孫の手のTOKYO PRO Market上場|公募なしの上場と最近1年監査の体制【発行者情報から読む上場準備】

※本記事は2026年10月7日時点の公表資料に基づきます。

株式会社孫の手(証券コード514A)は、2026年2月26日に東京証券取引所から上場承認を受け、2026年3月5日にTOKYO PRO Market(TPM)に上場しました。群馬県太田市に本店を置き、群馬県・栃木県を中心に通所介護(デイサービス)や訪問看護などの介護サービスを28拠点で展開する会社です。申請受付日は2026年2月10日、担当J-Adviserは株式会社日本M&Aセンターです。本記事では、同社が上場申請にあわせて公表した書類(全103ページ)を読み、TPMへの上場を検討している経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできる点を整理します。

結論からいえば、孫の手は「公募・売出しを行わずにTPMへ上場する会社が、何を公表し、どこまで体制を整えているか」を具体的に確かめられる事例です。同社は上場に際して特定投資家向けの取得勧誘・売付け勧誘等を行わないため、特定証券情報ではなく、特例第110条第3項に基づく「発行者情報に相当する情報」を公表しています。株主は創業家と資産管理会社の4名、監査を受けた財務諸表は直近の1事業年度のみ(直近の中間期は期中レビュー)、社外役員は置いていません。その一方で、内部監査室・監査役・監査法人の連携や、担当J-Adviser契約の解除条項を詳しく開示しています。

孫の手はどんな会社で、いつTOKYO PRO Marketに上場したのか

孫の手は、2001年2月に群馬県みどり市(旧新田郡)で訪問看護サービスを目的とする「有限会社ハッピーラブハッピー」として設立されました。2005年10月に株式会社へ組織変更して「株式会社孫の手・ぐんま」となり、2019年4月に現在の商号「株式会社孫の手」に変更しています。代表取締役社長は創業者の浦野幸子氏です。決算期は3月で、上場時に公表された書類の最近事業年度は第25期(2025年3月期)、直近の中間会計期間は第26期中間(2025年4月〜9月)です。子会社はなく、財務諸表は単体のみです。

事業は介護サービス事業の単一セグメントで、従業員数は2025年12月31日現在で334名(ほかに臨時雇用者77名)、平均年齢43.8歳、平均勤続年数3.6年、平均年間給与3,738千円と記載されています。全職員の約半数が看護師や理学療法士などの医療職で構成されている点も、同社の特徴として説明されています。

項目 内容
会社名 株式会社孫の手(Magonote Inc.)、証券コード514A
市場 TOKYO PRO Market(東京証券取引所)
申請受付日 2026年2月10日(書類の公表日も同日)
上場承認日 2026年2月26日
上場日 2026年3月5日
担当J-Adviser 株式会社日本M&Aセンター
本店 群馬県太田市大原町156番地3
設立 2001年2月(有限会社ハッピーラブハッピーとして設立)
決算期 3月(最近事業年度:第25期 2025年3月期)
事業 介護サービス事業(単一セグメント)、28拠点
従業員 334名[臨時77名](2025年12月31日現在)
監査法人 興亜監査法人
上場時の資金調達 なし(特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等を実施しない)

上場までの日程を、TPMの一般的な手続と並べると次のようになります。TPMでは、担当J-Adviserが上場適格性を調査・確認し、上場申請の30営業日程度前までに意向表明を行ったうえで上場申請(対外公表)に進みます。東京証券取引所は原則として上場申請から10営業日後に上場を承認するとされており、孫の手の申請受付日から上場承認日までも、土日と祝日を除いて数えると10営業日にあたります。

TOKYO PRO Marketの上場手続と孫の手の日程J-Adviser契約の締結J-Adviserの調査・確認意向表明(申請の約30営業日前まで)上場申請(特定証券情報等の公表)上場承認(原則として申請の10営業日後)孫の手の実際の日程2026年2月10日申請受付・発行者情報の公表2026年2月26日上場承認2026年3月5日TOKYO PRO Marketに上場J-Adviser:株式会社日本M&Aセンター/監査法人:興亜監査法人

図1 上段は上場ガイドブック(TPM編)に示された一般的な流れ、下段は孫の手の実際の日程。2026年2月10日から2月26日までは、土日と祝日(2月11日・2月23日)を除くと10営業日にあたります

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孫の手は何で稼ぐのか:事業内容と収益モデル

孫の手の事業は、介護保険法に基づく在宅系事業(通所介護・訪問看護・訪問介護・居宅介護支援)、施設系事業(短期入所生活介護)、介護保険外の施設系事業(サービス付き高齢者向け住宅)、健康増進事業(シニアパークジム「パンパカパーン」)、生活支援事業(便利屋「すけっと孫の手」)で構成されています。売上高の大部分は介護保険サービスで、介護報酬は国民健康保険団体連合会(国保連)等を通じて受け取ります。

孫の手の事業とお金の流れ利用者(要介護者・家族など)孫の手介護サービス28拠点国民健康保険団体連合会等サービス自己負担分報酬の請求介護報酬保険外サービスサ高住・ジム・便利屋第25期売上高 2,390,184千円(単一セグメント)収益認識:サービス提供時に介護報酬の請求権が発生

図2 介護保険サービスの介護報酬は国民健康保険団体連合会等を通じて受け取り、利用者の自己負担分は利用者から受け取ります。第25期は群馬県・栃木県の国保連向けが売上高の約79%でした(発行者情報「事業の内容」「販売実績」をもとに作成)

拠点数は2025年9月30日現在で28拠点です。最も多いのは通所介護の15拠点で、そのうち10拠点は、同じ施設で介護保険サービスと障害福祉サービスを提供する共生型通所介護です。訪問看護は5拠点すべてでオンコール担当者を配置し、24時間365日の体制をとっていると記載されています。みどり市の約1,000坪の敷地には、通所介護・訪問介護のほか、短期入所生活介護20床とサービス付き高齢者向け住宅30床を同一敷地内で運営しています。

事業区分別の拠点数(2025年9月30日現在、合計28拠点)通所介護15拠点訪問看護5拠点居宅介護支援3拠点訪問介護1拠点短期入所生活介護1拠点サービス付き高齢者向け住宅1拠点シニアパークジム1拠点便利屋(すけっと孫の手)1拠点介護保険在宅系施設系・介護保険外

