のれん償却前営業利益とは|FASF提言の2つの新規テーマと実務への影響

のれん償却前営業利益とは、営業利益に、販売費及び一般管理費に計上されているのれんの当期償却額を加え戻した利益をいいます。現行の日本基準に定めのある小計ではなく、各社が決算説明資料などで独自に算定しているものです。この指標をめぐって、いま制度側が動きました。

2026年8月10日、財務会計基準機構(FASF)が「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」を公表しました。1年以上続いた「のれんを償却しない選択肢を日本基準に入れるか」という議論に、ひとまずの決着がついた形です。

結論は、のれんを一定期間で償却する枠組みは変更しない。非償却の選択制も、償却費を営業外費用や特別損失に移す計上区分の変更も、ASBJには提言されませんでした。そのかわり、2つの新しいテーマが提言されています。償却期間と償却方法の考え方を明らかにすることと、のれん償却前営業利益に関する情報提供の見直しです。

この記事では、何が決まって何が決まらなかったのかを一次資料で確認したうえで、新規テーマ2つがIPO準備企業やM&Aを行う会社の実務にどう効いてくるのかを、公認会計士が整理します。

この記事でわかること

  • 2026年8月10日にFASFが公表した内容と、提言された2つの新規テーマの正確な文言
  • 非償却の選択制と計上区分の変更が「提言されなかった」ことの意味
  • 2025年5月のテーマ受付から今回の提言までの経緯
  • 企業会計基準第21号第32項の「20年以内」を実務でどう決めているか、なぜ課題になるのか
  • 会計上の償却期間と、税務上ののれん(資産調整勘定)の損金算入との違い
  • のれん償却前営業利益をどう見せるかの選択肢と、検討対象として残った2つの論点
  • IPO準備企業とM&Aを行う会社が、いま備えておくべきこと
  • IFRS適用会社への影響と、日本基準との営業利益の水準差をどう説明するか

📄 何が公表されたのか|2026年8月10日のFASFリリース

FASFが公表した「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」は、企業会計基準諮問会議の審議結果と、それを受けたASBJの状況を報告する内容です。

核心は、第57回企業会計基準諮問会議(2026年7月27日開催)の決定事項です。リリースは次のように述べています。「のれんを一定の期間にわたって償却を行う基本的な会計処理の枠組みは変更しないこととし、のれんの非償却の導入(選択制)及びのれん償却費の計上区分変更をASBJに対して提言しないことについてコンセンサスが得られました」。

そのうえで、2つの事項が新規テーマとしてASBJに提言されました。ASBJは第582回企業会計基準委員会(2026年8月10日開催)でこの提言を受けています。

ASBJ側の記録でも裏が取れます。第582回企業会計基準委員会(2026年8月10日13時30分から14時40分、財務会計基準機構会議室)の議事概要(速報)は、審議事項の筆頭に「企業会計基準諮問会議からの報告」を掲げ、「石原企業会計基準諮問会議議長より、第57回企業会計基準諮問会議(2026年7月27日開催)について、報告がなされた」と記録しています。提言の中身は、同日の審議事項(1)-1「第57回企業会計基準諮問会議に関する報告」と審議事項(1)-2「新規テーマに関する提言等」に記載されています。

審議事項(1)-1は、諮問会議の結論を「本テーマで提案されたのれんの非償却の導入(選択制)及びのれん償却費の計上区分変更を貴委員会に提言しないこと」と記し、あわせて「検討の過程で聞かれた実務上の課題への対応やのれん償却前営業利益などの情報提供の見直しについて検討することを、新規テーマとして貴委員会に提言すること」としています。ここでいう「貴委員会」はASBJを指します。

※第582回の議事概要は現時点では速報版で、報告が行われた事実のみが記録されています。委員から聞かれた意見を含む正式な議事概要は後日公表されるため、ASBJ内部の受け止めや今後の検討の温度感を読むには、そちらを待つ必要があります。なお、同日の審議事項(1)-1には、第54回諮問会議(2025年7月11日開催)で学識経験者から提案された連結財務諸表における取扱いに関する2件の改正提案について、事務局で分析を継続することとなっており、第56回諮問会議以降は追加の報告がない旨も記載されています。

