ヴァンガードスミスのTOKYO PRO Market上場|公募なし上場と非弁リスク【発行者情報から読む上場準備】

※本記事は2026年10月7日時点の公表資料に基づきます。

株式会社ヴァンガードスミス(証券コード511A)は、元警察官の相談員が騒音・迷惑行為・SNSトラブルなど「事件未満」の近隣トラブルの解決を支援するサービスを展開する会社で、2026年3月6日に東京証券取引所のTOKYO PRO Market(以下「TPM」)に上場しました。上場申請(申請受付日)は2026年2月5日、上場承認日は2026年2月20日、担当J-Adviserは株式会社SBI証券です。本記事では、上場申請時に東京証券取引所のウェブサイトで公表された開示書類(全66ページ)を読み、TPMへの上場を検討している会社や上場準備会社の経営者・CFO・管理部門の方が実務の参考にできるポイントを整理します。

結論からいえば、ヴァンガードスミスの事例は「新株の発行や株式の売出しを伴わずにTPMへ上場する場合、どの書類で何を開示し、どのような体制を整えるのか」を学ぶのに適した事例です。同社は上場に際して特定投資家向けの取得勧誘・売付け勧誘等を行わなかったため、いわゆる「特定証券情報」ではなく、特例の規定にもとづいて「発行者情報に相当する情報」を公表しています。決算期の変更による2か月の変則決算、最近1年間(第11期)だけ監査を受けた財務諸表、創業者と資産管理会社で8割超を保有する株主構成、上場直前の株式分割と譲渡制限の廃止、そしてJ-Adviser契約の解除条項の全文開示など、TPMならではの論点が1冊にまとまっています。

ヴァンガードスミスとはどんな会社で、いつTOKYO PRO Marketに上場したのか

ヴァンガードスミスは、北海道警察での勤務経験がある代表取締役の田中慶太氏が、「トラブルを事件にさせない社会」の実現を目指し、近隣トラブル解決支援サービスを日本の社会インフラにすることを掲げて2015年10月に東京都中央区で創業・設立した会社です。現在の本店は東京都港区西新橋で、決算期は5月31日です。子会社や関係会社はなく、財務諸表は単体のみで作成されています。

2025年11月30日現在の従業員数は73名(ほかに臨時雇用者が年間平均24名)、平均年齢39.3歳、平均勤続年数1.5年、平均年間給与5,511千円です。セグメント別では近隣トラブル解決支援事業が44名、不動産事業が4名、総務・経理等の管理部門と営業部・事業企画部からなる全社(共通)が25名で、2025年5月末から18名増えています。増加の理由は業容拡大に伴う定期採用と期中採用と説明されています。

項目 内容(開示書類の記載)
正式社名 株式会社ヴァンガードスミス(Vanguard Smith Corporation)
証券コード・市場 511A・TOKYO PRO Market
上場申請(申請受付日) 2026年2月5日(開示書類の公表日も同日)
上場承認日 2026年2月20日
上場日 2026年3月6日
担当J-Adviser 株式会社SBI証券(J-Adviser契約の締結は2025年7月1日)
上場時の勧誘 特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等は実施しない
公表した書類 発行者情報(特例第110条第3項にもとづく発行者情報に相当する情報)
設立・本店 2015年10月設立・東京都港区西新橋一丁目
決算期 5月31日(2024年5月に3月決算から変更)
事業 近隣トラブル解決支援事業、不動産事業(貸別荘・リノベーション)
発行済株式数 748,700株(2025年12月1日の株式分割後、単元株式数100株)
機関設計 監査役会設置会社(取締役5名うち社外2名、監査役3名うち社外2名)
会計監査 史彩監査法人(第11期の財務諸表を監査)
従業員数 73名(臨時24名)、2025年11月30日現在

上場までの日程を並べると、2025年7月1日に担当J-Adviser契約を締結し、同年11月に株式の譲渡制限の廃止と株式分割などの株式の整備を行い、2026年2月5日に上場申請、2月20日に上場承認、3月6日に上場という流れです。上場申請から上場承認までは10営業日で、TPMでは原則として上場申請から10営業日後に上場が承認される仕組みと一致しています。

J-Adviser契約からTOKYO PRO Market上場までの日程2025/7/1J-Adviser契約(SBI証券)2025/11譲渡制限廃止1株→100株分割2026/2/5上場申請(書類公表)2026/2/20上場承認2026/3/6TPM上場上場申請(2月5日)から上場承認(2月20日)まで10営業日上場に際して特定投資家向け取得勧誘・売付け勧誘等を実施しない(新株の発行や株式の売出しによる資金調達を伴わない上場)

図1 公募・売出し(特定投資家向け取得勧誘等)を伴わない上場で、上場申請から上場承認までは10営業日だった。発行者情報(2026年2月5日公表)と東京証券取引所の新規上場会社情報をもとに作成

開示書類の表紙には「上場に際して特定投資家向け取得勧誘又は特定投資家向け売付け勧誘等を実施しないことから、特定上場有価証券に関する有価証券上場規程の特例第110条第3項の規定により発行者情報に相当する情報を公表いたします」と記載されています。つまり、上場と同時に新株を発行したり既存株主が株式を売り出したりすることはなく、既存の株式をそのまま上場させた形です。JPXの新規上場会社情報では特定証券情報の欄からこの書類にたどり着けますが、書類の名称は「発行者情報」である点に注意して読む必要があります。

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何で稼いでいるのか:事業内容と収益モデル

同社は「困っている人を助ける」をアイデンティティとし、法律では対処できない事件未満のトラブルに対して、現場経験のある元警察官が適時・適切に対応することでトラブルの解決を支援しています。開示書類では、生活スタイルや価値観の多様化に伴い、騒音・迷惑行為などの近隣トラブルやSNSによる嫌がらせなど、法律での即時対処が難しいトラブルが増加・複雑化していると説明されています。

事業系統図を見ると、近隣トラブル解決支援事業では、不動産管理会社などの業務委託先・業務提携先との業務委託・提携契約と、個人との契約の2つの経路で会員を獲得しています。相談を受けた当社は相談者と相手方の状況をヒアリングし、相手方(被相談者)への状況確認や協力依頼を行い、必要に応じて警察・社会福祉等へ状況連絡をする、という関係です。不動産事業では、別荘所有者との賃貸借契約にもとづいて一棟貸しの貸別荘を運営し、宿泊サイトを通じて宿泊者を受け入れています。

ヴァンガードスミスの事業モデル(事業系統図の要点)近隣トラブル解決支援事業業務委託先・提携先(不動産管理会社等)会員(相談者)ヴァンガードスミス元警察官の相談員被相談者(相手先)警察・社会福祉等不動産事業(貸別荘)別荘所有者当社(一棟貸し)宿泊者・宿泊サイト提携契約個人契約協力依頼状況連絡賃貸借契約宿泊契約