図3 通所介護15拠点のうち10拠点は、介護保険サービスと障害福祉サービスを同じ施設で提供する共生型通所介護です(発行者情報「事業の内容」より)

販売先の集中も確認しておきます。「販売実績」によると、第25期の売上高2,390,184千円のうち、群馬県国民健康保険団体連合会向けが1,325,381千円(55.45%)、栃木県国民健康保険団体連合会向けが566,784千円(23.71%)でした。両者を合わせると約79%になります。売掛金の相手先別内訳でも、第25期末404,635千円のうち328,239千円が国保連向けで、利用者(個人)向けは66,809千円です。金融商品関係の注記では、売掛金は主に公的機関に対する債権でリスクは僅少、個人負担金は少額・多数で分散していると説明されています。

主要な販売先の割合(売上高に対する比率)第24期56.44%23.04%20.52%第25期55.45%23.71%20.84%第26期中間53.92%24.12%21.96%群馬県国民健康保険団体連合会栃木県国民健康保険団体連合会

図4 「その他」は100%から2団体の割合を差し引いて算出。第24期・第25期は事業年度、第26期中間は2025年4月〜9月(発行者情報「販売実績」より)

介護保険サービスの単価は公定価格である介護報酬で決まるため、同社は「対処すべき課題」で、介護保険制度に依存しない自費サービスの拡充やM&Aによる事業規模の拡大を掲げています。事業の組み立て方としては、健康増進事業で介護予防を行い、介護が必要になればケアマネジャーによる居宅介護支援から訪問系・通所系・入居系のサービスにつなぎ、看取りまで一貫して提供する方針が示されています。出店は「10万人都市に1拠点」を基準とし、拠点間を車で30分程度に収めるドミナント展開です。

プレ介護層から看取りまでのサービスの連携健康増進シニアパークジム居宅介護支援ケアプランの作成在宅系通所介護・訪問看護など施設系短期入所・サ高住看取り訪問看護のターミナルケア出店基準:10万人都市に1拠点、各拠点の間は車で30分程度のドミナント展開訪問看護は通所介護3拠点に1事業所程度の併設を検討

図5 健康増進事業で介護予防を行い、介護が必要になればケアマネジャーの居宅介護支援から訪問系・通所系・入居系のサービスにつなげる方針が記載されています(発行者情報「事業の特徴」より)

上場準備の観点では、売上の大半が公的な請求ルートを通る事業は、請求の正確性と許認可(指定)の維持が業績に直結します。同社は事業ごとの根拠法令、指定の有効期間(多くは6年)、主な指定取消事由を表にして開示しています。許認可の多い業種でTPM上場を考える会社は、まず自社の指定・登録の一覧と更新時期を整理しておくとよいでしょう。

沿革と上場までの道のり

沿革によると、同社は2001年5月に太田市で訪問看護ステーションを開所し、2002年に居宅介護支援事業所、2003年12月に最初の通所介護施設「デイホーム孫の手・おおた」を開設しました。2007年には栃木県足利市に進出し、2015年1月にはみどり市にサービス付き高齢者向け住宅・ショートステイ・デイサービス・ヘルパーを集めた複合拠点を開所しています。2016年12月に設立した関係会社「株式会社孫の手しもつけ」は、2019年4月の商号変更と同時に吸収合併しました。

2021年7月には埼玉県熊谷市に通所介護施設を開所し、2022年以降は難病特化型の通所介護も展開しています。2023年3月26日には普通株式1株を5,000株に分割し、発行済株式総数は1,000,000株になりました。2025年9月には、前身の「フィッ茶ネス」を統合した高齢者向けフィットネス「シニアパークジム パンパカパーン」を桐生市に開所しています。さらに、栃木県下野市での通所介護施設(投資予定額247,026千円、受入定員最大50名、資金は借入金)の新設計画も記載されています。

沿革の主要イベント2001年2月訪問看護の会社として設立2003年12月通所介護の最初の施設2005年10月株式会社孫の手・ぐんま2015年1月サ高住などの複合拠点2019年4月株式会社孫の手に商号変更2021年7月埼玉県熊谷市に開所2023年3月株式分割1株→5,000株2023年7月難病特化型の通所介護を開所2025年9月シニアパークジムを開所2026年3月5日TOKYO PROMarketに上場

図6 訪問看護の事業所として創業し、通所介護・施設系・保険外サービスへ広げてきた流れです(発行者情報「沿革」「発行済株式総数、資本金等の推移」より)

株式分割は、上場に向けた株式の整備としてよく行われる手続です。同社の単元株式数は100株で、1,000,000株・10,000単元の構成で上場しています。上場前にどの程度の株式数と単元にしておくかは、上場後の売買単位や株主管理に影響するため、上場準備の資本政策とあわせて早めに検討しておきたい論点です。

なぜTOKYO PRO Marketを選んだのか

孫の手の書類には、「TPMを選んだ理由」を独立した項目として説明した記載はありません。上場の位置づけに触れているのは「対処すべき課題」の最後の項目で、「TOKYO PRO Marketへの上場を機に、当社は社会的な信用を高め、企業価値向上を加速させてまいります」と記載されています。あわせて、経営の透明性と健全性を確保するため、法令遵守体制の徹底、情報開示体制の整備、内部管理体制の継続的な強化を図ること、J-Adviserや監査法人との緊密な連携を維持することが挙げられています。本記事では、これ以上に同社の選択理由を推測することはしません。

そのうえで、TPMという市場の特徴を一般論として整理しておきます。TPMは、2008年の改正金融商品取引法で導入された「プロ向け市場制度」に基づく市場で、法令上は「特定取引所金融商品市場」に当たります。プライム・スタンダード・グロースの一般市場とは別の市場であり、株主数・流通株式・利益の額といった形式基準(数値基準)がありません。東京証券取引所は2026年4月3日、TPMを「一般市場上場と非上場の間の多様な活用ニーズに対応する市場」と位置づけ直し、一般市場上場前の助走の場として活用する企業を重点的に支援する方針を示しています。

また東証は、2026年4月以降に新規上場する会社に対し、なぜTPMに上場するのか、上場をどう活用するのかという「上場目的」を検討・開示するよう要請しています。これは東証の「お願い」であり、規程上の義務ではありません。2026年6月15日時点の集計では、上場目的として多かったのは社内体制強化・営業力強化・採用力強化で、「増資」を挙げた会社は11社(約10%)にとどまりました。TPM上場が必ずしも資金調達を目的としないことは、孫の手のように公募・売出しを伴わない上場の存在とも整合します。

