「誰が何をやるのか」が決まらないまま、IFRS導入の検討が止まっていませんか。
経理部は通常決算で手一杯。監査法人に相談すると「それは会社側でご判断ください」と返ってくる。外部に頼むにしても、どこまで任せてよいのかがわからない。役割の線引きが曖昧なまま走り出したプロジェクトは、決算期が近づいたところで必ず詰まります。
本記事は全30回連載の第7回です。実は「体制の整備」はIFRS任意適用の法令要件そのものです。その要件の中身と、監査法人に頼めること・頼めないことの法令上の線引き、そしてフェーズ別の役割分担を整理します。
この記事でわかること
- 連結財務諸表規則第1条の2が求める「体制の整備」という法令要件の中身
- IFRS導入プロジェクトの標準的な体制(4層構造)と分科会の切り方
- 公認会計士法が定める、監査法人に依頼できない6類型の業務
- 「助言・指導」と「作成代行」の境界線と、監査人との協議の進め方
- 自社・外部専門家・監査人の役割分担をフェーズ別に示したマトリクス
🏢 「体制の整備」はIFRS任意適用の法令要件である
連結財務諸表規則第1条の2が求める2つの要件
体制づくりを「望ましい取組」だと考えている方は、認識を改める必要があります。日本でIFRS(国際財務報告基準)を任意適用するには、連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(連結財務諸表規則)第1条の2に定める「指定国際会計基準特定会社」に該当しなければなりません。そしてこの条文は、次の2つの要件をどちらも満たすことを求めています。
1つ目は、有価証券届出書または有価証券報告書において「連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取組」に係る記載を行っていること。2つ目が本記事の主題で、「指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員又は使用人を置いており、指定国際会計基準に基づいて連結財務諸表を適正に作成することができる体制を整備していること」です。
なお「指定国際会計基準」とは、同規則第312条により、国際会計基準のうち金融庁長官が定めるものをいいます。日本の制度上は、これがIFRSの正式な呼び方です。
図1:連結財務諸表規則第1条の2が定める2つの要件。体制の整備は「あったほうがよい」ではなく、任意適用の入口条件
つまり、社内にIFRSがわかる人がいない状態、外部にすべてを丸投げしている状態は、条文が想定する姿ではありません。外部専門家を使うこと自体は当然に認められますが、最終的に「自社が作成できる体制」を説明できなければなりません。ここが体制設計の出発点になります。
「十分な知識を有する役員又は使用人」をどう満たすか
条文は人数も資格も定めていません。実務では、IFRSの主要基準を理解し会計方針を判断できる担当者を経理部内に置くこと、その判断の根拠を文書化して社内で検証できる仕組みを持つこと、監査人との協議を自社の言葉で行えることの3点を積み上げます。
「特段の取組」の記載欄には、IFRSに関する社内研修の実施状況、会計方針を統一するためのグループ内規程の整備、専門的な情報を継続的に入手する体制などを書くことになります。裏を返せば、有価証券報告書に書けることを、導入プロジェクトの中で作っていく必要があるということです。
📊 IFRS導入プロジェクトの標準的な体制
4層で考えると役割が整理しやすい
IFRS導入は経理部だけで完結しません。会計方針の選択は業績の見え方を変えるため経営判断を伴い、必要なデータは営業・人事・情報システムなど各部門に分散しているからです。そのため、意思決定層・推進層・論点検討層・データ提供層の4層で体制を組むと、責任の所在が明確になります。
図2:IFRS導入プロジェクトの体制イメージ。監査人と外部専門家は組織の外に置き、PMOが窓口を一本化する
分科会は「差異が出る論点」で切る
分科会を勘定科目単位で作ると数が増えすぎて回りません。日本基準とIFRSで差異が生じやすい論点に絞って組成するのが実務的です。収益(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)、固定資産・リース(IAS第16号「有形固定資産」、IFRS第16号「リース」)、金融商品・税金(IFRS第9号「金融商品」、IAS第12号「法人所得税」)、退職給付・株式報酬(IAS第19号「従業員給付」、IFRS第2号「株式に基づく報酬」)といった括りです。のれん(IFRS第3号「企業結合」)と減損(IAS第36号「資産の減損」)は影響が大きいため、単独で扱うか固定資産分科会に含めます。
どの論点が自社に効くかは、影響度調査を経ないと確定しません。分科会の数は初期に決め打ちせず、差異分析の結果で増減させるほうが無駄がありません。
PMO(事務局)が最初に作るべき3つの成果物
- 論点管理表:論点ごとに担当者・期限・監査人との協議状況・結論を1行で管理する
- マスタースケジュール:移行日・比較年度・適用初年度から逆算した作業工程表
- 会議体の設計:分科会は隔週、ステアリングコミッティは月次または四半期と頻度を先に決める
⚖️ 監査法人に頼めること・頼めないこと
公認会計士法が同時提供を禁止している6類型