図1 第57回諮問会議で決まったこと・決まらなかったことのれんの非償却の導入(選択制)と、のれん償却費の計上区分の変更は提言されず、のれんを一定期間で償却する枠組みそのものは維持されます。一方で、償却期間・償却方法の考え方の明確化と、のれん償却前営業利益の情報提供の見直しという2つが、新規テーマとしてASBJに提言されました。図1 第57回諮問会議で決まったこと・決まらなかったこと提言しない(見送り)・のれんの非償却の導入(選択制)・のれん償却費の計上区分の変更(営業外費用または特別損失へ)償却の枠組みそのものは維持第21号第32項・第47項は当面そのまま新規テーマとしてASBJに提言① 償却期間・償却方法の考え方の明確化第21号第32項の考え方を示すことで実務上の課題に対応できるかを検討② のれん償却前営業利益の情報提供営業費用に計上する枠組みの下で見直しが基準の改善をもたらすかを検討

図1:償却の枠組みは維持したうえで、2つのテーマが新たに動き出す

提言された2つのテーマの正確な文言

リリースの文言は、実務上の含みが大きいので原文で押さえておきます。

テーマ 提言の文言(FASFリリース)

償却期間と
償却方法
これまでの取組みで聞かれた償却期間及び償却方法に関する実務上の課題について、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項における償却期間及び償却方法の考え方を明らかにすることにより対応が図られるかどうかを検討すること。実務上の課題への対応が図られると判断される場合には、当該考え方を示す取組みを進めること

のれん償却前
営業利益
償却費を営業費用に計上する会計処理の下で、のれん償却前営業利益に関する情報提供のための見直しが会計基準の改善をもたらすかどうかについて検討すること。会計基準の改善をもたらすと判断される場合には、会計基準の開発を行うこと

どちらも「検討すること」から始まる二段構えである点に注意が必要です。①は「考え方を明らかにすることで課題に対応できるか」を検討し、対応できると判断された場合に初めて考え方を示す取組みに進みます。②も「見直しが会計基準の改善をもたらすか」を検討し、もたらすと判断された場合に基準開発に進みます。基準改正が決まったわけではありません。

※②の文言が「償却費を営業費用に計上する会計処理の下で」と前置きしている点も重要です。②の検討は、のれん償却費が販売費及び一般管理費に入るという現行の枠組み(第21号第47項)を前提として行われます。計上区分そのものを動かす議論ではありません。

📅 ここまでの経緯|1年あまりの議論

今回の決着は、突然出てきたものではありません。時系列で追うと、政策側の要請から始まって、公聴会と情報要請という手続を積み重ねた結果であることが分かります。

時期 出来事
2025年5月28日 規制改革推進会議が答申を公表し、のれんの会計処理の検討を求める
2025年5月30日 公益社団法人経済同友会がFASFにテーマ受付表を提出
2025年7月11日 第54回企業会計基準諮問会議で、経済同友会ほか12団体、スタートアップ有志35社、企業経営者有志138名から「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」のテーマ提案
2025年7月24日 第551回企業会計基準委員会で、ASBJに対する意見聴取の依頼
2025年8月〜
2026年6月
ASBJが公聴会を計9回実施(第7回が第567回2026年1月20日、第8回が第570回2026年2月24日、第9回が第579回2026年6月29日)。財務諸表作成者、利用者、監査人、学識経験者が対象。テーマ提案者だけでなく異なる見解を持つ関係者も対象とし、Zoomウェビナーでライブ配信・録画公開
2025年11月17日 第55回諮問会議でASBJから意見聴取の実施状況を報告
2026年3月13日 第56回諮問会議で、幅広い利害関係者から関心が寄せられていることを踏まえ、慎重を期してプロセスを進めることを決定。情報の整理をウェブ公表し、情報要請を行うこととした
2026年4月1日 情報要請文書「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」を公表(コメント期限2026年6月5日)
2026年7月27日 第57回諮問会議で審議。償却の枠組みは変更せず、非償却の導入と計上区分変更は提言しないことでコンセンサス。新規テーマ2件を提言
2026年8月10日 第582回企業会計基準委員会(13時30分から14時40分)が提言を受領。議事概要(速報)に諮問会議議長からの報告として記録。同日、FASFが対応状況を公表