上場時に公表する書類はどう決まるか上場時に特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等を行うか行う場合特定証券情報を提供・公表行わない場合(孫の手)「発行者情報に相当する情報」を公表(特例第110条第3項)上場後:事業年度と中間会計期間ごとに発行者情報を公表(それぞれ期末から3か月以内)行う行わない

図7 孫の手は上場に際して特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等を行わないため、特例第110条第3項に基づき「発行者情報に相当する情報」を公表したと記載しています(発行者情報の表紙をもとに作成)

孫の手の書類の表紙には、上場に際して特定投資家向け取得勧誘又は特定投資家向け売付け勧誘等を実施しないことから、特例第110条第3項の規定により「発行者情報に相当する情報」を公表すると明記されています。書類名も「発行者情報」です。特定投資家向けの取得勧誘(いわゆるプロ私募)や売付け勧誘等を行う場合は、金融商品取引法第27条の31に基づき特定証券情報を勧誘時までに提供・公表する必要がありますが、同社は上場時にこれらを行っていません。そのため本記事で紹介する数値や記載は、すべてこの「発行者情報」によるものです。

上場時に新株を発行しない場合、上場に伴う資金調達はありません。同社は「運転資本」の項目で、上場予定日(2026年3月5日)から12か月間の運転資本は、自己資金及び借入による資金調達が可能であることから十分であると判断していると記載しています。上場適格性要件の一つである「企業としての相応性」には、上場予定日から12か月間の運転資金の確保が含まれているため、資金調達をしない上場であっても、この説明は欠かせません。

TOKYO PRO Marketの上場の仕組みを孫の手の書類で確かめる

ここからは、TPMの上場制度のポイントを、孫の手の書類の記載に照らして確認します。制度の説明は、東京証券取引所の「上場ガイドブック(TPM編)」やTPMの案内ページで確認できる範囲にとどめます。上場準備の全体の流れはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)も参考にしてください。

審査の担い手は担当J-Adviser:形式基準のかわりに上場適格性要件

TPMには形式基準がない一方で、「上場審査がない」わけではありません。東証が資格を認定したJ-Adviserが、上場適格性要件への適合を調査・確認し、「上場適格性に係る宣誓書」を作成して東証に提出します。上場適格性要件は、①企業としての相応性、②事業を公正かつ忠実に遂行していること、③コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が企業の規模や成熟度等に応じて整備・機能していること、④企業内容等の開示を適正に行える体制、⑤反社会的勢力との関係を有しないことその他公益又は投資者保護の観点から必要な事項、の5項目です。

孫の手の書類には、これらの要件に直接対応させた記載はありませんが、関連する事実はいくつも読み取れます。12か月間の運転資本、関連当事者取引が「該当事項なし」であること、取締役会・監査役・内部監査室・リスク管理委員会の体制、情報開示体制の整備を課題に掲げていることなどです。

上場適格性要件と孫の手の記載の対応上場適格性要件(要旨)孫の手の発行者情報で関連する記載企業としての相応性(12か月の運転資金の確保など)上場予定日から12か月の運転資本は自己資金と借入で十分と記載事業の公正かつ忠実な遂行(関連当事者取引の牽制など)関連当事者との取引は前事業年度・当事業年度とも該当なしCG・内部管理体制(規模や成熟度等に応じて)取締役会5名・監査役1名・内部監査室リスク管理委員会(四半期に1回)企業内容等の開示を適正に行える体制情報開示体制・内部管理体制の継続的な強化を課題に掲げる反社会的勢力との関係がないことなど発行者情報に個別の記載はなく、J-Adviserの調査・確認の対象

図8 左は上場ガイドブック(TPM編)の上場適格性要件の要旨、右は孫の手の発行者情報で関連する記載です。形式的な数値基準はなく、担当J-Adviserが要件への適合を調査・確認します

上場準備会社にとって大切なのは、「規模や成熟度等に応じて」という表現の意味です。TPMでは機関設計などの形式要件が一律に定められているわけではなく、柔軟なガバナンス設計による上場も可能とされています。ただし、何をどこまで整えれば足りるかは、担当J-Adviserが会社の実態に照らして判断します。J-Adviserとの契約前に、自社の取締役会の運営、規程、内部監査、関連当事者取引の状況を棚卸ししておくと、調査をスムーズに進めやすくなります。

J-Adviser契約は上場維持の前提:解除条項まで開示されている

J-Adviserの役割は上場前の調査だけではありません。上場後も、適時開示についての助言・指導や上場維持要件への適合状況の調査を担います。上場会社は担当J-Adviserとの契約を維持する必要があり、J-Adviserから契約解除の通知を受け、必要な期間内に別のJ-Adviserと契約できなかった場合は上場廃止となります。

孫の手は「事業等のリスク」の最後に「担当J-Adviserとの契約の解除に関するリスク」を置き、日本M&Aセンターとの契約の解除条項を詳しく記載しています。債務超過、銀行取引の停止、破産手続等、事業活動の停止、不適当な合併等、発行者情報等の提出遅延、虚偽記載又は不適正意見等、株主の権利の不当な制限、反社会的勢力の関与などに該当した場合は即日無催告で解除できるとされています(①〜⑱の番号で列挙され、このうち④は再建計画を開示した場合には原則として解除しない旨の定めです)。さらに、義務違反の場合は1か月の期間を定めた書面催告、合意による解除や1か月前の書面通知による解除の定めもあり、契約を解除する場合はJ-Adviserが予め東京証券取引所に通知するとされています。同社は、本書公表日現在、解除条項に該当する事象は生じていないとしています。

担当J-Adviser契約の解除と上場廃止の関係担当J-Adviser契約株式会社日本M&Aセンター即日無催告解除:債務超過・銀行取引停止・虚偽記載など(①〜⑱)義務違反:1か月の期間を定めて是正を書面で催告合意による解除/1か月前の書面通知による解除解除する場合、J-Adviserは予め東京証券取引所に通知他の担当J-Adviserを確保できない場合TOKYO PRO Marketから上場廃止新規上場と上場維持の前提となる契約

図9 孫の手は「事業等のリスク」に、日本M&Aセンターとの担当J-Adviser契約の解除条項と事前催告に関する事項を記載しています。本書公表日現在、解除条項に該当する事象は生じていないとしています