図2 近隣トラブル解決支援事業では、不動産管理会社等との業務委託・提携契約や個人契約にもとづき、元警察官の相談員が相談対応と相手方への協力依頼を行う。発行者情報の事業系統図をもとに作成

3つのサービスと会員数の伸び

近隣トラブル解決支援事業の主なサービスは「Mamorocca」「Pサポ」「Pサポ+」の3つです。MamoroccaとPサポは、騒音トラブル、迷惑行為、SNSトラブルなど警察では介入が難しい事件未満の近隣トラブルに対し、元警察官で構成された専門の相談員が解決を支援するサブスクリプションサービスで、Mamoroccaは不動産業界向け、Pサポは個人と不動産以外の業界向けです。不法侵入などの被害に遭った会員には、盗難された家財の補償、鍵交換、セキュリティ機器購入費用など生活の再建に必要な費用を保険金として支払う仕組みも組み込まれています。

Pサポ+は、法人事業者やその従業員が受けるカスタマーハラスメントへの対応サービスです。事業者の規程にもとづいて「カスタマーハラスメント顧客」と認定された顧客からの電話を当社に転送して対応窓口を移し、連絡の断絶までをサポートするほか、被害を受けた従業員からの電話相談にも応じます。沿革によれば、カスタマーハラスメント対応は2023年11月に始まり、累計会員数は2021年12月に10万人、2024年4月に100万人を超え、2025年11月には333万人に達しています。対処すべき課題では、会員数3,000万世帯を目標に、不動産管理業界だけでなく保険・クレジットカード・通信・エネルギーなどの業界にもサービスを広げるとしています。

近隣トラブル解決支援事業の3つのサービスMamorocca不動産業界向け騒音・迷惑行為・SNSトラブルなど事件未満の近隣トラブルの相談を元警察官が解決支援Pサポ個人・不動産以外の業界向けMamoroccaと同様の相談支援サービスを個人や不動産以外の業界向けに提供Pサポ+法人事業者向けカスハラ認定顧客の電話を当社へ転送し連絡の断絶までを支援被害従業員の相談も2サービス共通:不法侵入などの被害に、家財の補償・鍵交換・セキュリティ機器購入費用等を保険金として支払い

図3 MamoroccaとPサポは事件未満の近隣トラブルの解決を支援するサブスクリプション、Pサポ+は法人向けのカスタマーハラスメント対応。発行者情報「事業の内容」をもとに作成

主要な販売先は、㈱エイブル(第11期の販売実績213,337千円、総販売実績の14.3%)と積水ハウス不動産ホールディングス㈱(同180,870千円、12.2%)です。事業等のリスクでは、上位2社で売上全体の25%超を占めることが「特定取引先への依存度」として挙げられています。不動産管理会社を通じて入居者を会員にする「全戸一括導入」(2022年7月開始)のような導入形態は、1社との契約で会員数が大きく増える一方、取引先が集中しやすい構造でもあります。上場準備では、主要顧客との契約条件、更新の見込み、依存度を下げる施策を事業計画とあわせて説明できるようにしておくことが大切です。

沿革:グループ4社体制から単体の会社へ

沿革で目を引くのは、グループ構成の変化です。2021年7月に、カード決済事業の㈱レジデンシャルペイメント、施工事業の㈱ウォルクラフト、貸別荘事業の㈱SGOを完全子会社としてグループ4社体制になりましたが、2023年6月には当社がレジデンシャルペイメントを、SGOがウォルクラフトをそれぞれ吸収合併して2社体制に再編し、2024年4月1日に当社がSGOを吸収合併して単体の会社になりました。企業結合の注記では、SGOが行う不動産事業を当社に集約することで間接費用を削減し、経営の効率化を図ることが目的と説明されています。

あわせて2024年5月24日の臨時株主総会で決算期を3月31日から5月31日に変更しています。この結果、第10期は2024年4月1日から5月31日までの2か月決算となりました。上場準備の過程で子会社の整理や決算期の変更を行う会社は少なくありませんが、変則決算の期が業績推移の表に入ると、期間比較の説明が必要になります。

沿革:設立からTPM上場申請まで2015年10月当社設立(東京都中央区)2019年5月近隣トラブル解決支援事業を開始2020年5月・10月㈱エイブルの関東の一部エリアで事業開始、同年10月に全国エリアへ拡大2021年7月カード決済・施工・貸別荘の3社を完全子会社化し、グループ4社体制2023年6月子会社の吸収合併によりグループ2社体制に再編2023年11月日本経済団体連合会に加盟、カスタマーハラスメント対応を開始2024年4月・5月㈱SGOを吸収合併、保険付き商品の販売開始、累計会員100万人、決算期を5月に変更2024年11月積水ハウス不動産グループに対するサービス開始2025年11月累計会員数が333万人に達する

図4 グループ4社体制から吸収合併を重ねて単体の会社となり、決算期を変更したうえで上場準備を進めた。発行者情報「沿革」をもとに作成

上場準備の全体像の中で、組織再編や決算期変更をいつ行うかは早めに決めておきたい論点です。直前期の前後に再編を行うと、財務諸表の比較可能性や監査の範囲に影響が出るためです。準備期間ごとのタスクはIPO準備の全体像(N-3期〜N期)で整理しています。

業績の推移:第11期に売上高14億円、経常利益4億円

主要な経営指標等の推移は次のとおりです。連結財務諸表は作成されておらず、すべて単体の数値です。第8期と第9期はキャッシュ・フロー計算書を作成していないため、キャッシュ・フローの各項目は第10期からの記載です。また、1株当たりの数値は2025年12月1日の株式分割(1株につき100株)が第8期の期首に行われたと仮定して算定されています。

項目(千円) 第8期 2023年3月 第9期 2024年3月 第10期 2024年5月(2か月) 第11期 2025年5月
売上高 561,237 933,699 197,369 1,487,124
経常利益 81,786 232,248 44,920 444,681
当期純利益 52,084 159,100 15,769 294,958
純資産額 161,597 192,613 208,382 503,340
総資産額 366,341 562,847 817,783 1,160,615
自己資本比率(%) 44.1 57.0 25.5 43.4
営業活動によるCF - - △10,168 427,510
従業員数(臨時) 27(-) 34(17) 42(21) 55(24)

開示書類の注記によれば、特例第110条第5項の規定にもとづき、第11期の財務諸表は史彩監査法人の監査を受けていますが、第8期・第9期・第10期の財務諸表は監査を受けていません。TPMの新規上場で求められる監査期間は「最近1年間」であり、監査済みの財務諸表は第11期の1期分だけという構成です。業績の推移を読むときは、第10期までは監査を受けていない数値であること、第10期は2か月の変則決算であることの2点を押さえておく必要があります。

売上高と経常利益の推移(単位:百万円)04008001,2001,600第8期 2023/3第9期 2024/3第10期 2024/5第11期 2025/55619341971,4878223245445売上高経常利益第10期は2か月