注目したいのは、結論そのものより手続の踏み方です。第56回で「慎重を期してプロセスを進める」と決め、収集した情報をウェブに公開し、そのうえで情報要請を行っています。公聴会は録画と資料が公開され、反対意見を持つ関係者も対象に含めました。諮問会議はこの経緯を「幅広い利害関係者から関心が寄せられていることを踏まえて慎重にプロセスを進めた」と説明しています。なお、ここまで行われたのは基準諮問会議によるテーマ選定の手続で、公開草案とコメント募集を伴う会計基準そのものの開発手続には入っていません。

⚖️ 非償却をめぐって聞かれた主な意見

テーマ提案の理由として挙げられていたのは、日本基準の国際的なコンバージェンスの課題、無形資産型ビジネスモデルへの適合性、そしてスタートアップのM&Aの阻害要因になっているという点でした。特に、のれん償却費が営業利益を押し下げることで、買収を検討する会社が慎重になるという主張です。

一方で、償却を維持すべきとする側からは、次のような意見が示されました。

  • のれんが表す超過収益力は競争を通じて時の経過とともに減退していくという見方に、費用配分が対応している
  • 非償却にすると減損が出るまで損失が表面化せず(too little, too late)、業績悪化時に損失が雪だるま式に膨らむ
  • 非償却の下では、取得したのれんが自己創設のれんに変質してしまう
  • 償却費が利益を圧迫する仕組みが、過度なM&A投資を抑える規律として働いている
  • のれん残高の積み上がりが、ROAや自己資本比率、格付分析の信頼性を損なう

なお、超過収益力が時の経過とともに減退するかどうかは論争の中心そのもので、非償却を支持する側はこれを前提としていません。IFRSを適用する会社で「減損が一発で大きく来る」構造は、のれん非償却の影響|IFRSと日本基準ののれん・企業結合の違いで整理しています。

諮問会議は、のれんを一定の期間にわたって償却するという基本的な会計処理の枠組みを変更するテーマを、ASBJに提言しないという結論に至りました。諮問会議は会計基準を設定する機関ではなく、テーマ提案をASBJに提言するかどうかを判断する場です。ASBJが提言された2つのテーマをどう扱うかも、これから決まります。

確認しておきたい現行の定め

  • 企業会計基準第21号第32項:「のれんは、資産に計上し、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する。ただし、のれんの金額に重要性が乏しい場合には、当該のれんが生じた事業年度の費用として処理することができる」
  • 同第47項:「のれんは無形固定資産の区分に表示し、のれんの当期償却額は販売費及び一般管理費の区分に表示する」
  • 同第33項:負ののれんが生じる場合、識別可能資産・負債の把握と配分を見直したうえで、なお生じるときは当該事業年度の利益として処理する

🧭 のれん償却期間「20年以内」の決め方|新規テーマ①

第21号第32項に条文はあるが、決め方の道筋は書かれていない

第32項が定めているのは「20年以内」「その効果の及ぶ期間」「定額法その他の合理的な方法」という3つの枠と、のれんの金額に重要性が乏しい場合は発生した事業年度の費用として処理できるというただし書きだけです。では、ある買収案件で償却期間を何年にすべきなのか。その決め方について、基準や適用指針に踏み込んだガイダンスはありません。

