「IFRSは大企業が使うもので、うちにはまだ関係ない」——そう思っていたら、主幹事証券や親会社から具体的に検討を求められた。そんな相談は年々増えています。
実際には、IFRSの任意適用に「上場していること」や「一定の規模があること」といった要件は置かれていません。条文上の要件はごくシンプルで、壁になるのは体制と数値作成の実務のほうです。
本記事は全30回連載の第2回です。任意適用の要件を条文レベルで確認し、社内で踏むべき手続きと、最新の適用企業数を整理します。
この記事でわかること
- 「任意適用」の意味と、IFRSを適用する範囲(連結・中間連結)
- 連結財務諸表規則第1条の2が定める2つの要件と、対象になる会社
- 金融庁への承認・届出は不要という制度の建て付け
- 適用方針の決定から初度適用までの手続きを、誰が・いつ・何をするかで整理
- 東証が2026年7月31日に公表した最新の適用企業数と業種・市場区分の傾向
🌍 IFRS任意適用とは?まず制度の位置づけを確認する
「任意」=使ってもよい、という制度
日本では、IFRS(国際財務報告基準)の適用は強制されていません。日本基準を使い続けても問題はなく、一定の要件を満たす会社が「使いたければ使える」という建て付けです。EUのように上場企業へ一律に強制適用する国とは、この点が大きく異なります。
根拠は、連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(以下、連結財務諸表規則)第1条の2です。同条は要件を満たす会社を「指定国際会計基準特定会社」と呼び、その会社の連結財務諸表について、第五編第一章(第312条以下)の定めによることが「できる」と規定しています。この「できる」規定こそが、任意適用の任意たるゆえんです。
適用するのは連結財務諸表と中間連結財務諸表
IFRSを適用する対象は連結財務諸表です。個別(単体)財務諸表、会社法の計算書類、法人税の申告書は日本基準のまま作成します。誤解が多いところなので、社内説明では最初に押さえておきましょう。
半期報告書に含める中間連結財務諸表についても、同条第2号・第3号で同様の枠組みが用意されています。期末の連結財務諸表だけでなく、期中の開示書類からIFRSでの報告を始めることも制度上は可能です。この取扱いは2013年10月28日公布の改正で導入されました(金融庁)。
⚖️ IFRS任意適用の要件|連結財務諸表規則第1条の2
対象となるのは金商法の開示義務を負う発行者
第1条の2は、まず対象を「金融商品取引法第2条第1項第5号(社債券)又は第9号(株券)に掲げる有価証券の発行者」と定めています。要するに、有価証券届出書や有価証券報告書を提出する立場にある会社です。上場会社に限られてはいません。上場前に有価証券届出書を提出する会社も、条文上は対象に含まれます。
図1:連結財務諸表規則第1条の2第1項第1号に基づく任意適用の要件(e-Gov法令検索で条文を確認)
要件は2つだけ。ただし中身は軽くない
条文が求める要件は、上の図のとおり2つです。1つ目(イ)は開示上の要件で、有価証券届出書または有価証券報告書に「連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取組」を記載すること。実務上は、有価証券報告書の「経理の状況」の冒頭で、社内研修や情報収集の体制、監査人との協議状況などを記載する形が定着しています。
2つ目(ロ)は体制の要件で、指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員または使用人を置き、連結財務諸表を適正に作成できる体制を整備していることです。条文は「何人以上」といった数値基準を置いていません。どの程度をもって十分とするかは監査人との協議のなかで実質的に判断され、ここが最も準備に時間のかかる部分です。
ポイント:金融庁の承認や事前届出は不要
第1条の2は「第五編第一章の定めるところによることができる」と規定するのみで、金融庁への申請・承認・事前届出の手続きは定められていません。「許可をもらう」制度ではなく「自ら要件を満たして説明する」制度だと理解しておきましょう。
2013年の要件緩和で、IPO準備企業も視野に入った
