開発費の資産計上|IAS38無形資産の6要件と日本基準との違い

「日本基準では研究開発費は全額費用処理でよかったのに、IFRSでは資産計上しなければならないと言われた」——GAAP差異分析のフェーズに入ると、研究開発型の企業から必ず出てくる論点です。

やっかいなのは、これが「資産計上してもよい」という選択の問題ではないことです。IAS第38号「無形資産」は、開発局面で6つの要件をすべて立証できるなら、資産計上しなければならないと定めています。しかも一度費用処理した支出は、あとから資産に戻すことができません。

この記事では、IAS第38号の研究局面・開発局面の区分と資産計上6要件を整理したうえで、日本の「研究開発費等に係る会計基準」やソフトウェア会計との違い、そしてIFRS導入プロジェクトで何をいつまでに準備すべきかを、図解と数値例で解説します。

この記事でわかること

  • IAS第38号が研究局面と開発局面をどう分け、なぜ資産計上が「強制」なのか
  • 開発費を資産計上できる6要件(第57項)と、実務で求められる証跡
  • 取得原価に含める支出の範囲と、いつから資産計上が始まるのか
  • 日本基準(全額費用処理)・ソフトウェア会計との具体的な違い
  • 導入プロジェクトで誰が・いつまでに・何を準備すればよいか

📊 なぜ開発費がIFRS導入の重要論点になるのか

日本基準は「全額費用」、IFRSは「条件を満たせば資産」

日本の「研究開発費等に係る会計基準」(企業会計審議会 平成10年3月13日)は、三において「研究開発費は、すべて発生時に費用として処理しなければならない」と定めています。会計処理上は研究と開発を区別せず、どちらも発生時に費用処理する——これが日本の実務の出発点です。

これに対してIAS第38号「無形資産」は、無形資産の生成過程を研究局面開発局面に分けたうえで(第52項)、研究局面の支出は費用処理する一方(第54項)、開発局面については後述する6つの要件をすべて立証できる場合に「認識しなければならない(shall be recognised if, and only if)」としています(第57項)。要件を満たすかどうかの判定は必要ですが、満たした場合に費用処理を選ぶことはできません。

図1 研究開発への支出はどう処理されるか(日本基準とIFRSの分岐)研究開発活動への支出日本基準IFRS(IAS第38号)研究・開発を区別せずすべて発生時に費用処理※ソフトウェア制作費のうち研究開発に該当しない部分は別途資産計上研究局面→ 全額費用処理開発局面→ 6要件で判定6要件をすべて満たせば資産計上(強制)満たさなければ費用処理

図1:日本基準は研究・開発を区別せず全額費用処理。IFRSは開発局面のみ6要件で判定する

影響を受けるのはどんな企業か

インパクトが大きいのは、自社で製品・サービスを開発している企業です。医薬品・医療機器、電子部品・半導体、機械・自動車部品、ソフトウェア・SaaS、素材などが典型例で、IPO準備企業でも自社プロダクトの開発人件費が損益計算書の主要な費用項目になっているケースは珍しくありません。第9回のGAAP差異分析で開発費を「差異の大きい論点」として挙げているのは、この処理の違いが利益にも純資産にも直接効いてくるためです。

🧾 IAS第38号の枠組み──研究局面と開発局面

2つの局面に分けるところから始まる

IAS第38号は、内部で創出した無形資産の認識可否を判定するために、まず生成過程を研究局面と開発局面に分類することを求めています(第52項)。ここでいう「研究局面」「開発局面」は、第8項に定義された「研究」「開発」よりも広い意味をもつ、と同項は明示しています。

第8項の定義を確認すると、研究とは「新しい科学的又は技術的な知識及び理解を得る見込みをもって実施される、独創的で計画的な調査」、開発とは「商業生産又は使用の開始前に、新規の又は大幅に改良された材料・装置・製品・工程・システム・サービスの生産のための計画又は設計に対して、研究成果その他の知識を応用すること」とされています。

