IFRS任意適用の準備|適用時期の決定から初度適用まで

日本では、一定の要件を満たす会社が連結財務諸表を指定国際会計基準に従って作成することが認められています。これを任意適用と呼びます。

準備を始めるときに最初に決めるのが適用の時期です。時期が決まると移行日が決まり、その時点の残高を作る作業が始められます。

この記事では、整理すべき論点、差異の洗い出し、初度適用の選択、有価証券報告書での開示、上場準備との関係を整理します。

この記事でわかること

  • 任意適用で最初に整理する5つの論点
  • 準備を6段階で進める順序と、時間がかかる工程
  • 会計処理が変わる差異と表示だけが変わる差異の区別
  • 初度適用で特に検討する6つの項目
  • 初度適用の注記で求められる調整表
  • 上場準備と同時に進めるときの順序
いつからIFRSを適用するか任意適用の時期を検討する海外での資金調達や海外投資家の比率が高いか早期の適用を検討するはいいいえ海外子会社の会計処理を統一したいか早期の適用を検討するはいいいえ上場前に適用したいか申請期の2期前から準備を始めはいいいえ上場後に改めて適用の時期を検討する

図 IFRSの適用時期をどう決めるかの判定

📌 結論 適用の時期を先に決める

日本では、一定の要件を満たす会社が、連結財務諸表を指定国際会計基準に従って作成することが認められています。これを任意適用と呼びます。上場準備の段階から適用する会社もあれば、上場後に移行する会社もあります。

準備を始めるときに最初に決めるのが、適用の時期です。どの事業年度から適用するかが決まると、移行日が決まり、その時点の残高を作る作業が始められます。時期が決まらないまま差異の検討だけを進めると、作業が具体化しません。

任意適用で整理する論点論点内容決めておくこと適用の範囲連結のみか個別も含めるか個別は日本基準のままが一般的適用の時期どの事業年度から適用するか初度適用日と移行日を確定する並行開示適用初年度の前年度の扱い要否と範囲を確認する会社法の計算書類連結計算書類でIFRSを使うか金商法との整合を取る社内の体制誰が作成し誰が確かめるか経理の人員と外部の支援

適用の時期を決めないと、移行日の残高を作る作業が始まらない

🧭 差異の洗い出しに時間がかかる

準備の工程で最も時間を要するのが、日本基準との差異の洗い出しです。自社の取引と資産負債について、IFRSではどう扱われるかを1つずつ確かめていく作業になります。

任意適用の準備を6段階で進める適用の範囲と時期を決める日本基準との差異を洗い出す会計方針を選択し文書にまとめる移行日の財政状態計算書を作る注記に必要な情報を集める仕組みを整える初度適用の注記を作成する

差異の洗い出しに最も時間がかかる。ここを早く始める

差異には、会計処理そのものが変わるものと、表示や注記だけが変わるものがあります。前者は数値に影響するため、システムや業務の変更が必要になることがあります。後者は決算の作業で対応できることが多く、優先順位が違います。

洗い出した差異は一覧にして、影響の大きさと対応の難易度で整理します。影響が大きく対応に時間がかかるものから着手すると、後の工程が詰まりません。

📊 初度適用の選択

IFRSを初めて適用する年度には、遡及適用の原則に対する免除規定が用意されています。過去のすべての取引を遡ってIFRSで処理し直すことは現実的でないため、一定の項目について免除や例外が認められています。

初度適用で特に検討する項目項目なぜ検討が要るか有形固定資産取得原価かみなし原価かを選ぶのれん過去の企業結合を遡及するかを選ぶリース移行日の測定方法を選ぶ収益過去の契約をどこまで遡るかを決める退職給付数理計算上の差異の累計の扱いを決める換算差額在外営業活動体の換算差額の累計を決める

免除規定を使うかどうかで、作業量と数値が大きく変わる

どの免除を使うかによって、作業量と、移行日の数値が変わります。たとえば有形固定資産について、取得時からの取得原価を遡って計算するか、移行日の公正価値をみなし原価とするかで、その後の減価償却費も変わります。

この選択は一度きりであり、後から変更できません。したがって、選択の理由を文書に残しておきます。監査法人との協議でも、選択の妥当性が論点になります。

📊 記載例

初度適用の年度に求められる、日本基準からIFRSへの調整表の例です。

設例 資本に対する調整(移行日)

資本の調整(単位:百万円)
項目 金額
日本基準の純資産合計 12,480
のれんの償却の取消し 320
開発費の資産化 180
リースの資産および負債の認識 △45
有給休暇に係る負債の認識 △96
上記に係る法人所得税の影響 12
IFRSの資本合計 12,851

調整表は資本と包括利益の両方について作ります。各項目には注記番号を付し、内容の説明へつなぎます。

会社名と数値は架空です。調整項目は金額の大きい順ではなく、性質ごとにまとめて示すと読みやすくなります。

金額だけを並べるのではなく、なぜその調整が生じたのかを項目ごとに説明する欄を設けることが求められます。移行日と前年度末の2時点について作る必要があるため、適用したい年度の2年前からデータをそろえておく必要があります。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

