上場前の株価の決め方|第三者割当増資の発行価格と税務上の時価

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

上場準備に入ると、会社の株価は一つではなくなります。ベンチャーキャピタル(VC)が出資した価格、税務上の時価、ストックオプションの行使価額、上場直前の第三者割当増資の発行価格、そして証券会社が示す想定公開価格。いずれも同じ会社の株式の価格ですが、決め方も使い道も違います。

結論からいえば、上場前の第三者割当増資の発行価格は「投資家との交渉で決まる価格」であると同時に、「税務上の時価から見て有利すぎないか」「上場審査で算定根拠を説明できるか」という二つの物差しで点検されます。直近の取引価格、算定方法、算定基準日をそろえて記録しておくことが、後から問題にならない一番の近道です。

上場前の会社に株価がいくつもあるのはなぜか

市場価格がない会社の株価は、誰かが何らかの方法で見積るしかありません。VCは将来の上場時価値から逆算し、税務は課税の公平の観点から「通常取引される価額」を求め、証券会社は類似の上場会社の株価や需要から公開価格を探ります。目的が違えば、使う情報も方法も変わります。

次の図は架空の会社A社の例です。同じ時期でも、純資産価額を基礎にした税務上の評価が1株420円、直近のVCラウンドが1,500円、上場直前の事業会社向け第三者割当が1,600円、想定公開価格が2,000円と、4倍以上の幅があります。これ自体は珍しいことではありません。問題になるのは、価格の差を説明できないときです。

上場前の会社に「株価」がいくつもある理由純資産価額(税務の評価)420円直近VCラウンド(交渉価格)1,500円上場直前の第三者割当1,600円想定公開価格(ブックビル)2,000円同じ会社・同じ時期でも、誰が・何のために・どの情報で決めるかによって価格は変わる

図1 目的ごとに価格の決め方が違う(数値は架空)

価格 決める人 主な方法 主な用途
VCラウンドの価格 会社と投資家の交渉 DCF法、類似会社比較、将来の上場時価値からの逆算 資金調達
税務上の時価 税法の考え方に従い会社が算定 売買実例、類似会社比準、純資産価額等 有利発行・SOの要件・株式の移動
第三者割当の発行価格 取締役会・株主総会 算定書+交渉 上場前の資本提携・資金調達
想定公開価格・公開価格 主幹事証券と会社 類似会社比較、需要の積上げ(ブックビルディング) IPO時の公募・売出し

評価手法そのものについては、企業価値評価(バリュエーション)とは?手法と進め方の全体像、手法の使い分けは既存記事の未上場株式の株価算定はどの方法を使うかもあわせてご覧ください。

第三者割当増資の発行価格はどう決めるか

第三者割当増資の発行価格(会社法上の払込金額)は、取締役会や株主総会で決議します。実務では、まず株価算定(DCF法や類似会社比較法など)で価格の目安をつくり、投資家と交渉し、最後に有利発行に当たらないかを確かめてから決議する、という順番になります。

上場が見えてくる段階では、事業計画の確度が上がり、類似の上場会社と比べやすくなります。そのため、DCF法と類似会社比較法を併用し、結果をレンジで示したうえで発行価格をその中に置く方法がよく使われます。DCF法の組み立てはDCF法の基本|フリー・キャッシュ・フローの作り方と計算例、倍率の選び方は類似会社比較法(マルチプル法)|EV/EBITDA・PER・PBRの使い方で解説しています。

第三者割当増資の価格が決まるまで株価算定(DCF等)投資家と交渉有利発行の検討取締役会・株主総会決議算定根拠を記録・保存

図2 算定→交渉→決議→記録の順に進める

ここで注意したいのは、交渉で決まった価格であっても、税務上の時価との関係は別に確かめる必要があることです。特に、取引先や役員など投資家以外の関係者に割り当てる場合、「関係者だから安くした」と見られる価格は、引受人側の課税につながります。

税務上の時価はどう考えるか

市場価格のない株式の時価について、法人税基本通達9-1-13(4-1-5も同旨)は、①売買実例のあるものは事業年度終了の日前6月間に売買の行われたもののうち適正と認められるものの価額、②公開途上にある株式は公募等の価格等を参酌して通常取引されると認められる価額、③売買実例がなく類似法人があるものはその価額に比準して推定した価額、④それ以外は純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額、という区分を示しています。