図5 百万円未満を四捨五入。第10期は決算期変更による2024年4月〜5月の2か月決算。第8期〜第10期は監査を受けておらず、監査を受けたのは第11期のみ。発行者情報「主要な経営指標等の推移」をもとに作成

第11期(2024年6月1日〜2025年5月31日)の売上高は1,487,124千円、営業利益は442,698千円、経常利益は444,681千円、当期純利益は294,958千円でした。業績等の概要では、主力サービスの受注拡大を進め、相談員として元警察官を継続的・安定的に採用して相談品質を維持・改善しながら業容の拡大と収益力の強化に取り組んだと説明されています。

損益計算書を分解すると、売上原価278,459千円の主な内訳は業務委託費187,375千円と支払手数料69,691千円で、売上総利益は1,208,664千円です。販売費及び一般管理費は765,966千円で、主な項目は給料手当250,321千円、支払手数料98,068千円、賞与引当金繰入額30,398千円です。特別損失として、2024年12月の本社移転に伴う本社移転費用10,437千円を計上しています。

第11期(2025年5月期)の売上高から営業利益まで(単位:百万円)売上高1,487売上原価-278販管費-766営業利益443営業外損益 +2 → 経常利益 445 → 特別損失(本社移転費用)△10 → 税引前当期純利益 434

図6 百万円未満を四捨五入。売上原価の主な内訳は業務委託費187百万円と支払手数料70百万円、販売費及び一般管理費の主な項目は給料手当250百万円。発行者情報の損益計算書をもとに作成

セグメント別に見ると、近隣トラブル解決支援事業は大口顧客との取引開始により売上高1,412,425千円、セグメント利益464,766千円でした。一方、不動産事業は売上高74,699千円、セグメント損失22,068千円で、運営している貸別荘の一部物件で修繕と人材難により宿泊希望日数すべての営業ができなかったことが理由とされています。固定資産の増加額は不動産事業が128,706千円と大きく、第11期の設備投資総額164,271千円の多くが貸別荘用地の取得と開発に充てられています。

第11期のセグメント別の売上高と損益(単位:百万円)近隣トラブル解決支援事業売上高1,412セグメント利益465不動産事業売上高75セグメント損失△22セグメント資産:近隣トラブル解決支援事業 881百万円、不動産事業 280百万円固定資産の増加額:近隣トラブル解決支援事業 36百万円、不動産事業 129百万円

図7 百万円未満を四捨五入。不動産事業は一部物件の修繕と人材難により宿泊希望日数すべての営業ができず損失となった。前期とのセグメント比較は記載されていない。発行者情報のセグメント情報をもとに作成

キャッシュ・フローは、営業活動で427,510千円の収入、投資活動で184,913千円の支出、財務活動で42,185千円の支出となり、期末の現金及び現金同等物は543,003千円です。また、経営成績等の分析の「運転資本」の項では、上場予定日(2026年3月6日)から12か月間の運転資本は、自己資金と金融機関からの借入による資金調達が可能であることから十分であると判断している、と記載されています。TPMの上場適格性要件では、上場予定日から12か月間の運転資金の確保が「企業としての相応性」の確認事項の一つとされており、その確認結果が開示書類に表れている部分です。

なぜTOKYO PRO Marketを選んだのか

ヴァンガードスミスの開示書類には、TPMを上場先に選んだ理由や上場の目的を説明した記載はありません。上場に関連する目的として書かれているのは、2025年12月1日の株式分割について「当社株式の流動性の向上と投資家層の拡大を図ること」とした部分だけです。そのため本記事では、同社がTPMを選んだ理由は推測せず、一般論としてTPMという市場の特徴を整理します。

TPMは、2008年の金融商品取引法の改正で導入された「プロ向け市場制度」にもとづいて2009年6月にTOKYO AIMとして開設され、2012年7月から東京証券取引所が運営を引き継いだ市場です。法令上は「特定取引所金融商品市場」と位置づけられ、プライム・スタンダード・グロースの一般市場とは別の市場です。特定投資家(いわゆるプロ投資家)等を対象とした市場で、一般投資家は取引所で買い付けることができませんが、保有している株式を売却することはできます。

東京証券取引所は2026年4月3日、TPMを「一般市場上場と非上場の間の多様な活用ニーズに対応する市場」と位置づけ直し、特に一般市場への上場前の助走の場として使う企業を重点的に支援する方針を示しました。同じ時期から、新規上場時に「上場目的」(なぜTPMに上場し、どう活用するか)を検討・開示するよう要請しています。これは東証の「お願い」であり規程上の義務ではありません。ヴァンガードスミスの上場(2026年3月)はこの要請が始まる前で、今回読んだ開示書類にも上場目的の記載はありません。

TPMの特徴 内容
市場の位置づけ 特定取引所金融商品市場(プロ向け市場)。一般市場とは別の市場
買付けできる投資家 特定投資家等(一般投資家は買付け不可、保有株式の売却は可能)
上場基準 株主数・流通株式・利益の額などの形式基準(数値基準)はない
上場適格性の確認 担当J-Adviserが上場適格性要件(5項目)への適合を調査・確認
上場承認までの期間 原則として上場申請から10営業日後に上場承認
上場前の監査期間 最近1年間
開示書類 上場時は特定証券情報、上場後は発行者情報(年次・中間)
会計基準・開示言語 日本基準・米国基準・IFRS(とこれらと同等と認められる基準)、英語又は日本語

この表のとおり、TPMは数値基準を満たすことよりも、担当J-Adviserが企業の規模や成熟度に応じた体制を確認することに重心を置いた市場です。2026年6月15日時点の東証の集計では、TPM上場会社が開示した上場目的の上位は社内体制の強化・営業力の強化・採用力の強化で、「増資」を挙げた会社は10%にとどまります。TPMへの上場は必ずしも資金調達とセットではなく、ヴァンガードスミスのように新株の発行や売出しを伴わない上場もある、という点は押さえておきたいところです。

TOKYO PRO Marketの上場の仕組みを同社の記載に即して読む

J-Adviserの調査と上場適格性要件

TPMでは、ロンドン証券取引所のAIMのNomad制度を参考にしたJ-Adviser制度が採られています。東証が資格を認証したJ-Adviserが、上場前には上場適格性の調査・確認を、上場後には適時開示の助言・指導と上場維持要件への適合状況の調査を担います。上場適格性要件は、(1)企業としての相応性、(2)事業を公正かつ忠実に遂行していること、(3)コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が企業の規模や成熟度等に応じて整備・機能していること、(4)企業内容等の開示を適正に行える体制、(5)反社会的勢力との関係を有しないことその他公益又は投資者保護の観点から必要な事項、の5項目です。

