「上場準備とIFRS導入を、同じ時期に走らせて本当に持つのか」——IPO準備企業の経理責任者から、いちばん多く受ける相談です。
上場準備だけでも内部統制の整備、規程づくり、監査対応と手一杯。そこにIFRS導入が乗ると聞けば、経理部門が持たないのではという不安が先に立つのは当然です。しかも判断を先送りするほど、選べる選択肢は静かに減っていきます。
本記事は全30回連載の第4回です。上場スケジュールとIFRS導入をどう重ねるか、そもそも何期分をIFRSで作る必要があるのかを、東証の公表資料から逆算して整理します。
この記事でわかること
- IFRSを適用して新規上場した会社の実績(54社)と、上場年別の推移
- IPO準備企業がIFRSを選ぶ4つの理由と、目的を言語化するための問い
- Ⅰの部と監査証明の期数から逆算した「IFRSで作るべき決算期」
- IFRS移行日がN-2期の期首になる仕組みと、そこから引くスケジュール
- 標準導入・短期導入・上場後移行という3つの選択肢の比較と選び方
🌍 IPOでIFRSを適用した会社は54社|まず実績を確認する
IFRSを適用して新規上場した会社は54社(東証・2026年8月3日更新)
東京証券取引所は「IFRSを適用して新規上場した会社一覧」を公表しています。2026年8月3日更新の同一覧に掲載されているのは54社。2014年10月上場のすかいらーくホールディングスを起点に、直近は2026年4月7日上場のヒトトヒトホールディングスまで並びます。IFRSでの上場は、もはや例外的な選択ではありません。
図1:IFRSを適用して新規上場した会社数の推移(上場年別)。出典:東京証券取引所「IFRSを適用して新規上場した会社一覧」(2026年8月3日更新)を集計。2026年は8月時点までの実績のため参考値
上場年別にみると、2021年10社、2023年10社、2025年9社と2桁に届く年がある一方、2022年1社、2024年4社と年ごとの振れも大きく、ならすと年5社から10社程度のペースで積み上がっています。業種もサービス業・情報通信業に限らず、電気機器、小売業、金属製品まで幅広く分布しています。
グロース市場にも38社。会社の規模だけの問題ではない
東証が2026年7月31日に公表した「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析によれば、2026年6月30日時点のIFRS適用済・適用決定・適用予定の合計は318社。市場区分別ではプライム市場250社、スタンダード市場30社、グロース市場38社です。グロース市場の38社は同市場594社の約6%にすぎませんが、時価総額では12.4%を占めます。「大企業だけの話」ではありません。
🏢 IPO準備企業がIFRSを選ぶ4つの理由
①海外投資家への配分を見込んでいる
海外機関投資家に株式を配分する場合、比較可能性が問題になります。日本基準の財務諸表は海外投資家にとって読み替えのコストがかかり、海外の同業他社と横に並べにくい。主幹事証券からIFRSを勧められる典型的な理由がこれです。比較対象となる上場企業が海外に多い会社ほど、この論点は重くなります。
②上場後のM&Aを成長ドライバーに据えている
IFRSではのれんを規則的に償却せず、毎期の減損テストで評価します(IFRS第3号「企業結合」、IAS第36号「資産の減損」)。一方、日本基準はのれんを20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却することを求めています(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項)。M&Aを重ねる成長戦略では、この償却費が上場後の利益を継続的に圧迫します。詳細は第17回で扱います。
③海外子会社を含むグループ管理を統一したい
海外子会社が現地でIFRSまたはIFRSベースの基準を使っている場合、親会社が日本基準だと連結パッケージ上の組替えが毎期発生し続けます。上場を機に会計方針をIFRSで統一すれば、この二重管理を止められます。
④親会社・スポンサーがIFRS適用会社である
上場子会社やPEファンドが出資する会社では、親会社・スポンサー側の報告基準に合わせる要請から上場時のIFRS適用が検討されます。カーブアウト案件にこの形が多いのは、親会社の連結報告と切り離せないためです。
ポイント:4つのどれにも当てはまらないなら、急ぐ必要はない
IFRSは手段であって目的ではありません。「なぜ上場時からIFRSなのか」を一文で言語化できないまま導入を載せると、上場準備そのものが遅れます。逆に4つのいずれかに明確に当てはまるなら、着手が遅れるほど選択肢は狭まります。
📅 上場申請書類とIFRS|「何期分を作るのか」から逆算する
上場申請までに、直前2期間の監査証明が必要
東証は上場準備に必要な期間について、「上場申請までに、申請直前2期間分の監査証明が必要になる」と説明しています。直前期(N-1期)と直前々期(N-2期)の2期間です。
Ⅰの部の「経理の状況」は最近2連結会計年度