所得税の側でも、所得税基本通達23~35共-9が同じような区分(売買実例、公募等の価格等の参酌、類似会社への比準、純資産価額等の参酌)を示しています。どちらも、まず「適正な売買実例があるか」から見ていく構造です。

税務上の時価の考え方(市場価格のない株式)① 売買実例がある→ 適正と認められる売買価額② 公開途上にある→ 公募等の価格等を参酌③ 類似会社がある→ その価額に比準して推定④ いずれにも当たらない→ 純資産価額等を参酌

図3 法人税基本通達9-1-13・所得税基本通達23~35共-9の区分の要旨

ここでいう「適正と認められる」売買実例とは、独立した当事者の間で、経済合理性に基づいて行われた取引という意味で理解するのが自然です。たとえば、資本関係のある会社や創業者の親族との間の取引、特殊な事情で急いで売却した取引などは、そのまま時価の基準にできないことがあります。また、売買実例の後に大きな受注や業績の変化があれば、その価格がそのまま現在の時価とは限りません。売買実例の価格を使う場合も使わない場合も、その判断の理由を記録しておくことが大切です。

また、法人税基本通達9-1-14は、一定の場合に財産評価基本通達の「取引相場のない株式の評価」の例によって算定した価額を、課税上弊害がない限り認めるとしています。その際の条件として、中心的な同族株主に該当するときは発行会社を常に「小会社」として扱うこと、土地や上場有価証券は事業年度終了時の価額によること、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除しないこと、が挙げられています。

上場準備会社で注意したいのは、VCラウンドのような第三者との増資があると、それが「売買実例」に近い位置づけで見られやすいことです。国税庁の「ストックオプションに対する課税(Q&A)」でも、増資は売買実例として取り扱うと説明されています(新株予約権の発行や行使は売買実例に当たらないとされています)。直近に1,500円で増資していながら、関係者に420円で株式を渡すと、その差が問題になり得ます。

区分(市場価格のない株式) 法人税基本通達9-1-13 所得税基本通達23~35共-9(4)
売買実例がある 適正と認められる売買価額 適正と認められる売買価額
公開途上にある 入札後の公募等の価格等を参酌 ブックビルディング方式等で決定される公募等の価格等を参酌
類似会社がある その価額に比準して推定 その価額に比準して推定
いずれにも当たらない 純資産価額等を参酌 純資産価額等を参酌

有利発行の10%基準と引受人の課税

法人税基本通達2-3-7は、「有利な金額」とは払込金額等を決定する日の現況における株式の価額に比して社会通念上相当と認められる価額を下回る価額をいうとし、その判定は株式の価額と払込金額等の差額がおおむね10%相当額以上かどうかによる、としています。所得税基本通達23~35共-7にも同様の考え方が置かれています。

A社の例で、上場直前の時価を1株1,600円と見積った場合、払込金額1,500円なら差は100円(6.25%)、1,440円なら160円(10.0%)、1,400円なら200円(12.5%)です。10%前後になると有利発行と判断されるおそれがあります。ただし基準は「おおむね」であり、そもそも時価の見積りに幅がある点も忘れないでください。

有利発行かどうかの判定(おおむね10%)払込金額時価との差(割合)判定の目安1,500円100円(6.25%)有利発行に当たらない1,440円160円(10.0%)有利発行に当たり得る1,400円200円(12.5%)有利発行に当たり得る判定は「おおむね」10%。時価そのものの見積りに幅がある点に注意

図4 時価1,600円のときの払込金額別の判定(架空)

有利発行に当たると、引受人の側で課税が生じます。法人が引き受けた場合は、時価との差額が受贈益として益金に算入されます。個人の場合、所得税基本通達23~35共-6は、有利な金額で株式を取得する権利を行使した場合の所得を原則として一時所得とし、発行法人の役員や使用人がその地位や職務等に関連して権利を与えられたと認められるときは給与所得とする、としています。

A社が取引先に1株1,400円で1万株を割り当て、時価が1,600円だとすると、差額は200円×1万株=200万円です。引受人が法人ならこの200万円が益金に、役員なら給与所得として課税され得ます。会社法上も、特に有利な金額での募集には株主総会の特別決議と理由の説明が必要になります。

有利発行になったときの課税(引受人側)有利な払込金額で株式を引き受けた法人の引受人受贈益として益金算入役員・従業員給与所得(地位・職務に関連)それ以外の個人原則として一時所得

図5 差額1株200円×1万株=200万円の例(架空)

払込金額(時価1,600円) 差額(1株) 差額の割合 1万株の差額合計 判定の目安
1,500円 100円 6.25% 100万円 有利発行に当たらない
1,440円 160円 10.0% 160万円 有利発行に当たり得る
1,400円 200円 12.5% 200万円 有利発行に当たり得る

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上場審査で問われる「価格の算定根拠」

東京証券取引所の規則では、上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後に第三者割当等で株式を割り当てた場合、割当を受けた者による継続所有の確約が求められます。また、新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)の「株式公開情報」には、第三者割当等の概況として価格とその算定根拠を記載します。新規上場ガイドブックでも、価格の算定根拠は投資者にとって分かりやすい内容となるよう配慮するよう求められています。

つまり、上場直前の増資の価格は、上場後に公開されて投資家の目にさらされます。「DCF法により算定した価格を参考に、引受先との協議により決定」といった記載の裏付けとして、算定書、事業計画、決議の記録をそろえておく必要があります。

上場準備のタイムラインと価格の論点直前々期VCラウンド直前期SO付与申請期第三者割当上場承認仮条件上場日公開価格直前事業年度末の1年前以後の割当ては継続所有の確約の対象

図6 直前々期から上場日までに価格が問われる場面

継続所有の確約は、割当てを受ける相手との間で書面により取り交わします。上場直前の割当先を選ぶときは、価格だけでなく、確約の期間中に株式を保有し続けられる相手かどうか、確約の内容を相手が理解しているかどうかも、割当ての前に確認しておきましょう。

価格の算定根拠に書くべき要素算定方法と選んだ理由(DCF・類似会社・純資産)基礎にした事業計画(作成時期・承認)直近の取引価格との差の説明算定者(第三者か)と算定基準日決議の議事録・算定書を保存

図7 Ⅰの部の「第三者割当等の概況」を意識して記録する

上場前の株式の移動や第三者割当の制度全体は、既存記事の上場前に株式を動かすとどうなるかと上場準備の資本政策で詳しく解説しています。

創業者から役員・従業員へ株式を譲渡するときの価格

上場準備の過程では、会社が新株を発行するだけでなく、創業者が持っている株式を役員や従業員、資産管理会社に譲渡することもあります。このときの価格も、税務上の時価との関係で点検が必要です。

個人から個人へ、時価に比べて著しく低い価額で財産を譲渡すると、相続税法7条により、時価と対価との差額を譲受人が贈与により取得したものとみなされます(国税庁タックスアンサーNo.4423)。上場準備会社の株式は、上場が近づくほど時価の見積りが上がるため、創業者が「昔の感覚」の価格で譲渡すると、思わぬ贈与税の問題につながります。また、会社が役員や従業員に有利な価格で株式を割り当てる場合は、前に述べたとおり給与所得として課税され得ます。

いずれの場合も、①直近の第三者との取引価格、②その取引からの期間と事業の変化、③取引する株式の種類(普通株式か優先株式か)、④算定方法と算定者を記録し、価格の差を説明できるようにしておくことが重要です。上場申請の直前事業年度末の2年前の日から上場日の前日までの特別利害関係者等の株式の移動は、Ⅰの部の「株式公開情報」に記載され、公表されます。

近い時期に価格の違う取引があるときの説明

もっとも説明が難しいのは、短い期間に価格が大きく違う取引が並ぶケースです。A社で、4月にVCが1株1,500円で増資し、5月に創業者が役員へ1株420円で株式を譲渡し、7月に事業会社が1株1,600円で増資したとします。5月の420円は、純資産価額を基礎にしたものだとしても、前後の取引と比べて低すぎると見られる可能性が高いでしょう。

価格差が説明できるのは、たとえば、間に大口受注の獲得や上場準備の決定といった事業上の大きな変化があった場合、優先株式と普通株式のように権利内容が違う場合(種類株式・優先株式の価値評価|残余財産の優先分配とウォーターフォール参照)、取引の当事者や目的が違うことを合理的に示せる場合などです。逆に、何も変化がないのに価格だけが大きく違うなら、取引の価格そのものを見直すべきです。

価格が近接する取引で説明が必要になる例4月 VC増資1株1,500円5月 創業者→役員譲渡 1株420円7月 事業会社増資1株1,600円「なぜ420円なのか」税務上の時価・審査の両面で説明が必要

図8 3か月以内に価格が大きく違う取引がある場合(架空)

上場前の価格を決めるときの実務の手順

実務では、①直近(おおむね6か月以内)に第三者との増資や売買がないかを確認し、②ある場合はその価格を出発点にして差を説明できるかを考え、③ない場合は算定方法で時価を見積り、④最後に有利発行の10%基準で確認する、という順番で進めると漏れが少なくなります。ストックオプションを同時期に付与する場合は、税制適格の行使価額の要件も合わせて確かめます(ストックオプションの評価|行使価額の決め方と公正な評価単価)。

算定は、主幹事証券や監査法人とは別の立場の第三者に依頼するのが一般的です。算定書の構成や読み方は株価算定書の構成と読み方|日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」で解説しています。

上場前の価格決定チェックの流れ直近6か月に取引あり?その価格との差を説明算定方法で時価を見積る10%基準で有利性を確認はいいいえ

図9 実行前に確認する順番

  • 直近6か月以内の増資・株式譲渡の価格を一覧にしたか
  • 発行価格の算定方法と、その方法を選んだ理由を記録したか
  • 算定の基礎にした事業計画の作成時期・承認を確認したか
  • 時価との差がおおむね10%以上にならないか確かめたか
  • 直前事業年度末の1年前以後の割当てで継続所有の確約が必要か確認したか
  • 算定書・議事録をⅠの部の記載に使える形で保存したか

よくある質問

Q1. VCラウンドの価格は、そのまま税務上の時価になりますか?

そのままとは限りませんが、第三者との間で行われた適正な増資は売買実例に近い位置づけで見られやすく、近い時期の別の取引の価格を考えるときの重要な出発点になります。優先株式での増資なら、普通株式との権利内容の違いを調整して考えます。

Q2. 純資産価額で算定した価格なら、従業員への株式の譲渡は安全ですか?

純資産価額は一つの目安ですが、直近に第三者との増資があれば、その価格との差を説明できるかが問われます。相続税の評価方法を使う場合でも、通達が定める条件に従う必要があります。

Q3. 上場直前の第三者割当の価格は、想定公開価格より低くてよいのですか?

上場前は上場できるかどうか、いつ上場できるかが確定しておらず、株式の流動性もないため、公開価格より低いことは一般にあり得ます。ただし価格の算定根拠はⅠの部で開示されるため、説明できる方法で決めておくことが大切です。

Q4. 算定書は必ず第三者に依頼する必要がありますか?

法令で一律に義務づけられているわけではありませんが、有利発行の判断や上場審査での説明を考えると、独立した第三者の算定書を備えておくと説明がしやすくなります。

最初の一歩は、直近の取引価格の一覧づくりから

まず、過去1〜2年の増資、株式譲渡、ストックオプションの付与について、日付、相手、株式の種類、株数、1株当たりの価格、価格の決め方を一覧にしてください。並べてみるだけで、説明が必要な価格差がどこにあるかが見えてきます。

まとめ

上場前の会社には、交渉価格、税務上の時価、公開価格といった複数の株価が並びます。第三者割当増資の発行価格は交渉で決まりますが、税務上の時価から見ておおむね10%以上低いと有利発行として引受人に課税が生じ得ますし、上場審査では価格の算定根拠が開示されます。算定方法・基準日・直近の取引との関係を記録し、近い時期の価格差を説明できる状態にしておくことが重要です。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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