現在の要件がここまで絞られているのは、2013年の制度改正によるものです。金融庁は、同年6月の企業会計審議会「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を踏まえて任意適用の要件を緩和し、あわせて期末に限らず期中からも適用できるよう連結財務諸表規則等を改正して、2013年10月28日に公布・即日施行しました。
この改正について金融庁が公表した「IFRS対応方針協議会」の資料では、日本公認会計士協会の取組みとして「IFRSの任意適用の要件緩和に伴い、IPOを行う企業を含む広範囲な企業が対象となる」ことを踏まえた支援体制の構築が記載されています。制度設計の段階から、IPO企業がIFRSを選ぶことは想定されていたわけです。
📅 IFRS任意適用の手続き|誰が・いつまでに・何をするか
条文上の要件は2つでも、実際に適用するまでには社内で相応の手続きが必要です。標準的な流れは次のとおりです。
図2:任意適用までの標準的な手続きフロー(当事務所での支援実務に基づく整理)
| 手続き | 主担当 | 作成するもの |
|---|---|---|
| 影響度調査 | 経理部+外部専門家 | 簡易差異分析表、影響額の試算、導入ロードマップ |
| 適用方針の決定 | 取締役会・経営会議 | 適用時期と適用範囲を定めた決議 |
| 会計方針の決定 | 経理部(PMO)+監査人 | グループ会計方針書、論点メモ |
| 数値作成 | 経理部+子会社経理 | 組替仕訳台帳、開始財政状態計算書、調整表 |
| 開示 | 経理部・開示担当 | 「特段の取組」の記載、IFRS注記一式 |
※担当と成果物は一般的な例です。組織規模や子会社数によって体制は変わります。
適用開始時期をいつに置くか
適用初年度をどこに置くかは、数値作成量に直結します。適用初年度の比較情報として前年度の数値も必要になるため、実質的には移行日(適用初年度の前年度期首)から作り直すことになるためです。「来期からIFRSにしたい」という判断は、実務的には「すでに始まっている今期の数値も作り直す」ことを意味します。初度適用の詳細は第11回で扱います。
体制整備の設計、GAAP差異分析、グループ会計方針書の作成、組替仕訳による数値作成、監査人との論点協議まで対応します。IPOに伴うIFRS導入もご相談ください。
📊 IFRS適用企業数の最新動向|東証・2026年7月31日公表
適用済・決定・予定の合計は318社
東京証券取引所は毎年、上場会社が決算短信に記載する「会計基準の選択に関する基本的な考え方」を集計・分析して公表しています。2026年7月31日公表の最新版によると、2026年6月30日時点の状況は次のとおりです。
図3:IFRS適用会社数の推移。2026年6月末時点で318社(前年比+18社)。出典:東京証券取引所「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析(2026年7月31日公表)
- IFRS適用済会社 297社/適用決定会社 20社/適用予定会社 1社=合計318社(前年比+18社)
- 適用に関する検討を実施している会社は81社
- 318社の時価総額は708兆円。東証上場会社の時価総額1,384兆円の51.2%(前年比+1.4%)
- 分析対象は2026年6月末時点の東証上場内国会社3,709社
社数では1割弱でも、時価総額では過半数
318社は上場内国会社3,709社の約8.6%にすぎませんが、時価総額では51.2%を占めます。規模の大きい会社ほどIFRSを選んでいるということです。東証の分析でも、プライム市場の時価総額3兆円以上の会社では過半数が任意適用しており、時価総額に比例する傾向がみられると整理されています。
| 市場区分 | 適用済+決定+予定 | 時価総額に占める割合 |
|---|---|---|
| プライム市場 | 250社(全1,552社) | 52.6%(前年比+0.9%) |
| スタンダード市場 | 30社(全1,563社) | 2.5%(前年比+0.2%) |
| グロース市場 | 38社(全594社) | 12.4%(前年比-3.0%) |
| 東証上場会社 合計 | 318社(全3,709社) | 51.2%(前年比+1.4%) |
出典:東京証券取引所「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析(2026年7月31日公表)。時価総額は2026年6月末時点。
