金融商品の注記のうち、金額の一覧よりも作成に手間がかかるのが、流動性リスクと市場リスクの部分です。財務データをそのまま集計しても作れず、契約条件を読み込んだうえで組み替える必要があるためです。
この記事では、上場準備会社がIFRSを任意適用する場面を想定して、流動性リスクの満期分析と、市場リスクの感応度分析について、何をどう集計して注記にするのかを整理します。
- 流動性リスクの満期分析で、帳簿価額ではなく割引前の契約額を使う理由
- 市場リスクの感応度分析の作り方と、変動幅の決め方
- 為替リスク・金利リスク・価格リスクの書き分け
- 上場準備会社でとくに記載が求められやすい論点
📌 リスクの注記は3つの柱で構成する
金融商品から生じるリスクは、信用リスク、流動性リスク、市場リスクの3つに整理されます。それぞれについて、会社がどのようにリスクを管理しているかという定性情報と、期末時点でどの程度のリスクにさらされているかという定量情報を示します。管理体制の説明だけでは足りず、数値だけでも足りないという構造です。
3つのリスクは注記の柱であり、それぞれ定性情報と定量情報の両方が求められます。
定性情報は毎期ほぼ同じ内容になりますが、実際の管理方法と食い違わないよう注意が必要です。規程には四半期ごとの資金繰り検討会が定められているのに実際は行われていないといった状態は、注記の記載そのものが虚偽になりかねません。上場準備の段階では、注記に書ける管理体制を先に作るという順序で考えます。
📌 流動性リスクは満期分析で示す
流動性リスクの中心は、金融負債の満期分析です。期末時点の金融負債について、契約上の残存期間ごとに支払額を区分して示します。ここで使う金額は、財政状態計算書に載っている帳簿価額ではなく、将来支払う予定の割引前の契約上の金額です。したがって借入金であれば将来の利息も含めた金額になります。
割引前の契約上の金額で示す点が、財政状態計算書の帳簿価額と異なります。
期間の区分は、会社の資金繰りの実態に合わせて設定します。1年以内をさらに3か月以内と3か月超に分ける会社も多く、短期の借換えに依存している場合は細かい区分のほうが実態を伝えられます。金額の合計と帳簿価額が一致しないのは当然なので、差が利息であることを注記で補足しておくと読み手に親切です。
あわせて、資金調達の枠組みも説明します。未使用のコミットメントラインの金額、借入契約に付されている財務制限条項の内容と遵守状況は、流動性の実態を伝えるうえで重要です。財務制限条項に抵触するおそれがある場合は、その事実と対応方針を記載します。
📌 市場リスクは感応度分析で示す
市場リスクは、為替リスク、金利リスク、その他の価格リスクの3つに分けて示します。それぞれについて、市場の指標が合理的に起こりうる範囲で変動した場合に、純損益とその他の包括利益がどれだけ変わるかを示すのが感応度分析です。
変動幅は合理的に起こりうる範囲とし、根拠を説明できるようにします。
変動幅は会社が決めますが、根拠が必要です。過去の実績の変動幅を使う、市場のボラティリティを参照するといった方法が一般的で、為替なら数パーセント、金利なら数十ベーシスポイントといった水準がよく見られます。前期と同じ幅を機械的に使い続けるのではなく、市場環境が大きく変わった年度では見直しを検討します。
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📌 上場準備会社で問題になりやすい点
第1に、外貨建取引が少ないという理由で為替リスクの記載を省略してしまう例です。金額が小さければ重要性がないという説明で足りますが、その判断をしたという記録は残しておく必要があります。第2に、変動金利の借入がある場合の金利リスクです。全額が固定金利であれば感応度は限定的ですが、その事実自体を記載します。
第3に、非上場の株式を保有している場合のその他の価格リスクです。市場価格がないため感応度分析が作りにくいのですが、公正価値の算定に使った主要な仮定を変動させた場合の影響として示す方法があります。この場合、公正価値測定の注記と内容が重なるため、どちらに書くかを整理してから作成します。
第4に、資金調達がまだ整っていない段階での流動性リスクの記載です。上場準備会社では、上場による資金調達を前提に事業計画を組んでいることがあります。その場合、資金繰りの前提を注記でどこまで説明するかは、継続企業の前提の記載とも関係するため、監査法人と早めに相談しておくべき論点です。
📊 記載例
流動性リスクと市場リスクの注記の例です。満期分析は割引前の契約上の金額で作ります。
| 区分 | 帳簿価額 | 契約上の金額 | 1年以内 | 1年超5年以内 | 5年超 |
|---|---|---|---|---|---|
| 営業債務 | 2,940 | 2,940 | 2,940 | - | - |
| 借入金 | 5,700 | 5,920 | 1,320 | 4,180 | 420 |
| リース負債 | 1,342 | 1,420 | 380 | 900 | 140 |
| 合計 | 9,982 | 10,280 | 4,640 | 5,080 | 560 |
(市場リスクの感応度)
| 変動の前提 | 影響額 |
|---|---|
| 日本円が対米ドルで1パーセント円高となった場合 | △12 |
| 変動金利による借入金の金利が1パーセント上昇した場合 | △18 |
会社名と数値は架空です。満期分析の合計が帳簿価額と一致しないのは、将来の利息を含めているためです。差の理由を一文添えると誤解を避けられます。
感応度分析は、変動幅を会社が決めます。その幅を選んだ理由を注記に書いておくと、翌期以降に幅を見直すときの説明もしやすくなります。
📁 実際の開示事例
非デリバティブ金融負債の期日別残高を、割引前の契約上のキャッシュ・フローで示している例です。
38.金融商品 (2) 金融商品に係るリスク管理 ② 流動性リスク
当社及び主要な連結子会社は、キャッシュマネジメントシステム及びグループ内融資の活用により、連結有利子負債の削減と流動性リスク軽減に努めております。流動性リスクは、手許流動性を一定水準に維持するとともに、継続的にコミットメントラインを設定することにより管理しております。
当社グループの非デリバティブ金融負債の期日別残高は、以下のとおりです。流動負債のうち、仕入債務及びその他の債務については、支払期日が1年以内であり、かつ帳簿残高と契約上のキャッシュ・フローが一致しているものは下表に含めておりません。
当連結会計年度末(2026年3月31日)の期日別残高(単位:百万円) 区分 契約上のキャッシュ・フロー 1年以内 1年超2年以内 2年超3年以内 3年超4年以内 4年超5年以内 5年超 社債 221,797 31,726 11,601 21,556 31,423 1,320 124,168 借入金 242,932 13,000 33,873 2,420 2,420 19,419 171,798 リース負債 71,736 10,407 8,931 8,187 5,760 4,626 33,822 その他 11,836 44 85 - - - 11,707
出典:味の素株式会社(証券コード2802)「有価証券報告書」(2026年3月期、2026年6月12日提出)連結財務諸表注記 38.金融商品
▶ 読み方 期間の区分を1年きざみで5年まで並べ、その先をまとめています。区分の細かさは会社が決めますが、借換えの集中がある年度を読み手が把握できる粒度にするのが望ましい形です。冒頭の断り書きにも注目してください。仕入債務のうち1年以内で帳簿残高と契約額が一致するものは表から除いており、除いた理由を明示しています。表に載せる範囲を限定したときは、必ずその旨を書きます。リース負債が前期の47,117百万円から71,736百万円に増えている点も、賃借の拡大として読み取れます。
満期分析と感応度分析は、契約条件の読み込みから始まる作業です。集計の仕組みづくりから注記の様式の設計まで、IFRSの導入支援と上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。
❓ よくある質問
A. 問題ありません。満期分析は割引前の契約上の金額で作るため、将来の利息の分だけ帳簿価額より大きくなります。差の内容を注記で補足しておくと誤解を避けられます。
A. 必要です。感応度分析はデリバティブの有無ではなく、市場リスクにさらされている残高の有無で判断します。外貨建の売掛金や変動金利の借入金があれば対象になります。
A. 決まりはありません。合理的に起こりうる範囲であることが要件で、その根拠を説明できることが重要です。過去の変動実績を参照する方法が最も説明しやすい方法です。
📄 まとめ
流動性リスクと市場リスクの注記は、会計帳簿の集計だけでは作れず、契約条件の読み込みと組み替えが必要になります。満期分析は割引前の契約額、感応度分析は合理的に起こりうる変動幅という2つの原則を押さえておけば、様式の設計は難しくありません。
一方で、定性情報として書く管理体制は、実際の運用と一致している必要があります。上場準備の段階では、注記に書ける体制を先に整えるという順序で考えると、記載と実態の乖離を避けられます。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。
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金融商品とリスクの注記
- 金融商品の区分と測定
- 信用リスクと予想信用損失
- 流動性リスクと市場リスク(この記事)
- ヘッジ会計の注記
- 公正価値測定の注記
グループと開示の枠組み
📚 参考(公的な一次情報)
- 連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索)
- 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索)
- 金融商品取引法(e-Gov法令検索) 24条の4の4
- 企業内容等の開示に関する内閣府令(e-Gov法令検索)