IFRS導入プロジェクトの進め方|3フェーズの手順と成果物

「IFRSを導入することは決まった。でも、何から手をつければよいのか」

経理責任者の方からいちばん多くいただくご相談です。差異分析、会計方針書、システム、監査法人との協議。やるべきことは山ほどあるのに、順番と締切がはっきりしない。結果として、決算期が迫ってから一気に負荷が集中してしまう。

本記事は全30回連載の第8回、第2部「導入プロジェクトの実務」の入口となるピラー記事です。IFRS導入プロジェクトを3つのフェーズに分け、各段階で「誰が・いつまでに・何を作るか」を成果物ベースで整理します。

この記事でわかること

  • IFRS導入プロジェクトを構成する3フェーズと、それぞれの終了判定
  • すべての起点になる「移行日」の決め方(IFRS第1号)と逆算のしかた
  • 各フェーズの成果物(差異分析表・会計方針書・組替仕訳・注記パッケージ)の具体像
  • 金融庁「IFRS適用レポート」が示す、移行期間と社内体制の実態
  • プロジェクトが止まる3つのつまずきポイントと回避策

🗒️ IFRS導入プロジェクトは3つのフェーズで進む

日本でIFRS(国際財務報告基準)を任意適用する企業は着実に増えています。日本取引所グループの公表によれば、IFRS適用済会社297社・適用決定会社22社の合計319社です(2026年7月末現在)。

そして、これらの企業が辿った道筋は驚くほど似ています。プロジェクトは大きく、フェーズ1「影響度調査」、フェーズ2「詳細差異分析と会計方針の決定」、フェーズ3「数値作成・開示・体制定着」の3段階に分かれます。

金融庁が2015年4月に公表した「IFRS適用レポート」でも、任意適用企業の社内体制が「初期」「中期」「後期」の3段階で整理されています。同レポートによれば、初期は経理部門を中心とした少人数でアクションプランの作成や影響度調査を行い、中期には会計方針の策定・グループ会計方針書の作成・データ収集方法の検討・システム対応へと広がって各事業部門や子会社を含む組織横断的な体制になり、後期にIFRSによる財務諸表の作成・開示を行う、という流れです。実務で語られる3フェーズは、この整理とほぼ重なります。

フェーズ1 影響度調査 フェーズ2 方針決定 フェーズ3 数値・開示 自社取引の簡易差異分析 論点の洗い出しと重要性評価 移行日・体制・概算費用 詳細なGAAP差異分析 会計方針の決定と監査人協議 免除規定の選択と文書化 組替仕訳による数値作成 注記・移行時の調整表 決算プロセスへの定着 主な成果物 主な成果物 主な成果物 簡易差異分析表 IFRS導入ロードマップ グループ会計方針書 勘定科目マッピング表 IFRS財務諸表・注記 決算スケジュール フェーズの切れ目は、経営が「適用時期」と「会計方針」を決定するタイミング

図1:IFRS導入プロジェクトの3フェーズと主な成果物

フェーズを分ける意味は「意思決定のタイミングを揃える」こと

なぜわざわざ区切るのか。フェーズの切れ目が、そのまま経営の意思決定ポイントになるからです。フェーズ1の終わりでは「本当に導入するか、いつの決算期から適用するか」を決めます。フェーズ2の終わりでは「どの会計方針を採用するか」を決めます。この決定を先送りしたままフェーズを跨ぐと、後工程がすべて仮置きになり、作り直しが発生します。

📅 すべての起点は「移行日」——ここから逆算する

移行日とは何か

計画を引くとき、最初に決めるべきは移行日です。IFRSを初めて適用する企業に適用される基準が、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」です。同基準は、最初のIFRS財務諸表において完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首を「移行日(date of transition to IFRSs)」と位置づけ、その日現在で「IFRS開始財政状態計算書」を作成することを求めています。

平たく言えば、IFRSの数値づくりは適用初年度からではなく、その1年前の期首から始まるということです。ここを見落としたまま計画を立てると、一年分まるごとスケジュールがずれます。

3月決算・2028年3月期から適用する場合

連結財務諸表規則(連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則)第8条の3は、連結財務諸表に記載された事項に対応する前連結会計年度に係る事項、すなわち比較情報を記載しなければならないと定めています。金融庁の連結財務諸表規則ガイドライン8の3は、原則としてすべての数値について比較情報を記載することに留意するとしています。したがって適用初年度の有価証券報告書には、前年度の数値もIFRSベースで並ぶことになります。

3月決算の会社が2028年3月期からIFRSを適用するケースで考えてみましょう。比較年度は2027年3月期です。その期首、すなわち2026年4月1日が移行日になります。

移行日 2026年4月1日 2026年3月期 2027年3月期 2028年3月期 日本基準で開示 IFRS(比較年度) IFRS(適用初年度) 移行日現在のIFRS開始財政状態計算書を作り、比較年度もIFRSで数値を作成する 初年度は日本基準からIFRSへの資本・包括利益の調整表を注記する(IFRS第1号)

図2:移行日・比較年度・適用初年度の関係(3月決算・2028年3月期適用の例)

