IFRS会計方針書の作り方|グループ会計方針の決定と社内規程整備

IFRS導入プロジェクトで差異分析が一段落すると、次に必ず突き当たるのが「それで、うちはどの処理を選ぶのか」という壁です。

基準を読み込むほど選択肢が増え、社内で議論しても結論が固まらない。子会社から問い合わせが来ても「たぶんこうなると思う」としか答えられない——。IFRS導入の現場で最も時間を溶かすのが、この宙ぶらりんの期間です。

ここを抜け出すための成果物がIFRS会計方針書です。本記事では、方針書に何を書き、誰がいつまでに決め、どう監査人と合意し、グループにどう展開するかを、実務手順に落として解説します。

この記事でわかること

  • IFRS会計方針書の役割と、日本基準の経理規程との違い
  • 会計方針の選択が認められる主な項目と、選び方の勘所
  • 方針決定の5ステップ(誰が・いつまでに・何を作るか)
  • 会計方針書の目次構成と、記載の粒度の目安
  • グループ各社への展開・社内規程の整備と、監査人との合意の進め方

📄 IFRS会計方針書とは|グループ共通の「会計ルールブック」

会計方針とは何か

会計方針とは、財務諸表を作成し表示するために企業が適用する原則、基礎、慣行、規則および実務のことをいいます。IFRSではIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に定義が置かれています。なお同基準は、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(2027年1月1日以後開始する事業年度から適用、早期適用可)の適用にあわせて、名称が「財務諸表の作成基礎」へ変わります。IFRS第18号がIAS第1号「財務諸表の表示」を置き換え、会計方針の開示に関する定めがIAS第8号側へ移されるためです。

IFRS会計方針書とは、この会計方針を取引・論点ごとに文書化し、グループ全社が同じ処理を再現できるようにした社内文書です。法令で様式が決まっているものではありませんが、IFRS導入プロジェクトの中核となる成果物であり、実務上は必ず作成します。

なぜIFRSでは「方針書」という形で残すのか

日本基準にも「経理規程」はありますが、IFRSではより踏み込んだ文書化が必要になります。理由は3つです。

第一に、基準そのものが選択肢を用意している論点があるためです。有形固定資産の原価モデルと再評価モデル、投資不動産の原価モデルと公正価値モデルなど、どちらを選んでも基準に準拠する項目が存在します。選んだ以上、その選択と理由を残さなければ、翌期以降の継続性を担保できません。

第二に、特定の定めが置かれていない取引があるためです。IAS第8号は、ある取引に具体的に適用されるIFRS会計基準がない場合、経営者が判断して会計方針を策定するよう求めています。その際は、まず類似・関連する論点を扱うIFRS会計基準の要求事項を参照し、次に資産・負債・収益・費用の定義や認識規準、測定の概念を参照するという降順の順序(ヒエラルキー)に従います。この判断過程こそ、文書に残さなければ後から再現できません。

第三に、連結ではグループ内の会計方針を統一する必要があるためです。IFRS第10号「連結財務諸表」は、同様の状況における同種の取引・事象について、連結財務諸表を統一した会計方針で作成することを求めています。子会社が現地基準や日本基準で作った数値をそのまま取り込むことはできず、グループ共通のルールを配る必要があります。

対象となる取引・事象 特定のIFRS会計基準に定めがあるか 定めがない IAS第8号の階層に従い 経営者が方針を開発する 定めがあり選択肢なし 基準どおりに処理し 結論を簡潔に記載する 定めがあり選択肢あり 方針を選択し 選定理由を必ず残す IFRS会計方針書に記載し、監査人と合意する 確定した方針をグループ各社へ展開する

図1:会計方針を決める3つの分岐(IAS第8号の考え方を整理したもの)

⚖️ 会計方針の選択が認められる主な項目

方針書づくりで最も時間がかかるのが、選択肢のある論点の意思決定です。代表的なものを整理します。IFRS基準書の原文は有料ライセンスのため転載できませんので、要旨を独自にまとめています。

