IFRSの初度適用(はじめてIFRSで連結財務諸表を作ること)が近づくと、多くの経理責任者が最後に直面するのが「移行時の開示」です。差異分析も会計方針書も終わり、数値も揃った。それなのに、監査法人から「調整表(リコンシリエーション)の粒度が粗い」「この調整項目は何の差異なのか説明できるようにしてほしい」と差し戻される——そんな場面は珍しくありません。
調整表は、単に日本基準の資本とIFRSの資本の差額を埋めるための表ではありません。投資家に対して「移行によって何がどれだけ変わったのか」を説明する、初度適用の総決算にあたる開示です。ここを最後に慌てて作ると、注記全体の整合性が崩れ、監査対応が長引きます。
この記事では、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」が求める調整表の中身を条文の項番付きで整理し、誰がいつまでに何を作るかまで落とし込みます。EDINETで他社の実例を探す手順も、公的な操作ガイドに基づいて具体的に示します。
この記事でわかること
- IFRS第1号第24項が求める3つの開示(資本の調整表・包括利益の調整表・減損)の中身
- 資本の調整表を「どの時点」で「何を出発点に」作るのか
- 調整項目をどこまで細かく分けるか(第25項・第26項の考え方)
- 調整表以外に必要な移行時開示(みなし原価・金融商品の指定・誤謬)
- 期中財務報告(半期報告書)で追加的に求められる調整表
- 有価証券報告書ではどこに載るのか、EDINETで他社実例を探す手順
- 移行時開示の作成スケジュールと社内の役割分担
この記事の見出し
📅 IFRS移行時の開示とは|まず「3つの時点」を押さえる
移行時の開示を組み立てるうえで最初に固めるべきは、移行日・比較年度末・当期末という3つの時点です。この3時点が決まらないと、調整表をいくつ作ればよいのかも決まりません。
移行日と最初のIFRS報告期間の関係
IFRS第1号は、IFRSへの移行日時点で開始IFRS財政状態計算書(IFRSベースの出発点となる貸借対照表)を作成することを求めています(第6項)。移行日とは、最初のIFRS財務諸表で完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首を指します。
3月決算の会社が2027年3月期からIFRSを適用する場合、比較年度は2026年3月期ですから、移行日は2025年4月1日です。IFRSの数値作成は、この日から始まります。
ここで見落とされがちなのが、財政状態計算書だけは3期分必要になる点です。IFRS第1号第21項は、初度IFRS財務諸表に最低3期分の財政状態計算書、2期分の純損益及びその他の包括利益計算書、2期分のキャッシュ・フロー計算書、2期分の持分変動計算書と関連注記を含めることを求めています。「比較情報は1年分」と単純化して理解していると、移行日の貸借対照表の作成漏れにつながります。
図1:移行日・比較年度・最初のIFRS報告期間の関係と、調整表が必要になる時点
移行時の調整はどこに落ちるのか
開始IFRS財政状態計算書では、IFRSが認識を求める資産・負債をすべて認識し、認識を認めないものは認識せず、区分を組み替え、IFRSに従って測定し直します(第10項)。このときに生じる差額は、移行日より前の事象に起因するものとして、損益を通さず利益剰余金(適切な場合は資本のその他の内訳項目)に直接認識します(第11項)。
※本記事における条文の引用は、IFRS財団が無償で公開している基準本文(英語)を参照し、要旨を独自の表現でまとめたものです。基準書の原文そのものの転載は行っていません。実際の適用にあたっては、監査人および正式な基準書をご確認ください。
📊 資本の調整表の作り方|出発点・着地点・粒度
IFRS第1号第23項は、従前の会計基準からIFRSへの移行が、報告された財政状態・経営成績・キャッシュ・フローにどのように影響したかを説明することを求めています。この説明を具体化したものが、第24項の調整表です。
第24項が求める3つの開示
| 開示 | 対象となる時点・期間 | 出発点 |
|---|---|---|
| (a) 資本の調整表 | ①IFRSへの移行日 ②従前の会計基準による直近の年次財務諸表で表示した最終期間の期末日 (=上記の2時点それぞれ) |
各時点で従前の会計基準により報告した資本 |
| (b) 包括利益合計の調整表 | 従前の会計基準による直近の年次財務諸表の最終期間 | 同期間の従前の会計基準による包括利益合計。包括利益合計を報告していなかった場合は、従前の会計基準による純損益 |
| (c) 減損損失の開示 | 開始IFRS財政状態計算書の作成にあたり初めて認識・戻入れした減損 | 移行日に開始する期間に認識したものとした場合にIAS第36号「資産の減損」が要求する開示 |
出所:IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」第24項((a)(b)(c))。IFRS財団の無償公開基準本文により確認。
日本基準では包括利益計算書を作成しているため、(b)の出発点は通常「日本基準の包括利益合計」となります。ただし、連結財務諸表を作成していなかった会社が連結とIFRSを同時に始めるようなケースでは、出発点の設定自体を監査人と早期に合意しておく必要があります。
調整表の実際のかたち
資本の調整表は、従前の会計基準の資本を出発点に、調整項目を加減してIFRSの資本に着地させる構造をとります。下図は3月決算会社の移行日(2025年4月1日)における調整表のイメージです(金額はすべて説明のための仮定値です)。
図2:資本の調整表の構造(単位:百万円・すべて仮定値)
どこまで細かく分けるか|第25項の「十分な詳細」
実務で最も論点になるのが調整項目の粒度です。IFRS第1号第25項は、調整表について財政状態計算書および包括利益計算書に対する重要な調整を利用者が理解できるだけの詳細を備えることを求めています。加えて、従前の会計基準でキャッシュ・フロー計算書を表示していた場合には、キャッシュ・フロー計算書に対する重要な調整も説明します。
つまり「差異分析の結果として識別した論点」と「調整表の行」が対応しているのが自然な姿です。第9回で作成したGAAP差異分析表の論点区分をそのまま調整表の行に引き継げるよう、差異分析の段階から行の切り方を意識しておくと、後戻りが減ります。
ポイント:調整表の行の切り方
- 差異分析表の論点番号と調整表の行を1対1で対応づける
- 金額的に重要でない論点は「その他」にまとめてよいが、まとめた根拠(金額・件数)を作業調書に残す
- 繰延税金は各調整項目に紐づけたうえで、調整表上は独立の行として表示するのが読み手に親切
- 行の切り方は数値作成の初期段階で監査人と合意しておく(後から分解し直すのは負荷が大きい)
IFRS第1号第25項は、財政状態計算書および包括利益計算書に対する重要な調整を利用者が理解できるだけの詳細を求めています。
誤謬が見つかったときの扱い|第26項
移行作業の過程で、従前の会計基準の下での誤謬が判明することがあります。この場合、IFRS第1号第26項は、第24項(a)(b)の調整表において誤謬の訂正と会計方針の変更(IFRSへの移行に伴う差異)を区別して表示することを求めています。両者を混ぜて1本の調整額にしてしまうと、この要求を満たせません。
なお、IFRSの採用に伴う会計方針の変更については、IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」の会計方針変更に関する要求は適用されません(第27項)。初度適用はIAS第8号ではなくIFRS第1号の枠組みで処理する、という整理です。
🧾 包括利益の調整表と、比較情報の取扱い
包括利益合計の調整表は、比較年度(従前の会計基準による直近の年次財務諸表の最終期間)について、日本基準の包括利益合計からIFRSの包括利益合計へ調整する表です。資本の調整表と異なり、こちらは1期間について1本です。
資本の調整表が「移行日」と「比較年度末」の2時点で作られることと合わせると、次の関係が成り立ちます。移行日の資本調整額に、比較年度の包括利益の調整額と資本取引等の影響を加えると、比較年度末の資本調整額に一致するはずです。この整合が取れているかどうかは、調整表のセルフチェックとして必ず確認してください。
注意:従前の会計基準による情報を併記する場合
有価証券報告書などで日本基準によるヒストリカル・サマリーや比較情報を併記する場合、IFRS第1号第22項は、①それがIFRSに準拠していない旨を目立つように表示すること、②IFRSに準拠させるために必要となる主要な調整の内容を開示すること(金額の定量化までは不要)を求めています。主要な経営指標等の推移などで日本基準の数値を残す場合は、この取扱いを確認しておきましょう。
⚖️ 調整表以外に必要な移行時の開示
移行時の開示は調整表だけではありません。IFRS第1号は、どの免除規定を使ったのかが読み手に分かるよう、いくつかの追加開示を求めています。
図3:IFRS第1号が求める移行時開示の全体像(項番はIFRS第1号)
みなし原価を使った場合の開示|第30項・第31項
IFRS第1号は、有形固定資産などについて移行日の公正価値をみなし原価(deemed cost。取得原価の代わりに使う金額)として使うことを認めています(付録D第5項・第7項)。この免除を使った場合、開始IFRS財政状態計算書の各表示科目ごとに、①それら公正価値の合計額、②従前の会計基準による帳簿価額に対する調整額の合計を開示します(第30項)。
また、個別財務諸表で子会社・共同支配企業・関連会社への投資にみなし原価を用いた場合は、みなし原価が従前の帳簿価額である投資の合計、公正価値である投資の合計、調整額の合計を開示します(第31項)。石油・ガス資産(第31A項)、料金規制事業(第31B項)、深刻な超インフレ(第31C項)にもそれぞれ固有の開示があります。
免除規定と強制的例外の整理
| 区分 | 性格 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 付録B (強制的例外) |
遡及適用が禁止される。選択の余地はない | 金融資産・金融負債の認識の中止、ヘッジ会計、非支配持分、金融資産の分類及び測定、金融資産の減損、組込デリバティブ、政府融資、保険契約、リース等に係る繰延税金(第B1項の列挙) |
| 付録C (企業結合) |
任意の免除 | 移行日前の企業結合にIFRS第3号を遡及適用しないことを選択できる。ある企業結合を修正再表示する場合は、それ以降のすべての企業結合を修正再表示し、同じ日からIFRS第10号も適用する(第C1項) |
| 付録D (その他の免除) |
任意の免除 | 株式報酬、みなし原価、リース、累積換算差額、子会社等への投資、複合金融商品、借入コスト、廃棄負債、収益、外貨建の前渡・前受対価など(第D1項の列挙) |
| 本文第14項〜第17項 (見積り) |
強制 | 移行日のIFRS上の見積りは、会計方針の差異を調整したうえで、同日の従前の会計基準による見積りと整合させる(誤謬の客観的証拠がある場合を除く) |
出所:IFRS第1号 付録B・付録C・付録D、および本文第14項〜第17項。なお「見積り」は付録Bではなく本文に規定されている点に注意してください。
どの免除規定を選んだかは、移行時の数値と開示の両方に直結します。免除規定の選択は、第10回で作成するグループ会計方針書と一体で意思決定し、選択の理由まで文書化しておくことをおすすめします。
作成中の調整表をお送りいただければ、差異の説明が追える粒度になっているかを点検し、補うべき内訳を指摘してお返しします。
読みながら、自社の場合はどうなるかが気になっていませんか
いまの状況と、判断に迷っている点をお送りいただければ、公認会計士がどこから手をつけるべきかを整理してお返しします。営業のご連絡を重ねて差し上げることはありません。
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⏰ 期中財務報告での調整表|半期報告書を忘れない
意外に見落とされるのが、年次の有価証券報告書より先に、期中財務報告で調整表が必要になるという点です。IFRS適用初年度の上半期が終わった時点で、すでに調整表を作らなければなりません。
IFRS第1号第32項は、初度IFRS財務諸表が対象とする期間の一部についてIAS第34号「期中財務報告」に従った期中財務報告を行う場合、IAS第34号の要求に加えて次を求めています。
| 区分 | いつ | 求められる調整表 |
|---|---|---|
| 第32項(a) | 前年度の対応する期中期間について期中財務報告を表示していた場合、各期中財務報告で | ①その対応期中期間の期末日における資本の調整表 ②その対応期中期間(当該期中期間および年度累計)の包括利益合計の調整表 |
| 第32項(b) | 初度IFRS財務諸表が対象とする期間についての最初の期中財務報告で | 第24項(a)(b)の調整表(第25項・第26項の詳細で補足したもの)。これらを含む他の公表文書への相互参照でもよい |
| 第32項(c) | 会計方針または免除規定の利用を変更した場合 | 第23項に従って説明し、上記(a)(b)の調整表を更新する |
出所:IFRS第1号第32項。なお同項には、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」の適用に伴い新設された(za)(期中財務報告で用いる見出しと小計の表示)があり、IFRS第18号は2027年1月1日以後開始する年次報告期間から適用されます(早期適用可)。
実務上のインパクトが大きいのは第32項(c)です。上半期の期中報告で開示した調整表と、年度末の有価証券報告書で開示する調整表の内容が変わった場合、その変更を説明し、調整表を更新しなければなりません。期中報告の段階で「暫定値です」と逃げると、年度末に説明責任が跳ね返ってくるということです。上半期の時点で監査法人と調整項目を固め切ることが、結果的に一番の近道になります。
また、IFRS第1号第27A項は、初度IFRS財務諸表が対象とする期間中に会計方針や免除規定の利用を変更した場合、最初のIFRS期中財務報告と初度IFRS財務諸表との間の変更を第23項に従って説明し、第24項(a)(b)の調整表を更新することを求めています。第32項(c)と同じ趣旨が、年次側からも規定されている構造です。
🏢 有価証券報告書ではどう見えるか|日本の開示制度上の位置づけ
ここまではIFRS側の要求です。では日本の開示制度上、移行時の開示はどこに載るのでしょうか。結論から言えば、初度適用や調整表を名指しした日本側の固有ルールは存在せず、IFRS第1号の要求がそのまま「経理の状況」の注記に反映されるという建て付けです。
| 制度上の位置づけ | 内容 |
|---|---|
| 適用の根拠 | 連結財務諸表規則第1条の2により「指定国際会計基準特定会社」に該当する会社は、連結財務諸表を同規則第五編第一章(第312条・第313条)の定めによることができる |
| 特定会社の要件 | ①有価証券届出書または有価証券報告書において「連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取組」に係る記載を行っていること、②指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員または使用人を置き、指定国際会計基準に基づいて連結財務諸表を適正に作成できる体制を整備していること(同規則第1条の2第1号イ・ロ) |
| 初度適用固有の規定 | 第五編第一章は第312条・第313条の2条のみで、初度適用や移行時の調整表に関する固有の注記規定は置かれていない。したがって開示の根拠はIFRS第1号そのもの |
| 有価証券報告書の様式 | 企業内容等の開示に関する内閣府令 第三号様式の「第5【経理の状況】」に記載。記載上の注意(41)bは、連結財務諸表の作成にあたり「連結財務諸表規則、指定国際会計基準又は修正国際基準に従い」記載すべき注記等を会社の実態に即して適正に記載することを求めている |
| 前期の修正をした場合 | 同様式 記載上の注意(64)は、指定国際会計基準により連結財務諸表を作成した場合であって、指定国際会計基準に従い前連結会計年度の連結財務諸表の修正をしたときは、報告書の記載事項のうち当該修正に関連する事項について、修正後の内容およびその旨を記載することを求めている |
出所:連結財務諸表規則第1条の2、金融庁「連結財務諸表規則ガイドライン」(令和8年3月)312-1・312-2、企業内容等の開示に関する内閣府令 第三号様式(記載上の注意(41)(64))。
参考になる公的資料として、金融庁が公表している「IFRSに基づく連結財務諸表の開示例」(2016年3月31日公表)があります。同資料は継続的にIFRSを適用している企業を前提とした開示例集ですが、「Ⅲ.連結財務諸表注記 (参考)IFRS任意適用における初度適用」(120ページ以降)という章を設けており、IFRS第1号およびIAS第36号がこの章に対応づけられています。ただし同資料は2016年公表で、それ以降の改訂版は確認できていません。あくまで様式の参考として位置づけ、現行の基準は必ず最新版で確認してください。
🌍 EDINETで他社の実例を探す手順
調整表の粒度や表現に迷ったとき、最も実務的な参考になるのは同じ規模・同じ業種の会社が実際に出した初度適用の注記です。EDINETを使えば無料で読めます。
図4:EDINETで初度適用の開示実例を探す5ステップ
EDINET検索の仕様で押さえておくこと
金融庁の「書類閲覧 操作ガイド」(2026年6月)によれば、EDINETの検索は書類簡易検索・書類詳細検索・書類全文検索の3方式です。それぞれの使い分けと制約を知っておくと、遠回りせずに済みます。
- 会計基準(IFRS/日本基準)で絞り込む検索項目は存在しない。まずJPXの一覧で会社を特定してからEDINETで検索する手順が確実
- 書類詳細検索では、提出者名称・証券コード・法人番号・提出者業種・書類種別(詳細)・決算期・提出期間などで絞り込める
- 全文検索のキーワードは最大5つまで、スペース区切りでAND検索となる。「連結財政状態計算書」などIFRS特有の語で探すのが実務的
- 全文検索の「目次範囲を指定する」は対象書類が「提出本文書」の場合のみ利用でき、法令上の目次項目のみが表示される(提出者が任意に追加した目次項目は指定できない)
- 検索結果は3,000件を超えると打ち切られる。条件を絞ってから検索する
- 有価証券報告書の法定縦覧期間は5年。古い移行事例は縦覧期間を過ぎている可能性がある(期間経過後も一定期間は閲覧できるが、検索結果に「法定縦覧期間満了書類」と表示される)
EDINET書類検索 出所:金融庁企画市場局「EDINET 書類閲覧 操作ガイド」(2026年6月)、「EDINET概要書」(2026年6月)、金融審議会ディスクロージャーWG事務局資料(公衆縦覧期間)。
参考にできる会社の母数
日本取引所グループ(JPX)が公表する「IFRS適用済・適用決定会社一覧」によれば、2026年7月末現在でIFRS適用済297社・適用決定22社の合計319社です(同ページ更新日:2026年8月3日)。また東京証券取引所が2026年7月31日に公表した「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析(2026年3月決算会社まで)では、適用済297社・適用決定20社・適用予定1社の合計318社、これら318社の時価総額合計は2026年6月末時点で708兆円、東証上場会社の時価総額に占める割合は51.2%とされています。
2つの数値は集計時点と対象が異なるため一致しません。引用の際は必ず出典と基準日を明記してください。
🗒️ 移行時開示の作成スケジュール|誰が・いつまでに・何を作るか
移行時開示は、数値作成が終わってから着手すると必ず間に合いません。差異分析の段階から調整表の行を決めておくのが原則です。3月決算・2027年3月期からIFRS適用を想定した場合の目安は次のとおりです。
| 時期 | 誰が | 何を作るか |
|---|---|---|
| 移行日の1年前まで (2024年度中) |
経理部(IFRSプロジェクト)+外部専門家 | GAAP差異分析表の確定。差異分析の論点番号を、そのまま調整表の行に使える粒度に整える。免除規定の適用方針を決定し、会計方針書に反映 |
| 移行日の直後 (2025年4〜9月) |
経理部(連結担当) | 開始IFRS財政状態計算書と、移行日時点の資本の調整表のドラフト。調整項目ごとの計算根拠を作業調書として整備 |
| 比較年度の期末 (2026年3月期決算時) |
経理部+監査法人 | 比較年度末の資本の調整表、比較年度の包括利益の調整表。移行日→比較年度末の整合チェック。行の切り方について監査法人と合意 |
| 適用初年度の上半期 (2026年4〜11月) |
経理部+開示担当 | 半期報告書での調整表(IFRS第1号第32項(a)(b))。ここで調整項目を固め切る |
| 適用初年度の期末 (2027年3月期決算時) |
経理部+開示担当+監査法人 | 初度IFRS財務諸表の注記一式。期中報告からの変更があれば第32項(c)・第27A項に従い説明し調整表を更新 |
移行時開示のセルフチェックリスト
- 資本の調整表を「移行日」「比較年度末」の2時点で作成したか
- 包括利益合計の調整表を比較年度について作成し、出発点を日本基準の包括利益合計としたか
- 移行日の調整額+比較年度の調整額=比較年度末の調整額、の整合が取れているか
- 調整表の各行が差異分析表の論点と対応し、重要な調整が読み手に理解できる粒度になっているか
- 誤謬の訂正がある場合、会計方針の変更と区別して表示しているか
- みなし原価を使った場合、表示科目ごとの公正価値合計と調整額を開示したか
- 移行時に初めて認識・戻入れした減損があれば、IAS第36号に準じた開示をしたか
- 日本基準の情報を併記する場合、IFRS準拠でない旨を目立つように表示したか
- 半期報告書での調整表を作成し、年度末との差異を説明できる状態にしているか
- 財政状態計算書が3期分(移行日・比較年度末・当期末)揃っているか
📄 よくある質問
年次の初度IFRS財務諸表では、資本の調整表が2本(移行日・比較年度末)、包括利益合計の調整表が1本(比較年度)の合計3本が基本です(IFRS第1号第24項(a)(b))。これに加えて、移行時に初めて認識・戻入れした減損がある場合はIAS第36号に準じた開示が必要です(同項(c))。さらに期中財務報告を行う場合は、第32項により追加の調整表が求められます。
IFRS第1号第25項は「財政状態計算書および包括利益計算書に対する重要な調整を利用者が理解できるだけの詳細」と定めており、行数の下限や上限といった数値基準は置かれていません。実務的には、GAAP差異分析で識別した論点区分をそのまま行にするのが自然です。金額的に重要でない論点を「その他」にまとめること自体は妨げられませんが、まとめた根拠を作業調書に残し、監査法人と事前に合意しておくことをおすすめします。
企業内容等の開示に関する内閣府令 第三号様式の「第5【経理の状況】」に記載しますが、初度適用の注記そのものを名指しした記載上の注意はありません。記載上の注意(41)bが「指定国際会計基準に従い記載すべき注記等を会社の実態に即して適正に記載する」と定めており、具体的な要求はIFRS第1号に委ねられています。様式の参考としては、金融庁「IFRSに基づく連結財務諸表の開示例」(2016年3月31日公表)の「(参考)IFRS任意適用における初度適用」の章があります(同資料はそれ以降の改訂版が確認できないため、現行基準は必ず最新版で確認してください)。
IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(2027年1月1日以後開始する年次報告期間から適用・早期適用可)により、IFRS第1号にも結果的修正が入り、第32項に(za)(期中財務報告で用いる見出しと第69項〜第74項が要求する小計の表示)が追加されています。ただし第24項の調整表そのものの要求内容は変わっていません。一方で、損益計算書の区分と小計が変わるため、包括利益の調整表で示す項目の並びには影響します。移行日が2027年前後になる会社は、IFRS第18号の適用開始と初度適用が重なる可能性があるため、早い段階で監査人と方針を確認してください。
✅ まとめ
IFRS移行時の開示は、調整表という1枚の表に、それまでの導入プロジェクトの成果がすべて集約される場面です。押さえるべき骨格は次の5点です。
- 移行日・比較年度末・当期末の3時点を先に固める。財政状態計算書は3期分必要
- 資本の調整表は移行日と比較年度末の2時点、包括利益の調整表は比較年度の1期間(第24項(a)(b))
- 調整表の行は、GAAP差異分析の論点区分と対応させる。誤謬の訂正は方針変更と区別する(第25項・第26項)
- みなし原価・金融商品の指定・減損など、免除規定に紐づく追加開示を漏らさない
- 年次より先に半期報告書で調整表が必要になる(第32項)。上半期の時点で調整項目を固め切る
調整表を「決算の最後に作る表」と位置づけると、必ず時間が足りなくなります。差異分析の段階から調整表の行を意識し、移行日の数値を作った時点で一度ドラフトを作ってしまうのが、結果的に最短ルートです。
連載の他の回もあわせてご覧ください。移行日や免除規定の全体像は第11回 IFRS初度適用(IFRS第1号)|移行日・遡及適用と免除規定の実務、調整表の行のもとになる差異の洗い出しは第9回 GAAP差異分析のやり方、数値作成の実務は第12回 IFRSコンバージョン実務で扱っています。注記全体の作り方は第28回 IFRS注記・開示の作成実務、財務諸表の表示は第27回 IFRS財務諸表の表示が対応します。導入プロジェクト全体の進め方は第8回 IFRS導入プロジェクトの進め方、IFRSそのものの全体像は第1回 IFRSとは?をご参照ください。連載の全体像はIFRS導入 完全ガイドにまとめています。
🧾 参考(公的な一次情報)
- IFRS財団 IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」(無償公開の基準本文)
- IFRS財団 IAS第34号「期中財務報告」
- 金融庁「連結財務諸表規則ガイドライン」(令和8年3月)
- 金融庁「IFRSに基づく連結財務諸表の開示例」(2016年3月31日公表)
- 金融庁 EDINET 書類検索
- 日本取引所グループ「IFRS適用済・適用決定会社一覧」
- 東京証券取引所「『会計基準の選択に関する基本的な考え方』の開示内容の分析」(2026年7月31日公表)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」
移行時の調整表の設計、免除規定の選択と文書化、監査法人への説明対応まで、IPO準備企業・上場企業のIFRS導入を実務レベルでご支援します。まずはお問い合わせフォームからご相談ください。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。上場申請書類(Ⅰの部・Ⅱの部)の作成支援と内部統制の整備支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
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