重要なのは第53項です。研究局面と開発局面を区別できない場合、そのプロジェクトの支出は研究局面のみで発生したものとして扱う——つまり全額費用処理になります。プロジェクト管理の単位が曖昧なままIFRSに移行すると、資産計上したい支出まで費用に落ちてしまう、ということです。

比較項目 研究局面 開発局面
会計処理 発生時に全額費用処理(第54項) 6要件をすべて満たせば資産計上(第57項)
考え方 将来の経済的便益を生む無形資産の存在を立証できない段階(第55項) プロジェクトが研究局面より進捗し、資産の識別と便益の立証が可能な場合がある段階(第58項)
活動の例
(第56項・第59項)
新しい知識を得るための活動/研究成果の応用先の探索・評価・最終選択/材料・装置・製品・工程等の代替案の探索と最終選択 量産前・使用前の試作品やモデルの設計・製作・試験/新技術を伴う工具・治具・鋳型の設計/経済的に成り立たない規模のパイロットプラントの設計・建設・操業
区別できない場合 プロジェクト全体の支出を研究局面で発生したものとして扱う=全額費用処理(第53項)

※上表はIAS第38号の各条項の要旨を筆者が整理したものであり、基準書原文の転載ではありません。

⚖️ 資産計上できる6要件(IAS第38号第57項)

開発局面の支出を無形資産として認識するには、次の6つをすべて立証できることが必要です。1つでも欠ければ資産計上できません。

図2 IAS第38号第57項──開発費を資産計上できる6要件1技術的実現可能性完成させて使用・売却できる技術的な裏づけ2完成させる意図完成させて使用または売却する意図がある3使用・売却の能力完成後に自社で使うか売却できる状態にある4将来の経済的便益市場の存在、社内利用なら有用性を説明5資源の利用可能性技術・資金・その他の資源を確保できる6支出の信頼性ある測定当該資産に帰属する支出を区別して集計6要件をすべて立証できた日から、それ以降の支出を資産計上(第57項・第65項)

図2:6つのうち1つでも立証できなければ資産計上できない。判定は「日」単位で行う

要件を「立証する」とはどういうことか

基準は立証手段まで具体的に定めていませんが、第61項は要件5(資源の利用可能性)について、必要な技術・財務その他の資源と、それを確保できる企業の能力を示す事業計画が例として挙げられること、外部資金については貸手が資金提供の意向を示すことで立証する場合があることを述べています。要件4(将来の経済的便益)については、第60項がIAS第36号「資産の減損」の考え方で将来の経済的便益を評価すること、他の資産と組み合わせてはじめて便益を生む場合は資金生成単位の概念を適用することを求めています。

実務では、次のような社内文書がそのまま証跡になります。すでにあるものを流用できないか、まず棚卸しをしてください。

  • 開発テーマごとの稟議書・投資決裁書(要件2・5の立証)
  • 技術検証(PoC)の完了報告書、設計審査(デザインレビュー)議事録(要件1)
  • 市場性の調査資料、販売計画・受注見込(要件4)
  • プロジェクト別の予算・実績管理表と工数記録(要件5・6)
  • 知的財産の出願・登録状況、外部委託契約書(要件3の補強)

ポイント:判定は「プロジェクト単位」かつ「日単位」

第57項の判定はプロジェクト(開発テーマ)単位で行い、6要件をすべて満たした日が資産計上の開始日になります。「期首から」「上期から」といった丸めではなく、稟議決裁日やデザインレビュー完了日など、証跡で特定できる日を起点にすることが求められます。

📅 取得原価に含める範囲と、資産計上の起点

第65項──要件を満たした日より前の支出は含めない

IAS第38号第65項は、内部創出無形資産の取得原価を「認識規準を最初に満たした日以降に発生した支出の合計」と定めています。そして第71項は、「当初、費用として認識した無形項目に対する支出は、後日、無形資産の取得原価の一部として認識してはならない」と明確に禁止しています。

