IFRS2株式報酬|ストックオプションの費用処理と日本基準との差異

IFRSの任意適用を検討し始めた段階で、監査法人から「ストック・オプションの費用がかなり増えます」と言われて驚いた——IPO準備企業の経理責任者から、よくうかがう話です。

日本基準ではほとんど費用が出ていなかったストック・オプションが、IFRSでは毎期の人件費として損益に効いてくる。しかもインセンティブとしてストック・オプションを厚く発行してきた会社ほど、影響が大きくなります。

本記事では、IFRS第2号「株式に基づく報酬」による費用処理と日本基準との差異を、条文にあたって整理します。

この記事でわかること

  • IFRS第2号「株式に基づく報酬」の対象範囲と、費用を認識するタイミング
  • 日本基準の「未公開企業は本源的価値で測定できる」特例がIFRSにない理由
  • 勤務条件・業績条件・市場条件の違いで費用額がどう変わるか
  • IFRS移行時にどこまで遡って計算し直すか(IFRS第1号の免除規定)
  • 税制適格ストックオプションの税務と、繰延税金資産を認識できない理由

📄 IFRS第2号「株式に基づく報酬」とは|対象範囲と費用認識の基本

IFRS第2号「株式に基づく報酬」は、企業が財貨またはサービスを受け取る対価として、自社の株式や新株予約権などの資本性金融商品(企業の持分を表す金融商品)を用いる取引を扱う基準です。役職員へのストック・オプション付与が代表例で、株式報酬を現金で決済する取引も対象に含まれます。

日本基準では、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(2005年12月27日公表)が同じ領域を扱います。取得したサービスを費用計上し、対応額を純資産の部に新株予約権として計上する枠組み(同基準第4項)は、IFRSと共通しています。

費用は「権利確定期間」にわたって按分する

IFRS第2号では、従業員等との取引について、付与した資本性金融商品の公正価値を付与日で測定します(第11項)。そのうえで、権利確定までに一定期間の勤務を要する場合は、権利確定期間にわたってサービスを受け取ったものとして費用を認識します(第15項)。3年間の勤務を条件に付与したストック・オプションであれば、付与日に測定した公正価値の総額を3年間で配分するイメージです。付与と同時に権利が確定する場合は、付与日に全額を認識します(第14項)。

日本基準も、公正な評価単価を付与日現在で算定してその後は見直さず(第8号第6項(1))、対象勤務期間(付与日から権利確定日まで。同第2項(9))を基礎に費用を配分します(同第5項)。骨格は同じで、差が出るのは次章の「いくらで測るか」です。

図1 持分決済型の株式報酬:費用を認識するタイミング付与日に測定した公正価値(単価×数)を、権利確定期間にわたって按分します第1期総額の1/3第2期総額の1/3第3期総額の1/3付与日公正価値を測定権利確定日例:3年勤務の条件権利行使再測定はしない権利確定日より後は、失効しても行使されなくても費用を戻し入れません(IFRS第2号第23項)

図1:付与日の公正価値を権利確定期間にわたって費用配分する(IFRS第2号第11項・第15項)

⚖️ 【最重要】未公開企業の「本源的価値」の特例はIFRSにない

日本基準:未公開企業は本源的価値で測定できる

企業会計基準第8号第13項は、未公開企業について、ストック・オプションの公正な評価単価に代えて「単位当たりの本源的価値」の見積りに基づく会計処理を行うことができると定めています。ここでいう未公開企業とは、株式を証券取引所に上場しておらず、組織された店頭市場にも登録していない企業をいいます(同第2項(14))。本源的価値とは、その時点の自社株式の評価額と行使価格との差額です。

未上場企業では、行使価格を付与時点の株価と同額以上に設定するのが通常です。そうすると本源的価値はゼロになり、費用計上額も事実上ゼロになります。この点は同基準の結論の背景でも明示されています(第61項)。IPO準備企業の多くが、ストック・オプションを相当数発行しながら株式報酬費用をほとんど計上していないのは、この特例によるものです。

IFRS第2号:本源的価値は「まれなケース」の例外にすぎない

これに対しIFRS第2号には、未上場企業向けの選択規定はありません。本源的価値による測定は第24項に登場しますが、これは「測定日において付与した資本性金融商品の公正価値を信頼性をもって見積ることができない、まれなケースにおいてのみ」認められる例外です。未上場であることだけを理由に選べるものではありません。