この日付が決まると、逆算で締切が並びます。移行日時点の開始財政状態計算書を作るには、その時点の固定資産の内訳・リース契約の一覧・引当金の計算根拠といったデータが必要です。移行日を過ぎてから「そのデータは残っていない」と気づくのが、実務でいちばんつらいパターンです。フェーズ1は、遅くとも移行日の1年前には終えておきたいところです。

ポイント
移行日は「適用初年度の前期首」。データ収集の仕込みは、移行日が来る前に終わらせておく。

📊 フェーズ1:影響度調査——導入判断とロードマップを固める

誰が:経理部門の少人数チーム(必要に応じて外部専門家)
いつまでに:移行日の1年〜1年半前まで
何を作るか:簡易GAAP差異分析表/論点の重要性評価/IFRS導入ロードマップ/プロジェクト体制案と概算コスト

このフェーズのゴールは網羅性ではありません。「意思決定に足る材料をそろえること」です。基準を頭から潰していくアプローチは時間がかかりすぎます。自社の売上の取り方、保有している資産、契約の形態から入り、差異が出そうな論点を洗い出して重要性の順に並べ替えてください。

ここで論点を20〜30程度に絞り込めると、後のフェーズが劇的に軽くなります。逆に、絞り込みをしないまま次に進むと、分科会が「全論点を検討する会議」になって前に進まなくなります。

終了判定:取締役会または経営会議で「適用開始時期」と「予算・体制」が承認されていること。ここが承認されていない状態でフェーズ2に入ると、途中で予算が止まります。

⚖️ フェーズ2:詳細差異分析と会計方針の決定

誰が:論点別の分科会(収益・固定資産・金融商品など)とPMO、監査人と並走
いつまでに:移行日の直前まで(遅くとも移行日から数か月以内)
何を作るか:詳細GAAP差異分析表/グループ会計方針書/IFRS第1号の免除規定の選択メモ/勘定科目マッピング表/改訂版の連結パッケージ

このフェーズの最大の成果物はグループ会計方針書です。金融庁「IFRS適用レポート」には、プロジェクト開始後およそ1年でドラフトを提示し、そこから1年程度かけて完成させた例や、開示の2年前であるIFRS移行日までに策定してその後更新した例が紹介されています。1〜2年かかる前提で計画を引くのが現実的です。

もうひとつ重要なのが、IFRS第1号の免除規定の選択です。IFRS第1号は、最初のIFRS報告期間の末日現在で有効な基準を、表示するすべての期間に遡及適用することを原則としています。ただし実務上の負担を考慮した免除規定が用意されており、どれを使うかを会社が選択して文書化する必要があります。この選択は数値に直結するため、監査人との協議を早めに始めてください。

なお、会計方針書の作成そのものを監査人に委ねることはできません。公認会計士法上、監査人は監査対象となる財務書類の調製に当たる業務を提供できないためです(詳しくは第7回「IFRS導入の体制づくり」で解説しています)。会社が案を作り、監査人に見解を確認する。この順番を崩さないことが手戻り防止の要になります。

IFRS導入の論点検討から数値作成・開示まで、公認会計士が伴走支援します

影響度調査によるロードマップ策定、GAAP差異分析、グループ会計方針書の作成、組替仕訳による数値作成まで対応します。お問い合わせフォームからご相談ください。

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🧾 フェーズ3:数値作成・開示・体制定着

誰が:経理部門と子会社の決算担当、外部専門家
いつまでに:適用初年度の第1四半期決算まで(実務上は移行日以降、順次)
何を作るか:組替仕訳/IFRS開始財政状態計算書/比較年度のIFRS数値/注記パッケージ/移行時の調整表/改訂後の決算スケジュールと業務分掌

数値作成の中心は組替仕訳です。日本基準の連結数値を出発点として、差異分析で洗い出した論点ごとに調整仕訳を積み上げてIFRSの数値に組み替えます。仕訳の一本一本に「どの論点の、どの基準に基づく調整か」を紐づけておくと、監査対応と翌期以降の運用が格段に楽になります。

そして、多くの会社が最後に苦しむのが注記です。IFRSは注記の分量が日本基準より大きく、初年度はこれに移行時の調整表が加わります。注記の雛形はフェーズ2のうちから作り始めておくと、負荷が分散します。

フェーズ別の「誰が・いつまでに・何を作るか」

項目 フェーズ1
影響度調査
フェーズ2
方針決定
フェーズ3
数値・開示
主な担当 経理部門の少人数チーム 論点別分科会とPMO 経理部門と子会社決算担当
目安の時期 移行日の1年〜1年半前まで 移行日の前後 移行日以降、初年度開示まで
中心となる成果物 簡易差異分析表、導入ロードマップ グループ会計方針書、詳細差異分析表 組替仕訳、注記パッケージ、調整表
監査人の関与 導入方針の共有 論点ごとの見解確認 監査手続と注記のレビュー
終了の判定 適用時期と予算の承認 会計方針の確定と文書化 初年度開示と決算体制の定着
フェーズ1 フェーズ2 フェーズ3 GAAP差異分析表 グループ会計方針書 勘定科目マッピング表 組替仕訳・数値 注記・移行時の調整表 決算プロセス・体制 簡易版を作成 詳細版に精緻化 確定・社内承認 運用しながら改訂 作成 仕訳パターン設計 作成・監査対応 雛形の準備 作成・開示 定着・標準化 濃い青=中心的に作る段階/薄い青=準備または改訂の段階

