税務調査で社長がいちばん気を張るのは、質問への答え方です。余計なことを言って不利になりたくない、けれども黙っていて心証を悪くするのも避けたい。この二つのあいだで、当日の受け答えは揺れます。
この揺れは、答えることの法律上の位置づけがはっきりしないまま当日を迎えることから生まれます。実際には、答える義務がどこまであるのかは条文に書かれており、そこから外れる部分は「言い方の問題」です。この記事では、国税通則法と国税庁の公表資料で確認できる範囲にしぼって、答えるべきことと、答えなくてよいこと、そして答えられないときの返し方を整理します。
当日の進み方そのものについては、この連載の別の回で扱います。役員報酬の決め方を聞かれたときの背景は定期同額給与とは?改定できる時期と3か月ルールをわかりやすく解説が参考になります。
この記事の見出し
🧭 受け答えには、決まっている部分と決まっていない部分があります
調査での受け答えは、次の3つの層に分かれます。この分け方を頭に入れておくと、当日に迷う場面がぐっと減ります。
迷ったときは、目の前の質問がどの層に属するのかを考えてください
多くの経営者が心配するのは1の層ですが、実際に当日つまずくのは2と3の層です。知らないことを推測で答えてしまい、あとから訂正することになる。この流れが、いちばん避けたい展開です。
⚖️ 質問に答える義務は、どこまであるのか
調査担当者が質問できる根拠は、国税通則法の質問検査権の規定です。法人税の調査では、法人と、その法人に対して金銭の支払もしくは物品の譲渡をする義務があると認められる者、または金銭の支払もしくは物品の譲渡を受ける権利があると認められる者が、質問の相手方として挙げられています(国税通則法第74条の2第1項第2号)。
この質問に答えなかった場合の扱いは、罰則の条文に書かれています。
次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。……二 第七十四条の二……の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査……を拒み、妨げ、若しくは忌避した者(国税通則法第128条)
つまり、税務調査に「黙秘権がある」という説明は正確ではありません。答えない自由がすべての場面で保障されているわけではなく、答弁をしないこと自体が罰則の対象になり得ます。
一方で、この権限には性格上の限界も条文に書かれています。
第七十四条の二から第七十四条の七まで(当該職員の質問検査権等)……の規定による当該職員又は国税局長の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。(国税通則法第74条の8)
ここで、日本国憲法第38条第1項の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という規定との関係を気にされる方がいます。この規定は刑事手続を念頭に置いた条文であり、行政調査である税務調査にどこまで及ぶかを条文から一義に読み取ることはできません。本記事では、確認できる範囲として、質問検査権の行使には上記のとおり罰則の裏づけがあり、同時に犯罪捜査のために認められたものではないと定められている、という点までにとどめます。
もうひとつ、答える前に確かめておきたいことがあります。目の前のやりとりが「調査」なのか「行政指導」なのかです。事務運営指針は、調査または行政指導に当たる行為を行う際は、対面・電話・書面等の態様を問わず、いずれの事務として行うかを明示するとしています。国税庁のFAQは、行政指導にもとづいて納税者が自主的に修正申告書を提出した場合には、延滞税を納付する場合はあるものの、過少申告加算税は賦課されないと説明しています。同じ「申告内容の確認」でも、位置づけが違えば結果も変わります。
| よく聞く言い方 | 条文から確認できること |
|---|---|
| 税務調査には黙秘権がある | そのような定めは見当たりません。答弁をしない・偽りの答弁をする行為は罰則の対象として挙げられています(法第128条第2号) |
| 断れば強制的に取られる | 国税庁は、罰則があることをもって強権的に権限を行使することは考えておらず、理解と協力の下、承諾を得て行うとしています(FAQ問3) |
| 調査は犯罪の捜査である | 質問検査権は犯罪捜査のために認められたものと解してはならないと定められています(法第74条の8) |
| 協力すると不利になる | 調査は、公益的必要性と私的利益との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものとされています(事務運営指針) |
🗣️ 答え方の5つの原則
答える義務があるとして、では、どう答えるのがよいのか。実務でこじれる原因はほとんど同じところにあります。次の5つを守るだけで、当日の受け答えは安定します。
迷ったら、事実に戻ることが最も安全です
ひとつ目は、見たこと・したこと・決めたことだけを話すという原則です。事実と、事実についての自分の解釈は別のものです。「あの契約は節税のつもりでした」という一言は、契約の内容という事実ではなく、動機についての解釈です。解釈は、あとから資料と突き合わせて争点になります。
ふたつ目は、記憶を記憶として扱うことです。5年前の取引の細部を正確に覚えている人はいません。覚えていない部分を「たぶんこうだった」で埋めると、その推測が事実として記録に残ります。あいまいな点には、あいまいだという注釈を必ず付けてください。
4つ目の「資料で示す」は、実は社長の負担をいちばん軽くします。契約書や稟議書、議事録が残っていれば、記憶をたどる必要がありません。当日までに、主要な取引の資料をひとまとめにしておくと、答えるという作業が「資料を開く」という作業に変わります。
| 原則 | 当日の具体的な行動 |
|---|---|
| 事実だけを話す | 動機や評価を聞かれても、決定に至った事実(誰が、いつ、何を決めたか)に置き換えて答えます |
| 記憶は記憶として | 「記憶では」「資料を見ないと確かではありませんが」を省略しません |
| 聞かれた分だけ答える | 答えたあとに沈黙が続いても、こちらから話題を足しません |
| 資料で示す | 口頭の説明の裏づけになる書面を、その場で示すか、後日の宿題にします |
| 記録する | 質問と回答、渡した資料、宿題と期限を、その日のうちに1枚にまとめます |
とくに3つ目が難しいところです。沈黙が気まずいので説明を足したくなりますが、聞かれていない話題を持ち出すと、そこから確認事項が増えます。答えたうえで黙って待つ。これで構いません。
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🤷 答えなくてよいこと・答えようがないこと
質問検査権の対象は、調査に必要な事項です。逆にいえば、次のようなものは、答えないというより「答えようがない」性質のものです。
| 質問の型 | 望ましい応じ方 |
|---|---|
| 推測を求める質問(なぜ相手はそうしたと思うか) | 他人の考えは分かりません。自社が確認した事実だけを述べます |
| 評価を求める質問(この処理は問題だと思うか) | 処理の当否は担当者の判断事項です。当社が採用した根拠を説明します |
| 記憶にない事実の確認 | 記憶にないと答え、資料を確認して後日回答することを伝えます |
| 法令解釈の当否 | 顧問税理士が説明します。社長が法令の解釈を即答する必要はありません |
| 将来の意向(今後どうするつもりか) | 調査の対象は過去の課税期間です。決まっていないことは、決まっていないと答えます |
「答えたくない」と「答えられない」は別物です。事実として存在することを、答えたくないという理由だけで答えないと、法第128条第2号が挙げる答弁をしない行為に近づきます。分からないのか、確認が必要なのか、答えたくないのかを、自分の中で切り分けてから口を開いてください。
🔍 私物・個人口座・通知外の期間を聞かれたら
実務で戸惑いやすいのが、会社の帳簿の外側にある資料を求められる場面です。国税庁は、FAQで具体的な考え方を示しています。
| 求められるもの | 国税庁が公表している考え方 |
|---|---|
| 代表者名義の個人預金通帳 | 法人税の調査において、代表者名義の個人預金について事業関連性が疑われる場合にその通帳の提示・提出を求めることは、法令上認められた質問検査等の範囲に含まれるとされています(問7) |
| 業務上の秘密に関する書類 | 調査について必要があると判断した場合には、理解と協力の下、その承諾を得て提示・提出を求める場合があるとされています。担当者には守秘義務が課されています(問8) |
| 通知された期間より前の帳簿 | その期の申告内容を確認するために必要と判断したときは求めることがあり、これはあくまでも通知した年度の調査であるとされています(問9) |
| 通知されていない税目の話題 | 非違が疑われた場合には、調査対象に追加する税目・期間等を説明し、理解と協力を得たうえで質問検査等を行うとされています(事務運営指針) |
個人口座の話が出たときに、頭ごなしに断るのも、何も言わずに全部渡すのも、どちらもおすすめしません。事業関連性が疑われている理由を尋ね、その疑いに答えるために必要な範囲がどこまでかを確かめる。そのうえで応じる範囲を決める、という順序が実務的です。
質問検査権が及ぶ相手は、法人だけではありません。法令解釈通達1-4は、各条に規定する者のほか、調査のために必要がある場合には、これらの者の代理人、使用人その他の従業者にも及ぶとしています。従業員が直接尋ねられる場面もあり得ます。
⏸️ その場で答えられないときの返し方
答えられない質問が来たときに、いちばん困るのは「間が空くこと」です。あらかじめ返し方を決めておけば、慌てずに済みます。
聞き返すことは、非協力的な態度ではありません
| 場面 | 言い方の例 |
|---|---|
| 記憶があいまい | その取引は覚えていますが、金額と時期は記憶があいまいです。契約書を確認してお答えします |
| 担当が別の人 | その処理は経理担当が行っています。担当から説明させてよろしいでしょうか |
| 資料がすぐ出ない | 倉庫に保管しています。明日の午前中までにご用意します |
| 税務の判断にわたる | その点は顧問税理士から説明させてください |
| 質問の趣旨が分からない | どの資料のどの部分についてのご質問か、確認させてください |
そして、その日に何を聞かれ、何を答え、何を宿題として持ち帰ったのかを、会社側でも記録しておいてください。あとで説明のつじつまが合わなくなる事態を防げます。
事前準備から当日の立会い、指摘への反論、修正申告の要否判断まで対応します。顧問税理士がいらっしゃる場合も、この調査だけのスポットのご依頼を承ります。オンライン面談にも対応しており、お問い合わせから2営業日以内にご返信します。
公認会計士としての実務歴は13年以上、独立後は20社を超える支援に関与しています。法人の税務顧問と申告業務、新しい会計基準の導入支援を行っています。優成監査法人(現・太陽有限責任監査法人)で上場企業および上場準備企業の監査に従事し、太陽グラントソントン・アドバイザーズで財務デューデリジェンスと企業価値評価に携わりました。プロフィールを見る
❓ よくある質問
知らないと答えたら、心証が悪くなりませんか
知らないことを知らないと答えることは、正確な回答です。むしろ、推測で答えた内容が資料と食い違うと、そのくい違いを説明するために時間がかかります。分からないと伝えたうえで、いつまでに確認して回答するかを示せば、進行は妨げられません。
答えたくない質問には黙っていてよいですか
答弁をしないこと自体が罰則の対象として条文に挙げられているため、黙るという選択はおすすめしません。事実として存在しないのか、確認が必要なのか、質問の趣旨が分からないのかを言葉にしてください。それは答えていないことにはなりません。
従業員が直接聞かれることはありますか
あります。法令解釈通達1-4は、質問検査権は、調査のために必要がある場合には代理人、使用人その他の従業者にも及ぶとしています。事務運営指針は、代理人や従業者に質問検査等を行う場合には、原則として、あらかじめ質問検査等の相手方となる者の理解と協力を得るとしています。誰がどの範囲を答えるのかは、事前に社内で決めておくとよいでしょう。
その場で書面に署名を求められたらどうしますか
署名を求められる書面には、預り証のように性格がはっきりしているものと、聞き取った内容をまとめたものとがあります。いずれも、記載されている内容が自分の話した事実と一致しているかを読んでから対応してください。内容に違いがあると感じたら、その場で申し出て構いません。
社長が同席せず、税理士だけに任せられますか
税務代理を委任していれば、税理士が調査に関する主張や陳述を代理・代行できます。ただし、経営判断の背景など社長にしか答えられない事項はあります。全部を任せるというより、答える人を場面ごとに分ける、と考えるのが現実的です。
言い間違えたことに、後から気づきました
気づいた時点で訂正してください。放置して資料と食い違ったままになるほうが、はるかに厄介です。訂正した事実と、正しい内容を、書面で残しておくことをおすすめします。
📄 まとめ
税務調査の受け答えは、答える義務がある層、事実として答えようがない層、言い方を工夫する層の3つに分かれます。条文から確認できるのは、質問に答えない・偽って答える行為が罰則の対象として挙げられていること、そして質問検査権が犯罪捜査のために認められたものではないことです。
そのうえで、当日の実務は単純です。事実を話し、記憶があいまいな点はその旨を添え、聞かれた範囲で答え、資料で示し、記録を残す。答えられないときは、質問を確かめ、状態を伝え、期限を決める。この2セットで、ほとんどの場面は乗り切れます。
受け答えで失点するのは、たいてい準備の問題ではなく、その場で埋めようとしたときです。分からないことは分からないと言える体制を、当日までに作っておいてください。
🔗 参考(公的な一次情報)
- 国税通則法(e-Gov法令検索) 第74条の2(当該職員の質問検査権)、第74条の8(権限の解釈)、第74条の9(事前通知)、第128条(罰則)
- 日本国憲法(e-Gov法令検索) 第38条第1項(自己に不利益な供述の強要の禁止)
- 調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針)|国税庁 基本的な考え方、通知事項以外の事項についての調査、代理人等への質問検査等
- 第1章 法第74条の2〜法第74条の6関係(質問検査権)|国税庁 1-1、1-4、1-5、1-6
- 税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)|国税庁 問3、問7、問8、問9
本記事は公認会計士・税理士 鈴木佑也(鈴木佑也公認会計士税理士事務所・東京都台東区)が、法令・通達および国税庁の公表資料に基づいて作成しています。本記事は一般的な情報提供を目的としています。制度は改正される可能性があり、個別の事実関係により結論が異なります。実際の判断にあたっては、専門家にご確認ください。