新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)は、企業内容等の開示に関する内閣府令に基づいて作成します。「経理の状況」に記載する連結財務諸表は、最近2連結会計年度分です。つまりIFRSで上場申請するなら、直前々期と直前期の2期分の連結財務諸表をIFRSで用意することになります。
移行日は「最も古い比較年度の期首」=N-2期の期首
ここでスケジュールを決めてしまうのが、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」です。同基準はIFRS移行日を最も古い比較年度の期首と定めています。初度適用企業は、移行日・比較年度末・最初の報告日という3時点の財政状態計算書(移行日のものを開始財政状態計算書といいます)と、比較年度・適用初年度の2期分の損益計算書等を作成します。
Ⅰの部が2期分であれば、比較年度=直前々期(N-2期)、適用初年度=直前期(N-1期)となり、移行日はN-2期の期首になります。上場するN期から数えれば、実質3期前の期首残高まで遡って作り直すということです。ここが、IPOとIFRSのスケジュールが不可分になる理由です。
図2:上場スケジュール(N-3期〜N期)とIFRS適用期間の重ね合わせ
東証も、IFRS任意適用会社の上場申請を様式レベルで想定している
東証の「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領」は、記載上の注意として「申請会社がIFRS任意適用会社である場合は、本記載要領の指定に関わらず、IFRSに準拠した内容を記載できます」と定めています。IFRSでの上場申請は制度上の例外ではなく、審査資料の様式に受け皿が用意されています。
誰が・いつまでに・何を作るか
| 時期 | 主担当 | 作成する主なもの |
|---|---|---|
| N-3期(着手期) | 経理部+外部専門家 | 影響度調査、GAAP差異分析表、導入ロードマップ、監査人・主幹事証券との事前協議 |
| N-2期の期首まで | 経理部(PMO)+監査人 | グループ会計方針書、初度適用の免除規定の選択メモ、開始財政状態計算書 |
| N-2期(比較年度) | 経理部+子会社経理 | 組替仕訳台帳、比較年度のIFRS数値、IFRS対応の連結パッケージ |
| N-1期(適用初年度) | 経理部+開示担当 | 適用初年度のIFRS数値、注記一式、日本基準からの調整表、Ⅰの部「経理の状況」 |
| N期(申請・上場) | 経理部・開示担当 | 審査対応、上場後の決算短信・半期報告書・有価証券報告書のIFRS対応 |
※担当と成果物は一般的な例です。子会社数・海外拠点の有無・論点の数によって体制も期間も変わります。
影響度調査による論点の絞り込み、GAAP差異分析、グループ会計方針書の作成、開始財政状態計算書と比較年度の数値作成、Ⅰの部の注記作成まで、公認会計士が伴走支援します。
⏰ 導入タイミングの3つの選択肢と比較
上場スケジュールとIFRSの重ね方は、実務上おおむね3つに整理できます。分岐点は「Ⅰの部をIFRSで出すか」と「いつ着手するか」の2点です。
図3:上場時からIFRSを適用する場合と、日本基準で上場して後から移行する場合の比較
| 比較項目 | ①標準型:N-3期に着手 | ②短期型:N-2期以降に着手 | ③上場後移行型 |
|---|---|---|---|
| Ⅰの部の会計基準 | IFRS | IFRS | 日本基準 |
| IFRS移行日 | N-2期の期首 | N-2期の期首(着手が遅くても変わらない) | 移行を決めた期の前々期の期首 |
| 経理部の負荷 | 上場準備と並走するが、期間を分散できる | 直前期に集中し、最も高くなる | 上場実務と時期を分離できる |
| 主なリスク | プロジェクトの長期化。上場延期時に維持コストが残る | 監査人との論点協議が間に合わず、上場スケジュールを圧迫する | 移行時に改めて3期分の数値作成が必要になる |
| 向いている会社 | 海外投資家への配分や海外M&Aを前提に置いている会社 | 論点が限られ、監査人と早期に合意できる見込みがある会社 | まず上場を優先し、IFRSは目的が固まってから判断する会社 |
実績データでは、適用初年度は上場直前の決算期に集中している
東証「IFRSを適用して新規上場した会社一覧」(2026年8月3日更新)の54社について、掲載された適用時期の期末から上場日までの期間を当事務所で集計すると、テクニカル上場の2社を除く52社のうち、12か月以内が27社、12か月超24か月以内が14社、24か月超が11社でした。半数超が、上場日の直前に到来する決算期を適用初年度としています。
⚖️ 直前期からの短期導入で注意すべきこと
着手が遅れても、移行日は動かない
短期導入で最も誤解が多いのがここです。着手がN-2期の途中や直前期にずれ込んでも、Ⅰの部が2期分である以上、移行日はN-2期の期首のままです。作る数値の量は減らず、同じ量を短い期間で作ることになります。「遅く始めれば軽くなる」のではなく、「遅く始めるほど密度が上がる」と理解してください。