上場時は特定証券情報、上場後は発行者情報

TPMの法定開示は、有価証券届出書や有価証券報告書ではなく、金融商品取引法第27条の31以下の特定証券情報・発行者情報です。上場時に特定投資家向け取得勧誘等を行う会社は特定証券情報を公表し、上場後は事業年度と中間会計期間ごとに、それぞれ期末から3か月以内に発行者情報を作成・公表します。四半期の決算短信は任意、内部統制報告書も任意とされています。孫の手のように上場時から「発行者情報」の名称で書類を公表するケースもあるため、TPM上場会社の書類を読むときは、表紙の公表書類名と根拠条項を確認するとよいでしょう。

書類の冒頭には、発行者情報の公表時の役員が、重要な事項についての虚偽や欠落について、金融商品取引法第27条の34において準用する第22条に基づき損害賠償責任を負う旨の注意事項が置かれています。プロ向けの簡素な開示であっても、記載内容に対する役員の責任は軽くありません。また、TPM上場会社にも適時開示の義務があり、決算情報や担当J-Adviserの異動などが対象になります。上場後の開示体制は、IPOの適時開示体制で解説している考え方が参考になります。

監査は「最近1年間」:第23期・第24期は監査対象外

TPMの新規上場で求められる監査期間は「最近1年間」です。孫の手の「主要な経営指標等の推移」には第23期から第26期中間までの数値が並んでいますが、注記で、特例第110条第5項に基づき第25期の財務諸表と第26期中間の中間財務諸表について興亜監査法人の監査及び期中レビューを受けた一方、第23期・第24期の財務諸表は当該監査を受けていないと明記しています。監査期間が短いことは、監査法人の選定から上場までの期間を短くできる可能性がある一方、監査初年度の期首残高の確認や会計方針の整理を短期間で行う必要があることも意味します。監査法人の選定時期については監査法人はいつまでに決めるかも参考にしてください。

財務諸表の監査を受けた期間第23期2023年3月期監査を受けていない第24期2024年3月期監査を受けていない第25期2025年3月期監査を受けた期第26期中間2025年4〜9月期中レビュー上場2026年3月5日TOKYO PRO Market監査法人:興亜監査法人(業務執行した公認会計士2名、補助者は公認会計士5名)第26期の中間財務諸表は「第一種中間財務諸表」として作成

図10 主要な経営指標等の推移には第23期から第26期中間までが記載されていますが、特例第110条第5項に基づく監査・期中レビューを受けたのは第25期と第26期中間です(発行者情報「主要な経営指標等の推移」注記より)

特定投資家向けの市場であること

TPMは特定投資家等を対象とした市場です。一般投資家はTPM上場株式を取引所で新たに買い付けることはできませんが、保有している株式を売却することは可能です。特定投資家には適格機関投資家や国などのほか、一定の要件を満たして特定投資家へ移行した個人も含まれます。孫の手の書類冒頭の「投資者に対する注意事項」でも、TPMが特定投資家等を対象とした市場であり、その上場会社は高い投資リスクを含んでいる場合があること、J-Adviserが重要な役割を担うことが説明されています。

一般市場(グロース・スタンダード)とは何が違うのか

制度の違いを一覧で比べる

TPMとグロース・スタンダードなどの一般市場の違いを、東京証券取引所の案内で確認できる範囲で整理すると次のとおりです。TPMは一般市場の「入口」や「一種」ではなく、投資者・上場基準・開示制度の組み立てが異なる別の市場だという点が出発点になります。

項目 TOKYO PRO Market 一般市場(グロース・スタンダード)
主な投資者 特定投資家等(一般投資家は買付け不可、保有株の売却は可) 一般投資家を含む
上場基準 形式基準(数値基準)なし。上場適格性要件5項目 株主数・流通株式などの形式基準と実質審査基準
審査の担い手 担当J-Adviserが調査・確認し、東証が面談 東京証券取引所の上場審査
申請から承認まで 原則として上場申請から10営業日後に承認 東証の審査を経て承認
上場時の開示書類 特定証券情報(勧誘を行わない場合は孫の手のように発行者情報に相当する情報) 新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)、有価証券届出書など
上場後の法定開示 発行者情報(年次・中間、期末後3か月以内) 有価証券報告書・半期報告書
四半期開示 任意 四半期決算短信(取引所規則)
内部統制報告書 任意 提出が必要
上場前の監査期間 最近1年間 直前2期(一般市場の新規上場で求められるとされる期間)
会計基準・開示言語 日本基準・米国基準・IFRS等/日本語又は英語 ―
上場維持の前提 担当J-Adviserとの契約の維持 J-Adviser制度はない
コーポレートガバナンス・コード JPXの案内で適用対象として示されているのはプライム・スタンダード・グロース(TPMの扱いは本記事では断定しない) スタンダード:全原則、グロース:基本原則

孫の手の書類も、この違いを反映しています。財務諸表の監査は第25期のみ(第26期中間は期中レビュー)で、内部統制報告書や四半期情報に関する記載はなく、コーポレートガバナンス・コードへの言及もありません。会計基準は、特例第110条第6項で認められた会計基準のうち日本の会計基準に準拠したと記載されています。

一般市場へのステップアップを考える会社にとっての示唆

孫の手の書類には、将来の一般市場への上場や市場変更についての記載はありません。そのため、同社の今後の方針については触れず、TPMから一般市場を目指す会社が一般論として知っておきたい事実を整理します。

まず、TPMから一般市場への移行は「市場区分の変更」ではありません。TPMを申請により上場廃止し、一般市場に新規上場する形で行われます。実例として、AlbaLink(5537)は2025年12月14日にTPMを上場廃止し、翌15日にグロース市場に新規上場しました。東証の2025年11月13日の資料では、TPMから一般市場へ上場した企業は15社とされる一方、その審査は非上場企業と同様に一から確認が行われており相応の負担がある、との現状認識が示されています。

東証は2026年4月3日の資料で、TPMでの実績を勘案した一般市場上場審査の効率化と、開示様式の共通化・簡素化を「26年秋めど」に予定していると公表しました。ただし、本記事の作成時点(2026年10月7日)で、これらが規程改正として実施済みかどうかは確認できていません。TPMを一般市場への助走として使う場合は、TPMの上場適格性要件を満たすことと、一般市場の形式基準・実質審査基準を満たすことは別の作業だと考え、監査期間や機関設計、株主構成を一般市場の基準で別途点検しておく必要があります。