項目(基準) 認められる主な選択肢 実務上の考え方
有形固定資産
(IAS第16号)
原価モデル/再評価モデル。選んだ方針は資産のクラス全体に適用する 再評価モデルは公正価値を継続的に測定する体制が必要。日本企業の実務では原価モデルの選択が一般的
無形資産
(IAS第38号)
原価モデル/再評価モデル。再評価は活発な市場を参照して公正価値を算定できる場合に限られる 活発な市場が存在する無形資産はまれで、実務上は原価モデルに落ち着くことが多い
投資不動産
(IAS第40号)
原価モデル/公正価値モデル。原則としてすべての投資不動産に同じモデルを適用する 公正価値モデルは毎期末の評価が必要。鑑定評価の外部委託コストと開示メリットを比較して決める
棚卸資産
(IAS第2号)
先入先出法または加重平均法(第25項)。後入先出法は認められない。通常は代替性のない棚卸資産、および特定のプロジェクト用に製造され他と区分される財貨または役務には個別法が強制される(第23項) 性質・用途が類似する棚卸資産には同一の方法を適用する。異なる性質・用途であれば異なる方法も正当化されうる
リース
(IFRS第16号)
短期リース(原資産のクラス単位で選択)・少額資産のリース(リース単位で選択)について認識の免除を適用するか 免除を使うと使用権資産の計上範囲が変わる。判定基準と社内の閾値を方針書で明文化しておく
個別財務諸表
(IAS第27号)
子会社・関連会社等への投資を、取得原価/IFRS第9号/持分法のいずれかで測定する 連結のみIFRSとする場合は影響が限定的だが、方針書では取扱いを明記しておく
キャッシュ・フロー計算書
(IAS第7号)
営業活動によるキャッシュ・フローを直接法/間接法のいずれかで表示する 日本の実務は間接法が主流。IFRS第18号の適用後は、間接法の出発点が「営業利益」に統一される点に留意

※ 上記は主要な論点の抜粋です。自社に固有の取引(収益認識の履行義務の識別、機能通貨の決定など)については、選択肢というより判断の問題として別途整理が必要になります。

ポイント:「選べるから、どちらでもよい」ではない

選択肢がある項目でも、決算早期化・システム対応・監査工数への影響は大きく異なります。たとえば投資不動産に公正価値モデルを選べば、毎期の評価と評価技法の注記が必要になり、決算日程に外部鑑定のリードタイムを組み込まなければなりません。「基準上どちらも可能か」ではなく「自社の決算体制で毎期回せるか」で選ぶのが実務の鉄則です。

📅 会計方針決定の5ステップ|誰が・いつまでに・何を作るか

会計方針の決定は、GAAP差異分析が終わった直後から着手します。差異一覧が固まっていないと論点が漏れるためです。標準的な流れは次のとおりです。

ステップと成果物 主担当/時期の目安 1 差異一覧からIFRS論点を抽出する 成果物:論点管理表(論点・関連基準・影響額の目安) 経理部 差異分析の完了直後 2 選択肢のある論点を切り分ける 成果物:選択肢一覧(選択肢・影響・工数の比較) 経理部+外部専門家 論点抽出から1か月以内 3 方針案を作成し、社内で意思決定する 成果物:会計方針書ドラフト、論点メモ 経理部長・CFO 数値作成の着手3か月前 4 監査人と論点ごとに協議・合意する 成果物:協議記録、修正後の方針書 CFO+監査法人 重要論点から順に前倒し 5 方針書を確定し、グループへ展開する 成果物:確定版方針書、連結パッケージ、説明会資料 経理部 数値作成の着手前まで ※ 重要論点は監査人との協議を前倒しし、ステップ3と4を往復させる進め方が現実的です。

図2:会計方針決定の5ステップと担当・時期の目安

ステップ2・3でつまずかないための工夫

実務で停滞しやすいのがステップ2から3です。論点を「重要/非重要」で仕分けせずに全件を同じ深さで議論すると、いつまでも終わりません。影響額と発生頻度で優先順位を付け、上位の論点から先に方針を固めるのが定石です。金額的にも質的にも重要でない論点は、方針書に一行で結論だけ書いておけば足ります。

また、方針案は「基準の要約」で終わらせず、自社の取引に当てはめた具体例まで書くことが重要です。「収益は履行義務の充足時に認識する」だけでは、現場は動けません。「自社製品Aの出荷基準は検収基準へ変更する。根拠は支配の移転時点が検収時と判断されるため」と書いて初めて、仕訳と業務フローに落ちます。