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📁 実際の開示事例

任意適用の会社が、準拠性と適用の根拠をどう書いているかの例です。

実際の開示事例 味の素株式会社(証券コード2802)

2.作成の基礎 (1) 連結財務諸表がIFRS会計基準に準拠している旨

当社グループの連結財務諸表は、国際会計基準審議会によって公表されたIFRS会計基準に準拠して作成しております。当社グループは、連結財務諸表規則第1条の2に掲げる指定国際会計基準特定会社の要件を満たしていることから、同第312条の規定を適用しております。

任意適用の会社が注記で示す事項
項目 この事例での記載
準拠する基準 国際会計基準審議会が公表したIFRS会計基準
適用の根拠となる規則 連結財務諸表規則第1条の2および第312条
適用できる会社の区分 指定国際会計基準特定会社
表示通貨と単位 日本円、百万円単位、百万円未満は切捨て

出典:味の素株式会社(証券コード2802)「有価証券報告書」(2026年3月期、2026年6月12日提出)連結財務諸表注記 2.作成の基礎

▶ 読み方 1文だけの短い記述ですが、任意適用の要件がすべて含まれています。日本の会社がIFRSで有価証券報告書を作るには、連結財務諸表規則にいう指定国際会計基準特定会社の要件を満たす必要があり、その事実をここで宣言しています。要件には、IFRSによる連結財務諸表の適正性を確保する体制の整備などが含まれます。上場準備会社がIFRSの任意適用を目指す場合、体制の整備を申請前に終えておく必要があり、この1文を書けるかどうかが準備の到達点になります。準拠している旨は、すべての要求事項を満たす場合にのみ書ける点にも注意してください。

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🗂 有価証券報告書での開示

任意適用を開始すると、有価証券報告書の経理の状況の記載が変わります。連結財務諸表はIFRSに従って作成し、個別財務諸表は日本基準のままとするのが一般的な形です。

適用初年度には、初度適用に関する注記が必要になります。日本基準からIFRSへの移行が財政状態、経営成績、キャッシュ・フローに与えた影響を、調整表の形で示すという内容です。

この調整表は、移行日と前年度末の資本、前年度の包括利益について作成します。日本基準の数値からIFRSの数値への調整を、項目ごとに示すため、差異の洗い出しの結果がそのまま反映されます。差異の一覧を丁寧に作っておくと、この注記の作成が楽になります。

⚖️ 上場準備との関係

上場準備の段階でIFRSを適用する場合、申請書類の作成と初度適用の作業が同時に進みます。負荷が集中するため、どちらを先に進めるかの計画が必要です。

実務としては、日本基準で決算を締められる体制を先に作り、その上でIFRSへの移行を進めるという順序が安全です。IFRSの適用を優先して日本基準の決算体制が固まらないと、監査そのものが進みません。

また、IFRSを適用するかどうかは、事業の性質や海外投資家の比率、同業他社の状況を踏まえて判断します。適用すれば作業は確実に増えるため、適用によって何を得たいのかを整理してから決めます。海外での資金調達や海外企業との比較可能性が目的であれば意味がありますが、なんとなく先進的だからという理由では、負担に見合いません。

❓ よくある質問

Q. 任意適用は連結だけですか

A. 連結財務諸表に適用し、個別財務諸表は日本基準のままとするのが一般的な形です。

Q. 最初に決めることは何ですか

A. 適用の時期です。時期が決まると移行日が決まり、その時点の残高を作る作業が始められます。

Q. 準備で一番時間がかかるのはどこですか

A. 日本基準との差異の洗い出しです。自社の取引と資産負債について、IFRSではどう扱われるかを1つずつ確かめる作業になります。

Q. 差異はどう整理しますか

A. 会計処理が変わるものと表示や注記だけが変わるものに分けます。前者はシステムや業務の変更が必要になることがあり、優先順位が違います。

Q. 初度適用の免除規定とは何ですか

A. 過去のすべての取引を遡って処理し直すことは現実的でないため、一定の項目について免除や例外が認められています。

Q. 免除を使うかどうかで何が変わりますか

A. 作業量と移行日の数値が変わります。選択は一度きりで後から変更できないため、理由を文書に残します。

Q. 初度適用の注記では何を書きますか

A. 日本基準からIFRSへの移行が財政状態、経営成績、キャッシュ・フローに与えた影響を、調整表の形で示します。

Q. 上場準備と同時に進められますか

A. 負荷が集中します。日本基準で決算を締められる体制を先に作り、その上で移行を進める順序が安全です。

📄 まとめ

任意適用ではまず適用の時期を決めます。時期が決まらないと移行日の残高を作る作業が始まりません。

差異の洗い出しに最も時間がかかります。会計処理が変わるものと表示だけが変わるものを分けて優先順位をつけます。

初度適用の免除規定の選択で、作業量と数値が変わります。一度きりの選択なので理由を文書に残します。

初度適用の注記では、日本基準からIFRSへの調整表を作ります。差異の一覧を丁寧に作っておくと作成が楽になります。

上場準備と同時に進めるときは、日本基準の決算体制を先に固めます。適用の目的も整理してから判断します。

👤 監修者

公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の制度設計や運用にあたっては、監査法人および主幹事証券会社にご確認ください。

📚 参考(公的な一次情報)

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