IPO準備は、社内だけで完結する仕事ではありません。主幹事証券会社、監査法人、株式事務代行機関といった社外の関係者がそれぞれ固有の役割を担い、その分業のうえに上場申請が成り立っています。誰にいつ声をかけるかを間違えると、上場スケジュールそのものが1年単位で後ろにずれることも珍しくありません。
この記事では、東証の新規上場ガイドブックが挙げる3つの中核的な関係者を軸に、それぞれが何をする存在なのか、制度上どこまでが必須なのかを整理します。あわせて実務上関与することが多い印刷会社や弁護士などの役割、そして関係者を選ぶ時期の目安まで解説します。
この記事の要点
- 東証の新規上場ガイドブックが「上場にかかわる関係者」として挙げるのは、証券会社・公認会計士(監査法人)・株式事務代行機関の3者である。
- 主幹事証券会社は資本政策や体制整備の助言と引受審査を担い、東証に「上場適格性調査に関する報告書」を提出する。
- 監査人は登録上場会社等監査人でなければならず、これは形式要件として明文化されている(プライム:規程第211条第6号、スタンダード:同第205条第7号、グロース:同第217条第6号)。
- 株式事務代行機関の設置も形式要件であり、東証が承認しているのは信託銀行と株式会社アイ・アールジャパンである(有価証券上場規程施行規則第212条第7項)。
- 印刷会社・弁護士・各種ベンダーは制度上の必須機関ではないが、実務では早期に体制へ組み込むことになる。
1.上場準備に関わる関係者の全体像
まず押さえておきたいのは、制度上位置づけられている関係者と、実務上必要になる関係者は別物だということです。東証の新規上場ガイドブックは「上場にかかわる関係者とその役割」として証券会社・公認会計士(監査法人)・株式事務代行機関の3者を掲げており、このうち監査人と株式事務代行機関については形式要件として明文の定めが置かれています。一方で印刷会社や弁護士は、規程上の要件ではないものの、実務では欠かせない存在です。
| 関係者 | 主な役割 | 制度上の 位置づけ |
関与開始の目安 |
| 主幹事証券会社 | 資本政策・社内体制整備の助言、引受審査、公募・売出しの実行、上場後の資金調達・IR支援 | ガイドブックに明記 (報告書提出者) |
N-3期〜N-2期 |
| 監査法人 (公認会計士) |
財務諸表等に対する監査意見の表明、会計面・内部管理体制の指導 | 形式要件 (明文) |
N-3期 (ショートレビュー) |
| 株式事務 代行機関 |
株主名簿作成事務等の受託、議決権・配当など株主の権利処理 | 形式要件 (明文) |
N-2期〜N-1期 |
| 印刷会社 | Ⅰの部・Ⅱの部・有価証券届出書・目論見書の作成支援と電子開示対応 | 実務上の関与 | N-2期〜N-1期 |
| 弁護士・その他 専門家 |
法務面の点検、許認可・係争への対応、反社チェック、規程整備の助言 | 実務上の関与 | 論点発生時 |
| 東証・日本取引所 自主規制法人 |
上場審査の実施と上場承認。実際の審査は東証から委託を受けた自主規制法人が行う | 審査主体 | 上場申請以降 (事前相談は随時) |
関与開始の目安は一般的な進め方を示したものです。実際には決算体制の成熟度や資本政策の状況によって前後しますので、自社の準備状況に合わせて読み替えてください。
2.主幹事証券会社-上場準備の伴走者であり最初の審査者
主幹事証券会社は、IPO準備において最も密度の高い関与をする関係者です。上場申請準備の段階では資本政策や社内体制整備についてアドバイスを行い、上場にあたっての手続きを支援します。同時に、公募・売出し等を引き受けるための会社内容の審査、いわゆる引受審査を実施します。助言者であると同時に審査者でもあるという二面性が、主幹事証券会社の特徴です。
用語の整理もしておきましょう。上場に関して申請会社を支援する業務を行う証券会社を「幹事証券会社」といい(その証券会社が東証の取引参加者である場合は「幹事取引参加者」と呼ぶこともあります)、この中で中心となる証券会社が「主幹事証券会社」です。また、公募等に関して申請会社と元引受契約を締結する証券会社を「元引受証券会社(元引受取引参加者)」といいます。日常会話では混同されがちですが、役割の範囲が異なる概念です。
実務ポイント:主幹事証券会社は、上場にあたり東証に対して「上場適格性調査に関する報告書」を提出します。この報告書は、主幹事証券会社が公開指導や引受審査の過程で確認した内容を東証に伝えるものであり、上場審査の出発点になります。つまり主幹事証券会社の引受審査を通過することが、実質的に東証審査への入口となります。
グロース市場を目指す場合には、もう一つ重要な役割が加わります。グロース市場の新規上場では申請会社に「高い成長可能性」が求められますが、その有無については主幹事証券会社がビジネスモデルや事業環境などを基に評価・判断することとされています。事業計画の説明力が上場可否を左右する市場ですので、主幹事証券会社との対話の質がそのまま準備の質になります。
なお東証は、最近において主幹事実績を有する会社などを「主幹事候補証券会社一覧」として公表しています(2024年11月12日現在で19社)。これは特定の証券会社を推奨するものではありませんが、検討の出発点としては有用です。選定にあたっては、自社の業種・規模に近い上場実績があるか、担当者の体制が継続的に確保できるかといった点を確認するとよいでしょう。
3.監査法人-形式要件に直結する必須の関係者
公認会計士(監査法人)は、有価証券上場規程に基づき提出される財務諸表等について監査意見を表明するとともに、申請会社の会計面および内部管理体制などの指導も行います。監査人の関与は形式要件として明文化されており、この点で他の関係者とは性格が異なります。
具体的には、登録上場会社等監査人(日本公認会計士協会の品質管理レビューを受けた者に限り、東証が適当でないと認める者を除きます)による金融商品取引法第193条の2の規定に準ずる監査・中間監査・期中レビューを受けていることが求められます。根拠条文は市場区分ごとに異なりますので、社内資料を作る際は取り違えないよう注意してください。
| 市場区分 | 登録上場会社等監査人 による監査 |
株式事務代行機関 の設置 |
監査の対象範囲 |
| プライム | 規程第211条第6号 (第205条第7号) |
規程第211条第6号 (第205条第8号) |
最近2年間の各事業年度・各連結会計年度+最近1年間の中間 |
| スタンダード | 規程第205条第7号 | 規程第205条第8号 | 最近2年間の各事業年度・各連結会計年度+最近1年間の中間 |
| グロース | 規程第217条第6号 | 規程第217条第7号 (第205条第8号) |
Ⅰの部に記載・添付される財務諸表等及び中間財務諸表等 |
登録上場会社等監査人とは、公認会計士法第34条の34の8第1項に規定される制度上の枠組みです。東証は、この登録を受けた監査人による監査であること、かつ当該監査が監査法人または複数の公認会計士による共同監査によって行われていることを新規上場申請者に求めています。さらに監査体制の充実と独立性確保の観点から、組織形態が監査法人または共同事務所として上場会社等監査人名簿に登録され、組織的監査体制が整備された監査人を選定することが望ましいとされています。
一方で、継続監査は形式要件とされていません。監査契約の締結時期は監査法人等の判断に基づくこととなります。もっとも実務上は、監査対象期間に入る前にショートレビューを受けて課題を洗い出し、会計処理や決算体制を整えたうえで監査契約に進むのが通常の流れです。近年は監査法人の受嘱余力が限られる場面もあり、監査人の確保が上場スケジュール全体のボトルネックになりうる点は、準備の初期段階から意識しておくべきでしょう。
4.株式事務代行機関-上場申請日までに設置が必要
株式事務代行機関は、株式関係事務の円滑化のため設置を求められている機関です。株主名簿作成事務等の受託や、議決権・配当など株主に付与される各種の権利の処理を行います。上場会社になると株主数が大きく増え、株式事務を自社だけで処理することは現実的でなくなるため、外部機関への委託が制度上求められています。
形式要件としては、上場申請日までに東証の承認する株式事務代行機関に株式事務を委託しているか、または当該株式事務代行機関から株式事務を受託する旨の内諾を得ていることが必要です。内諾でも足りるという建て付けですが、受託の可否は先方の審査を経て決まりますので、申請直前に動き出すのでは間に合いません。
東証が承認している株式事務代行機関
有価証券上場規程施行規則第212条第7項に基づき東証が承認しているのは、信託銀行および株式会社アイ・アールジャパンです(2025年1月1日現在)。株式事務代行機関には、規模・組織等において投資者の信頼と利便を得られることが求められます。
なお、株式事務代行機関を担う信託銀行は、証券代行業務のほかに従業員持株会の事務や信託を用いたインセンティブ制度の受託など、上場準備に関連する周辺業務も扱っています。窓口が同じになることも多いため、どの業務をどの契約でカバーするのかを整理しておくと社内の混乱を避けられます。
5.制度上の必須機関ではないが実務で欠かせない関係者
ここまでの3者は東証のガイドブックが正面から取り上げる関係者ですが、実務ではこれ以外にも複数の外部関係者が関与します。制度上の要件ではないため見落とされがちですが、着手が遅れると申請直前に負荷が集中する領域です。
印刷会社(ディスクロージャー支援会社)
新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)や新規上場申請者に係る各種説明資料(Ⅱの部)、有価証券届出書、目論見書といった開示書類の作成を支援します。書式や記載順序が細かく定められている書類群であり、EDINETへの電子提出も伴うため、専門の支援会社を使うのが一般的です。上場後も有価証券報告書や招集通知の作成が続きますので、上場準備の段階から継続的な関係になります。
弁護士
許認可の充足状況の確認、係争事件への対応方針の整理、契約関係や知的財産の点検、反社会的勢力の排除体制の整備などで関与します。東証の審査でも、業績に重大な影響を与えると考えられる係争事件については弁護士や弁理士の見解を踏まえた説明が求められる場面があります。論点が顕在化してから探すのではなく、あらかじめ相談できる体制を作っておくことが望まれます。
コンサルタント・会計事務所
監査法人は独立性の観点から自ら決算資料を作成することはできません。そのため、連結決算や税効果会計の体制構築、規程整備、予算統制の仕組みづくりといった「手を動かす部分」を外部に委ねる会社は多くあります。監査人の指摘を社内の実装に翻訳する役割と考えると位置づけが理解しやすいでしょう。
システムベンダー
会計システム、連結会計システム、ワークフロー(稟議)、勤怠管理など、内部統制の実効性を支える基盤の導入で関与します。システムの入替えは業務プロセスの再設計を伴うため、上場直前期に着手すると監査対応と重なって負荷が跳ね上がります。N-2期までに方針を固めておくのが安全です。
6.東証と日本取引所自主規制法人の関係
意外と誤解されやすいのが、審査を行う主体です。上場申請は東京証券取引所に対して行いますが、実際の上場審査は東証から委託を受けた日本取引所自主規制法人が行います。上場承認と公表を行うのは東証です。
また、申請前の段階でも東証との接点はあります。上場申請に向けた準備は主幹事証券会社や監査法人の指導を受けながら進めることになりますが、判断に迷う論点について東証の見解を確認したい場合には、直接もしくは主幹事証券会社を通じて相談することができます。準備が整った後は、主幹事証券会社が上場申請の2週間前までに上場申請のエントリーを行い、申請の1週間以上前には主幹事証券会社の担当者と審査担当者との事前確認が行われます。関係者の役割分担は、この一連の手続きの中で明確に現れます。
7.関係者をいつ選ぶか
関係者選定のタイミングは、上場準備の成否を左右します。監査法人は監査対象期間の前に確保しておく必要があり、そのためにはショートレビューをその前年度までに受けておくのが望ましいといえます。主幹事証券会社も同様に早期の選定が有利です。資本政策は一度実行すると後戻りが難しく、主幹事証券会社の助言を受ける前に株主構成を固めてしまうと、是正に時間を要することがあるためです。
一方で、株式事務代行機関や印刷会社は上場申請日を起点に逆算して手当てすれば足ります。ただし委託先の審査や作業リードタイムがありますので、N-1期に入る前後には候補を絞り込んでおくと余裕を持って進められます。
そしてもう一つ重要なのは、社内の受け皿です。外部関係者が増えるほど、窓口となる管理部門の負荷は増していきます。誰がどの関係者を担当し、論点をどこに集約するかを決めておかないと、同じ質問が複数の関係者から繰り返され、社内が疲弊します。関係者の役割を理解することは、社内の役割分担を設計することでもあります。
よくある質問(FAQ)
Q1.主幹事証券会社は途中で変更できますか。
契約上変更は可能ですが、実務的な負担は小さくありません。引受審査は一定の期間をかけて行われるため、交代すると審査が実質的に振り出しに戻り、上場時期が後ろにずれることがあります。また東証の審査では、主幹事証券会社が公開指導を開始した経緯や時期も確認事項となります。選定の段階で十分に検討することが重要です。
Q2.監査法人はどの規模でも問題ありませんか。
規模そのものが要件ではありませんが、登録上場会社等監査人であり、かつ監査法人または複数の公認会計士による共同監査であることが求められます。東証は組織的監査体制が整備された監査法人または共同事務所の選定を望ましいとしています。いわゆる大手・準大手に限られるわけではないものの、上場会社の監査を継続的に遂行できる体制かどうかは確認すべき点です。
Q3.株式事務代行機関は上場申請時に契約が完了している必要がありますか。
上場申請日までに委託しているか、または受託する旨の内諾を得ていれば足ります。ただし内諾を得るまでに先方の審査がありますので、申請日から逆算して余裕を持って打診してください。
Q4.継続監査期間の要件はありますか。
継続監査は形式要件とされていません。監査契約の締結時期は監査法人等の判断に基づきます。ただし監査対象となる期間の財務諸表等について所定の監査等を受けている必要がありますので、結果として相応の期間の関与が前提になります。
Q5.上場審査を行うのは東証ですか。
上場申請は東証に対して行いますが、実際の審査は東証から委託を受けた日本取引所自主規制法人が行います。上場の承認と公表は東証が行います。
まとめ
IPO準備における関係者は、それぞれ制度上の位置づけが異なります。監査法人と株式事務代行機関は形式要件に直結する必須の存在であり、主幹事証券会社は制度上の要件ではないものの、上場適格性調査に関する報告書の提出者として審査の入口に立ちます。印刷会社や弁護士は要件ではありませんが、実務では避けて通れません。
この違いを理解しておくと、どこに期限があり、どこに裁量があるのかが見えてきます。そして関係者の選定は、多くの場合「急に必要になる」のではなく、前の工程が終わっていないから遅れるという形で問題化します。準備の初期段階で全体像を描き、誰にいつ声をかけるかの順序を決めておくことが、結局は最短距離になります。
当事務所では、監査法人の選定支援やショートレビューへの対応、主幹事証券会社との論点整理を含め、IPO準備の初期段階からのご相談を承っています。関係者の座組みをどう作るかでお悩みの際は、お気軽にお問い合わせください。
(本記事の主な参照法令・基準:有価証券上場規程第205条、第211条、第217条、有価証券上場規程施行規則第212条、金融商品取引法第193条の2、公認会計士法第34条の34の8。東証「新規上場ガイドブック」(プライム市場編・スタンダード市場編・グロース市場編、2026年7月版)及び日本取引所グループ公表資料「上場関係者と役割」(2025年1月1日更新)を参照。株式事務代行機関の承認先は2025年1月1日現在、主幹事候補証券会社一覧は2024年11月12日現在の東証公表情報に基づきます。本記事の内容は2026年7月時点の制度に基づいており、最新の取扱いは東証及び各機関の公表資料をご確認ください。)