取得原価に含めるのは、資産を創出し、経営者が意図した方法で稼働可能にするために直接帰属する原価です(第66項)。例として、材料費・サービスの費消額、IAS第19号「従業員給付」に定義される従業員給付、法的権利の登録手数料、資産の創出に使用した特許・ライセンスの償却費が挙げられています。借入コストについては、IAS第23号が資産化の要件を定めています(第20回で解説しました)。

一方、第67項は次の3つを取得原価の構成要素ではないとしています。

  • 販売費・管理費その他の一般間接費(資産を使用可能にするために直接帰属させられる場合を除く)
  • 資産が計画した成果を達成する前に発生した、識別された非効率および初期の稼働損失
  • 資産を稼働させるための従業員の教育・訓練に要した支出
図3 資産計上はいつ始まるか──開発支出のタイムラインプロジェクト開始6要件をすべて充足した日使用可能となった日費用処理(後から資産に戻せない)資産計上(無形資産)償却開始・第65項:取得原価は「認識規準を最初に満たした日」以降に発生した支出の合計・第67項:販売費・管理費、初期の非効率と稼働損失、教育訓練費は含めない・第71項:いったん費用処理した支出は、後日、取得原価に含めてはならない・第97項:償却は資産が使用可能となった時点から開始する

図3:資産計上の起点は「6要件をすべて満たした日」。それ以前の支出は取り戻せない

基準の設例で確認する

IAS第38号には、第65項を説明する設例が付されています。数値を追うと、実務での判断がイメージしやすくなります。

設例(IAS第38号 第65項の設例より)

企業が新しい生産工程を開発している。20X5年の支出は1,000通貨単位(CU)で、うちCU900が12月1日より前、CU100が12月1日から12月31日までに発生した。企業は20X5年12月1日時点で、当該生産工程が無形資産としての認識規準を満たしたことを立証できる。

→ 20X5年末に無形資産として計上されるのはCU100のみ。12月1日より前のCU900は費用処理され、財政状態計算書上の生産工程の原価には含まれない。

→ 20X6年の支出はCU2,000。20X6年末の生産工程に体化されたノウハウの回収可能価額(完成までの将来キャッシュ・アウトフローを含む)はCU1,900と見積られた。20X6年末の生産工程の原価はCU2,100(20X5年のCU100+20X6年のCU2,000)となり、帳簿価額を回収可能価額まで引き下げるためCU200の減損損失を認識する。

設例が示すとおり、資産計上できるのは要件充足日以降の支出だけです。そして資産計上した後は、IAS第36号による減損の対象になります。まだ使用可能でない無形資産は、減損の兆候の有無にかかわらず毎年減損テストを行うことが求められます(IAS第36号第10項)。減損テストの手順は第18回で詳しく解説しています。

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🧾 日本基準との違いを整理する

研究開発費の会計処理

日本基準では、研究開発費に人件費、原材料費、固定資産の減価償却費、間接費の配賦額等、研究開発のために費消されたすべての原価が含まれ(会計基準 二)、それらを発生時に費用処理します(同 三)。特定の研究開発目的にのみ使用され他の目的に使用できない機械装置や特許権等の取得原価も、取得時の研究開発費とされます(同 注解(注1)、移管指針第8号 第5項)。

また、企業会計基準委員会 移管指針第8号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」第26項は、研究・開発に含まれない典型例として、量産化のための試作、品質管理活動や製品検査、仕損品の手直し・再加工、品質改良や製造工程の改善活動、既存製品の不具合修正や客先要望による設計・仕様変更、通常の製造工程の維持活動、特許権・実用新案権の出願費用などを挙げています。日本基準でこれらを研究開発費から除いてきた企業であれば、IFRSでの局面区分の議論にもそのまま接続できます。

