上場準備の終盤になると、主幹事証券会社から「適時開示の体制はどうなっていますか」と繰り返し聞かれます。規程を作って開示担当者を決めれば足りるように見えますが、東証が確認しているのはもう少し手前のことです。重要な情報が社内のどこで生まれ、誰に集まり、どういう手順で外に出ていくのか。その一連の流れが特定の個人に依存せず回るかどうかを見ています。
この記事では、東証グロース市場ガイドブックの事前チェックリストにある「企業内容の適時・適切な開示に向けた準備」の4区分と、上場申請後のヒアリングで説明を求められる項目を整理します。上場後に何をいつ開示するのかという制度そのものの解説ではなく、申請までに何を用意しておくかに絞っています。
この記事の見出し
適時開示体制は「上場後の義務」から逆算して準備する
東証は有価証券上場規程第401条で、上場会社に対し「投資者への適時、適切な会社情報の開示が健全な金融商品市場の根幹をなすものであることを十分に認識し、常に投資者の視点に立った迅速、正確かつ公平な会社情報の開示を徹底するなど、誠実な業務遂行に努めなければならない」と定めています。これは適時開示制度全体の基本理念にあたる規定で、個別の開示項目を並べる前段に置かれています。
実際に開示が求められる会社情報は、上場会社の決定事実(同第402条第1号)、発生事実(同第402条第2号)、決算情報(同第404条)、業績予想・配当予想の修正等(同第405条)に大きく分かれ、これに子会社等の決定事実・発生事実・業績予想の修正等が加わります。上場した瞬間からこれらを「直ちに」開示する義務が発生しますから、準備段階では、上場後に回し続けられる体制を作れているかが問われることになります。
上場後の義務の全体像については「上場後のフォローアップと継続義務とは?適時開示・継続開示・上場維持基準の全体像を解説」で、開示対象と条番号の整理については「上場したら何をいつ開示するのか|適時開示の対象と情報取扱責任者を上場規程の条番号で確認する」で扱っています。本記事はその手前、申請までの準備に絞ります。
準備状況が問われる場面は、大きく2つあります。申請前に自社で点検する事前チェックリストと、上場申請後に東証が行うヒアリングです。
事前チェックリストは自己点検、ヒアリングは東証からの質問。準備の内容は重なるが、求められる深さが違う。
事前チェックリストの「適時開示に向けた準備」は4つに分かれる
グロース市場の事前チェックリストでは、「企業内容の適時・適切な開示に向けた準備は進んでいますか」という項目が立てられ、その下に社内体制、開示書類、業績等の開示、会計処理、事業年度(決算期)の変更、会社情報管理という6つの区分が置かれています。このうち適時開示体制そのものに直結するのは、社内体制・開示書類・業績等の開示・会社情報管理の4つです。
| 区分 | 確認される内容 |
|---|---|
| (1)社内体制 | 法定開示・適時開示・IR活動を適時・適切に、かつ継続的に行える社内体制か。親会社等と常に連絡が取れるか。公表予定時刻より前に外部者がウェブサイトの資料を閲覧できない仕組みか。フェア・ディスクロージャー・ルールを踏まえた体制か。 |
| (2)開示書類 | 「Ⅰの部」を法令に準じて作成できるか。投資判断上有用な事項とリスク情報を一般投資者にも分かりやすく記載できるか。資本下位会社への出資比率の調整などで企業グループの実態を歪めていないか。グロース市場では「事業計画及び成長可能性に関する事項」も対象。 |
| (3)業績等の開示 | 決算短信を年度末から遅くとも45日以内に開示できる準備が進んでいるか。適切な業績見通しを公表し、それを適時・適切に修正できるか。 |
| (6)会社情報管理 | 会社情報を社内規程にしたがって適切に管理できるか。重要情報を適時・適切に開示できるか。内部者取引等の防止に向けた研修会などを実施する予定があるか。 |
(1)社内体制――「優秀な一人に任せる」は答えにならない
東証のガイドブックには、この点を正面から扱ったQ&Aがあります。財務諸表の作成・確認から法定開示資料や適時開示資料の作成・確認、IR活動まで、経験豊かな人材を採用してその社員にすべて担当させる予定だが問題があるか、という質問です。東証の回答は、上場会社には開示やIR活動等を継続的かつ組織的に行うことができる体制を求めているため、特定の人物に過度に依存している状況は問題があると考えている、というものでした。
同じ趣旨は会計参与設置会社についても示されています。会計参与が法定開示・適時開示の資料を主体となって作成しているような状況では、その会計参与が任期満了で退任したときに開示ができなくなるおそれがあるため、会計参与以外の者も含めた組織的な体制のもとで資料を作成することが求められる、という説明です。実務では、開示資料の作成者と確認者を分け、一次作成を担当できる人を複数名確保し、経理・法務・IRの役割分担を文書に落とすところまでやっておくと説明しやすくなります。
