「で、いくらかかるんですか」——IFRS導入の稟議で、最後に必ず来る質問です。
ところが調べても「数千万円」「億単位」と幅が大きく、自社に当てはめられない。かといって根拠のない数字を出すわけにもいかず、見積依頼をかけようにも依頼範囲が固まっていない。費用が読めないから決められず、決められないから見積も取れない——この堂々巡りに入っている会社は少なくありません。
本記事は全30回連載の第6回です。金融庁の調査が示すコストの分布と内訳の4区分、導入アプローチによる費用と社内負担の違い、そして見落としやすいランニングコストを整理します。
この記事でわかること
- 金融庁の調査が示す移行コストの分布(5千万円未満〜10億円以上)と、その読み方
- コストを決めているのは「規模」と「システム構築方針」であるという調査結果
- 移行コストの内訳4区分と、それぞれ何にお金がかかるのか
- フル外注・伴走型・内製中心という3つのアプローチの費用と社内負担の違い
- 見落としやすいランニングコストと、費用を抑える4つの打ち手
💰 移行コストは「5千万円未満」から「10億円以上」まで分かれる
金融庁の調査が示す分布
費用の話で最初に押さえるべきは、一つの相場が存在しないという事実です。金融庁が2015年4月15日に公表した「IFRS適用レポート」は、IFRS任意適用企業に「IFRSへの移行に直接要したコストの概算額」を質問し、48社から回答を得ています。集計【図2】の区分は「5千万円未満」「5千万円以上1億円未満」「1億円以上5億円未満」「5億円以上10億円未満」「10億円以上」の5つ。実際の企業はこの全域に分布しています。
同レポートは本編で「移行コストは、各企業の規模及びシステム構築方針、そしてIFRS導入の目的・メリットとして何に重点を置くかにより様々である」と結論づけ、さらに「売上規模の大きい企業ほど、移行コストが多額となる傾向がみられる」と述べています。
※ 同レポートは2015年4月時点の調査です。以後、金融庁から移行コストに関する同種の調査は公表されていません。金額水準は物価・人件費の変動を考慮して読む必要があります。
図1:移行コストの区分と、金額を左右する2つの方向性
金額を決めているのは「システム構築方針」
同レポートで注目すべきは、コストの幅を生んでいる要因の説明です。IFRS導入の目的として「経営管理の高度化」に重点を置く場合には、導入を契機にシステムの全面改修まで行われる一方、「同業他社との比較可能性」や「投資家への説明の容易さ」に重点を置く場合には、連結仕訳の調整のみ、または調整中心の対応が考えられ、全体のコストは大きく変わる——というのが金融庁の整理です。
実際、連結仕訳の調整中心で対応した企業からは「システムについては、表計算ソフトにより財務諸表を効率的に作成できる仕組みを構築したため、特段の対応をしていない」という回答があり、同レポートは「規模が相対的に小さくかつ単一事業である場合には、金額的にも極めて少額で対応できている例がある」と記しています。
ポイント:費用は「IFRSを導入するかどうか」ではなく「IFRS導入を機にシステムをどこまで作り込むか」で決まります。稟議で金額を出す前に、この方針を先に決めてください。方針が決まらないまま見積を取ると、各社バラバラの前提で数字が返ってきて、比較すらできません。
🧾 移行コストの内訳は4つ
金融庁の調査項目がそのまま内訳になる
金融庁は移行コストを4区分で質問しています。①外部アドバイザー(他の監査法人、コンサルティング会社)、②監査法人(通常の監査報酬を除く)、③会計システムの導入又は更新、④その他。予算を組むときも、この4区分に社内人件費を加えた5項目で整理すると漏れが出にくくなります。
図2:移行コストの内訳。①〜④は金融庁の調査区分、社内人件費は自社で別途見積もる必要がある
それぞれ、どこにお金がかかるのか
| 内訳 | 主に何にかかるか | 抑えるための考え方 |
|---|---|---|
| ① 外部アドバイザー | 差異分析、会計方針書の作成、免除規定の検討、組替仕訳の設計、注記の作成支援 | 全工程を任せるのではなく、判断が重い論点に絞る。定型作業は社内に残す |
| ② 監査法人 (通常の監査報酬を除く) |
会計方針・見積りの論点協議、開始財政状態計算書と比較年度の追加監査手続 | 企業側の見解と根拠を先に整理して提示する。資料の出し方を工夫し監査工数を減らす |
| ③ システム | 会計システムの導入・更新、固定資産・リース・収益認識まわりの改修、連結パッケージ改定 | まず表計算ソフトで回し、運用が固まった領域から段階的にシステム化する |
| ④ その他 | 社内研修、グループ会社への説明会、資料の翻訳、外部セミナー参加、経験者の採用 | 子会社説明は本社で標準資料を作り、各社での作り込みを避ける |
| + 社内人件費 | 通常決算と並走する経理部門の残業・増員、事業部門やシステム担当の工数 | プロジェクト工数を可視化し、通常業務の一部を止める判断を経営として行う |
「どこを外部に任せ、どこを社内に残すか」で総額は大きく変わります。自社の規模と目的に合わせた支援範囲をご提案します。
📊 導入アプローチ別|費用と社内負担のトレードオフ
外部に任せるほど費用は増え、社内に残すほど工数は増える
外部支援の使い方は、大きく3つに分かれます。全工程を外部に委託する「フル外注」、論点検討と成果物のレビューを外部が担い作業は社内が行う「伴走型」、外部はスポット相談のみの「内製中心」です。どれが正しいということはなく、社内に確保できる工数と、移行日までの残り時間で決まります。
図3:導入アプローチ別の比較。移行日までの残り時間が短いほど、フル外注寄りに倒さざるを得なくなる