論点 日本基準 IFRS(IAS第38号)
研究費 発生時に費用処理 発生時に費用処理(第54項)
開発費 発生時に費用処理(会計基準 三) 6要件をすべて満たせば資産計上が強制(第57項)
局面の区分 研究・開発それぞれの定義はある(会計基準 一 定義1)が、会計処理を分ける定めはなく、いずれも費用処理 研究局面と開発局面に区分。区別できない場合は全額を研究局面として扱う(第53項)
資産計上の起点 認識規準を最初に満たした日(第65項)。過去に費用処理した支出の資産化は不可(第71項)
自己創出の
ブランド等
資産計上に関する定めはなく、発生時に費用処理(研究開発費の定義には該当しない) 内部創出のブランド、題字、出版表題、顧客リスト等は資産計上できない(第63項)
計上後の償却 使用可能となった時点から償却開始(第97項)。耐用年数が確定できない場合は非償却(第107項)で、毎年の減損テストが必要(第108項)
注記 一般管理費及び当期製造費用に含まれる研究開発費の総額を注記(会計基準 五) 当期に費用として認識した研究開発支出の総額を開示(第126項)

ソフトウェア制作費の扱いはさらに複雑

日本基準は、研究開発費に該当しないソフトウェア制作費について、制作目的別に3つの取扱いを定めています(会計基準 四)。IFRSにはソフトウェア専用の基準がなく、IAS第38号の一般原則で判定するため、資産計上の開始時点や範囲がずれやすいのがこの領域です。

ソフトウェアの区分 日本基準の取扱い IFRSでの考え方
受注制作 請負工事の会計処理に準じて処理(会計基準 四1) 顧客との契約から生じる収益として、IFRS第15号で処理
市場販売目的 製品マスターの制作費は、研究開発費に該当する部分を除き資産計上。機能維持に要した費用は資産計上してはならない(会計基準 四2)。研究開発の終了時点は「最初に製品化された製品マスター」の完成時点(移管指針第8号 第8項) IAS第38号第57項の6要件で判定。「最初に製品化された製品マスターの完成」という区切りは基準上存在しない
自社利用 将来の収益獲得又は費用削減が確実と認められる場合に資産計上。確実と認められない場合または不明な場合は費用処理(会計基準 四3、移管指針第8号 第11項) 同じく第57項の6要件で判定。社内利用の場合は「有用性」を立証する(第57項(d))
償却 市場販売目的は見込販売数量等に基づく方法(下限は残存有効期間の均等配分額)で、有効期間は原則3年以内(移管指針第8号 第18項)。自社利用は原則5年以内の定額法(同 第21項) 年数の目安はなく、耐用年数は自社で見積る(第88項・第97項)

なお、日本基準では自社利用ソフトウェアの資産計上の開始時点は「将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる状況になった時点」であり、制作予算が承認された社内稟議書や制作番号を記入した管理台帳など、それを立証できる証憑に基づいて決定するとされています(移管指針第8号 第12項)。終了時点はソフトウェア作業完了報告書、最終テスト報告書等によって決定します(同 第13項)。証憑で起点・終点を特定するという発想はIFRSと共通しており、日本基準で整備した管理資料は、IFRS対応でもそのまま活かせる部分があります。

※クラウド関連の支出については、IFRS解釈指針委員会が「クラウド・コンピューティング契約における構成・カスタマイズ費用(IAS第38号)」(2021年)などのアジェンダ決定を公表しています。SaaS導入費用の取扱いは自社の契約内容によって結論が変わるため、原文とアジェンダ決定を確認したうえで監査人と協議してください。

📊 損益と純資産へのインパクト

開発費を資産計上すると、支出した期の費用が減り、その後の期に償却費として配分されます。開発投資が増えている局面では利益が押し上げられ、投資が一巡すると償却費だけが残る——という時間差が生じます。

図4 費用処理と資産計上で損益はどう変わるか(開発支出300/年・5年償却)日本基準(全額費用処理)IFRS(資産計上+5年定額償却)300601年目3001202年目3001803年目(損益に計上される額・単位:百万円。数値は仮定値)

図4:毎年300百万円の開発支出がすべて要件充足後と仮定した場合の簡易比較(数値は仮定値)

図4の前提(毎年300百万円の開発支出がすべて要件充足後に発生し、各年度の資産はその年度の期首に使用可能となって5年定額償却を開始する)では、3年間で損益に計上される額は日本基準が900百万円、IFRSが360百万円となり、税引前利益の差は540百万円です。同額が3年目末の無形資産として財政状態計算書に残ります。数値はすべて仮定値ですが、開発投資の規模が大きい企業ほど差が拡大する構造が見てとれます。