確認できている事実 内容
移行の形式 TPMの申請による上場廃止+一般市場への新規上場(市場区分の変更ではない)
実例 AlbaLink:2025年12月14日TPM上場廃止、12月15日グロース市場に新規上場
移行実績 TPMから一般市場へ上場した企業は15社(2025年11月時点)
審査の現状 非上場企業の審査と同様に一から確認(2025年11月13日の東証資料)
予定されている見直し TPM実績を勘案した審査の効率化、開示様式の共通化・簡素化(26年秋めど。実施状況は未確認)

業績の推移と読み方

主要な経営指標等の推移を整理します。第23期・第24期は監査を受けていない数値である点に注意してください。

項目(千円) 第23期(2023年3月期) 第24期(2024年3月期) 第25期(2025年3月期) 第26期中間(2025年9月)
売上高 1,991,068 2,099,969 2,390,184 1,302,145
経常利益 145,000 △33,852 84,541 118,362
当期(中間)純利益 111,654 △47,691 55,575 81,156
純資産額 277,036 229,345 284,920 366,077
総資産額 2,976,660 3,282,337 3,351,982 3,410,554
自己資本比率 9.3% 7.0% 8.5% 10.7%
営業活動によるCF 157,837 167,534 268,647 181,017
投資活動によるCF △691,095 △402,330 △15,082 △131,218
従業員数[臨時] 271[58] 321[50] 318[61] 330[75]
監査 なし なし 監査 期中レビュー
売上高の推移(単体、百万円)06001,2001,8002,400第23期(2023/3)第24期(2024/3)第25期(2025/3)1,9912,0992,390第25期の売上高は前期比13.8%増(2,390,184千円)

図11 百万円未満は切り捨て。第23期・第24期は特例に基づく監査を受けていない数値です。第26期中間(2025年4月〜9月の6か月)の売上高は1,302百万円でした

売上高は第23期の1,991,068千円から第25期の2,390,184千円まで増加し、第25期は前期比13.8%増でした。同社は第25期について、2024年10月1日に宇都宮市の2施設を統合したほか、既存施設の収益性の向上に注力したと説明しています。第26期中間は売上高1,302,145千円、経常利益118,362千円、中間純利益81,156千円です。

経常利益と当期純利益の推移(百万円)145.0111.7第23期△33.9△47.7第24期84.555.6第25期118.481.2第26期中間経常利益当期(中間)純利益

図12 第24期は経常損失・当期純損失、第25期に黒字に戻りました。第26期中間は6か月間の数値です。第23期・第24期は特例に基づく監査を受けていません(発行者情報「主要な経営指標等の推移」より)

利益面では、第24期に経常損失33,852千円、当期純損失47,691千円を計上し、第25期に経常利益84,541千円、当期純利益55,575千円へと黒字に戻りました。第24期は営業損失48,777千円で、販売費及び一般管理費が350,658千円と第25期(317,468千円)より大きく、役員報酬97,679千円(第25期69,050千円)や支払報酬費34,688千円(同12,487千円)が計上されています。また、第24期には群馬県みどり市の事業用建物について、事業所移転の意思決定に伴い減損損失6,249千円を計上しています。

第25期(2025年3月期)の売上高から当期純利益まで(百万円)売上高2,390売上原価-1,993販管費-317営業利益80営業外収益+17営業外費用-12経常利益85法人税等-29当期純利益56

図13 損益計算書の数値を百万円単位に四捨五入して作成。売上原価の約7割は労務費(1,396百万円)です

第25期の損益の構造を見ると、売上原価1,992,993千円のうち労務費が1,396,093千円(70.0%)を占め、経費606,900千円の中では減価償却費210,003千円、給食費138,601千円などが大きな項目です。人が提供するサービスであるため、人員配置と稼働率が利益を左右します。営業外収益には助成金収入7,519千円や売電収入4,489千円、営業外費用には支払利息11,109千円が計上されています。

TPMには利益の額などの形式基準はありませんが、赤字の期を含む会社が上場する場合、その理由と改善の道筋を説明できることが大切です。孫の手の場合、第24期の損失から第25期の黒字化、第26期中間の利益水準までが数値で示されており、「対処すべき課題」では収益性の向上や自己資本比率の向上が掲げられています。

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財務体質:借入金・リース・自己資本比率をどう見るか

孫の手の貸借対照表で目立つのは、設備投資を借入金でまかなってきた構造です。第25期末の長期借入金(1年内返済予定を含む)は2,305,100千円、リース債務は246,224千円で、事業等のリスクでは総資産に対する有利子負債残高の割合が2024年3月期78.2%、2025年3月期76.1%と記載されています。自己資本比率は第25期末8.5%、第26期中間末10.7%です。長期借入金の平均利率は0.800%、返済期限は2043年10月までで、建物と土地(第25期末1,191,525千円)を担保に供しています。

第25期末(2025年3月31日)の貸借対照表の構成(千円)資産 3,351,982負債・純資産 3,351,982流動資産 945,724うち現金及び預金 524,057売掛金 404,635有形固定資産 2,259,790うち建物 1,579,566土地 218,360リース資産 234,294流動負債 458,583固定負債 2,608,478うち長期借入金 2,126,712リース債務 176,552役員退職慰労引当金 186,663純資産 284,920自己資本比率 8.5%最下段の白い箱は無形固定資産・投資その他の資産(合計146,466)

図14 箱の高さは金額に比例させています。長期借入金は主に設備投資に係る資金調達で、建物・土地を担保に供しています(担保資産1,191,525千円)

施設の大部分は賃借で、「主要な設備の状況」では、前橋南の通所介護施設とサービス付き高齢者向け住宅の2か所が自社所有地で、その他は賃借と記載されています。同社は「リース会計基準改正の影響」をリスクとして挙げ、賃貸借契約の一部をオペレーティング・リースとして処理しているため貸借対照表に計上されていないこと、新しい基準で資産・負債を計上することになれば自己資本比率が低下し、減損対象資産も増える可能性があることを説明しています。未適用の会計基準等の注記では、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等を2028年3月期の期首から適用予定とし、影響額は評価中としています。

施設型・店舗型のビジネスで上場を準備する会社にとって、新リース会計基準の影響試算は避けて通れない論点です。借入金の財務制限条項の有無や、自己資本比率の見え方が変わることを、金融機関や監査法人と早めに共有しておくとよいでしょう。

資本政策と株主構成:創業家4名で100%のまま上場

孫の手の株主は4名です。「株主の状況」によると、代表取締役社長の浦野幸子氏が360,000株(36.0%)、浦野幸子氏の資産管理会社である株式会社手をたた幸が350,000株(35.0%)、代表取締役の配偶者である浦野督広氏が195,000株(19.5%)、代表取締役社長の二親等以内の血族である浦野真凪氏が95,000株(9.5%)を所有し、合計で1,000,000株(100.0%)です。事業等のリスクの「大株主との関係について」でも、浦野幸子氏が親族と資産管理会社の所有株式数を含めて発行済株式総数の100.0%の議決権を所有していると記載されています。

株主の状況(発行済株式1,000,000株)浦野幸子(代表取締役社長)36.0%株式会社手をたた幸(資産管理会社)35.0%浦野督広(代表取締役の配偶者)19.5%浦野真凪(二親等以内の血族)9.5%新株予約権・自己株式なし/上場前の株式移動・第三者割当も「該当事項なし」

図15 株主は4名で、いずれも特別利害関係者等または代表取締役の資産管理会社です。上場に際して公募・売出しは行っていません(発行者情報「第四部 株式公開情報 第3 株主の状況」より)

項目 孫の手の記載
発行可能株式総数 4,000,000株
発行済株式総数 1,000,000株(普通株式のみ、単元株式数100株)
株式分割 2023年3月26日に1株を5,000株に分割
資本金 10,000千円(過去5年間に資本金・資本準備金の増減なし)
新株予約権・ストックオプション 該当事項なし
自己株式 該当事項なし
特別利害関係者等の株式等の移動 該当事項なし
第三者割当等 該当事項なし
配当政策 当面は内部留保を優先し、配当は行っていない(中間配当の定款規定あり)
株主名簿管理人 株式会社アイ・アール ジャパン

一般市場の新規上場では、公募・売出しによって株主数や流通株式を確保することが前提になりますが、形式基準のないTPMでは、孫の手のように創業家だけが株主のまま上場することもできます。同社の「第四部 株式公開情報」は、特別利害関係者等の株式等の移動状況、第三者割当等の概況のいずれも「該当事項はありません」となっており、上場前に株式を動かしていないことがわかります。ストックオプションもなく、潜在株式はありません。

株式の整備としては、2023年3月の株式分割(1株→5,000株)と単元株式数100株の設定、株式事務の株主名簿管理人への委託が確認できます。上場に伴い当社株式は振替株式となる予定と記載されています。J-Adviser契約の解除条項にも「株式事務代行機関への委託」「株式の譲渡制限」「指定振替機関における取扱い」といった項目が含まれており、上場会社として株式事務の基盤を維持すること自体が上場維持の条件になっている点は、TPMを目指す会社が見落としやすい点です。

オーナー企業の上場では、将来の事業承継や役職員へのインセンティブも含めて、上場前後に株式をどう持つかを設計する必要があります。上場直前の株式移動や第三者割当は、TPMでも開示の対象になり、上場前の第三者割当の割当先には継続所有等の確約が求められます。考え方は上場準備の資本政策を参照してください。

コーポレート・ガバナンス:取締役会5名・監査役1名・社外役員なし

孫の手は取締役会と監査役を置く機関設計で、取締役会は取締役5名、監査役は1名です。定例取締役会は毎月1回開催され、必要に応じて臨時取締役会を開催します。監査役は監査役監査基準に準拠して取締役の業務執行状況を監査し、取締役会に出席して意見を述べています。役員は男性4名・女性2名で、女性の比率は33.3%です。

役職 氏名 主な経歴(書類の記載から抜粋)
代表取締役社長 浦野幸子 医療法人の病院等での勤務を経て2001年2月に創業、代表取締役社長(所有株式360,000株)
取締役副社長 浦野督広 1989年群馬トヨタ自動車入社、2005年当社監査役、2006年から取締役副社長(代表取締役社長の夫、所有株式195,000株)
取締役 運営本部長兼施設管理部長 荻野光代 病院等での勤務を経て2006年入社、2025年6月から現職
取締役 管理本部長兼財務経理部長 齋藤陽太 あずさ監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)、齋藤会計事務所(現)、2022年当社経理部長、2025年6月から現職
取締役 管理本部副部長兼総務部長 窪田和英 複数の事業会社を経て2021年入社、2025年6月から現職
監査役 中島俊太朗 たかさき法律事務所、中島総合法律事務所(現)、2023年11月から当社監査役
孫の手の機関設計株主総会取締役会(5名)代表取締役社長を含む定例 毎月1回・社外取締役なし監査役(1名)監査役監査基準に準拠社外監査役なし選任選任内部監査室結果を代表取締役に報告興亜監査法人特例第110条第5項の監査リスク管理委員会取締役・幹部職員/四半期に1回定款:取締役8名以内監査役2名以内監査報告意見交換

図16 取締役会設置会社かつ監査役設置会社で、社外役員は置いていません。内部監査室は監査結果を代表取締役に報告し、監査役・監査法人と情報共有します(発行者情報「コーポレート・ガバナンスの状況」より)

社外役員については、「社外役員の重要性については認識しているが、経営規模・体制を総合的に勘案すると、ガバナンスは適正に構築、運用されていることを踏まえ、社外役員を設置していない」という趣旨の記載があり、今後、社外役員の役割について十分な議論と検証を重ね、必要性があると判断する場合には具体的な検討を行う考えが示されています。社外役員の独立性に関する基準や方針の定めはないものの、選任に際しては取引関係等を考慮するとしています。

TPMでは機関設計の形式要件が一律に定められておらず、ガバナンス体制は企業の規模や成熟度等に応じて整備されていることが求められます。社外役員を置かない場合は、孫の手のように、その理由と今後の考え方を自社の言葉で説明できるようにしておくことが実務上のポイントです。一般市場での機関設計の考え方はIPO審査の「機関設計」とはで解説していますが、これは一般市場の審査を前提とした内容であり、TPMにそのまま当てはまるものではない点に注意してください。

役員報酬は、2025年3月期の総額が69,050千円で、取締役(社外取締役を除く)2名に68,450千円、監査役1名に600千円、いずれも固定報酬です。業績連動報酬や退職慰労金の支給額はありませんが、貸借対照表には役員退職慰労金規程に基づく役員退職慰労引当金186,663千円が計上されています。定款では、取締役8名以内・監査役2名以内、取締役選任決議の定足数を議決権の3分の1以上とし累積投票によらないこと、特別決議の定足数を3分の1以上とすること、取締役会決議による自己株式の取得と中間配当、取締役会決議による取締役・監査役の責任免除を定めています。

