「収益認識やリースは覚悟していたが、固定資産まで論点になるとは思わなかった」——IFRS導入プロジェクトが差異分析のフェーズに入ると、経理責任者の方からよく聞く言葉です。
日本の実務では、固定資産の耐用年数も残存価額も法人税法の規定に合わせるのが一般的で、これは監査上も容認されてきました。ところがIFRSには「税法に合わせてよい」という逃げ道がありません。自社で経済的な使用可能期間を見積もり、しかもそれを毎期末に見直すことが求められます。
この記事では、IAS第16号「有形固定資産」とIAS第23号「借入コスト」の実務論点を、日本基準との違いを軸に整理します。耐用年数・残存価額の見直し手順、重要な構成部分ごとに償却するコンポーネント会計、借入コストの資産化まで、図解と数値例で解説します。
この記事でわかること
- IFRSでは耐用年数・残存価額をどう決め、いつ見直すのか
- 税法耐用年数からの見直しを、誰が・いつまでに・どう進めるか
- コンポーネント会計(重要な構成部分ごとの区分償却)の考え方と償却費への影響
- 減価償却の開始・終了、収益ベースの償却方法が使えない理由
- 借入コストの資産化(IAS第23号)が日本基準と決定的に違う点
📊 有形固定資産がIFRS導入の「隠れた大論点」になる理由
IFRS導入の論点というと、収益認識(IFRS第15号)やリース(IFRS第16号)、のれん(IFRS第3号・IAS第36号)が注目されがちです。しかし実際のプロジェクトで工数が読みにくく、後半で慌てやすいのが有形固定資産です。
日本の実務は「税法基準」で回ってきた
日本公認会計士協会の監査・保証実務委員会実務指針第81号「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」は、耐用年数・残存価額は本来「各企業が独自の状況を考慮して自主的に決定すべきもの」としています(第23項)。そのうえで、多くの企業が法人税法の耐用年数を用いている実情に鑑み、法人税法に規定する普通償却限度額を正規の減価償却費として処理する場合には、企業の状況に照らして耐用年数または残存価額に不合理と認められる事情のない限り、当面、監査上妥当なものとして取り扱うことができるとしています(第24項)。日本の固定資産管理は、この「当面の取扱い」に支えられて税法耐用年数を前提に構築されてきました。
※実務指針第81号は、この容認が「過渡的に認めるという趣旨」であることも明記しています(第26項)。
IFRSには税法に寄せる規定がなく、対象資産も多い
IAS第16号は、耐用年数を「企業が資産を使用可能と見込む期間」または「企業が資産から得られると見込む生産数量等」と定義し(第6項)、その見積りにあたって使用の予測、物理的な摩耗・損耗、技術的または商業的な陳腐化、法的な使用制限といった要素をすべて考慮するよう求めています(第56項)。税法の年数を使ってよい、という定めは存在しません。
しかも製造業であれば数千〜数万件の資産台帳を持つことも珍しくありません。判断を1つ変えるだけで償却費が数億円単位で動き、業績見通しや税効果、子会社を含む連結パッケージの設計にまで波及します。前回の第19回 IFRS9金融商品が「対象科目は限られるが判断が難しい」論点だったのに対し、有形固定資産は「判断自体は難しくないが対象が多い」論点だとお考えください(差異の全体像は第1回で整理しています)。
図1:有形固定資産まわりでIFRS導入時に検討する5つの論点
⏰ 耐用年数は「税法」から「経済的耐用年数」へ
IFRSが求める見積りの中身
IAS第16号第56項は、耐用年数の決定にあたって次の4要素を考慮するとしています。
- 資産の予測される使用状況(生産能力や物理的生産量を基準に評価する)
- 予測される物理的な摩耗・損耗(稼働シフト数、修繕・保守計画、遊休時の管理状況による)
- 技術的または商業的な陳腐化(生産方法の変化、製品・サービスの市場需要の変化による)
- 資産の使用に対する法的またはこれに類する制限(関連するリースの満了日など)
さらに第57項は、耐用年数は「その企業にとっての予測される有用性」で定義されるため、資産を一定期間で入れ替える方針をとっている場合には経済的耐用年数より短くなり得ると述べています。「まだ物理的には使えるが、当社は5年で入れ替える」という運用をしているなら、耐用年数は5年です。
日本基準の考え方と、実務上どこが違うか