🗒️ IFRS会計方針書の構成|目次サンプルと記載の粒度

方針書の様式に決まりはありませんが、実務では次の4章構成が扱いやすく、改訂もしやすい形です。

IFRS会計方針書 第1章 総則 目的・適用範囲・改訂手続 準拠する基準の版(適用年度)・用語の定義 グループ適用範囲・承認者・改訂の手続 第2章 認識・測定の方針 基準別(分量の中心) 論点ごとに「基準の要求/自社の選択/判断根拠」 自社取引への当てはめ例・想定仕訳・見積りの前提 第3章 表示・開示の方針 財務諸表と注記 表示科目の定義・集計ルール・重要性の基準 注記項目の一覧と、必要データの収集元・収集時期 第4章 運用ルール グループ展開と維持 子会社の適用範囲・例外の申請手続・照会窓口 基準改正時の見直しサイクル・版管理と保管 ※ 分量の目安:第2章が全体の7割前後。第2章は論点ごとに1〜2ページで分冊できる構成にしておくと改訂が容易です。

図3:IFRS会計方針書の構成(4章立ての目次ツリー)

記載の粒度——「基準の写経」にしない

方針書でよくある失敗が、基準の文言をなぞっただけの文書になってしまうことです。それでは現場は判断できず、監査人からも追加質問が来ます。第2章の各論点は、次の4点セットで書くと過不足がありません。

  • 基準の要求:どの基準の何を根拠にしているか(基準番号と正式名称を明記)
  • 自社の選択:選択肢がある場合にどちらを採るか、閾値を含めて一義的に
  • 判断根拠:なぜその選択・判断に至ったか(監査人への説明資料も兼ねる)
  • 自社への当てはめ:対象取引の具体例、想定仕訳、データの取得元

※ 監査法人や出版社の解説書をそのまま転記すると著作権上の問題が生じます。方針書は自社の言葉で書き、参考文献は別途管理してください。

🏢 グループ展開と社内規程の整備

子会社へ展開する3つの道具

方針書を作っただけでは、子会社の数値は変わりません。展開には3点セットが要ります。

①連結パッケージの改定——方針書で決めた項目を、報告様式の記入欄と定義に落とし込みます。子会社に「方針書を読んで判断してください」ではなく、「この欄にこの数字を入れてください」まで具体化するのが要点です。②勘定科目マスタと入力ガイド——IFRS固有の科目(使用権資産、契約資産・契約負債など)の定義と、どの取引をどこに入れるかの対応表を配ります。③説明会と照会窓口——展開初年度は必ず子会社経理向けの説明会を開き、質問を受ける窓口(担当者名とメールアドレス)を明示します。窓口を決めておかないと、各社が独自解釈で走ります。

既存の経理規程との切り分け

IFRSを任意適用する場合でも、通常は連結財務諸表のみをIFRSで作成し、単体(個別)の計算書類・法人税申告は日本基準・税法のままです。つまり既存の経理規程を捨てる必要はなく、IFRS会計方針書を「連結報告用の上乗せルール」として並存させるのが実務的な整理になります。

ただし放置すると現場が混乱するため、既存の経理規程には「連結財務諸表の作成にあたってはIFRS会計方針書による」旨の条項を1条追加し、両者の関係を明示しておきます。文書体系の整理は、上場審査でも内部統制評価でも見られるポイントです。

注意:方針書は「作って終わり」にならない

IFRSは毎年のように新設・改正があります。直近では、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」が2027年1月1日以後開始する事業年度から適用されます(早期適用可)。IAS第1号「財務諸表の表示」が置き換えられ、営業利益などの小計の表示や費用の分析方法に影響が及ぶため、表示・開示の方針は見直しが必要です。方針書の第4章に「年1回、基準改正の有無を棚卸しする」ルールを書き込んでおいてください。

  • 方針書の版管理(版数・改訂日・承認者)が記録されているか
  • 子会社が参照できる場所に最新版が置かれているか
  • 連結パッケージの様式・定義が方針書と一致しているか
  • 例外的な処理を申請・承認する手続が定められているか
  • 基準改正を確認する時期と担当者が決まっているか

📊 監査人との合意と、開示への接続

監査人との協議は「まとめて一回」にしない

会計方針書ができてから監査人に一括で見てもらう進め方は、最も危険です。重要論点で見解が分かれた場合、数値作成をやり直すことになるためです。影響額の大きい論点から順に、方針案の段階で個別に協議するのが正しい進め方です。