関連当事者との取引は、前事業年度・当事業年度とも「該当事項はありません」と記載されています。オーナー企業では、社長個人や親族、資産管理会社との取引が残っていることが少なくありません。上場前に取引を解消・整理し、取引がないことを注記で示せる状態にしておくことは、上場適格性要件の「事業を公正かつ忠実に遂行していること」とも関係します。考え方はIPO審査の「企業経営の健全性」(関連当事者取引)も参考になります。

内部監査・内部統制とリスク管理の体制

内部監査は内部監査室が主管部署です。内部監査担当者は翌期の内部監査計画を事業年度末までに作成し、計画に基づいて全部署を対象に、業務が社内規程やマニュアルに従って行われているか、効率的な業務運営が行われているか、法令等が遵守されているかを監査します。監査内容、監査結果、問題点の改善状況は都度代表取締役に報告されます。内部監査室は監査役と随時情報交換を行い、監査法人とも定期的に面談しています。さらに、内部監査室・監査役・監査法人の三者が保有する情報の共有と意見交換の機会を定期的に設けていると記載されています。

内部監査室・監査役・監査法人の連携(三様監査)内部監査室全部署を対象に監査監査役(1名)取締役会に出席興亜監査法人監査・期中レビュー三者が保有する情報の共有・意見交換の機会を定期的に設定内部監査計画は翌期分を事業年度末までに作成随時の報告・情報交換定期的な面談定期的な意見交換

図17 孫の手は、内部監査室、監査役、監査法人の三者が保有する情報の共有と意見交換の機会を定期的に設けていると記載しています(発行者情報「コーポレート・ガバナンスの状況」より)

リスク管理では、取締役と幹部職員で構成するリスク管理委員会が四半期に1回開催され、リスクアセスメントと対策を実行し、不測の事態では社長を本部長とする対策本部として機能するとされています。内部統制システムについては、取締役会規程、組織権限規程、業務分掌規程に基づき業務を分担し、特定の組織や担当者に業務や権限が集中しないよう内部牽制を働かせていると説明しています。コンプライアンス面では「内部統制システム構築の基本方針」「法令遵守規程」に沿った取組みと内部通報制度、個人情報取扱規程・情報システム管理規程の整備、介護保険サービスの業務管理体制(運営本部内の業務管理専任者を中心とした指導・監督)が記載されています。

TPMでは内部統制報告書の提出は任意ですが、内部監査の体制や規程の運用状況はJ-Adviserの調査対象になります。少人数の管理部門で内部監査を行う場合は、担当者が自分の所属部署を監査しない工夫が必要です。内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)や監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)も参考にしてください。

会計・開示の論点:収益認識から新リース会計基準まで

会計・開示で押さえたい論点孫の手の会計・開示の論点収益認識サービス提供時に介護報酬の請求権が発生税効果評価性引当額△89,770退職給付簡便法から原則法へ変更(費用処理額9,482)役員退職慰労引当金186,663(期末要支給額)監査報酬監査証明業務 12,850非監査業務なし新リース会計基準2028年3月期期首から適用影響額は評価中

図18 第25期の財務諸表の注記などから、上場準備会社が自社に置き換えて確認しやすい論点を抜き出しました(金額は千円)

まず収益認識です。重要な会計方針では、介護サービスに係る収益は顧客との介護契約に基づいてサービスを提供する履行義務を負い、サービスの提供時に介護報酬の請求権が発生するものとして収益を認識すると記載されています。収益認識関係の注記では、単一セグメントで収益の区分が概ね単一であることから収益を分解した情報は重要性が乏しいとして省略し、契約資産・契約負債は該当なし、1年を超える重要な契約もないとしています。介護報酬のように公定価格で請求する事業でも、提供実績と請求の照合、返戻・査定への対応は売上の正確性に直結します。売掛金の回転を示す指標として、同社は当期の回収率86.9%、滞留期間49.5日を開示しています。収益認識の全体像は収益認識基準 完全ガイドを参照してください。

次に引当金と退職給付です。孫の手は退職一時金制度を採用しており、従業員数の増加に伴い、前事業年度末に退職給付債務の計算方法を簡便法から原則法に変更しました。この変更に伴う費用処理額は9,482千円で、割引率は第24期0.264%、第25期0.981%です。役員退職慰労引当金は役員退職慰労金規程に基づく期末要支給額186,663千円で、第25期の純資産284,920千円の約65%に相当します。上場準備では、従業員数が増えた段階で退職給付の計算方法や規程の整備状況を見直すことが、監査対応上の論点になりやすいといえます。

税効果会計では、第25期末の繰延税金資産小計131,927千円に対し評価性引当額89,770千円を控除し、特別償却準備金や資産除去債務に対応する除去費用に係る繰延税金負債と相殺した結果、繰延税金負債8,432千円(純額)となっています。第24期末には税務上の繰越欠損金27,704千円(法定実効税率を乗じた額)について繰延税金資産を計上していました。また、防衛特別法人税の創設に伴い、2026年4月1日以後開始する事業年度以降に解消が見込まれる一時差異等について法定実効税率を34.3%から35.1%に変更した(影響は軽微)と記載されています。

重要な会計上の見積りの注記は、前事業年度・当事業年度とも「該当事項はありません」です。固定資産の減損については、事業等のリスクで、新規開設時に社内の開設基準に基づく評価プロセスを経て意思決定し、開設後も計画との比較をモニタリングしていると説明しています。監査報酬は、監査証明業務に基づく報酬12,850千円で、非監査業務に基づく報酬はありません。2025年3月期の監査を執行した公認会計士は2名(いずれも継続監査年数7年以内)、補助者は公認会計士5名です。

