上場審査の実質基準のうち、3つ目に置かれているのが「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」です。ここは形式要件のように数値で線が引かれているわけではなく、機関設計と役員構成という「器」を整えたうえで、それが実際に機能しているかを運用実績で見られる領域になります。
本記事では、この基準のうち(1)役員の職務の執行を確保するための体制、すなわち機関設計・取締役会・監査役会/監査等委員会・独立役員に焦点を絞って整理します。監査役会設置会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社のどれを選ぶか、いつまでに設置すればよいか、社外取締役は何人必要か、といった実務でよく出る論点を、会社法と有価証券上場規程の条文に沿って確認していきます。
図 機関設計の選び方の判定
この記事の見出し
1.審査基準のどこに位置づけられるのか
東証の実質審査基準は、市場ごとに条番号が異なります。「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」は、プライム市場では有価証券上場規程第213条第1項第3号、スタンダード市場では同第207条第1項第3号、グロース市場では同第219条第1項第3号に置かれています。市場は違っても、審査項目の並びの中での位置づけは共通です。
そして、この基準はさらに(1)役員の職務の執行を確保するための体制と、(2)内部管理体制の2つに分かれます。(1)が機関設計・役員構成の話、(2)が経営管理組織や内部監査の話です。本記事が扱うのは前者になります。
同じ基準の中に、機関設計の話と内部管理の話が並んで置かれている。
審査の入口として押さえておきたいのは、東証がこの基準の審査を「規程第436条の2から第439条までの規定に定める事項の遵守状況を勘案して行う」と明記している点です。つまり、上場会社が守るべき企業行動規範のうちガバナンスに関する部分が、そのまま新規上場審査の物差しとして使われます。実質審査基準の全体像についてはIPO準備 完全ガイドもあわせてご確認ください。
2.上場会社が置かなければならない機関
まず器の話です。有価証券上場規程第437条は、上場内国会社に対して、a取締役会、b監査役会・監査等委員会又は指名委員会等、c会計監査人の設置を求めています。これは市場を問わず共通で、グロース市場でも同じです。加えて、第437条の2で社外取締役を1名以上、第436条の2で独立役員を1名以上確保することが求められます。
新規上場申請会社も、これらの機関の設置と取組みを行う必要があります。整理すると次の表のとおりです。
| 項目 | 根拠規程 | 内容 |
|---|---|---|
| 上場内国会社の機関 | 規程437条 | 取締役会/監査役会・監査等委員会又は指名委員会等/会計監査人を置くこと |
| 社外取締役の確保 | 規程437条の2 | 社外取締役を1名以上確保すること |
| 独立役員の確保 | 規程436条の2 | 一般株主保護のため、独立役員を1名以上確保すること |
| CGコードの実施又は説明 | 規程436条の3 | プライム・スタンダードは基本原則と原則、グロースは基本原則について、実施するか実施しない理由をコーポレート・ガバナンスに関する報告書で説明すること |
| 会社情報の英文開示 | 規程436条の4 | 決算情報・適時開示情報について、日本語と同時に英語による開示を行うこと |
| IR体制の整備 | 規程436条の5 | 株主・投資者との関係構築に向けた情報提供の体制を整備すること |
| 公認会計士等 | 規程438条 | 会計監査人を、有価証券報告書等の監査証明を行う公認会計士等として選任すること |
| 業務の適正を確保するために必要な体制整備 | 規程439条 | いわゆる内部統制システムの整備を決定し、当該体制を適切に構築・運用すること |
※ 規程436条の2から第439条の概要をもとに整理したもの。詳細な要件は各条文をご確認ください。
ここで見落とされやすいのが、会計監査人の設置です。会社法上、会計監査人の設置が義務づけられるのは大会社などに限られますが、上場規程第437条は会社の規模にかかわらず会計監査人の設置を求めています。申請前の監査対象期間との関係もあるため、機関設計の検討は監査法人の関与開始時期とセットで考える必要があります。監査法人の選定についてはIPOの関係者と役割で整理しています。
3.3つの機関設計の違いをどう選ぶか
規程第437条は「監査役会、監査等委員会又は指名委員会等」のいずれかを置けばよいとしており、どれを選ぶかは会社の判断に委ねられています。会社法上の人数要件と権限構造が異なるため、社外役員をどれだけ確保できるかという現実的な制約から逆算して決めることが多くなります。
人数要件と、取締役会での議決権の有無が実務上の分かれ目になる。
監査役会設置会社
監査役会設置会社では、監査役は3人以上で、そのうち半数以上は社外監査役でなければなりません(会社法第335条第3項)。また、監査役の互選により常勤監査役を1人以上選定する必要があります(同法第390条第3項)。これに規程第437条の2による社外取締役1名以上を加えると、社外役員は最低でも社外監査役2名+社外取締役1名の計3名という計算になります。
なお、監査役会設置会社のうち公開会社かつ大会社であって有価証券報告書の提出義務がある会社は、会社法第327条の2により社外取締役を置かなければなりません。上場後はこの規定の適用対象となるケースが多いため、上場規程と会社法の双方から社外取締役が要求されることになります。
監査等委員会設置会社
監査等委員会設置会社では、監査等委員である取締役は3人以上で、その過半数は社外取締役でなければなりません(会社法第331条第6項)。監査役は置きません。監査等委員は取締役ですから、取締役会において議決権を持つ点が監査役会設置会社との大きな違いです。
社外取締役2名を監査等委員に充てれば、社外役員は最低2名で構成できるため、社外人材の確保に制約がある準備会社にとっては選択肢になります。ただし、監査等委員は監査だけでなく取締役の選解任・報酬についての意見陳述権も持っため、単に人数を減らす手段として選ぶのではなく、その役割を担える人材を確保できるかを先に検討すべき論点です。
指名委員会等設置会社
指名委員会等設置会社では、指名委員会・監査委員会・報酬委員会の3委員会を置き、各委員会は取締役3人以上で組織し、その過半数は社外取締役でなければなりません(会社法第400条第1項、第3項)。業務執行は執行役が担い、取締役会は監督に専念する構造です。社外取締役の確保負担が大きいこともあり、IPO準備段階で採用する例は多くありません。
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4.社外取締役は何人必要か
社外取締役の人数については、会社法・上場規程・コーポレートガバナンス・コードの3層で要求が重なっています。それぞれ性質が違うため、混同しないよう整理しておきます。
| 根拠 | プライム | スタンダード | グロース |
|---|---|---|---|
| 会社法327条の2 (監査役会設置会社かつ公開会社・大会社で有価証券報告書提出会社の場合) |
1名以上(義務) | 1名以上(義務) | 1名以上(義務) |
| 上場規程437条の2 | 1名以上(義務) | 1名以上(義務) | 1名以上(義務) |
| 上場規程436条の2 (独立役員) |
社外取締役又は社外監査役のうち、一般株主と利益相反の生じるおそれがない者を1名以上(義務) | ||
| CGコード原則4-10 (独立社外取締役) |
少なくとも3分の1以上(コンプライ・オア・エクスプレイン) | 2名以上(コンプライ・オア・エクスプレイン) | 基本原則のみが実施又は説明の対象(規程436条の3) |
番号について補足します。コーポレートガバナンス・コードは2026年7月21日に改訂され、補充原則という区分が廃止されました。独立社外取締役の数に関する定めは原則4-10に置かれています。改訂前の番号を引用している社内資料がある場合は、参照先の点検が必要です。なお、支配株主を有する会社については、プライム市場では過半数、その他の市場では3分の1以上という別の水準が原則4-10の中で定められています。
ここで注意したいのは、コーポレートガバナンス・コードは義務ではなく「実施するか、実施しない場合はその理由を説明する」という枠組みだという点です。東証も、上場までにプライム市場の水準である3分の1以上の独立社外取締役の選任を行わないことのみをもって審査上不適合とはしない、としています。ただしその場合は、コーポレート・ガバナンスに関する報告書において実施しない理由の説明が求められます。
独立役員は、社外取締役又は社外監査役のうち一般株主と利益相反が生じるおそれがない者である必要があります。主要な取引先やその業務執行者、役員報酬以外に多額の金銭を得ているコンサルタント・会計専門家・法律専門家、主要株主やその業務執行者などは、独立性基準に抵触するため独立役員として届け出ることができません。顧問税理士や取引金融機関出身者を社外役員として招く場合には、この点の事前確認が欠かせません。
5.「いつまでに」設置すればよいのか
機関設計についてもうひとつ重要なのが、設置の時期です。上場審査基準そのものには取締役会の設置期間の定めはありませんが、東証は、取締役会が適正に機能しているかを確認するため、設置後に一定の運用期間を設けたうえで申請することが必要だとしています。具体的には、上場申請時点における取締役会の継続設置期間が3年より短い場合には、運用実績として問題ないかを判断するため、その理由を確認する場合があるとされています。
監査役会についても、いつまでという一律の基準は設けられていないものの、監査役会が適正に機能しているかを確認するため、設置後に一定の運用期間を設けたうえで申請することが望ましいとされています。一方、独立役員は上場日までに確保する必要があり、審査期間中にその確保状況が確認されます。
設置しただけでは足りず、機能していた実績が問われる。
※ 図中の期の区分はあくまで一般的な準備スケジュールに沿った目安であり、上場審査基準として年限が定められているものではありません。上場までのスケジュール全体はIPO準備の全体像をご覧ください。
6.審査でつまずきやすいポイント
社外取締役の取締役会出席率が低い
取締役会に出席し、事業上の重要事項の意思決定に参加し、報告を受けることは取締役の重要な責務です。社外での業務多忙を理由に出席状況が良好でない取締役が存在する場合、ガバナンスが十分に機能しているとは言い難いとして、上場審査上の判断は慎重なものとなります。社外取締役を「名前だけ」で招いてしまうと、ここで問題になります。
純粋持株会社の傘下事業会社に取締役会がない
純粋持株会社形態で上場する場合、傘下の事業会社に取締役が1名しかおらず取締役会を設置していないことがあります。東証は、形式的に一律すべての傘下事業会社を取締役会設置会社とすることまでは求めておらず、当該事業会社の規模やグループ内での位置づけ、設立の経緯等を踏まえ、取締役会を設置しない合理的な理由の有無等を勘案して個別に判断するとしています。したがって、設置していないこと自体よりも、その理由を説明できるかが問われます。
独立役員の在任期間が長期化している
全独立役員の在任期間が長期間にわたっている場合には、独立役員の選任方針を確認のうえ、追加選任を求められる場合があります。また、特定の大株主が強い影響力を有するなど独立役員の重要性が相対的に高いと認められる会社では、その運用状況の確認を通じて、上場後を見据えたガバナンス体制が有効に機能しているかを確認されることがあります。
どの機関設計を選ぶか、いつ設置するか、社外役員をどう確保するかは、上場スケジュール全体に影響します。公認会計士がIPO準備の実務に即してご相談に対応します。
7.審査で確認される「機能しているか」
基準の文言は、機関設計及び役員構成であること(a)に加えて、牽制及び監査が実施され有効に機能していること(b)を求めています。器を作っただけでは足りない、というのがこの基準の本質です。
東証は、申請会社のコーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方を踏まえ、現在の体制を採用している経緯、役員構成に関する考え方を確認するとしています。また、監査役会(又は監査委員会、監査等委員会)及び独立役員については、常勤監査役等及び独立役員に対する面談などを通じて、その職務の内容と取組状況を確認するとされています。取締役会議事録や監査役会議事録が形式的な記録にとどまっていないか、社外役員が実際にどのような発言をしているかは、書面と面談の両面から見られることになります。
- 取締役会の付議基準が職務権限規程等と整合し、重要事項が実際に付議されているか
- 取締役会・監査役会の議事録に、議論の経過と結果が記録されているか
- 常勤監査役が期中に往査・実査等の監査活動を行い、監査調書が残っているか
- 社外役員が就任前に会社の事業内容とリスクの説明を受けているか
- 独立役員の候補者が独立性基準に抵触していないことを事前に確認しているか
- コーポレート・ガバナンスに関する報告書のドラフトを作成し、内容を説明できるか
なお、上場審査ではコーポレート・ガバナンスに関する報告書のドラフトを提出し、その記載内容も確認されます。コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由の説明の記載有無、各原則に基づく開示事項の記載有無が確認対象とされているため、上場承認直前に慌てて作るのではなく、直前期のうちに一度作成してみることをおすすめします。上場後の継続的な義務については上場後のフォローアップと継続義務で整理しています。
8.よくある質問
どちらが有利ということはありません。東証は、適切なコーポレート・ガバナンスの体制は企業の規模や置かれている環境等に応じた様々な形態があると考えられるとしており、機関設計そのものではなく、その体制を採用している経緯と、実際に牽制・監査が機能しているかを確認します。人数要件だけで選ぶのではなく、自社の意思決定の実態に合った説明ができるかが重要です。
上場審査基準に取締役会の設置期間の定めはありませんが、東証は設置後に一定の運用期間を設けたうえで申請することが必要としており、申請時点の継続設置期間が3年より短い場合はその理由を確認する場合があるとしています。直前に設置した場合、運用実績を示す材料が乏しくなるため、審査対応の難度は上がります。
独立性基準では、当該会社から役員報酬以外に多額の金銭その他の財産を得ている会計専門家は独立役員として届け出ることができないとされています。顧問報酬の水準や関与の実態によって判断が分かれるため、要件に懸念がある場合は主幹事証券会社等を通じて事前に相談することが求められています。
必要です。ただし、実施するか実施しない場合の理由を説明する対象の範囲が異なり、グロース市場の上場内国会社は基本原則が対象、プライム市場・スタンダード市場の上場内国会社は基本原則と原則が対象とされています(規程436条の3)。したがって、原則4-8で示されている独立社外取締役の人数の水準は、グロース市場の会社にとっては実施又は説明の対象外です。
上場規程第437条は上場内国会社に会計監査人の設置を求めており、第438条は会計監査人を有価証券報告書等の監査証明を行う公認会計士等として選任することを求めています。また、上場申請にあたっては直前期・直前々期の財務諸表について監査を受ける必要があるため、実務上は上場のかなり前から監査法人の関与を開始することになります。
9.まとめ
「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」のうち役員の体制に関する部分は、規程第437条が求める機関の設置という器の話と、それが機能しているかという運用の話の2層で構成されています。器の部分は会社法の人数要件と上場規程の条文を突き合わせれば整理できますが、運用の部分は時間をかけないと作れません。
取締役会の継続設置期間について3年という目安が示されていることからも分かるとおり、機関設計の検討は上場準備の初期に着手すべきテーマです。社外役員の候補者探しには想定以上に時間がかかることも多いため、直前期に入ってから慌てないよう、N-3期の段階で全体像を描いておくことをおすすめします。
機関設計の選択、取締役会・監査役会の運用設計、コーポレート・ガバナンスに関する報告書の作成まで、上場審査を見据えた実務対応をサポートします。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援と内部統制の整備支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
参考:e-Gov法令検索「会社法」/日本取引所グループ「コーポレート・ガバナンス」/日本取引所グループ「独立役員の確保」/日本取引所グループ「提出書類フォーマット(プライム市場)」。本記事は2026年9月時点の法令・上場規程等に基づいています。個別の判断にあたっては、主幹事証券会社および専門家にご確認ください。
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