注意:税務との関係

日本で任意適用が認められているのは連結財務諸表(会社法では連結計算書類)であり、個別財務諸表は日本基準で作成します。したがって、連結で開発費を資産計上しても単体では費用処理が続くため、法人税の課税所得計算に直接の影響はありません。ただし連結上は将来加算一時差異が生じるため、繰延税金負債の計上を検討することになります。

税務上のソフトウェアの耐用年数は、複写して販売するための原本または研究開発用のものが3年、その他のものが5年です(国税庁 タックスアンサーNo.5461、令和7年4月1日現在法令等)。会計上の耐用年数と一致しない場合、単体でも一時差異が生じます。

📅 導入プロジェクトでの進め方──誰が・いつまでに・何を作るか

開発費の論点は、会計方針を決めれば終わりではありません。要件充足日を判定できる仕組み支出を集計できる仕組みを業務に埋め込む必要があり、これには経理部だけでなく開発部門・情報システム部門の協力が要ります。第8回の3フェーズに沿って整理すると次のとおりです。

タイミング 誰が 何を作るか
差異分析フェーズ
(移行日の6〜12か月前まで)
経理部(PMO)+開発部門の管理責任者 過去3期分の開発テーマ一覧と支出額の把握。研究局面・開発局面の区分方針のたたき台。監査人への論点提起メモ
会計方針の決定
(移行日の3〜6か月前まで)
経理部+監査人との協議 グループ会計方針書への「開発費」の章(局面区分の考え方、6要件の判定手順、判定単位、証憑リスト、耐用年数の決め方)
業務・システム対応
(移行日まで)
開発部門+情報システム部門+経理部 プロジェクトコード体系、工数入力ルール、稟議・デザインレビューの日付を残す運用、無形資産台帳のひな型
移行日の数値作成
(移行日〜)
経理部(外部専門家の支援を含む) 移行日時点で資産計上すべき開発費の一覧と根拠資料、開始財政状態計算書への反映、繰延税金の計算
運用の定着
(適用初年度)
経理部+開発部門 四半期ごとの要件充足判定シート、減損の兆候チェック、注記に必要な研究開発支出総額の集計

移行日をどう決めるか、遡及適用と免除規定の関係は第11回で解説しています。開発費は初度適用時に「過去の証跡が残っているか」で結論が変わる典型的な論点なので、移行日の設定と同時に検討を始めるのが安全です。

⏰ 実務でつまずきやすい3つのポイント

1. 工数記録がプロジェクト単位になっていない

要件6(支出を信頼性をもって測定できること)は、実務では工数記録の粒度の問題に帰着します。部門単位・月単位でしか工数を把握していないと、特定の開発テーマに帰属する人件費を切り出せず、要件を満たせません。開発部門の負担が増えるため、早い段階で目的と最小限の粒度を説明し、合意しておくことが重要です。

2. 「いつ要件を満たしたか」を後から特定できない

第71項により、費用処理した支出は後から資産に戻せません。要件を満たしていたのに証跡がなく資産計上を諦める事態を避けるには、稟議決裁日、デザインレビュー完了日、量産移行判定日といった意思決定の日付を記録に残す運用が必要です。新しい書式を足すのではなく、いま作っている資料に日付と決裁者を明示するだけで足りる場合も多くあります。

3. 資産計上後の減損・耐用年数の見直しを忘れる

資産計上は出口ではなく入口です。まだ使用可能でない開発資産は毎年減損テストが必要であり(IAS第36号第10項)、使用開始後は耐用年数の妥当性を継続的に見直すことになります。開発テーマが中止された場合の除却処理も含め、資産計上後の管理ルールまで会計方針書に書き切っておくと、適用初年度の混乱を防げます。