グロース市場では継続的なIRの負担も具体的に定められています。年2回以上のIR活動が義務づけられているほか、「事業計画及び成長可能性に関する事項」を1事業年度に1回以上、事業年度経過後3か月以内に少なくとも1回の頻度で、進捗状況を反映した最新の内容によって開示することが求められます。加えて、事業計画を見直した場合や事業の内容に大幅な変更があった場合など、記載内容に重要な変更が生じたときは速やかに開示する必要があります。この頻度をこなせる人員配置になっているかが、社内体制の質問の実質的な中身です。
(2)開示書類――投資判断上のリスクをどこまで書けるか
開示書類の準備では「Ⅰの部」が中心になりますが、チェックリストが特に厚く書いているのはリスク情報です。事業年数の短さ、累積欠損又は事業損失の発生の状況、特定の役員への経営の依存、他社との事業の競合状況、市場や技術の不確実性、特定の者からの事業運営上の支援の状況、主要な事業の前提に関する事項といった項目を網羅し、一般投資者にも分かりやすく記載するように準備を進めているか、という問いが立てられています。
いずれも、上場準備会社が書きたくない類の情報です。ただ、書かずに済ませられる項目ではなく、書き方を工夫する項目だと考えたほうが実務は進みます。リスクを列挙するだけでなく、どういう条件でそのリスクが顕在化し、会社として何をしているのかまで書けているかが、分かりやすさの分かれ目になります。
(3)業績等の開示――45日は「体制の締切り」として効いてくる
決算短信の開示時期について、東証は、事業年度又は連結会計年度に係る決算は遅くとも決算期末後45日(45日目が休日である場合は翌営業日)以内に内容のとりまとめを行って開示することが適当であり、決算期末後30日以内(期末が月末である場合は翌月内)の開示がより望ましいとしています。さらに、開示時期が決算期末後50日(50日目が休日である場合はその翌営業日)を超えることとなった場合には、開示後遅滞なく、その理由と翌期以降の開示時期の見込み又は計画を開示するよう求めています。
準備段階でこの45日が効いてくるのは、決算短信そのものよりも、決算を締める社内の段取りのほうです。連結パッケージの回収、在庫の確定、税金計算、開示資料のレビュー。これらを45日に収めるには、月次決算が早期化していることが前提になります。ヒアリングでも「決算短信を作成する体制及び作成するまでの日数」が質問項目として明示されています。
業績見通しの修正も、月次の予実管理があってはじめて回ります。チェックリストには、業績見通しの修正を適時・適切に行うためには月次での予算実績管理などが必要となる、と書かれています。どの水準の差異が出たら開示が必要になるのかという基準そのものは「業績予想の修正はどこから開示が要るか|売上高10%と利益30%」で扱っていますが、準備段階で問われるのは、その差異を毎月把握できる仕組みがあるかという点です。
参考までに基準を確認しておくと、業績予想の修正等は、新たに算出した予想値又は当期の決算数値を直近の公表予想値(予想値がない場合は前期実績値)で除した数値が、連結売上高で1.1以上又は0.9以下、連結営業利益・連結経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益で1.3以上又は0.7以下になった場合に開示が必要となります(上場規程第405条第1項・第3項、同施行規則第407条)。
(6)会社情報管理――規程・運用・研修の3点セット
会社情報管理の区分では、社内規程にしたがった管理、重要情報の適時・適切な開示、内部者取引等の防止に向けた研修会の実施予定という3点が確認されます。チェックリストには、役員・従業員等の会社関係者が内部者取引等に関する告発・課徴金納付命令の対象となるケースが増加傾向にあることから、一層の留意が必要だという記述も添えられています。
規程としては、内部情報管理規程(インサイダー取引防止規程)を整えるのが通例です。上場申請時の添付書類にも内部情報管理規程が挙げられていますから、申請までに制定し、実際に運用した実績を作っておく必要があります。規程を作った日と申請日が近すぎると、運用実績がないという指摘を受けやすくなります。
公認会計士・税理士として、上場準備会社の開示体制の設計と運用を支援しています。現状の体制が審査でどう見られるかを整理するところからご相談いただけます。
東証ヒアリングでは「適時開示体制等の整備状況」を口頭で説明する
上場申請後、東証は申請会社に対してヒアリングを実施します。グロース市場ガイドブックには、そこで確認される主要な事項が列挙されており、「適時開示体制等の整備状況」もそのひとつです。会社規模などを勘案のうえ、説明を求められる点が具体的に示されています。
| 説明を求められる項目 | 答えるときの要点 |
|---|---|
| 担当部門の人数と担当 | 現在の人数だけでなく、上場後の充実計画まで述べる。誰が作成し誰が確認するかの分担を示す。 |
| 決算短信の作成体制と日数 | 連結・単体の決算短信、四半期決算短信のそれぞれについて、誰が作り、期末から何日で仕上がるかを実績値で示す。 |
| 重要情報の管理方法 | 経理部門の一部をアウトソーシングしている場合は、重要事実の外部流出防止の観点から特に意識して管理している事項を説明する。 |
| ウェブ掲載のセキュリティ | 公表予定時刻より前に外部者が適時開示資料を閲覧できないようにするシステム上の対応策を説明する。 |
| グループ内の連絡・連携体制 | 子会社で生じた重要情報が親会社に上がる経路と、その所要時間を説明する。 |
| 責任者と不在時の対応 | 重要情報を掌握する責任者を明示し、その責任者が不在のときに会社としてどう動くかを説明する。 |
| 予算・実績の管理方法 | 企業グループの業績動向を的確に把握し、公表した業績予想などの将来予測情報の修正要否や修正内容を把握できる体制になっているかを説明する。 |
このほか、IR活動についての基本的方針と今後の取組み、内部者取引等の防止に向けた取組みについても説明が求められます。いずれも規程の条文を読み上げれば足りるものではなく、実際にどう運用しているかを自分の言葉で話せることが前提になっています。
フェア・ディスクロージャー・ルールへの対応は3層で聞かれる
フェア・ディスクロージャー・ルールについては、ヒアリングで説明を求められる内容がさらに細かく分かれます。重要情報の個別伝達を防止する体制(規程・マニュアルの整備状況、担当部署の人員数、ルールに関する教育の状況)、重要情報の個別の伝達を把握する体制、そして重要情報の個別の伝達を行った場合の公表のプロセスの3層です。
制度上の根拠は金融商品取引法第27条の36で、上場会社等又はその役員等が取引関係者に対して重要情報を伝達する場合、原則として、意図的な伝達であれば同時に、意図的でない伝達であれば速やかに、その重要情報を公表しなければならないとされています。伝達を受けた取引関係者が守秘義務と取引しない義務を負うときは、公表義務を免れます。
準備でつまずきやすいのは3層目です。防止する仕組みと把握する仕組みは規程に書けますが、「うっかり伝えてしまった場合に、誰が判断して、どれくらいの時間で公表するか」を決めていない会社が少なくありません。発覚から公表までの手順と目安時間を先に決めておくと、ヒアリングでも説明しやすくなります。
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上場承認から上場日までの開示にも準備が要る
見落とされやすいのが、上場承認から上場日までのファイナンス期間中の取扱いです。この期間も適時開示の考え方は変わらず、重要な会社情報が生じた場合は直ちに適切に開示する必要があります。そのうえで東証は、決算情報のような投資判断に影響を与える情報を公表する場合は、投資者に対して十分な情報周知を行うため、仮条件決定に係る訂正有価証券届出書(第1次訂正)の提出時までに公表する必要があると考えている、としています。したがって、第1次訂正の提出から上場日の前日までの間に重要な会社情報が生じる可能性がある場合には、ファイナンスの日程や上場日程の設定を再度検討する必要が出てきます。
ファイナンス期間中に決算情報を公表する場合の区切りは、仮条件決定に係る訂正有価証券届出書の提出時。
上場日当日には、グロース市場の新規上場会社は「事業計画及び成長可能性に関する事項」を開示することが求められ、これに加えて「決算情報等のお知らせ」として直近の決算情報等をTDnetを通じて開示します。将来予測情報の開示を行う場合は、その内容も含まれます。上場日から適時開示等に関して定められた諸規則を遵守することは、東証と交わす上場契約の内容になっています。
上場日に開示する業績予想については、東証が上場審査での確認内容も明らかにしています。東証は新規上場会社に対して業績予想の積極的な開示を要請しており、上場審査では、公表される予想数値の策定背景、前提、根拠等が適切に記載されているかを確認するとしています。そのうえで、この要請は上場後の業績予想の修正自体を問題視するものではないため、下方修正を避けるために必要以上に保守的な業績予想を策定することや、上場時期を決算期末まで引き延ばすことは、要請の趣旨に合致しないと明言しています。保守的に置けば安全という発想が通らない点は、押さえておく必要があります。
上場承認以後の手続きの流れ全体は「上場申請から上場日までの流れとは?事前確認・上場審査・承認後の手続を時系列で解説」で、グロース市場の成長可能性の説明については「グロース市場の「高い成長可能性」とは?主幹事証券の評価と東証の事業計画審査を解説」で整理しています。
