ストック・オプションの注記は、上場準備会社にとって避けて通れない注記です。ほとんどの会社が申請の数年前から新株予約権を発行しているためです。
条文は2本あります。財務諸表等規則8条の14が費用計上額などの金額、8条の15が内容、規模及びその変動状況です。金額の注記と、明細の注記が分かれています。
そして上場準備会社にとって最も重要なのが、8条の15が未公開企業のために置いている特則です。この記事では、2つの条文を確かめたうえで、記載例と、上場会社の実際の開示事例を示します。
- ストック・オプションの注記が2本の条文に分かれている理由
- 内容、規模及びその変動状況として書く項目
- 公開前と公開後のストック・オプションを集約できない理由
- 未公開企業が使える本源的価値による算定
- 上場会社の実際の開示事例と、その読み方
この記事の見出し
📌 結論 金額の注記と明細の注記に分かれている
金額の注記です。次の8条の15が内容と規模の注記で、この2本立てになっています。
財務諸表等規則8条の14第1項は、ストック・オプション若しくは自社株式オプションを付与又は自社の株式を交付している場合には、次の各号に掲げる事項を注記しなければならない、としています。ただし、別段の定めがある場合はこの限りでない、という但し書きが付いています。
第1号が役務の提供を受けた場合の費用計上額及び科目名です。ストック・オプションを役員や従業員に付与し、その対価として労務の提供を受けている場合がこれにあたります。株式報酬費用という科目で販売費及び一般管理費に計上するのが通例です。
第2号は財貨を取得した場合です。第3号は権利不行使による失効が生じた場合に、利益として計上した金額を書くものです。新株予約権戻入益がこれにあたります。
なお第2項により、これらの事項は連結財務諸表を作成している場合には個別の注記では記載を要しません。
🧭 内容、規模及びその変動状況
権利確定条件が付されていない場合はその旨を、対象勤務期間の定めがない場合はその旨を書きます。
8条の15第1項は、前条の規定のほか、ストック・オプションの内容、規模及びその変動状況として次の各号に掲げる事項を注記しなければならない、としています。前条とは8条の14です。金額に加えて、明細を求めているわけです。
数の変動は、権利確定前と権利確定後に分けて書きます。権利確定前は、前事業年度末の未確定残から始めて、付与、失効、権利確定を経て当事業年度末の未確定残に至る流れです。権利確定後は、前事業年度末の未行使残から始めて、権利確定、権利行使、失効を経て当事業年度末の未行使残に至ります。
条文は、株式の種類別のストック・オプションの数、という言い方をしています。新株予約権の個数ではなく、株式数に換算して書くのが実務です。1個の新株予約権で100株取得できるなら、100倍した数を書きます。
第2項は、この注記を契約単位で記載する方法か、複数契約を集約して記載する方法のいずれかで書くことを求めています。決議年月日ごとに列を立てる書き方が契約単位です。
📄 記載例
(ストック・オプション等関係)
1 ストック・オプションにかかる費用計上額及び科目名 該当事項はありません。
2 ストック・オプションの内容、規模及びその変動状況
(1)ストック・オプションの内容
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 決議年月日 | 2024年◯月◯日 |
| 付与対象者の区分及び人数 | 当社取締役◯名、当社従業員◯名 |
| 株式の種類別のストック・オプションの数 | 普通株式◯◯株(注)1 |
| 付与日 | 2024年◯月◯日 |
| 権利確定条件(注)2 | - |
| 対象勤務期間 | 定めはありません |
| 権利行使期間 | 20◯◯年◯月◯日から20◯◯年◯月◯日まで |
(注)1 株式数に換算して記載しております。
(注)2 権利行使時において当社または当社関係会社の取締役、監査役または従業員であることを要します。
(2)ストック・オプションの規模及びその変動状況
| 区分 | 前事業年度末 | 付与 | 失効 | 権利確定 | 権利行使 | 残高 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 権利確定前(株) | ◯◯ | - | - | - | - | 未確定残◯◯ |
| 権利確定後(株) | - | - | - | - | - | 未行使残- |
| 単価情報 | 権利行使価額◯◯円 | - | - | - | 行使時平均株価- | 付与日における公正な評価単価- |
会社名と数値は架空です。該当がない欄はハイフンで示します。費用計上額がない場合も、該当事項はありませんと書いて欄を残します。
費用計上額がゼロでも、注記の見出しは残します。該当事項はありません、と書くことで、検討したうえでゼロだったことを示せます。
上場準備では、過去に発行した新株予約権の条件を洗い直し、公正な評価単価の算定根拠を整え、注記の明細をつくる作業がまとめて発生します。付与日ごとの条件整理、本源的価値による算定の可否の検討、失効数の見積方法の設定、監査法人への説明資料まで通してお受けします。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。
📊 公開前と公開後は集約できない
第2号が上場準備会社に直接ひびきます。公開前と公開後をひとつの表にまとめることはできません。
第3項は、前項の規定にかかわらず、次の各号に掲げるストック・オプションについては、複数契約を集約して記載してはならない、としています。集約が禁じられる場合を3つ挙げています。
上場準備会社に直接ひびくのが第2号です。株式の公開前に付与したストック・オプションと公開後に付与したストック・オプション、と書かれています。この2つをひとつの表にまとめることはできません。
理由は公正な評価単価の算定方法が違うからです。公開前は市場株価がないため、後述する本源的価値による算定が認められます。公開後は市場株価があるので、通常はブラック・ショールズ式などの算定技法で公正な評価単価を出します。性質の異なるものを混ぜると、読み手が誤解します。
第1号は、付与対象者の区分、権利確定条件の内容、対象勤務期間及び権利行使期間が概ね類似しているとはいえないものです。第3号は、権利行使価格の設定方法が著しく異なるものです。有償ストック・オプションと無償ストック・オプションを混ぜられないのは、この号によります。
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🏷 未公開企業の特則
未公開企業には、公正な評価単価を本源的価値で算定する道が用意されています。上場すると使えなくなります。
8条の15は、未公開企業がストック・オプションを付与している場合には、公正な評価単価の見積方法として、その価値を算定する基礎となる自社の株式の評価方法について記載しなければならない、としています。株式の評価方法そのものを書かせる規定です。
そして、ストック・オプションの単位当たりの本源的価値による算定を行った場合の注記も定めています。条文は本源的価値を、ストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値であり、当該時点におけるストック・オプションの原資産である自社の株式の評価額と行使価格との差額をいう、と定義しています。
書くのは2つです。事業年度末における本源的価値の合計額と、当該事業年度において権利行使されたストック・オプションの権利行使日における本源的価値の合計額です。
実務では、株式の評価額と行使価格が同額であれば本源的価値はゼロになり、公正な評価単価もゼロになります。この場合、費用計上額は発生しません。上場準備会社が公開前に付与した新株予約権で、この形をとっている例が多く見られます。
3 ストック・オプションの公正な評価単価の見積方法
ストック・オプション付与日時点において、当社は未公開企業であるため、公正な評価単価を本源的価値により算定しております。なお、本源的価値は以下のとおりです。
(1)1株当たり評価方法及び1株当たりの評価額 ◯◯法 ◯◯円
(2)新株予約権の行使価格 ◯◯円
算定の結果、株式の評価額が新株予約権の行使時の払込額と同額のため単位当たりの本源的価値はゼロとなり、ストック・オプションの公正な評価単価もゼロと算定しております。
4 ストック・オプションの権利確定数の見積方法
基本的には、将来の失効数の合理的な見積りは困難であるため、実績の失効数のみ反映させる方法を採用しております。
5 単位当たりの本源的価値による算定を行う場合の本源的価値の合計額
(1)当事業年度末における本源的価値の合計額 -円
(2)当事業年度に権利行使されたストック・オプションの権利行使日における本源的価値の合計額 -円
会社名と数値は架空です。株式の評価方法と評価額、行使価格を並べ、差額がゼロであることから公正な評価単価がゼロになる筋道を示します。
📁 実際の開示事例
未公開の子会社が付与したストック・オプションについて、本源的価値により算定している例です。上場準備会社が公開前に付与した新株予約権と同じ構造です。
(ストック・オプション等関係)
1 ストック・オプションにかかる費用計上額及び科目名 該当事項はありません。
3 ストック・オプションの内容、規模及びその変動状況
ストック・オプションの内容 項目 内容 決議年月日 2024年3月11日 付与対象者の区分及び人数 同社取締役2名、同社従業員44名 株式の種類別のストック・オプションの数(注)1 普通株式5,599株 付与日 2024年4月1日 対象勤務期間 対象勤務期間の定めはありません 権利行使期間 2033年4月1日から2033年6月30日 (注)1 株式数に換算して記載しております。
ストック・オプションの規模及びその変動状況 区分 前連結会計年度末 付与 失効 権利確定 権利行使 残高 権利確定前(株) 5,599 - - - - 未確定残5,599 権利確定後(株) - - - - - 未行使残- 単価情報 権利行使価額1円 - - - 行使時平均株価- 付与日における公正な評価単価- 4 ストック・オプションの公正な評価単価の見積方法
ストック・オプション付与日時点において、当該子会社は未公開企業であるため、公正な評価単価を本源的価値により算定しております。
算定の結果、株式の評価額が新株予約権の行使時の払込額と同額のため単位当たりの本源的価値はゼロとなり、ストック・オプションの公正な評価単価もゼロと算定しております。