ここが体制設計で最も誤解が多いところです。「監査法人にIFRSの会計方針書を作ってもらえばよい」という発想は、法令上成立しません。公認会計士法第24条の2(監査法人については第34条の11の2)は、大会社等から内閣府令で定める業務により継続的な報酬を受けている場合、その会社の財務書類について監査証明業務を行ってはならないと定めています。金融商品取引法第193条の2第1項または第2項の規定により監査証明を受けなければならない会社(政令で定めるものを除く)は、この「大会社等」に含まれます(公認会計士法第24条の2第1項第2号)。上場申請前の任意監査を受けている段階では、この規定には直接該当しません。
禁止される業務の中身は、公認会計士法施行規則第5条に6つ列挙されています。
| 区分 | 同時提供が禁止される業務(公認会計士法施行規則第5条) |
|---|---|
| 第1号 | 会計帳簿の記帳の代行その他の財務書類の調製に関する業務 |
| 第2号 | 財務又は会計に係る情報システムの整備又は管理に関する業務 |
| 第3号 | 現物出資財産その他これに準ずる財産の証明又は鑑定評価に関する業務 |
| 第4号 | 保険数理に関する業務 |
| 第5号 | 内部監査の外部委託に関する業務 |
| 第6号 | 前各号のほか、監査又は証明をしようとする財務書類を自らが作成していると認められる業務、又は被監査会社等の経営判断に関与すると認められる業務 |
IFRS導入に引き直すと、影響が大きいのは第1号と第6号です。IFRS用の組替仕訳を監査人に作ってもらう、会計方針書を監査人に書いてもらう、注記のドラフトを監査人に作成してもらう——これらは「財務書類の調製」に当たり得るため、監査人は受けられません。自己監査を防ぐという制度趣旨からくる制約であり、監査法人が不親切なわけではありません。
なお、この分野の解釈を示していた日本公認会計士協会の独立性に関する法改正対応解釈指針第4号は2023年3月31日付けで廃止され、現在は改正「倫理規則」(2023年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査から適用。早期適用可)および倫理規則実務ガイダンス第1号に整理されています。
「助言・指導」と「作成代行」の境界
一方で、監査人と一切相談できないわけではありません。監査の過程で行われる会計処理に関する助言や、会社が作成した資料に対する指摘は、監査証明業務の一環として行われます。実務上の線引きは、成果物を誰の名前で作るかにあります。会社が案を作り、監査人がそれを見て意見を述べるのは協議。監査人が白紙から作り、会社がそれを受け取るのは作成代行です。
したがって体制設計の結論はこうなります。会計方針書・組替仕訳・注記パッケージは、自社または監査人以外の外部専門家が作る。監査人には、作ったものを早い段階でぶつけて見解を確認する。この役割分担を最初に共有しておくと、「頼んだのに断られた」という無駄な往復がなくなります。
監査人との協議は「論点・自社の見解・根拠」の3点セットで
協議を効率よく進めるコツは、質問の形を変えることです。「この取引はIFRSでどう処理しますか」と聞くと、監査人は判断の代行になるため答えにくくなります。「この取引はIFRS第15号の5ステップのうちステップ2で履行義務を2つに分けるべきと考えます。根拠は契約書の第○条で、区分して移転していると判断しました。この整理でよいでしょうか」と聞けば、監査人は見解を述べられます。
協議した論点は、日付・出席者・結論・保留事項をその場で記録し、論点管理表に反映してください。IFRS移行時の監査では、監査人が交代したり担当者が入れ替わったりすることも珍しくありません。文書が残っていない結論は、後から蒸し返されます。
監査人には依頼できない会計方針書の作成、組替仕訳の設計、注記パッケージの作成を、監査対応を前提とした形で支援します。IPOに伴うIFRS導入もご相談ください。
🧾 役割分担マトリクス(フェーズ別)
自社・外部専門家・監査人の関わり方は、フェーズによって変わります。影響度調査の段階では外部専門家の比重が高く、数値作成の段階では自社の比重が高まり、監査人は最後に監査主体として登場する——この形が基本です。
図3:役割分担マトリクス。◎=主体的に担う/○=支援する/△=協議にとどまる。監査人の欄の「作成代行は不可」は公認会計士法上の制約
外部専門家を選ぶ際は、この表の「○」の欄を実際にやってくれるかを確認してください。差異分析表を渡して終わりの支援と、組替仕訳まで作って監査対応に同席する支援では、社内に残る負荷がまったく違います。費用感の考え方は第6回「IFRS導入の費用はいくら?」で整理しています。
⏰ 経理部の負荷という現実
IFRS導入は通常決算と並走する
体制図を描くときに最も軽視されがちなのが、経理部が本来業務を抱えたまま走るという事実です。IFRS導入プロジェクトは、四半期決算・年度決算・監査対応・税務申告と同じ人員で並走します。分科会を4つ作っても、担当者が全員同じ経理部の3人だとすれば、体制図は絵に描いた餅です。
現実的な打ち手は3つあります。1つ目は専任者を1名でも置くこと。兼務者だけの体制は、決算期に必ず止まります。2つ目は分科会の負荷を時期でずらすこと。決算月に重い論点の検討を置かないだけで、進捗は安定します。3つ目は、定型的で判断を伴わない作業(差異分析表の作成、過去数値の組替、注記のドラフト)を外部に出し、社内には判断が必要な作業を残すことです。