注目したいのはグロース市場です。594社中38社と社数の割合は6%台ですが、時価総額では12.4%を占めます。成長企業が上場前後の早い段階でIFRSを選ぶケースが一定数あり、IPO準備企業にとって「上場後に落ち着いてから」だけが選択肢ではないことがわかります。
業種の偏りは大きい
業種別にみると、適用会社が存在するのは33業種中29業種です。社数が多いのはサービス業50社、情報・通信業47社、電気機器36社。業種内の時価総額比率でみると、医薬品94.3%、輸送用機器90.9%、石油・石炭製品85.4%と、特定業種ではほぼ標準になっています。逆に海運業・パルプ/紙・倉庫/運輸関連・銀行業の4業種には、任意適用会社が1社も存在しません。同業他社の適用状況は、投資家からの説明要求の強さや監査法人の対応経験に直結するため、検討の初期段階で必ず確認しておきましょう。
なお、検討中81社のうち具体的な検討事項を記載した54社では、最多が「適用時期」(23社)、次いで「情報収集」18社、「マニュアル・指針の整備」13社でした。多くの会社が、まさに本記事のテーマである入口で止まっているということです。
🗒️ 自社が任意適用できるかのチェックリスト
- 有価証券届出書または有価証券報告書を提出する(予定の)会社である
- IFRSに関する知識を持つ役員・使用人を配置できる見通しがある
- 連結パッケージや会計方針書を整備し、毎期回せる体制が作れる
- 移行日以降の比較年度分の数値を作成する余力(人員・期間)がある
- 監査人にIFRS監査の受嘱体制があり、論点協議のスケジュールが引ける
- 適用時期を取締役会で決議し、決算短信等で対外公表できる
🧾 よくある質問
連結財務諸表規則第1条の2は金融商品取引法第2条第1項第5号・第9号の有価証券の発行者を対象としており、条文上「上場していること」は要件になっていません。有価証券報告書の提出義務がある非上場会社や、上場に向けて有価証券届出書を提出する会社も対象になり得ます。ただし実務では、監査人の受嘱体制や作成体制が整うかが実質的な制約になります。
必要ありません。第1条の2は要件を満たす会社が指定国際会計基準によることが「できる」と定めるのみで、承認や事前届出の制度は置かれていません。ただし、要件を満たしていることは有価証券報告書等の記載を通じて自ら説明する必要があり、その適正性は監査の対象になります。
制度上、日本基準への変更が絶対に認められないわけではありませんが、会計方針の変更として合理的な理由の説明と遡及処理が必要になり、投資家への説明も容易ではありません。実務上は「一度適用したら継続する」前提で検討すべきです。
📄 まとめ
| 論点 | 押さえるポイント |
|---|---|
| 根拠条文 | 連結財務諸表規則第1条の2。要件は「特段の取組の記載」と「人材配置+作成体制の整備」の2つ |
| 対象となる会社 | 有価証券届出書・有価証券報告書の提出会社。上場は条文上の要件ではない |
| 必要な手続き | 金融庁の承認・届出は不要。要件充足は会社が自ら説明し、監査で確かめられる |
| 適用状況 | 2026年6月末時点で適用済・決定・予定は318社、東証時価総額の51.2%(東証・2026年7月31日公表) |
| IPOとの関係 | グロース市場でも38社が適用。IPO前後でIFRSを選ぶ道は現実的な選択肢になっている |
次回は、IFRSを導入するメリットとデメリットを実務目線で整理し、自社が導入すべきかどうかの判断軸を示します。IFRSの全体像は第1回 IFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像で、連載全体の構成はIFRS導入 完全ガイド|任意適用からIPO・開示まで全30回で解説にまとめています。
💰 参考(公的情報)
- e-Gov法令検索|連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(第1条の2・第312条)
- 日本取引所グループ|「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析について(2026年7月31日)
- 日本取引所グループ|IFRS適用済・適用決定会社一覧
- 金融庁|「IFRS対応方針協議会」及びIFRSの任意適用の積上げについて(平成25年11月8日)
- 金融庁|連結財務諸表規則ガイドライン(令和8年3月)
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいています。