「そろそろIFRSを検討したほうがよいのでは」——主幹事証券や監査法人、あるいは海外投資家からそう言われて、情報収集を始めた経理責任者・CFOの方は少なくありません。
ところがIFRSは「難しい国際基準」というイメージが先行しがちで、全体像がつかめないまま検討が止まってしまうことがよくあります。何がどう変わり、誰が何を作り、どれくらいの期間がかかるのか。
本記事は、IFRS導入を扱う全30回連載の第1回です。IFRSとは何か、日本基準と何が違うのか、導入すると実務にどんな作業が発生するのかを、検討の順番に沿って整理します。
この記事でわかること
- IFRSとは何か。日本での位置づけ(指定国際会計基準・任意適用)
- 日本の上場会社が選べる4つの会計基準と、実務上の現実的な選択肢
- IFRSを適用できる会社の要件と、東証が公表する最新の適用会社数
- 日本基準とIFRSの主要な違い(のれん・リース・開発費・減損・表示など)
- IFRS導入プロジェクトの3フェーズと、期間・成果物・担当の目安
📄 IFRSとは?国際財務報告基準の基本
IFRSは誰が作っている基準か
IFRS(International Financial Reporting Standards、国際財務報告基準)は、ロンドンに拠点を置くIFRS財団の国際会計基準審議会(IASB)が策定・公表している会計基準です。特定の国の法律ではなく、民間の基準設定主体が作った基準を、各国が自国の制度に取り込んで使う仕組みになっています。
「IFRS」は総称で、個々の基準は番号と名称で特定されます。IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」、IAS第36号「資産の減損」といった具合です。「IAS」は、IASBの前身である国際会計基準委員会(IASC)が公表した基準に付く名称で、いまも有効なものが多く残っています。IFRSとIASは別物ではなく、どちらもIFRS基準の一部です。
日本での位置づけは「指定国際会計基準」
ここが日本特有の論点です。IASBが公表したIFRSが、そのまま自動的に日本で使えるわけではありません。連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(以下、連結財務諸表規則)第312条に基づき、金融庁長官が指定した基準——すなわち「指定国際会計基準」を適用する形になっています。
実務上は最新のIFRSとほぼ一致しますが、新しい基準がIASBから公表されても、日本で適用するには金融庁の指定という手続を経る点は押さえておきましょう。
日本の上場会社が選べる4つの会計基準
日本の上場会社が連結財務諸表を作成する際に選べる会計基準は、次の4つです。
図1:日本の上場会社が連結財務諸表で選べる4つの会計基準
このうち修正国際基準(JMIS)は、企業会計基準委員会(ASBJ)が2015年に公表した基準で、のれんの会計処理などIFRSの一部を日本の考え方に合わせて「削除又は修正」したものです。ただし実務での採用は広がっていないため、現実的な選択肢は日本基準・IFRS・米国基準の3つです。
最も誤解されやすいポイント
IFRSを適用するのは連結財務諸表だけです。単体(個別)財務諸表、会社法の計算書類、法人税の申告書は日本基準のまま作成します。「全社の帳簿を作り替える必要がある」と思われがちですが、実際の作業の中心は、日本基準で作った数値をグループ連結の段階でIFRSに組み替えることです。
🌍 IFRSは「任意適用」|適用できる会社の要件と最新動向
強制適用ではなく、会社が選んで適用する
日本ではIFRSの強制適用は決まっておらず、要件を満たす会社が自ら選んで適用する「任意適用」の枠組みが続いています。導入するかどうかは経営判断であり、メリットとコストを自社の状況に当てはめて検討する必要があります。
適用できるのは「指定国際会計基準特定会社」
連結財務諸表規則第1条の2は、指定国際会計基準で連結財務諸表を作成できる会社を「指定国際会計基準特定会社」と定義しています。要件の中心は次の2点です。
- 有価証券報告書等において、連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取組みに係る記載を行っていること
- 指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員または使用人を置いており、同基準に基づいて連結財務諸表を適正に作成することができる体制を整備していること