実務では、投資の回収期間、事業計画の期間、超過収益力が持続すると見込まれる期間、対象事業の主要な契約や許認可の残存期間、類似案件の実績といった要素を組み合わせて説明を組み立てます。しかし、どの要素にどれだけ重みを置くかは会社ごと・監査人ごとに幅があり、同じような案件でも5年になったり10年になったりするのが現状です。公聴会では、償却期間が回収可能期間で設定されることが多いために「有望な案件ほど事業計画が短期間で設定され、結果として償却期間が短くなり、優良な投資ほど直近の利益が小さく見える」という逆転現象も指摘されました。ばらつきは単なる判断の揺れではなく、期間の決め方そのものに由来している面があります。

買収する側から見ると、この幅は予測可能性の低さそのものです。同じ買収価格でも償却期間が5年か10年かで年間の償却費は2倍違い、営業利益への影響が大きく変わります。M&Aの意思決定の段階で「償却期間が何年になるか読めない」ことは、公聴会でテーマ提案側の作成者から繰り返し述べられた負担です。情報要請文書には「買収価格決定時においては償却年数が確定しない」「価格決定時には償却年数が確定していないため短期間の償却を前提とせざるを得ず、案件の推進やプライシングが保守的になる」といった発言が記録されています。一方で利用者側からは、「償却期間が様々であり、企業の業績を比較することを困難にしている」という逆向きの課題も示されています。

のれんの「償却方法」も論点に入っている

見落とされがちですが、提言は償却期間だけでなく償却方法も対象にしています。第32項は「定額法その他の合理的な方法」としており、定額法以外の方法を排除していません。超過収益力が逓減していく実態を反映するなら逓減型の償却も理屈としては成り立ちますが、選ばれる例が限られるのは、合理性の説明のハードルが高いからです。この点についても考え方が示されれば、選択の余地が実務で使えるものになる可能性があります。

論点 現状 考え方が示された場合に期待されること
償却期間の決定要素 投資回収期間、事業計画期間、超過収益力の持続期間などを組み合わせて説明。重み付けは会社・監査人ごとに幅がある 考慮すべき要素と優先順位の整理により、同種案件での説明のばらつきが縮まる
上限20年との関係 「20年以内」という上限のみが定められ、その中でどこに置くかの道筋は示されていない 効果の及ぶ期間の見積り方が整理されれば、上限に張り付く運用や過度に短い運用の根拠が明確になる
償却方法 「定額法その他の合理的な方法」とされているが、定額法以外を選ぶ場合の説明の枠組みは示されていない 定額法以外を選ぶ場合の合理性の説明の仕方が整理される
見直しの要否 当初決めた期間を後から変更する場面の取扱いが実務判断に委ねられている 事後の見直しが必要になる場面の考え方が示される可能性がある

※①は会計基準の改正ではなく、考え方の提示という形になる可能性が示唆されています。

注意:会計の償却期間と税務の償却は別物です

会計上の償却期間を5年にしても20年にしても、税務上の損金算入額は変わりません。非適格合併や事業の譲受け等で生じる税務上ののれん(資産調整勘定)は、法人税法第62条の8により60か月にわたって均等に減額して損金算入します。事業の譲受け等で営業権として計上される場合の法定耐用年数も5年です(減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三)。一方、株式取得で子会社化した場合は連結上のれんが生じても税務上ののれんは生じず、損金算入もありません。つまり税負担を左右するのは償却期間の長短ではなく、株式取得か事業譲受け・合併かというスキームです。償却期間の議論と税務メリットの議論を混ぜないようにしてください。

📊 のれん償却前営業利益をどう見せるか|新規テーマ②

冒頭で触れたとおり、のれん償却前営業利益は営業利益にのれんの当期償却額を加え戻した利益で、現行の日本基準に定めのある小計ではありません。各社が決算説明資料などで独自に算定して用いているのが実情です。

提案の出発点は「計上区分を動かしたい」だった

もともとのテーマ提案は、のれん償却費を営業費用から営業外費用または特別損失に移すことを求めていました。営業利益からのれん償却費を外せば、M&Aを積極的に行う会社の営業利益が実態に近づく、という主張です。これは諮問会議で提言しないことに決まりました。