5 ストック・オプションの権利確定数の見積方法 基本的には、将来の失効数の合理的な見積りは困難であるため、実績の失効数のみ反映させる方法を採用しております。
6 単位当たりの本源的価値による算定を行う場合の当連結会計年度末における本源的価値の合計額及び当連結会計年度に権利行使されたストック・オプションの権利行使日における本源的価値の合計額 (1)-円 (2)-円
出典:株式会社ブルーゾーンホールディングス「有価証券報告書」(2026年3月期、2026年6月17日提出)連結財務諸表 注記事項(連結)(ストック・オプション等関係) ※内容の一部を抜粋し、権利確定条件の詳細は省略しています
▶ 読み方 4つの点が参考になります。第1に、費用計上額がゼロでも見出しを残し、該当事項はありませんと書いていること。第2に、株式数に換算して記載している旨を注記で明示していること。第3に、対象勤務期間の定めがない場合に、定めはありませんと書いていること。条文が、定めがない場合にはその旨、と求めているためです。第4に、公正な評価単価がゼロになる筋道を、株式の評価額と払込額が同額であるという事実から説明していることです。
⚖️ 上場準備での論点
上場準備で最初に問題になるのは、過去に発行した新株予約権の条件が整理されていないことです。募集要項、取締役会議事録、割当契約書を突き合わせると、権利確定条件の文言が資料ごとに違うことがあります。注記に書く条件は割当契約書の文言に合わせます。
次に多いのが、株式数への換算漏れです。新株予約権1個あたりの目的となる株式数は、株式分割のたびに調整されます。分割を経ている会社では、付与時の個数に現在の換算比率を掛けた数を書く必要があります。
本源的価値による算定は、未公開企業の間だけの取扱いです。上場後に付与するストック・オプションには使えません。上場を挟む期の注記では、公開前に付与したものと公開後に付与したものを別の表にします。
権利確定数の見積方法も忘れがちです。将来の失効数の合理的な見積りは困難であるため、実績の失効数のみ反映させる方法、という書き方が実務で定着していますが、方針として書くことが求められています。
なお、有償ストック・オプションを発行している場合は、権利行使価格の設定方法が著しく異なるため、無償のものと集約できません。実務対応報告第36号の取扱いも別に確認が必要です。
❓ よくある質問
A. 財規8条の14と8条の15の2本です。前者が費用計上額などの金額、後者が内容、規模及びその変動状況です。
A. 8条の15の明細は必要です。金額の注記は、該当事項はありませんと書いて見出しを残すのが実務です。
A. 条文は株式の種類別のストック・オプションの数としています。実務では株式数に換算し、その旨を注記します。
A. 書けません。8条の15第3項第2号が、集約してはならないものとして明示しています。
A. 権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値で、その時点の自社株式の評価額と行使価格との差額です。条文が定義しています。
A. 公正な評価単価の見積方法として、その価値を算定する基礎となる自社の株式の評価方法を書きます。本源的価値による算定を行った場合は、期末と権利行使日の本源的価値の合計額も書きます。
A. その旨を書きます。対象勤務期間の定めがない場合も同じで、定めはありませんと書きます。
A. いずれの条文も、連結財務諸表を作成している場合には個別で記載を要しないとしています。連結の注記に書きます。
📄 まとめ
ストック・オプションの注記は財規8条の14と8条の15の2本立てです。金額の注記と、内容、規模及びその変動状況の注記に分かれています。
数は株式数に換算し、権利確定前と権利確定後に分けて変動を書きます。付与日、権利確定条件、対象勤務期間、権利行使期間、権利行使価格、公正な評価単価が並びます。
公開前に付与したものと公開後に付与したものは集約できません。上場を挟む期は表を分けてください。
未公開企業には本源的価値による算定が認められています。株式の評価額と行使価格が同額なら本源的価値はゼロとなり、費用計上額も発生しません。この筋道を注記で示します。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事に掲載した実際の開示事例は、各社が金融商品取引法にもとづき公衆縦覧に供している有価証券報告書からの引用です。設例として示した文例は、条文の記載事項を確認するために当事務所が作成したもので、会社名と数値は架空です。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の注記の作成にあたっては、監査法人にご確認ください。
📚 参考(公的な一次情報)
- 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索) 8条の14、8条の15
- 連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索)
- 企業会計基準委員会(ASBJ) ストック・オプション等に関する会計基準および適用指針
- EDINET(金融庁) 引用した有価証券報告書はここで閲覧できます
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