手続としては、J-Adviser契約の締結後に担当J-Adviserが調査・確認を行い、上場申請日の30営業日程度前までに東証へ意向表明をし、東証の面談を経て上場申請(対外公表)に進みます。ヴァンガードスミスの場合、J-Adviser契約の締結(2025年7月1日)から上場申請(2026年2月5日)までは約7か月でした。開示書類の表紙の「投資者に対する注意事項」にも、TPMではJ-Adviserが重要な役割を担い、その役割に上場適格性要件に関する助言・指導と上場申請手続のマネジメントが含まれることが明記されています。

TOKYO PRO Marketの上場の仕組みJ-Adviser契約の締結J-Adviserの調査・確認意向表明(申請の約30営業日前まで)上場申請(書類の公表)原則10営業日後に上場承認上場適格性要件(5項目)企業としての相応性事業の公正・忠実な遂行ガバナンス・内部管理体制企業内容等の開示体制反社会的勢力との関係なし株主数・流通株式・利益の額などの数値基準(形式基準)はないヴァンガードスミスの場合:J-Adviser契約 2025年7月1日 → 上場申請 2026年2月5日→ 上場承認 2026年2月20日 → 上場 2026年3月6日

図8 数値による形式基準はなく、担当J-Adviserが上場適格性要件への適合を調査・確認する。東証は原則として上場申請から10営業日後に上場を承認する。JPX「上場ガイドブック TOKYO PRO Market編」等をもとに作成

TPMについてよくある誤解が「形式基準がないから審査もない」というものです。実際には、数値基準の代わりに担当J-Adviserが5つの要件を調査し、「上場適格性に係る宣誓書」を作成して東証に提出します。申請会社側も、法律・会計・税務の理解、予算統制、関連当事者取引の牽制、取締役会や監査役会の運営と議事録、反社会的勢力との関係の確認などについて、J-Adviserからの質問に資料で答えられる状態をつくっておく必要があります。

特定証券情報と発行者情報:同社が公表した書類の位置づけ

TPMの上場株式は特定投資家向けの有価証券であり、法定開示は有価証券届出書や有価証券報告書ではなく、金融商品取引法第27条の31以下の「特定証券情報」と「発行者情報」によって行われます。特定投資家向け取得勧誘(いわゆるプロ私募)や特定投資家向け売付け勧誘等を行う発行者は、勧誘時までに特定証券情報を提供・公表しなければならず、TPMでは上場申請の段階で公表されます。

ヴァンガードスミスは、上場に際してこれらの勧誘を行わないため、特例第110条第3項の規定により「発行者情報に相当する情報」を公表しました。書類の構成は、第一部「企業情報」(企業の概況、事業の状況、設備の状況、発行者の状況、経理の状況など)、第二部「特別情報」、第三部「当該有価証券以外の有価証券に関する事項」、第四部「株式公開情報」で、一般市場のⅠの部に近い項目が並びます。上場後は、事業年度と中間会計期間ごとに、それぞれ期末から3か月以内に発行者情報を作成・公表することになります。

上場時と上場後の開示書類上場時上場時に特定投資家向け取得勧誘等を行うか行う場合特定証券情報を公表行わない場合(ヴァンガードスミス)発行者情報に相当する情報を公表上場後に求められる主な開示年次の発行者情報期末後3か月以内中間の発行者情報中間期末後3か月以内適時開示(決算情報を含む)四半期開示・内部統制報告書は任意年次・中間の財務諸表には監査法人の監査意見・レビューの結論等が必要

図9 上場時に特定投資家向けの取得勧誘・売付け勧誘等を行わないため、ヴァンガードスミスは特例第110条第3項にもとづき発行者情報に相当する情報を公表した。上場後の枠組みはJPXの公表資料をもとに作成

表紙の注意事項には、発行者情報の重要な事項に虚偽があったり、記載すべき重要な事実が欠けていたりした場合に、公表時の役員が金融商品取引法第27条の34で準用する第22条にもとづき、有価証券を取得した者に損害賠償責任を負う旨も書かれています。TPMの開示が簡素だからといって責任が軽いわけではありません。開示書類の作成体制についてはIPO審査の「企業内容等の開示の適正性」もあわせてご覧ください。

J-Adviser契約は上場維持の前提

同社の開示書類の特徴の一つが、事業等のリスクの最後に「J-Adviserとの契約の解除に関するリスク」を置き、SBI証券との契約の解除条項を全文で載せている点です。当該契約はTPMにおける新規上場と上場維持の前提となる契約で、契約が解除され、かつ他の担当J-Adviserを確保できない場合には、同社株式はTPMから上場廃止となると説明されています。

解除条項には、債務超過(1年以内に解消しない場合など)、銀行取引の停止、破産・再生・更生手続、事業活動の停止、不適当な合併等、支配株主との取引の健全性の毀損、発行者情報等の提出遅延、虚偽記載又は不適正意見等、重大な法令違反、株式の譲渡制限、完全子会社化、株主の権利の不当な制限、反社会的勢力の関与などの条項が①から⑳までの番号を付して並び(このうち④は、再建計画を開示した場合には原則として解除しない旨の定め)、これらの事由に該当した場合にSBI証券は即日無催告で契約を解除できるとされています。公表日現在、解除条項に該当する事象は生じていないとも書かれています。

担当J-Adviser契約と上場維持の関係担当J-Adviser契約SBI証券(2025年7月1日締結)解除事由に該当→ 即日無催告解除が可能他の担当J-Adviserを確保できるか確保できた→上場維持確保できない→上場廃止解除条項の主な分類(①〜⑳)財務の悪化債務超過・銀行取引停止・破産手続等開示・監査発行者情報等の提出遅延・虚偽記載・不適正意見等株式・組織再編譲渡制限・完全子会社化・全部取得・株式併合等ガバナンス・その他株主の権利の不当な制限・反社会的勢力の関与等

図10 J-Adviser契約は新規上場と上場維持の前提となる契約で、解除され他の担当J-Adviserを確保できない場合は上場廃止となる。発行者情報「事業等のリスク」の契約解除条項をもとに作成

一般市場では上場廃止基準を取引所の規程で確認しますが、TPMでは上場会社とJ-Adviserの契約が実質的に上場維持の条件を形づくっています。TPMへの上場を検討する会社は、J-Adviser候補との契約交渉の段階で解除条項の内容を確認し、どの事象が自社にとって現実的なリスクになるかを社内で共有しておくとよいでしょう。

一般市場(グロース・スタンダード)とは何が違うのか

ここまでの内容を、一般市場への新規上場と比べて整理します。TPMの欄はJPXの公表資料にもとづく内容です。一般市場の詳細な要件は市場区分ごとに異なるため、ここでは大づかみな違いにとどめています。

