、不動産や有価証券の保有が中心の会社、清算や解散を検討している会社、赤字が続いて将来の利益を見込みにくい会社の評価に向いています。逆に、利益やキャッシュ・フローが伸びている会社や、人材・顧客基盤などの無形の価値が大きい会社では、純資産法だけでは価値を説明しきれません。
図9 収益力のある会社では、純資産法だけでは価値を説明しきれません
そのため実務では、DCF法(DCF法の基本|フリー・キャッシュ・フローの作り方と計算例)や類似会社比較法と組み合わせ、結果をレンジで示すことが多くなります。複数の結果をどうまとめるかは評価手法の併用と重み付け|評価結果をレンジで示す考え方で説明しています。純資産法の結果は、収益性の高い会社では「下限の目安」として使われることもあります。
- 評価基準日の貸借対照表と、月次の引当・償却の計上状況を確認した
- 金額の大きい資産から順に、時価の見積り方法と根拠資料をそろえた
- 退職給付・未払賞与・債務保証など簿外負債の有無を確かめた
- 含み益の税効果を控除するかを、評価の目的と前提から判断した
- 修正表を1行1科目で作り、簿価との差額で修正額を入れた
- 1株当たり価値の計算で、自己株式を除いた株式数を使った
よくある質問
必須ではありません。金額の重要性が低い場合や時間が限られる場合は、路線価や固定資産税評価額から推計することもあります。ただし土地の含み益が結論を大きく左右する場合は、鑑定評価を取るか、推計方法と補正の考え方を算定書に詳しく書くことをおすすめします。
控除すると価値は低くなりますが、売り手と買い手のどちらの立場に立つかで「保守的」の意味は変わります。評価の目的と前提を決め、その前提に合った扱いを選び、控除の有無を明記することが大切です。
一般に一致しません。相続税評価は財産評価基本通達の定めに従って計算するため、土地の評価方法や税効果の割合などが、M&Aや資金調達で使う時価純資産法とは異なります。
最初の一歩は、評価基準日の試算表と固定資産台帳をそろえることです
時価純資産法の作業の多くは、試算表と固定資産台帳、保険証券、有価証券の残高資料、退職金規程といった手元の資料から始まります。まずこれらをそろえ、金額の大きい科目から修正表に並べてみると、どこに含み損益がありそうかの見当がつきます。
まとめ
時価純資産法は、貸借対照表の資産と負債を時価に置き換えて株式の価値を求める方法です。資産側では売掛金・棚卸資産・不動産・有価証券・保険積立金、負債側では退職給付や未払賞与などの簿外負債がよく修正されます。含み益の税効果をどう扱うかは評価の目的と前提によって判断し、その判断を算定書に明記します。Excelでは1行1科目の修正表を作り、簿価との差額で修正額を入れておくと、説明も検証もしやすくなります。
M&Aの交渉、第三者割当やストックオプションの発行、資本政策の検討に使える株価算定書を、公認会計士が作成します。料金の目安は一括30万〜80万円(税別)、期間は2〜6週間です。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
本記事の根拠
- 日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第32号『企業価値評価ガイドライン』の改正について」の公表について
- 国税庁 財産評価基本通達 第8章第1節 株式及び出資(185 純資産価額、186-2 評価差額に対する法人税額等に相当する金額)
免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。
あわせて読みたい