クリティカルパスは監査人のスケジュール
期間を左右するのは、社内作業よりも監査人との論点協議です。会計方針の選択、免除規定の適用、見積りの前提——いずれも監査人の合意なしには確定できず、合意が遅れれば数値作成そのものが止まります。短期導入では、着手時点で協議の場と頻度をスケジュールに組み込んでおくことが前提条件です。
論点は重要性で絞り込む
短期導入では、すべての差異を同じ深さで検討する余裕はありません。金額的影響と発生頻度で論点を序列化し、上位から監査人と合意していく進め方が現実的です。差異分析の手順は第9回で扱います。
短期導入を判断する前に確認しておきたいこと
- 監査人にIFRS監査の受嘱体制と担当者を確保できるか、早期に打診したか
- 影響の大きい論点(収益認識・リース・のれん・開発費・退職給付)を洗い出せているか
- 子会社の連結パッケージ改定を、比較年度の期首より前に終えられるか
- 内部統制・規程整備・審査対応との工数の取り合いを可視化したか
- 上場が延期になった場合にIFRS適用をどう扱うか、あらかじめ決めてあるか
🧾 よくある質問
連結財務諸表規則第1条の2は、金融商品取引法第2条第1項第5号・第9号の有価証券の発行者を対象としており、「上場していること」は条文上の要件ではありません。上場に向けて有価証券届出書を提出する会社も対象になり得ます。実務上の制約は、監査人の受嘱体制と社内の作成体制が整うかどうかです。
東証の「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領」は、IFRS任意適用会社がIFRSに準拠した内容を記載できることを明記しており、様式上の手当てがされています。基準の選択そのものが有利・不利になるという整理ではありません。ただし、IFRSの数値を適正に作成し開示できる体制があるかは審査・監査の対象です。
総量は減りません。上場後に移行する場合も、移行日の開始財政状態計算書と比較年度・適用初年度の数値作成が必要で、作業の中身はほぼ同じです。違いは、上場準備と並走させるか、上場後に単独のプロジェクトとして進めるかという点です。ただし上場時点の財務諸表は日本基準になるため、海外投資家への配分を狙う目的では効果を得られません。
📄 まとめ
東証「IFRSを適用して新規上場した会社一覧」に掲載された会社は54社(2026年8月3日更新)。近年は年10社前後のペースで増え、グロース市場でも38社がIFRSを適用・決定・予定しています(東証・2026年7月31日公表)。IPOとIFRSの組み合わせは、特別な選択ではなくなりました。
スケジュールを決めるのは制度側の条件です。Ⅰの部の連結財務諸表は最近2連結会計年度、上場申請までに直前2期間の監査証明が必要、IFRS第1号の移行日は最も古い比較年度の期首。この3つを重ねると、移行日はN-2期の期首に定まります。
そして、着手が遅れても移行日は動きません。短期導入とは「作る量が減ること」ではなく「同じ量を短期間で作ること」です。IFRSを入れる目的(海外投資家への配分・海外M&A・グループ統一・親会社の要請)が自社に当てはまるかを早い段階で見極め、当てはまるなら着手を前倒しする。それが、上場スケジュールとIFRSを両立させる現実的な解です。
次回は、IFRS導入の標準的なスケジュールと期間、短期導入が成立する条件をロードマップの形で整理します。導入のメリット・デメリットの判断軸は第3回「IFRS導入のメリット・デメリット」、IFRSの全体像は第1回「IFRSとは?日本基準との違いと導入の全体像」、連載の全体構成はIFRS導入 完全ガイドにまとめています。
📊 参考(公的情報)
- 日本取引所グループ「IFRSを適用して新規上場した会社一覧」(2026年8月3日更新)
- 日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」(2026年7月末現在)
- 日本取引所グループ「『会計基準の選択に関する基本的な考え方』の開示内容の分析」(2026年7月31日)
- 日本取引所グループ「新規上場基本情報|上場スケジュール(上場準備に必要な期間)」
- 東京証券取引所「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領」
- e-Gov法令検索「企業内容等の開示に関する内閣府令」「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」
- IFRS財団「IFRS第1号 国際財務報告基準の初度適用」「IFRS第3号 企業結合」「IAS第36号 資産の減損」
監修者
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)
IPO支援・会計アドバイザリーを中心に、上場準備企業および上場企業の会計・開示実務を支援しています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。記載の制度・統計は執筆時点(2026年8月)の公表情報に基づいています。