比較項目 TOKYO PRO Market 一般市場(グロース・スタンダード)
買付けできる投資家 特定投資家等(一般投資家は買付け不可・売却は可能) 制限なし
上場基準 形式基準(数値基準)なし。上場適格性要件への適合を確認 株主数・流通株式などの形式要件と実質審査基準
上場適格性・審査の担い手 担当J-Adviserが調査・確認 東証の上場審査(主幹事証券の引受審査も)
申請から承認まで 原則10営業日 東証の上場審査に一定の期間を要する
上場前の監査期間 最近1年間 直前2期
上場時の開示書類 特定証券情報(勧誘を行わない場合は発行者情報に相当する情報) 新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)、有価証券届出書など
上場後の法定開示 発行者情報(年次・中間、各期末後3か月以内) 有価証券報告書・半期報告書
四半期開示 任意 取引所規則上の四半期決算短信
内部統制報告書 任意 金融商品取引法の内部統制報告制度の対象
上場後の支援者 担当J-Adviser(契約の維持が上場維持の前提) 主幹事証券など(上場維持の前提となる契約ではない)

TPMの監査期間は最近1年間で、ヴァンガードスミスでも第11期の1期分のみが監査対象でした。ただし「監査が不要」なわけではなく、監査法人による無限定適正意見などが記載された監査報告書が必要です。中間の発行者情報の財務諸表にも中間監査の意見やレビューの結論が求められます。監査法人の選定時期については監査法人はいつまでに決めるかで解説しています。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

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資本政策と株主構成:創業者と資産管理会社で8割超

開示書類の「株主の状況」によれば、上位10名の株主は、㈱EXTOCK 370,300株(49.46%)、田中慶太氏 239,800株(32.03%)、ヴァンガードスミス従業員持株会 16,100株(2.15%)、INFINITY Com Limited 15,000株(2.00%)、古橋昌也氏 15,000株(2.00%)、㈱エフ 10,000株(1.34%)、鈴木康之氏 10,000株(1.34%)、島崎智大氏 7,000株(0.93%)、島崎貴次氏 7,000株(0.93%)、島崎憲明氏 6,000株(0.80%)で、10名の合計は696,200株(92.98%)です。

㈱EXTOCKは、関連当事者情報の注記によると田中慶太氏が議決権の100%を直接所有する資産管理会社で、田中氏本人の持株と合わせると81.49%になります。所有者別状況(2025年11月30日現在、株式分割前)では、株主数はその他の法人4名、外国法人等1名、個人その他23名の計28名です。上場時に新株の発行や売出しを行っていないため、上場によって株主構成が変わったわけではありません。従業員持株会については、名称変更等を含めて検討しているとの注記があります。

上場申請時点の株主構成(株式分割後の748,700株に対する割合)㈱EXTOCK(資産管理会社)49.46%田中 慶太(代表取締役)32.03%従業員持株会2.15%INFINITY Com Limited2.00%古橋 昌也2.00%その他の株主(差引き)12.36%田中慶太氏と資産管理会社の合計 81.49%(上位10名の合計は92.98%)

図11 ㈱EXTOCKは田中慶太氏が議決権の100%を直接所有する資産管理会社。割合は発行者情報「株主の状況」の記載で、上場申請時点のもの。「その他の株主」は差引きで算出。発行者情報をもとに作成

TPMには株主数や流通株式比率の数値基準がないため、このように創業者グループが大半を保有したまま上場することができます。一方で、将来一般市場への上場を目指す場合には、一般市場の形式要件として株主数や流通株式に関する基準を満たす必要が出てきます。流通株式の考え方は流通株式比率の計算式と調べ方で解説しています。

上場前の株式の整備:譲渡制限の廃止と1株→100株の分割

同社は上場申請の前に、株式に関する一連の手続を行っています。2025年11月11日の取締役会で株式分割を決議し、11月27日の臨時株主総会で定款を変更して株式の譲渡制限を廃止するとともに、発行可能株式総数を10,000株から29,000株に、単元株式数を1株から100株に変更しました。そのうえで11月28日を基準日として、12月1日付で普通株式1株を100株に分割し、発行済株式総数は7,487株から748,700株に、発行可能株式総数は2,900,000株になりました。株式分割の目的は「流動性の向上と投資家層の拡大」と記載されています。

また、2025年11月27日の臨時株主総会では取締役と監査役が選任されており、取締役の任期は2027年5月期、監査役の任期は2029年5月期に係る定時株主総会の終結の時までとされています。株主名簿管理人には三井住友信託銀行が就き、上場に伴い同社株式は振替株式となります。新株予約権(ストック・オプション)、自己株式、種類株式はいずれも「該当事項なし」です。

上場申請前に行われた株式の整備2025/11/11取締役会株式分割を決議2025/11/27臨時株主総会定款の一部変更2025/11/28株式分割の基準日2025/12/11株→100株7,487→748,700株臨時株主総会での定款変更の内容株式の譲渡制限を廃止発行可能株式総数1万株→2.9万株単元株式数1株→100株分割後の発行可能株式総数は2,900,000株、発行済株式総数は748,700株

図12 株式の譲渡制限の廃止、発行可能株式総数と単元株式数の変更、1株を100株とする株式分割を2025年11月から12月に行った。株式分割の目的は流動性の向上と投資家層の拡大とされている。発行者情報をもとに作成

特別利害関係者等の株式移動と価格

第四部「株式公開情報」には、特別利害関係者等の株式等の移動状況が記載されています。たとえば2024年9月17日には大株主上位10名に該当する個人から㈱EXTOCKへ100株が1株182,102円で、2025年5月16日には㈱EXTOCKから従業員(管理部長)へ15株が同じ182,102円で譲渡されています。2025年10月20日には、田中慶太氏から個人2名へ計10株、㈱EXTOCKから取引先2者へ計30株が、いずれも1株1,001,869円で譲渡されています(株数・価格はいずれも株式分割前)。このほか、従業員持株会のメンバー退会に伴う余剰株式の返還や、役員・親族間の譲渡も記載されています。第三者割当等による株式の発行は「該当事項なし」です。

注記では、特例第115条と同施行規則第106条により、同社は上場日から5年間、直前事業年度の末日から起算して2年前の日から上場日の前日までの期間に特別利害関係者等が行った株式等の譲受け・譲渡について記録を保存することとされています。上場前の株式移動は、価格の決め方や移動の理由を後から説明できるように記録を残しておくことが基本です。一般市場の継続所有の確約など、上場前の株式の動きに関するルールは上場前に株式を動かすとどうなるか(継続所有の確約)で整理しています。

特別利害関係者等の株式移動と価格2024/9/17大株主→㈱EXTOCK100株・182,102円2025/5/16㈱EXTOCK→従業員15株・182,102円2025/10/20代表取締役・EXTOCK→個人・取引先計40株・1,001,869円価格の記載がない移動従業員持株会→代表取締役:持株会メンバーの退会に伴う余剰株式の返還(2024年10月30株、2025年1月47株)代表取締役→監査役(2024年10月30株)、取締役→二親等内の血族2名(2025年6月 各70株)

図13 株数と1株当たりの価格は2025年12月1日の株式分割前のもの。第三者割当等による株式の発行は記載されていない。発行者情報「特別利害関係者等の株式等の移動状況」をもとに作成

