IFRS導入の話が具体的になると、必ず出てくるのが「システムを入れ替える必要があるのか」という質問です。経理責任者にとっては、会計論点よりもこちらのほうが胃が痛い、というのが正直なところではないでしょうか。
加えて、上場会社であればJ-SOX(内部統制報告制度)があります。業務プロセスを変えれば文書化した3点セットも直さなければならず、評価範囲の見直しまで波及します。
本記事では、IFRS導入でシステム対応がどこまで必要になるのかを領域別に整理し、Excelで始める現実解と、内部統制への影響を一次情報にあたって解説します。
- IFRS導入でシステム改修が必要になりやすい領域と、そうでない領域の線引き
- 「まずExcel」で始める現実解と、そこに残るリスク
- 内部統制報告制度の「ITへの対応」が求めていること(新システムの導入は要求されていない)
- IFRS導入がJ-SOXの文書化・評価範囲に与える影響と、監査人との協議のタイミング
- IPO準備企業が知っておきたい内部統制監査の3年間免除と、その対象外となる規模基準
🖥️ IFRS導入でシステム対応が必要になる理由
IFRS導入でシステム対応が問題になるのは、IFRSが「新しい計算方法」を求めるからではなく、「新しいデータ」を求めるからです。日本基準では集めていなかった粒度の情報を、毎期・全社から集め続けられる仕組みが要る。ここが本質です。
たとえばリース契約について、日本基準のオペレーティング・リース時代は支払額さえ分かれば足りました。IFRSでは契約ごとの期間・割引率・延長オプションの評価まで必要になります。1社で10件なら表計算で足りますが、全国に店舗を持つ会社で2,000件あれば話は変わります。
つまり判断軸は「基準が難しいかどうか」ではなく、件数×拠点数×毎期更新の必要性です。ここを取り違えると、必要のないシステム投資をしたり、逆にExcelで走り切れないところをExcelで始めて決算直前に破綻したりします。
図1:IFRS導入で対応が必要になりやすい領域の目安
📊 領域別に見る|改修が必要になりやすい3領域
リース(IFRS第16号「リース」)
借手は原則としてすべてのリースについて使用権資産とリース負債を計上します。リース期間12か月以内の短期リースと少額資産のリースには免除の選択肢がありますが、これを使ってもなお、対象契約を漏れなく把握し続ける仕組みが必要です。
契約件数が数十件までなら表計算でも回りますが、店舗・車両・複合機など小口契約が数百件を超えると、期中の解約・条件変更・再測定を追い切れなくなります。リース管理を独立したサブシステムに切り出す判断が最も多いのはこの領域です。
なお日本でも企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」により借手のオンバランス化が進みます。適用は2027年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から(2025年4月1日以後開始年度から早期適用可)とされており、IFRSを導入しない会社でも同様の契約管理が課題になります。詳しくは新リース会計基準の連載記事もご覧ください。
収益認識(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
日本の収益認識会計基準はIFRS第15号との整合を図って開発されているため、5ステップの考え方そのものは共通です。したがって、収益認識基準に対応済みの会社であれば、システムの作り直しが必要になるケースは多くありません。
問題になるのは注記側です。IFRSは収益の分解情報を求めるため、販売管理システムの側で、収益をどの切り口(財・サービス別、地域別、時点移転/期間移転など)で集計できるようにしておくかを先に決めておく必要があります。
有形固定資産(IAS第16号「有形固定資産」)
IAS第16号第43項は、取得原価に対して重要な原価を占める構成部分は、それぞれ区分して減価償却することを求めています。建物を躯体・設備・内装に分けるといった、いわゆるコンポーネント会計です。
さらに同第51項は残存価額と耐用年数を、同第61項は減価償却方法を、それぞれ少なくとも各事業年度末に見直すことを求めています。日本の固定資産システムは税法耐用年数を前提に組まれていることが多く、資産1件を複数の構成部分に分割して別々の耐用年数で償却し、しかもそれを毎期見直すという運用は、標準機能では想定されていない場合があります。移行時の資産マスタの再構築が最大の作業になりやすい領域です。
🗒️ 「まずExcel」は現実解か
結論から言えば、IFRS導入の初期段階でExcelから始めることは、十分に現実的な選択です。フェーズ1の影響度調査やフェーズ2の詳細差異分析の段階では、そもそも何をシステム化すべきかが確定していません。この段階で基幹システムに手を入れると、方針変更のたびに手戻りが発生します。
ただし、Excel運用には次のリスクが残ります。放置したまま本番決算を迎えると、監査対応で行き詰まります。
- 計算式の破損・参照ずれが起きても気づけない(承認と照合の統制がない)
- 誰がいつ何を変えたかが残らず、監査人に変更の証跡を示せない
- 担当者1名に属人化し、退職・異動でブラックボックス化する
- ファイルが複数世代に分岐し、どれが正なのか分からなくなる
したがって、Excelで始める場合でも「入力・計算・承認の担当を分ける」「上書き保存を禁止しファイル名に版数と日付を入れる」「集計結果と総勘定元帳を突合するチェックシートを付ける」という3点は最初から組み込んでください。これは後述するIT業務処理統制の考え方そのものです。