さらに、この例外を適用した場合の処理は日本基準とまったく異なります。当初測定の後も、各報告期間の末日および最終決済日に本源的価値を測り直し、その変動額を純損益に認識しなければなりません(第24項(a))。株価が上がれば、その分だけ費用が増えていきます。つまり、この例外を使ったとしても「費用ゼロ」という結論にはたどり着きません。

結果として、IFRSでは未上場のうちに付与したストック・オプションであっても、ブラック・ショールズ式や二項モデルといったオプション評価モデルを用いて付与日の公正価値を算定し、権利確定期間にわたって費用を計上することになります。ストック・オプションを厚く発行してきた会社ほど、IFRS移行時の損益インパクトが大きくなる理由がここにあります。

図2 未上場企業のストック・オプション:測定方法の違い日本基準(未公開企業の特例)「本源的価値」で測定できる本源的価値=株式評価額-行使価格例)株価1,000円/行使価格1,000円→ 本源的価値は0円費用計上額は事実上ゼロ付与日で算定し、以後は見直さない企業会計基準第8号 第13項・第6項(1)IFRS第2号(原則的な取扱い)「付与日の公正価値」で測定公正価値=本源的価値+時間的価値例)0円+時間的価値300円→ 公正価値は300円権利確定期間にわたり費用計上オプション評価モデルで算定するIFRS第2号 第11項・第17項IFRSには「未上場だから費用ゼロ」という取扱いはありません

図2:本源的価値による測定(日本基準の未公開企業の特例)と付与日公正価値による測定の違い

論点 日本基準(企業会計基準第8号) IFRS第2号
未上場企業の測定 本源的価値による測定を選択できる(第13項)。行使価格=株価なら費用は事実上ゼロ 選択規定なし。付与日の公正価値で測定する(第11項)
本源的価値の位置づけ 未公開企業に認められた測定方法 公正価値を信頼性をもって見積れないまれなケースの例外(第24項)
その後の再測定 付与日で算定し、その後は見直さない(第6項(1)) 原則は再測定なし。第24項の例外を適用した場合は毎期末に測り直し純損益へ(第24項(a))
権利不行使による失効 対応する新株予約権を利益に計上(第9項)。原則として特別利益の「新株予約権戻入益」等(第47項) 権利確定日後は資本合計を調整しない。戻入れは行わない(第23項)

📊 権利確定条件の扱いで費用額が変わる

「数」で調整する条件と「単価」に織り込む条件

IFRS第2号は、権利確定に関する条件を、反映のしかたで区別しています。この区別を誤ると費用額が変わってしまうため、実務上とても重要な論点です。

まず、市場条件以外の権利確定条件(一定期間の勤務条件や、利益成長率などの非市場業績条件)は、公正価値の見積りには反映しません。代わりに、費用計上の対象とする資本性金融商品の「数」を調整して反映します(第19項)。最終的に権利が確定しなければ、累計では費用が認識されないことになります。期中は権利確定が見込まれる数の最善の見積りを用い、必要に応じて改訂し、権利確定日には実際に確定した数に一致させます(第20項)。

一方、目標株価のように株価に連動する市場条件と、非権利確定条件は、付与日の公正価値の見積りそのものに織り込みます(第21項・第21A項)。したがって、市場条件が達成されなかったとしても、他の権利確定条件を満たした従業員から受け取ったサービスに係る費用は取り消されません。

日本基準も権利不確定による失効の見積数をストック・オプション数に反映しますが(第8号第7項)、条件の分類と反映方法をここまで明確には規定していません。移行の実務では、既存の契約を1本ずつ読み込んで区分を判定する作業が必要になります。

条件の種類 IFRS第2号での反映方法
権利確定条件(市場条件以外) 3年間の勤務、営業利益の達成 公正価値には反映せず、資本性金融商品の「数」で調整(第19項・第20項)
市場条件 株価が一定水準に到達すること 付与日の公正価値の見積りに織り込む。未達成でも費用は取り消さない(第21項)
非権利確定条件 従業員に一定の拠出を求める条件など 付与日の公正価値の見積りに織り込む(第21A項)