事業等のリスクの読み方

孫の手の事業等のリスクは、法的規制、業界環境、事業内容、その他の4つに分けて記載されています。主な項目を表にまとめます。

区分 主な項目 記載の要点
法的規制 指定の取消・停止、介護保険制度の改正 指定基準や労働法規の不遵守・不正請求で指定取消の可能性、連座制。介護報酬は3年ごとに改定
業界環境 競合、事業展開エリア 群馬県起点、栃木県・埼玉県北部でドミナント展開。総量規制で開設が難しくなる可能性
事業内容 人員確保、安全管理、自然災害、個人情報、感染症、特定経営者への依存、労務 専門資格者の継続的な確保が必須。BCPを策定。代表取締役社長への依存を軽減する体制を構築中
その他 風評、減損、有利子負債、施設の賃貸借、リース会計基準改正、コンプライアンス、大株主、新規事業、J-Adviser契約 有利子負債比率76.1%(2025年3月期)。施設の大部分は賃借。創業家等で議決権100.0%

TPMの書類でも、事業等のリスクは投資者が特に慎重に検討すべき項目として位置づけられており、冒頭の注意事項でも「事業等のリスク」を参照するよう求めています。孫の手のように、制度の根拠条文や指定の有効期間、リスクへの対応策まで具体的に書くことで、読み手は事業の前提条件を理解しやすくなります。上場準備会社は、自社のリスクを「発生した場合の影響」と「現在の対応」の両面から書けるよう、リスク管理委員会などの議論を記録に残しておくとよいでしょう。

上場準備会社が孫の手の事例から学べること

ここまでの内容を、TPM上場を検討する会社が自社に置き換えて確認できる形にまとめます。

論点 孫の手の事例 自社で確認すること
上場の目的と資金調達 公募・売出しなし。上場を機に社会的な信用を高めると記載 上場で何を得たいのか。資金調達をしない場合の12か月の運転資金の説明
公表書類の選択 特例第110条第3項に基づく「発行者情報に相当する情報」 上場時に特定投資家向け勧誘を行うかどうか
監査期間 第25期の監査と第26期中間の期中レビュー 監査法人の選定時期と、監査対象期の会計方針の整理
株主構成 創業家・資産管理会社の4名で100%、株式移動なし 上場前後の株式の持ち方、事業承継やインセンティブとの関係
ガバナンス 取締役会5名・監査役1名、社外役員なし(理由を記載) 自社の規模に応じた体制と、その理由を説明できるか
内部監査 内部監査室が全部署を監査し、三様監査の連携を定期的に実施 内部監査計画・報告・改善のサイクルが回っているか
財務体質 自己資本比率8.5%、有利子負債比率76.1%、新リース基準の影響を評価中 借入依存度と新リース会計基準の影響試算
J-Adviser契約 解除条項と事前催告まで詳細に開示 契約条項を理解し、上場維持の条件として管理できるか
  • 上場の目的(信用力、採用、営業、資金調達など)を言葉にし、TPMを選ぶ理由を説明できる
  • 上場時に特定投資家向け取得勧誘等を行うかを決め、公表する書類(特定証券情報か発行者情報に相当する情報か)を確認した
  • 上場予定日から12か月間の運転資金の見通しを、資金調達の有無を前提に説明できる
  • 監査対象となる最近1年間と中間期について、監査法人と監査・期中レビューの計画を合意した
  • 関連当事者との取引を洗い出し、解消または合理性の説明ができる状態にした
  • 担当J-Adviser契約の解除条項を読み、上場維持に必要な管理項目(開示期限、株式事務など)を社内で共有した

よくある質問

Q1. TOKYO PRO Marketに上場すれば、必ず資金調達ができるのですか。

できるとは限りません。孫の手は上場に際して特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等を行っておらず、上場時の資金調達はありません。東証の2026年6月15日時点の集計でも、上場目的に「増資」を挙げた会社は約10%でした。TPMで資金調達を行う場合は、特定投資家向けの取得勧誘等の枠組みと特定証券情報の公表が関係します。

Q2. TPMには上場審査がないのですか。

形式基準(数値基準)がないだけで、審査がないわけではありません。担当J-Adviserが上場適格性要件への適合を調査・確認し、東証も意向表明後に面談を行います。上場申請後は原則として10営業日で上場承認となりますが、その前にJ-Adviserの調査と意向表明の期間があります。

Q3. 社外役員がいなくてもTPMに上場できるのですか。

孫の手は社外役員を置かずに上場しており、その理由と今後の考え方を書類に記載しています。TPMでは機関設計の形式要件が一律に定められているわけではなく、企業の規模や成熟度等に応じた体制かどうかを担当J-Adviserが調査します。ただし、何が求められるかは会社ごとに異なるため、J-Adviserとの事前の確認が欠かせません。

Q4. TPMに上場した後、グロース市場に移るのは簡単ですか。

TPMから一般市場への移行は市場区分の変更ではなく、TPMの上場廃止と一般市場への新規上場として扱われます。現状では非上場企業と同様に一から審査が行われるとされ、TPM実績を勘案した審査の効率化は2026年秋めどの予定として公表されていますが、実施状況は本記事作成時点で確認できていません。

最初の一歩は「上場の目的」と「12か月の資金計画」を書き出すこと

孫の手の事例は、資金調達を伴わないTPM上場でも、事業の説明、リスク、ガバナンス、内部監査、J-Adviser契約まで、相応の開示と体制整備が必要になることを示しています。まずは、TPMに上場して何を実現したいのかを一文で書き出し、上場予定日から12か月間の資金計画と、監査を受ける最近1年間の決算の準備状況を確認することから始めてみてください。そのうえでJ-Adviser候補に相談すると、必要な準備の範囲が具体的に見えてきます。

まとめ

株式会社孫の手は、2001年に訪問看護の会社として創業し、群馬県・栃木県を中心に28拠点の介護サービスを展開する会社で、2026年3月5日にTOKYO PRO Marketに上場しました。上場承認日は2026年2月26日、申請受付日は2026年2月10日、担当J-Adviserは日本M&Aセンターです。上場に際して特定投資家向けの勧誘を行わず、特例第110条第3項に基づく「発行者情報に相当する情報」を公表している点、株主が創業家と資産管理会社の4名で上場前の株式移動もない点、監査を受けた財務諸表が第25期のみ(第26期中間は期中レビュー)である点が、一般市場の上場とは大きく異なります。

ガバナンス面では、取締役会5名・監査役1名で社外役員を置かず、その理由を記載する一方、内部監査室・監査役・監査法人の連携、リスク管理委員会、J-Adviser契約の解除条項を詳しく開示しています。財務面では、借入金に依存した施設投資と新リース会計基準の影響が論点です。TPM上場を検討している方は、本記事のチェックリストを使って、上場の目的、資金計画、監査、株主構成、J-Adviser契約の準備状況を確認してみてください。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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