協議の際は、「どうすればよいですか」ではなく「当社はこう考え、この根拠でこう処理したい」と案を持ち込みます。監査人は独立性の観点から会社の会計処理を代わりに決めることはできませんので、会社側が案と根拠を示さない限り議論が前に進みません。協議の結果は日付・出席者・論点・結論の形で必ず記録に残し、監査調書との整合を保ちます。

方針書は注記の下書きになる

会計方針書は、そのまま開示につながります。現行のIAS第1号は、2023年1月1日以後開始する事業年度から、「重要な会計方針」ではなく「重要性がある会計方針に関する情報」を開示することを求める形に改正されています。IFRS第18号の適用後は、この定めはIAS第8号(名称が「財務諸表の作成基礎」に変更)へ引き継がれます。

ポイントは、基準の定めを引き写しただけの定型文は「重要性がある情報」とはみなされにくいことです。自社固有の判断——どの選択肢を採ったか、どんな見積りの前提を置いたか——を書くことが求められます。方針書の「自社の選択」「判断根拠」を丁寧に書いておけば、注記の下書きがそのまま出来上がる、という関係にあります。

※ 日本基準側でも、企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(2020年3月31日公表の改正)により、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則および手続の注記が求められています(2021年3月31日以後終了する事業年度の年度末に係る財務諸表から適用)。考え方の方向性は共通しています。

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選択肢のある論点の絞り込みから、方針案の作成、監査人との協議資料の整備、グループ展開用の連結パッケージ改定まで、公認会計士が実務に踏み込んで伴走支援します。IPO準備と並行したIFRS導入のご相談も承ります。

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🧾 よくある質問

Q. 会計方針書は何ページくらいになりますか。

事業の複雑さによりますが、単一セグメントの企業で50〜80ページ、複数事業・海外子会社を抱える企業で100ページを超えることも珍しくありません。ただし分量そのものに意味はなく、論点ごとに判断が一義的に読み取れるかが重要です。第2章を論点単位で分冊できる構成にしておくと、改訂時の負担が大きく下がります。

Q. 会計方針書はいつまでに作ればよいですか。

IFRSベースの数値作成に着手する前が期限です。移行日の開始財政状態計算書を作る段階で方針が固まっていないと、作業のやり直しが発生します。導入プロジェクトの3フェーズでいえば、フェーズ2(詳細差異分析・会計方針決定)の最終成果物という位置づけになります。

Q. 子会社ごとに違う会計方針を認めてよいのでしょうか。

IFRS第10号は、同様の状況における同種の取引について統一した会計方針で連結財務諸表を作成することを求めています。したがって、単に「現地の慣行だから」という理由で子会社ごとに異なる処理を認めることはできません。連結上の重要性が乏しい場合に現地数値をそのまま使う運用はありえますが、その判断基準と重要性の閾値を方針書に明記し、監査人と合意しておく必要があります。

💰 まとめ

IFRS会計方針書は、IFRS導入プロジェクトで最も価値の高い成果物です。差異分析が「何が違うか」を洗い出す作業だとすれば、会計方針書は「自社はどうするか」を決め切る作業にあたります。ここが固まらないまま数値作成に進むと、必ず手戻りが発生します。

ポイントは4つです。第一に、選択肢のある論点は「基準上どちらも可能か」ではなく「毎期回せるか」で選ぶこと。第二に、基準の要約ではなく自社取引への当てはめまで書くこと。第三に、監査人とは重要論点から前倒しで協議し、記録を残すこと。第四に、方針書は注記の下書きであると意識して、自社固有の判断を丁寧に書くことです。

なお、日本取引所グループの公表によると、2026年7月末現在でIFRS適用済の会社は297社、適用決定済が22社の合計319社となっています。IFRSは着実に裾野を広げており、方針書づくりのノウハウも実務に蓄積されつつあります。次回は、移行日の設定と免除規定の使い方を扱うIFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」の実務を解説します。IFRSの全体像を確認したい方は第1回のIFRSとはもあわせてご覧ください。

🌍 参考(公的一次情報)

監修者

公認会計士・税理士 鈴木佑也/鈴木佑也公認会計士税理士事務所(東京都台東区)。IPO準備企業・上場企業に対し、IFRS導入の論点検討、GAAP差異分析、コンバージョンによる数値作成、注記開示の作成支援を提供しています。

本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。

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