権利確定後は戻し入れない

IFRS第2号第23項は、権利確定日より後は資本合計の事後的な調整を行わないと定めています。権利が確定したストック・オプションが後に失効した場合も、権利行使されないまま行使期間が終了した場合も、いったん認識した費用は戻し入れません(資本の区分間での振替は妨げられません)。

日本基準では、権利不行使による失効が生じた場合、新株予約権として計上した額のうち対応する部分を利益に計上します(第8号第9項)。科目は原則として特別利益とし、「新株予約権戻入益」等の名称を用いることが適当とされています(同第47項)。ここは損益に直接効く差異ですので、差異分析の一覧表から漏らさないようにしてください。日本基準とIFRSの差異全体の整理は第9回のGAAP差異分析の記事もあわせてご覧ください。

📅 IFRS移行時にどこまで遡るか|IFRS第1号の免除規定

移行日までに権利が確定した付与は、適用しないことができる

IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」の付録D2は、初度適用企業に対し、2002年11月7日より後に付与され、①IFRSへの移行日と②2005年1月1日のいずれか遅い日より前に権利が確定した資本性金融商品について、IFRS第2号を適用することを「奨励するが要求はしない」と定めています。これから移行する日本企業の場合、②はすでに過去の日付ですから、実質的には「移行日までに権利が確定していた付与」が免除の対象になります。

なお、この免除を使ってIFRS第2号を適用しない付与についても、IFRS第2号第44項・第45項が求める開示(期中に存在した株式報酬制度の内容と規模に関する情報)は必要です。「適用しない=何も書かなくてよい」ではない点に注意してください。

移行日時点で未確定の付与は遡及適用が必要

逆に、移行日の時点でまだ権利が確定していない付与には、IFRS第2号を遡及適用します。付与日までさかのぼって公正価値を算定し、移行日までに発生していた費用相当額を移行日の利益剰余金に反映させたうえで、比較年度以降は各期の損益に費用を計上していく流れになります。移行日の考え方そのものについては、第11回のIFRS初度適用の記事で詳しく解説しています。

図3 IFRS移行時:どの付与を計算し直すかの判定過去に付与した株式報酬移行日までに権利が確定していたか?はい(確定済み)IFRS第2号を適用しないことができる(IFRS第1号 付録D2)※開示は引き続き必要いいえ(未確定)付与日に遡って公正価値を算定移行日までの累計費用は利益剰余金に反映する

図3:移行日時点で権利が確定していたかどうかで、遡及計算の要否が分かれる

ポイント|資本合計は変わらないが、利益は変わる

持分決済型の株式報酬では、費用計上額と同額が資本の他の区分に計上されるため、資本合計は変わりません。しかし利益剰余金は減少し、比較年度と適用初年度の当期純利益も減少します。上場申請書類(Ⅰの部)や有価証券届出書に載る利益水準が変わるため、IPOと同時にIFRSを導入する企業では、主幹事証券会社や投資家への説明をあらかじめ準備しておく必要があります。

🧾 税務の取扱い|費用が増えても法人税額は変わらない

日本の税務では、譲渡制限付新株予約権を役務提供の対価として交付した場合、原則として個人に給与等課税事由が生じた日に役務の提供を受けたものとして扱われ(法人税法第54条の2第1項)、給与等課税事由が生じないときはその費用の額は損金に算入されません(同条第2項)。税制適格ストックオプション(租税特別措置法第29条の2)は権利行使時の課税が株式の譲渡時まで繰り延べられるため、給与等課税事由が生じません。つまり会計上の株式報酬費用は損金にならず、IFRS移行で費用が増えても法人税額は変わりません。

一方、税制非適格ストックオプション(無償・有利発行型)は、権利を行使した日の属する年分の所得として所得税の課税対象となります。その経済的利益の価額は所得税法施行令第84条第3項により算定し、所得区分は所得税基本通達23〜35共-6により、雇用契約またはこれに類する関係に基づいて付与されたものであれば給与所得、それ以外は事業所得または雑所得となります。信託型ストックオプションについても、国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和5年5月公表・令和6年11月最終改訂)の問3は、実質的には発行会社が役職員にストックオプションを付与しており役職員に金銭等の負担がないことなどから、権利行使時の経済的利益は給与として課税されるとしています。

税効果の観点では、損金に算入されない費用は将来減算一時差異を生まないため、繰延税金資産を認識できません。この結果、IFRS適用後は税引前利益と法人税等の関係が日本基準よりもずれやすくなり、税率差異注記(レートリコンシリエーション)で説明すべき項目が増えます。