注意したいのは、内製中心を選んでも「タダ」ではないことです。社内人件費という形でコストは発生し、通常決算と並走する経理部門の負荷として現れます。スケジュールに余裕がない状態で内製中心を選ぶと、決算そのものが危うくなります。移行日から逆算したスケジュールの引き方は第5回「IFRS導入のスケジュールと期間」で整理しています。
⏰ 見落としやすい「導入後」のコスト
ランニングコストは移行前と比較して見積もる
金融庁の調査は、移行コストとは別に「IFRS適用後における定常状態に移行した後のランニング・コストの内容及び概算額」、そして「移行前における同様のコストとの相違」を質問しています。つまり導入時の一時費用だけでなく、毎期発生する費用が移行前と比べてどう変わるかを見ておくべきだ、という視点です。
毎期発生し得る費用としては、監査対応の増加、注記作成の作業量、のれん・固定資産の減損テストに伴う評価、システムの保守、IFRSの改訂への対応、子会社経理の教育などが挙げられます。稟議に載せる金額は、初期費用とランニングコストを分けて示すほうが、経営層の納得を得やすくなります。
システムを先に作ると、無駄になることがある
同レポートには、「会計方針の確定を踏まえて順序立ててシステム化を進めるべきであり、システム化そのものを自己目的化すべきでない」という意見が紹介されています。ある企業からは「特定の会計基準への対応としてシステムを開発したが、当初の想定に合わない事例が発生し、コスト・ベネフィットを考えた結果、システムを破棄した経験がある」という回答も寄せられています。会計方針が固まる前のシステム投資は、そのまま損失になり得ます。
⚖️ 費用を抑える4つの打ち手
コストを絞り込むための実務的なチェックポイント
- 目的を「比較可能性・投資家への説明」に絞れるなら、システムは連結仕訳の調整中心と決める
- 会計方針が確定するまで、システム開発は着手しない(先行投資が無駄になるリスクを避ける)
- 外部への依頼は「判断が重い論点」に集中させ、定型的な組替作業は社内に残す
- 企業側の見解と根拠を先に整理して監査人に提示し、協議の往復回数を減らす
金融庁もまとめで「各企業においては、IFRSへの移行にあたり自社の規模や導入目的に応じて、効率的で柔軟なコスト対応を図ることが期待される」と述べています。費用は与件ではなく、設計次第で動く変数です。
🗒️ よくある質問
一律の金額は示せません。金融庁「IFRS適用レポート」(2015年4月15日)の集計(回答48社)は「5千万円未満」から「10億円以上」までの区分に分布しており、同レポートは売上規模の大きい企業ほど移行コストが多額になる傾向を示しています。また、規模が相対的に小さく単一事業である場合には極めて少額で対応できている例があるとも記されています。まず子会社数・海外拠点数・システム対応の範囲を確定させることが、見積の前提になります。
「外部アドバイザー」「監査法人(通常の監査報酬を除く)」「システム」「その他」「社内人件費」の5項目に分けた初期費用と、定常状態に入った後のランニングコスト(移行前との差額)を分けて示すことをおすすめします。金額に幅がある場合は、システム対応の範囲についてケースを2つ置き、それぞれの金額と得られる効果を並べると議論が進みます。
金額は監査人との契約事項のため一般的な水準は示せません。ただし金融庁の調査では、監査対応の課題として「対応時間の増加」が挙げられており、IFRSに移行することで監査上新たに必要となる手続やデータが発生することが指摘されています。一方で「当社側で監査人の作業がスムーズに進むように資料・データの提出方法を工夫すれば、監査工数を減らすことができる」という企業の回答も紹介されています。早期に監査人と協議し、見積の前提を共有してください。
📄 まとめ
IFRS導入の費用に一律の相場はありません。金融庁「IFRS適用レポート」(2015年4月15日)の集計(回答48社)は「5千万円未満」から「10億円以上」までの区分に分布し、同レポートは移行コストが「各企業の規模及びシステム構築方針、そしてIFRS導入の目的・メリットとして何に重点を置くかにより様々である」と結論づけています。
裏を返せば、費用は自社の設計で動かせるということです。目的を比較可能性や投資家への説明に置き、システムは連結仕訳の調整中心と決め、会計方針が固まるまでシステム投資を待ち、外部支援を判断の重い論点に集中させる。この4点を押さえるだけで、総額は大きく変わります。
そして、予算に載らない社内人件費とランニングコストを忘れないこと。初期費用だけを示した稟議は、導入後に「話が違う」となりがちです。
次回は、IFRS導入の体制づくり——経理部・監査法人・外部専門家の役割分担を整理します。スケジュールの引き方は第5回「IFRS導入のスケジュールと期間」、IFRSの全体像は第1回「IFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像」、連載の全体構成はIFRS導入 完全ガイドにまとめています。
📊 参考(公的情報)
- 金融庁「IFRS適用レポート」(2015年4月15日)本編Ⅵ・Ⅷ、資料編【図2】および質問調査票2⑸⑹
- 金融庁「IFRS関連情報一覧」
- 日本取引所グループ「『会計基準の選択に関する基本的な考え方』の開示内容の分析について≪2026年3月決算会社まで≫」(2026年7月31日)
- IFRS財団「IFRS第1号 国際財務報告基準の初度適用」
- e-Gov法令検索「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいており、金額に関する統計は2015年4月時点の調査結果です。