一方で、のれん償却前の営業利益という情報そのものへのニーズは否定されていません。そこで②の提言は、償却費を営業費用に計上する枠組みは維持したまま、その情報をどう提供するかを検討せよ、という形になっています。

のれん償却前営業利益の開示方法|想定される3つの設計

4月の情報要請文書には、公聴会での意見聴取の質問事項として、計上区分の変更について「営業外費用または特別損失への変更」「のれん償却前営業利益の表示」「経営者定義業績指標の開示」という3つの選択肢が掲げられていました。②の提言は、このうち後ろの2つの方向を引き継ぐ形になります。

図2 のれん償却前営業利益の情報提供、想定される3つの設計設計Aの計上区分を変える案は、営業利益の定義そのものを動かすため影響が大きく、提言されませんでした。設計Bの損益計算書に小計を表示する案と、設計Cの経営者が定義した業績指標として注記で開示する案が検討の対象です。Bは連結財務諸表規則との整合が、Cは定義と調整表の設計が論点になります。図2 のれん償却前営業利益の情報提供|想定される設計A. 計上区分を変える償却費を営業外費用や特別損失へ移す提言されなかった営業利益の定義そのものを動かすため影響が大きいB. 小計を表示する損益計算書にのれん償却前営業利益を小計として表示する検討の対象連結財務諸表規則との整合が論点C. 注記で開示する経営者が定義した業績指標として注記で開示する(IFRS第18号のMPMに近い)検討の対象定義と調整表の設計が論点

図2:営業利益の定義を動かさずに情報を届ける設計が検討される

残る2つ、B「のれん償却前営業利益の表示」とC「経営者が定義した業績指標としての開示」では、性格がかなり違います。Bは財務諸表本体の話で、損益計算書に新しい小計を置くことになります。ここで、ASBJが会計基準を作るだけでは足りない点に注意が必要です。金融商品取引法の開示では、連結損益計算書の区分と様式が連結財務諸表規則という内閣府令で定められているため、新しい小計を置くには規則と様式の改正が要ります。会社法の計算書類側も、会社計算規則第90条が営業損益金額を営業利益金額として表示すべき旨を定めており、法務省令の改正が別途必要になります。そのうえで、すべての会社に一律に求めるのか、のれんが重要な会社に限るのかといった設計も論点になります。

Cは注記の話です。会社が自ら定義した業績指標を、算定方法と財務諸表上の項目との調整表とともに開示する形になります。この発想は、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」が導入した経営者が定義した業績指標(MPM)に近いものです。MPMは、財務諸表の外の公表コミュニケーションで実際に用いられ、企業全体の財務業績についての経営者の見方を伝える収益・費用の小計のうち、IFRS会計基準が定める小計・合計に当たらないものをいいます。IFRS第18号は2027年1月1日以後開始する事業年度から適用され、MPMについて、単一の注記にまとめること、他社の類似指標と比較可能でない旨の記述、有用な情報を提供すると考える理由と算定方法、そしてIFRS会計基準が定める最も直接的に比較可能な小計または合計との調整(各調整項目の法人所得税影響と非支配持分帰属額を含む)を注記することを求めています。もっとも4月の情報要請文書は、IFRS第18号のMPMに相当する指標を開示する案について「現時点で積極的に支持する意見は聞かれなかった」と整理しています。比較的支持が多かったのはBの表示案のほうでした。日本基準側で同じ発想の枠組みを持つかどうかは論点の一つですが、支持の薄い出発点にあることは押さえておく必要があります。

注意:のれん償却前営業利益は、いわゆるEBITAに近い概念ですが同じではありません。EBITAは無形資産全体の償却を戻すのが一般的で、のれん以外の識別可能無形資産(顧客関連資産、技術関連資産など)の償却をどう扱うかで数値が変わります。会計基準として定義するなら、戻す対象をのれんの償却費に限るのか、企業結合により識別された無形資産の償却費まで含めるのかが最初の設計論点になります。

🏢 IPO準備企業とM&Aを行う会社への影響

短期的には「変わらない」ことの確認が重要

まず押さえておきたいのは、いま日本基準で決算を組んでいる会社の会計処理は、今回の決定では何も変わらないということです。のれんは引き続き20年以内で規則的に償却し、償却費は販売費及び一般管理費に計上します。なお、IFRSの任意適用そのものを検討している場合の進め方は、IPO準備企業のIFRS導入|上場スケジュールと両立させるタイミングIFRS初度適用(IFRS第1号)|移行日・遡及適用と免除規定の実務をご覧ください。

ただし、この1年余りの議論の中で「非償却になるかもしれない」という期待を前提に検討を進めていた会社があるとすれば、その前提は消えました。買収を含む中期計画やIPOのエクイティストーリーで、のれん償却費が営業利益に乗り続ける前提に置き直す必要があります。

中期的には償却期間の説明責任が上がる

①の検討が進んで考え方が示されると、償却期間の決め方に一定の枠が生まれます。これは会社にとって両面があります。予測可能性が上がる一方で、示された考え方から外れる期間を採るときの説明負担は重くなる可能性があります。もっとも①はまだ検討の段階で、考え方が示されること自体は確定していません。

ここで押さえておきたいのは、のれんの償却方法及び償却期間が、Ⅰの部(新規上場申請のための有価証券報告書)の「経理の状況」に重要な会計方針として必ず記載する事項だということです(連結財務諸表規則ガイドライン13-5の2(8))。申請期間中に企業結合があれば、のれんの金額、発生原因、償却方法及び償却期間の注記も求められます(企業会計基準第21号第49項(4)④)。一方、Ⅱの部の記載要領に償却期間そのものを書く欄はなく、のれんが登場するのは、過去に上場廃止を経ている場合にその組織再編で生じたのれんの償却状況等を記載する箇所に限られます。つまり根拠が問われるのはⅡの部の記載欄ではなく、Ⅰの部の注記と、審査や監査でのヒアリングに対する裏づけ資料です。買収時に作成した投資回収計画、事業計画、PPA(取得原価の配分)の資料が、そのまま根拠資料になります。案件のたびに根拠を文書として残しておくことが、いちばん確実な備えです。

KPIの設計にも影響しうる

②の検討が進み、仮にのれん償却前営業利益が財務諸表本体で表示される枠組みができれば、投資家との対話に使う指標が一定程度そろう可能性があります。現在は会社ごとに「調整後営業利益」「EBITDA」などを独自に定義して開示しています。しかもこれは制度の外側の話ではありません。東証の「決算短信・四半期決算短信作成要領等」は、決算短信のサマリー情報に任意で追加できる指標の例として、EBITDAと並べて「のれん償却前利益」を明示しています。②の検討は、すでに短信で許容されている情報を会計基準の側で定義するかどうかという整理だと捉えると分かりやすくなります。

ただし、経営者が定義した業績指標として注記する設計を採る場合は、指標自体が「他社の類似指標と比較可能でない」ことを前提とするものなので、比較可能性が上がるとは限りません。公聴会では「独自指標の導入は、かえって投資家にとって不透明な情報となり、企業の恣意的な業績操作に利用されるおそれがある」という反対意見も述べられています。

裏を返せば、いま独自に定義している指標が、将来の基準上の定義とずれる可能性があるということです。M&Aを繰り返す方針の会社は、KPIの定義を決める段階で「戻す対象をのれんの償却費に限るのか、企業結合により識別された無形資産の償却費まで含めるのか」を意識的に設計し、その理由を説明できるようにしておくと、後の切り替えが楽になります。EBITDAなど他の調整後指標が制度変更でどう動くかは、新リース会計基準の影響は?自己資本比率・EBITDAへのインパクトも参考になります。