図2:Excelから段階的にシステム化する進め方
| 比較項目 | Excel中心で運用する | システムに組み込む |
|---|---|---|
| 初期コスト | ほぼ発生しない | ライセンス・改修費が発生 |
| 方針変更への強さ | 強い。すぐ直せる | 弱い。改修に時間と費用 |
| 件数への耐性 | 弱い。数百件で限界 | 強い。件数が増えても安定 |
| 証跡・統制 | 意識的に作り込まないと残らない | ログ・権限管理が標準で備わる |
| 向くフェーズ | 影響度調査〜差異分析(方針確定前) | 数値作成〜体制定着(方針確定後) |
どの領域にシステム対応が要るのか、Excelでどこまで走れるのか、J-SOXの文書化をどう直すのか。論点の切り分けから数値作成・開示まで、公認会計士が実務に入ってお手伝いします。IPOに伴うIFRS導入もご相談ください。
⚖️ 内部統制報告制度(J-SOX)への影響
「ITへの対応」は新システムの導入を求めていない
金融商品取引法に基づく内部統制報告制度では、内部統制は統制環境・リスクの評価と対応・統制活動・情報と伝達・モニタリング・ITへの対応の6つの基本的要素から構成されるとされています。このうちITへの対応は、IT環境への対応とITの利用および統制からなります。
ここで押さえておきたいのは、企業会計審議会の実施基準が「ITへの対応を基本的要素に加えたことは、組織に新たなITシステムの導入を要求したり、既存のITシステムの更新を強いるものではない」と明記している点です。IFRS導入を理由にシステム刷新を迫られることは、制度上はありません。求められているのは、いま使っている仕組みに対して適切な方針と手続を定め、適時かつ適切に対応することです。
なお2023年4月7日に公表された改訂基準・改訂実施基準は、2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価および監査から適用されています。改訂では、ITの委託業務に係る統制の重要性が増していること、クラウドやリモートアクセス等の活用に伴うサイバーリスクの高まりを踏まえた情報システムのセキュリティ確保が重要であることが加筆されました。会計システムをクラウドサービスで利用している会社は、この点を意識しておく必要があります。
IFRS導入は「リスクが変化する」場面そのもの
実施基準は、リスクが発生または変化する可能性がある状況の例として「情報システムの重要な変更」と「新しい会計基準の適用や会計基準の改訂」を挙げています。IFRS導入はこの両方に同時に該当します。つまり制度の側から見ても、IFRS導入年度は内部統制の評価範囲と評価手続を見直すべき年度だということです。
組替仕訳は「決算・財務報告プロセス」に乗る
実施基準は、主として経理部門が担当する決算・財務報告に係る業務プロセスのうち全社的な観点で評価することが適切と考えられるものとして、総勘定元帳から財務諸表を作成する手続、連結修正・報告書の結合および組替など連結財務諸表作成のための仕訳とその内容を記録する手続、財務諸表に関連する開示事項を記載するための手続を例示しています。
IFRSコンバージョンの組替仕訳は、まさにこの2つ目に該当します。全社的な観点で評価される領域であり、しかも金額的重要性が高い。「Excelで作った組替仕訳に承認の記録がない」という状態は、制度上かなり危うい位置にあると理解してください。
図3:IFRS導入から内部統制の文書化・評価範囲の見直しまでの流れ
IT全般統制とIT業務処理統制
実施基準は、ITの統制を全般統制と業務処理統制に分け、経営者は両者を評価する必要があるとしています。また、IT全般統制が有効に機能していると評価されたとしても、それだけでIT業務処理統制も有効に機能しているという結論には至らない点に留意すべきことが、2023年の改訂で明確化されました。
| 区分 | 実施基準が例示する評価の観点 | IFRS導入での実務 |
|---|---|---|
| IT全般統制 | システムの開発・保守/システムの運用・管理/内外からのアクセス管理などシステムの安全性の確保/外部委託に関する契約の管理 | リース計算ツール等を新規導入する場合、開発・移行のテスト記録と承認を残す。クラウド利用時は委託先の管理も対象 |
| IT業務処理統制 | 入力情報の完全性、正確性、正当性等を確保する統制、例外処理(エラー)の修正と再処理、マスタ・データの維持管理、システムの利用に関する認証や操作範囲の限定などアクセスの管理 | 組替仕訳データの入力チェック、固定資産マスタのコンポーネント区分の正確性、承認者以外が変更できない設定 |
IT全般統制の運用状況の評価や、自動化されたIT業務処理統制の運用テストは、一定の複数会計期間に一度の頻度で実施されることがあります。ただし実施基準は、これはIT環境の変化を踏まえて慎重に判断し、必要に応じて監査人と協議して行うべきものであり、特定の年数を機械的に適用すべきではないと述べています。IFRS導入によりシステムを変更した年度は、前年度の評価結果をそのまま引き継げないと考えておくのが安全です。
📅 段階的な整備の進め方|誰が・いつまでに・何を
システム対応と内部統制対応は、IFRS導入プロジェクトの3フェーズに沿って進めるのが実務的です。プロジェクト全体の進め方はIFRS導入プロジェクトの進め方で解説しています。
図4:フェーズ別のシステム・内部統制対応タスクと主担当
特に見落とされやすいのが、フェーズ2での「評価範囲を監査人と協議する」タスクです。実施基準は、評価範囲の決定は経営者が行うものとしつつ、監査人による指導的機能の一環として、評価の計画段階および状況の変化等があった場合に、必要に応じて協議を実施することが適切であるとしています。IFRS導入は明らかに「状況の変化」に当たります。期末近くになってから評価範囲の不足を指摘されると、やり直す時間がありません。