図3:フェーズ×成果物の対応マップ(どの成果物をいつ作るか)

⏰ プロジェクトが止まる3つのポイント

①移行日を決めずに走り出す

最も多い失敗です。「いずれIFRSに」という状態で差異分析だけが進み、締切がないため結論が出ません。適用初年度を仮でもよいので置き、そこから移行日を確定させてください。仮置きした日付は、フェーズ1の終了時に経営が正式に承認します。

②論点を絞り込めない

基準の数だけ論点があると考えると、検討は終わりません。判断軸は重要性です。金額的影響と発生頻度の2軸で並べ、影響が小さく頻度も低い論点は「日本基準と同じ扱いとする」と結論づけて記録に残す。この割り切りができるかどうかで、期間もコストも変わります。

③子会社への展開が後手に回る

親会社の経理部門だけで会計方針を決めても、数値を作るのは各社です。連結パッケージの改訂とその説明会を、フェーズ2の後半に必ず組み込んでください。海外子会社がある場合は、翻訳と現地会計事務所との調整に想定以上の時間がかかります。

フェーズを跨ぐ前のチェックリスト

  • 適用初年度と移行日が、経営の承認を得た日付として確定している
  • 論点一覧に、重要性の評価と暫定結論が入っている
  • 会計方針の案について、監査人の見解を確認した記録が残っている
  • 移行日時点のデータ(固定資産・リース・引当金の明細)を入手できる目処がある
  • 連結パッケージの改訂版を子会社に展開する日程が決まっている

🗒️ よくある質問

Q. フェーズ1の影響度調査だけを外部に依頼することはできますか。

可能です。むしろ最初の一歩として依頼されるケースが多い工程です。影響度調査は、自社の取引を会計基準の目線で棚卸しする作業なので、IFRSの実務を経験した外部の視点が入ると論点の見落としが減ります。ただし、外部に丸投げすると社内に知見が残らず、フェーズ2以降で失速します。自社の担当者が同席して一緒に論点を整理する進め方をおすすめします。なお、監査人に依頼することは業務制限の観点から難しい場合があります。

Q. プロジェクトの途中で新しい基準が公表された場合はどうしますか。

IFRS第1号は、最初のIFRS報告期間の末日現在で有効な基準を、表示するすべての期間に遡及適用することを原則としています。したがって、適用初年度の期末時点で有効な基準を見て判断することになります。たとえばIFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」は2027年1月1日以後開始する事業年度から適用されます(早期適用可)。日本でも2024年7月18日公表の告示改正により指定国際会計基準に追加され、続く2025年1月6日公表の告示改正でIAS第1号「財務諸表の表示」は廃止、IAS第8号は「財務諸表の作成基礎」に改訂されています。移行日が近い時期に改正が控えている場合は、フェーズ2の会計方針決定の段階で将来の適用時期を織り込んでおくと、二度手間を避けられます。

Q. 導入にはどのくらいの期間がかかりますか。

金融庁「IFRS適用レポート」(2015年4月公表)では、社内のキックオフ・ミーティングからIFRSによる有価証券報告書の開示までを移行期間と定義したうえで、回答した61社の分布が1年未満から6年以上まで広がっていること、売上規模が大きいほど長期化する傾向があること、期間の長短はシステム対応に要する期間に大きく依存することが示されています。自社の規模と子会社数、そしてシステムをどこまで改修するかで大きく変わるとお考えください。スケジュールの引き方は第5回「IFRS導入のスケジュールと期間」で詳しく解説しています。

📄 まとめ

IFRS導入プロジェクトは、影響度調査・会計方針の決定・数値作成と開示という3つのフェーズで進みます。金融庁「IFRS適用レポート」が示す「初期・中期・後期」の整理とも重なる、実績のある進め方です。

そして、すべての起点は移行日です。IFRS第1号にいう移行日は、最初のIFRS財務諸表で完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首であり、3月決算で2028年3月期から適用するなら2026年4月1日にあたります。この日付を確定させ、そこから逆算して各フェーズの締切を置いてください。

各フェーズは「誰が・いつまでに・何を作るか」で管理します。フェーズ1は簡易差異分析表とロードマップ、フェーズ2はグループ会計方針書と詳細差異分析表、フェーズ3は組替仕訳と注記パッケージ。成果物が定義されていれば、進捗は自然と見えるようになります。

次回は、フェーズ1とフェーズ2の中核であるGAAP差異分析の具体的なやり方を、日本基準とIFRSの主要差異一覧とあわせて解説します。IFRSの全体像は第1回「IFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像」、連載の全体構成はIFRS導入 完全ガイドにまとめています。

📊 参考(公的情報)

監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。

本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいています。

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