時間軸 やっておくこと 担当の目安
いますぐ のれん非償却を前提にしていた計画があれば、償却前提に戻す。営業利益への影響を再計算する 経営企画・経理部
いますぐ 既存ののれんについて、償却期間の決定根拠が文書として残っているかを点検する 経理部
案件ごと 買収の都度、投資回収期間、事業計画、超過収益力の持続見込みを整理し、償却期間の根拠を残す 経営企画・経理部・外部専門家
中期 投資家向けに使っているKPIの定義を確認し、のれん償却費と無形資産償却費の扱いを整理する IR・経営企画
案件ごと PPAで識別可能無形資産を先に切り出し、無形資産の耐用年数とのれんの償却期間が矛盾しないかを確認する 経理部・外部専門家
案件ごと 償却期間と償却方法の案を、決算直前ではなく取得直後に監査人へ提示し、合意の経緯を記録に残す 経理部・監査人
案件ごと 会計上ののれんと税務上の資産調整勘定・営業権の有無、償却額の差異、繰延税金への影響を整理する 経理部・税務担当
中期 償却期間を事後に見直す場合の社内ルール(見直しのきっかけ、承認手続、監査人との協議)を定めておく 経理部
中期 ASBJの審議状況を定期的に確認し、考え方が示された段階で自社の運用と突き合わせる 経理部
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🌍 IFRSののれんは非償却|IFRS適用会社から見た位置づけ

IFRSを適用している会社にとって、今回の決定は直接の影響がありません。IFRS第3号「企業結合」の下でのれんは償却せず、IAS第36号に基づいて毎期減損テストを行うためです(両基準の全体像はIFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像で整理しています)。日本基準側の議論とは切り離されています。

ただし、比較可能性の観点では意味があります。日本基準が償却を維持することで、IFRS適用会社と日本基準適用会社の営業利益の水準差は今後も残り続けます。IFRSを適用して新規上場した会社が増えている状況を踏まえると、同業他社との比較でこの差をどう説明するかは、IR上の論点であり続けます。営業利益をはじめとする主要な差異の一覧は、GAAP差異分析のやり方|日本基準とIFRSの主要差異一覧にまとめています。

また、国際的にはIASBが2024年3月に公開草案「企業結合——開示、のれん及び減損」を公表し、再審議が続いています。方向性はのれんの償却を再導入するものではなく、開示の充実と減損テストの適用改善が中心です。日本基準が償却を維持し、IFRSが非償却を維持するという構図は、当面変わらないと見ておくのが現実的です。減損テストの手順そのものの違いはIAS36減損会計|減損テストの手順と日本基準との違いで整理しています。

💡 よくある質問

Q. 今回の決定で、いつから何が変わりますか。

A. 現時点で変わるものはありません。提言された2つのテーマは、いずれも「検討すること」から始まる二段構えの段階です(本文「提言された2つのテーマの正確な文言」を参照)。ASBJが2026年8月10日に提言を受けたところなので、今後の企業会計基準委員会の審議を追いかける段階です。

Q. のれんの償却期間は、結局いま何年にすればよいのですか。

A. 現行の定めは「20年以内のその効果の及ぶ期間」(企業会計基準第21号第32項)だけです。実務では、投資の回収期間、買収時の事業計画の期間、超過収益力が持続すると見込まれる期間、対象事業の主要な契約や許認可の残存期間などから、案件ごとに合理的な期間を見積ります。重要なのは年数そのものより、その年数を選んだ根拠を文書で説明できるかです。今回の提言①はまさにこの決め方の考え方を整理しようという趣旨なので、いま根拠を残しておくことは将来の対応にもそのまま生きます。