体制設計のチェックリスト
- プロジェクトオーナーは役員クラスか(会計方針の変更は経営判断を伴うため)
- PMOの窓口は一本化されているか(監査人への問い合わせが分散していないか)
- 専任者を最低1名確保できているか、兼務者の稼働率を見積もっているか
- 分科会の検討時期が四半期決算・年度決算の繁忙期と重なっていないか
- 子会社・海外拠点に報告窓口が置かれ、必要なデータ項目が伝わっているか
- 論点管理表に「監査人との協議状況」の欄があり、結論が文書で残っているか
- 有価証券報告書の「特段の取組」に書ける事実(研修・規程・情報収集)を積み上げているか
IFRS適用会社は増え続けている
体制構築の負荷は小さくありませんが、乗り越えている会社は着実に増えています。日本取引所グループの公表によれば、IFRS適用済会社297社・適用決定会社22社の合計319社です(2026年7月末現在)。同グループが2026年7月31日に公表した分析では、適用済・適用決定・適用予定を合わせた318社の時価総額が東証上場会社の時価総額の51.2%を占めるとされています(2026年6月末時点)。
🗒️ よくある質問
採用や外部支援によって体制を整えていくことになります。連結財務諸表規則第1条の2は「十分な知識を有する役員又は使用人」を置き適正に作成できる体制を整備することを求めていますが、人数や資格の要件は定めていません。実務では、外部専門家の支援を受けながら社内担当者を育て、研修の実施・規程の整備・情報入手体制といった事実を積み上げていきます。適用初年度に間に合わせる発想ではなく、移行日の2〜3期前から準備を始めるのが現実的です。
公認会計士法第24条の2および第34条の11の2は、大会社等に対して監査証明業務と特定の非監査証明業務を同時に提供することを制限しており、その内容は同法施行規則第5条に列挙されています。第1号「会計帳簿の記帳の代行その他の財務書類の調製に関する業務」、第6号「監査又は証明をしようとする財務書類を自らが作成していると認められる業務」に該当し得るためです。会社が作った案について監査人が見解を述べることは制限されていないため、案を作る主体を社内または監査人以外の外部専門家に置く形が実務上の解になります。
会計方針の選択は業績の見え方を変えるため、CFOまたは経理担当役員をオーナーに置くことをおすすめします。のれんの非償却、開発費の資産計上、リースの資産負債計上といった論点は、営業利益や財務制限条項に影響するためです。経理部長がオーナーだと、他部門へのデータ提供依頼や予算の追加要求が通りにくいという問題もあります。経理部長にはPMO責任者として、進捗管理と監査人窓口を担っていただく形が回りやすいでしょう。
📄 まとめ
IFRS導入の体制づくりは、単なる社内の段取りではなく法令要件です。連結財務諸表規則第1条の2は、指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員又は使用人を置き、適正に連結財務諸表を作成できる体制を整備していることを、任意適用の要件として定めています。
体制は、意思決定層(ステアリングコミッティ)・推進層(プロジェクトオーナーとPMO)・論点検討層(分科会)・データ提供層(子会社・事業部の窓口)の4層で組むと、責任の所在が明確になります。分科会は勘定科目ではなく、差異が生じる論点で切ってください。
そして最も重要なのが、監査人との線引きです。公認会計士法第24条の2・第34条の11の2および同法施行規則第5条により、監査人は財務書類の調製に当たる業務を受けられません。会計方針書・組替仕訳・注記は自社または監査人以外の外部専門家が作り、監査人には早期に見解を確認する——この設計を最初に共有しておくことが、手戻りを防ぐ最大のポイントです。
次回は連載第2部の入口として、IFRS導入プロジェクトの進め方を3フェーズに分けて解説します。費用の考え方は第6回「IFRS導入の費用はいくら?」、スケジュールの引き方は第5回「IFRS導入のスケジュールと期間」、IFRSの全体像は第1回「IFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像」、連載の全体構成はIFRS導入 完全ガイドにまとめています。
📊 参考(公的情報)
- e-Gov法令検索「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」第1条の2(適用の特例)
- e-Gov法令検索「公認会計士法」第24条の2、第34条の11の2(大会社等に係る業務の制限の特例)
- e-Gov法令検索「公認会計士法施行規則」第5条(業務の制限)
- 日本公認会計士協会「『独立性に関する指針』等の廃止について」(2023年2月1日)、倫理規則実務ガイダンス第1号
- 日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」(2026年7月末現在)
- 日本取引所グループ「『会計基準の選択に関する基本的な考え方』の開示内容の分析について≪2026年3月決算会社まで≫」(2026年7月31日)
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいています。