IFRSの信用リスクの注記|予想信用損失の3つの段階

日本基準の貸倒引当金は、過去に発生した貸倒実績を基礎に見積るのが基本です。これに対してIFRSは、まだ発生していない将来の損失をあらかじめ見積る予想信用損失という考え方を採ります。実績がない、あるいは貸倒がほとんど発生していない会社であっても、引当金がゼロになることは原則としてありません。

この記事では、上場準備会社が実際に手を動かす場面を想定して、予想信用損失の3つの段階、売上債権に使える簡便法、そして信用リスクの注記で求められる内容を整理します。

この記事でわかること

  • 予想信用損失が3つの段階に分かれる仕組みと、段階ごとの測定期間
  • 売上債権に使える簡便法と、引当率を作るときの実務の手順
  • 信用リスクの注記で書くべき定性情報と定量情報の切り分け
  • 日本基準からの移行で説明を求められやすい論点

📌 損失が起きる前に引き当てる

予想信用損失は、契約上受け取るべきキャッシュ・フローと、実際に受け取ると見込まれるキャッシュ・フローの差額を、現在価値に割り引いた金額です。相手先が延滞しているかどうかにかかわらず、債権を認識した時点から一定の引当金を計上します。過去に一度も貸倒が生じていない会社でも、将来の不履行の確率がゼロではない以上、引当金は計上されます。

この違いは、上場準備の過程で経営層への説明が必要になる代表的な論点です。日本基準では貸倒実績率がゼロに近ければ引当金もほぼゼロですが、IFRSでは業種平均や外部の格付情報などを手がかりに、一定の水準を置くことになります。利益への影響は初年度にまとめて出るため、早い段階で試算しておくことをおすすめします。

📌 3つの段階で測定期間が変わる

一般的な方法では、債権を3つの段階に分けて測定します。当初認識から信用リスクが著しく増加していないものは第1段階として、今後12か月以内に生じうる不履行から発生する損失だけを見積ります。信用リスクが著しく増加したものは第2段階に移り、全期間にわたる損失を見積ります。すでに信用減損が生じているものは第3段階です。

予想信用損失の3つの段階段階状態損失の測定期間利息の計算基礎第1段階当初認識から信用リスクが著しく増加していない12か月帳簿価額の総額第2段階信用リスクが著しく増加したが減損していな全期間帳簿価額の総額第3段階信用減損が生じている全期間貸倒引当金控除後

段階が上がると損失の測定期間が延び、引当金の水準が一段と上がります。

実務で難しいのは、信用リスクが著しく増加したと判断する基準をどこに置くかです。延滞日数を基準にする、外部格付の変動を基準にする、内部の与信ランクの変動を基準にするなど、複数の方法があります。どの基準を採ったのかと、その基準を選んだ理由は注記で説明します。基準を機械的に延滞日数だけに置いた場合、期末直前に信用不安が生じた先を拾えないため、補完的な判断を併用するのが一般的です。

📌 売上債権には簡便法が使える

営業活動から生じる売上債権と契約資産については、段階の判定を行わず、当初から全期間の予想信用損失で測定する簡便法が認められています。段階の管理をしなくてよい分、上場準備会社にとっては実務負担が大きく下がります。多くの会社はこの方法を採用しています。

売上債権の引当率を作る手順滞留期間などの区分ごとに債権を集計する過去の貸倒実績から区分ごとの損失率を算出する将来の景気見通しなど前向きの情報で損失率を調整する調整後の率を期末残高に乗じて貸倒引当金を算定する区分と率の根拠、調整の内容を注記に記載する

売上債権と契約資産は、簡便法により当初から全期間の予想信用損失で測定できます。

簡便法でも、前向きの情報を織り込む必要がある点は変わりません。過去の実績率をそのまま使うのではなく、今後の景気見通しや主要販売先の業況など、期末時点で入手できる情報にもとづいて調整します。調整の幅が小さくても、調整を検討したという事実と、その根拠を残しておくことが重要です。

📌 注記では判断の過程まで示す

信用リスクの注記は、金額の一覧だけでは足りません。読み手が引当水準の妥当性を評価できるように、どのように区分し、どの情報を使い、どのような判断を経てその金額になったのかを説明します。前向きの情報として何を使ったのかは、とくに監査で確認される事項です。

信用リスクの注記で示す情報区分主な内容定性情報信用リスクの管理方針、著しい増加の判定基準、債務不履行の定義、信用減損の判断基定量情報段階別の帳簿価額と引当金、引当金の期中増減、区分別の引当率、信用リスクの集中の状況見積りの説明使用した前向きの情報、主要な仮定、見積りの変更が生じた場合の理由と影響

定性情報が薄いと、定量情報だけでは読み手が引当水準の妥当性を評価できません。

信用リスクの集中についても記載します。特定の販売先に売上債権が偏っている、あるいは特定の業種や地域に偏っているといった状況は、金額の大きさだけでは伝わりません。上場準備会社では販売先が数社に集中していることが珍しくないため、この記載は投資家にとって重要な情報になります。ただし取引先名を記載する必要はなく、割合や区分での表現が一般的です。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

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📌 移行時に整えておくこと

初度適用にあたっては、比較年度の期首時点から予想信用損失を計算する必要があります。つまり適用したい年度の2年前の期首の債権残高と、そこからの実績データが必要になります。過去の貸倒実績を区分別に集計できる状態になっているか、滞留期間別の残高を過去に遡って再現できるかを、早い段階で確認しておきます。

データが不足している場合、外部の統計情報や業種平均を代替として使うことになりますが、その場合は自社の債権の性質と代替情報の適合性を説明できる必要があります。販売管理システムから滞留期間別の残高を出力できるようにしておくだけでも、準備の負担は大きく変わります。

📊 記載例

信用リスクの注記の例です。簡便法を適用した営業債権について、滞留期間別の引当率を示します。

設例 営業債権の予想信用損失

滞留期間別の引当(単位:百万円)
区分 債権残高 平均引当率 貸倒引当金
期日前 3,980 0.2パーセント 8
期日経過30日以内 340 1.0パーセント 3
期日経過30日超90日以内 64 8.0パーセント 5
期日経過90日超 18 60.0パーセント 11
合計 4,402 27

(貸倒引当金の増減)

貸倒引当金の増減(単位:百万円)
項目 金額
期首残高 24
繰入額 9
目的使用 △4
戻入れ △2
期末残高 27

引当率は、過去3年間の貸倒実績率に、将来の経済環境の見通しを反映して算定しております。

会社名と数値は架空です。滞留期間の区分は会社が決めますが、区分ごとの残高と引当率、引当金額の3つを並べる様式が標準です。

過去に貸倒実績がない会社でも、引当率をゼロにはできません。業種の統計や取引先の信用情報を用いて低い率を置き、その根拠を注記の末尾に一文で示します。

📁 実際の開示事例

予想信用損失を3つのステージに分けて残高と引当金を示し、営業債権には簡便法を適用している例です。

実際の開示事例 味の素株式会社(証券コード2802)

38.金融商品 (4) 損失評価引当金 ② 損失評価引当金及び対象となる金融資産に関する定量的及び定性的情報

(一般的なアプローチが適用される金融資産)

償却原価で測定する金融資産及びその他の包括利益を通じて公正価値で測定する負債性金融商品の主な期末残高について、当社グループの内部規程に基づいた信用リスクの分類は以下のとおりです。

当連結会計年度末(2026年3月31日)の残高(単位:百万円)
区分 ステージ1(見積期間12か月) ステージ2(見積期間全期間) ステージ3(見積期間全期間)
未収金 12,511
その他の金融資産 43,649
長期金融資産 5,295 225
その他 1,184

表中の金額は信用リスクに対する最大エクスポージャー(損失評価引当金控除前)を表しております。

上記に対応する損失評価引当金のクラス別増減は以下のとおりです。

損失評価引当金の増減(当連結会計年度、単位:百万円)
項目 ステージ1 ステージ2 ステージ3
期首残高 312 210
増加 0 24
減少 △88 △9
為替換算差額 2
期末残高 227 225

(単純化されたアプローチが適用される金融資産)

償却原価で測定する金融資産の期末残高について、当社グループの内部規程に基づいた信用リスクの分類は以下のとおりです。

信用リスク度合別の残高(単位:百万円)
区分 前連結会計年度 当連結会計年度
信用リスク度合:低 161,279 180,736
信用リスク度合:中 73 803

出典:味の素株式会社(証券コード2802)「有価証券報告書」(2026年3月期、2026年6月12日提出)連結財務諸表注記 38.金融商品

▶ 読み方 一般的なアプローチと単純化されたアプローチを分けて示しているのが要点です。前者は3つのステージごとに残高と引当金の増減を並べ、後者は自社の内部規程による信用リスク度合の区分で残高を示しています。営業債権に簡便法を使う場合、ステージの管理は不要ですが、区分ごとの残高は示すことになります。ステージ2の欄がすべて空欄である点も情報で、信用リスクが著しく増加したと判断した債権がないことを意味します。

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❓ よくある質問

Q. 貸倒が過去に一度もありません。引当金はゼロでよいですか。

A. 原則としてゼロにはなりません。不履行の確率がゼロであると立証するのは困難だからです。実務では、業種の統計や外部格付にもとづく低い率を置き、その根拠を注記で説明する対応が一般的です。

Q. グループ会社に対する貸付金にも予想信用損失を適用しますか。

A. 個別財務諸表では適用します。連結財務諸表では内部取引として消去されるため影響しませんが、個別財務諸表を作成する場合は、子会社の財政状態にもとづく見積りが必要です。

Q. 簡便法と一般的な方法は、併用できますか。

A. できます。売上債権と契約資産に簡便法を適用し、貸付金や預け金には一般的な方法を適用するという運用が通常です。どの資産にどちらを適用したかは会計方針として記載します。

📄 まとめ

予想信用損失は、損失が起きてから引き当てるのではなく、起きる前に見積るという発想の転換を伴います。貸倒実績がない会社ほど、初度適用時の影響と説明の負担が大きくなるため、早い段階での試算が効果的です。

注記では金額の一覧だけでなく、区分の切り方、著しい増加の判定基準、前向きの情報の内容までを示します。これらは会計方針と見積りの注記にまたがるため、記載の重複と漏れが生じやすい領域です。全体の構成を先に決めてから書き始めることをおすすめします。

👤 監修者

公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。

📚 参考(公的な一次情報)

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