実は、日本基準も理屈のうえではIFRSと近い立場です。実務指針第81号第12項は「耐用年数は、単なる物理的使用可能期間ではなく、経済的使用可能予測期間に見合ったものでなければならない」とし、第13項は各企業が自主的に決定すべきとしています。違いが出るのは見直しのトリガーです。日本基準は、使用状況や環境の変化により当初の残存耐用年数と現在以降の経済的使用可能予測期間との乖離が明らかになったときに変更する、という受動的な構成で(実務指針第81号第14項)、毎期末に見直す義務はありません。
これに対しIAS第16号第51項は、残存価額と耐用年数を少なくとも各事業年度末に見直すことを明確に要求しています。見積りが従前と異なる場合には、IAS第8号に従い会計上の見積りの変更として処理します。これは日本基準(企業会計基準第24号第17項)と同じくプロスペクティブ(将来にわたる)処理で、過去に遡っての修正はしません。日本でも2009年公表の同基準により臨時償却(キャッチ・アップ方式)は廃止されており(同基準第57項)、この点の差はありません。
| 項目 | 日本基準(実務) | IFRS(IAS第16号) |
|---|---|---|
| 年数の決め方 | 本来は自主決定だが、法人税法の耐用年数を用いた処理が「不合理と認められる事情のない限り」監査上容認(実務指針第81号第23項・第24項) | 使用予測・摩耗・陳腐化・法的制限の4要素を考慮して企業が見積り(第56項)。税法に合わせる定めはない |
| 見直しの頻度 | 当初の残存耐用年数と経済的使用可能予測期間の乖離が明らかになったとき(実務指針第81号第14項) | 少なくとも各事業年度末に見直し(第51項) |
| 変更の処理 | 会計上の見積りの変更として将来にわたり処理(企業会計基準第24号第17項) | IAS第8号に従い会計上の見積りの変更として処理(第51項) |
| 土地の扱い | 非償却 | 非償却。ただし土地と建物は別個の資産として区分(第58項)。採石場や埋立地など有限のものは償却対象 |
税法耐用年数から経済的耐用年数へ──見直しの手順
移行プロジェクトでは、次の5ステップで進めるのが標準的です。台帳の件数が多い会社ほど、ステップ1と2に想定以上の時間がかかります。
図2:耐用年数見直しの標準手順。ステップ1〜2は経理部門と資産の使用部門の共同作業になる
ポイント:全件を個別に見積もる必要はありません
IFRSは資産1件ごとの精密な見積りを求めているわけではありません。実務では、資産クラス(建物・建物附属設備・機械装置・工具器具備品・車両など)ごとに使用実績の分布を分析し、クラス単位で標準的な耐用年数を設定します。そのうえで、金額的に重要な個別資産(本社ビル、基幹設備など)だけを個別に検討する、という二段構えが一般的です。
🧾 残存価額は「ゼロ」ではなく「いま処分したら得られる額」
IFRSの残存価額の定義
IAS第16号第6項は、残存価額を「資産がすでに耐用年数の終了時に予想される年齢および状態にあると仮定した場合に、企業が現時点でその処分により得られるであろう見積額から、見積処分コストを控除した額」と定義しています。ポイントは「現時点で」です。10年後の中古市場価格を予測するのではなく、いま同型・同程度に使い込まれた資産を売ったらいくらか、という現在の相場で見積もります。償却対象額は、取得原価からこの残存価額を控除した額です。
第53項は「実務上、残存価額は僅少であることが多く、償却対象額の計算上重要性がないことが多い」としており、多くの資産では実質ゼロで問題ありません。無視できなくなるのは、数年で入れ替える社用車・建設機械のように中古市場が確立している資産や、下取り前提で調達しているサーバー・端末類です。
※第54項は、残存価額が帳簿価額以上に増加した場合、残存価額が帳簿価額を下回るまで減価償却費はゼロになると定めています。第52項は、公正価値が帳簿価額を上回っていても(残存価額が帳簿価額を超えない限り)償却は必要としています。
日本基準・税務との関係
税務上は、平成19年度税制改正により平成19年4月1日以後に取得した減価償却資産について償却可能限度額および残存価額が廃止され、耐用年数経過時に残存簿価1円まで償却できることとされました(国税庁タックスアンサーNo.5410)。この結果、日本の実務では「残存価額=ゼロ(備忘価額1円)」が既定路線になっています。
会計上は実務指針第81号第19項が、残存価額は「耐用年数到来時において予想される当該資産の売却価格または利用価格から解体、撤去、処分等の費用を控除した金額」であり、各企業が合理的に見積もるべきものだとしています。各企業が合理的に見積もるべきものとしている点はIFRSと共通です。ただし実務指針が「耐用年数到来時において予想される」価格を見積るのに対し、IAS第16号第6項は資産がすでに耐用年数到来時の状態にあると仮定して現時点で処分した場合に得られる金額としており、見積りの時点が異なります。加えて日本では税務の1円処理がそのまま会計に持ち込まれてきたため、実務上の差はさらに大きくなっています。
数値例:残存価額を入れると何が変わるか
社用車1台(取得原価800万円)を、4年で入れ替える方針の会社が保有しているとします。4年後の下取り見込額(処分コスト控除後)は200万円です。なお比較を分かりやすくするため、償却方法は日本基準側・IFRS側とも定額法と仮定しています。税務上、車両運搬具の法定償却方法は定率法であり、定率法によった場合は日本基準側の帳簿価額の減り方が早くなるため、下記の売却損は小さくなります。
| 前提・計算 | 日本基準(税法ベース) | IFRS(IAS第16号) |
|---|---|---|
| 耐用年数 | 6年(税法耐用年数) | 4年(自社の入替方針=第57項) |
| 残存価額 | ゼロ(備忘価額1円まで償却) | 200万円(現時点の下取り相場) |
| 償却対象額 | 800万円 | 800万円-200万円=600万円 |
| 年間償却費(定額法) | 800万円÷6年=約133万円 | 600万円÷4年=150万円 |
| 4年経過時の帳簿価額 | 800万円-533万円=約267万円 | 800万円-600万円=200万円 |
| 200万円で売却したとき | 約67万円の売却損 | 売却損益ゼロ |
IFRSでは、実際の入替方針と下取り価値を反映した結果、売却時に損益が出ません。日本基準では「使用期間中の償却費が過少で、売却時にまとめて損が出る」構造になります。1台では小さな差でも、社有車を数百台持つ会社では無視できません。
資産クラスごとの耐用年数の見積り、コンポーネント分解の閾値設定、監査人との論点整理まで、公認会計士が実務の順序に沿って伴走支援します。
🏢 コンポーネント会計──重要な構成部分ごとに償却する
IAS第16号第43項が求めていること
IAS第16号第43項は、「有形固定資産項目の取得原価に対して重要な原価を占める各構成部分は、区分して減価償却しなければならない」と定めています。第44項は具体例として、航空機の機体とエンジンを別々に償却することが適切な場合を挙げています。これがコンポーネント会計(構成部分の区分償却)です。
関連する定めは次のとおりです。日常的な保守・修繕(労務費や消耗品費など)は、従来どおり発生時に費用処理します(第12項)。
- 耐用年数と償却方法が同じ重要な構成部分は、まとめて償却できる(第45項)。一部を区分償却する場合、残りの部分も区分して償却する(第46項)
- 構成部分を取り替えたときは、その原価を資産に含めて認識し、取り替えられた部分の帳簿価額の認識を中止する(第13項・第70項)
- 取り替えられた部分の帳簿価額が把握できない場合、取替時の原価を「取得時にその部分がいくらだったか」の推定に用いてよい(第70項)
- 定期的な大規模検査の費用は、認識要件を満たせば取替として資産計上し、前回検査分の未償却残高の認識を中止する(第14項)
日本基準にコンポーネント会計はあるか
日本基準には、重要な構成部分ごとの区分償却を求める明文の定めはありません。企業会計原則注解(注20)に基づく減価償却方法として定額法・定率法・級数法・生産高比例法が挙げられていますが(実務指針第81号第9項)、償却単位を構成部分に分解する要求はなく、実務上は税務の資産区分(建物、建物附属設備、構築物、機械装置など)を単位に償却するのが一般的です。
※もっとも、日本の税務でも建物と建物附属設備は別区分であり、大型設備を部分ごとに資産計上している会社もあります。この場合、IFRS移行時のコンポーネント分解の負担は相対的に軽くなります。
数値例:本社ビルをコンポーネント分解する
図3:構成部分に分けると、短命な設備が早く費用化され、当初の償却費は増える傾向にある
取得原価3,000百万円の本社ビルを一体で50年償却すると、年間の減価償却費は60百万円です。これを躯体2,100百万円(50年)、屋根・外装300百万円(25年)、空調・電気などの建物設備450百万円(15年)、内装ほか150百万円(10年)に分解すると、年間償却費は42+12+30+15=99百万円となり、39百万円増加します。