コーポレート・ガバナンス:監査役会設置会社と多彩な社外役員

同社は監査役会設置会社で、取締役会は5名(うち社外取締役2名)、監査役会は3名(うち社外監査役2名)で構成されています。取締役会は原則として毎月1回の定時取締役会のほか必要に応じて臨時取締役会を開き、法令・定款に定める事項や経営の基本方針などの重要な意思決定と、取締役間の相互牽制による業務執行の監督を行うと説明されています。役員は男性8名で、女性役員はいません。

役職 氏名 主な経歴(開示書類の略歴から)
代表取締役 田中 慶太 北海道警察、民間企業を経て2015年10月に当社を創業・設立
取締役 垂水 隆幸 アクセンチュア、経営共創基盤等を経てコーチング.com代表取締役社長。当社監査役を経て2025年8月取締役
取締役 大川原 洋 北海道警察 本部警務部参事等。2022年3月当社取締役
社外取締役 島崎 憲明 住友商事 代表取締役副社長執行役員等。日本公認会計士協会顧問
社外取締役 井上 康生 ALSOK(旧綜合警備保障)、東海大学教授。全日本柔道連盟常務理事等
常勤監査役 大森 滋 松下電器産業(現パナソニックホールディングス)インダストリー営業本部長等
社外監査役 高畑 恒一 住友商事 取締役副社長執行役員CFO等
社外監査役 新井 武広 東京証券取引所 証券広報部長、企業会計基準委員会 副委員長等

社外役員の選任理由として、島崎憲明氏と高畑恒一氏については総合商社での経営経験と企業財務・経理・リスクマネジメント・監査の知見、井上康生氏についてはスポーツ界、特に柔道界での実績と経験、新井武広氏については東京証券取引所での業務経験と企業会計の見識が挙げられています。社外取締役・社外監査役と当社の間には人的関係、資本的関係、取引関係その他の利害関係はないと記載され、会社法第427条第1項にもとづく責任限定契約(限度額は法令が定める最低限度額)を締結しています。

定款では、取締役は7名以内、監査役は5名以内、取締役の選任決議の定足数は議決権の3分の1以上、取締役会決議による中間配当、取締役会決議による役員の責任免除(会社法第426条第1項)が定められています。TPMでは一般市場のような機関設計の形式要件は示されておらず「柔軟なガバナンス設計」が可能とされていますが、同社は監査役会と会計監査を備えた体制を選んでいます。機関設計の選び方はIPO審査の「機関設計」とはをご覧ください。

機関設計の全体像(監査役会設置会社)株主総会取締役会(5名、うち社外2名)原則毎月1回の定時開催監査役会(3名、うち社外2名)常勤監査役1名選任選任代表取締役選定・監督会計監査:史彩監査法人連携管理部(内部監査担当)報告書・改善要望書を代表取締役へ報告随時報告社外取締役・社外監査役とは責任限定契約を締結(会社法427条1項)

図14 取締役会は5名(うち社外取締役2名)、監査役会は3名(うち社外監査役2名)。内部監査は管理部内の内部監査担当が行い、代表取締役に報告する。発行者情報「コーポレート・ガバナンスの状況」をもとに作成

役員報酬は、2025年5月期に取締役(社外取締役を除く)2名へ36,000千円、監査役(社外監査役を除く)1名へ2,800千円、社外役員3名へ17,600千円で、総額56,400千円、すべて基本報酬です。賞与やストック・オプションはありません。報酬の決定方針や決定方法についての記載はなく、取締役会・監査役会の開催回数や出席状況も記載されていません。

内部監査・内部統制:管理部内の内部監査担当と三様監査

内部監査は、管理部内に内部監査担当を置いて実施しています。各部の監査結果と改善点は、内部監査担当者から代表取締役に報告書と改善要望書を提出する体制です。監査役会は内部監査担当者から監査の実施状況について随時報告を受け、代表取締役や監査法人と定期的に意見交換を行い、取締役会以外の場でも課題・改善事項を共有して監査役監査の実効性を高めるとしています。

内部統制システムについては、職務権限規程を守ることで業務を合理的に分担し、特定の組織や担当者に権限が集中しないようにして内部牽制を働かせている、と説明されています。リスク管理は管理部が主幹部署として情報を一元化し、必要に応じて弁護士など複数の専門家から助言を受ける体制です。

内部監査・監査役監査・会計監査の連携監査役会(3名、うち社外2名)内部監査担当(管理部内に設置)監査法人史彩監査法人代表取締役監査実施状況を随時報告定期的に意見交換報告書・改善要望書定期的に意見交換

図15 監査役会は内部監査担当者から監査実施状況の報告を随時受け、代表取締役・監査法人と定期的に意見交換する。発行者情報「内部監査及び監査役会の状況」をもとに作成

内部監査担当が管理部の中にある場合、管理部自体の業務をだれが監査するか(自己監査をどう避けるか)が実務上の論点になります。同社の開示書類には自己監査の回避策についての記載はありませんが、上場準備会社が同様の体制をとる場合は、管理部の監査を他部署の担当者に任せるなどの工夫を検討しておく必要があります。考え方は内部監査の担当者と兼務(自己監査の回避)と監査役監査・内部監査・会計監査(三様監査)で解説しています。なお、TPMでは内部統制報告書の提出は任意です。

関連当事者との取引:資産管理会社への貸付と代表者からの資産購入

関連当事者情報には、代表取締役と資産管理会社との取引が記載されています。第10期(2024年4月〜5月)には、㈱EXTOCKへの短期貸付金20,000千円(受取利息66千円)と、金融機関からの借入について田中慶太氏から受けている債務保証42,149千円(保証料の支払いなし)がありました。第11期には、㈱EXTOCKへの貸付18,200千円と回収38,200千円(受取利息506千円)があり、貸付金はすべて回収されて期末残高はありません。また、田中氏から事業用資産を22,000千円と50,000千円で購入しています。貸付の金利と事業用資産の売買は、独立第三者間取引と同様の一般的な取引条件で行ったと記載されています。

関連当事者との取引の関係田中 慶太代表取締役・主要株主㈱EXTOCK資産管理会社ヴァンガードスミス金融機関事業用資産の購入(第11期)資金の貸付(第11期に全額回収)借入の債務保証(第10期、保証料なし)借入議決権の100%を所有

図16 第10期は㈱EXTOCKへの短期貸付20,000千円と代表取締役による借入の債務保証42,149千円(保証料なし)、第11期は㈱EXTOCKへの貸付18,200千円・回収38,200千円(期末残高なし)と代表取締役からの事業用資産の購入22,000千円・50,000千円。発行者情報「関連当事者情報」をもとに作成

