退職給付の注記は、上場準備で外部の専門家に頼ることになる数少ない注記です。退職給付債務の計算そのものを年金数理人に依頼するためで、会社側は出てきた数字を注記の形に組み直す作業を担います。
条文は3つに分かれています。確定給付制度が財務諸表等規則8条の13、確定拠出制度が8条の13の2、複数事業主制度が8条の13の3です。
この記事では、3つの条文を確かめたうえで、記載例と、上場会社の実際の開示事例を示します。
- 退職給付の注記が3つの条文に分かれている理由
- 確定給付制度で書く8つの事項
- 退職一時金だけの会社が書かなくてよいもの
- 簡便法を適用している場合の書き方
- 上場会社の実際の開示事例と、その読み方
この記事の見出し
📌 結論 採用している制度で書く条文が決まる
採用している制度によって書く条文が変わります。3つとも採用している会社は3つとも書きます。
財務諸表等規則8条の13第1項は、退職給付に関し、確定給付制度を採用している場合には、次の各号に掲げる事項を注記しなければならない、としています。
確定給付制度は、括弧書きで確定拠出制度以外の退職給付制度と定義されています。そして確定拠出制度のほうは、一定の掛金を会社等以外の外部に積み立て、当該会社等が当該掛金以外に退職給付に係る追加的な拠出義務を負わない退職給付制度と定義されています。
追加的な拠出義務を負うかどうかが分かれ目です。退職一時金制度も、社外に積み立てていない以上は追加的な拠出義務を負いますから、確定給付制度に入ります。上場準備会社の多くはこの形です。
いずれの条文にも、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には記載することを要しない、という定めがあります。連結の注記に書きます。連結の条文は連結財務諸表規則15条の8、15条の8の2、15条の8の3です。
🧭 確定給付制度で書く8つの事項
第3号と第6号は年金資産がある会社だけです。退職一時金だけの会社は書く欄がありません。
第2号と第3号が調整表です。期首残高から始めて、増減の内訳を並べ、期末残高で終わる形になります。条文は含めるべき項目を列挙していますが、これは最低限であって、会社の実情に応じた項目を足してかまいません。
第4号は、退職給付債務および年金資産の期末残高と、貸借対照表に計上された退職給付引当金および前払年金費用との調整表です。ここで注記の数字と貸借対照表の数字がつながります。
第7号の数理計算上の計算基礎は、割引率と長期期待運用収益率です。近年は金利上昇を受けて割引率が大きく動いており、前期と当期で数値が変わっている会社が目立ちます。
なお第2項により、第2号ヘ、第3号ホ、第5号ヘに掲げるその他の項目に属する項目については、その金額に重要性が乏しいと認められる場合を除き、当該項目を示す名称を付して掲記しなければならない、とされています。その他でまとめずに、中身の名称を書きなさい、という趣旨です。
📄 記載例
(退職給付関係)
1 採用している退職給付制度の概要
当社は、従業員の退職給付に充てるため、非積立型の確定給付制度として、退職一時金制度を採用しております。
2 確定給付制度
(1)退職給付債務の期首残高と期末残高の調整表
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 退職給付債務の期首残高 | ◯◯千円 |
| 勤務費用 | ◯◯ |
| 利息費用 | ◯◯ |
| 数理計算上の差異の発生額 | △◯◯ |
| 退職給付の支払額 | △◯◯ |
| 退職給付債務の期末残高 | ◯◯ |
(2)退職給付債務の期末残高と貸借対照表に計上された退職給付に係る負債の調整表
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 非積立型制度の退職給付債務 | ◯◯千円 |
| 貸借対照表に計上された負債と資産の純額 | ◯◯ |
| 退職給付に係る負債 | ◯◯ |
(3)退職給付費用及びその内訳項目の金額
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 勤務費用 | ◯◯千円 |
| 利息費用 | ◯◯ |
| 数理計算上の差異の費用処理額 | ◯◯ |
| 確定給付制度に係る退職給付費用 | ◯◯ |
(4)数理計算上の計算基礎に関する事項
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 割引率 | ◯.◯◯パーセント |
| 予想昇給率 | ◯.◯◯パーセント |
会社名と数値は架空です。年金資産がないので、年金資産の調整表と長期期待運用収益率の欄はありません。非積立型という言葉を制度の概要に入れておくと、読み手が表の少なさを理解できます。
退職一時金だけの会社は、この4つの表で足ります。年金資産の調整表と長期期待運用収益率は、そもそも対象がないため書きません。
上場準備では、簡便法から原則法への切り替え、年金数理人への依頼と計算基礎の妥当性の検討、注記と貸借対照表の突合、監査法人への説明資料づくりが同時に発生します。制度の洗い出しから注記の完成まで通してお受けします。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援を行っている公認会計士・税理士が直接対応します。初回のご相談は無料です。