ただし本質は金額の増減ではありません。分解しておけば、15年後に空調設備を更新した際に旧設備の未償却残高を除却し、新設備を新たな耐用年数で償却できます(第13項・第70項)。一体管理のままでは旧設備の簿価が分からず、更新時の処理が曖昧になります。
| 観点 | 一体で償却(日本の実務) | コンポーネント償却(IFRS) |
|---|---|---|
| 償却費の推移 | 耐用年数まで一定 | 短命な構成部分の償却終了に伴い段階的に減少 |
| 更新時の処理 | 旧部分の簿価が特定できず、除却損の計上が難しい | 取り替えた部分の帳簿価額の認識を中止し、新規分を資産計上(第13項・第70項) |
| 大規模修繕 | 資本的支出か修繕費かの判定が中心 | 認識要件を満たす定期検査費用は取替として資産計上(第14項) |
| 台帳の設計 | 税務の資産区分と一体で運用できる | 会計上の償却単位と税務上の資産区分が分かれ、両建て管理になる |
| 導入時の負担 | — | 建設時の内訳資料の入手、取得原価の合理的な配分が必要 |
注意:どこまで分解するかは「重要性」で線を引きます
第43項の要件は「取得原価に対して重要な原価を占める構成部分」です。すべての資産を細かく分解する必要はありません。実務では、①対象とする資産の金額基準(例:取得原価○億円以上の建物・設備)、②構成部分として区分する比率の基準(例:全体の○%以上)、③耐用年数の差の基準(例:全体と○年以上乖離するもの)という3つの閾値を会計方針として定め、監査人と合意しておくのが定石です。
📅 償却方法と「いつから・いつまで」償却するか
償却方法は消費パターンを反映させる
IAS第16号第60項は、減価償却方法は「資産の将来の経済的便益が企業により消費されると予測されるパターンを反映する」ものでなければならないとし、第62項は方法として定額法、定率法(逓減残高法)、生産高比例法を挙げています。重要なのは第62A項で、「資産の使用を含む活動により生み出される収益に基づく減価償却方法は適切でない」と明記されています(2014年5月の改正で追加、2016年1月1日以後開始事業年度から適用)。売上高比例で償却する、といった方法は使えません。
第61項は、償却方法についても少なくとも各事業年度末に見直すことを求めており、消費パターンに重要な変化があれば方法を変更し、IAS第8号に従い会計上の見積りの変更として処理します。日本基準では減価償却方法は会計方針に該当しますが、その変更は「会計方針の変更を会計上の見積りの変更と区別することが困難な場合」として扱われ、遡及適用は行いません(企業会計基準第24号第19項・第20項)。結論としての処理はIFRSと同じ将来処理です。
償却の開始と終了で差が出やすい3つの場面
IAS第16号第55項は、減価償却は資産が使用可能となったとき(経営者の意図する方法で稼働できる場所と状態になったとき)に開始し、売却目的保有に分類された日と認識を中止した日のいずれか早い日に終了すると定めています。ここから、日本の実務との差が3つ生まれます。
| 場面 | 日本の一般的な実務 | IFRS(IAS第16号) |
|---|---|---|
| 検収後・稼働前の設備 | 事業供用日から償却(税務の考え方に合わせる) | 使用可能な状態になった時点から償却(第55項) |
| 遊休資産 | 会計上は償却を継続するのが原則(償却停止を認める明文の定めはない) | 償却は止めない。ただし生産高比例法では生産がなければ償却費はゼロ(第55項) |
| 売却予定の資産 | 売却まで償却を継続 | IFRS第5号の売却目的保有に分類した時点で償却を停止(第55項) |
特に遊休資産の扱いは、工場の稼働停止や設備の一時休止がある会社で必ず論点になります。IFRSでは償却を続けるため、休止期間中も費用が発生し続けます(減損の検討はIAS第36号で別途行います。詳しくは第18回 IAS36減損会計をご覧ください)。
💰 借入コストの資産化(IAS第23号)
IFRSでは「任意」ではなく「強制」
IAS第23号「借入コスト」の中核原則(第1項)は明快です。適格資産の取得、建設または生産に直接起因する借入コストは、その資産の原価の一部を構成する。それ以外の借入コストは費用として認識する——第8項でこれを要求事項として定めています。
「適格資産」とは、意図された使用または販売が可能となるまでに相当の期間を必要とする資産です(第5項)。第7項は、状況によっては棚卸資産、製造設備、発電設備、無形資産、投資不動産、果実生成型植物が該当し得るとする一方、金融資産や短期間で製造される棚卸資産、取得時点で使用可能な資産は適格資産に当たらないとしています。工場や本社ビルの建設は典型的な適格資産です。