かつては上場していることに加え、国際的な財務活動または事業活動を行っていること(外国の金融商品取引所への上場や、資本金20億円以上の外国連結子会社の保有など)という要件がありましたが、2013年の改正で撤廃され、現在は「体制が整っているか」を問う形に整理されています。裏を返せば、社内にIFRSがわかる人材と作成体制を用意することが制度上の最低ラインです。要件の詳細と手続は第2回で扱います。
適用会社は318社、時価総額では過半を占める
東京証券取引所が2026年7月31日に公表した「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析(2026年3月決算会社まで)によれば、IFRS適用済会社297社、適用決定会社20社、適用予定会社1社の合計318社(前年比+18社)となっています。このほか、適用を検討中の会社が81社あります。
注目すべきは時価総額です。2026年6月末時点で318社の時価総額の合計は708兆円、東証上場会社の時価総額(1,384兆円)に占める割合は51.2%に達しています。社数では一部にとどまる一方、時価総額では過半。IFRSは日本の主要企業にとって事実上の標準になりつつあります。
出典:日本取引所グループ「『会計基準の選択に関する基本的な考え方』の開示内容の分析について≪2026年3月決算会社まで≫」(2026年7月31日公表)
⚖️ 日本基準とIFRSの主要な違い
考え方の違い:原則主義と細則主義
個々の会計処理に入る前に、発想の違いを押さえておきましょう。IFRSは「原則主義」と呼ばれ、詳細な数値基準を置かず、取引の経済実態に照らして企業自身が判断し、その根拠を注記で説明することを求めます。一方の日本基準は相対的に「細則主義」で、具体的な数値基準や実務指針が整備されています。
この違いは経理実務に直接跳ね返ります。IFRSでは「基準に書いていないから決めなくてよい」とはならず、自社で決めて監査人に説明する必要があります。だからこそ、グループ会計方針書の整備が導入プロジェクトの中核になります。
主要な差異マップ
実際の会計処理で差が出やすい代表的な領域を6つに整理しました。
図2:日本基準とIFRSで差が出やすい6つの領域
経理実務へのインパクト
会計処理そのものより、実務の負担がどこに出るかを整理したほうが社内説明はしやすくなります。
| 比較の観点 | 日本基準 | IFRS(指定国際会計基準) |
|---|---|---|
| 適用する範囲 | 連結・単体の両方 | 連結財務諸表のみ。単体・会社法・税務は日本基準のまま |
| 基準の考え方 | 数値基準や実務指針が比較的整備されている | 原則主義。自社で判断し、根拠を注記で説明する |
| 会計方針の整備 | 既存の経理規程で運用できることが多い | グループ会計方針書を作成し、監査人と合意する必要がある |
| 注記・開示の量 | 相対的に少ない | 金融商品・収益の分解・減損・リースなどで大幅に増える |
| 子会社の負担 | 既存の連結パッケージで対応 | 連結パッケージの改定と、子会社経理への教育が必要 |
| 基準変更の手続 | — | 初度適用(IFRS第1号)に基づく遡及適用と調整表の開示 |
「自社に導入すべきか」「どれくらいの期間と体制が必要か」の見立てから、論点検討・GAAP差異分析・数値作成・注記開示まで、公認会計士が伴走支援します。
📅 IFRS導入の全体像|3フェーズと期間の目安
IFRS導入は、大きく3つのフェーズに分かれます。それぞれ「誰が・いつまでに・何を作るか」が決まっているため、この骨格を先に押さえておくと社内スケジュールが引きやすくなります。
図3:IFRS導入プロジェクトの3フェーズと、フェーズごとの成果物
誰が・いつまでに・何を作るか
フェーズ1(影響度調査)は、経理部と外部専門家が中心となり、キックオフから2〜3か月をめどに、主要な差異の洗い出しと概算の影響額、導入ロードマップを作ります。この成果物が、取締役会で導入可否を決める判断材料になります。細部を詰め込みすぎず、意思決定に必要な粒度で止めるのがコツです。
フェーズ2(詳細差異分析・会計方針の決定)では、移行日(適用初年度の前年度の期首。完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首をいいます。詳細は第11回)の少なくとも半年から1年前までに、詳細差異分析表とグループ会計方針書を確定させ、監査人と主要論点を合意します。子会社に配る連結パッケージの改定もこの段階です。
