M&Aで使う合意された手続|特定項目の確認と財務DDとの使い分け

※本記事は2026年10月6日時点の公表資料に基づきます。

M&Aで対象会社を調べるとき、まず思い浮かぶのは財務デューデリジェンス(財務DD)です。一方で、小規模な案件や、調べたい論点がはっきりしている案件では、「この残高が帳簿と証憑のとおりかだけ確かめたい」「クロージング時の残高を第三者に確認してほしい」というニーズもよくあります。こうした場面で選択肢になるのが、公認会計士による合意された手続(AUP)です。

本記事では、M&Aで合意された手続を使う場面、財務DDとの違いと組み合わせ方、項目別の手続例、価格調整での使い方を、架空の計算例を交えて整理します。結論からいえば、対象会社の全体像や収益力を評価したいなら財務DD、確かめたい項目と手続を特定できるなら合意された手続が向いており、両者を組み合わせれば、費用を抑えながら気になる論点の事実を押さえることができます。

M&Aで合意された手続が使われるのはどんな場面か

合意された手続は、公認会計士が依頼者などと合意した手続を実施し、実施した手続と手続実施結果を報告する業務です。監査や財務DDのように評価や意見は述べず、「残高証明書の金額と総勘定元帳の残高を照合した結果、一致した」という事実を報告します。仕組みの全体像は合意された手続(AUP)とは?監査・レビューとの違いと使われる場面をご覧ください。

M&Aの流れの中では、図1のように、調査の段階だけでなく、クロージングや価格調整の段階でも使われます。

M&Aの流れと合意された手続の使いどころ初期検討基本合意デュー・ディリジェンス最終契約の締結クロージング(株式の譲渡)価格調整(事後精算)特定項目の手続クロージング残高の照合調整計算の再計算

図1 調査の段階だけでなく、クロージングや価格調整の段階でも使える

段階 合意された手続の使い方の例 ねらい
デュー・ディリジェンス 在庫・売掛金など特定項目の残高を証憑と照合する 財務DDで気になった論点や、DDを行わない項目の事実を押さえる
最終契約の交渉 表明保証の対象となる数値の元資料を確かめる 契約書に書く数値の根拠をそろえる
クロージング クロージング日の現預金・借入金の残高を照合する 譲渡時点の残高を第三者の手続で確かめる
価格調整 運転資本・ネットデットの調整計算を再計算する 売主・買主の間の精算額の争いを減らす

中小企業のM&Aでは、費用や期間の制約から、本格的な財務DDを行わずに進める案件も少なくありません。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(第3版、2024年8月30日改訂)も、最終契約で当事者間のトラブルに発展しうるリスクについて留意点を示しています。調べる範囲を絞る場合こそ、確かめた事実を書面で残せる合意された手続は使いやすい手段です。

財務デューデリジェンスと合意された手続はどう違うか

財務DDは、対象会社の収益力、純資産、キャッシュ・フロー、偶発債務などを幅広く調べ、買収判断や価格交渉に使う分析と指摘をまとめる調査です。調査の範囲は依頼者と相談して決めますが、成果物には専門家の分析や評価が含まれます。

合意された手続は、範囲が「合意した項目と手続」に限られ、報告されるのは手続実施結果という事実です。評価を含まないぶん、何をしたのか、何が分かったのかが明確で、読む人によって受け取り方が変わりにくいという特徴があります(図2)。

財務デューデリジェンスと合意された手続の違い観点財務デューデリジェンス合意された手続(AUP)目的買収判断・価格交渉の材料決めた項目の事実を確かめる範囲収益力・純資産など財務全般合意した項目と手続に限る成果物分析・指摘を含む調査報告書手続実施結果報告書評価・意見専門家の分析・評価を含む評価・意見は述べない

図2 財務DDは分析と評価を含む調査、合意された手続は決めた手続の事実の報告

比較の観点 財務デューデリジェンス 合意された手続(AUP)
向いている場面 対象会社の全体像を知りたい 確かめたい項目が決まっている
よりどころ 依頼者との契約(統一の基準はない) 専門業務実務指針4400
費用・期間 範囲が広く、比較的大きくなりやすい 項目・件数に応じて小さく組める
報告の読み方 分析と指摘を読み取って判断する 事実をもとに利用者自身が判断する
報告書の利用者 依頼者(買主など) 契約で定めた利用者

どちらが優れているということではなく、目的に応じて使い分けるものです。監査・レビューも含めた比較は監査・レビュー・合意された手続・財務DDの違い|目的別にどれを選ぶかで解説しています。財務DDの結果を価格にどう反映するかについては財務デューデリジェンスの結果を価格に反映する|発見事項の扱い方も参考にしてください。

特定項目の確認で使う手続の例

M&Aで合意された手続を使うときは、項目ごとに「何と何を照合するのか」を具体的に決めます(図3)。専門業務実務指針4400では、手続の記述にあいまいな用語や誤解を招く用語を使わないことが求められており、「適正か確かめる」「重要な問題がないか調べる」といった書き方は手続になりません。