資産化する金額の算定
- 特定の適格資産のために個別に借り入れた場合:その借入について期中に発生した実際の借入コストから、一時的な運用収益を控除した額(第12項・第13項)
- 一般的な借入資金を充てた場合:資本化率(企業のその期間中の借入残高に係る借入コストの加重平均)を、当該資産への支出額に乗じて算定。ただし資産化額は当期に発生した借入コストの総額を超えてはならない(第14項)
※第14項は2017年12月の年次改善(2015-2017サイクル)で改正され、特定目的の借入は「その資産の準備に必要な活動が実質的にすべて完了するまで」資本化率の計算から除く旨が明確化されました。2019年1月1日以後開始する年次報告期間から適用されています(第28A項・第29D項)。
図4:3要件がそろった日に開始し、活動の長期中断中は止め、ほぼ完了した時点で終了する
開始日は、①資産への支出が発生し、②借入コストが発生し、③資産を意図された使用または販売が可能な状態にするために必要な活動を行っている、の3つをすべて満たした日です(第17項)。第19項は、必要な活動に着工前の許認可取得などの技術的・管理的作業も含まれるとする一方、開発活動を伴わずに土地を保有しているだけの期間の借入コストは対象外としています。活動を長期間中断している間は資産化を中断し(第20項)、必要な活動が実質的にすべて完了した時点で終了します(第22項)。ただし一時的な遅延は中断に当たりません(第21項が挙げる例:その地域で建設期間中によくある増水により橋梁工事が遅れる場合)。
日本基準との違い
日本には、借入コストの資産化を一般的に要求する会計基準がありません。企業会計審議会「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書」第三は、固定資産を自家建設した場合について、建設に要する借入資本の利子で稼働前の期間に属するものを取得原価に「算入することができる」としています。つまり任意であり、実務では算入しない会社が多数派です。
したがってIFRS移行時には、①過去に建設した資産について借入コストを遡って取得原価に含めるか(IFRS第1号の免除規定との関係。第11回 IFRS初度適用を参照)、②今後の建設案件で資本化率の算定ルールをどう作るか、の2点を決める必要があります。開示面では、第26項により期中に資産化した借入コストの額と資本化率の注記が求められます。
🗒️ 導入プロジェクトでの進め方
有形固定資産の論点は、差異分析フェーズで「洗い出し」、方針決定フェーズで「閾値を決め」、数値作成フェーズで「台帳を作り直す」という3段構えになります。誰が・いつまでに・何を作るかを整理すると次のとおりです。
| ステップ | 担当・時期 | 成果物 |
|---|---|---|
| 1. 台帳の棚卸 | 経理部(固定資産担当)/移行日の12〜9か月前 | 資産クラス別の残高一覧(取得原価・簿価・税法耐用年数・経過年数・取得時期) |
| 2. 使用実態の調査 | 経理部+工場・総務など使用部門/移行日の12〜9か月前 | 資産クラス別の除却実績・更新サイクル・稼働状況のヒアリング記録 |
| 3. 方針の決定 | 経理部+外部専門家/移行日の9〜6か月前 | 耐用年数・残存価額・コンポーネント分解・借入コストの各方針を記載したIFRS会計方針書 |
| 4. 監査人との合意 | 経理責任者・CFO/移行日の6か月前まで | 論点メモ(判断の根拠と代替案の比較)、監査人からの回答記録 |
| 5. 台帳の再構築 | 経理部+システム部門/移行日まで | IFRS用の償却計算台帳(会計上の償却単位と税務上の資産区分の対応表を含む) |
| 6. 差異の運用設計 | 経理部/移行日以降の各決算 | 毎期末の耐用年数・残存価額の見直し記録、税務との差異一覧(繰延税金の基礎資料) |
つまずきやすいのはステップ5です。会計上の償却単位(コンポーネント)と税務上の資産区分がずれるため、既存の固定資産システムでは1つの資産に2つの償却計算を持てず、Excelでの並行管理を余儀なくされることがあります。システム面の判断軸は第14回、プロジェクト全体の進め方は第8回 IFRS導入プロジェクトの進め方をご覧ください。
ポイント:この論点は繰延税金と直結します