上場準備では、代表者やその資産管理会社との取引について、取引の必要性と条件の妥当性を説明し、不要な取引は解消しておくことが求められます。TPMの上場適格性要件でも「関連当事者取引の牽制」が確認事項に含まれています。同社の事例では、資産管理会社への貸付が上場申請前の期に全額回収されている点が読み取れます。進め方は社長個人と会社の取引はどう解消するかで詳しく解説しています。

会計・開示の論点:期間按分の収益認識と前受金

財務諸表は財務諸表等規則にもとづいて作成され、特例第110条第6項で定められた会計基準のうち日本の会計基準に準拠しています。TPMでは日本基準のほか米国基準やIFRSなども選べますが、同社は日本基準を採用しています。

収益認識の会計方針では、近隣トラブル解決支援事業は業務委託契約にもとづき、顧客からの委託を受けて事件未満のトラブルに対して当社の労働力を契約期間にわたって提供することを主な履行義務としています。契約期間にわたっておおむね一定の役務を提供するため、時間の経過に応じて履行義務が充足されると判断し、約束された金額を役務の提供期間にわたって按分して収益を認識しています。貸別荘事業は宿泊約款にもとづいて宿泊サービスを提供する義務を負い、サービスの提供が完了した時点で収益を認識し、宿泊代金はチェックアウト時に受け取っています。

2つの事業の収益認識のタイミング近隣トラブル解決支援事業(一定の期間にわたり履行義務を充足)対価を受領前受金(契約負債)契約期間にわたり、時間の経過に応じて按分して収益を認識前受金(契約負債):第10期末 399,458千円 → 第11期末 370,316千円貸別荘事業(一時点で履行義務を充足)宿泊の申込み(宿泊約款)宿泊サービスの提供チェックアウト支払い・収益認識

図17 近隣トラブル解決支援事業は契約期間にわたり役務を提供するため期間按分で収益を認識し、提供前に受け取った対価は前受金(契約負債)となる。貸別荘はサービス提供完了時点で収益を認識する。発行者情報「重要な会計方針」「収益認識関係」をもとに作成

この収益認識の結果として目立つのが、貸借対照表の前受金(契約負債)です。契約負債の残高は第10期首の2,065千円から第10期末に399,458千円へ増え、第11期末は370,316千円でした。第11期の収益のうち399,458千円は期首の契約負債に含まれていたもので、残存履行義務については1年を超える重要な契約がないため記載を省略しています。前受金の相手先別内訳では㈱エイブルが242,639千円を占め、前払費用の相手先にも同社(103,223千円)が挙がっています。税効果会計の注記でも、繰延税金資産の主な発生原因は前受金(第11期末34,750千円)、繰延税金負債は前払費用(同15,684千円)です。

サブスクリプション型のサービスで代金を前受けする会社は、契約単位で役務の提供期間を管理し、前受金を月次で収益に振り替える仕組みが欠かせません。前受金と前払費用が取引先ごとに対応している場合は、契約条件と会計処理の対応関係を説明できるように整理しておくと、監査やJ-Adviserの確認がスムーズになります。収益認識の論点は上場審査で問われる収益認識にまとめています。

重要な会計上の見積りとその他の注記

重要な会計上の見積りとしては、繰延税金資産の回収可能性(第11期末44,657千円)と固定資産の減損(有形固定資産191,627千円、無形固定資産24,582千円、減損損失なし)の2項目が挙げられています。減損のグルーピングは、近隣トラブル解決支援事業を細分化せず一つの資産グループとし、不動産事業は不動産物件等を基本単位、全社共用資産は全社でグルーピングする方法で、第11期は各資産グループに減損の兆候はないと判断しています。主要な仮定はいずれも将来の売上高の予測・成長見通しです。

そのほか、本社オフィス等の原状回復義務について、資産除去債務を負債計上する代わりに差入保証金の回収が最終的に見込めない金額を合理的に見積もって費用計上する方法(使用見込期間3年、第11期の負担額6,911千円)を採っていること、退職一時金制度について簡便法で退職給付引当金1,851千円を計上していること、新しいリース会計基準(企業会計基準第34号)を2028年5月期の期首から適用する予定で影響額は評価中であることなどが注記されています。監査報酬は監査証明業務にもとづく報酬13,000千円で、非監査業務はありません。監査報酬は、監査計画の内容を基に会社の規模、業務の特性、監査時間等を勘案し、監査役会の同意を得て決めています。

事業等のリスク:非弁行為への対応が最重要

事業等のリスクの筆頭に挙げられているのが「コンプライアンスの遵守」、とりわけ弁護士法第72条に規定する非弁行為(弁護士又は弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことなど)に抵触しないことです。同社は、事業が同法に抵触せず適法である旨の意見書を外部の法律事務所から取得していると記載しています。

社内の対応としては、規程・ガイドライン・マニュアルの文書化、相談時のNGワード集の作成、熟練した相談員が他の相談員の相談内容をリアルタイムで確認・指導できる体制、過去の相談事例を参考にしたガイドラインの適時見直し、管理部による点検と定期的な内部監査、社内教育・研修と顧問弁護士からの定期的な助言・指導が挙げられています。そのうえで、非弁行為に関する解釈が変わった場合や、相談時の発言によっては非弁行為となるおそれがある場合には、事業や業績に影響が及ぶ可能性があるとしています。

非弁行為リスクへの対応の仕組みリスク:弁護士法第72条の非弁行為への抵触(解釈の変更や相談時の発言による抵触も)発行者情報に記載された主な対応外部の法律事務所から適法である旨の意見書相談時のNGワード集を作成し常に確認熟練した相談員がリアルタイムで確認・指導過去の相談事例を参考にガイドラインを適時見直し管理部の点検と内部監査による確認社内教育・研修と顧問弁護士の指導

図18 元警察官が相談対応を行う事業のため、弁護士法第72条の非弁行為に抵触しないことを最重要事項と位置づけ、外部の法律事務所の意見書の取得や社内の多層的なチェックを行っている。発行者情報「事業等のリスク」をもとに作成

このほかのリスクとして、ガバナンス体制の強化(情報漏洩やサイバーリスク)、相談品質の向上・維持(類似サービスの水準が低い場合の業界全体への影響)、経済状況や景気変動、特定取引先への依存度、資金調達、レピュテーションリスク、自然災害等、そしてJ-Adviserとの契約の解除に関するリスクが挙げられています。対処すべき課題では、元警察官の相談員の確保と育成が重要な経営課題とされ、経験豊富な相談員のノウハウを見える化し、AIも活用した教育ツールの充実を進めること、直近の離職率が20%程度であることも開示されています。

法規制と事業の境界が論点になる会社では、外部専門家の意見書を取得するだけでなく、現場の運用でその前提が守られていることを示す仕組み(チェックリスト、モニタリング、内部監査の記録)をそろえておくことが、J-Adviserの調査や一般市場の審査で説明力を持ちます。許認可や法規制の論点についてはIPOで許認可はどこまで見られるかも参考になります。