フェーズ3(数値作成・開示・定着)では、移行日以降、各四半期・年度でIFRSへの組替仕訳を作り、IFRSベースの連結数値と注記パッケージを作成します。最初のIFRS有価証券報告書では、日本基準からIFRSへの資本・包括利益の調整表(リコンシリエーション)の開示が求められます。
🏢 IPO準備企業がIFRSを選ぶ理由と注意点
IPOでIFRSを選ぶ主な理由
- 海外投資家を意識したオファリングを行う場合、IFRSのほうが説明コストが低い
- 上場後にM&Aを重ねる戦略の場合、のれんを償却しないため償却費が利益を圧迫しない
- 海外子会社を含むグループの管理会計・報告基準を統一できる
IPO準備企業がとくに注意すべき点
まず、上場申請書類(Ⅰの部)の財務諸表をどの基準で作成するかは、できるだけ早く決めることです。途中で基準を変えると比較年度の数値を作り直すことになり、審査スケジュールに直結します。
次に株式報酬です。日本基準では未公開会社のストック・オプションに本源的価値による測定という取扱いがありますが、IFRS第2号「株式に基づく報酬」に同様の特例はなく、公正価値による費用計上が必要です。厚く発行してきた会社ほど損益インパクトが大きく、見落とせない論点です(第25回)。
最後にスケジュールです。直前期に駆け込みで導入すると、監査対応と数値作成が同時に走り負担が大きくなります。N-2期のうちに影響度調査を終え、導入の可否と論点の当たりをつけておくのが現実的です。
🗒️ よくある質問
いいえ。IFRSを適用するのは連結財務諸表です。単体(個別)財務諸表・会社法の計算書類・法人税の申告は日本基準のまま作成します。ただし、IFRSと日本基準の差異に対して繰延税金を認識する必要があるため、税効果会計の作業は増えます(第24回)。
できます。実際、上場後に任意適用へ移行する会社は多くあります。ただし移行時にはIFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」に基づく遡及適用と、日本基準からIFRSへの調整表の開示が必要です。上場前に導入する場合と比べて負担は増えるため、資金調達やM&Aの計画と照らして判断します(第4回)。
リースについては差がかなり小さくなります。企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」は2027年4月1日以後開始する連結会計年度・事業年度の期首から適用され(2025年4月1日以後開始する年度からの早期適用も可能)、借手は原則としてすべてのリースを資産・負債に計上します。ただし細部の取扱いには違いが残ります。詳しくは新リース会計基準とIFRS16の違いは?をご覧ください。
📊 まとめ
- IFRSはIASBが公表する国際基準。日本では連結財務諸表規則第312条に基づく「指定国際会計基準」として適用する
- 日本の上場会社は4つの基準を選べるが、現実的な選択肢は日本基準・IFRS・米国基準の3つ
- IFRSを適用するのは連結財務諸表のみ。単体・会社法・税務は日本基準のまま
- 適用済+決定+予定は318社、時価総額では東証全体の51.2%(東証・2026年7月31日公表)
- 導入は3フェーズ。全体で1〜3年、クリティカルパスは監査人との論点協議とシステム対応
- IPO準備企業は、申請書類の基準選択と株式報酬の論点をN-2期までに整理する
次回は、IFRS任意適用の要件と手続、適用企業数の動向をさらに詳しく掘り下げます。連載全体の構成はIFRS導入 完全ガイド|任意適用からIPO・開示まで全30回で解説にまとめています。
🧾 参考(公的情報)
- 日本取引所グループ|会計基準の選択に関する基本的な考え方の開示内容の分析(2026年7月31日)
- 日本取引所グループ|IFRS適用済・適用決定会社一覧
- 金融庁|指定国際会計基準に関する告示等の改正について
- 企業会計基準委員会|修正国際基準(JMIS)
- 企業会計基準委員会|企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」
- IFRS Foundation|IFRS 18(財務諸表における表示及び開示)
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいています。