上場準備の会計まわりというと、監査法人の監査に耐えられるかどうかに関心が集まりがちです。ただ東証の上場審査では、その手前にある「どんな会計処理基準を選び、それを社内でどう運用しているか」と「会計の記録を残す組織が整っているか」が独立した審査項目として置かれています。監査意見が無限定適正であることは出発点であって、到達点ではありません。
そしてもうひとつ、上場準備の途中で決算期(事業年度)を変えたい場面が出てくることがあります。監査対象期間を早く揃えたい、親会社と決算期を合わせたい、繁忙期と決算作業が重なるのを避けたい。動機はさまざまですが、東証は決算期変更を「原則として好ましいことではない」と明確に位置づけています。この記事では、会計処理に関する審査のポイントと、決算期変更が審査でどう扱われるかを、東証ガイドブックの記載と上場規程の条番号に沿って整理します。
この記事の見出し
この記事で分かること
- 会計処理の適切性が上場規程のどの条文で問われるのか(3市場の条番号)
- 審査で確認される「基準の適切性・運用・会計組織」の3つの層
- 決算期変更が原則として好ましくないとされる理由と、例外が認められる条件
- 2期連続の決算期変更が認められない理由
- 決算期を変更した場合の形式要件「利益の額」の月割按分による計算方法
- 決算期変更に必要な会社法・税務の手続
会計処理の適切性は「内部管理体制の有効性」で問われる
会計処理に関する審査項目は、上場審査の実質基準のうち「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」の中に置かれています。プライム市場は有価証券上場規程第213条第1項第3号、スタンダード市場は同第207条第1項第3号、グロース市場は同第219条第1項第3号がその根拠条文です。
具体的な審査項目は上場審査等に関するガイドラインに落とし込まれており、いずれの市場も「新規上場申請者の企業グループがその実態に即した会計処理基準を採用し、かつ、必要な会計組織が、適切に整備、運用されている状況にあると認められること」という同じ文言が置かれています。ガイドライン上の位置はプライムがⅢの4(4)、スタンダードがⅡの4(4)、グロースがⅣの4(4)です。
実質基準の全体像については「IPOの実質審査基準とは?東証3市場の5つの適格要件と市場ごとの違いを解説」で扱っています。本記事はその中の会計処理に関する部分を掘り下げるものです。
| 市場 | 実質基準の根拠条文 | ガイドライン上の位置 |
|---|---|---|
| プライム | 有価証券上場規程第213条第1項第3号(企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性) | ガイドラインⅢ 4(4) |
| スタンダード | 有価証券上場規程第207条第1項第3号(企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性) | ガイドラインⅡ 4(4) |
| グロース | 有価証券上場規程第219条第1項第3号(企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性) | ガイドラインⅣ 4(4) |
※条文の文言は3市場とも同一です。市場によって求められる水準が変わるのではなく、審査の進め方に濃淡が生じると理解するのが実態に近いと考えられます。
審査は3つの層に分かれている
東証ガイドブックの記載を分解すると、確認されているのは大きく3つの層です。ひとつ目は、採用している会計処理基準そのものが会社の実態に合っているか。売上計上基準が典型で、業種・業態や取引の実態に照らして妥当な基準を選べているかが問われます。ふたつ目は、その基準どおりに日々の実務が回っているか。規程に書かれた手続と、実際に使われている帳簿や伝票が一致しているかを、サンプルを取って確かめられます。三つ目が会計組織で、経理部門と財務部門の分離といった牽制が働いているか、特定の個人の経験や能力に過度に依存していないかという観点です。
図1 会計処理の適切性は、基準・運用・組織の3つの層で確認される(東証ガイドブックの審査のポイントを整理)
この3層のうち、上場準備で後手に回りやすいのは②の運用です。経理規程を整えた時点で安心してしまい、実際の伝票起票や承認が規程どおりになっていない、というずれが残りがちです。規程と実務が食い違っている場合には、東証が申請会社に出向いてさらに同様の確認を行うとされていますから、規程を作る作業と、規程どおりに回す作業は分けて計画しておく必要があります。
また、審査は申請会社へのヒアリングだけで完結しません。会計組織の整備状況について、会計監査人に対しても直接ヒアリングが行われます。監査法人に「整っている」と言ってもらえる状態になっているかどうかは、準備段階で監査法人と率直に確認しておくべき論点です。監査意見そのものが形式要件に関わる点は「IPOの虚偽記載と監査意見の要件とは?無限定適正意見と登録上場会社等監査人による監査を解説」で整理しています。
グロース市場の事前チェックリストに置かれた2項目
グロース市場では、申請前に自社で点検するための事前チェックリストが公表されており、その中に「会計処理について」という区分が設けられています。置かれている確認項目は2つだけです。
①採用する会計処理及びその運用が、会計基準・会計慣行・業種業態などの観点から適切か
②会計証憑類・データファイルが、適切に整理・保管されているか
②の証憑管理は見落とされやすい項目です。会計処理の適切性を後から検証できるのは証憑が残っているからであって、電子化した取引データの保存方法まで含めて整理しておく必要があります。事前チェックリスト全体の使い方は「グロース市場事前チェックリストとは?78の確認項目と自己点検の進め方を解説」で扱う予定です。
なお、会計処理の決定と変更にあたっては、業種・業態を踏まえて担当監査法人と事前に十分検討することが求められています。会計方針を先に決めてから監査法人に事後報告するのではなく、検討の段階から関与してもらう順序が想定されている点に注意が必要です。
決算期の変更は「原則として好ましいことではない」
ここからが本題の後半です。上場申請にあたって提出する「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」などの開示書類では、基本的に直前2期間の財務諸表等の掲載が求められます。これは、過去2期間の業績を並べて比較できることが投資情報として有用だからです。
ところが、最近2年間に決算期を変更していると、その2期間の月数が揃わなくなります。12か月と8か月の決算を並べても、売上が伸びたのか単に期間が長かっただけなのかが読み取れません。東証はこの点をとらえて、開示対象期間における決算期変更は原則として好ましいことではない、という立場を明確にしています。
図2 決算期変更が審査で問題視される理由(東証ガイドブックの説明を整理)
変更してよい月数の基準は置かれていない
ここで多い質問が「何か月以上の決算であれば認められるのか」というものです。上場審査基準上、決算期変更に係る具体的な数値は設定されていません。ただし、極端に短い期間での決算は投資情報としての価値を著しく損ないますし、その短い期間では上場後の適時・適切な開示を行える体制になっているのかを審査の中で確認しきれない可能性が大きい、とされています。
つまり、何か月ならセーフという線引きを期待するのではなく、開示情報の有用性と上場後の開示体制の整備という2つの観点から、主幹事証券会社と慎重に検討してください、という整理です。数値基準がないことは「自由に変えてよい」という意味ではありません。
2期連続の変更は、特別の理由を除いて認められない
もうひとつ押さえておくべき論点があります。監査対象期間を早く揃えるために決算期を2期連続で変更するという発想です。たとえば12月決算の会社が、まず6月に決算期を変更し、さらに同年12月にもう一度変更することで、6か月決算を2期分作って2期間の監査を受ける、といった組み立てが考えられます。
この点について東証は、そもそも決算期変更は好ましいものではなく事業運営上の合理的な理由があることを求めている、という前提を置いたうえで、2期連続の変更に合理的な理由があるとは認め難いとしています。したがって、基準事業年度においてこのような変更を行ったうえで上場申請することは、特別の理由がある場合を除き認められません。
同様に、「グロース市場に早く上場したいから」という理由だけで直前期の決算期を変更する組み立ても、単純に早期上場のためという理由にあたり、認められる方向には働きません。
認められる余地があるのはどういう場合か
例外がないわけではありません。単に早期上場のためではなく、その決算期変更を行うことについて、申請会社の事業運営上、変更のタイミングまで含めて合理的な理由が存在する場合は、この限りではないとされています。
そしてこの場合には、決算期を変更した理由と、投資情報としての有用性を確保するための補完的な情報を、Ⅰの部などの開示資料の中で投資者に分かりやすく開示することが必要になると整理されています。グロース市場の事前チェックリストでも、変更の理由を合理的に説明できるか、期間比較可能性を担保するための補足的情報を開示する準備を進めているか、という2項目が並んで置かれているのはこのためです。
| 観点 | 認められにくい方向 | 認められる余地がある方向 |
|---|---|---|
| 変更の動機 | 上場時期を早めたい、監査対象期間を早く揃えたいという申請側の都合 | 事業運営上の必要性があり、変更のタイミングまで含めて説明できる |
| 変更の回数 | 基準事業年度に向けて2期連続で変更する | 合理的な理由に基づく1回の変更 |
| 決算期間の長さ | 極端に短い期間の決算となる(月数の数値基準は置かれていない) | 上場後の開示体制を審査で確認できる程度の期間が確保されている |
| 開示の準備 | 変更した事実のみを記載し、比較可能性への手当てがない | 変更理由と、期間比較を補う補足的情報をⅠの部等で分かりやすく開示する |
※上表は東証ガイドブックに示された考え方を整理したものであり、個別案件の可否を保証するものではありません。実際の判断は主幹事証券会社および東証との協議によります。
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決算期を変更した場合の「利益の額」の計算
決算期変更は実質審査だけの問題ではなく、形式要件の計算にも影響します。プライム市場(有価証券上場規程第211条)とスタンダード市場(同第205条)には利益の額に関する数値基準があり、決算期を変更していると、各期の利益をそのまま足し合わせるだけでは審査対象期間の利益の額を計算できなくなるためです。形式要件全体の比較は「IPOの形式要件とは?東証プライム・スタンダード・グロース3市場の上場基準を一覧比較」、数値基準の中身は「IPOにおける時価総額・純資産・利益の要件とは?プライム・スタンダードの数値基準を解説」で扱っています。
このときの計算方法として、東証は月割按分によることを示しています。連結損益計算書もしくは損益計算書、または中間連結損益計算書もしくは中間損益計算書の利益の額を月割按分し、審査対象期間に対応する部分を取り出す、という考え方です。売上高基準についても同じ方法が示されています。
図3 東証ガイドブックに示された月割按分の考え方を手順に分解したもの(プライム市場の例)
スタンダード市場では審査対象期間が最近1年間であるため、按分して取り出す期間の長さは変わりますが、中間損益計算書を使って上期と下期に分解し、必要な月数分を按分するという手順は同じです。旧法による四半期報告書を作成している期間が含まれる場合には、四半期の損益計算書の利益の額を参照するとされています。
実務上の含意は、決算期を変更していると審査対象期間の利益の額が直感と食い違うことがある、という点です。変更を検討する段階で、形式要件を満たす見込みがどう変わるかを主幹事証券会社と試算しておくことをおすすめします。
会計処理基準の選択、決算期変更の可否、形式要件への影響。判断の前提となる材料を一緒に洗い出します。
決算期変更に必要な手続
審査上の位置づけとは別に、決算期を変更する場合の会社法・税務上の手続も確認しておきます。上場準備会社に限った話ではありませんが、上場準備の中で行うと監査法人や主幹事証券会社との事前調整が加わる点が通常と異なります。
- 事業年度は定款の記載事項であるため、変更には株主総会の特別決議による定款変更が必要
- 事業年度は登記事項ではないため、法務局への登記申請は不要
- 変更後、遅滞なく所轄税務署・都道府県・市区町村へ異動届出書を提出(株主総会議事録の写しを添付)
- 法人税法上、事業年度は1年を超えることができないため、変更により生じる期は必ず1年以内になる
- 変更する期は決算・申告が前倒しになるため、経理・監査の実務負荷が一時的に増える
- 上場準備中は、変更の理由と補完的な開示の内容を主幹事証券会社・監査法人と事前に詰めておく
手続自体は難しくありません。むしろ難しいのは、変更の理由を「事業運営上の必要性」として第三者に説明できる形に整えることのほうです。役員間の口頭の合意で決めてしまうのではなく、検討の経緯と変更のタイミングを選んだ理由を取締役会の資料として残しておくと、後の審査対応が楽になります。
上場準備で押さえておきたい実務のポイント
会計処理基準は「決めた経緯」を残す
売上計上基準をはじめとする会計処理基準は、業種・業態や取引の実態に照らして選んだ経緯が説明できる状態にしておく必要があります。検討の過程で監査法人とどんなやり取りをしたか、他の選択肢をなぜ採らなかったかを文書に残しておくと、審査で「実態に即しているか」を問われたときに答えられます。
規程と実務のずれを定期的に点検する
経理規程を整備した後、実務がその通りに回っているかを自社で確認する仕組みを作っておくことをおすすめします。内部監査の対象に経理プロセスを含める、あるいは月次決算の締め作業の中で規程との整合をチェックする、といった形です。規程と実務が違う状態で申請すると、往査による追加確認につながります。
証憑・データの保存方針を決める
会計証憑類とデータファイルの整理・保管は、事前チェックリストに明示された項目です。紙の証憑だけでなく、電子取引データの保存要件も踏まえて、保存場所・保存期間・アクセス権限を決めておきます。
過去の会計方針の遡及適用は、それ自体で不利に働くわけではない
「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」に基づいて新たな会計方針を過去に遡って適用した結果、過去業績が適用前と比べて大幅に悪化することがあります。この点について東証は、企業の継続性及び収益性の審査では今後において安定的に相応の利益を計上できる合理的な見込みがあるかを見ているため、業績悪化の要因が会計上の変更を遡及修正した結果である場合は、それだけをもって直ちに審査上問題視することはない、としています。
裏を返せば、遡及適用後の数値を前提として、今後の収益性を説明できるかどうかが問われているということです。数値が悪化したこと自体を隠したり、遡及適用を避けたりする方向で動くのは、かえって審査上の心証を悪くしかねません。
よくある質問
A. 上場審査基準上、決算期変更に係る具体的な数値は設定されていません。ただし極端に短い期間の決算は投資情報としての価値を著しく損ない、上場後の開示体制を審査で確認しきれない可能性が大きいとされていますので、主幹事証券会社と慎重に検討する必要があります。
A. 2期連続の決算期変更には合理的な理由があるとは認め難いとされており、基準事業年度においてこのような変更を行ったうえで上場申請することは、特別の理由がある場合を除き認められません。
A. 東証が求めているのは、単に早期上場のためではない、事業運営上の合理的な理由です。グループ管理上の必要性は説明の起点になり得ますが、変更のタイミングを含めて合理性を説明できるか、期間比較を補う情報を開示できるかが併せて問われます。個別の可否は主幹事証券会社および東証との協議によります。
A. 審査対象期間の利益の額が単純な加算では算定できない場合、連結損益計算書もしくは損益計算書、または中間連結損益計算書もしくは中間損益計算書の利益の額を月割按分して算出します。売上高基準も同じ方法です。
A. 監査意見は形式要件に関わる要素ですが、実質審査ではそれとは別に、会計処理基準が実態に即しているか、運用が恣意的でないか、会計組織が整備・運用されているかが確認されます。会計組織の整備状況については会計監査人に対するヒアリングも行われます。
A. 業績悪化の要因が会計上の変更を遡及修正した結果である場合、それだけをもって直ちに審査上問題視することはないとされています。遡及適用後の数値を前提に、今後の収益性を説明できるかが論点になります。
まとめ
会計処理に関する審査は、監査意見の有無とは別の軸で、基準の適切性・運用の実態・会計組織の3つを確認しています。上場規程上の位置は3市場とも「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」であり、プライムは第213条第1項第3号、スタンダードは第207条第1項第3号、グロースは第219条第1項第3号です。
決算期変更については、東証は原則として好ましくないという立場を明確にしています。月数の数値基準は置かれていませんが、2期連続の変更は特別の理由がある場合を除き認められず、早期上場のためという理由だけでは合理性を説明したことになりません。事業運営上の合理的な理由がある場合には、変更理由と期間比較を補う情報を開示することが求められます。あわせて、形式要件の利益の額・売上高は月割按分で計算し直すことになりますから、変更を検討する段階で要件充足の見込みがどう変わるかを試算しておくことが実務上の要点です。
【参考】本記事は、東京証券取引所が公表する「新規上場ガイドブック(2026年7月21日版)」のプライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編、有価証券上場規程および上場審査等に関するガイドラインの記載に基づいて構成しています。条文・規則の原文は日本取引所グループの規則集、ガイドブック等の公表資料は東京証券取引所の新規上場ガイドブックのページでご確認ください。会社法・法人税法の条文はe-Gov法令検索で参照できます。記載内容は2026年9月時点の情報に基づくもので、個別の事案についての判断は主幹事証券会社・監査法人および東京証券取引所との協議によります。
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