📊 制度の形で書く範囲が変わる
上場準備会社でいちばん多いのが1行目の形です。年金資産がないので表が2つ減ります。
確定拠出制度については、8条の13の2が3つの事項を求めています。確定拠出制度の概要、確定拠出制度に係る退職給付費用の額、その他の事項です。表は要りません。要拠出額を1行書けば足ります。
複数事業主制度は、8条の13の3が2つの場合に分けています。財務諸表提出会社の年金資産の額を合理的に算定できる場合は、制度の概要と8条の13第1項第2号から第8号までの事項を書きます。合理的に算定できない場合は、制度の概要、退職給付費用の額、直近の積立状況、掛金や加入人数または給与総額に占める自社の割合の4つを書きます。
総合型の厚生年金基金に加入している会社はこの3つ目にあたることが多く、上場準備で見落とされがちです。基金から送られてくる資料に積立状況が載っていますので、そこから拾います。
3 簡便法を適用した確定給付制度
(1)簡便法を適用した制度の、退職給付に係る負債の期首残高と期末残高の調整表
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 退職給付に係る負債の期首残高 | ◯◯千円 |
| 退職給付費用 | ◯◯ |
| 退職給付の支払額 | △◯◯ |
| 退職給付に係る負債の期末残高 | ◯◯ |
(2)退職給付に係る負債の期末残高と貸借対照表に計上された退職給付に係る負債の調整表
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 非積立型制度の退職給付債務 | ◯◯千円 |
| 貸借対照表に計上された負債と資産の純額 | ◯◯ |
(3)退職給付費用
簡便法で計算した退職給付費用 ◯◯千円
会社名と数値は架空です。原則法の制度と簡便法の制度の両方がある場合は、番号を分けて別の項目として並べます。混ぜて書くことはできません。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
初回のご相談は無料です。お問い合わせはこちら
🏷 数字は貸借対照表と必ず一致する
注記の数字は、貸借対照表の退職給付に係る負債と必ず一致します。ここが合わないまま提出しないでください。
注記づくりでいちばん多い誤りは、注記の期末残高と貸借対照表の退職給付に係る負債が一致していないことです。年金数理人から届いた計算結果をそのまま転記すると、期ずれや会社が独自に計上した部分が漏れて合わなくなります。
第4号の調整表は、まさにこの突合のためにあります。退職給付債務から年金資産を引き、未認識の項目を加減して、貸借対照表の金額にたどり着く道筋を示す表です。ここが合っていれば、他の表も自然に整います。
計算基礎のうち割引率は、期末の安全性の高い債券の利回りをもとに決めます。会社が勝手に決めるものではなく、年金数理人が市場データから算定します。前期と大きく変わったときは、数理計算上の差異が大きく出ますので、費用処理の年数とあわせて監査法人に説明できるようにしておいてください。
📁 実際の開示事例
非積立型の退職一時金制度に、選択制の確定拠出年金を組み合わせている例です。上場準備会社にいちばん近い形です。
(退職給付関係)
1 採用している退職給付制度の概要
当社及び国内連結子会社は、従業員の退職給付に充てるため、非積立型の確定給付制度として、退職一時金制度を採用しております。また、それらに加え選択制確定拠出年金制度を導入しております。
2 確定給付制度
(1)退職給付債務の期首残高と期末残高の調整表(簡便法を適用した制度を除く。)
退職給付債務の期首残高と期末残高の調整表(単位:千円) 項目 前連結会計年度 当連結会計年度 退職給付債務の期首残高 1,327,829 1,253,424 勤務費用 146,995 144,178 利息費用 15,298 25,179 数理計算上の差異の発生額 △161,620 △220,059 退職給付の支払額 △75,078 △90,035 退職給付債務の期末残高 1,253,424 1,112,687 (2)退職給付債務の期末残高と連結貸借対照表に計上された退職給付に係る負債の調整表
退職給付債務の期末残高と連結貸借対照表の調整表(単位:千円) 項目 前連結会計年度 当連結会計年度 非積立型制度の退職給付債務 1,253,424 1,112,687 退職給付に係る負債 同額 同額 (6)数理計算上の計算基礎に関する事項 主要な数理計算上の計算基礎
主要な数理計算上の計算基礎 項目 前連結会計年度 当連結会計年度 割引率 1.42から2.33パーセント 3.16から3.48パーセント 予想昇給率 0.00から3.62パーセント 0.00から3.62パーセント 3 確定拠出制度
当社及び国内連結子会社の選択制確定拠出制度への要拠出額は、前連結会計年度18,058千円、当連結会計年度17,545千円であります。
出典:株式会社ハニーズホールディングス「有価証券報告書」(2026年5月期、2026年8月24日提出)連結財務諸表 注記事項(連結)(退職給付関係) ※調整表の一部を抜粋しています
▶ 読み方 4つの点が参考になります。第1に、制度の概要で非積立型と明示していること。これにより年金資産の表がないことの説明になります。第2に、調整表の見出しに簡便法を適用した制度を除くと書いて、原則法の範囲を限定していること。第3に、割引率が1.42から2.33パーセントから3.16から3.48パーセントへ大きく上がり、その結果として数理計算上の差異が220,059千円の債務減少方向に出ていること。金利上昇が注記の数字に表れた例です。第4に、確定拠出制度を別項目に立てて要拠出額だけを書いていることです。
⚖️ 上場準備での論点
上場準備で最初に問題になるのは、簡便法から原則法への切り替えです。従業員300人未満などの小規模企業は簡便法を使えますが、上場準備の過程で人数が増え、原則法に移らざるを得なくなる会社が出ます。切り替えの期は会計方針の変更として扱われ、過去にさかのぼった影響額の算定が必要になります。
次に多いのが、退職金規程と実際の支給実績のずれです。年金数理人は規程どおりに計算しますから、規程にない慣行的な上乗せがあると債務が漏れます。上場審査でも規程の整備状況は見られますので、注記の前に規程そのものを点検してください。
中小企業退職金共済に加入している会社も注意が要ります。中退共は掛金拠出後に会社が追加的な義務を負わないため確定拠出制度として扱われますが、退職一時金制度と併用している場合は、どこまでが中退共でどこからが自社負担かを制度の概要で切り分けて書く必要があります。
連結財務諸表を作成している場合、個別の注記は要りません。ただし、上場準備の初年度に連結を作り始めた会社では、前期は個別に書いて当期は連結に書く、という移り方になります。比較のために前期の個別注記を残すかどうか、監査法人と決めておいてください。
❓ よくある質問
A. 確定給付制度が財規8条の13、確定拠出制度が8条の13の2、複数事業主制度が8条の13の3です。連結は連結財規15条の8、15条の8の2、15条の8の3です。
A. 制度の概要、退職給付債務の調整表、貸借対照表との調整表、退職給付費用の内訳、計算基礎です。年金資産がないので年金資産の調整表と長期期待運用収益率は書きません。
A. 制度の概要と、確定拠出制度に係る退職給付費用の額です。表は要りません。
A. 混ぜません。項目を分けて、簡便法を適用した制度として別に記載します。原則法の調整表の見出しにも、簡便法を適用した制度を除く旨を書きます。
A. 複数事業主制度にあたります。自社の年金資産の額を合理的に算定できない場合は、制度の概要、退職給付費用の額、直近の積立状況、掛金などに占める自社の割合を書きます。
A. 期末の安全性の高い債券の利回りをもとに年金数理人が算定します。会社が任意に決めるものではありません。
A. 金額に重要性が乏しい場合を除き、項目を示す名称を付して掲記しなければならないとされています。中身の名称を書いてください。
A. 連結財務諸表を作成している場合、個別では記載を要しません。連結の注記に書きます。
📄 まとめ
退職給付の注記は3つの条文に分かれています。確定給付制度が財規8条の13、確定拠出制度が8条の13の2、複数事業主制度が8条の13の3です。
確定給付制度で求められるのは8つの事項です。ただし年金資産がない会社は、年金資産の調整表と長期期待運用収益率を書きません。
簡便法を適用している制度は、原則法の制度と項目を分けて書きます。
上場準備では、簡便法から原則法への切り替えと、退職金規程の点検が要点になります。注記の期末残高が貸借対照表と一致していることを必ず確かめてください。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区入谷)。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンス、企業価値評価、IFRS影響度調査、不正調査、フォレンジックに携わりました。現在は上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援、内部統制の導入と内部監査対応、新収益認識基準やIFRSの導入支援、社内諸規程の整備を行っています。
本記事に掲載した実際の開示事例は、各社が金融商品取引法にもとづき公衆縦覧に供している有価証券報告書からの引用です。設例として示した文例は、条文の記載事項を確認するために当事務所が作成したもので、会社名と数値は架空です。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。実際の注記の作成にあたっては、監査法人にご確認ください。
📚 参考(公的な一次情報)
- 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索) 8条の13、8条の13の2、8条の13の3
- 連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(e-Gov法令検索) 15条の8、15条の8の2、15条の8の3
- 企業会計基準委員会(ASBJ) 退職給付に関する会計基準
- 企業会計基準委員会(ASBJ)適用指針一覧 退職給付に関する会計基準の適用指針
- EDINET(金融庁) 引用した有価証券報告書はここで閲覧できます
あわせて読みたい