Q. のれん償却前営業利益を、いま自主的に開示してもよいですか。

A. 差し支えありません。むしろ東証は、決算短信のサマリー情報に参考様式以外の指標を任意で追加できるとしたうえで、投資者の理解に資する場合に記載できる指標の例として、EBITDAと並べて「のれん償却前利益」を明示しています(「決算短信・四半期決算短信作成要領等」)。ただし同時に、投資者の誤解を招かない名称とすること、計算方法を欄外または特記事項欄などに記載することも求めています。有価証券報告書の記述情報として書く場合も、独自に作成・加工した数値には算出過程や算出根拠を併記することが求められます(金融庁「記述情報の開示に関する原則」)。期間比較ができる形にしておくことも前提です。今後②の検討が進んで基準上の定義ができた場合、自社の定義と食い違う可能性がある点は意識しておいてください。

Q. スタートアップのM&Aは、これで進みにくいままなのでしょうか。

A. 会計基準の面では、のれん償却費が営業利益を押し下げる構造は当面続きます。ただ、今回の②の検討が進んで、のれん償却前営業利益が基準に沿った形で開示されるようになれば、買い手が投資家に説明する材料は増える可能性があります。もっとも公聴会では「表示を変えても資本市場において正しく評価してもらえないというのが現実であり、効果がないと考える」という反対意見もありました。また「償却費が利益を圧迫する仕組みがあるからこそ経営者は慎重な判断を行う」「償却がなければ失敗したM&Aのコストが表面化せず、過度な投資を助長するおそれがある」という、償却を規律とみる見方も示されています。償却がM&Aを阻害しているという因果自体が、まだ関係者の間で決着していない論点です。あわせて、買収の意思決定では会計上の営業利益だけでなくキャッシュ・フローと投資回収を軸に評価する社内の考え方を整えておくことも有効です。

🗒️ まとめ

  • 2026年7月27日の第57回企業会計基準諮問会議で、のれんを一定期間で償却する基本的な枠組みは変更しないことでコンセンサスが得られた
  • 非償却の導入(選択制)と、のれん償却費の計上区分の変更は、ASBJに提言されなかった
  • かわりに、①第21号第32項の償却期間・償却方法の考え方の明確化、②のれん償却前営業利益に関する情報提供の見直し、の2つが新規テーマとして提言された
  • ASBJは2026年8月10日の第582回企業会計基準委員会でこの提言を受けた
  • どちらも「検討すること」から始まる二段構えで、基準改正が決まったわけではない
  • ②は償却費を営業費用に計上する枠組みを前提とし、小計の表示または経営者が定義した業績指標としての注記が想定される
  • 日本基準適用会社の会計処理はいま何も変わらないが、償却期間の根拠を文書で残しておくことが将来の備えになる
  • IFRS適用会社に直接の影響はないが、日本基準が償却を維持する以上、営業利益の水準差をIRでどう説明するかは残り続ける

今回の決着でいちばん実務的に効いてくるのは、非償却が見送られたことよりも、償却期間の決め方に光が当たったことだと考えています。年数の根拠は、買収の直後にしか作れません。案件のたびに投資回収計画と事業計画を残しておくことが、審査でも監査でも、そして将来考え方が示されたときにも効いてきます。連載全体の目次はIFRS導入 完全ガイドからご覧ください。

監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO準備企業・上場企業のIFRS導入支援、論点検討・GAAP差異分析・数値作成・注記開示支援を行っています。

本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載内容は2026年8月時点の公表情報に基づいています。

【参考】財務会計基準機構「のれんの会計処理に関するテーマ提案への対応状況」(2026年8月10日)企業会計基準諮問会議「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」情報要請文書(2026年4月1日)企業会計基準委員会「第582回企業会計基準委員会の概要」(2026年8月10日)同 議事概要(速報)同 審議事項(1)-1「第57回企業会計基準諮問会議に関する報告」同 審議事項(1)-2「新規テーマに関する提言等」同 第573回 審議事項(3)「第56回企業会計基準諮問会議に関する報告」(2026年3月26日)企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」(ASBJ)規制改革推進会議「日本会計基準におけるのれん会計処理の在り方に係る検討状況」(2026年3月10日)IFRS 18 Presentation and Disclosure in Financial Statements(IFRS財団)IFRS適用済・適用決定会社一覧(日本取引所グループ)

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