耐用年数と残存価額を変えれば、会計上の簿価と税務上の簿価に恒常的な差が生まれます。コンポーネント分解や借入コストの資産化も同じです。有形固定資産の方針が固まらないと、繰延税金資産・負債の計算も注記も確定しません。第24回で扱うIAS第12号「法人所得税」の作業に着手する前に、この論点を閉じておくことをおすすめします。
⚖️ よくある質問
A. 「税法の年数だから」という理由では使えません。ただし使用実績を調査した結果、経済的な使用可能期間が税法耐用年数とほぼ一致すると合理的に説明できるなら、結果として同じ年数になることはあり得ます。重要なのは結論ではなく、IAS第16号第56項の要素を検討した記録が残っているかどうかです。
A. いいえ。第43項は資産の種類を限定していません。建物のほか、生産ラインなどの大型機械装置(本体・治具・制御装置)、船舶(船体・主機関)、航空機(機体・エンジン)、大型プラント設備が検討対象になりやすい資産です。取得原価に対して重要な比率を占め、かつ全体と耐用年数が明確に異なる構成部分があるか、という2点で判断します。
A. いいえ。IAS第16号第29項は、原価モデルと再評価モデルのいずれかを会計方針として選択し、有形固定資産のクラス全体に適用することを求めています。再評価モデルは選択肢の1つにすぎず、日本のIFRS適用企業の多くは原価モデル(取得原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除)を採用しています。
📄 まとめ
有形固定資産は「基準の考え方は日本とそれほど変わらないのに、実務が大きく変わる」典型的な領域です。要点を整理します。
- 耐用年数は税法ではなく経済的な使用可能期間で見積もり、少なくとも各事業年度末に見直す(IAS第16号第51項・第56項)
- 残存価額は「いま処分したら得られる額」で見積もる。多くは僅少だが、入替サイクルの短い資産では無視できない(第6項・第53項)
- 取得原価に対して重要な原価を占める構成部分は、区分して償却する(第43項)。分解の閾値は会計方針として定め、監査人と合意する
- 償却は使用可能となった時点から開始し、遊休でも止めない。収益ベースの償却方法は使えない(第55項・第62A項)
- 適格資産に直接起因する借入コストは取得原価に算入する(IAS第23号第8項)。日本基準の任意処理とは異なり、選択の余地はない
いずれも「基準を読めば分かる」論点ですが、数千件の台帳を前にどこから手をつけるか、閾値をどこに置けば監査人と合意できるかは経験がものを言う領域です。移行日を過ぎてから方針を変えると比較情報の作り直しが発生するため、差異分析の段階で外部の目を入れておくことが結果的に最短距離になります。
🏢 監修者情報
公認会計士・税理士 鈴木佑也
鈴木佑也公認会計士税理士事務所(東京都台東区)。IPO準備企業・上場企業に対し、IFRS導入の論点検討、GAAP差異分析、数値作成、注記開示支援、コンバージョン支援を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。
🗒️ 参考
IFRS財団「IAS 16 Property, Plant and Equipment」(ifrs.org)/IFRS財団「IAS 23 Borrowing Costs」(ifrs.org)/日本公認会計士協会 監査・保証実務委員会実務指針第81号「減価償却に関する当面の監査上の取扱い」(jicpa.or.jp)/企業会計基準委員会 企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(asb-j.jp)/国税庁 タックスアンサーNo.5410「減価償却資産の償却限度額の計算方法(平成19年4月1日以後取得分)」(nta.go.jp)/e-Gov法令検索「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(laws.e-gov.go.jp)/日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」(2026年7月末現在:適用済297社・適用決定22社・合計319社。jpx.co.jp)
※本記事はIFRS基準書の原文を転載するものではなく、基準番号・正式名称と要旨を独自の表現で整理したものです。実際の適用にあたっては原文をご確認ください。
IFRS導入の論点検討から、GAAP差異分析・数値作成・注記開示まで、公認会計士が伴走支援します。IPOに伴うIFRS導入もご相談ください。お問い合わせフォームからご連絡ください。