一般市場へのステップアップを考える会社にとっての示唆

ヴァンガードスミスの開示書類には、将来の一般市場への上場や市場の変更についての記載はありません。そのため同社の方針には触れず、TPMから一般市場への移行の仕組みを一般論として整理します。

項目 内容
移行の形式 市場区分の変更ではなく、TPMを申請により上場廃止し、一般市場に新規上場する
実例 AlbaLink:TPM上場廃止日2025年12月14日、グロース市場への新規上場日2025年12月15日
移行の実績 TPMから一般市場へ上場した企業は15社(2025年11月時点、東証資料)
審査の現状 東証は2025年11月の資料で、非上場企業と同様に一から確認が行われ相応の負担がある、と整理
今後の予定 TPMでの実績を勘案した一般市場の上場審査の効率化、開示様式の共通化・簡素化を「26年秋めど」に予定と公表(2026年4月)
ヴァンガードスミスの記載 将来の市場変更等についての記載なし

TPMから一般市場へ移る場合、一般市場の形式要件(株主数や流通株式など)や監査期間、内部統制報告制度、四半期の決算短信など、TPMでは求められない、あるいは任意とされている事項に対応する必要があります。東証が予定として公表している審査の効率化が実際にどのような内容になるかは、今後の規程改正を確認する必要があります。TPM上場の段階から、発行者情報の作成や適時開示の運用、内部監査の記録などを一般市場の水準を意識して整えておくことは、将来の選択肢を広げることにつながります。

上場準備会社がヴァンガードスミスの事例から学べること

最後に、TPMへの上場を検討する会社、一般市場への上場を目指す会社の双方にとって参考になるポイントを整理します。

1.資金調達を伴わない上場という選択肢があること。同社は特定投資家向けの勧誘を行わず、既存の株式をそのまま上場させました。上場の目的が資金調達以外(信用力、採用、体制強化など)にある場合、TPMではこうした上場の形も取り得ます。

2.監査対象期間を逆算して決算期と組織再編を決めること。同社は子会社の吸収合併と決算期変更を経て、第11期の1期分の監査で上場しました。どの期を監査対象にするかを決めてから、再編や決算期変更のタイミングを設計することが重要です。

3.株式の整備は上場申請前に一気に行う必要があること。譲渡制限の廃止、発行可能株式総数と単元株式数の変更、株式分割は、取締役会と臨時株主総会の決議を短期間に組み合わせて実施されています。

4.株式移動の価格と理由の記録を残すこと。特例により、上場前の特別利害関係者等の株式移動の記録は上場日から5年間保存することとされています。

5.J-Adviser契約の解除条項を経営リスクとして理解すること。TPMでは契約の維持が上場維持の前提であり、同社は解除条項の全文を事業等のリスクとして開示しています。

6.法規制との境界がある事業は、意見書と運用の両面で説明すること。非弁行為への対応として、外部の意見書、NGワード集、リアルタイムの確認、内部監査を組み合わせています。

7.前受金を伴うサブスクリプションの収益認識を固めること。期間按分の収益認識と契約負債の管理は、監査とJ-Adviserの確認の双方で中心的な論点になります。

  • 上場の目的と、資金調達(特定投資家向け取得勧誘等)を伴うかどうかを決めている
  • 監査対象期間を逆算して、決算期の変更や組織再編の時期を決めている
  • 株式の譲渡制限の廃止・単元株式数・株式分割の決議日程を整理している
  • 上場前の株式移動について、価格の根拠と移動理由の記録を残している
  • J-Adviser契約の解除条項を確認し、該当し得る事象を社内で共有している
  • 代表者や資産管理会社との取引を洗い出し、必要性と条件の妥当性を説明できる

よくある質問

Q1. TPMに上場するときは、必ず株式を発行して資金を集めるのですか?

いいえ。ヴァンガードスミスのように、上場に際して特定投資家向けの取得勧誘や売付け勧誘等を行わない上場もあります。この場合、同社は特例第110条第3項にもとづいて発行者情報に相当する情報を公表しました。東証の集計でも、上場目的として「増資」を挙げる会社は一部にとどまります。

Q2. TPMには上場審査がないのですか?

数値による形式基準はありませんが、担当J-Adviserが上場適格性要件(企業としての相応性、事業の公正・忠実な遂行、ガバナンスと内部管理体制、開示体制、反社会的勢力との関係がないこと等)への適合を調査・確認し、東証も意向表明後に面談を行います。上場申請後は原則10営業日で上場承認となりますが、その前の準備と調査が重要です。

Q3. TPMでは監査は1期分だけでよいのですか?

TPMの新規上場で求められる監査期間は最近1年間です。ヴァンガードスミスも第11期の財務諸表のみ監査を受けており、第8期〜第10期は監査を受けていないと記載しています。ただし監査そのものは必要で、上場後も年次と中間の発行者情報の財務諸表に監査意見やレビューの結論等が求められます。

Q4. TPMから一般市場へはどのように移るのですか?

市場区分の変更ではなく、TPMを申請により上場廃止し、一般市場に新規上場する形になります。東証はTPMでの実績を勘案した審査の効率化を予定として公表していますが、一般市場の形式要件や審査に対応する準備は必要です。

最初の一歩は、上場の目的と「監査を受ける1年」を決めることから

ヴァンガードスミスの事例が示すように、TPMへの上場では、資金調達の有無、監査対象期間、決算期や組織の整理、株式の整備、J-Adviserとの契約といった判断が短い期間に集中します。まずは、なぜ上場するのか(TPMか一般市場か)と、どの事業年度を最初の監査対象にするのかを決め、そこから逆算して組織再編や株式の手続の日程を書き出してみてください。準備の全体像はIPO準備 完全ガイドも参考になります。

まとめ

ヴァンガードスミスは、元警察官の相談員による近隣トラブル解決支援を主力とする会社で、2026年2月5日の上場申請、2月20日の上場承認を経て、2026年3月6日に担当J-AdviserをSBI証券としてTOKYO PRO Marketに上場しました。上場に際して特定投資家向けの勧誘を行わず、特例第110条第3項にもとづく発行者情報に相当する情報を公表した、資金調達を伴わない上場です。

開示書類からは、子会社の吸収合併と決算期変更を経て第11期の1期分の監査で上場した流れ、創業者と資産管理会社で81.49%を保有する株主構成と上場直前の株式の整備、監査役会設置会社としてのガバナンスと管理部内の内部監査、J-Adviser契約の解除条項、期間按分の収益認識と前受金、非弁行為リスクへの多層的な対応を読み取ることができます。TPMへの上場を検討している方は、本記事のチェックリストで自社の準備状況を確認してみてください。

※本記事は、ヴァンガードスミスが東京証券取引所のウェブサイトで公表した発行者情報(特例第110条第3項にもとづき上場申請時に公表されたもの)とJPXの公表資料に基づき、上場準備の実務解説を目的として作成したものです。投資の勧誘を目的とするものではありません。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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