未払残業代はどこまで遡るか。3年です、という答えをよく見ます。ただ、条文はそうは書いていません。
労働基準法第115条の本則は5年です。そのうえで、同法附則第143条第3項が、当分の間これを3年と読み替えています。3年になったのではなく、経過措置で3年に抑えられている状態です。
そして記録の保存も同じ構造です。第109条の本則は5年、附則第143条第1項で当分の間3年です。遡及計算の資料が3年分しか残っていない、ということが起こります。
- 時効が本則5年、当分の間3年であること
- 退職手当だけは5年のままであること
- 記録の保存も同じ構造であること
- 上限規制の項番号の対応
- 管理監督者にも労働時間の把握義務があること
- 遡及計算をどう組み立てるか
📌 結論 3年は経過措置であって本則ではない
3年になった、ではありません。本則は5年で、附則の経過措置が当分の間3年と読み替えています。附則が外れれば5年に戻ります。
労働基準法第115条は、賃金の請求権は5年間、災害補償その他の請求権は2年間行わない場合においては時効によって消滅する、としています。
これに対し、同法附則第143条第3項が、当分の間、賃金の請求権(退職手当の請求権を除く)を3年間とする読み替えを置いています。退職手当は5年のままです。
厚生労働省のリーフレットによれば、この取扱いは令和2年4月1日以後に支払期日が到来する賃金から適用されます。付加金についても、同日以後の違反に係るものから対象になります。
したがって、上場準備で遡及計算をするときの期間は、当分の間の3年です。ただし附則が外れれば5年になります。制度を作るときは5年分の記録が残る前提で設計してください。
🧭 上限規制はどの項に書かれているか
月45時間・年360時間・年720時間は時間外労働だけで数えます。月100時間未満と複数月平均80時間は休日労働を含めて数えます。数え方が違います。
限度時間の1か月45時間、1年360時間は第36条第4項です。特別条項の1年720時間以内、1か月100時間未満は第5項前段、限度時間を超えられるのが1年について6か月以内であることは第5項後段です。
そして第6項が、実績としての1か月100時間未満と、2か月から6か月までの平均80時間以内を定めています。複数月平均80時間を第5項と書いている資料がありますが、第6項です。
数え方も分かれます。月45時間、年360時間、年720時間は時間外労働だけで数えます。月100時間未満と複数月平均80時間は休日労働を含めて数えます。同じ表に並べて書くと混同します。
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🧾 管理監督者にも記録は要る
管理監督者だから労働時間を記録しなくてよい、ということにはなりません。安衛法側の義務が別にあります。
労働基準法第41条は、この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は次の各号の一に該当する労働者については適用しない、としています。第2号が監督若しくは管理の地位にある者です。
除外されるのは労働時間、休憩、休日に関する規定です。深夜割増と年次有給休暇は除外されません。この点は条文の文言そのものから読み取れます。
そして労働安全衛生法第66条の8の3が、面接指導を実施するため労働者の労働時間の状況を把握しなければならない、としています。労働安全衛生規則第52条の7の3が方法を定め、記録を3年間保存するとしています。管理監督者もこの対象です。
📅 上場審査でどう問われるか
見積れないから計上しない、が最も危ない対応です。金額が動くとしても、算定の過程を残してください。
東京証券取引所が公表している実質審査基準に、未払残業代を名指しした項目はありません。確認できる範囲では、企業経営の健全性、内部管理体制の有効性、企業内容等の開示の適正性といった枠組みだけです。
したがって、何年分を遡って調べなければならないという公的な基準はありません。実務で3年が使われるのは、時効が当分の間3年だからです。
問われるのは金額そのものより、把握と是正の仕組みがあるかどうかです。就業規則の直し方は監査法人はいつまでに決めれば間に合うかとあわせて、準備の時間軸で考えてください。
❓ よくある質問
A. 本則は5年です(第115条)。附則第143条第3項で当分の間3年と読み替えられています。
A. 退職手当の請求権は5年のままです。読み替えの対象から除かれています。
A. 第109条の本則は5年、附則第143条第1項で当分の間3年です。
A. 第36条第6項です。第5項は年720時間と月100時間未満、年6か月以内です。
A. 労働安全衛生法第66条の8の3の対象です。客観的な方法で把握し、記録を3年間保存します。
A. 要ります。第41条が除外するのは労働時間、休憩、休日に関する規定です。
A. 東証の公表資料に年数の定めは確認できません。実務では時効の3年が目安になります。
A. ガイドラインは原則として使用者が自ら現認するか、客観的な記録を基礎とすることを求めています。
📄 まとめ
時効は本則5年、当分の間3年です。3年になったという言い方は正確ではありません。
上限規制は第36条の第4項、第5項、第6項に分かれ、時間外だけで数えるものと休日労働を含めて数えるものがあります。
管理監督者も労働安全衛生法側の把握義務の対象です。記録がないこと自体が指摘になります。
いま3年分しか記録が残っていないなら、まず保存の設計から直してください。附則が外れれば5年です。
📚 参考(公的な一次情報)
- 労働基準法(e-Gov法令検索) 第36条、第41条、第108条、第109条、第115条、附則第143条
- 未払賃金が請求できる期間などが延長されています(厚生労働省)
- 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)
- 時間外労働の上限規制 わかりやすい解説(厚生労働省)
- 労働安全衛生法(e-Gov法令検索) 第66条の8の3
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