特定項目の確認でよく使う手続(例)現預金残高証明書と照合売掛金請求書・入金記録と照合棚卸資産実地棚卸の立会・照合借入金・リース契約書・返済予定表と照合未払費用・賞与計算資料の再計算関連当事者取引取引一覧と契約書の照合

図3 項目ごとに「何と何を照合するか」を決めておく

項目 手続の例 手続実施結果の書き方の例
現預金 基準日の預金残高を、金融機関の残高証明書と照合する 8口座すべてで一致した
売掛金 上位20社の残高について、請求書と基準日後の入金記録を照合する 18社は一致し、2社は入金記録がなかった
棚卸資産 実地棚卸に立ち会い、30品目を抽出して数量を数え、棚卸表と照合する 28品目は一致し、2品目で数量に差異があった
借入金 借入金の明細を金銭消費貸借契約書と返済予定表に照合する 元本残高は返済予定表と一致した
未払賞与 支給規程と計算資料にもとづき、未払賞与の額を再計算する 再計算額は計上額より420千円多かった

手続実施結果では、差異があればそのまま金額や件数を記載します。差異をどこから報告するかの閾値を決める場合は、手続の記述に含めます。差異の原因が問題かどうか、価格にどう反映するかは、報告書を読んだ買主が判断します。報告書の記載事項は合意された手続の報告書|記載事項・手続実施結果の書き方・利用の制限で詳しく説明しています。

計算例|クロージング時の価格調整で使う

株式譲渡契約に、運転資本やネットキャッシュ(現預金から有利子負債を差し引いた額)による価格調整条項を入れる場合、クロージング日の残高をどう確定するかが論点になります。売主・買主のどちらかが作った計算書だけでは、相手方が納得しにくいからです。

架空の例で見てみましょう。基準となる価格は300,000千円で、正味運転資本の目標額を50,000千円、ネットキャッシュの想定額を10,000千円としていました。クロージング日の計算書では、正味運転資本が46,500千円(3,500千円不足)、ネットキャッシュが12,000千円(2,000千円増加)でした。

項目 想定額(千円) クロージング日(千円) 価格への影響(千円)
基準となる価格 — — 300,000
正味運転資本 50,000 46,500 −3,500
ネットキャッシュ 10,000 12,000 +2,000
最終の譲渡価格 — — 298,500
計算例:クロージング時の価格調整(架空の数値、単位:千円)基準となる価格300,000運転資本の不足-3,500ネットキャッシュの増加+2,000最終の譲渡価格298,500※縦軸は280,000千円から表示

図4 調整計算の元になる残高と計算の正確さを、合意された手続で確かめる

このとき合意された手続では、たとえば「計算書の現預金を残高証明書と照合する」「借入金を返済予定表と照合する」「売掛金・棚卸資産・買掛金の残高を総勘定元帳と照合する」「調整額と最終の譲渡価格を再計算する」といった手続を実施します。公認会計士は運転資本の目標額が妥当かどうかは判断しませんが、計算の元になる残高と計算の正確さは事実として確かめられます。価格調整条項の設計そのものは価格調整条項とアーンアウト|クロージング後の価格の決め方で解説しています。

読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか

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誰が依頼者になり、対象会社の協力をどう得るか

M&Aの合意された手続では、買主が依頼者と報告書の利用者を兼ね、対象会社が情報の作成者になる形が一般的です(図5)。買主が依頼者でも、手続を実施するには対象会社の帳簿や証憑を閲覧し、担当者に質問する必要があります。対象会社の協力が得られないと、合意した手続を実施できず、その事実を報告書に書くことになります。

そのため、基本合意や秘密保持契約の段階で、資料の提供範囲、閲覧の方法(データルームなど)、質問への回答の窓口を売主と取り決めておくことが大切です。価格調整の確認のように売主・買主の双方が報告書を使う場合は、双方を利用者として契約に定めることもあります。

当事者の関係:買主・対象会社・公認会計士買主(業務依頼者・報告書の利用者)公認会計士(業務実施者)対象会社(情報の作成者)売主との契約交渉の中で、資料の提供と質問への回答を取り決めておく業務契約・手続の合意手続実施結果報告書協力の依頼(売主を通じて)資料の提供・質問への回答

図5 買主が依頼者でも、手続の実施には対象会社の協力が欠かせない

なお、在庫の評価や不動産の価値など、公認会計士以外の専門家の作業を使う手続を組み込む場合には、その専門家の適性や客観性の評価が必要になります。日本公認会計士協会は2026年7月17日に専門業務実務指針4400の改正の公開草案を公表しており、必要な適性や客観性を欠く専門家の作業は利用しないことを求める規定を加える案が示されています(2027年4月1日以後に締結する業務からの適用案)。専門家の作業を含める場合は、早めに相談してください。

進め方と日程|資料の閲覧期間を有効に使う

M&Aは日程の制約が厳しく、資料の閲覧期間も限られます。合意された手続を使う場合は、閲覧期間が始まる前に、確かめる項目と手続、必要な資料の一覧を固めておくのがコツです(図6)。手続が決まっていれば、閲覧期間に入ってすぐ手続を実施できます。

進め方の例:基本合意から報告書の受領まで秘密保持契約基本合意項目と手続の合意資料の閲覧・手続の実施報告書の受領契約交渉クロージング

図6 手続の合意を先に済ませると、資料の閲覧期間を有効に使える

全体の流れは合意された手続の依頼の流れ|手続の合意から報告書の受領まで(オンラインで完結)でまとめています。オンラインでのデータルームの閲覧と、ウェブ会議での質問を組み合わせれば、現地に行かずに進められる手続も多くあります。棚卸の立会のように現地での作業が必要な手続は、日程を先に押さえておきます。

財務DDとの組み合わせ方と、依頼前の準備

実務でよく使われるのは、簡易な財務DDで全体像をつかみ、論点が見えた項目を合意された手続で確かめる組み合わせです(図7)。財務DDの指摘事項について、「本当に帳簿と証憑のとおりか」を事実として押さえておくと、価格交渉や表明保証の範囲を決めるときの材料になります。

財務DDと合意された手続の組み合わせ方(例)簡易な財務DD(全体像の把握)論点の特定(在庫・未払費用)合意された手続(特定項目の確認)クロージング時残高の照合

図7 全体像は財務DDで把握し、気になる項目を合意された手続で確かめる

どちらを依頼するか迷ったときは、図8のように「確かめたい項目と手続を特定できるか」で考えると整理しやすくなります。依頼前に準備したい資料は図9のとおりです。

どちらを依頼するかの判断確かめたい項目と手続を特定できるか合意された手続(AUP)で事実を確かめる財務デューデリジェンスで全体像を調べる論点が見えたらAUPで追加の確認できるできない

図8 確かめたいことが特定できているかどうかが分かれ目になる

依頼前に準備したい資料基本合意書・秘密保持契約確かめたい項目の一覧価格調整条項の案・計算式試算表・総勘定元帳残高の明細(売掛金・在庫など)契約書・証憑(借入・リースなど)

図9 買主側で準備するもの(上段)と、対象会社から入手するもの(下段)

費用は、項目の数、照合する件数、現地作業の有無、報告書の言語などで変わります。当事務所では範囲・件数に応じて個別にお見積りし、着手前に書面で金額を提示しています(相談無料)。全国対応・オンライン完結で進められ、日程が迫っている案件の短納期でのご相談にも応じています。取得後の会計処理については子会社株式の取得価額とのれんの関係や暫定的な会計処理の確定|PPAが1年で終わらなかったときもあわせてご覧ください。

  • 対象会社の全体像を調べたいのか、特定項目の事実を確かめたいのかを整理した
  • 確かめる項目ごとに、照合・再計算など具体的な手続を決めた
  • 差異を報告する閾値を決める場合は、手続の記述に含めた
  • 報告書の利用者(買主のみか、売主も含むか)を決めた
  • 資料の提供と質問への回答について、売主・対象会社と取り決めた
  • クロージング日や閲覧期間から逆算して、手続の合意と現地作業の日程を押さえた

よくある質問

Q1. 合意された手続だけで、財務DDの代わりになりますか。

確かめる範囲が合意した項目に限られるため、全体像の把握や収益力の分析の代わりにはなりません。小規模な案件で論点が限られている場合には、合意された手続だけで足りると判断されることもありますが、その判断は依頼者が行います。

Q2. 売主側から合意された手続を依頼することはできますか。

できます。売主が自社の数値の正確さを示すために依頼し、買主を報告書の利用者に加える形もあります。利用者の範囲は契約で決めます。

Q3. 表明保証の代わりになりますか。

なりません。合意された手続は事実を報告するだけで、数値の正しさを保証するものではありません。表明保証や補償の条項は、株式譲渡契約で別に取り決めます。

Q4. 株価の算定も一緒に依頼できますか。

株価算定は合意された手続とは別の業務です。当事務所では株価算定も承っていますので、必要な場合はあわせてご相談ください。

最初の一歩は、確かめたい項目を書き出すことから

最初の一歩は、買収の判断や価格交渉で「ここだけは事実として押さえたい」という項目を書き出すことです。項目ごとに、根拠となる資料(残高証明書、契約書、棚卸表など)を並べてみると、手続の案がほぼ見えてきます。

まとめ

M&Aでの合意された手続は、財務DDの代わりではなく、確かめたい項目の事実を明確に押さえるための手段です。デュー・ディリジェンス、クロージング、価格調整の各段階で使え、財務DDと組み合わせることで費用を抑えながら論点を固めることができます。手続の特定、利用者の決定、対象会社の協力の確保、日程の前倒しが成功のポイントです。融資の場面での使い方は融資・財務制限条項(コベナンツ)の確認と合意された手続、上場準備や資金調達の前の使い方はIPO準備・資金調達の前の財務の確認|合意された手続で何を確かめられるかで解説しています。

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公認会計士・税理士 鈴木佑也

この記事を書いた人鈴木 佑也(公認会計士・税理士)

公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。労働者派遣事業と有料職業紹介事業の許可申請にかかる監査証明と合意された手続業務に対応しています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る

本記事の根拠

免責:本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に対する法務、会計、税務その他の専門的助言を構成するものではありません。実際の対応は、最新の法令・取引所規則・公表資料を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

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