🏢 IPO準備企業が押さえておきたい免除規定
新規上場会社には、内部統制報告書に対する監査証明の免除規定があります。金融商品取引法第193条の2第2項第4号は、経営の規模が内閣府令で定める基準に達しない上場会社等が、金融商品取引所に上場されている有価証券の発行者に初めて該当することとなった日その他の政令で定める日以後3年を経過する日までの間に内部統制報告書を提出する場合には、監査証明を要しないとしています。
ここでいう規模基準は、財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令第10条の2に定められており、上場した日の属する事業年度の直前事業年度に係る連結貸借対照表または貸借対照表の資本金が100億円以上、または負債の部に計上した額の合計額が1,000億円以上であることとされています。これに該当する会社は免除の対象外です。
ただし、免除されるのは監査証明であって、内部統制報告書の提出そのものは必要です。IFRSを適用して上場する会社は、上場と同時にIFRSベースの決算・財務報告プロセスを回し、その有効性を経営者自身が評価して報告することになります。IPOとIFRS導入を同時に進める場合のスケジュールは連結パッケージのIFRS対応とあわせて設計してください。
⚖️ よくある質問
必須ではありません。実施基準も、ITへの対応を基本的要素に加えたことは新たなITシステムの導入を要求したり既存システムの更新を強いるものではないと明記しています。実務でも、単体は日本基準の帳簿のままとし、連結上でIFRSへの組替仕訳を入れる方式を採る会社が多数派です。入れ替えを検討すべきなのは、リースや固定資産のように件数が多く毎期の再計算が必要な領域に限られます。
変更が生じた業務プロセスに限って更新します。IFRS導入で必ず影響を受けるのは決算・財務報告プロセス(組替仕訳の作成と承認、連結パッケージの回収、注記の作成)です。加えて、リース契約の締結プロセスや固定資産の取得プロセスなど、新たにIFRS用のデータ入力が発生する業務があれば、その部分の業務記述書・フローチャート・RCMを直します。全プロセスを白紙から作り直す必要はありません。
一律に広げる必要はありませんが、再検討は必要です。実施基準はリスクが発生・変化する状況の例として「情報システムの重要な変更」と「新しい会計基準の適用や会計基準の改訂」を挙げており、IFRS導入は両方に該当します。また2023年の改訂で、評価対象とする事業拠点や業務プロセスを選定する指標について、例示されている「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことが明記されました。自社の状況に照らして判断し、その根拠を記録したうえで監査人と協議してください。
📊 まとめ
| 論点 | 押さえるポイント |
|---|---|
| 判断軸 | 基準の難しさではなく、件数×拠点数×毎期更新の必要性で決める |
| 対応度が高い領域 | リース(IFRS第16号)、有形固定資産のコンポーネント会計(IAS第16号第43項)、注記データの集計 |
| Excel運用 | 方針確定前は現実解。ただし担当分離・版数管理・突合チェックの3点は最初から組み込む |
| 制度上の要求 | 実施基準はITへの対応について、新たなシステムの導入や既存システムの更新を強いるものではないと明記 |
| J-SOXへの波及 | 決算・財務報告プロセスの3点セットを更新し、評価範囲を再検討して監査人と協議する |
| IPO時の特例 | 上場後3年間は内部統制監査が免除されるが、資本金100億円以上または負債1,000億円以上は対象外(内部統制府令第10条の2) |
システム対応と内部統制対応は、会計論点が固まってから動き出すと必ず時間が足りなくなります。逆に、影響度調査の段階で件数を数えておけば、投資判断は驚くほど単純になります。連載全体の流れはIFRS導入 完全ガイドにまとめていますので、あわせてご覧ください。
公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所/東京都台東区)。監査法人でのIPO監査・上場企業監査の経験をもとに、IPO準備企業・上場企業のIFRS導入支援(論点検討・GAAP差異分析・数値作成・注記開示支援・コンバージョン支援)を行っています。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の会計処理の判断は、監査人・専門家にご確認ください。
【参考】金融庁 企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」令和5年4月7日/e-Gov法令検索「金融商品取引法」「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令」/IFRS財団「IFRS 16 Leases」「IAS 16 Property, Plant and Equipment」「IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers」/企業会計基準委員会「企業会計基準第34号 リースに関する会計基準」/日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」2026年7月末現在=適用済297社・適用決定22社・合計319社