🗒️ よくある質問

Q. 日本基準で費用処理した過去の開発費を、IFRS移行時にさかのぼって資産計上できますか。

A. IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」では原則として遡及適用しますが、IAS第38号第71項が「当初費用として認識した支出を、後日、無形資産の取得原価の一部として認識してはならない」と定めています。移行日時点で第57項の6要件を満たしていたことを当時の記録で立証できる場合に限り、要件充足日以降の支出を資産計上することになります。証跡が残っていない開発テーマは資産計上できません。

Q. 研究局面と開発局面を分けられない場合はどうなりますか。

A. IAS第38号第53項により、区別できない場合はそのプロジェクトの支出全体を研究局面で発生したものとして扱います。つまり全額費用処理です。逆に言えば、プロジェクト管理の単位とマイルストーンを設計しておけば、資産計上できる範囲を適正に確保できます。IFRS導入の準備段階で、開発部門の管理単位が会計上の判定単位として使えるかを確認しておくことをおすすめします。

Q. 資産計上した開発費は必ず償却するのですか。

A. 耐用年数を確定できる無形資産は、使用可能となった時点から償却を開始します(第97項)。一方、関連するすべての要因を分析しても将来のキャッシュ・フローの流入期間に予見可能な限度がない場合は「耐用年数を確定できない」と判定され、償却は行わず(第107項)、毎年減損テストを実施します(第88項・第108項)。自社開発の製品・工程については、製品ライフサイクルや特許期間から耐用年数を確定できるケースが大半です。

💰 まとめ

論点 押さえるポイント
基本構造 日本基準は研究・開発とも全額費用処理。IFRSは開発局面のみ6要件で判定し、満たせば資産計上が強制される
6要件 技術的実現可能性/完成させる意図/使用・売却の能力/将来の経済的便益/資源の利用可能性/支出の信頼性ある測定(第57項)。1つでも欠ければ資産計上不可
起点と範囲 取得原価は要件を最初に満たした日以降の支出(第65項)。販管費・初期の非効率・教育訓練費は含めない(第67項)
やり直しが効かない いったん費用処理した支出は後日資産計上できない(第71項)。証跡の設計は移行日より前に着手する
ソフトウェア IFRSに専用基準はなくIAS第38号で判定。日本基準の「製品マスター完成時点」「収益獲得・費用削減が確実」という区切りとは判定の切り口が異なる
計上後の管理 使用可能時から償却(第97項)。未使用の無形資産は毎年減損テスト(IAS第36号第10項)。連結上は繰延税金負債の検討が必要

開発費の論点は、会計処理そのものより「判定できる状態をどう作るか」に実務の重心があります。工数記録と意思決定の日付——この2つが揃っていれば、判定は難しくありません。逆に揃っていないと、IFRSの規定上は資産計上できるはずの支出を取り逃がすことになります。IFRS導入の全体像は第1回を、プロジェクトの進め方はIFRS導入 完全ガイドからご覧ください。

🏢 監修者情報

公認会計士・税理士 鈴木佑也

鈴木佑也公認会計士税理士事務所(東京都台東区)。IPO準備企業・上場企業に対し、IFRS導入の論点検討、GAAP差異分析、数値作成、注記開示支援、コンバージョン支援を行っています。

本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。

🗒️ 参考

IFRS財団「IAS 38 Intangible Assets」(ifrs.org)/IFRS財団 プロジェクト「Intangible Assets」(2026年7月22日のIASB会議でSaaS契約を題材とした顧客側の会計処理モデルを議論。次のマイルストーンは「プロジェクトの方向性の決定」。ifrs.org)/金融庁 企業会計審議会「研究開発費等に係る会計基準」(fsa.go.jp)/企業会計基準委員会 移管指針第8号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(asb-j.jp)/国税庁 タックスアンサーNo.5461「ソフトウエアの取得価額と耐用年数」(nta.go.jp)/日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」(2026年7月末現在:適用済297社・適用決定22社・合計319社。jpx.co.jp

※本記事はIFRS基準書の原文を転載するものではなく、基準番号・正式名称と要旨を独自の表現で整理したものです。実際の適用にあたっては原文をご確認ください。

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