※税制適格の要件充足や信託型の取扱いは、個別の制度設計によって結論が変わります。実際の判断は顧問税理士・監査人にご確認ください。

🗒️ 実務手順|誰が・いつまでに・何を作るか

株式報酬は外部評価に日数がかかるうえ、契約書の読み込みという地道な作業が前提になります。移行日の直前に着手しても間に合いません。差異分析の段階で、次の5ステップをスケジュールに落とし込んでおいてください。

ステップ 誰が いつまでに・何を作るか
① 付与の棚卸し 経理部・法務部 差異分析フェーズまでに、全付与の一覧(付与日・付与数・行使価格・権利確定条件・失効実績)を作成する
② 条件の区分判定 経理部+外部専門家 会計方針を確定するまでに、付与ごとに勤務条件・業績条件・市場条件・非権利確定条件のいずれかを判定した根拠メモを作成する
③ 公正価値の算定 外部評価機関等 移行日の3〜6か月前までに、付与日ごとの評価レポート(評価モデル・株価・ボラティリティ・予想残存期間などの前提を含む)を入手する
④ 費用計算と組替 経理部 開始財政状態計算書の作成時までに、付与別・期別の費用配分表と組替仕訳を作成する
⑤ 監査対応と注記 経理部+監査法人 各四半期・期末までに、評価前提の合理性を示す資料とIFRS第2号第44項〜第52項の注記データを整備する
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💬 よくある質問

Q. 未上場のうちは、行使価格を株価と同額にすればIFRSでも費用はゼロになりますか。

ゼロにはなりません。IFRSは付与日の公正価値で測定するため、行使価格と株価が同額でも、権利行使までの期間・株価のボラティリティ・金利などから算定される時間的価値の分だけ公正価値が生じます。費用がゼロになるのは、日本基準で本源的価値による測定を選択した場合の話です。

Q. ストック・オプションの公正価値は誰が算定するのですか。

実務では、外部の評価機関や算定業務を行う会計事務所に依頼することが一般的です。未上場企業では株価とボラティリティの設定が論点になりやすく、監査人がその前提の合理性を確認します。付与本数が多いと算定にも査閲にも日数がかかります。

Q. 日本基準で上場した後にIFRSへ移行する場合も、同じ論点が生じますか。

生じます。ただし上場後は日本基準でも公正な評価単価による測定が求められるため、上場後に付与した分は測定方法の差が小さくなります。差が大きく残るのは、未上場期間に付与し、移行日時点でまだ権利が確定していない付与です。

📌 まとめ

論点 押さえるポイント
測定 日本基準の未公開企業の本源的価値の特例はIFRSにない。付与日の公正価値で測定する(IFRS第2号第11項)
例外規定 本源的価値はまれなケースの例外。適用しても毎期末に測り直して純損益に反映するため費用ゼロにはならない(第24項)
権利確定条件 市場条件以外は「数」で、市場条件と非権利確定条件は「単価」で反映する(第19項・第21項・第21A項)
失効時の処理 権利確定日後の失効・不行使でも戻入れなし(第23項)。日本基準は新株予約権戻入益を計上(第8号第9項)
移行時 移行日までに権利が確定した付与は適用免除を選択できる(IFRS第1号 付録D2)。未確定分は遡及適用し、累計費用は利益剰余金へ
税務 給与等課税事由が生じない場合は損金不算入(法人税法第54条の2第2項)。繰延税金資産も認識されない

ストック・オプションは、IPO準備企業がIFRSを選ぶ際に最も損益インパクトが読みにくい論点のひとつです。連載の全体像はIFRS導入 完全ガイド(全30回)にまとめています。

監修者

公認会計士・税理士 鈴木佑也/鈴木佑也公認会計士税理士事務所(東京都台東区)。IPO準備企業・上場企業に対し、IFRS導入の論点検討、日本基準との差異分析、数値作成・コンバージョン、注記開示の支援を行っています。

【参考】企業会計基準委員会「企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準」企業会計基準委員会「実務対応報告第41号」IFRS財団「IFRS 2 Share-based Payment」「IFRS 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards」国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」e-Gov法令検索「法人税法」「租税特別措置法」「会社法」日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」

本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。

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