準備の進めかた
ここまでの内容を、申請までにやることとして並べ直すと次のようになります。
- 内部情報管理規程と適時開示に関する社内規程を制定し、申請前に一定期間の運用実績を作る
- 開示資料の作成者と確認者を分け、一次作成を担当できる人を複数名確保する
- 月次決算を早期化し、決算期末後45日で決算短信を出せる段取りを実際に試す
- 月次の予実管理で、業績予想の修正が必要になる水準の差異を毎月把握できるようにする
- 自社ウェブサイトの公開ディレクトリに開示資料を置く手順を文書化し、公表前のアクセス制御を実装する
- 子会社から重要情報が上がる経路と所要時間を決め、グループ会社にも周知する
- 重要情報を掌握する責任者と、不在時の代行者を決めておく
- フェア・ディスクロージャー・ルールについて、個別伝達が起きたときの公表手順と目安時間を決める
- 役員・従業員向けの内部者取引防止研修を、申請前に少なくとも1回実施する
どれも規程を書くだけでは終わらず、一度は回してみる必要があるものばかりです。準備期間としては、申請の1年前には着手しておきたいところです。
よくある質問
人数の下限が定められているわけではありません。東証は会社規模などを勘案のうえで体制を確認するとしており、問われているのは絶対数よりも、特定の人物に過度に依存していないかという点です。一次作成を担当できる人が複数いて、確認者が別に立っていることを説明できる状態を目指すのが現実的です。
45日の要請は上場会社に対するものですので、上場前の申請会社に直接適用されるわけではありません。ただし事前チェックリストは「45日以内に開示できるように準備を進めていますか」という問い方をしており、ヒアリングでは決算短信を作成するまでの日数を実績で説明することになります。申請期の決算を実際に45日で締めてみるのが最も説得力のある準備です。
形式としては可能ですが、開示義務がなくなるわけではありません。社内に業績予想に相当する情報を持っていて、それが前期実績と一定以上乖離している場合には、その内容を直ちに開示する必要があります。また、社内に予想値を持ちながら公表しない状態は、内部者取引規制上の重要事実が社内に滞留するリスクや、特定の相手への選択的な開示が生じるリスクを高めます。
公開ディレクトリに保存する場合は、TDnetを利用して開示された後に保存するか、開示前に保存するならパスワードなどでアクセス制御を行い、外部者が容易にアクセスできないよう適切な対策を講じることが上場規程で義務づけられています。掲載手順を社内でルール化し、遵守状況を定期的に点検することも求められます。
下振れを避けるために必要以上に保守的な予想を置くことや、上場時期を決算期末まで引き延ばすことは、東証が業績予想の積極的開示を要請している趣旨に合致しないとされています。策定背景・前提・根拠を適切に記載したうえで合理的な数値を出し、変動要因が生じたときに速やかに見直す体制を示すほうが、審査上も筋が通ります。
まとめ
適時開示体制の準備は、規程を作ることではなく、重要情報が生まれてから外に出るまでの経路を設計し、それを特定の個人に依存せず回せるようにすることです。事前チェックリストの4区分(社内体制・開示書類・業績等の開示・会社情報管理)で自己点検し、ヒアリングで問われる7項目に自分の言葉で答えられるところまで持っていく。この2段構えで準備を進めるのが近道です。
とりわけ、月次決算の早期化と月次の予実管理は、決算短信45日と業績予想の修正という2つの義務を同時に支える土台になります。開示の体制整備という文脈で語られがちですが、実態としては経理と経営管理の話です。ここが弱いまま開示規程だけ整えても、審査では見抜かれます。
適時開示体制の設計、月次決算の早期化、予実管理の仕組みづくりまで、上場準備の実務をご支援しています。現状の課題整理からお気軽にご相談ください。
参考(公的な一次情報)
本記事の制度内容は、東京証券取引所「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」2026年7月21日版のほか、以下の公開情報に基づいて確認しています。
- 東京証券取引所「適時開示制度の概要等」(上場規程第401条・第402条・第413条の2・第414条・第417条など)
- 東京証券取引所「決算短信」(決算期末後45日・30日・50日の取扱い)
- 東京証券取引所「業績予想の修正、予想値と決算値との差異等」(上場規程第405条・施行規則第407条)
- 日本取引所グループ「会社情報の適時開示制度」
- 金融庁「フェア・ディスクロージャー・ルールガイドライン」(金融商品取引法第27条の36)
記載内容は2026年9月時点の公開情報に基づいています。個別の事案への当てはめは、主幹事証券会社および専門家にご確認ください。